前略。多由也に転生したけど、人生の詰将棋をしている気分です。   作:N-SUGAR

8 / 32
多由也が音隠れの忍となってから初めての任務。果たして任務は成功するのでしょうか?とりあえずまずは前編です。

まあ!それはそれとして温泉回ですよ奥さん!

やったね多湯屋ちゃん!裸が増えるよ!あり?なんか漢字が…。

まあいいや!お楽しみください!


ここで自分に向かって一言。

「なんだこのふざけたタイトル…」



第八話 血めぐり湯けむり殺戮事件(前編)

 街のあちこちから、温泉の湯気が上がる。

 

 温泉街独特の臭いが鼻を突き、ここが火山の影響を受けている土地なのだと主張する。

 

 硫黄の臭い。まあ、科学的には硫化水素の臭いと言った方が正しいのだが、元来硫黄の語源はユノアワ(湯泡)だと言われており、日本語として伝える分には硫黄の臭いで間違っていない。やはり慣れ親しんだ言葉というのは、印象を伝える上でとても重要だ。

 

 湯隠れの里。

 

 大国「火」の国の北東部に隣接する小国、「湯」の国にある隠れ里。

 

 隠れ里の象徴である縦三本の湯気マークが、あちこちの軒先の暖簾に描かれている。一目見ただけでもここが何処だか理解できる有数の観光スポットだ。

 

「戦を忘れた里」「ぬるま湯の隠れ里」。

 

 平和主義を掲げる湯の国は、隠れ里もまた平和そのものだ。その軍事力の低さと忍の練度不足から、他所の国からはそのような蔑称で揶揄されることもある。

 

 私と君麻呂の二人は、大蛇丸様から言い渡された任務を遂行するために、湯隠れの里に潜入していた。

 

 ……潜入と言っても、今のところただ正門から、正規の手続きを踏んで普通に入ってきただけなのだが……。

 

 一応音隠れの忍であり極秘任務の最中でもあるわけなので、私は額当てを外してただの黒いバンダナ姿で片流しの着物を結び、君麻呂も普段と違うおとなしめな着流しの着物を着て目立たないよう里を歩いている。

 

 とはいえこの様子だと、普段の服装の上に音隠れの額当て有りでも普通に潜入できていたかもしれない。周りを見れば、ちらほらと他国の忍が普通に額当てを着けて観光に耽っている姿を見ることができた。警備体制とか、そういったものがこの里にはザル以下のものしか無いらしい。殆ど素通りもいいところだった。

 

「腑抜けた里だな」

 

 君麻呂が吐き捨てる。

 

「ボクと多由也の二人だけで、殲滅できてしまいそうだ」

 

「観光資源だけで食ってる里なんだから、そりゃそうだろ」

 

 そもそも観光名所にしている時点で、まず隠れ里なのにまったく隠れていない。

 

 私は君麻呂の言葉を適当に聞き流す。今回の任務は湯隠れの殲滅では無いのだから、そんなことを気にしても意味はない。

 

 私には、それよりもっと気にすべきことがある。

 

「なぁ君麻呂。『ジャシン教』とやらの捜索は、明日からなわけだが」

 

 そわそわと温泉宿の建物を見比べながら、私は君麻呂に話しかける。

 

「宿は、ウチが選んでもいいんだよな?」

 

「いいけど……。どこでも同じじゃないのかい?」

 

 同じ? 冗談言うな。

 

 宿の看板を見比べれば、それぞれ成分が違う温泉を扱っていることが分かるし、複数の温泉を用意している宿もある。効能の違いでその宿が何の温泉を売りにしているのかはまったく異なる。

 

 それに、建物の位置や内装、間取りも重要だ。二階建てや三階建て、森や山、湖に隣接していたり、敢えて平屋にし、縁側や露天風呂を部屋ごとに用意している贅沢な宿もある。

 

 古くて趣のある宿。新しくて内装がきれいな宿。安いけど少し汚い宿。料理が美味しい宿。アメニティの良い宿……。

 

 泊まる場所の如何によって、温泉旅行の当たり外れは大きく左右される。

 

 え? 別に温泉旅行ではないだろって? 勘弁してほしい。温泉旅行もないのにこんなことやってられない。

 

 それに温泉旅行のチャンスなんて、この世界に来てからは初めてのことなのだ。

 

 前世でも、大学の卒業旅行以来まったく行っていなかったかもしれない。

 

 私はこれだけが楽しみでわざわざ湯隠れくんだりまで足を運んだのである。このチャンスを逃すなど、あってはならない。

 

 この際費用は度外視でいい。カブトさんからむしり取った任務の経費を全て使いきってやる。

 

 いざとなったらコツコツ貯めた起爆札を売っぱらう覚悟で、私は視界に映る宿と、里の入り口で配られていた旅行用パンフレットを見比べていく。

 

「血行促進……美肌……傷治療……経絡系の回復……展望露天風呂……山の幸……よし。ここだ!」

 

 ビシッ! と、私が指を差した先には、古風な佇まいの温泉旅館があった。

 

『とびら屋』

 

 うん。店の名前もそこはかとなくいい感じだ。何故だか知らないが胸の高鳴りを覚える。

 

「おー。お目が高いな嬢ちゃん」

 

 すると、背後から急に声をかけられた。

 

 この声。なんか聞き覚えが……。

 

 平田広明様(声優)? 

 

 バッ! と、私が素早く振り返ると、そこには。

 

「おっと、驚かせちまったか。それは済まなかったな」

 

 普段の私と同じように、しかし結び目を前後逆にして額当てを頭に被っている忍の男が立っていた。

 

 口には、暗器の一種である千本を咥えている。

 

 この人は、確か、木ノ葉の……。

 

「オレは不知火ゲンマ。見ての通り木ノ葉の忍だが、今は、一介の旅人さ」

 

 そうだ。不知火ゲンマ。原作では、中忍試験の試験官の一人として初めて登場した、木ノ葉隠れの里の特別上忍だ。

 

 地味に、サスケ奪還編の際に音の四人衆とも戦闘を行った忍でもある。

 

 それが、なんでこんなところに……。いや、理由は今言ったのか……。

 

 旅行? 

 

 だが、何故その彼がいきなり私達に声をかけてきたのだろうか。警戒心がつのる。

 

「嬢ちゃんたち、忍だろ? 歩き方を見てれば分かる。だけどこの里には、一応他国の忍は身分証代わりに額当てを着用するってルールがある。まぁ、半ば暗黙の了解みたいなルールだから初めて来た客に説明を怠っちまうこともしばしばなんだけどな。だから取り敢えず、着けておいた方が余計な目は向けられずに済むと、同じ旅行客のよしみで忠告しておこうと思ってな」

 

 と、私の警戒とは裏腹に、ゲンマさんは軽い調子で私達に話しかけた理由を説明する。

 

「それは……どうも」

 

 確かに、正門でそんな説明を受けた覚えはなかった。まぁ、受付の人が私達を忍とは思わなかったから忘れたのかもしれないが、ただ説明を受けたとしても着けなかったかもしれないと思うと、少し冷や汗を流す。

 

 成程。それで、ただの観光にも関わらず他里の忍が額当てを着用していたのか。

 

 湯隠れの忍はザルだが、旅行客の忍がザルとは限らない……か。

 

 もしかしたら警戒度を、少し高める必要があるのかもしれなかった。

 

 私と君麻呂は、必要最低限の道具を詰め込んだ小さなバッグから、音隠れの額当てを取り出し、素直に着ける。

 

 ……へえ。君麻呂って、普段額当てを着ける機会が無いからわからなかったけど、首元にぶら下げるスタイルなのか……。

 

 まあまあ似合ってる。うん。

 

「……見たことない額当てだな。小国の隠れ里か?」

 

「そんなところです。あまり深い詮索は、マナー違反ですよ」

 

 音隠れの里はまだ出来て間もないし、世間にはまだ知られてもいない隠れ里だ。木ノ葉隠れとの利害の衝突は、木ノ葉崩しの時まで一切ない。

 

 やましいことが無いとは言わないが、気にしすぎるほどのことでもない。

 

 ゲンマさんは私の返事に肩をすくめた。

 

「そりゃ、済まないな。確かに。意味もない他里の詮索はマナー違反だ。オレたちゃ今はただの旅行客だしな。とはいえ、旅は道連れ世は情けだ。慣れない旅行で分からないことがあったら何でも聞いてみな。同じ旅館に宿泊する旅好きの先輩として、アドバイスの1つでもくれてやる」

 

 そう言って彼は私達の横を通り抜けて、一足先に『とびら屋』の暖簾の奥へと姿を消した。

 

「なんなんだ。アイツは」

 

 君麻呂が不機嫌そうに呟く。私とゲンマさんとの会話の途中も、何か口を出そうとするのを私が余計なことは言うなと後ろ手で合図をして止めていた。

 

「木ノ葉の忍はお節介焼きだと相場が決まってるからな。無闇に反発するより、むしろ取り入って利用してやると思っておいた方が気が楽だぞ」

 

「フン。あんなのが、何かの役に立つとも思えないけどね」

 

 へそを曲げる君麻呂をなんとか宥めつつ、私達も温泉旅館の暖簾を潜る。

 

「「いらっしゃいませ。ようこそ『とびら屋』へ」」

 

 フロントの中居さん達が、一斉にあいさつをする。なかなか統制のとれた声の揃い方だった。

 

 私が前に出て受付を進めると、対応してくれた女性の中居さんが、なにやらメニューのようなものを取り出す。

 

「こちらから、ご宿泊プランとお部屋をお選びいただけます」

 

 成程。部屋が選べるのか。

 

 メニューには部屋の写真も貼ってあり、既に誰かが泊まっていたり予約が入っている部屋にはチェックが入っている。なかなかどうして見易いメニューだ。

 

 取り敢えず私は二泊三日の宿泊プランを二人分選んでから、泊まる部屋を吟味する。君麻呂がいるから、やはり一人部屋を二つ頼むのが筋だろうか。いや、ここは敢えて一人ずつでも広い特別感のある部屋を選んで優雅な金持ち気分を……。

 

 すると、私の後からメニューを覗き見ていた君麻呂が、メニューの一点を指差す。

 

「この部屋なんかいいんじゃないか? 旅館のおすすめの部屋みたいだし」

 

 君麻呂の指の先を見ると、確かに、その部屋は良さそうな雰囲気の部屋だった。露天風呂が部屋についていて、そこから見える景色もかなり良さそうだ。部屋に旅館の名前を冠していたりと、どうやらこの温泉宿の一押しの部屋みたいだ。

 

 しかも、都合のいいことに現在は空き室である。

 

「成程。じゃあこの部屋にするか」

 

 私はそう言って、それから君麻呂の部屋は何処にするか訊こうと振り向いて──―。

 

「じゃあ。この部屋を、二人で」

 

「かしこまりました」

 

 え? 

 

 おい。何言ってんだ君麻呂お前。

 

 予想外の事態に私が固まっていると、その間に君麻呂は受付のお姉さんと勝手に話を進め、鍵を受けとる。

 

「じゃあ、行こうか」

 

 呆然とする私を余所に、君麻呂はさも当然のように私に向かって手を差しのべる。

 

 なんだこいつ。なんでそんなことするんだよ。無意識か? 無意識なのか? 

 

 本当に下心はないんだよな? 

 

 無垢な表情とあまり無垢じゃない美声で行われるあんまりな天然イケメンムーヴに、私は逆らうことができずついその手を受け取ってしまう。

 

 中居さんに案内される後ろを、君麻呂に手を引かれながらエスコートされる私がフロントを出ていくとき、フロント脇のソファでゆったり新聞を読んでいたゲンマさんが何かを小声で呟くのを、私の鋭敏な聴覚が耳敏くキャッチした。

 

 

「頑張れよ。少年少女」

 

 

 一体何をだ。

 

 

 

 


 

 

 

 

『扉の間』

 

 店の名前を冠したなんとも風情ある和室に入ると、私と君麻呂はまず荷物の整理を始めた。

 

 忍になって便利だなと思ったことのひとつに、こうした旅先の手荷物事情がある。

 

 予め持って行きたいものを口寄せに登録しておけば、どれだけ荷物が多くても口寄せ登録をした巻物を一本持っていけばそれで事が足りるのだ。

 

 急な時すぐ取り出さなければならないものを除けば、巻物一本用意しておけばいいのだから、荷物が嵩張らなくて済む。

 

 小さなカバンで事が足りるから、その分お洒落に気を使う余裕もできる。

 

 本当。忍者様様だ。

 

 荷物の整理が終わり、部屋に備え付けられていた浴衣と入浴セットを持った私は、任務の書類を確認している君麻呂に

 

「じゃあ、ウチは風呂に入ってくるから」

 

 と、一言言い残し、さっさと脱衣所へと逃げ込んだ。

 

 予想外の事態にテンパってしまったが、当初の目的を果たして、一度落ち着かなければ。

 

 

 

 

 …………。

 

 

 

 

「ふわぁ~~~~。さいこ~~~~!」

 

 軽く身体を流し、大きな桐の浴槽にたっぷりと掛け流しにされた温泉に、私は身を沈める。

 

 ああ……。日々の疲れで凝り固まった身体が蕩ける……。

 

 目を瞑り、手を上にあげて背伸びをする。

 

 んーっ! 気持ちいいー! これぞ温泉! って感じだ。

 

 あー。これはだめだ……。だめになる……。

 

 明日任務を開始するとか、私の命懸けの人生計画とか、そんなあれこれがどうでも良くなってくる気持ち良さだった。

 

 温泉には種類によって様々な効能がある。

 

 例えば硫黄泉は、温泉と言えばコレ! といったような、硫化水素によってもたらされる卵の腐敗臭に似た特有の臭いを持ち、日本にも多く存在する源泉だ。この種の温泉は殺菌作用が強く皮膚の病気を治したり、飲用の温泉ならば糖尿病や高コレステロール血症、切り傷に効果があるものも多い。ただし効能が強いので湯あたりを起こしやすく、硫黄泉に入るときには注意しなければならない。

 

 この温泉は、その硫黄泉に、少し鉄分を含んだもののようだった。

 

 含鉄泉は空気に触れると酸化を起こし赤褐色に染まる性質がある。特に硫化水素の含まれる温泉の場合硫化鉄の黒色沈殿が発生する場合もあるが、この温泉はそこまで濃いものでもないようだ。沈殿物が生じたとしても、掛け流しの湯にうまく流されているらしい。鉄分があまり濃すぎるようだと、大分県の別府温泉なんかで見られる血の池地獄のような、おどろおどろしい赤い熱泥を噴出するようになる。

 

 含鉄泉は、別名「婦人の湯」とも呼ばれる温泉だ。血行を促進し、貧血症、月経困難症、更年期障害、子宮発育不全といった、女性に多く見られる症状に効き、肌を引き締め弾力性を高めるといった美肌効果もある。

 

 私は少しだけ赤く染まった温泉を掬い、顔や肩にお湯を塗り込んでいく。

 

「肌にも良いし、健康にも良いし、景色もいいし気持ちもいい。良いことしかないなこの温泉は」

 

 景色に目を向ければ、広大な山々に囲まれた湖をその目に映すことができる。沈みかけの太陽に、鉄分を含んだ湖がより赤く照らされ夕焼けが更に映える。

 

 ほぉ……。と、ため息が漏れるほどの絶景だった。

 

 私が温泉を堪能し、浮き世のあれこれを頭から忘却させていると、

 

「ほお。これは、いい景色だな」

 

 リラックスした身体のすみずみまで染み渡る、深みのあるセクシーボイスが──―

 

 ──―て、おい。

 

 おい、君麻呂。

 

「なに入って来てやがんだテメーこのゲスチンヤロー!!」

 

 バシャ! と、大きな波紋をたてながら、私は反射的に湯船に身体を隠す。

 

 しまった! 隠せるほど湯舟に色が付いてねえ! 

 

 私はせめてもの抵抗として身体を丸めて、君麻呂に背を向けた。

 

「え? 入ってきちゃ何か不味かったのかい?」

 

 不思議そうな声色で、君麻呂はそんなふざけたことを言う。不味いもくそもあるか。全てにおいて最悪だわ! 

 

 デリカシーが無いとは思っていたがまさかここまでか!? ここまで常識力が欠如しているのか? こいつは! 

 

 大蛇丸様は一体コイツにどういう教育をしてきたんだ!? 

 

 と、そこまで思って、あの大蛇丸様が男だの女だのといった情操教育を君麻呂に施す訳がないと思い至る。そうだよ。大体情操教育自体してない可能性が大だし、あんな男なのか女なのかよくわからない姿形と性格してるあのクソジジイが、そんな教育するわけないじゃん。

 

 でも、だとしても入ってくるか? フツー。どんな神経してんだよ。お前が私と風呂に入るメリットはなんだよ。

 

 そんなことを考えているうちにも、君麻呂は身体を軽く流し、湯船に侵入してくる。

 

「どうしたんだ多由也。何か見られて不味いものでもあるのか?」

 

 えぇありますねえ! 主に身体とか身体とか身体とかねえ! 

 

 落ち着け。冷静になれ。この事態を乗りこえるには、冷静さが必要だ。頭に血を上らせては私の敗けだ(?)。

 

 いいか。落ち着け。落ち着いて素数を数えるんだ。

 

 1……2……、あれ? 1って素数だったっけ? 

 

 ……ぬわー! ダメだ頭に血がのぼる! 

 

 待て! 待て! いいか? 私は10歳だ! つまり子どもだ! 

 

 そして君麻呂も11歳だ。まあ、まだ年頃としては小学生だ。

 

 小学生同士なら、べつに男女で風呂に入っても特に問題はない! ……か? 

 

 いやでも、女の子の第二次性徴が始まるのは早ければ大体私くらいの年頃のはずなんだよなぁ……。実際、どことは言わないが少しずつ私も女らしさが身体に現れてきているし……。

 

 うーん……。

 

 私は更に考える。

 

 そうだよ。よく考えてみれば、私は前世持ちの転生者だ。

 

 つまり精神的な年齢から言えば、前世と合わせて大体34年は生きていることになる。

 

 ……あんまり認めたくはないが、もうそこそこ歳をくっているのだ。私は……。

 

 ……いや、前世を正しく認識してなかった期間もあるし、その分は別に差し引いてもいいのでは? 

 

 ……どうでもよかった。ともかく! 私は君麻呂よりも精神的には圧倒的に大人なのだ! 

 

 おねーさんなのだ!! 

 

 大人のおねーさんが子どもとお風呂に入って、何の問題があると言うのか! 

 

 いや! ない! 

 

 ないはずだ! 

 

 クク……。君麻呂のヤツも本当にしょうがねーな。

 

 ここは私がおねーさん力を発揮して、今回のところは勘弁してやろう。

 

 大人の包容力で受け止めてやろう。

 

 こいつはこういうヤツなんだ。ウスラトンカチなんだ。

 

 ガキのやることなんて、気にするだけ無駄だ。

 

 大体、私の裸なんて、日頃から研究だの治療だので大蛇丸様やカブトさんに見られまくってるのである。

 

 今更君麻呂一人に見られたからって、なんだと言うのだろうか。

 

 開き直った私は、身体を丸めるのを止めて堂々と背筋を伸ばし、君麻呂の正面に向き直る。

 

「……別に。なんでもねーよ」

 

「そうかい? ならいいんだけど」

 

 君麻呂はほっとしたように胸を押さえる仕種をする。実際良くはないのだが、君麻呂が意識していないのにこちらがあまり意識しすぎるのもムカつくし、ここは大人の余裕で流さなければ。

 

「多由也。顔が赤いけど、のぼせてるんじゃないか?」

 

「の、のぼせてねーし! 全然平気だし!」

 

 君麻呂がどれだけいい声と顔を持っていようと、所詮はガキなんだ。意識しない意識しない! 

 

 ……うわぁ。流石に普段から鍛えているだけあって、いい筋肉してるなぁ……。

 

 私は思わず、視界に映る君麻呂の裸体に見惚れてしまう。中心に呪印の刻まれた胸は、ガッシリとしてとても安心感があるし、視線を落としていけば、腹筋は当然のように六つに割れている。水中に胡座をかいて座る足も、しっかりと引き締まって、それに──―。

 

「こ……こども……じゃない?」

 

「おい多由也! 鼻血が出てる! やっぱり君のぼせてるって!」

 

 朦朧とする頭で、ぼんやりとした思考に、更に霧がかかるような錯覚を覚える。

 

 ああ……くそ。せっかくの温泉なのに……。

 

 これじゃちっとも……、リラックスできねぇ……。

 

 バシャッ! と、小さな水音をたて、ブクブクと泡を吐きながら、私は温泉の水面に水死体のごとくプカプカと浮いたのだった。

 

 その後、君麻呂によって部屋に運ばれ介抱され、なんとか意識を取り戻した後も、ぼんやりとした思考は治らなかった。

 

 用意された豪勢な山の幸をふんだんに使った食事も、ほとんど味が分からなかった。

 

 布団を並べて敷いて、明日の予定を話し合っている間も、話が全然頭に入ってこなかった。

 

 ようやく意識がはっきりした頃には、朝の日射しが、空を青く染めていた。

 

 世間ではこういう覚醒の仕方を一般的に「起床」と言う。

 

 ああ、今日は任務か……。

 

 ちくしょう……。君麻呂のアホ……。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 任務二日目。今日は私達が本格的な『ジャシン教』の捜索を始めるための準備として、情報を集めるために湯隠れの里で『ジャシン教』に関する聞き込み調査を行う。

 

 『ジャシン教』。「汝、隣人を殺戮せよ」という危険な教義と思想を持つ、新興のカルト宗教団体。

 

 湯隠れの里を発祥とし、湯の国だけでなく周辺諸国でもその活動が確認され、甚大な被害と大量の犠牲者を生み出した、国際的に指名手配されている犯罪者集団。

 

 平和な湯隠れの里から浮き出た、異端者という名の膿。

 

 そんな、湯隠れの里でも特に有名な犯罪者達である彼らの情報収集は、とても容易かった。

 

 賞金稼ぎのふりをして聞いて回れば、湯隠れの里の忍達は、これ幸いと率先して情報をさらけ出してくれるのだ。

 

 忍の質の低い湯隠れの里に、もはや自分達で問題を解決しようという気概は微塵も残っていないようだった。

 

 こうして集まったジャシン教徒達の目撃情報を精査し、ジャシン教のアジトの場所を絞りこむ。

 

 ある程度まで絞りこめば、私には音を利用した感知結界があるため、ローラー作戦でそれらしい隠れ家を見つけることができるという寸法だ。

 

 ジャシン教を追っている他里の忍は他にもいたが、そういう忍ほどむしろ情報を出し渋る傾向にあった。そういう奴等には、私が幻術をかけて無理やり情報を絞り出す。

 

 そうして街を練り歩いていると、土産物屋の前で、なにやら迷っている様子のゲンマさんを見かけた。せっかくなので、私は彼にも話を訊いてみることにした。

 

「……『ジャシン教』? なんだお前たち、旅行で来てたわけじゃなかったのか」

 

「アナタが何を勘繰ろうと勝手ですが、こちらも任務ですので、ご協力お願いします」

 

 事務的な口調で素っ気なく返す私に肩をすくめ、それでもゲンマさんは、口に咥えた千本を上下に揺すりながら答えてくれる。

 

「ジャシン教、ジャシン教ねぇ……。ああ、そう言えば。最近地獄谷の周辺で複数の目撃情報があったって話を、聞いたことがあるな」

 

「地獄谷?」

 

 聞いたことがある気がする。

 

 北海道登別市にも地獄谷という温泉地帯があるが、まあそれとは別に、『NARUTO』にも同様の地名が、確か登場していた記憶がある。

 

 あれは……『サスケ真伝』という外伝小説と、それを原作としたアニメでのことだっただろうか。

 

 鉄分を多く含んだ血の池地獄を有する不毛の地。確か、血之池一族という血継限界の一族がその昔追いやられ、最終的には一族同士で凄惨な殺し合いを繰り広げて壊滅した土地だとか……。

 

 その地獄谷に、ジャシン教徒が? 

 

 殺戮する隣人すら、住んでいないのに? 

 

 それは……。おかしな話だ。

 

 私が思考を深めていると、ゲンマさんが私の方に顔を近づけてきて、小声で言う。

 

「まあ、情報を教えたお礼と言っちゃなんだが、嬢ちゃんに相談がある。この木刀とこのキーホルダー。お土産に買って帰るとしたらどっちがいいと思う?」

 

「え……。どっちもいらねェ……」

 

 何か迷ってると思ってたらそんなことを悩んでたのか。大体忍者がなんでわざわざこんなところで木刀なんて買う必要があるのか……。ていうか、こっちのキーホルダーはなんだ? よく見たら龍がとぐろを巻いているけど、一瞬うんこかなんかと勘違いするところだった。そもそもこのキーホルダー、湯隠れの里となんか関係があるのか? 

 

「嬢ちゃんにはわかんねーかなこういうの。オトコノコってやつはなぁ、こういうところに来るとつい意味もなく木刀とかキーホルダーとか木彫りの熊とかを買いたくなっちまう性分なんだよ。ま、こーいうときは、そういう意味のない欲望に素直になるのが、旅を楽しむ秘訣ってワケだ」

 

 まぁ、言ってることは分からなくもないが、それでもこのお土産のセンスはどうかと思う。

 

 私が胡乱な目で見ていると、ゲンマさんは少し慌てて、君麻呂の方に同意を求める。

 

「な、なぁ。ボウズもそう思うだろ?」

 

「全く思わん。そして知らん。それよりお前、多由也に近付きすぎだ。今すぐ離れろ」

 

 君麻呂は、ゲンマさんに敵意を含んだ視線を向ける。

 

 ゲンマさんは剣呑な空気を感じ取ったのか、近づけていた顔をパッと離した。

 

 ああ……。もうちょっと間近で平田(声優)ボイスを味わってても良かったのに……。

 

「そいつぁ悪かった。別にオレは人のオンナを取る趣味は無いから安心しなボウズ」

 

 私が少し残念に思っていると、ゲンマさんは何を勘繰ったのかそんなふざけたことを言う。だから、余計な詮索はよせとあれほど……。

 

「何を言ってるのかまるで理解できない! 多由也。コイツから取れる情報はもう取っただろう。早く次に行こう!」

 

 君麻呂が私の手を掴んで引っ張る。私はそれに引っ張られながら、一応ゲンマさんにお礼を言っておく。

 

「ゲンマさん。情報ありがとうございましたー」

 

「おーう。お前らも、あんまり無茶はするなよー」

 

 

 その後、また暫く情報を集めた私達は、日が暮れた頃になって『とびら屋』に戻った。

 

 流石に、一日中走り回ると少し汗ばんでくる。早く温泉に入りたい。

 

 …………。

 

「……今日は大浴場の女湯に入るから、君麻呂は入ってくるなよ?」

 

「? なんでボクが女湯に入るんだい? そんなことするわけないじゃないか」

 

「……」

 

 このウスラトンカチ! お前のそのよくわからん判断基準は何処からやってくるんだ! 

 

 私は心の中で絶叫しながら、『とびら屋』の暖簾を潜った。

 

 

 

 


 

 

 

 

 夜。布団を敷いて毛布を被りながら、私と君麻呂は灯籠の薄明かりの下で明日の作戦会議を行っていた。

 

「やはり、情報を精査する限りだと、ここ最近のジャシン教徒達の活動範囲は地獄谷周辺から放射状に延びていってるみたいだね」

 

「ああ。そうみてーだな。ゲンマってやつのお陰で、大分場所が絞り込めた。良かったな。これで明日には捜索に出られそうだ」

 

 私が言うと、君麻呂は少し黙って、不機嫌そうな顔をする。

 

「……別に、あの男がいなくたって、情報収集を続けていればそのうち絞り込めただろう」

 

「? それでもアイツの情報があったからその後の情報集めが効率的に進んだんだろ? 今日中に終わったのは間違いなくアイツのお陰……て、おい! お前は何をそんなにむすくれてるんだ!?」

 

「わ……わからない」

 

 君麻呂は、敵意のこもった目線と不可解そうな表情を混同させながら、心情を吐露する。

 

「ただ……カブトの時もそうなんだ……。君がああいった男達のことを話しているのを聞いたり、ああいう輩と喋っているのを見ると、どうしようもなく心臓が締め付けられて、胸の辺りがモヤモヤする……」

 

「……………………!?」

 

 君麻呂の発言を聞いた私の脳に、衝撃が走る。

 

 

 へ、へー……。そうなんだ……。

 

 ふーん。

 

 ……なるほどねー。へー。そう……。

 

 ………………そっかー。どうりでねー。

 

「? どうしたんだ多由也? また顔が赤くなってるけど」

 

「はぁ!? ばっ! 別に赤くなってねーよ! このアホ!」

 

 私は咄嗟に頭まで毛布を被って顔を隠す。

 

 くっそ! こいつ! 変なこと言いやがって! 

 

 そんなこと言われて、ウチはじゃあどんな顔すれば良いってゆーんだ! 

 

「あ! もしかして、多由也には分かるのかい!? この、よくわからない心臓の締まりと胸のモヤモヤの正体が!」

 

「はあ!? いや……。うーん……。んー……」

 

「やっぱり知ってるんだ! 頼む! 教えてくれ多由也! ボクはこの妙な症状の正体が気になって仕方がないんだ!」

 

 ガバ! と、君麻呂は布団から抜け出して私の被った毛布を剥ぎ取る。

 

 うわこっち来るな! 今のウチはお前に合わせる顔を持ち合わせていない! 

 

「誰が教えるかそんなもん! ていうか、ウチに訊くな! それはウチにだけは訊いちゃダメだろ!」

 

 私は君麻呂の手から毛布を奪い返し、再びその中に籠る。

 

「そ、そうなのかい? 多由也がそう言うなら……。でも、じゃあ、誰に訊けば……」

 

「誰にも訊くな! その答えはテメーがテメー自身で見つけろ! それは……そういうもんだ……」

 

 荒い息を吐きながら、私はなんとか言葉を絞り出す。

 

 クソ! なんだよこれ……。なんで君麻呂が自分で気付いていないような感情なんかに、ウチがこんなに心を揺り動かされなきゃならねーんだ。

 

 ムカつく! こんなにムカつくことがあるか? 

 

 絶っっっ対に教えてなんかやるもんか! せいぜい悩めこの色ボケタマ無しヤロー! 

 

 バカ! アホ! 凡骨! ウスラトンカチ! カス……バカチンヤローが! 

 

 あーもー! 怒りが収まらねェ! 

 

 どうしてくれよう。これはもう生半可なことでは許せそうにない。

 

 ……ああ、そうだ。もっと惑わせてやるか。

 

 暫く答えに、辿り着けないようにしてやる……。

 

「君麻呂」

 

「なんだい? 多由也」

 

「条件付きでなら、教えてやっても良い」

 

「本当かい!? 何でもするよ。条件ってのは、一体なんなんだい?」

 

 君麻呂が身を乗り出す気配を感じる。フン。期待したって無駄だ。私はお前に答えを教えてやるつもりなど、微塵もない。

 

「ああ。知ってるか君麻呂」

 

 私は、毛布の中でニヤリとほくそ笑んで、条件を述べる。

 

「一流の忍同士なら、拳を一度交えただけで互いの心の内が読めちまう。口には出さなくてもだ」

 

「……ああ。それは……」

 

 私は言う。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それで、答えが分かるだろ?」

 

「…………」

 

 条件を聞いて、君麻呂は押し黙る。

 

 クク……。悩め悩め。絶望しろ。

 

 こんなもん、ほとんど拒絶みたいなもんだ。答えは絶対に教えてやらないと、条件を出されたようなものだ。

 

 理解しろ。ウチはそれだけ、お前にムカついてる。

 

 ズキリ……と、胸が痛む。くそ。なんだよ。ウチの心の癖に……。

 

 今ここで全部をぶちまけた方が良いとでも、本気で思ってんのか? 

 

 ダメだ。どんなに後悔しようと、これだけは譲れない。ウチの心にだって、譲ってやらない。

 

 だって、この感情は、そういうものだから。

 

 何かに譲ったら、終わってしまうものだから。

 

 条件はソレだ。ソレだけだ。

 

 ウチは自分で気づいたぞ。だから、お前も自分で気づけ。じゃないとお互い、フェアじゃない。

 

 毛布の中で丸まって、まるで拗ねた子どものような態度を取る私は、自分のガキっぽさにいい加減うんざりするが、構わない。

 

 構うもんか。

 

 それに──、君麻呂は──。

 

「分かった」

 

 君麻呂が言う。

 

 声だけが、聞こえる。

 

 だけど、その一声だけで、理解できる。君麻呂が今、どんな表情で、どんな姿勢で、どんな決心で、どんなことを言うつもりなのかが、ありありと、理解できる。

 

「どうせボクは、大蛇丸様の器たるために、一流の忍にならなくてはならない。だから、その条件は、絶対に達成する」

 

 君麻呂は、言う。

 

 私の思い描く通りに。

 

 私の理想通りに。

 

 美しい声で、宣言する。

 

「ボクはいつか一流の忍になって、君と拳を交わす。そして、キミの心を理解することで、ボクの心を理解する。条件は、それで良いんだね?」

 

「ああ。それでいい」

 

 私は毛布を脱ぎ去って、布団の上に座り、君麻呂と正面から対峙する。

 

「約束だ」

 

 私は、右手で印を結び、その人差し指と中指を、君麻呂に差し出す。

 

 和解の印。

 

 本来なら、忍同士が対立したその後に、和解の証にお互い結び合う仲直りの印だ。

 

 だけど、平和なんてものは、次の戦争への準備期間に過ぎない。そう思う忍は、世の中に大勢いる。殆どがそうだと言って過言ではない。

 

 だから、和解の印には同時に、こんな意味もある。

 

「次の対立の時までひとまずは、勝負はお預け」

 

 お前が一流の忍になったら、また対立しよう。

 

 それまでの間は、仕方ない。お前の隣で戦ってやる。

 

 だから、約束だ。

 

 次の勝負の時には君麻呂は、一流の忍になって、私の前に立っている。

 

「うん。約束だ」

 

 君麻呂は、私の二本の指の上に、自分の二本の指を乗せて、絡め合う。

 

 己の心を理解するために、心に誓う。

 

 任務二日目。

 

 二回目の二人の夜は、そうして静かに更けていった。

 

 

 

 

 

 ▼次回につづく。




ジャシン教編(?)に入ったからっていきなり飛段が出てくると思ったら大間違いですぅー!まずはラブコメのターンだオラァ!

はい。深夜テンションです。間違いない。書き慣れてないラブコメは捻り出すのが難しいのです。はい。ところでラブコメってなんでしたっけ?(ゲシュタルト崩壊)


まあいいです。ところで世の中には鈍感系主人公というやつがいまして、私はそれを見るといつもイライラしながら見てるのですが、じゃあ、イライラしない鈍感系主人公ってなんだろうって思って、少し筆を滑らしてみました。はい。イライラしました。主人公もイライラしました。そんな話です。(??????)

それはそれとして、飛段が出てこない代わりにちょっと意外な新キャラを出してみました。そう。不知火ゲンマさんですね。あの人声が良いんですよ。イケメンだし。何しろあの人の声ONE PIECEのサンジですからね。他にもいろいろ。カッコよくないわけがないんですよ。

ちなみに、ゲンマさんはお土産屋で多由也たちと別れたあと、悩んだ末に木刀を買って宿に戻りました。理由は

「邪魔になったときにガイに押し付けられるから」

だそうです。ひどいですね。

何せ出番が少ないので色々と想像で補って書きましたが、ゲンマさんが旅好きというところだけは、一応公式設定です。だから観光スポットで出してやろうとずっと画策してました。他にもネタを色々。卑劣な宿だ…。的な。

はい。駄文長文誠に失礼いたしました。それでは次回、後編で、またお会いしましょう。


前書きの一言に対する自問自答。

「え、OLで温泉でサスペンスでラブコメっつったら、やっぱりそのタイトルじゃないっすかね…」


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。