A ぐんちゃん「辛い。もう生きるのマジ無理……」
長瀬「千景生きルォ!」
高奈ちゃん「ぐんちゃん生きルォ!」
??「生きルォ!」
こんな感じの小説です
あれから長い時間がたったけど、今でも
最後まで生きたいと願いながら死んでいった、誰よりも怪物らしく誰よりも人間らしかった仲間、
悲惨な死に方の末に生体兵器として骸を利用され、戦いの果てに今度こそ安らかな最期を迎えたというイユの事を。
獣となった者達が起こす食人の悲劇の過程で、かつて関わった様々な人々の事を。
凄惨な経験は長瀬の中にある消えないトラウマであり続けている。
今も昔も無力な長瀬にできた事は取り立ててなく、ただひたすらに翻弄されていたいてもいなくても変わらない人間。賑やかしのエキストラ。
それが千翼が生きる事で巻き起こされた悲劇での長瀬の役割だった。
その時に感じた無力感は今なお長瀬裕樹という人間を苛み続けている。
しかしそれでも彼らがいたからこそ長瀬裕樹という人間は、子供じみていても本人からすれば真剣な鬱屈から立ち直って、学校に真面目に行くことから始めて今も生きている。
何か辛い事があっても千翼とイユの遺品であるプリクラの写真を見返して自分を奮い立たせて、何とか頑張って生きている。
少なくともかつてのように死んでるように生きてはいなかった。
──────―だからなのかもしれない。
大学生になったある日、長瀬裕樹が
四国の香川県某市にあるうどん屋。
うどんの国と呼ばれるこの県でもうまい店らしく、全国的な有名店ではない物の儲かっているのか面構えが立派な店だ。
そんな店で長瀬裕樹はズルズルと音を立ててうどんを食べていた。
(うめー、うどんうめー)
讃岐うどん特有の強いコシの麺ともっちりとした食感が口に心地よく、煮干しでとった食べやすい出汁がその風味を引き立てている。
ズルズルと音を立てて食べるたびにシンプルにうまいと感じられる味が口の中一杯に広がった。
さらに長瀬はまだまだ若く食べ盛りな為セットメニューにあったうどんだけでなく、これまた丸亀市名産品の香ばしく焼き上げられた骨付き鳥も食べている。
ちなみに食べているのは若鶏の肉を使った『ひな』だ。
「あっすんませんこの鰹のタタキもお願いします」
「はいよー」
おっと高知県フェアが丁度やっていたからか、サイドメニューにあった鰹のタタキもついでに注文した。
新鮮で歯ごたえのある鰹の重厚な身はうどんや骨付き鳥とも違う味わいでこれまた良い。
まだ昼前の早い時間から正統派の讃岐うどんに骨付き鳥と鰹のタタキを一度に食べる。
四国のグルメ欲張りセットで何とも羨ましい限りである。
「ごっつおさんでしたー」
全て食べ終えた長瀬は会計を済ませて店を出ていく。
サイドメニューも併せて合計千五百円払ったが硬貨も紙幣も問題なく使う事が出来た。
(四国なんて全く来た事なかったけど思ったより発展してんだな―この辺。これが観光旅行とかなら良かったんだけどなぁ)
長瀬の目の前に広がるのは長瀬が見たことのないの情景。
やや遠くの方にいかにも名がありそうな城が見えるが長瀬は城に興味がないうえに、そもそも今そんな事を気にしている程の余裕はない。
「どこなんだよここ~つーかあのオーロラは何なんだよ……意味わかんねぇ」
長瀬は頭を抱える。まさか自分が元居た所と同じような世界とはいえ、異世界に来てしまうとは。
時間は2時間ほど前に遡る。
ようやくクソ長い前期期末試験を終えてバイクで帰る途中だった長瀬は、突然目の前に現れた灰色のオーロラにぶつかってしまった。
驚いたのもつかの間、幸いにも転倒する事はなかったが気が付いた時にはもうすでに瀬戸大橋の根元近くにバイク共々立っていた。
あまりにも予想外の事態に動揺しつつも市内をバイクで走っていく内にやたらうどん屋が多いし、今いるのは四国の香川県らしいと気づいたが、幾つもの相違点があった。
まず最初に気づいたのはスマホに表示される月日が長瀬のいた時よりも数年昔な上に、しかも元は夏だった季節と違いここは春の季節のままだ。
さらにどうにかつながったスマホでいろいろと調べてみると東京とか大まかな地名は一緒だが細かい点が幾つも異なっていた。
例えば(うろ覚えだけど)首相の名前であるとか、トレンドに出てくる芸能人の名前とか。
そしてなにより長瀬の世界に居た異物とも人類の敵ともいえる人喰いの怪物、アマゾンについての報道が全くと言っていい程にない。
アマゾンと検索しても出てくるのは河の名前や通販サイトのみだ。
ここまでくれば到底信じがたいが最早長瀬も認めるしかあるまい。自分は異世界に来てしまったのだと。
(タクとケンタと……後千翼と見た世にも奇妙な物語にもこういう話が合ったけどよ……まさか自分の身に起こるとなるとマジで参るぜいやほんとマジで。そもそも唐突すぎんだろこの展開。なんだこりゃ)
幸いにも長瀬の通っている大学は今日期末試験が終わり明日から夏休みに入る予定であり、以前かかわった事件で得た伝手で始めたアルバイトも今週は入ってない。
でもこんな訳の分からない事態に巻き込まれてこのまま異世界の四国で暮らしていくのは何ともぞっとしない話であった。
(やべえまじやべえ。スマホは使えるけど戸籍はねえだろうし俺どうすりゃいいんだ? 財布にはあと5万ちょいしかねえぞ)
うどん屋の前で長瀬は唸り善後策を考える。
しかし元よりそう頭が良いわけではない長瀬には、妙案が非常事態に考え付くわけがない。
「……とりあえず市内走ってみるか。なんかポイントとかあるかもしんねえし」
長瀬はまずバイクのガソリンを入れてあたりを走って調査してみる事に決めた。
もしかしたら何か手掛かりがあるかもしれないし、長瀬をこの世界に送り込んだ灰色のオーロラも見つかるかもしれない。
尤も灰色のオーロラが人を他世界に移動させるものならば、長瀬のいた世界に繋がっているとも限らないのだが。
まあまずは行動だ。長瀬はそういう直情的な男なのである。
「うっし、じゃあ行くか」
長瀬はバイクに乗りあたり一面を探索し始めた。
それから1時間、2時間と走っていくが手がかりとかはそう簡単に見つからない。
東京で生まれ育った長瀬が「地方都市ってこんな感じだろうなー」と想像する通りの近代的な街並みと長閑な街並みが場所ごとに入れ替わる、ありきたりな都市でしかこの世界の香川県はなかった。
少なくとも巨大な樹が四国の中心に有ったりとか、もう四国以外の世界が滅んだりしたとかそういう異世界感あふれる有様になってはいない。
そんな来た時と同じような事を確認しながら長瀬はバイクを走らせていく。
全くどうすればいいのやら。
「まじで普通だなこの世界。こりゃいよいよ長期戦覚悟するべきかぁ……お?」
代り映えのなさに嘆息しつつ、河にかかったやや長い橋を渡ろうとしたとき、長瀬はふとある物を見つけた。
(……何してんだアイツ?)
長瀬が見つけたのは橋の中頃あたり、手すりにもたれかかりじっと水面を見つめている少女の姿だ。
長瀬はただ事でない少女の様子を訝りバイクを止めて降りるが、その間も少女は動かない。
だがとうとう少女はどこか意を決した様子で手すりを掴むと、震えながらも身を乗り出して──────
「何やってんだぁっ!? やめろォ!!」
身を躍らせる前に長瀬が慌てて引き戻した。
少女は暴れるが、長瀬はそのまま少女を多少強引なくらいに抱き留めて飛び降りを防ごうとする。
「お前何考えてんだ!? 飛び降りなんてやめろってマジで! いたたたたたひっかくな!!」
「放して……放しなさいよ……!」
「誰か知らねえけどやめるォ!? いだだだっ!?」
長瀬裕樹と郡千景、本来あらゆる意味で交わるはずのない二人の出会いが起きていた。
長瀬は何とかして少女の飛び降りを阻止する事が出来た。
もし少女に躊躇がなければ、長瀬との距離が空いていれば、そして過去のいきさつから長瀬が誰かに組み付いて止める事に少しばかり長けていなければ全く違った結果があっただろう。
橋の近くにあった公園の休憩所で長瀬は自分の向かいに座る陰鬱な表情をした少女をじっと見ていた。
年は自分より3つか4つ程下だろうか? ごく自然に長瀬は綺麗な子だなと思った。
黒く長い髪に白い肌、それにもうすでに未来で花開く美しさの萌芽を秘めた整った顔立ちをした少女は暗い表情でも生来の美しさを損なっておらず、むしろそのほの暗さを綺麗と感じられる雰囲気がある。
それに何処か、単に長瀬の知り合いの女性自体が少ないのかもしれないが──────―外見や雰囲気がイユに似ていた。
「俺は長瀬裕樹……お前名前はなんて言うんだ?」
「……‥千景。郡千景……」
「そっか千景か。いい名前じゃねえか」
奇しくも千景は長瀬がかつて失った仲間に似て、いや名前に千の字が入っているだけでそう思うのは感傷的になりすぎかもしれないが、失礼と思いつつもどうも千景の辛気臭く何かに飢えた雰囲気は千翼に似ていた。
長瀬がかつて助けてやれなかった誰よりも化け物で、誰よりも生きたいと願っていた奴に。
「なあ千景。お前なんであんなことしたんだ? 幾ら小さな川だって高さあるから余裕で死ねるぞ」
「気安く……呼ばないで。私の……勝手でしょ。どうせ私の命だもの自分でどうしようが私の勝手。私が死んだって、……悲しむ人もいないから死んでも別にいい──────」
「いいわけねえだろぉっ!!」
「っ!?」
千景の言葉を聞いて長瀬は激発した。
自分の事をどれだけ悪く言おうがかまわないが、長瀬は千景の言葉が我慢ならなかった。
自分は人に何か言えるほど大した人間ではないし、多少極端な主張をされても不快にこそ思えどどうしようもない。
ただそれでも、自分自身の命を粗末に扱うようなことだけはどうしても我慢ならなかった。
長瀬は本当に嫌と言う程に生きたかったのに、凄惨な死を強制的に迎えさせられた人間を見てきたから。
「世の中には生きたくてもなぁ! 死ぬしかない人間がいんだぞ! イユも千翼も……あいつらは生きていたかったのにあんな理不尽によってたかって追い詰められてそれで……! なのに自分から死ぬなんて言うんじゃ────―あ」
そこまで言って長瀬は思わず言葉を止めた。思わず激発した長瀬に対して千景は怯え切っており、身を引き腕で腕で顔をかばうようにして震えている。
顔からは先程の捨て鉢さが消え両眼に涙を湛えていた。
「……あ……う……」
「あ……わりい……俺、無神経過ぎた」
小動物みたいに怯える千景に対して長瀬は素直に謝る。
ああ本当に悲しいくらいに、この少女は追い詰められていた時の千翼に似ている。
本来なら人生で一番楽しいはずの時期に、一体何があったのかここまで千景が傷ついている事が悲しかった。
そして自分の無神経さに自己嫌悪した。この愚かさは最早罪だ。
「本当に済まねえ。俺は馬鹿で無神経なクソで、ああこんな奴にいきなり怒鳴られたらいやだよな」
「…………ん」
自己嫌悪する長瀬の謝罪に千景はこくこくとうなづくとまた押し黙って膝に追いた手をじっと見る。やがてこの上なく居心地の悪い雰囲気が流れる中、千景はそっと自分の左耳を触る。
長瀬の側からは見えないけども千景の左耳にはざっくりの刃物で切られたような傷がある。
もうとっくに塞がっているはずなのに今もじくじくと痛むのは、心の傷がふさがっていないからだろうか?
「ねえ……あなた、さっき私が何で飛び降りなんかしようとしたって……聞いたわよね……」
「ああ」
「なら教えてあげる……どうせ誰に聞かれたって、もうどうでもいいもの」
先程以上に陰鬱な顔で千景は口を開く。
何処か自棄になったように淡々と自身の過去を語り始めたが、その内容に長瀬は驚愕した。
何故ならば千景の語る彼女の人生は只平然として聞くには、あまりにも悲惨だったから。
端的に言えば千景は去年まで生まれ育った高知県の村でネグレクトと陰惨ないじめの二重苦に遭っていた。
発端は千景の両親の不仲である。
千景の両親は若い頃に周囲の反対を押し切って駆け落ちして結婚し、高知県の村で小さな家を借りて生活を始めた。
そして少しして千景が生まれたが二人は一人娘の誕生を祝福し確かに愛していた。
ここまではまだ良かった。
だが千景の父親は子供がそのまま大人になったような人間で、常に家族よりも自分を優先しており、酷い時には妻が高熱を出して寝ているにもかかわらず夜中まで飲み歩いて帰ってくることすらあった。
当然ながら千景の両親の仲は急速に悪化し、千景は毎日のように両親の怒鳴り声を聞きながら自分の部屋で泣いて過ごしていた。
千景の母親が夫に愛想をつかし、若い男と不倫して出ていくまで。
妻が出ていった後千景の父親は千景を目の上のタンコブみたいに扱ったが本当の地獄はここからだった。
無責任な父親に男と若い男を咥えこみ不倫する阿婆擦れ、そしてそんな二人の間に生まれた人づきあいの苦手な娘はこのご時世でも閉鎖的な田舎の人々にとって格好の獲物だったから、家の外でも千景は寄ってたかって地獄に叩き落とされた。
村を歩けば老若男女問わず皆が千景を侮蔑し嘲笑い、学校ではよってたかって虐げられた。
いじめでよくあるようなものを隠されたり泥団子を投げつけられるなんてものは日常。それよりもっと酷い目にあわされる事は何度もあった。
服を焼却炉で焼かれて下着姿で帰らされたこともあった。
階段から突き落とされたこともあった。
背中にやけどを負わされたり、髪を耳毎切られた事もあった。
そんな風にして郡千景と言う不幸な少女は、去年に父親の仕事の都合で香川県の学校に転校するまでの数年間心身の尊厳をズタズタに刻まれ続けていた。
「これが私の人生。この後もっと嫌な事が起きたんだけど……それは、言いたくない」
「……なんだそれ」
高知県に居た頃の人生について淡々と語り終えた千景に対して長瀬は絶句した。
何か嫌な事があったのではと思っていたがそのあまりにも非道すぎる内容は予想の遥か彼方だった。
「階段から突き落とす? 耳を切る? なんだそれ犯罪だろ……何考えてんだそいつら……」
呆然としながらも長瀬は少なからず千景の故郷の人々がどういう心理を抱いていたのか理解できる。
彼らはきっと、かつて長瀬がアマゾンを殺してもいい化け物だと思い込んで、遊び半分で千翼に狩らせていたように千景を人間と思っていなかったのだろう。
むしろ村にある悪い物を駆除する事に使命感すら抱いていたと長瀬は若干の吐き気すら感じながら想像する。
人間はそういう人間じゃないとみなした相手に対してどこまでも非道になれる。
長瀬自身がそうだったから良く分かる。
「よくネットの広告で見る胸糞系漫画じゃねえんだぞ……」
「……これでいい? もう飛び降りはしないから……帰っても」
千景は立ち上がり踵を返して長瀬から去ろうとする。
そう、長瀬と千景は赤の他人であまつさえ千景は知らないが属する世界すら違う。
何の義理もない間柄のはずだ。
「待てよ。なぁ千景。今中学生って春休みなんだよな?」
「……そうだけど」
「なら、今日だけでも一緒に居させてもらっていいか? クソうぜぇかもしれねえけどお前の事が心配なんだよ。まるで……あいつらみたいで」
振り向いた千景の目には困惑がある。
彼女の長瀬を見る目は当初の邪魔物を見る目から自分を傷つける人間を見る目に、そしてよくわからないおせっかい焼きを見る目に変わっていた。
「いい……けど」
「うっし、バイクに乗った事はあるか? 一応予備のヘルメットはあるぜ」
「ない……」
長瀬は郡千景という不幸な少女を生かす為に必要ならば自分の傷口を開いてでも語るべきだと長瀬は秘かに思っていた。
まだ捨て鉢な目で長瀬の後ろに乗る千景を見ながら長瀬はそっと自分のポケットの中にあるスマホを握りしめる。
正確にはスマホに張られた血の付いたプリクラを、長瀬は決意を込めて握った。
この小説を書こうと思った理由は幾つかあって、その一つは千翼とぐんちゃんという名前以外にも似た所のある二人を、長瀬と言う人間を通してつなげてみたかったという思いがあったことが理由です