逢瀬   作:りある


原作:PSO2
タグ:R-15 オリ主
死んだはずであった彼女との再会

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逢瀬

「ごめんねミュトスくん・・・もうわたし、生きていけない」

あの子に否定されたから。涙を流し悲しむ姿すら美しいと思った。彼女の最期の言葉だった。涙を拭い惑星アムドゥスキアの崖から身を投げた彼女はそのまま遺体も発見されず、『死んだ』ことにされた。

 

 

あれから10年。彼女のことを忘れたことなどない。今もこうして、隣で寝ている女性と彼女を比較しているのだ。ああ髪は彼女の色に近いけど彼女の方がもっと綺麗だったとか、彼女のようにもっと情熱的に求めてくれたら、など。こんなことでしか彼女を振り返れない私は随分汚くなったものだ。今の私を彼女が見たらどう思うだろう?・・・愚問だった。

 

彼女は思うよりまず行動する。快楽に従順だった彼女ならば第一声に「シようよ」と言うだろう。相手の体格さえあれば誰とでも寝てしまう、表現は良くないが所謂「ビッチ」なのであった(とはいえ、それは本来の彼女の姿ではない。彼女の『力』が彼女を苦しめていたのだ)。若かった私はそんな彼女に散々翻弄され、惹かれ、そして愛してしまった。若気の至りと言われてしまえばその通りかもしれない。確かに床事情ではよく思われない彼女だが、戦場での彼女の凛々しさ、強さ、頼もしさや家族である弟への慈愛を知っているからこそ、ミュトス少年は何もかもを彼女に奪われてしまったのだ。彼女の愛が自身の弟だけにしか向いていないということを知っていたとしても。

 

「あの・・・ありがとうございました」

 女性から金を渡される。恋人と別れ一人寂しくクリスマスイヴを過ごしたくないという、この女性の我儘に私は付き合ってあげた、という意味か。貴女の寂しさが紛れたのであればそれだけで良いのです、お気持ちだけ受け取っておきます、など適当に取り繕う。あの金を受け取れば相手の思うままである。これはビジネスではない。ただの私のフィランソロピー。金銭またはお礼の類は一切受け取らないのが私の主義だ。聖夜は一年の内で最も忙しい日である。知人の悩みを聞く、恋人替わりにデートをする、一緒に食事を楽しむ、時には身体を求められる。性別の壁はない。来るもの拒まず、去る者追わず。己は本当に汚い人間だと思う。相手のことなど本当はどうでも良い。誰と何をしようとも、私の孤独を癒す者など現れやしない。それが例え主たる神であろうとも。

 

 

予定の人数と時間を過ごし、自宅へ戻る。23時から1時までは、主と共にあるべきと決めている。主を模した像の前へ腰を下ろし、溜息をつく。主の近くで仮眠をとる、この静寂な時こそ唯一の安らぎである。熱心な信徒であった私は、人混みを避けひとり主に祈りを捧げるような内気な少年だった。彼女が現れてから、主との時間は全て彼女のものになった。彼女が居なくなってからは、寂しさを埋めるかのように他の者と過ごす時間が多くなった。主とこうして二人きりになるのは、一年の内この時間だけである。頭を空にし、目を瞑る。

 

「ミュトスくん」

リアルな妄想だ。彼女が隣に居て、耳元で囁いているようだ。彼女が居なくなってから、彼女が返ってくることを何度も夢見た。しかしそれは現実になることなど無かった。目の前で崖から落ちたではないか、と夢を見る度己に言い聞かせた。今回もまた己の夢だろう、時間が経てば妄想は消える。目を閉じたまま、時が過ぎるのを待った。

「ミュトスくん」

もう一度耳元で名前を呼ばれる。今度は、私の手を握っているようだ。彼女の体温まで感じる。

「ミュトスくん」

本当に夢ではないようだ。もしかしたら、なんて淡い希望を抱く。ずっと彼女に逢いたかった。私は彼女の葬儀には参加していない。彼女の家―― ベレスフォードの屋敷で、ひっそりと執り行われたそうだが、遺体がない空の棺桶で一体何を葬ったというのか。葬儀に参加してしまえば彼女の死を認めたことになる。目の前で身を投げた彼女がまだ生きているのではと、心の何処かで諦めきれなかったのだ。

 

彼女が戻ってきて嬉しい反面、今彼女にどんな顔をすればいいのだろう、不安を抱く私もいる。恐る恐る目を開く。銀の髪、白い肌、薄紅に染まった唇・・・そして、私を見つめる虹色に輝く瞳。あの頃より歳を取ったものの、美しさは変わらない。嗚呼、本当に彼女だ。

「前髪、切ってくれたんだね。似合ってるよ」

己の容姿に自信が無かった。他人の評価を気にする私は、外見で判断する人の愚かさを見てきた。主は如何なる者であっても生きる価値はある、人を愛せよと私に言い続けてきた。しかし私はそんな人の醜い部分をはっきりと見ぬようにと前髪で目を隠していた。彼女はそんな私をずっと気に掛けていた。

それ、邪魔じゃないのかい?戦場で会った次の日。たまたまアークスシップ内、武装を解いた私の姿を見た彼女の第一声。仮面を付け頭巾を被る戦場での私の素顔に興味を持ってくれていたようだ。

切ったらどうだい?用があるからとやんわり断ろうとする私についていき、他愛もない話をする彼女。君さ、なんだか弟に似てるんだよね。まだこんなちっこいんだけどさ。フランクに話しかけてくる彼女にはあ、そうですか・・・とした返せなかったが、本当はこの会話を楽しんでいた。彼女の唇に、声に、話の内容に、この時既に私は魅了されていたのだ。

おや、髪を上げたらいい男じゃないか。隙を突き私の前髪を上げてくる。彼女の読めない行動と、距離が近くなったことに狼狽え赤面する。

人が苦手?なんだ、じゃあわたしと同じだね。彼女は一家の主であるが故、様々な人と交流せねばならなかった。容姿と力量で会う人全てを虜にし、また彼女も愛を振舞ったが、心の底では私と同じ、醜い人の姿を嫌っていたようだ。何気ない会話から同調し、私の心の拠り所となった彼女。彼女が私の全てとなる迄に、時間は掛からなかった。

彼女が居なくなってから、私は変わろうとした。内気な私・・・弱い私だったから、彼女をあの時止められなかった。人の醜さも愛さねばならぬ、視界を遮るこの長い前髪は不要。彼女のように、皆に愛される者であるにはまず自ら人に寄らねばならない。今の私は過去の私が抱いた理想に近い私。彼女のように完璧で、皆に愛され微笑み返す。騎士様などと私を呼び慕う者まで現れた。だが内面だけはあの頃と変わらない、臆病で寂しがりやなのだ。

 

 

何と返事しようかと考えている私を彼女は待っているようだ。じっと見つめられ、思わず目を逸らすと、ふっと彼女が笑う。

「相変わらず照れ屋なんだね」

己を見透かしているような虹色の瞳。彼女への想いを、劣情を覗かれているようで。

「まだ信じられないのかな?だったら・・・以前のようにわたしを抱く?それとも、わたしがリードしてあげようか?」

指を絡め、私の唇を奪う。こんなところまで以前のままだなんて。私に性行為を教えたのも彼女だ。彼女が私のことをどう思っているか最期まで分からなかったが、きっと気まぐれだったのだろう。何となく近くにいたから。他の男と同じように、特別な意味なんてない。彼女の本命は彼女自身の弟なのだから。理由なんてそんなものだろう。しかし、当時の私がそれを知ったとしても、嬉しく思っただろう。彼女に盲目だったから。何であれ、彼女と繋がりを持てたから。そして今も。

彼女との久々のキスを楽しんでいる。互いの舌や唇を吸ったり甘噛みしたり、歯列をなぞってみたり。10年のブランクを埋めるかのように、激しく互いを求める。息継ぎの際に溢れる彼女の声が煽情的だ。彼女が私に跨り、腰を撫でる。私も彼女の髪を指に絡める。口端から唾液が流れようが気にならない。彼女に身を任せる。気持ちいい。大人げないことに、この時間がずっと続けばいいと思った。荒い息遣いと彼女の声、唾液が混ざり合う水音だけが部屋に響いている。

 

 

ふと視界の端に主の像が映る。かつて主は人々の代わりに罪を背負ったと言われている。見る者によっては痛々しいと捉えられる主の姿。その表情が、曇ったように見えた。これは彼女ではない、そう告げているような気がした。ならばこの彼女そっくり・・・いいや、彼女そのものとも言っても過言ではない『これ』は一体何だというのだ?得体の知れない恐怖がこみ上げてくる。

「貴女は・・・誰ですか?」

再会した彼女への第一声。本当ならば、逢えて嬉しい、だとかそういうロマンティックな台詞を言ってあげたかった。

「何を言っているんだい?わたし以外の何だと言うのかな?」

上着を脱ぎ、白い肌を露出させる彼女。噛みつきたくなる首元、女性の象徴である胸、撫でまわしたくなるくびれ・・・僅か数分前であれば、このまま彼女を押し倒していたかもしれない。しかし、これが彼女ではないと猜疑心が強くなってしまった今、雰囲気も何もあったものではない。彼女の身体はあの頃のままの美であるが。

「・・・もう二度と、私の前に現れないでください」

私の服を脱がせようとする手を払いのける。あの崖から落ちて助かる筈がない。もしこれが彼女であったとしても、以前のような関係には戻れないだろう。彼女に憧れていた、あの頃の純粋な私ではないのだから。

「次また現れるようであれば、貴女を殺して私も後を追う」

これは脅しではない。呪いだ。あの時彼女を止められなかった、無力な己への。そして彼女の死から変わってしまった、汚い大人である己への。

「・・・・・・そう」

彼女は私を惑わすことはあれ、否定したことは一度もなかった。昔のまま。ただ私の意図を汲んで静かに立ち退く。乱れた衣服を整え、部屋から出る一瞬、此方を振り向く。今彼女から何か言葉を貰うようなら、容赦なく私の理性へと突き刺さり、自我が崩壊してしまっただろう。彼女の優しさが、唯々辛い。こうしてまたひとり、私は取り残されてしまった。主の前に力なく寄り掛かる。腕時計の時間を確認する。もう直ぐ2時になろうとしている。予定時間が迫っている。主との安息を、思いもよらぬ来訪者によって邪魔されてしまった。

「貴方ではないでしょうね」

主の像を見上げる。主の表情に変化はない(そもそもただの石像に表情も何もあるわけではないが)。主は創造こそすれ、一定の誰かに何かを与えることはない。運命に全てを委ねる主にこのような不意打ちが出来るわけがない。主もまた運命に弄ばれた一人の人間である・・・・・・無表情な父の助力により、全てを悟った。

 

 

神とは残酷な種族だ。彼等はただ無限に与えられた時間を己の快楽の為だけに使う。人は己の都合に合わせ彼等を信仰することもあれば、悪魔と貶め罵ることもある。今回の件も、神はただ己の悦楽の為にしたことだろう。または遠くから見て腹を抱えて笑っているのだろうか。

一度だけお会いしたことがある、あの人物。主たる父に雰囲気がよく似た、紅い髪の彼女。目的は未だ不明であるが、良かれと思っての行動であれば、余計なお世話である。醜い私の一面が露わにされただけ・・・いいや、これすらも目的の内の一つであるというならば、醜い人である私を受け止めて貰おうではないか。今度は借り物の姿でなく、素の姿で。哀れな信徒に、情けをとでも縋ろうか。神の愛で孤独を埋めてほしいとでも懇願しようか。何にせよ、己を呪い生ける屍と化した私に生の楽しみを与えてくれた神の一人へ、感謝せねばなるまい。何も出来ない己の父とは違い、いい働きをするではないか。いっそ改宗してしまおうか。馬鹿げた考えに、笑いが漏れた。涙が出るほど笑い、指で拭う。指の隙間から主を覗けば、無表情に変わりはないがやれやれと呆れたような、哀れなものを見る目で私を見下している。

 

束の間の非日常。私が最も望み、そして恐れた彼女との再会であり逢瀬。彼女の名前を呼ぶことは出来なかったが、次に逢う時は、呼べるだろうか。

 


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