沈殿する思い出に   作:横電池

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うかれて

 

 

 

 

 ローソクの火亭へと向かうカザミの足取りは軽やかなもので、迷うことなく知るよしのなかった街を進んでいく。

 時々出す話題はあの曲がり角に何があっただの、どこが人気スポットだの、懐かしみながら、はしゃぎながらいっぱい話を出してくる。ただ言えるのは、どの話題でも相槌ぐらいしか反応できない。

 

「それでね、来週あの人の誕生日だからそれまで私の正体は隠そうと思うの! きっと忘れられない思い出になってくれるはず!」

「まぁ……、色んな意味でインパクト強いよね。いきなり店に来た子が『前世の恋人です。あなたのプロフィールを詳しく言えます』とか恐怖の演出が完璧だよね」

「いきなりは言わないよ。誕生日までお店に通って、それとなく前世の面影を見せていくの! 『ひょっとして、いやそんなまさか……』的なことを思わせたらもう勝利!」

「なんの勝負?」

 

 いったいいつから勝負が始まったのか。競う相手は誰なのか。

 そんな突っ込みを無視して彼女は長い髪を後ろに結った。見慣れた子の、見慣れないポニーテール姿に新鮮味が強い。

 

「というわけで第一弾。前の髪型で来店です!」

「……」

「似合い過ぎて言葉を失っちゃった?」

「正直微妙」

「嘘!?」

「ほら、お店はこの先でいいの?」

「え!? 待って! え!? 似合ってない!?」

 

 やる気充分な姿に、余計な水は差さないでおこう。

 

 慌てふためく彼女を無視して少し早歩きになった。

 

 

 やがて小さな喫茶店が見えた。その店が見えた途端、カザミが駆け足になる。

 彼女の目的の店、ローソクの火亭だ。

 

「良かった! 潰れてない!」

 

 カザミは嬉しさを表すように小さく跳ねる。

 一方僕は気づかれないように小さくため息をついた。

 

「入ろ! ほら!」

「わかったよ、わかったって。引っ張らないで、服が伸びるから」

 

 ドアを開ければカランカランと音が鳴った。

 その後すぐさまカウンターの向こうから中年の男性が声を掛ける。

 

「いらっしゃい! 好きな席に座んな!」

 

 喫茶店と聞いていたけど、なんだかノリが居酒屋っぽく感じてしまう。

 

「ここ、本当に喫茶店なの?」

「そうだよ。まあ、他のお店とは雰囲気違うかもだけど」

「どうしたんだ、お前ら? ひょっとして店間違えたか?」

 

 席につかない僕らを不思議に思ったのか、キョトンとした顔で尋ねた。

 

「あ、いえ、喫茶店って聞いて来たんですけど、想像と違った雰囲気だったので驚いただけです」

「はっはー。そうだろうな、何せ俺の店だ。他の喫茶店と違ってここは酒もあるぜ!」

「居酒屋では?」

「店主の俺が喫茶店って言やぁそこは喫茶店だろ?」

 

 何を当然のことをと言わんばかりに言われても困る。

 昔からこの店はこうだったんだろうか。カザミが戸惑っている様子もないし、そうだったんだろうなぁ。

 

「ほら、いつまでもつっ立ってねぇで席につきな。心配しなくても子供に酒は出さねぇよ」

「それじゃ座ろ」

「テーブルじゃなくてカウンター席とは嬉しいねぇ! 俺もお喋りに混ざっていいってことか?」

「どうぞどうぞ!」

 

 カザミのテンションが高いこと高いこと。

 他の席もいっぱい空いているのに、迷わずカウンター席に座った。彼女の目的はやっぱりこの男性なんだろう。ということは、この人の名前が……

 

「観光か何かか? この付近にも一応遺跡とかあるが何の面白みのねぇとこだぜ?」

「観光じゃなくて引越しで! この街に住モガァ!?」

「引越しじゃなくて観光です。カザミ、変なこと言わないで」

「コール君……、今ので舌噛んで、痛い……」

「それはごめん」

 

 申し訳ないと思うけど、変なこと言いだすカザミも悪い。

 

「はっはっは! いいじゃねぇか、引越しも! ケチくせぇ彼氏だな!」

「ただの幼馴染です! 今世の!」

「変な言い方する嬢ちゃんだな。テレなくてもいいんだぜ?」

「変なのはいつものことですけど、本当に違うんですよ。彼女と僕は幼馴染です」

「そう!」

「まあそういうことにしておいてやるよ。で、注文は決まったか?」

 

 メニューはどこにあるのか。あ、壁に書いてある……ますます喫茶店感が薄い。

 

「鹿肉ステーキ!」

「あいよ、少年は?」

「じゃあ、同じので」

「了解っと、しばらく待ってな」

 

 店主は厨房の奥へと引っ込んでいった。

 釣られてステーキを頼んだけどカザミ的におすすめだったりするのだろうか。まあステーキで外れって滅多にないか。

 

「実はね、私いっつも鹿肉ステーキ頼んでたんだ。あれだね、思い出の味的な?」

「メニューも変わってないんだ?」

「うーん……、だいたい頼むのは決まってたから。たぶんいくつか知らないメニューも増えてると、思う……、わかんないけど」

 

 他のメニューを一切頼まなかったのはなんともまた、こだわりがあるといえばいいのか。

 

「で、明日もここに来てステーキ頼むの?」

「もちろん!」

「さすがに飽きない?」

「愛のためなら覚悟の上だよ! それに美味しいし!」

「ああそう」

 

 確か店主の誕生日が来週だっけか。それまで毎日ステーキ……、贅沢というか、キツイ計画だ。さすがに毎食ではないだろうけども。

 

 カランコロン、とドアベルが鳴った。

 他の客が来店したのだ。その人物は一人。口元をマスクで隠し、切れ長の目が冷たそうな印象を受ける女性だった。

 ドアベルの音に反応して店主が奥から顔を出す。

 

「いらっしゃ……、ってなんだ、お前さんか」

「客に対して酷い言い草だな。コーヒーを」

「はいはい。たまには豪勢に金落としていっても構わねぇんだぜ?」

「気が向いたらな」

「まぁちょっと待ってな。ご両人、もうすぐ肉が焼けるぜ」

 

 女性から注文されたコーヒーは後回しでお肉優先。ほかに店員はいないのか、一人でこの店を切り盛りしている?

 彼女は僕らと同じくカウンター席を選んだ。といっても一席空けてだけど。

 

「何か?」

 

 見ていたことに気づかれた。そんなにジロジロ見ていたつもりはなかったのに。

 

「すみません、常連さんなのかなと思って」

「理由がよくわからんな。まあ、常連ではあるな」

「じゃあお客さんゼロな日とかは滅多にないのかな? ちょっと安心」

「? どうして君たちが安心するんだ?」

「それはもちろんアン──」

「人気のないお店って何かしら理由があるじゃないですか。おいしくないとか。そんな感じの理由です」

 

 カザミの言葉を遮って無難な理由を話す。今日のカザミはかなり浮かれているし、変なこと言いそうでこわい。

 

「そうか。だが心配するな。確かに客入りは悲惨だが、味が悪いなんてことはない」

「いつもコーヒーしか頼まねぇ奴の保証は心強えな。ほら、鹿肉ステーキお待ちどうさん!」

「わ、ありがとう!」

「ありがとうございます」

 

 鉄板の上で香ばしいにおいと音を立てた厚切りの鹿肉。一口切り分けて食べれば少し塩辛い味付けだ。カザミはこういう味が好きだったのか。

 

「んでコーヒーだったな。俺がいない間この二人を脅かしてねぇだろな」

「私をなんだと思ってる」

「警邏隊の強面だな。お前ら、このおっかない姉ちゃんに何もされなかったか?」

「ちょっと世間話をしただけです」

 

 警邏隊と聞いて、道理で怖そうだなとか失礼なことを思ってしまった。

 

「君たちは旅行で来たのか? それとも親戚がこの街に?」

「観光だとよ。だが嬢ちゃんの方は引越しも考えてるんだそうだ。だからあんまり怖がらせるなよ? 新しい街の仲間になるかもしれねぇんだ」

「カザミの言うことは聞き流してください……」

「コール君の私への扱いが最近雑で悲しい」

 

 いきなり引越しとかいろんな方面に迷惑すぎるんだ。雑というより妥当な扱いだ。

 

「そういや未来のお得意さんに自己紹介してねぇな。俺はアンドリュー。この喫茶店の店主だ」

「どこが喫茶店なんだか……、私はマイアリー。滞在中に何かトラブルがあったら警邏詰所に連絡をくれ」

「僕はコールです。で、こっちのがカザミ」

「よろしくお願いします!」

 

 未来のお得意さんって気が早すぎる。ていうか引越しするわけじゃない。カザミの無鉄砲さは考慮しないでほしい。

 

「ま、旬の過ぎたトコだけどのんびりしていってくれや」

「昔は観光名所だったみたいですね、この街」

「この街がっていうより街の周りだな。ぽんぽん遺跡が出てきてなぁ」

「ぽんぽん」

「何個ぐらい見つかったんだっけな……、10は越えてたんじゃねぇか?」

「さぁ、私も知らないな」

 

 店主さんもマイアリーさんも遺跡については興味がないようだ。かくいう僕もどうでもいいかなと思っている。

 

「見つかったのは16ですよ。どれも小さめのものですけど」

「詳しいな、嬢ちゃん。やっぱり遺跡の観光だったか」

「引越しです!」

「違います、観光です」

 

 引越しはちゃんと家族と相談してからにしようね。たぶん反対を受けると思うから。

 

「たしか南区が家賃も安くて評判のいい物件があったな」

「観光者に引越しを勧めないでください」

「おお、嬢ちゃんのために予約しといてやれ」

「僕の声届いてますー?」

「貯金してるんで少し高めでも大丈夫ですよ!」

「僕実は死んでるとかないよね?」

「ごめんて」

 

 こんなの小さないじめ現場だ。警邏隊に通報してやる。しまった相手にも警邏隊がいる。詰みだ。

 

「ところで私のコーヒーはまだか」

「どうせその一杯だけで閉店まで粘るんだろ。だったら後回しでいいじゃねぇか」

「迷惑な客扱いを受けるなんて」

 

 敵側で仲間割れが始まっている。

 迷惑といえば普通の喫茶店ならワーワー騒ぐわけにはいかないけど、この店は店主さんが率先して騒いでいるからいいか。

 

「コーヒーしか頼まないって聞きましたけど、一杯だけで粘り続けるって普通に迷惑な客では……」

「なっ……! 他に客がいない店なんだ。可哀想じゃないか」

「そんな哀れまれ方嬉しくねぇなぁ」

 

 随分と二人は仲が良さそうだ。店主と客という立場を抜きにしても、楽しそうに話し合っている。これはひょっとして……

 やや不安になりながらカザミを見れば、ニコニコした表情だ。彼女はその表情のまま問いかけた。

 

「お二人って付き合ってたりするんですか?」

 

 やっぱり聞いちゃうんだね。かなりストレートに聞くんだね。

 まぁ普通にその可能性はある。前世で付き合ってたなんて、向こうからしたら昔の話だ。もう別の人と付き合っててもおかしくはない。

 

「コイツとぉ? こんなおっかねぇ迷惑客なんてない、ない。やっぱり嬢ちゃんぐれぇの年頃だとコイバナ大好きなんだな!」

「随分な言われようだな」

「ちょっと気になっちゃって聞いちゃいました!」

 

 店主さんの回答を聞いた途端小さくガッツポーズを取ったのが見えてしまった。だけど何も言わないでおく。

 ……、正直なところ、この二人は付き合ってないだけで好き同士に見えなくもない。迷惑な客だの客がいなくて可哀想だの互いに言ってたけど、結構な期間一緒にいるようだし、たぶんどちらかが言いだせばあっという間に付き合いそうな、と思ってしまう。カザミはそう考えてなさそうだけど。

 

「ほらよ、コーヒー」

「うん、いつも通りだな」

「いつも通り美味しいってことです?」

「いつも通り普通だ」

「普通」

「ぜってぇ迷惑な客だろコレ」

 

 小さな店での和やかな時間。

 僕には全くの見知らぬ街。それでも初日から、楽しく過ごせるものだった。

 

 それから、閉店まで粘ろうとするカザミとどうにかして宿に戻る。また明日絶対来ます。毎日行きます、と別れ際叫ぶ人と一緒にいるのが少し恥ずかしくなった。

 

 

 そんな時間を越えて、宿にて。

 

「カザミ、長くても10日ね」

「へ? 何が?」

「滞在期間」

「えー! なんで!? もっといても良くない!?」

「良くないです。ズルズルいたら帰る時しんどいでしょ」

「けちぃ」

 

 本当は3日でもいいぐらいだ。だけどカザミの希望、一週間後の店主さんの誕生日を含めて、しかもしかも余分に日数を取っての10日だ。十分過ぎる。

 

「ところで本当に明日からも鹿肉ステーキ頼むつもり? きつくない?」

「大丈夫! この日のために貯金してきたから!」

「あ、うん。経済的にも大事だけど飽きないかなって意味で聞いたんだけど」

「大丈夫! 私は一途だから!」

「前世からずっと想ってますって立場だもんね。重すぎるよね」

「意地悪だ!」

 

 隣でふくれっ面なカザミは置いといて、次から僕は僕で別のメニューを頼もう。毎日同じメニューは絶対きついよ。

 明日もあの喫茶店もどきに行くことは決定しているとして、他はどうするか、明日考えよう。もうすっかり夜も遅いので眠ろう。カザミにも自分のベッドに戻ってもらうことに。

 

「あー。早く明日にならないかなー! 楽しみで寝れそうにないや」

「精神年齢が高いって話はどこいったの」

「いつだって心はとっても若いのだよ」

 

 かなりのウキウキモードだ。明日起きるのが遅くても放っておこうという悪戯心を沸かせるには、十分な浮かれ具合だった。

 

 それからのカザミは宣言通り、毎日あの店で鹿肉ステーキを頼んだ。本当に眠れてなかったのか、朝が遅いカザミは昼と夜、ステーキである。朝もちゃんと起きていれば3食ともステーキだった可能性が高い。

 だいたい日が沈みかけたころには店主さんはコーヒーを淹れだし、丁度そのタイミングでマイアリーさんもやってきて店内は4人になる。しかし、4人より多くなったことがなかった。

 そんな一日の繰り返しだった。

 

 

 

 

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