今日でこの街に滞在して6日。
明日がいよいよ誕生日。明日の準備のためにとカザミは買い物に向かったため、僕1人での行動だ。付き合おうかと考えたがやめておいた。
「いらっしゃい。お? 今日は嬢ちゃんと一緒じゃねぇのか」
「カザミは買い物です。長くなりそうだったので」
「おいおい、あとで愚痴を聞かされることになるぜ、それ」
「ホットドッグお願いします」
「あいよ」
今日はまだマイアリーさんも来ていない。そのため店内は僕と店主さんのみだ。
「そういえば」
「あん? 他にも頼みたいもんがあったか?」
「いえ、マイアリーさんと恋人同士じゃないんですね」
「いきなりだな。お前もコイバナが好きなお年頃ってやつか? まぁそういう話が気になるのはわかるけどよ」
いきなりなのは仕方ない。カザミがいたら聞きづらい。彼女がいない今がチャンスなのだ。
「まぁ、俺とあいつはそんなんじゃねぇよ」
「違うんですか……、片想い中とか?」
「違うっての。あいつとはそうだな……、この先も客だな。コーヒーだけのよ」
僕の席にホットドッグとコーヒーが置かれた。
コーヒーは頼んでないのに。
「色々聞いてきたんだ。お前のことも聞かせろよ。代金はそのコーヒーだ。ほれ、ほれ」
「僕のことって、何も聞くことないと思うんですけど」
「コイバナしてぇんだろ? 嬢ちゃんとどういう馴れ初めとか色々あるじゃねぇか。ただの友達とか言うなよ? 二人でこんな辺鄙なとこまで旅行する仲が、ただの友達だなんて信じれるわけねぇからな」
コイバナをしたかったわけじゃないけど、そんな流れになってしまった。だけど期待に応えることができる話はない。
「本当にただの友達、というか幼馴染ですよ。この街に来たのもカザミ一人じゃ心配だったからってだけですし」
「じゃあお前さんの片想いってわけか! 青春だなぁオイ!」
「うわっ、絡み方が面倒臭い」
「ひでぇなオイ」
だって完全に面倒臭いおっさん絡みだったし……
「しかし……、心配だったから一緒に来たってことは、あの嬢ちゃんが一緒に来てくれって言ったわけじゃねぇのか」
「そうですね。放っておいたら一人で行ってたと思います」
「……、そういやなんでこの街に来たんだ? 遺跡に興味があるようには見えねぇし、毎日この喫茶店通いだしよ。まあどんな理由だろうと、俺としちゃ思わぬ売り上げで嬉しいけどな!」
「いつもなら毎日コーヒー1杯分しか稼げてませんもんね」
「自分で言うのもなんだけどよ、よく潰れずに続けられてるよな、ほんと」
そんなしみじみ言われても。他に客が一切いないのに続けてるのはよっぽど貯えがあるんだろうか。20年ほど前は街に来る人もいっぱいいたって話だし。それともただ単に意地で続けているのか。
色落ちた壁を懐かしむように眺める店主さん。客入りが多かったころを思いだしているのかもしれない。
「続けてる理由は、やっぱり店を持つのが夢だったからとかですか?」
「昔はな。今はもう辞めてぇ。ま、勝手に辞めるわけにはいかねぇけどな」
「え?」
「……、んなことよりよ。思春期の片想いにあれこれ口出されても鬱陶しいだけだろうけどよ、告ったらどうだ? ほれ」
「何がほれ、ですか。てか片想いを前提に話を進めないでください」
「はっはっは。なんていうか、お前らを見てるとモヤモヤするっつーのか? 心配になるんだよ」
ケラケラ笑いながら心配になると言われても信憑性が全く感じれない。
それより店を辞めたいって発言に驚いた。話を逸らされたあたり、理由は教えてくれなさそうだ。まあ、案外ちょっと零れた愚痴みたいなものかもしれないけど。
「なんだ? その疑わしい目は。俺は本気で言ってんだぜ? はっはっは!」
「ソーデスカ」
「俺ぁ昔よ、あの嬢ちゃんみたいな目のやつを知ってんだよ。他のやつには理解できねぇもんに、目キラキラさせる変なやつ」
昔、カザミみたいな目のやつ。
ひょっとしてカザミの前世の人のことか。思わぬ情報を言いだした店主さんの顔はなんだか疲れているようだった。
淹れてくれたコーヒーは、まだ少し湯気が立っていた。
「ああいうタイプは厄介だぜ? なんせ興味あるもんに一直線だ。見てる側も応援したくなるほどによ」
「……、まあ、そうですね」
「だろ? けどな、応援だけじゃなく止めてやらなきゃいけねぇこともあるんだわ」
「止める、ですか」
「おう。周りを見ずに突っ走る馬鹿の足を止めて、こう言ってやるんだ。『俺を見ろ』ってな! そしたら一発で落ちるぜ!」
「真面目に聞いて損しました」
「ひでぇなオイ」
とにかく告白させたいおっさんだということがよくわかった。
もしかしたらカザミの前世の話を聞けるんじゃないかと思ったのに。ああ、いや、こちらから今の話について突っ込んでいけば深く聞けるかな。
「今の話は体験談とかなんですか」
「お? 興味あんのか?」
「まあ、少し?」
「可愛らしい返事だこって。聞いてもつまんねぇ話だよ」
無言でじーっと顔を見る。
目線で訴えてみたものの、なかなか口を割ってくれない。他の客が来て話を誤魔化せないかと期待しているのか、こめかみを掻きながらドアのほうに目を向けている。
だけど客は残念ながら来ない。閑古鳥の鳴く店らしい状態だ。
「……」
「……、本気でつまんねぇ話だ。それでも聞いてくか?」
「是非とも」
「あー、でもあれだ。他の客が来たら話は終わり。あとは、誰にも言わないこと。それでいいなら話してやるよ」
「なら早く話してください。ほら、ほら」
「面倒くせぇなぁ……」
「……」
「……」
「まだですか!」
何から話すべきかと悩んでいるのか、それとも時間稼ぎか。なかなか始まらない。マイアリーさんが来るのを待つとかせこい真似をする。
「悪かった悪かった。あー、昔な、この喫茶店に変な客がいたんだ。そん時ぁ客も多くてよ、毎日大忙しだった。猫の手でも借りたい状態ってやつでよ、そんな中、客の一人が店を手伝いたいって言いだしてな」
その客の名前は言われていないけど、カザミの前世の人だと思い想像してみる。
大忙しの喫茶店で手伝いを申し出るカザミ……ここ最近の行動力的には違和感ない。やっぱりカザミの話だろう。
「ところが俺ぁ、いくら忙しいからって客の手を借りるわけにはいかねぇって思ったんだ。だから気にせず飯食ってろって言ったらよ。そいつ、『お金がないので客になれない』って言いやがったんだよ」
「……、無銭飲食の話いります?」
「印象強くてなぁ……。まあそんなんで、そいつを店でしばらく雇うことにしたんだ。最初は変なのと関わっちまったって思ったぜ?」
店主さんは目をつぶりながら表情がほころんだ。思いだし笑いか。以前あった日々は忙しい中でも楽しかったのだと、話を聞いているだけの僕にも伝わるような自然な笑いだった。
「そいつがいる間は繁盛しつつも、まあ楽できたな。それにそいつは面白いやつで、すぐに気にいっちまったよ。最初の変な印象を塗りつぶされちまった。気づけばそいつが店に来るのを毎日待っちまってたぜ」
店主さんはまたドアを見た。
「ある日、近くに新しい遺跡が発見されてな。それ自体は俺には関係ない話だった。けどあいつには違ったみたいでな……、あいつは遺跡探検で食ってたんだ。新しい遺跡の話を聞いた途端、しばらく店を休ませてほしいって言ってきやがった」
「遺跡探検……」
完全にカザミの話と一致した。それが良いことか悪いことかは別として、気になっていた話だ。
「当時は結構あぶねぇ仕事でな。遺跡の中には、たいてい荒らされないように罠があったりしてよ。一応財宝でも見つけちゃ、最初の発見者は何割かもらえるらしいが、それだって博打すぎる話で稼ぎとしては上手い話じゃねぇ」
「遺跡には立ち入り禁止区画があるってのは、その罠とかなんですか?」
「詳しくは知らねぇが、まぁそうなんだろうよ」
カザミが死んだ理由は遺跡の罠じゃないみたいな話だったから、そんな危険なものじゃないと勝手に思っていた。今の時代じゃ遺跡の発見なんてめったにないものだし、全然そういった情報がなかった。
「でもな、そいつは遺跡の話になるとすげぇ語りやがったんだ。早口で途中何言ってるかよくわかんなかったけどな」
「熱弁ですか……」
「すげぇ勢いだったぜ。……、昔の俺ぁ自分の店を持つのが夢だった。その理由はでけぇ何かがあったわけじゃねぇ。ただ、誰かに顎で使われるのが嫌でよ。俺が店主で、生意気な客は追いだして、俺に心地いい店を作りたかっただけだった。それと比べると、そいつの遺跡への熱意は眩しくてな……」
店主さんはため息を零した。
もう湯気がなくなったコーヒーを飲めば、かなり温くなっていた。
「俺はそいつと賭けをしたんだ」
「へ?」
何故突然賭け事に。
急な話の変化に戸惑ってしまう。
「あいつに遺跡探検なんて辞めてほしかったが、あんだけ熱意のあるやつを止めていいのかって……まあ、ビビっちまった。だからって素直に応援もできねぇ。だから俺は、回りくどいやり方を選んだんだ。それが賭けだった」
ここまで聞いておいて、これ以上聞くのは良くないことだと思えてきた。だって僕はカザミが、カザミの前世がこの後どうなったか彼女から聞いている。それは店主さんにとっていい思い出ではない。ただ少し関わっただけの僕が聞いてもいいのか、本当に今更ながら思えてしまった。
「あの、もし、辛い内容とかなら言わなくても大丈夫ですよ。ここまで聞いてなんですが……」
「ここまで語らせといてそりゃねぇだろ。どうせなら最後まで聞いてけ」
「途中言いたくなくなったらいいですからね」
「旅の恥は掻き捨てって言うだろ? 俺は店があるから旅ができねぇんだ。代わりにお前が俺の恥を捨てていってくれや」
どこまで話したっけな、と呟いた後、話の続きを再開した。
「そうだ。賭けだ。賭けの内容は……、遺跡で価値ある宝を見つけれるかどうか、だ。宝があったらそいつの勝ち。その時はこの先も好きに探検してろってな。で、俺が勝った場合は……、あー、笑うなよ?」
「え、笑うような内容なんですか?」
「いいから笑うなよ? かなり恥ずかしいんだ。よし、言うぞ……『探検なんざやめて、俺と一緒にこの店で働け』だ」
「……、プロポーズですね」
「あー! うるせぇ! 恥ずかしいんだよ確認するように言うんじゃねぇ!」
人の青春を見るのって楽しい。他人のコイバナに興味を持つ人の気持ちがよくわかる。
恥ずかしさを隠すように大声を出す店主さんに、ついニヤニヤしてしまうのは仕方ないだろう。
「だけどまあ……、そうだ。俺ぁそいつに惚れてたんだ。我ながら回りくどいプロポーズだと思うぜ。もちろん、賭けに乗るかどうかはそいつに任せたさ。お宝なんて基本見つからねぇもんだからな」
「でも、賭けに乗ったんですね」
「ああ。これであいつが遺跡から帰った時、何も持って帰れなかったら……、まあ、二人の喫茶店ができてたって寸法よ」
「……」
「ま、見ての通り一人の喫茶店のままだけどな。だけどあいつがお宝を持って帰ってきたわけじゃねぇ。遺跡に行って、それっきりだ」
しばらく沈黙が続いた。
聞こえる音は外の風の音。時計の秒針の音。
「……、勘違いすんなよ。まだ賭けは続いてんだ。大方、俺のプロポーズを断りたくて、どっか別の場所から宝を見つけてこようとしてるんだろうよ」
「……」
「……、なんてな。んな甘ぇ話があるわけねぇってわかってるさ。だけどな、あいつの死体は見つかってねぇんだ。だからよ……、あいつが宝を見つけたのか、見つけれなかったのか。まだ賭けは続いてるんだ」
『今はもう辞めてぇ。ま、勝手に辞めるわけにはいかねぇけどな』
店主さんの愚痴が頭に再生される。
店を辞めない理由は、この人の中で賭けがまだ続いているから?
「回りくどいプロポーズなんかしたんだぜ? それなのに、返事も聞かずに勝手によ、別の奴に好きだの惚れただの……、言えるわけねぇ」
「それってマイ───」
「あー……、ガラにもなく話しすぎたな。まあ、なんだ。後進のための失敗談、ちゃんと生かせよ。俺みてぇに中途半端に応援すんなよ。止めるときはしっかり止めてやれ。ああいうやつは自分で止まれない馬鹿なんだからよ」
このままでは不味い。
店主さんの中では未だ、以前のカザミとの思い出は大きな物だ。だけどそれは喜ばしい物として残っているわけではない。まるで呪い。この人から自由を奪っている呪いのようになっている。
カザミは明日、店主さんの誕生日プレゼントと称して正体をばらすつもりだ。カザミの言葉を聞いたら店主さんは揶揄われていると思うだろう。大切な思い出を汚されたと。
仮に彼女の言葉を信じたとしても、彼の心はもう別の人にある。20年も以前のカザミとの賭けを律儀に守ってきた店主さんは、別の人に抱いた想いを押し隠してカザミの望み通りの返事を返してしまいかねない。
なんだこれは。
カザミの暴露は誰も幸せにならない最悪なものだ。すぐにでも止めないと。なんなら無理矢理引きずってでも故郷に帰らせないとだ。
「お話、ありがとうございます。早速あいつを止めてきますね」
「おう……、ってもう暴走してたのか。コールも大変だな。はっはっは!」
お勘定を済ませ、喫茶店から出る。コーヒー代は請求されなかった。
カザミは以前の服装に少しでも似せるためにと買い物中。だから呉服店にいるはずだ。ただ、結構時間が経ったからすでに移動している可能性もある。真っ直ぐ喫茶店を目指しているか、別の何かを買いに行ってるか。
とにかく今は呉服店へ目指そう。確か右へ……、って。
「うわぁ!?」
「……」
「びっくりした……。カザミ、もう買い物が終わったんだ」
真横に立っているのに気づかなかった。だけどすぐに見つかったのは幸いだ。今までは暴露に対して好きにすればいいと放っておいたけど、もうそんなことはさせない。何が何でも説得、最悪強制的にサプライズプレゼントは中止だ。
彼女の両手には何もない。服を買ったんじゃなかったのか。買ってから宿に一度置いてきただけかもしれない。
「……」
「カザミ……?」
「あ、コール君」
なんだか変だ。ずっと無言だったのも変だけど、心ここにあらずな状態。いつもの変なテンションは完全に鳴りを潜めている。
「丁度よかったかも。私、ちょっと行ってくるね」
「それよりカザミ、大事な話があるんだ」
「私にはないよ」
「僕にはあるんですー!」
だからちょっとこっちに来なさい。
いつもならここで、「しょうがないなぁコール君は」とお姉さんぶるのに、カザミは振り向くことなくどこかへ向かう。ローソクの火亭に入るわけでもなく歩いていく。
「カ、カザミ? どこ行くのさ」
「……」
「カザミ!」
「ちょっと街の外まで」
街の外に何しに行くつもりだ。場所だけじゃなくて目的も教えてほしい。
もしや、街の外に前世の思い出の花とかがあったりして、それを摘みにとか? 花かどうかはともかく、何かしらそういった小物があるかもしれない。だとしたら僕のするべきことは。
「カザミ、何しにいくか知らないけど、駄目だよ」
肩を掴み歩みを止めさせる。
これ以上明日の準備なんてさせるものか。明日のサプライズプレゼントは中止、そのため準備なんて徒労に終わるので妨害します。
「……、それひどくない? 理由も聞かずに禁止って」
「じゃあ理由を教えてよ」
「明日の準備」
「絶対に駄目」
「必要なことなんだよ」
「店主さんから話を聞いた。以前のカザミとどういう関係だったのか。それを聞いたうえで言うよ。明日の暴露は絶対させない」
「話なら聞こえてたよ……」
普段の声量とはかけ離れた小さな声。気を抜けば別の音で上書きされてしまいそうなものだった。
「入ろうとしたら二人でお喋りしてるんだもん。しかも私の話題だしつい聞いちゃった」
「聞いてたのならわかるよね? カザミの暴露は誰も幸せにならないって。だから明日の準備なんて絶対にさせない」
「明日のプレゼントはやめないよ。聞いちゃったからこそ、なおさらだよ」
なんで。
「やったって誰も喜ばないってわからないかな!?」
「うん、誰も喜ばないね」
何を言ってるんだ、カザミは。
わかっていて、なんでやめないんだ。
「だけど何もしなかったら同じじゃない? ずっとあの人は終わらない賭けを続けるだけだよ。それにほら、命短し恋せよ乙女ってフレーズあるじゃない? みんなでズルズルと暗い結末を待つよりいいよね」
だからって自分の幸せを押し付けていい理由になるのか。
20年賭けを続けていたからって、あの人が20年も引きずり続けていたからといって、その義理堅さに付け入るようなことをカザミがするなんて信じられない。
唖然としている僕の手を払い、彼女はまた足を動かし始める。
「カザミ、待……っ」
「時間がないからごめんね。今日は戻れないかも! それじゃあまた明日! ローソクの火亭でね!」
「待ってってば! カザミ!」
逃げるように走る彼女を追いかける。
何を考えているんだあいつは。よっぽど邪魔されたくないのか、全力で走っているのに追いつけない。距離は縮まらず、離されずを維持している状態だ。
彼女は頑固な面があった。いつまでも前世だのなんだの言っていたので僕が「他の人に引かれちゃうからあまり言わない方がいい」と忠告しても全く聞かなかった。周囲から避けられてもいつまでもやめようとしなかった。あの頃は自業自得で済ませられた。
だけど今回は違うんだ。なんでそれがわかって……、わかっていてやろうと思える!?
「あっ、マイアリーさん! コール君を止めてー! 追われてるんですー!」
「カザミ! いい加減止まれ!!」
カザミの遊んでいるような声音に対し、僕は怒鳴る形で止めようとしていた。
その様子を見たマイアリーさんは少し悩んだあと僕を止めた。
「カザミ! マイアリーさん、離してください!」
「すまない。事情がよくわからないが、怖がらせる真似はよくない」
「怖がらせるってカザミは!」
「何をしたか知らないが、泣いていたんだ。あまり怒鳴ってやるな」
「っ!?」
泣いていた? 誰が? カザミが?
怒鳴りながら追われたから? 自業自得じゃないか。
「カザミが悪いんです!」
「子供か」
「子供の喧嘩じゃなくて!」
「いいから落ち着くんだ」
聞き入ってくれない。離して落ち着けのやり取りをしている間にカザミは見えなくなっていた。
どこに行ったのか。明日の準備と言っていたからまた何か買いに? 何を買いに行った。そしてどこに行った。全然わからない。
「落ち着いたか? 何があったのか話してくれるか?」
「……っ」
言えない。言えるわけがない。
カザミの前世が、なんてわけがわからない。言って受け入れてもらえたとしても、どうなるというのだ。
マイアリーさんも僕と同じようにカザミを止めるか? それともカザミの行いを見守るか?
わからない。もともとこの人についてはあまり知らない。知っていたつもりのカザミですら、こんなことを未だしようとしているなんてわからなかったんだ。わかるはずがない。
だんまりな僕にマイアリーさんは困った様子で言った。
「言いたくないならいい。私にはどんな事情かわからないが、あの子と早く仲直りをしてほしいとは思っている。勝手に言うことではないのだろうが、明日はあの店の男が……、誕生日というやつでな」
「……」
「お前たちにも祝ってやってはどうかと思ってな。きっとあいつは素直に感謝なんてせず文句を言うだろうが。と、とにかく、そんなわけで勝手ながらお前たちに喧嘩されていると私も困るんだ」
カザミはその誕生日を祝うつもりです、とは言えなかった。言えば喜ぶだろう。だけどカザミがどこに行ったのかわからない現状、明日こそカザミの妨害をしなくてはならない。
「……、僕は祝います。ただ、カザミが変なこと言わないように注意しておきますね」
「そ、そうか。カザミにも祝ってほしいんだがな」
「変なこと言いそうになったら止めるつもりです」
「仲直りは難しそうだな……」
本当に難しいと思う。カザミの妨害が成功すれば、恨まれるだろう。妨害せずにいれば、正直彼女と距離を置いてしまう気がする。
どっちにしろ今までの関係が壊れてしまう。気分は重たい。そもそも僕には本来関係のない話のはずなのに。
「じゃあ僕、プレゼントでも探しに行きます」
「あ、ああ。無くてもいいとは思うが」
「言葉だけを送るよりはいいでしょう」
マイアリーさんと別れて、考える。
どうしてこんなにカザミと関わろうとしてしまったのか。
今更なことを考え出し、結論をつける。なんてことはない。ただ単に、一緒にいるのが楽しいからだ。一緒にいたいだけだ。
でも、もうすぐ変わってしまう。僕が何もしなくても変わってしまうのなら、何かした方がいい。そういう考えはカザミと一緒なのかもしれない。嬉しさとやるせなさを感じた。