翌日、カザミより早く店へと行くために朝から宿を出る。
プレゼントとして選んだものはマグカップを2つ。店で使うものではなくプライベートで使ったらいいと思ってのこと。
ドアベルを鳴らしながら店に入ればすでにマイアリーさんが来ていた。今日は休みでも取ったのかもしれない。
「いらっしゃい。なんだ? 今日はやけに早いじゃねぇか」
「どうもです。カザミは……、まだ来てませんね」
「ああ、昨日も来てねぇな。他の店に取られちまったかな!」
来てないことに安堵する僕とは反対に、マイアリーさんは心配げな表情だ。この人としては僕たちに仲直りしてほしいのだから当然かもしれない。
そういえばもう誕生日を祝ってもいいのだろうか。何かパーティを開いたりする様子はないけど。後からケーキが届くとかだったらその時がいい。その前にプレゼントなんて渡すのは後の人が困りかねない。まあ、後の人なんてたぶんマイアリーさんとカザミぐらいだけど。
「注文はどうするよ」
「あー、何か軽いものを」
「朝飯食ってねぇのか? んじゃちょっと待ってろ」
店主さんが厨房へと行ってからマイアリーさんに聞くことにした。内容は今日の予定について。
「ケーキの用意はしてないな。甘い物は苦手になったとかでやつが嫌がる。パーティなんかも考えていない。だから好きなタイミングで祝ってやってくれ。私はもう祝った」
「あ、あっさりですね」
「毎年こんなものさ。それより……、昨日はあれからどうなったか聞いてもいいか?」
「あれから会えてません。宿にも戻ってきませんでした」
「……、昨日はただの喧嘩だと思っていたが、いったい何があったんだ?」
昨日は言うわけにいかないと考えて何も話さなかった。だけどそれでいいか悪いかなんてわからないまま。何を選んでもわからないなら、話してみてもいいかもしれない。ただの開き直りだけども。
「ここじゃ少し……、外に出て話しません?」
「わかった」
すべてをマイアリーさんに話すことに決めた。だけど店主さんに聞かれるわけにはいかない。
マイアリーさんは店主さんに話をするため少し出ると伝え、僕と一緒にテラスへと向かった。
そこでカザミのことをすべて話した。
カザミに前世の記憶があるなんて話を突然聞かされても、マイアリーさんは途中茶化すことも止めることなく、最後まで聞いてくれた。
「それで、カザミは店主さんに今日、前世のことを打ち明けるつもりなんです。でも店主さんにとってはもう過去のことなのに……」
「……」
「カザミの話は店主さんにとっていい話にはならないと思います。あいつの話を信じなかったとしても、大切な過去を揶揄われたと感じてしまう。信じたとしても、過去の……、亡霊がいつまでも憑りついているようなものです」
「……、亡霊扱いはなかなかひどいな」
「亡霊そのものですよ……。店主さんが店を続けている理由も呪いみたいなものじゃないですか」
前世の記憶なんてものがなければ、きっとカザミは普通の子だった。周囲から浮くことなく、突発的に地元を出ようとせず、ごく普通の人になっていたはずだ。
だけどそうはならなかった。
「……、店を続けていた理由。私には話してくれなかった」
「この街を離れる僕だから話してくれたんだと思います」
店主さんの事情を勝手に話してしまったことは少し後悔。誰にも言うなと釘を刺されていたのに。でもマイアリーさんは言いふらしたりしないだろう。
「昔の賭けを勝手に終わらせない、か。らしいといえばらしい。妙なぐらい義理堅い奴だからな。客が来ないときは内職して、いざとなったら借金をしてまで続けると豪語していた馬鹿だ」
「そこまでして……」
「……、コール。君には悪いが、私はカザミを止めるつもりはない」
「それだと!」
「そうしないと、カザミが止まればあの馬鹿はいつまでも賭けを終わらせない。終わる切欠が来るのなら私は止めない」
そうだ。わかっている。でも考えないようにしていた。
あの店主さんは20年も賭けを守ってきたのだ。何もなければこの先も守り続けてしまうと、わかっていた。
「君はカザミだけが幸せになって、他が不幸になってしまうと言った。私はそう思わない」
「……」
「先のことなんて誰にもわからないんだ。むしろ、わかることの方が少ないな。昔のことも私は知らなかったのだから。わかるのは今のことだけ……、とは言えないか。それまで自分が見てきたものだけだ」
あまり人に言い聞かせるのが得意じゃないのだろう。マイアリーさんは言葉を慎重に考えながら喋っているようだった。
「何が言いたいんですか……」
「つまりだな……、私はカザミのことをあまり知らない。だが君はカザミと長い付き合いなんだろう? なら、今まで見てきた彼女を信じてやれ」
「……カザミのことがわからなくなったんですよ」
「それでもだ。今のカザミがわからなくても、今まで見てきたカザミまで一緒にわからないもの扱いするな。君がこの街に来るまでカザミを止めなかったのは、カザミなら大丈夫だと信じていたからだろう?」
「……」
……、いや、それはどうだろ。
止めなかったのは大丈夫だからというより、カザミの行動結果が周囲を巻き込まずに自業自得で終わると思っていたからだ。
しかしそれを素直に言いだしにくい雰囲気。こういう雰囲気を作るなんて、大人はズルいものだ。
「そろそろ中に入ろう。コールの朝食も随分と遅くなってしまったな」
「はあ……」
良いこと言った、みたいな顔つきのマイアリーさんにもどかしく思いながら、勧められるままに店内へと戻った。
しかし、どうしたものか。
マイアリーさんとのやり取り、最後はアレな感じになってしまったが真剣に考える。今までわかっていたのにあえて考えようとしていなかった点だ。
このまま何もなかったら、店主さんはいつまでも同じことを続ける。いや、悪い方向へと転がっていく。
ならせめて、終わらせるべきなんじゃないか。賭けさえ終われば借金をしてまで店を続ける、なんてことはなくなるんじゃないか。ならカザミの暴露は良いことではないか、と。
「難しい顔して食ってんなぁ。味付けが足りなかったか?」
「あ、いえ、美味しいです。普通にホットドッグって感じです」
「コレって褒められてんだよな?」
どう言えば良かっただろうか。ウィンナーのパリッという音が気持ちいいですとかかな。
正直、特別美味しいわけではない。一番この喫茶店で売れているコーヒーだってごく普通だ。この先も客の入りは変わらないままだろう。本人もそれでいいと思ってそうなのが、カザミを止めない方がいいのではと考えさせてくる。
わかっている。カザミを止めたいのは単に僕の我儘だ。カザミの狙い通りにもしもなれば、彼女はこの街に引越しだろう。僕は地元へ戻る。そんな離れ離れが嫌な子供の我儘だ。駄々こねてないで、
「我慢するべきなのかな……」
「そんなにホットドッグは不満かよ」
「あ、違うんです。考え事をしてて、ホットドッグは普通にホットドッグです」
「普通って褒め言葉じゃねぇからな?」
思わず口から考えが漏れていたようだ。気を付けなくては。
「何かこの喫茶店の独自性溢れるメニューとかってないんですか。このままじゃ今後も赤字経営ですよ」
「余計なお世話だっての。だいたい奇抜性がありゃいいってもんじゃねぇんだよ」
「私としてはコーヒーが出ればなんでもいいが」
「よし、今度カルピスコーヒーでも淹れてやる」
「奇抜な嫌がらせはやめろ」
喫茶店のこの先が不安だというのにこの二人はすぐに脱線する。
一番真剣に考えなくちゃいけないのが店主さんだというのに。それだけ熱意が薄れているということだろうか。
「もっと考えましょうよ。いつ潰れてもおかしくない店なんですから」
「きついこと言うなお前……。けど難しいんだぜ? 新メニューなんてもん。お前こそなんか案はねぇのか?」
「えっと……、カ、カルピスコーヒー……」
「さっきの嫌がらせコーヒーと何も変わってないが」
何かこう、唸るようなメニューを考えることができれば良かったけど、思った以上に難しい。というかそもそもメニュー以外に問題があるのでは。店の立地とか、画数とか、あと喫茶店っぽくない雰囲気とかとか。
そんなことを言いだしたらマイアリーさんと共にお店のダメなところをあげていく祭りとなってしまった。誕生日要素が全く見られない。
看板のデザインに文句が流れ着きかけたころ、ドアベルが鳴った。
「こんにちはー!」
「おお、嬢ちゃんいらっしゃい! 助かったぜ! こいつらがさっきからうるさくてよ」
「うるさいとは心外な。私たちはこの店を心配して言ってるだけだというのに」
「そういうのがうるせぇんだよ!」
店内に入ってきたのはカザミだった。新規の客はやっぱり来ないようだ。悲しい事実。
だけど今はそれよりも、だ。
「にしても嬢ちゃん、随分と……、見ずぼらしい恰好になってんなぁ」
「心配ありがとうございます! 少しやんちゃしてきまして!」
「お、おう」
カザミの恰好が、ところどころ擦り切れていたり土で汚れていたりとボロボロだった。宿に戻らず何をしていたのか心配になってしまう。少なくとも買い物をしてきたようには全く見えない。
「あ、お店汚しちゃってごめんなさい!」
「こんなぐらいで汚れる店じゃねぇよ。遠慮せず座りな。なんかココアでも出してやるよ」
「あ、その前にこれ、受け取ってください。誕生日プレゼントです」
「カザミ!」
ボロボロな見た目に気を引かれ、手荷物に気づかなかった。
片手で持てるような小さな物。それと手紙をカザミは店主さんに渡した。
「おおっ? コール、急に大声だしてどうしたんだお前。……、ははぁん。さては嫉妬かぁ? 若いっていいねぇ」
「そういうのじゃないです。それより」
「待て、コール」
席を立ち詰め寄ろうとする僕を、マイアリーさんが肩を抑えて座り直させた。
……反射的にカザミを止めなくてはと思ったけど、そうだ。止めたら店主さんは変わらない。
「……、なんでも、ないです」
「コール君……」
「どうしたんだ、いったい?」
事情をわかっていない店主さんだけがきょとんとしている。
「それにしても誕生日プレゼントか。嬉しいねぇ。柄にもなくワクワクしちまうもんだ!」
「私も渡したはずだがな」
「お前のはコーヒー豆じゃねぇか。そんでお前が飲むんじゃねぇか」
受け取ったプレゼントの中身を早速確認する店主さん。即座に開けちゃう人なんだと発覚。それと同時にマイアリーさんのプレゼントがコーヒー豆ということも発覚。
カザミのプレゼントはお金だった。プレゼントがお金って……、と残念がりかけたが、よく見たら違うことに気づいた。お金はお金だけど、見たことないお金だ。酷く汚れていて、まるで昔の硬貨のようだ。
「これ……」
「遺跡にあったお金です」
「こういうのは学者連中が全部運びだした後だと思ってたんだけどな……、まだあったんだな」
「崖壁に通路があったんです。誰もずっと気づいていなかったのか、手つかずでした」
「崖壁って……、滅茶苦茶危ねぇじゃねぇか! 何してんだ!」
「あ、でも手つかずって言っても違ったんです。一人だけすでに見つけていたみたいで」
「そんなことはいい! 危ないことした自覚がねぇのか!?」
店主さんがすごく怒っているにも関わらず、カザミは話を続ける。
「その人の荷物の中にあったのが、そのお金と手紙です」
「人の話を聞い」
「アンドリューさん宛ての手紙です」
「……、俺宛ての手紙?」
アンドリュー……、店主さん宛ての手紙。遺跡の関係者で、この人へ手紙を出す人物は限られている。彼は一瞬、僕の方を見たが僕は首を横に振る。僕からカザミに話してはいないと主張するために。
店主さんはゆっくりと、手紙を開く。
ああ、いよいよだ。そんな心持ちでことの流れを見守ることにした。
「……、信じられねぇ。この馬鹿みてぇな字の跳ね方……、あいつと同じ……」
馬鹿みてぇなって。
手紙を読んでいく店主さんの手が震えていく。
彼は読み終えた後、古いお金を見て小さく肩を震わせながら笑った。
「く、くくっ……、やっと帰ってきたと思ったらコレかよ。あんちくしょうめ」
「……、大丈夫か?」
「ああ、ふざけたことが書いてあっただけだからな」
何が書いてあったんだ。ただのカザミの暴露じゃないのか。聞いてもいいのかこれって。
「嬢ちゃん、危ねぇことしたのはダメだけどよ……、ありがとな」
「はい、どういたしまして!」
店主さんのカザミへの呼びかけ方に変化はない。周囲を気にしてなのか、それとも手紙の内容が僕の予想と違っていた?
「いつまでもこんな汚れた格好じゃ悪いですし、一度着替えのために宿に戻りますね! コール君も一緒にいこ!」
「え。あ、うん」
着替えのためって僕が一緒に行く理由皆無なんだけど。でも話を聞きたかったので、二人きりになるのは好都合だと思えた。
彼女に手を引かれ、店を後にし宿へと向かう。道中手紙について聞こうとしたが、宿で話すとの一点張り。僕を連れ出した理由は説明するためのようだ。
「いやぁ、それにしても大変だった! 縄梯子からまず探し回って、その後は崖壁を降りるために括る場所も探し回ってさー! 転んだり砂利が痛かったりのつらいことつらいこと!」
宿に戻って最初の言葉がこれ。本当に遺跡へと行ったということか。
「でも苦労の末あって、私の前の身体も見つけれたよ。美白を通りこして白骨だったけど」
「やっぱり前世の最期の場所に行ってきたんだ」
「うん、必要なことだったから」
「……、あの手紙、なんて書いた?」
なんで必要だったのか、どういう意図だったのか。聞きたいことは複数あるけど、一番気になっていることをストレートに聞く。その問いかけにカザミはなんでもないかのように答えた。
「書いたのは私じゃないよ。前世の……、アルルアだよ」
「一緒なんじゃ……」
「うーん、一緒だけど一緒じゃないよ」
回りくどい言い方だ。つまり、前世の頃、生前に書いた手紙ってことだろう。
「手紙の内容は、賭けについてだった。もう戻れないって思ったから最期に書いたんだ。通路で見つけた古代のお金。形がしっかり残ってたし、学者さんがそれなりの値段で買い取ってくれるものだって判断した。だからその事を踏まえて書き残した」
「賭けは遺跡で宝を見つけれるかどうか……」
「そうそう。見事お宝を見つけた私の勝ちってね」
カザミ、いや、アルルアの勝ちということは店主さんのプロポーズを断るということになる。
最初から店主さんのプロポーズを受ける気はなかった?
「それで終わると思ってた。私の想いなんて消えちゃって、それでお別れって。だけどなんでかなぁ……、なんでか私は覚えてたまま、私になっちゃった。それで、やり直せるかもしれないって思ったらここに来ちゃった」
やり直せる……。賭けで勝ったことをなかったことにしようと思っていたのか。
「やっぱり店主さんのことが好きだったんだ」
「そりゃねー。愛してると言っても過言ではないね!」
「でもあの手紙をそのまま渡したんだ」
「……、うん。だって愛してるからねー」
カザミは天井を仰ぎ見ながら手を伸ばした。何かがあるわけでもない。ただ手を伸ばした。
「あの人とコール君の話も聞いちゃったんだもん。いつまでも鈍いフリなんてできないよ」
「……、マイアリーさんへの想い?」
「うん、私でもわかったもん。でもそんなはずないって思おうとしてた。でもなー、盗み聞きだったけど本人の口から聞いちゃうとなー。逃げようがないよねー」
口調は軽い。
だけど軽く見せようとしているだけなのだとすぐにわかる。
「でも愛してるからねー」
「愛してたのに引くことにした?」
「若人にはわからないかもしれないなー。好きと愛は違うのだよ、たぶん」
「断言はできないんだ」
言論学者じゃないからね、と彼女はケラケラ笑う。
「でも、好きの定義は、その人のことを思うとドキドキするとか、その人と幸せになりたいとかでしょ。愛の定義は人によって違うかもだけど、その人の幸せを祈れることだと思うんだ」
「……、だから引けたんだ」
「おうよ。でもさー、あの人さー……」
カザミは伸ばしていた手の指をぎゅっと丸めた。
「好きなら、最後まで好きでいてよ……」
その小さな愚痴をきっかけに、天井を仰ぎ見て誤魔化していた涙がこぼれる。
「あんな……、あんな遠回しな告白なんてしないでよ!」
「カザミ……」
「止めるならちゃんと止めてよ! 私の夢を優先とか言ってないで、私と一緒に夢を見てよ!」
堰を切ったようにあふれ出る涙と愚痴を止める術など僕にない。
ただそばで聞いてあげるしかできなかった。
「店を辞めたいなら辞めればいいじゃない! 私のせいにしていつまでも続けないでよ! 私からの返事がまだだからって、告白する勇気がないだけじゃない! 馬鹿じゃないの!?」
「……、そうだね」
「そうだねじゃない!!」
「ご、ごめん……」
「でももう、私のせいにできないんだから……! 今度はちゃんと告白しなきゃ絶対許さないんだから! どう見たって相思相愛のくせに!」
「……」
「そうだねでしょ!!」
「そうだね!」
絡み酒の酔っ払いに思えてきた。カザミは涙で顔がぐちゃぐちゃなのに、少しずつ普段通りになってくれそうなやり取りで安心している自分がいる。
「もう言い訳なんて奪ってやったんだから! だから! だから、幸せになればいいよ……」
「……、そうだね」
「……ばーか。ばか」
ここまで愛されているなんて、罪深い人じゃないか。あのおっさん。
未だ泣きぐずるカザミをあやすように頭を撫でながら、店主さんを心の中でおっさん呼びにシフトした。あんなのおっさんで十分だ。
「店、閉めちゃうんですか」
「ん? ああ、つっても来月だけどな」
おっさんの誕生日からの3日後。いい加減地元に戻ることにした僕とカザミは最後にローソクの火亭に訪れた。
そこで店を辞める話を聞いたわけだけど。
「なんていうか、おっさん結構あっさりですね」
「おっさんってお前な……、まぁガキにはおっさんに見える歳かもだけどよ。嬢ちゃんからもなんか言ってやってくれよ」
「おっさん、私、鹿肉ステーキを所望する!」
「……、敵しかいねぇ! すぐに焼いてくらぁ!」
「あ、おっさん、僕も鹿肉ステーキを」
「毎度ありぃ!」
やけくそ気味な了承を得たので改めて店内を見渡す。もう見納めとなるだろう。さすがに来月にもまた来るのは厳しい。そんな頻繁に行き来できる距離じゃないんだし。
しかし、まさかあの日から3日で店じまいの日程を決めるとは思わなかった。
「よっぽど辞めたかったんだねー」
「た、単に店を継続するのがかなりギリギリだっただけじゃないかな」
「はっはっはー。だからって急すぎるでしょ。いやー、亡霊が払えて良かった良かった」
「か、カザミ……? 機嫌悪い?」
「まっさかー! はっはっはー!」
ダメだ。確実に機嫌が悪い。
「閉店するなら鹿肉ステーキのレシピでも聞いておこうかな」
「え? コール君、料理に興味あるの?」
「んー、鹿肉ステーキだけね」
「普通に焼くだけじゃない?」
「自分の好物、そんな単純でいいの……?」
焼くだけとか、鹿肉さえあれば誰でも作れちゃうじゃないか。まあこの店で出てくる料理は単純なものしかなさそうだけどさ。
「わかんないけど。でも作るなら私が味見しようか? 私は鹿肉ステーキの味にうるさいよ?」
「焼くだけじゃないとか言ってた人の言葉に思えないよね」
「こ、細かいことはいいんですー!」
「ついさっきのことだけど」
「細かいんですー!」
細かくないと思うけど、まぁいいや。そんなに揶揄うことでもないし、ある意味いつものことでもあるから。
「まあでも、カザミが食べてよ」
「うん? うんうん、良き心掛けじゃ。いくらでも味見してしんぜよう。料理人になっても味見なら呼んでね!」
「料理人にはならないよ、たぶん。食べさせたい相手は一人だけだし」
「ほほー? ほほー! えー? 聞いてないんだけどー! そんな人いたんだ! 教えて教えて!」
幼馴染のウザ絡みがひどい件。
「普通わかると思うけどなぁ」
「ほっほー? 名探偵カザミさんの腕の見せ所ですか?」
「迷探偵はいらないよ。答えは僕が言うから。その相手はカザミのことだよ」
「ほほー? ……、ほほー?」
変な鳥みたいになってしまった。
だけど誤解されないうちに言及する。
「あ、誤解しないように言うよ」
「ご、誤解? あ、はい」
「カザミのこと好きだよ」
「誤解じゃなかった!?」
「でもカザミのこと愛してないよ」
「誤解だった!?」
ああ、ダメだ。そうだった。カザミはついさっきのことすら、細かいことだと言っちゃうような残念な人だった。自分が言った定義なんて混乱のあまり忘れちゃってるのかもしれない。
「え!? どういうこと!? え!?」
「迷探偵カザミの腕の見せ所じゃない?」
「いらないんじゃなかったの!?」
店主のおっさんのことを愛してたから身を引いたって言ったのは自分のくせに。
僕にはそういう考えを持てそうにない。カザミと一緒に幸せになりたいと思ったから、素直な告白をぶつけたんだけどなぁ。誤解されないように愛じゃなくて好きって伝えたのに。
まぁいいや。今畳みかけたら、傷心状態に付け入る感じがしてしまう。鹿肉ステーキで胃袋を掴んだら畳みかけてやろう。
料理が来るのを待っている間、わたわた慌てるカザミを微笑ましく眺めていた。
おっさんは料理ができてはいたけど、青少年の告白の場に出づらかったと後に語った。