ふと、目が覚めた。
時刻はもう真夜中で、人なんてうろつかない時間だった。
窓の方からカリカリと音がする。俺は気にもしないでもう一度布団にもぐろうとしたときだった。
わん
小さく声がした。
聞いたことのある、犬にしては違和感のある声だった。タヌキだった。
俺は一度閉じた目を開いて、物音のする方へ目を向けた。
相変わらずカリカリと音をたてるそいつは、カーテン越しに影が月明かりに浮かび上がっていた。
「イヌ?」
どうしておまえ、そんなとこにいるんだよ?
ふらりと立ち上がって、俺は窓へ近づいた。そして、からりと窓を開けると、そこには。
そこには、一匹のタヌキがいた。そいつは首輪をして、野生とは思えないほどの毛づやをしている。
「イヌ」だった。
俺とイヌは窓ガラス越しに視線を交わした。イヌは何か言いたそうだった。座って此方を見ていた。早く気づけと、誰かが言った気がした。
「ちょっと待て」
俺は急いで服を着替えて靴を持ってきた。
そして、俺とイヌは白い息を吐きながら夜道を走り出した。
先を行くのはイヌ。俺がついていける速さを保ちながら、時々後ろに顔を向ける。その後ろを俺はただ追った。
月明かりの下、俺たちは走った。
切り株のある小学校、光が点滅する角のコンビニ、終電間近の駅、何かが潜みそうな地下通路の入り口、春には桜が咲く公園、廃病院が見える坂の下、花束が添えられる道路。俺たちはどんどん追い越していった。
行き先は、砂時計の眠る池。
その日は、満月だった。
池にくっきりと写し出された月は綺麗で。
でも、それすら忘れるくらいおもしろい景色に、俺は出会ったんだ。
ばしゃり
ばしゃり
池に着いてまず気づいたのは、大きな水の跳ねる音。そして、水面に浮かぶ大きな大きな甲羅たち。
その中に、がさがさと土を掘る音が交ざって聞こえた。
時折、わんだか、ぎゃぁだか、色んな鳴き声が聞こえた。
まだ水が戻っていない所でたくさんの獣たちが穴を掘っていたんだ。
たくさんのタヌキ、イタチ、ハクビシン、そしてネコ。多分、他にもいたと思う。その中に、一匹だけ首輪をしているタヌキがいた。横を見ると、いつの間にかいたはずのイヌがいなくなっていた。
水辺では相変わらず水音と甲羅が浮かんでは沈むの繰り返しだった。あんな大きな甲羅、海ガメくらいだ。
俺は地元の古い文献と同級生の話を思い出した。
『桜ヶ原の池にはかつて河童が集落を作っていた』
「俺の親戚の住んでるとこ、竜宮城と河童の伝承があるんだぜ」
その同級生と河童の話をしたとき、俺たちはこういう話をした。
「もしもさ。
俺たちの桜ヶ原にある池と、その親戚の所が繋がっていて、河童が行ったり来たりしてたら。おもしろいよな」
池が埋められた時、同時に住んでいた河童の集落も壊してしまったんだと思っていた。俺たちが追い出してしまった河童たち。
桜ヶ原には、もう、河童はいない。
河童は、もう住めない。
なのに
なのに
なんで
「わん!」
イヌが吠えた。いつの間にか下を向いていた顔を上げると、一つのコンクリの塊に乗り上げるイヌがいた。
まだ所々に小さな瓦礫は残っていて、それもその一つだった。
大きさは、
調度砂時計が一個納まるくらい。
水の中にはなかった砂時計。
もしかして、その中。
一匹の、一頭の?一人の?影がそこに近づいていった。月明かりがそれの姿をはっきりと浮かび上がらせた。
大きな甲羅。
頭に皿。
人の様に二本足で立って歩く。
両手に水掻き。
河童だった。
たくさんの書物で見てきた「河童」がそこにはいた。
河童は腕を振り上げると、信じられない速さで叩きつけた。すると、それがコンクリートという石の塊であったのが嘘のように、パカンと簡単に割れた。割れたように見えたが、一体どれ程の力でそうしたのかはわからない。
河童は数回頷くと、水の中に潜っていった。最後に、大きな甲羅がとぷんと沈んだ。
同じように次々と甲羅が沈んでいった。池の周りに集まっていた動物たちも、気づけば姿を消していた。
俺は呆気に取られて立ち尽くしていた。そんな俺の前にイヌが何かを咥えてやって来た。その後ろにはたくさんのタヌキたち。
『桜ヶ原の山には狸の村がある』
そんなことを思い出した。
俺はイヌが咥えてきたものを受け取った。
砂時計だった。
なんのへんてつもない、ただの砂時計。俺にはそれが「七不思議の砂時計」だと不思議とわかった。
ぽろりと涙が出てきた。
なんでかはわからないけど。
でも、なんでだろう。
砂時計に対して。
これまでの苦労に対して。
眠りウサギがやっと助かるという安堵。
そして、きっと、俺たちが今までやってきたことは、信じてきたことは、間違ってなかったんだという、安心。
そういうのがごちゃ混ぜになって、このとき溢れ出したんだと思う。
俺は、地面に膝を着いてイヌから砂時計を受け取った。
そして、彼らに頭を下げて
「ありがとうございます。
ほんっとうに、ありがとうございます」
感謝の意を示した。
俺たちの長い夜はもうすぐ明ける。
次の日、俺は早朝にメールを送信した。もちろん宛先は同級生。全員に一斉送信だ。
「砂時計がみつかった。
放課後、病院」
それだけのメールだった。
勤務先の学校ではいつも通り。通勤鞄の中では、砂時計がひっそりとハンカチにくるまれていた。
何時間経っても、返信は一件も来なかった。
生徒たちを見送って、同僚たちから見送られて、俺は眠りウサギの元へと向かった。
何十回も通った病室の前で息を吸って、吐いた。右手に砂時計を握り締めて。
戸を開けると、そこにはもう同級生たちが揃っていた。何人かはいないみたいだが、きっとメールが送られてくるだろう。
「待たせた」
それだけ言って、ベッドで眠る同級生の側へ行った。
本当に、待たせちまったな。
俺は彼の掌を開いて、上に砂時計を乗せた。下に砂が下がりきった砂時計。
俺たちがずっと探していた、七不思議の砂時計。
くるりと反転させる。
時間よ、動け。
時間よ、進め。
さらさらと、砂が落ち始めた。
俺は、眠る同級生の顔を覗きこむ。
ゆっくりと、ゆっくりと、彼の瞼が上がっていく。
「…おはよう」
「遅すぎだ」
俺たちの、長い長い夜は明けた。
空はオレンジに染まって、もうすぐ本当の夜がやってくる。そして、また朝がやってくるんだ。
今夜は誰もが夢を見ずにすむだろうか。
それとも、彼が見続けたような最期の夢を見るのだろうか。
眠るのが怖い。
夢が恐い。
夜が、暗闇がこわい。
そんなとき俺は思い出すんだろう。
「ながい夢だったよ。
こわい夢だった。
でも、目が覚めてみんなの顔が見れて、そんなの忘れちゃった」
眠りウサギがその後に言った言葉と、
笑う大切な仲間たちの顔を。
「おはよう、眠りウサギ」
さあ、これで俺の話は終わりだ。
おっと、大事なことを忘れてたぜ。
今回、俺たちは眠りウサギを助けたくて色々やったんだけどさ。
結局何もできないで終わっちまった。
誰が俺たちを助けてくれたんだろうな?そこを明らかにしておきたい。
あとちょっとだけ、俺の話に付き合ってくれな。
俺は、今回のことを通していくつか疑問が残ってる。
砂時計と眠りウサギの関係
代わってしまった七不思議「砂時計」の内容
建物の突然の倒壊
タヌキと河童と動物たち
大まかに言えばこの4つ。
順番にいくか。俺がわからないことは…他のやつが教えてくれるだろ。
まず、砂時計と眠りウサギの関係。
全ては眠りウサギが妙な夢を見始めたことから始まった。
人が亡くなる瞬間の夢だ。
いなくなる人は、最期に何を思うのか。そんな、夢。
詳しくは省くけど、俺が聞く限りあいつが見始めたのは小学生。もしかしたらそれより前かもしれない。
眠りウサギが大人になるにつれて見る夢も増えていった。
俺は、これはあいつが得た情報量の変化によるものだと思う。ニュースだとか経験、生きてきた中での出会い。そういうのがあいつの中で多くなったから、それに関連した夢をより見やすくなったんだと思う。
現に、最後らへんは俺たち同級生の夢を見ていたらしいから。
辛かっただろうな。仲のいい友人が死ぬ夢を見続けるなんてさ。
そして、とうとう自分が死ぬ夢を見始めた。これ以上近い「存在」はないだろう。次の夢はなかった。
あいつは倒れて病室で眠ってる間、ずっと自分が死ぬ夢を見ていたらしい。
さて。終わりははっきりしている。
でもさ、そもそもなんで眠りウサギだったんだ?
砂時計自体に関わったやつはもっといるはずだ。埋まっている間だったらもっと限定できる。
例えば、仮定の話なんだけど。
もし、この砂時計が「掘り出してもらいたい」ってSOSとして夢を見させていたのなら。
「砂時計の七不思議を使ったことのあるやつ」、「砂時計が池にあることを知っているやつ」、「地元出身の工事関係者」。そういうやつらに見させた方がすぐに掘り出してもらえないか?
夢に砂時計が出てくれば「砂時計に何かあった」、「砂時計の呪いだ」って思うと俺は思うんだけど。
うーん…
本当に仮定の話だからなあ。
「掘り出してもらいたい」イコール「時間を進めたい」って流れで俺は考えているんだけど、俺一人じゃまたわからん状態じゃねぇか。
きみ、たまに頭が固くなるときあるよね。
お、眠りウサギ。イヌ、もういいのか?
うん。さんぽもごはんも終わってぐっすりだよ。
きみが疑問に思っていること、眠りウサギことこの僕が答えてしんぜよう。
全部は無理かも知れないけどね。
お?言ってくれるな。怪奇オタク、なめんなよ?
じゃあ、改めて今回の話『砂時計』をまとめようか。
僕が見た夢の話と
俺が見た狸の話。
どこかで「わん」となく声が、風にのって聞こえてきた気がした。