転生地球人が宇宙最強になるまで   作:桐山将幸

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本編
プロローグ:転生地球人が範馬を目指すまで


 インド風の豪華絢爛な王城、その中庭に配置された石の武舞台で、俺は一人の偉大な武道家と対峙していた。

 

 「……俺が貴方に挑戦するのは、まだ早いと?」

 

 「その通りだ」

 

 その偉大な武道家とは、チャパ王。

 彼は世界的な人気漫画であるドラゴンボールのサブキャラクター……いや、名有りモブの一人であり……俺の師匠だ。

 天下一武道会を二度制したチャンピオンで、主人公の師匠やライバルたちにも一目置かれるほどの実力を持ちながらも、登場時期が遅く、世界レベルを遥かに超えた戦力を得た主人公を前ににあっけなくやられてしまう、という役回りの男が、5歳から8年間にわたって俺が仕えてきた師匠だった。

 

 「そうは思いません、俺も武術を磨いてきた」

 

 「おまえはまだ13歳だ、いかに恵まれた才能を持っていようと、それはあくまで同年代に対しての話に過ぎん」

 

 「私も私なりに武を磨いてきましたよ、今では高弟の方々でも私に敵うものはいません」

 

 武舞台の傍ら、俺とチャパ王の対面を見守っていた『高弟』たちがざわめき、俺に刺すような視線を向けてくる。

 だが俺も、チャパ王も、彼らに一瞥もくれてはやらない。

 

 「それだけではない、わたしはおまえが夜な夜な化け物どもと戦っているのも知っている」

 

 「……バレていましたか」

 

 「その程度のこと、気づかぬとでも思ったか、師を甘く見るものではないぞ」

 

 化け物とは、魔族とかモンスターとか呼ばれる夜の闇に潜んだ種族のことだ。

 常人よりも優れた身体能力を持ち、人を食ったり拐ったりする奴らは鍛錬にもってこいの素材だった。

 ……俺の師匠であるチャパ王は、武術の神と謳われた亀仙人ですら高く評価せざるを得ないほどの実力を持っており、同門はおろか、モンスター相手の苛烈な戦闘を越えてもなお、勝利への絶対な自信を抱けない強敵なのだ。

 

 「では、挑む理由もお分かりいただけたことでしょう、今なら師匠と互角以上に戦えると確信したのです」

 

 「アエ・ソシルミ……いや、ソシルミ、おまえは……」

 

 「……はい」

 

 「いや、こうなれば最早言葉は無用か……構えろ!我が弟子ソシルミよ!」

 

 チャパ王……師匠は俺に掛けようとした言葉を捨て、一礼の後、本気の構えを取った。

 すると、傍らに控えた小僧が銅鑼のばちを持ち上げ、礼を済ませた俺の顔には笑みが浮かぶ。

 自分でも容易に想像がつく、恋い焦がれ、待ち望んできた戦いを前にした武術家がする壮絶な笑みだ。

 闘気で二人の僧衣がはためき、裾がたなびく。

 

 「……はじめ!」

 

 ――――銅鑼の音が響く中、ついに戦いの火蓋が切って落とされた。

最初に仕掛けたのは、挑戦者である俺だ。

 

 「シィッッ!!」

 

 「ぬあ!」

 

 俺が放つ刻み突き、すなわちジャブの一種を、師匠は腕の防御で防ぎきり、そのまま伸ばした拳に手刀を叩き込みにかかる。

 それを察知した俺は逆に懐に飛び込みにかかり、飛び込み際に放った膝が師匠による迎撃の膝と激突し、潮時を感じた俺たちは互いに弾かれるように距離を取った。

 未だに、銅鑼が奏でる響きは収まっていない。

 

 「……腕を上げたな」

 

 「師匠こそ、今ので仕留められるつもりだったのに」

 

 本当に今ので仕留められると思っていたわけでもないが、かつて、第20回天下一武道会で見た師匠の動きは、今ほどのものじゃなかった。

 ……実力を出すに値するほどの敵が居なかっただけかもしれないが。

 

 「ふん、全力も出さずによく言うものだ!」

 

 「それはお互い様でしょう!」

 

 今度は両者が同時に駆け出し、丁度武舞台の中央で衝突する、小手調べなどではない本気の衝突だ。

 鍛え抜かれた肉体が激突し、擦過し、絡み合い、ねじり合い、弾き合う。

 二人の足元もまた、拳にとって、自ら体全体にとって最良の位置取りを探りつつ、敵の攻撃を警戒し、隙あらば蹴撃をねじ込んでやろうと機会を伺い合っている。

 だが、終わらせる!

 

 「フッッ!!!」

 

 俺は一息に勢いを付けて地面を叩き、二度のステップで師匠の背後に回り込む。

 

 「チェリアァッッ!!」

 

 「っつああ!」

 

 「今のを防ぎますか!」

 

 そして、叩き込もうとした大ぶりのラリアット攻撃に、ギリギリのところで反応した師匠が腕を合わせる。

 だが、ダメージに体勢を大きく崩した師匠はそのまま後ろに転がり退く。

 一瞬の猶予を与えられることで広がった視界の隅には、師匠の苦戦に慄く同門たちの姿が見えた。

 皆、圧倒的な強さを持っていた師匠が押されていることを信じられないか、信じたくないといった様子だ、

 

 「ぐ……あ! さすがだ、ソシルミ……!」

 

 「師匠こそ、今度こそ完璧に貴方を倒すはずが、これまで防がれてしまうとは」

 

 「……おまえは本当にわたしを超えるつもりでいるらしいな」

 

 「今更何を言うんです、もちろん入門したときからその気持ちは変わっていませんよ」

 

 「ふふ……ふはは! いい気分だぞソシルミ! おまえのような弟子はここ20年いなかった!」

 

 師匠は突然、笑いながら自らの弟子たちを愚弄し始めた。

 

 「かつて、弟子たちはおまえのようにいつか私を倒すためと修行を重ねていた、だがそれも最初だけのこと、いずれ才能の違いと努力の不足を思い知り、わたしを倒すことを諦める、それどころか、今では最初から諦めている連中ばかりだ」

 

 「……師匠」

 

 「8年、人生の中では短いが、少年にとっては半生全てを賭して、おまえはわたしを超えることを願ってきた、そして……今日、それが叶う」

 

 「まだです、師匠!」

 

 「そうだな……終わらせるぞ!」

 

 師匠、天下一武道会を二度制覇した、地上最強の男はゆらりと立ち上がった。

 そのまなざしは、まさしく現世界最強を名乗るにふさわしく研ぎ澄まされ、その緩慢に見える動作にすら、うかつに触れればただでは済まぬ気迫が立ち込めている。

 そして、構えを取った、先程とは打って変わって小さな構え、手の動きのみに全霊を集中する、必殺の構えだ。

 

 「行くぞ!」

 

 「はい!」

 

 師匠の手がゆらめき、神がかった速度で次々と打撃を繰り出す。

 一撃一撃が必殺級にして、それぞれが致死のコンビネーションに繋がり、一つでも捌き損ねれば襲い来る拳の前に為す術もなく引き裂かれる。

 その素早い動きと揺らめきが生み出す残像が、手を八つに見せるとされる『八手拳』、実力を発揮する姿すら見せぬ水準の武道家にあってなお、伝説として語られる絶技だ。

 

 「────ッッッ!!!」

 

 「…………!!!!」

 

 二人の手が次々と交差する、一瞬たりとも気を抜くことの出来ない応酬の中で『お留守』の足に意識を向けることなど、できはしない。

 八手拳は足を捨てた生ぬるい技などではなく、同格以上の相手にさえ全力の対処を強いる終わりのない連撃こそが、この技の本質なのだ。

 俺もまた、八手拳を持って八手拳に相対する。

 

 「拳が全く見えない……!」

 

 「速さだけじゃない、凄まじい威力だ、音だけでわかるぞ!」

 

 「まさか、師匠が押されて――――」

 

 同門たちのざわめきは拳の応酬の中に吸い込まれて解けてゆく。

 師匠が拳を突きこめば、俺が平手で逸らす、俺が手刀を叩き込めば、師匠が甲で弾く。

 逸れた一撃が互いの頬を裂き、腹を裂き、肩を打ち付け、やり取りを行う拳そのものもまた、またたく間に血を吹き出し、生傷を増やしていく。

 果てがないようにも見えたその応酬は、時間にしてわずか数秒、200合を超えたほどで、限界を迎えた。

 

 「噴ッッ!!!」

 

 「ガ……」

 

 俺の拳が師匠の胸元に突き刺さる。

 師匠は崩れおち、そのまま俺の足元に倒れ込んだ。

 

 「師匠」

 

 「……こ、降参だ」

 

 「は、はい!試合終了!ソシルミの勝利です!」

 

 もはや、歓声も、悲鳴も、どよめきすら上がらなかった。

 皆が理解していたのだ、師匠と俺は完全に公正な果し合いを済ませたこと、そして、それは自分たちが目指すことすら出来なかった、師匠が望んだ師匠超えそのものであることを。

 

 「ソシルミ……おまえの勝ちだ、わたしを倒したおまえには権利がある……」

 

 「…………」

 

 「この道場の後継者となりわたしの娘か孫娘を娶る権利、この道場を去って新たな流派を打ち立てる権利、このわたしを見限り、新たな師匠を見つけて強さを求める権利……わたしが与えられる限りの武道家としての栄光を、全ておまえに与えよう……」

 

 師匠は俺の勝利を認めた。

 ……俺が師匠の教えを受け始めたのは5歳の時、俺の今の人生における生家、アエ家が、俺の圧倒的な身体的才能に怖気づき、半ば放逐の形で俺をこの道場に預けたことがきっかけだった。

 それから8年間、俺はずっと、この男を超えることだけを考えて生きてきたのだ。

 前世で読んだ漫画『ドラゴンボール』が教えてくれる宇宙の戦いを夢見るよりも先に、俺は師匠の見せた圧倒的な強さに惹かれた!

 

 「師匠、俺は旅に出ます、より強い敵を探し、より強い師を探して、さらなる高みに登るためです」

 

 「そうか、行くのか……」

 

 師匠は淋しげに、しかし、誇らしげに俺を見つめている。

 それに感極まった俺は、しゃがみこんで師匠の手を取った。

 

 「……師匠、俺が強くなれたのは貴方のおかげです、俺がどこまで行っても、貴方の武術が一緒にいます」

 

 それ以上の言葉はなかった、ただ、最強の座に倦んだ男と、それを破った挑戦者の間に芽生えた、何よりも堅い情だけがあった。

 

 

 「ソシルミ、もう出るのか」

 

 「ええ、ここに長居しても意味はありませんからね」

 

 「……ところで、天下一武道会には出場するつもりなのか?」

 

 次の天下一武道会は一年後、第21回……悟空たちの出場する天下一武道会だ。

 

 「もちろん出ますよ、どんな猛者が現れるのか楽しみです」

 

 「そうか、わたしもお前の活躍を楽しみにしておこう」

 

 実のところ、俺は次の天下一武道会における有力な参加者を全員知っているのだが、それは言わないでおく。

 

 「では、私は出発します……師匠も、お元気で」

 

 「…………ああ、また会おう」

 

 師匠に手を振ってチャパ王城の門を出る、これからは俺も唯一人の武道家として、この世界を生きていくのだ。

 さあ、最初はどこに行こうか、いきなりカリン塔に行ってもいいし、近く迫った天下一武道会の下見も悪くない、亀仙人の元を訪ねてもよいし、しばらく諸国漫遊して武者修行をするのもいい。

 ……アエ・ソシルミ、エア味噌汁。

 アエ家からは放逐されてしまった上、ソシルミも語呂合わせでしかない名前だが、俺はこの名が持つ意味を気に入っている。

 俺はきっと、地上最強の生物を目指すため、この世界に生まれ直してきたのだろう。

 門の外に向き直って見る道の先には、無限に広がる武術の世界が広がっていた。

 

→つづく


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