転生地球人が宇宙最強になるまで   作:桐山将幸

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第二十ニ話:転生地球人が始まりを想うまで

 「それでは第五試合、はじめっ!!」

 

 熱狂する会場の中心で、アナウンサーが声高らかに開始の合図をかけ、銅鑼の音が鳴り響く……しかし、その音が止む頃になっても、俺達二人が構えを取ることはなかった。

 会場の熱狂はやがて困惑を帯びたざわめきへと変わっていく。

 ……俺達が構えを取らない理由は唯一つ、目の前の敵手、我が師匠であるチャパ王に、その気がないからだ。

 

 「なあ、ソシルミ、わたしはこの4年弱、おまえを倒すために、随分鍛えてきた」

 

 「存じ上げております、道場へと帰るたび、厚くなる肉と高まる覇気を見てきましたから」

 

 初めて気付いたのは3年前、DELICIOUS菜館での宴会だったか。

 あの時はまだ、師匠との再戦は鍛錬程度にしか考えておらず、変化もまだ、違和感程度であったが……。

 

 「あ、あの、チャパ王選手……? 第五試合、もう始まって……」

 

 「まあまあ、マイクパフォーマンスというやつだ」

 

 「師匠、それはプロレスの言葉です」

 

 「いいじゃないか、おまえも聞く気だろう? ……わたしはガラにもなく、おまえのマネで、砂袋を体中につけて鍛錬してみたりしたものだ」

 

 やったなあ、それ。

 重量トレーニングをするために、想像出来るような重りは全部付けた。

 重くしたリュックサックを背負い、砂袋やチェーンを巻きつけ、鉛を編み込んだ服を着込んだ。

 

 「あの時は異様に見えたが、なかなかどうして、いい修行になった」

 

 「……まあ、ヘンな目で見られているのは知ってましたが」

 

 「後は裸足で砂漠に踏み込んでみたり、重りをつけたまま泳いでみたり、崖に飛び込んでみたり……」

 

 全部やった。

 それで、足がズルムケになったり、浮き上がれずに湖底を歩いて脱出したり、本気で死にかけたりした。

 訓練強度だけで言えば今の方が強いが、当時は浮かれていたのもあって……大分無茶をやったな。

 

 「ああ、銃も受けてみた、軍に命令してだがな、最近、魔族はほっつき歩いておらん」

 

 そこまで話した所で軽く周囲を見ると……亀仙人、鶴仙人含めた全員がかなりヒいている。

 唯一平気な顔、というか、普通の範囲の呆れ顔なのは、一緒に鍛錬していた時期のあるプリカだけだ。

 

 「な、なるほど! チャパ王選手は愛弟子との再試合のため、激しい鍛錬を積んでいらっしゃったというわけですね!!」

 

 「その通りだ、この歳で大きな飛躍は少々キツいかと思ったが……なかなかどうして、為せば成るものよ」

 

 ……師匠が何をしたのか、俺に何を語ろうとしているのか、俺にははっきりと分かる。

 俺が4年前、師匠を打ち破った時、俺の手には莫大な才能と鍛錬による力、そして、13歳の幼さを補って余りある、亀仙流や『グラップラー刃牙』等を参考にした鍛錬で得た力があった。

 そして今、そのアドバンテージは失われた、師匠は俺が何を知っていたのか、何を元に修行したのかを知らぬまま、それを克服したのだ。

 

 「さ、やろうか、ソシルミ!!」

 

 「ええ、やりましょうか……師匠!!」

 

 「ついに試合が始まります、両者、しっかりと構え――――」

 

 がなりたてるアナウンサー、そして沸き立つ、あるいはブーイングを飛ばす観客達。

 それらをよそに、俺達の再戦は、静かに始まったのであった。

 

 「ダァーッッ!!!」

 

 「むん!!」

 

 静寂を引き裂いたのは、二人の放つ鬨、そして、拳の激突する金属音だった。

 それと同時に、一人分の、師匠の血液のみが作る血煙が武舞台の空を濡らす!

 

 「その技か! 師を相手に容赦がないな!!」

 

 「使わぬのは殺し技のみッッ!! 師を相手に出し惜しみは不要と心得ておりますがッ!?」

 

 「当然よぉっ!!!」

 

 「流血! チャパ王選手、凄まじい勢いで流血しています!! しかしそれでもなお、一歩も引きません、弟子を相手に何を恐れることがある! そう言わんばかりに、果敢に攻めていきます!!」

 

 ……明らかに上昇した身体能力、安定性、それらは既に達人の領域にあった師匠を、超人の域に踏み入れさせ――――否!

 超人としてさえ優秀なレベルへと昇華させている!

 とはいえ、出し惜しみなしの輝く手を前にしては、いくら打撃戦が成立するだけの技量を持っていても、皮膚が持たない。

 しかし――――

 

 「さすがじゃのう、ああまで流血してもなお、技に一切のブレがないわい」

 

 「それより武天老子さま、ソシルミの手が……!」

 

 「うむ、動きが変わりつつある、これは……」

 

 突きを輝く手の手刀で弾き、師匠が放つ手刀を、今度は"ただの手の甲"で逸らす。

 師匠の攻め手を受ける中、俺の手からは輝きが失せ、ただの生身の手となってゆく。

 

 「お、おい! ソシルミ、どうした!?」

 

 「ソシルミ選手、手の光を消してしまいましたーっ!! なにか作戦があるのか、それとも、チャパ王選手がなにか技を使ったのでしょうか!?」

 

 ……これは師匠が何かをして、俺の技を妨害したわけでも、俺の気力が限界に達したわけでも、ましてや、情に流されたわけでもない。

 

 「なるほど、チャパ王とやら、考えたな……」

 

 「桃白白さま、分かるのですか」

 

 「ふん、分からん方が未熟なのだ、気を高めたままの手で精緻な動きをし続けるにはそもそも無理がある、あやつは相当鍛え込み、大分克服したようだが……」

 

 「技で劣る力任せの者や同年代の武道家を相手にするにはよくとも、おのが師と、それも接近戦を演ずるとなれば、その強張りは致命的なものとなるじゃろうな」

 

 仰る通り。

 この世界において『気』とか『戦闘力』とか『スピリット』とか呼ばれる一連のエネルギーは、操作する際、"強張り"を伴う。

 鍛錬によって克服できないというわけではないのだが……やはり、師匠の技に対抗するためには、足りないのだ。

 

 「ははは、ソシルミ! これで条件は対等、きさまが練った技は、その半ばが無に帰したというわけだ!!」

 

 全くもって、仰る通り!

 この俺が新たに得た技は、その殆どが『輝く手』をベースにしたもの、それを封じられた今、俺に画期的な技は最早ない、それこそ、『相似拡大されたあの日の俺』と何も変わらない。

 だが――――

 

 「私が得たのは技だけではありませんよッッ!!!」

 

 「虚勢だな、おのれの嫌う鍛え込んだだけの武道家になったことが怖いか、ソシルミ!!」

 

 師匠の拳が俺を襲う、未だに八手拳は飛び出さず、しかし、激しい攻め手……俺の両腕はそれを――――内心の動揺を物ともせず――――寸分も、刹那も損じぬ動きで捌いてゆく。

 

 「ソシルミ選手、技を封じられてもなお、一切引かぬ動きです!」

 

 「あの技がなくたっておまえの力も技も、チャパ王よりずっと上だ!!」

 

 プリカの叫びは決して欲目や色眼鏡によるものではない、俺と師匠の技量は互角……いや、上ですらある、そして、力は言わずもがな。

 ならば――――

 

 「地力で勝る弟子との競り合いに敗れ、懐から追い出されたときが、やつの最後だ」

 

 「しかし……仮にもソシルミの師匠でしょう、あの男の師ともあろうものが……」

 

 「あの男なら、あの男の師なら、か……、亀仙流のガキといい、あやつといい、こうも強い影響力を持った人間が次々現れるとは、まるで兄者と亀じじいの……」

 

 「その話はよせ、桃白白!」

 

 100合、200合、300合、次第に加速してゆくインファイトの中、師匠の息が切れ始める。

 無理もない、そもそもからして、体の出来が違う、若さが違う、そこに力の差までが加わっているというのに、更に強引な攻め手で体力をすり減らしているのだ。

 だが、しかし、そんなことは戦う前から、武道会の前から分かっていること。

 師匠は持っている、追いすがるために支払ったダメージと体力を上回るだけの価値、俺を打倒するための、何かを!

 

 「両者、密着するような距離で激しく打ち合っております、一歩も引かず、相手を逃がすこともない戦いぶりは、師弟だからこそ演じることが出来るものなのでしょうか!?」

 

 「……! 見えたかクリリン! 悟空!」

 

 「え、ええ……!」

 

 「おっちゃんの動きが早く……いや、ミソシルの動きが遅くなってるのか!」

 

 俺の拳が師匠に向けて飛べば、師匠はそれを跳ね除け、俺の返す刀が師匠の追撃を叩く。

 数百、数千の撃ち合いの中で幾度も発生したその流れに、一瞬のほころびが生まれた。

 

 「クッ……!」

 

 「はは、どうした、大分もどかしそうだな、ソシルミ!!」

 

 一瞬だが、返す刀が遅れる、その分を体幹の動きと強引な引き戻しで補うが、その度に余計な消耗が発生し、次の手は、更に遅れる。

 師匠の右拳が俺を襲えば、肩口で顔を守り、拳の甲で拳を逸らす……その構えを前に軌道を変えた拳を更に追って、こちらの拳を合わせる。

 その動きの最中、下げられている左拳が俺の喉に向け――――

 

 「――――シィッッ!!」

 

 「浅いか!!」

 

 文字通り、首の皮一枚を血煙と共に弾き飛ばして突き抜けてゆく!

 

 「りゅ、流血です!! ここに来て、ソシルミ選手、流血!!」

 

 「ソ、ソシルミ!?」

 

 一手、最後の一手が遅れ、師匠の攻撃を防ぎ切れない。

 そして、同じように……こちらの攻撃は最後の詰めの部分で潰されてゆく……これは!

 

 「あ、あれがソシルミの師匠の技術力……!」

 

 「いや、ソシルミとチャパ王の技術は互角か、あるいは、ソシルミの方が上じゃろう」

 

 「じゃあどうしてソシルミが押され始めてるんですか!?」

 

 次々と重ねられる拳に、一切俺を上回る点はない。

 遅く、軽く、弱い……だが、その拳が俺の攻撃を跳ね除け、防御を貫いてゆく。

 

 「分かった!!」

 

 「わ、分かるのか悟空!!」

 

 「分かるけど、マネは出来ねえ、ありゃ多分、おっちゃんにしか使えない技だ!」

 

 「……は?」

 

 拳が俺の皮膚をカスり、肉を打ち据え、次第に俺の体に傷を増やしてゆく。

 これはまだ俺が一介の弟子出会った頃味わった感覚……ではない、全く違う!

 これは一切未知、未体験の苦戦だ!

 

 「どうしたソシルミ、打開策がないのなら……わたしの息が切れるより、きさまの息の根が止まる方が早いんじゃないかっ!?」

 

 「止めたら……反則ですッッ!!」

 

 「憎まれ口をたたく余裕ができたということは、なるほど、もう見抜きおったか!」

 

 「こうも分かりやすくては!!」

 

 師匠の拳が俺に向かう、その瞬間、俺は迎撃を行い、師匠はそれを防ぐべく新たな動き――――軌道や手の形の変化――――を織り交ぜてゆく。

 その動きが、次の俺の動き、そして、俺の拳が演ずる『最後の一手』、すなわち……!

 

 「反射神経ッッッ!!!」

 

 「その通りよ!!」

 

 俺が夢見たあの世界、俺が名乗る血を持った男が持っているのと同じ"鬼の反射神経"、それが激しい打ち合いの中、一合ごとに発揮され、俺の攻防一挙手一投足を支え、土壇場で優位性を確保してくれている。

 だが、師匠がやったのはそれを逆利用し、文字通り『反射』的な対応を誘導すること、まさしくそれは――――

 

 「私を倒すためだけの拳、というわけですか!! 弟子相手に大人げないことでッ!!」

 

 「なにせわたしはリベンジマッチを挑んでいるのだ、許されぬわけもあるまい」

 

 ただ反射神経の存在を知るだけではこんな技は使えない、この俺の師として8年の成長を見守り、手を離れた後も戦いをつぶさに観察し続けた同門……師匠だけが、たどり着ける、対アエ・ソシルミ限定の絶技。

 他の誰にも真似できない、真似できるものがいても、あえて倣おうとはしないだろう。

 俺は頭皮から垂れた血が撫でる頬を吊り上げ、いくつも擦過傷のついた手きつく握りしめる。

 

 「(フン)ッッッ!!!」

 

 「ぬ……!?」

 

 反射神経、俺が土壇場で用いる最後の身体機能、それを読まれ、逆利用されているのならば!!

 

 「おーっと! ソシルミ選手気合を入れて……徐々に攻撃を押し返しているように見えます!!」

 

 拳と拳が交差する瞬間、師匠は精妙に自らの拳を操作し、それに対応する反射神経に導かれた俺の拳が次の動きに入りにくいよう、攻防の精細を欠くように誘導している。

 その反射神経の持ち主、この俺ならば、期待される動きを避け、反射神経の働きが害を成さぬよう、事前に制御することも可能!!

 

 「――――ッッッッ!!!!」

 

 「ク……! よもや、こうも容易く……!」

 

 あと一手で俺の拳が届く、その瞬間、師匠は激しく飛びのき……俺が押された分と合わせ、ちょうど、武舞台の中央から同じ距離に立つことになった。

 

 「ハァ……ハァ……」

 

 「珍しいじゃないか……、こんな序盤で、おまえが、息を切らすなんて……!」

 

 「ほ、本当だ……! オレとの試合の時は、あんなに必死でやらなきゃダメだったのに……!」

 

 師匠の技は俺に無駄な消耗を強い、それを破るために用いた強引な動きもまた、俺の体力を大幅に貪った。

 これまで俺は自らの土俵に敵を引きずり込む戦いばかりを行ってきたが……同じ土俵を持つ相手との闘いの厄介さなど、久しく忘れていた!

 

 「ははは! 師匠、私の弱点を二つも教えてくださるとは、流石は我が師と言ったところです、でも、こんな大舞台など使わず、口で言ってくだされば、よいものを!!」

 

 「わたしはおまえの師として得たものを試合に活かす気はない、というだけだ」

 

 「今までのは、策ですらなかったと?」

 

 「そんな勘違いはシャクだからな、先に披露させてもらった」

 

 師匠は本気だ、観客席で亀仙人が『え!? マジで!? 教え導くとかじゃなくてガチリベンジマッチ!?』とばかりに驚き倒しているが、あくまで師匠は本気で言っている!

 

 「……師匠」

 

 「なんだね?」

 

 「私は嬉しい、貴方が本気で牙を研ぎ、この私を……再び、喰らい尽くそうとしていることが」

 

 俺の笑みに、師匠もまた、笑みで答えた。

 微笑みではない、獰猛な肉食獣、否、鬼か悪魔の笑みだ。

 そして……師匠はその笑みのまま、八手拳の構えを取る。

 

 「こ、この構えはまさか……」

 

 「その通りだ、アナウンサー……、これこそがわが奥義、4年前、ソシルミと交わし、そして敗れた奥義、八手拳だ! 行くぞソシルミ!!!」

 

 「前と同じ轍は踏まぬと、そう確信しているのですね……師匠ッッッ!!」

 

 俺もまた、構えを取り――――

 

 「────ッッッ!!!」

 

 「…………!!!!」

 

 ――――次の瞬間、両者は激突、一度に八の残像を生み出すと言われる奥義はあの日と同じく、同時に炸裂した!!

 

 「こ、これは凄まじい技の応酬です、わたしには全く何が起こっているのかわかりませんが、とにかく、拳の残像だけが、凄まじい勢いでハネ上がり、まるで飛沫上がる滝壺のようです!!!」

 

 師匠は、何かをやろうとしている。

 これは誰が見ても間違いないことだ、この戦いに勝ちたいのであれば、俺はこんな……見え透いた焼き直しになど、乗る必要はない。

 

 「あれが音に聞こえた八手拳……なるほど、大した技じゃ」

 

 「す、すげえ……! 多林寺でもあんな技は……!」

 

 「どうやって捌けばいいのか検討もつかねえ……オラワクワクしてきた!」

 

 丁度俺と同じ笑みを浮かべた師匠の頬が更に釣り上がり、凄惨な笑みを浮かべた。

 500合、700合、1000合、拳が次第に加速してゆく。

 1500合、2300合、ギリギリ見える拳は、感覚でしか捉えられぬ拳となり、その速度は――――

 

 「な、なんと!! チャパ王選手の八手拳はどんどんと広がり、残像もなめらかな……まるで板のようです!! なんということでしょうか!!」

 

 「まさか……、ソシルミの師匠とはいえ、あんなことが……!」

 

 「四本では足りぬなあ、天津飯、あれをいかにする? 勝ったほうがおまえの敵だぞ? おまえが尻尾の小僧に勝てれば、だがな」

 

 「え、縁起でもないことを言うでないわい!! 亀の弟子なんぞに負けるわけなかろう!!」

 

 半透明な壁のように広がった、目にはそう見えるその拳は、しかし、技術力を失っていない!

 

 「ッツアアア!!!」

 

 「ふ、ふふ、ふふふ……!!」

 

 俺は八手拳を更に加速させ対応するが……駄目だ、あの技とは『もの』が違う!!

 もはやこの技は八手拳ではない、八手拳の術理を保ちながらも、全くの別物、別の技法。

 

 「この……技はッッ!!」

 

 「百手拳(むかでけん)

 

 「何ッッッ!!!」

 

 俺のうつろな問いに、師匠は静かに答えた。

 師匠の拳は更に速度を増す、俺の拳はそれに追随するため速度を増し……しかし、だめだ。

 『八手拳』の威力は、これ以上上がらない。

 

 「カァアァアアアッッッ!!」

 

 「ハァアアア!!」

 

 右こめかみ、右上腕、左頬、次第に俺の体に傷が刻まれ、その度に血煙が残像の華を彩る。

 そして、ついに――――

 

 「トアァー!!!」

 

 「ゲブ――――ッ」

 

 「め、命中! チャパ王選手の拳が、ソシルミ選手を捉えました!!」

 

 胸部に激しい打撃……いわゆる、ハートブレイクショットが、命中した。

 俺はそのまま後方に転がり、武舞台端にうつぶせの右手が転がり出る。

 

 「落下……は、しておりません! ですが、ソシルミ選手は戦闘不能――――」

 

 「黙っていろ、この程度でくたばるタマではない……おい、ソシルミ!!」

 

 追撃をやめ、アナウンサーまで制した師匠が俺に語り掛ける。

 

 「あ、あの……チャパ王選手、お弟子さんは……」

 

 「黙れと言っている、ソシルミ、きさま、狸寝入りはよせ」

 

 「……バレておりましたか」

 

 「バレるも何も、おまえがアレでくたばるなど、金的を打ったところであり得んわ」

 

 「人を何だと」

 

 「鬼、昔自分でそう言っておるのを聞いたなあ」

 

 それは、確かに修業時代、何度か言った覚えがあるが。

 とにかく俺は、師匠の言葉に答えるため、あおむけになる。

 

 「ソシルミ、おまえがあの、ピカピカ光る技にかまけている間に磨いた牙だ」

 

 「……そのようで」

 

 いろいろと言いたいことはあるが、口は動かない。

 肉体のダメージではなく……精神のダメージからだ。

 ああ、師匠は本当に嬉しそうな顔をしている、弟子相手に雪辱を晴らして、本気で喜んでいる。

 

 「どうだ、一度破った者に破られる気持ちは」

 

 「まだ敗れてはおりません」

 

 あの日、俺は師匠から貰った卒業課題、八手拳の応酬を、俺の勝利で締めくくった。

 『……師匠、俺が強くなれたのは貴方のおかげです、俺がどこまで行っても、貴方の武術が一緒にいます』

 俺は旅立ちの日、確かにそう言ったのだ。

 

 「ソシルミ、おまえはわたしを、あの日の戦いを裏切ったと思うか」

 

 「思います、私はあの日の戦いを、誓いを……」

 

 違う、やるべきことは、悔いることではない。

 

 「師匠」

 

 「なんだ、弟子」

 

 「私はこれまで、さまざまな戦いを勝ち抜いてきました、どんな敵わぬ敵とも遣り合い、奇跡的な勝利を刻んできた」

 

 敗れて悔しい?

 そんな言葉は俺には似合わない、届かぬならば、今手を伸ばせ、手が伸びぬなら、飛び上がれ、それでも届かぬならば考えろ。

 俺の決意に答えるように、屋根の上から声が飛ぶ!

 

 「ソシルミ! まだ、やれるんだよな!!」

 

 「当然ッッッ!!!」

 

 俺は寝たまま飛び上がり、着地と同時にファイティングポーズを取る。

 

 「ソ、ソシルミ選手立ち上がりました!! ハートブレイクショットにも関わらず、ダメージの色を見せません!!」

 

 「当然も当然でしょう、誰が私を鍛えたと思っているのです!!」

 

 「このわたしだ!!」

 

 観客達は俺の再起に、さらなる戦いに熱狂をもって答える。

 そうだ、それでいい、この熱狂は俺と、そして師匠の熱狂だ!!

 

 「今度も奇跡を起こします、我々師弟の物語を、こんな復讐戦などで終わらせることは、絶対にしない!!」

 

 「ならばやってみるか、ソシルミ!!」

 

 俺は八手拳の構えを取る。

 師匠もまた同じ構え、だが、その体に練られた気――――不思議なエネルギーなどではない――――の質が、決定的に異なっているのを、俺は感じた。

 ……俺はあの攻防の中、俺は百手拳の術理を体と頭と、魂で理解し……しかし、その全てを体得するには至らなかった。

 だが、そんな事は関係ない!!

 

 「チャリアアアアッッッ!!!」

 

 「…………!!!!」

 

 俺と師匠の拳が、貫手が、手刀が、鍛えた指を用いた尋常ならざる形の手の攻め手が激突する。

 俺の拳はやはり『八手』、師匠の拳は『壁』。

 しかし、俺の八手拳は先のぶつかり合いの時より、数段早く、数段重くなっていた。

 

 「ソシルミのやつ、あの一瞬で師匠の技を盗みおったか……」

 

 「あれが分かるんですか!? 武天老師さま!」

 

 「ああ、しかし、さすがに不完全のようじゃ、あれでは追いつくことはできんじゃろう……!」

 

 強化された八手拳は、しかし師匠の百手拳を打倒するには足りない、このままではただの焼き直しになるだけだ。

 だが、当然――――

 

 「この程度か!?」

 

 ――――俺の顔は、いつものように、それ以上に、笑う。

 

 「どうやら、違うようだな……!」

 

 八手拳、それは拳の密度を極限まで高め、そこから生じる残像による幻惑と反撃を許さぬ攻勢で敵を圧殺する奥義。

 その点で言えば、師匠が生み出した百手拳はまさしくその究極系、つまり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ならば、俺が知るすべてを使って、その先へ進める具材としよう。

 

 「だおォッッッ!!!」

 

 「ソシルミ選手の雄叫びです……その雄叫びと共に、何か……何かが破裂するような音が鳴り響いています!!」

 

 破裂音。

 それは、俺が『気力大移動』と呼んだ技の原型、本来あるべき姿が伴っていた音。

 

 「ク……!!」

 

 「――――ッッッ!!!」

 

 音が鳴るたび、師匠がうめき声を上げ、百手拳の壁が揺らぐ。

 俺の拳は八のまま増えず、しかし、師匠の腕からは断続的に血煙が弾け飛ぶ。

 

 「す、すさまじい光景です!! この様を何かに例えるならば、大輪の赤い花、赤い蒸気を振りまく美しく赤い花とでも言うべきでしょうか!!」

 

 異音が上がる速度は高まり、赤い煙は密度を増す……そして、その20か、30回目。

 

 「ダァァッッッ!!!!」

 

 「ゴフ…………!!」

 

 俺の拳が、師匠の胸へと突き刺さった!!

 

 「ざ……残像がほどけるように消えてゆきます、まさしく花の散華、いえ、開花なのかもしれません……!!」

 

 「よっしゃああ!!!」

 

 屋根の上の相棒は高らかに歓声を上げている。

 

 「グ……フ……! 八手拳の内に、とんでもないものを仕込みおるわ……!」

 

 「分かりましたか、さすがです」

 

 「分かっても見きれぬ……良い技だ、名をなんとする」

 

 「……名、ですか」

 

 プリカとも話したが、俺は基本的に技に名を付けない。

 だが、この技を、八手拳の、百手拳のさらに先にある物として、極めるのであれば。

 

 「ひとまず、八百拳(やおこぶし)とでも」

 

 それを聞いた師匠は俺のぶっきらぼうな言い方に呆れたように笑って、ゆらりと体を重力に任せた――――

 

 「ダアアアアア!!!!」

 

 「――――ッッッ!!!」

 

 ――――次なる踏み込みのために!!

 

 「チャ、チャパ王選手、突如反撃、高速で踏み込み、ソシルミ選手に叩き込みます!!」

 

 アドバンテージを自ら捨て、最大の技を破られ、師匠は俺に、何をする!?

 俺達の手刀が切り裂きあい、拳が砕きあい……師匠は、名も知らぬ技、名も持たぬ技を次々と繰り出し始めた!!

 

 「()ッッッ!!」

 

 「フン!! ドァ!!! ダァアーっ!!!」

 

 最早教導も、美しい技のぶつかりあいもない、八手拳、百手拳の基礎となった技、昇華された技、どこから盗んできたかも知れない、他流派の見知らぬ技、見知った技!

 その全てが俺に向けて迫る、最早、思考すら成り立たぬ領域の連撃!!

  

 右拳の抜き手、肩口で防御――――右の崩拳、同じく崩拳で相殺――――

 ――――両手貫き、脇腹を抉られながら体当たり――――崩れた体勢、ヤクザキック

 足を掴む胴体、頭への頭突きで妨害――――苦痛に歪んだ顔で頭突きの逆襲、更に頭突き――――頭突き、頭突き、頭突き、頭突き、頭突き

 『手四つ』――――――――俺の勝ち――――頭突き、掌底で迎撃――――頭突き、脱出阻止失敗

 立ち上がる師匠、退く俺、交わされる拳

 

 否定されたばかりの反射神経を含め、全てを総動員し技を捌く、知らぬ技を力ずくで跳ね除け、知った技を知らぬタイミングで放たれ、拳が俺の肉に刺さる。

 肉に刺さったままの拳を掴み、『力の流れ』を見て投げる、着地すら待たず、空中に居るままの師を襲撃し、蹴られる。

 

 増える傷、消費されゆく体力、しかし、それらを無視して技の応酬は更に加速してゆく。

 

 「ッハッハハハ!!!」

 

 「ふははははっ!!!」

 

 吐息が笑い声なのか、笑い声が吐息と混ざるのか、俺達は笑う、高笑いの音が拳にかき消されながら、ぶつ切りに響く。

 一度たりとも同じ応酬は行われない、互いを打倒するため、最高の技を経験から、知識から、そして、この戦いの中から引き出し続け、全能力を使ってそれを打破し続ける。

 そして、永遠とも言える競り合いが途切れ、俺達は同時に、敵に背を向け――――

 

 「()ェアァッッッッ!!!!!」

 

 「ムン!!!!!」

 

 一息に反転し、全力の拳を叩きつけた!!!

 

 「………カ、フ……!」

 

 「コ……ホ」

 

 静止したまま、鼓動数回分の時が経つ。

 そして師匠のみが、腹筋を貫かれ、ゆっくりと崩れ落ちた。

 

 「な、長きに渡る技の応酬を勝ち抜いたのはソシルミ選手でした!! チャパ王選手、ゆっくりと膝をつきます!! カウントを……」

 

 「……要りません、この人は腹筋を貫かれた程度で戦闘不能になるほど、やわなヨガはしていない」

 

 「か……買い被りがすぎるぞ」

 

 ……師として弟子の弱みを突き、武道家として新たな技を用いた師匠、それを打ち破った俺の前に現れた彼の姿は、チャパ王という一人の男が、戦士として培ってきた全てだった。

 

 「ふ、ふふ……ソシルミ、やったな……!」

 

 師匠はふらつきながらもファイティングポーズを取り、よろよろと歩み寄ってくる。

 

 「さ……最後に、教える、おまえは…………」

 

 俺は近づく師匠へと歩み寄る。

 師はその瞬間、石畳を踏みしめ、打撃のための加速を始めた、視界の端、その手には、確かな『輝き』が握られ……。

 

 「おまえは、年長者に甘すぎる」

 

 加速する拳、その早さと速さ、そして重さは、生半な覚悟では防ぎきれぬ一撃で。

 

 「師匠、貴方は演技がヘタだ」

 

 俺はその一撃を『輝く足』の蹴り上げを持って、体ごと一回転しながら弾き飛ばした、続けて一撃!!

 

 「(シャ)ァァッッッ!!!」

 

 放たれた全力の『気力大移動』は完全に炸裂し、師匠を意識ごと弾き飛ばし武舞台外の壁へと叩きつけた。

 

 「へ!? あ、け、決着!! チャパ王選手場外です!!!」

 

 俺が持つ武の根本、それは勝負に対して、あくまで真摯であること。

 俺は、4年前には卒業課題であった師匠超えを、今度こそ果たしたのだ

 

 「や、やったな!! ソシルミ!!!」

 

 「応援ありがとう、プリカ」

 

 屋根の上のプリカ、会場を埋め尽くす観客、亀仙流やその仲間、そして、鶴仙人、桃白白、天津飯、アナウンサー、全ての観衆に手を振る。

 ……技にこだわらないことが武であるなら、技を極めることもまた武。

 どちらにしろ、俺の本分は武であるのだ、武を磨かねばならない。

 そう思いながら、俺は、次の試合を演じる……そして、更に次の試合で俺と当たる二人の武道家、悟空と天津飯を見やる。

 

 「戦うってのは、楽しいな」

 

 自然と漏れ出たこの言葉は、俺が贈る精一杯のエールであり、身勝手で、しかし、切なる願いでもあった。

 

 

→つづく




お久しぶりです、桐山です。
はい、単純に長く、密度の濃い話なので執筆時間を食いました、サボりというわけでは……あんまりないです。


師匠からの本当の卒業、という課題は、多くの弟子にとって永遠に果たすことの出来ないものです。
あるいは本来、弟子というものは師匠から逃れられない存在なのかもしれません。
ソシルミは幸福な弟子であり、チャパ王は幸福な師匠でした。
これからもそうあり続けるでしょう。

さて、天下一武道会も、残すところあと2試合、悟空と天津飯が戦い、勝った方とソシルミが戦います。
奇しくも再演された歴史と同じマッチメークは、しかし、互いの戦力、精神状態、ともに異なったもので……果たして、どのような結末を迎えるのでしょうか。

次回もお楽しみに!
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