「きゃぁぁぁ!!」
山道の路肩、絹を裂くような悲鳴が宵闇に飲み込まれる。
夜目を凝らして見れば、ひとりの少女を取り囲む醜悪な怪物たちの姿があった。
「ぐへへ……若い女なんて食うのは久しぶりだぁ」
「ここんとこはあの猿のせいで夜中出歩くヤツなんていなくなっちまったもんな……」
「お!おれ"ち"がのみたい!」
一人の怪物が充血した目で少女の健康的な色をした首筋をねめつけ、彼女の血を飲むことを宣言すると、ほかの怪物どもも次々と『足』『目』『肝』『胸』と様々な部位を思い思いに求め出した。
自らの未来を悟った少女は叫ぶ。
「誰か助け――――」
「ひゃひゃひゃ! 誰も来ねえさ!」
確かに、最寄の村からかなり離れたここは獣や虫の鳴き声もうるさく、助けなどとても期待できないだろう。
あの魔族たちも、それを期待して娘を浚ったに違いない。
だが、アテが外れたな。
「ツァッッ!!」
「ぐげぇ!」
「リーブ! 一体どうし──あびゃ!」
俺は群れの端に居た魔族を不意打ちの飛び蹴りで粉砕した。
魔族どもは一瞬何が起こったのか把握できず棒立ちになる……こちらとしては絶好の機会だ。
俺はそのまま数体の魔族を殺しながら少女に駆け寄り、抱き上げる。
「ひゃっ」
「掴まっていろ、人質になられても面倒だ」
「は……はい……」
「きさま! 何者だ!」
「ほう、聞いたことが無いのか?」
魔族どもの目が俺を睨む、こいつらは夜の闇に紛れる種族だ、夜目はよく利くだろう。
「魔族を襲うムキムキのガキ! まさか……」
「……まあ、多分それで合っているぞ」
もっと気の利いた呼び方はなかったのか?
「実力差は明確だ、お前たちに勝ち目はない、さっさと退散することだな」
「まぬけ! 女なんぞ抱いておれたちと戦えるか!」
「なら、試してみたらどうだ?」
「「え!?」」
魔族と少女の両方が声を上げた。
どちらも、俺が逃げるなりなんなりすると思っていたようだ。
確かに、人間を抱きかかえたままの戦闘となれば、少なくとも片手が塞がり、体幹の自由が利かなくなり、デッドウェイトを負い、敵の攻撃を命中させてはならず、高速戦闘においても制限を受ける。
が、俺にとって弱小魔族の相手をするには丁度いいハンデだった。
「ちくしょう! これでもくらえ!」
「ひぃっ! 鉄砲!?」
「ほうほう、そいつでどうする気だ?」
「くそーっ!」
魔族はオートマチック拳銃を抜き、俺の脳天に向けて発砲する、正確な狙いだが、この程度では俺にダメージを与えることすらできない。
俺は鉛玉を掌で掴み取ってから見せびらかしてさらに脅しをかける。
「これで分かっただろう、何度も言わせるな、お前たちに勝ち目はない、自分のねぐらに帰れ」
「ひぃぃぃ!! おまえたち!ズラかるぞ!」
生き残った何体かの魔族は、隊長らしき拳銃持ちの号令で次々と逃げ去って行った。
「……ふぅ、魔族狙いで夜歩く習慣が図らずも功を奏したってところか」
「い……いつもあんなのと戦ってるんですか?」
「ああ、もっと数が多くてでかい武器を持っている連中を相手にしたこともある」
「お強いんですね……なら、あの猿の怪物も……」
「猿?」
「……いえ、なんでもないです」
猿というのは少々気にかかる単語だ、俺はそのまま聞き出そうとするが、少女は疲労のあまりそれどころではないらしく、俺を村まで案内すると、家に帰ってそのまま眠り込んでしまった。
少女を見送り、その両親の感謝攻勢を振り切って家を去ると、村人の一人、宿屋の女将が少女の礼をするため俺を泊めたいと申し出てきた。
「これが一番の部屋の鍵だよ、……だけど、この辺りで旅のお客さんとは珍しいね」
「旅人が少ない? この村は交通の便がそれなりに良いはずだが、まさか魔族か、それともあの子が言っていた猿の影響なのか?」
「……あんたはよっぽど遠くから来たみたいだね、魔物なんてここいらじゃどこでも出るよ、怖いのはあの山の猿の方さ」
「山の猿、猿型のモンスターの群れか?」
「いんや、群れだったら軍隊が出て倒してくれるさ、一匹だよ、……めちゃんこでかい一匹の猿だ」
女将は一種忌々し気に、一種愉快そうに、山に出る化け物の話を始めた。
……この世界に居るでかい猿、というと、俺には一つしか思いつかない。
「その化け物猿は夜だけ出るのか?」
「なんだ知ってんのかい、そうさ、恐竜よりもでっかい見上げるほどの大きさで、ヘンテコな鎧を着た猿の化け物が出るのさ、本当に時々だがね」
「時々、それは満月の日か」
「こりゃ驚いた、全部知ってるんじゃないかい」
間違いない、その山に出現するのは大猿、サイヤ人が満月の光を浴びた際に変身する巨大な怪物だ、鎧とは……サイヤ人が着ている戦闘服だろう、あの戦闘服なら、大猿になっても千切れずに残り、元に戻った後多少伸びる程度で形を維持出来る。
「通ってきた村で似た話を聞いただけだ、しかし、物騒なことだな」
「うんむ、人を襲いはしないが、変な光を吐いたり大暴れで山を崩したり好き放題さ、おかげであの山には入れんようになったし、この村には人が寄り付かん、うちの連中はもうみんな慣れちまって、満月の日には大猿見物なんてしに行く有様だがね」
「……次の満月は明日だったな」
「明日も泊っていくかい?」
俺は答えを濁して、この村の周りの地理について尋ねてから部屋に戻った。
……翌朝、俺は朝飯を済ましてすぐに飛び出し、猿が出没するという山に出発する。
山と村は数キロ離れているが、もし猿が俺の考えている大猿なら、村からでもばっちりと姿が見える程度の距離に、その山はあった。
「完全に荒れ果てた山だな、しかも所々に踏みしめられた跡や山崩れの傷跡がある」
誤解されがちだが、人間が居る領域の山というものはもとより『自然』なものではない。
人間が丹念に収奪し、整備し、山が生産する生物的な資源を有効活用できるように手を加えるものだ。
この山はかなりの長期に渡って放置されたため、人間が変化させた部分と自然の息吹がせめぎあっていびつな生態系を構築している。
間違いなく、ここが例の山だろう。
「おそらくはここにサイヤ人が……しかし、なぜだ?」
戦闘民族サイヤ人は10年近く前にその拠点である惑星ベジータもろとも大半が消滅している。
尤も、航宙種族が惑星一つの壊滅だけで即座に死滅するなどということはなく、何らかの原因で他星に居たサイヤ人が多数生き残っているのだが……。
「この星に存在するサイヤ人はただ一人、カカロットだけのはずだ」
ドラゴンボール、この世界の主人公であるカカロット、後に孫悟空と呼ばれる男は、その父バーダックによって地球に逃され、武術の達人孫悟飯に育てられた。
それ以外に地球にやってきたサイヤ人は居ないはずだし、凶暴で強力なサイヤ人の存在はすぐに発覚し大騒ぎになるだろう。
もしかすると自分と同じく、この世界に転生してきた人間かもしれないし、なんらかのバタフライ・エフェクトで現れた人物や、俺の知らない外伝などの人物かもしれない。
……いずれにしろ、今のうちに調べておく必要がある。
「……破壊痕や食い残しの骨はこの周囲に集中している……サイヤ人の住処はこの辺りか」
サイヤ人はその頑健な肉体を維持するためか、大量の食事を必要とする傾向にある、その食欲たるや、制圧した地域で異星人の食料を略奪するどころか、その異星人そのものを貪り食うほどだ。
果実などでは山がいくつあろうと足りはしない、獣や恐竜、巨大魚などを狩って食わなければその胃袋を養うことはできないだろう。
「しかし……、この骨は異様だ」
恐竜も、獣も、全て頭か胴体の骨が粉砕されている。
最初は風化ゆえのものかとも思ったが、まだ組織の一部が残っている真新しい死体でも粉砕されているのだ。
サイヤ人はどうやら、全ての獲物を撲殺しているらしかった。
更に異様なのは、死体の肉がほとんど失われているにも関わらず、焚き火などの痕跡がなく、地元住民もそれについて証言していないことだ。
「……エネルギー弾で肉を焼いているのか?」
俺が死体を詳しく確かめようとしたその瞬間、ガサ、と、茂りきった藪が蠢く。
周囲に獣の気配も匂いもしない中、この状況で動くものはただ一つ。
「サイヤ人か!」
「!!!」
反応した!
そして、その直後、聞き覚えのない……いや、『よく聞き慣れた』奇妙な音が響く。
これは気を溜める――――
「……ぎ……がぐ……!」
「ま、待て!! こんな森の中でぶっ放すんじゃない!!」
「ぐ……ああ!!」
気体とも、液体とも、固体とも、プラズマとも違う、しかし実体を持った光る塊!
藪の中で一瞬光を放ったそれは亜音速で俺に迫り、横っ飛びで辛うじて避けた俺の服を焦がし、背後の木を爆裂させて消滅した。
喰らえば危ない、だが、避けられる一撃だ……もしかしたらわざと避けられるように、威力か速度を絞ったのかもしれない。
だとしたら、まだ対話の道もあるはずだ。
「……俺に戦う意思はない、攻撃をやめて姿を見せてくれ」
「…………」
攻撃されたからと、うかつに戦闘を挑むようなことはしない。
敗北が死に繋がらないのであれば圧倒的な実力差の前に砕け散るのも一興だが、無謀な戦いで命を散らす趣味はない。
地上最強の生物を目指すと言っても、このパワーバランスがあまりにもくっきり出る世界では、猪武者ではいられないのだ。
「どうした、俺は丸腰だ、ここにはただ、お前が何者なのか探るためだけに来た」
「…………シッ、シ、ッシ」
数回、息が口を擦る音がする、笑い声か、何かの合図か、俺が警戒を深めようとしたその時、その『音』は、突然形を持った。
「し、しんじられうか、しんじられるか、そんあこと!」
……音はどうやら、サ行の声を出そうとして失敗した結果出たものらしい。
ようやく出たその声は非常にたどたどしい、というか、完全に呂律が回っていない。
「どうやら、大分長い間人との接触を避けてきたようだな」
「そ……そうら、そうだ……かくえ、かくれてた」
その一方、言語の使用と理性の働きは完璧だ。
他所からやってきて自分の正体を探る謎の武道家に対して正しい警戒心を持っているし、しっかりと言葉を聞き取って、自分なりの言葉で返しているのだから、頭脳は完全な状態と見るべきだろう。
しかし、人と会いたくないというのは妙だ、サイヤ人なら地球人などいくらでも手玉に取れる、軍隊だって敵じゃないはずだ、それにそもそも……
「隠れてたとは言うが……近隣の村々では大猿の噂が立っているし、この山は半ば禁足地の扱いだ」
「うわさ……みらえ、みられてたのか……」
「自分が何者なのか自覚しろ、巨大な、火を噴く化け物だぞ、数十キロ先からでも気付く」
「…………」
大猿の身長はまちまちだが、大体10メートルから40メートルといったところだ。
10メートル寄りなら鋼鉄ジーグあたりの大きさだが、40メートル寄りならウルトラマンやゲッターロボに匹敵する巨大なサイズになる、それが暴れまわりエネルギー波を発射したらちょっとした戦争だ。
しかも話を聞く分には、自分が大猿に変化していることを自覚しながら、繰り返し大猿に変身していたらしい。
頭脳に問題はないという考えを訂正すべきか?
「とにかく姿を現せ、お前が少女だろうと幼女だろうとサイヤ人なら、地球人の俺を恐れる意味はないだろう」
「……わかった」
そう、少女、幼女。
サイヤ人(仮)の声は幼い女のそれだった。
昨日の夜に助けた村娘は14程度だったが、それよりも更に幼い。
俺の目の前に現れた少女の姿は、見立てでは12歳程度、顔立ちも体格も、声の印象に違わぬあどけなさを漂わせたものだった。
黒髪、黒い瞳、日本人同様の淡褐色の皮膚に、しっぽ、旧式のフリーザ軍戦闘服、これぞまさにサイヤ人と言った出で立ちだ。
「まず、自己紹介と行こうか、俺はソシルミ、一応『アエ』という名字があるが……、5歳で親に捨てられてからは、この名字が嫌いだ、名字では呼ばないでくれ」
「……ソシルミ……そしる……み……みそしる……?」
「そうだ、アエ・ソシルミ、今は13歳だ、ただソシルミと呼ぶか、地球人とでも呼ぶといい」
俺の名を聞いたサイヤ人は首を傾げて何やら怪訝な顔をしたが、すぐに立ち直って自らの名を伝えてきた。
「プいカ……プリカだ、としは……わかあ、わからない、たぶん……じゅうにさい」
「……実にサイヤ人らしい名前だ」
「そういうお、そういうのは、やめろ」
「なんだ、褒めたつもりだったんだがな」
「うれしくな―――む?」
まだ話は途中だというのに、サイヤ人は急に黙り込み、きょろきょろと周りを見渡し、聞き耳を立て始めた。
俺もその後を追って周囲の気配を探るが、ぼんやりとした違和感に包まれるばかりで、明確な何かを感じ取ることはできない。
……どうやら、長くこの山で暮らしているこいつならではの感覚があるようだ。
「……何が起こった?」
「まだ、わからない、でも……いきもも、……いきものがうるさい、きょうりゅうがきたときみたいだ」
「脅威が迫っている……というわけか、俺のことではなさそうだな」
しばらく二人で固まっていると、『脅威』はわかりやすい形で目に飛び込んできた。
……というか、物理的に飛び込んできたのだ、弾丸が。
「うわっ!」
「フッ!! ハァッ!!」
俺は自分たち二人に向かって放たれた弾丸を手のひらで弾き飛ばす。
サイヤ人は反応すら出来ていない、どうやら、地球生活が長すぎて鈍っているようだ。
感覚を研ぎ澄ますと、感じ慣れた不快な感触が俺の精神を撫でる、これは……。
「魔族の襲撃だ、すぐに次が来る、お前は隠れていろ」
「お、おれもたたかう!」
サイヤ人は俺が差し出した庇う手を跳ね除け、戦闘態勢に入る。
その足には武者震いとは思えない震えが走り、その恐怖に引きつった笑みには隠しきれぬ戦意が滲んでいた。
サイヤ人で、少女。
初対面でエネルギー弾を撃ち込みながら、手加減をする。
恐怖を抱きながら、戦いを望む。
山奥に10年近く潜伏しておきながら、大猿に変化し続ける。
どうにもちぐはぐさの否めないこのサイヤ人との出会いは、一体何を意味しているのだろうか。
→つづく