転生地球人が宇宙最強になるまで   作:桐山将幸

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第三十ニ話:転生地球人が魔なるものと相対すまで

 優雅に空を舞う個人用のジェット機、そのコックピットにはロボットが鎮座し、座席には一人の若い女が座っていた。

 俺はこの女のことを知っている!

 いや、この黒髪としっぽ、濃密なパワーと芋ジャージを知っている!!

 

 「プリカ、久しぶりだなッッ!」

 

 『――――!?』

 

 ということで、ジェットと速度を合わせ、等速で背後に向けて飛びながら挨拶をしかけた。

 夕暮れ空の中、地平の果てまで広がる広葉樹林の上、優雅に飛ぶジェット……に、ピッタリと張り付いて飛ぶ生身の俺。

 機内では目を丸くしたプリカがワタワタと要領を得ないハンドシグナルを始めたが……。

 当然、理解できないので、俺はハッチを叩いてアピールする。

 

 「着陸はいい! ここで乗り込む!! 開けてくれッ!!」

 

 しばらく叩いていると、プリカの迷い、もしくは混乱を表すようなしばしの沈黙の後ハッチが開く。

 

 「おまっ!! おまえっ! バカ!!」

 

 「入るぞ、速度下げないから風が吹き込んでるじゃないか」

 

 俺はハッチ近くの広めになった場所に立って、高高度で付着した氷を払う。

 いつもの袈裟の上にマントを着てきてよかった。

 

 「久しぶりだな、お前も、随分でかくなった」

 

 「……イヤミか、そんなデカくなっといて」

 

 「俺は5センチしか伸びなかったんだぞ」

 

 マントをパタパタとやっていると、プリカが近づいてきて背伸びしながら雪を払うのを手伝ってくれた。

 プリカの身長は目測で150センチ前後、俺は190といったところか。

 あの範馬勇次郎と同身長、もっと高くなってくれても良かったが、いい感じだ。

 

 「くそ、首が痛くなる」

 

 「大丈夫だ、神様の相手をすれば俺もお前も等しく首が痛い」

 

 神様は異様に身長が高い、250センチもある身長は、ジャック・ハンマーの言った『身体能力を維持したまま伸ばせる身長の上限』を上回っているのだ。

 プリカはそんな俺の慰め(?)を無視して、なつかしきジト目で俺を見上げた。

 サイヤ人の肉体がもたらす遅めの成長期を越えたプリカは、かつての子供の顔から、……まあ、やはり童顔の範囲で、だいぶ大人びた顔つきになっている。

 

 「結局、あの頃と身長差はあまり変わらなかったな」

 

 それと、仕草も。

 そんな訳のわからない、密かな好感を隠して、つぶやく。

 

 「どの頃だ」

 

 「森で出会った頃だ」

 

 7年の月日を経て、160いくつかだった俺の身長は190センチに伸び、プリカの12歳女子にしては発育の良くなかった身長は、やはり、150センチの、あまり発育の良くないところに収まった。

 ……とはいえこの場合、発育が良くないというのは、慣用句でしかない。

 顔つきに骨格、肉付き(断じて、筋肉のことだ、断じて!)については、ほぼ完全に成人らしいものに変わっている。

 

 「なんだ、おい、あんまジロジロ見るなよ」

 

 「あ、ああ……」

 

 プリカは恥ずかし気に顔をそむけ、わざとらしく周囲に散らばった氷や水を拭き始めた。

 いかん、ガラにもなく舞い上がっている、……まあ、何しろ3年ぶりの再会なのだ。

 俺は高揚を収めるため、あるいはごまかすため、その3年間ずっと気になっていたことを聞くことにした。

 

 「それで、プリカ、犠牲者の復活は無事に完了したのか?」

 

 「とりあえず、チャパさんに道場のみんな、亀仙人に鶴仙人は復活したよ」

 

 「ヤムチャとチャオズはどうした、それと、民間人や軍人は?」

 

 「それは後で話すけど、みんなちゃんと黄泉帰った、願いはしっかり練って工夫したから、偵察のためにうろついてたやつなんかに殺された分も大丈夫」

 

 そういって、プリカは胸を張る。

 ――――プリカの話によると、あの天下一武道会の裏で殺されたのは俺の同門ばかりではなかった、らしい。

 魔族の偵察部隊はあちこちに現れて被害をもたらしていたのだ。

 パパイヤ島でも、強力な魔族に殺された武道家がいたらしく、その被害に動揺したスタッフ達の心を読んで不穏なものを感じた亀仙人が、密かに対魔族戦の準備を始めていた……。

 というのが、あの日に起こったことの真相、というわけだ。

 

 「それで俺は観戦を邪魔されたというわけだな」

 

 「まだ根に持ってるのか」

 

 「冗談だ」

 

 俺の否定を前に、プリカは疑うでもなく、わざと聞いただけだ、と答え、さらにあの日の話をしてくれた。

 

 「それじゃあ、クリリン達を救ったのは、戦いの土埃ってところか」

 

 「ロマンチックな言い方だな……まあ、そうなんじゃないか?」

 

 むろんこれは、『消える魔球』よろしく、土埃の煙幕、迷彩効果によって逃れたという話ではない。

 ランチのクシャミを誘ったという意味である。

 金髪の『いただきランチ』はそのバイタリティでクリリン達を扇動し島から脱出、そのまま抵抗戦を繰り返して中の都に突入しのだ。

 

 「……生身の人間が役に立つとは、分からんもんだな」

 

 「武道家っても、クリリンは格闘技やってるだけの普通の子供だ」

 

 「ああ、ちゃんと戦えるやつが居るのといないのとじゃ、違うだろう」

 

 その後、同じく魔族と一戦交え、魔族を捕食するために行動していたヤジロベーと利害の一致から合流したクリリン達は、中の都で転戦し、最後には負傷者を連れて西の都へと帰っていったらしい。

 

 「ヤジロベーはどうしたんだ?」

 

 「どっかに居るんじゃないか、仙豆を食われなくなったのはいいけど、ちょっと寂しいかもな」

 

 「必要になったらリクルートすればいいさ」

 

 「確か、今日の天下一武道会には、出てたよな」

 

 妙な会話をわざと振ってくるプリカ、俺は合わせて答える。

 

 「ああ、予選敗退のはずだ」

 

 「……神様もいて、今回の武道会、枠足りないんじゃないか?」

 

 「俺は出るぞ、お前は出ないのか?」

 

 「おい、チチと悟空が結婚出来なかったら地球はどうなるんだ、もっと真剣に……」

 

 プリカは顔をしかめる、こればっかりは譲る気がないらしい。

 互いに主義の違う俺達二人はこれからもこうしてぶつかっていくのだろう。

 3年の離別が終わって、また、ぶつかり合う日々が始まるのだ。

 

 「わかった、その話は後でしよう、……それで、ヤムチャとプーアルは、どうして生き残ったんだ?」

 

 再会の興奮のままに喧嘩するのももったいない、そう思った俺は、一度話を戻すことにした。

 

 「二人とも、ヤムチャの命令とプーアルの機転で助かって、病院の地下室に隠れたらしい」

 

 「地下、放射線科あたりか」

 

 「それで、地上を襲った攻撃に巻き込まれずに済んだって、ヤムチャが自慢してたよ、天津飯も喜んでた」

 

 子分の活躍を喜べる親分はいいものだ。

 

 「これで3年前に出来た謎はあらかた解決したことになるな」

 

 「いや、まだ残ってるぞ、ピッコロから逃げる時の――――」

 

 話しながら、俺はぼんやりと夕暮れの風景を眺めていた。

 下は、カリン塔が近かった時の広葉樹林から、ありがちな荒野に移り変わっている。

 だが、何しろ天界では雲海しか見えないのだ、つまらない地上の荒れ地も、久々なら新鮮だ。

 時差のため、ちょうどいい時間に到着するには妙な時間に出発しなくてはならないのだ……ん?

 

 「……おい、プリカ、ちょっとコックピット見せろ」

 

 「なんだ? このあたりは雲一つないぞ」

 

 「違う、もう大分移動したはずだ、なのに、この経度でこの時間帯に夕暮れだとッッ……!?」

 

 「わかるのか」

 

 わかる、俺は神とポポに後継者としても見込まれ、教えを受けたのだ。

 時間帯に合わない夕暮れが起きる現象を脳内でリストアップしようとしたとき――――機体に衝撃が走った!

 

 「うわっ!!」

 

 「攻撃か、やはり……!!」

 

 俺は急いで窓を見る、いや、それ以前に感じる悪寒、これは感じ慣れた……魔族だ!

 実際に見れば、異様な夕暮れ空を更に塗りつぶす、雲霞の如き黒点、魔族の軍団!!

 

 「魔族の攻撃だ、プリカ、脱出準備!!」

 

 「く、来るぞ、ミサイル!」

 

 レーダーには、四方八方から迫るミサイル、俺とプリカは着席し、ベルトの着用もそこそこに脱出装置を起動した。

 起動音の中、俺は呟かずにはいられない。

 

 「しかしプリカ……これで俺は3度目だぞ、人生で3度も飛行機で墜落するなんて、そんなやつ……」

 

 「どうしておまえは落ちるとき無駄口叩くんだ!!」

 

 

 

 上方に射出された座席を振り払い、俺とプリカは夕暮れ色の空に滞空する。

 夕暮れの色、魔族、前世の記憶にひっかかる状況ではあるが、それより……。

 

 「まさか、このタイミングで襲撃とはな、いや、このタイミングだからこそと言うべきか」

 

 天下一武道会で、孫悟空、ピッコロ、神といった地球上の大物がかかりきりの今だからこそ、俺達を襲う意味がある。

 ……何故、俺達などを襲うかは、分からないが。

 

 「天下一武道会、楽しみだっただけではない、約束も、いくつも……!」

 

 「言ってたって仕方ない、どうする、ソシルミ」

 

 「叩き潰す、それ以外にあるまい」

 

 まさしく雲霞のごとく、魔族が7分で空が3分……は誇張しすぎかもしれないが、体感ではそれくらいある。

 そんな魔族の群れを前に、俺はわざと、俺とお前ならやれると宣言するように宣言した。

 容赦する理由も余裕もない、邪気と殺意にまみれ、知性に欠ける魔族ども。

 それでも、殺しは気分よくないのだが。

 

 「多分これで、魔族との戦いも終わりだからな」

 

 「……そうか、歴史の流れで言うと、次は5年後、『Z』の時代か」

 

 修行に出る前でもめったに話題に登らなくなっていたようなことを、プリカは言う。

 地球での戦い、同じ地球に住む生き物同士での戦いは、これが多分、最後なのだ。

 7年間続いた冒険の日々、その終わりが、近づいていた。

 

 「それで、具体的にはどうするんだ?」

 

 「プリカッッ!!」

 

 「おう、ソシルミ!!」

 

 答えを放棄して、俺はプリカを呼ぶ。

 答えになっていない答えを受け取って、プリカは俺を呼ぶ。

 たった二言のやり取りでやりたいこと分かる……はずはないが、俺達は無理にでも合わせたい気分だった。

 プリカは、一切周囲のことを気にせず、莫大なエネルギーを蓄え、俺は空中で構え、全周囲に気を貼る。

 

 「ぐ、ぐぎ……が……!!!」

 

 「やられるだけの雑兵を、よくもここまで集めたものだ」

 

 プリカが呻き始めた瞬間、空を覆う黒い群れが、魚群か、はたまたシャンプーのムラのようにうねる。

 不穏な気配を察したのか、ただただ俺達を押し潰せると踏んだのか、周りの魔族どもは俺達の全周囲を包むように銃砲を構えた。

 同士討ちの危険を無視しているかのような行為だが……その判断は正しい、『気を貯める』行為は即ち、全身のエネルギーを収束させること、その収束度合いが高ければ高いほど、必然的に体は無防備になるのだ。

 

 「死ねぇーっ!!」

 

 「クケケケケーっ!」

 

 大小、種類様々な弾丸、砲弾、矢玉が迫る、空中ではキレのあるステップを踏むことはできず、五体のみでプリカを守ることはできない。

 ……であるから、技を使う。

 

 「ラカァッッッ!!」

 

 俺は手足を振るい、空気を歪ませる。

 空気の歪み、ソニックブームは俺が狙った通りに広がり、迫る弾丸の機動を歪め、ミサイルを砕く!

 後は、悠々と舞空術で気ままに飛び回り、プリカを守ればいいのだ。

 

 「できた、ソシルミ、当たるなよ!!」

 

 「合点承知ッ!!」

 

 「っがあああ!! スター・ブラック・バイナリー!!」

 

 プリカは右手から巨大な気弾を吐き出し、更に、気弾と自らをもやのようなエネルギーで覆った。

 そして、プリカはそのまま砲丸投げのように気弾を振り回し始めた!!

 

 「当たるなってこういうことかッッ!!?」

 

 「だああああ!! ずああああああ!!!」

 

 「よ、避けられ……ぐげぇー!!」

 

 強力で巨大な気弾がぶんぶんと振り回され、魔族の群れを飲み込んでゆく!

 名前の通り、バイナリ・スター・モーニングの発展もしくは応用系。

 試合のためではなく、気弾を使わぬ(使えぬ)俺が防御に回り、チャージ中のプリカを守り切ることを前提とした対集団戦用の必殺技だ!!

 

 「まるで空間に消しゴムでもかけてるようだな、このまま続けられるなら大分――――」

 

 悪寒、急速接近、狙いは……プリカだ!!

 

 「プリカッッッ!!」

 

 「おが……わっ!!?」

 

 俺はプリカに抱きつくようにタックルを食らわせ、数メートル位置をずらす。

 エネルギーの塊は機動を外れて遠くの地面に炸裂したが、構っていられない。

 

 「あら、避けられちゃった」

 

 聞き覚えのある声がする。

 顔を上げれば、そこに居たのは、見覚えのあるオカマ、オカマの魔族だった。

 俺は奇襲の動揺と回避の達成感を隠すように、事も無げに言い放つ。

 

 「男子三日会わざれば刮目して見よ、それが三年だぞ?」

 

 「穢らわしい、神とあの黒いのによく鍛えられたようね」

 

 オカマの魔族。

 深いミント色の皮膚、かきあげた白髪、尖った耳、その装いは古代とも世紀末とも付かぬ奇妙な戦装束。

 ローブを着込まぬ今、その影の正体が俺にははっきりと分かった。

 

 「ガーリックJr.の手のものッッッ!!」

 

 「ガーリック三人衆、ニッキー!」

 

 オカマ、いや、ニッキーは訂正するように名乗りを上げた。

 

 「ニッキー、なにか、聞いたような……」

 

 「ああ、俺にも聞き覚えがある」

 

 「あら、よく調べているわね」

 

 ガーリック三人衆、ニッキー!!

 その存在を明確に認識した瞬間、かつてこの世界の住民ではなく、この世界のオタクであった俺の記憶と知識が呼び覚まされる。

 

 ニッキーは、ドラゴンボールZ最初の映画、(タイトルもそのまま『ドラゴンボールZ』、後にサブタイトルが追加された)の、いわゆる中ボスだ。

 映画『ドラゴンボールZ』は所謂『ラディッツ編』をベースとした映画であり、話の筋もそれをなぞっている。

 かつて今の神と神の座を争った魔族、ガーリックの息子であり、一種の生まれ変わりでもあるガーリックJr.は手下のガーリック三人衆とともにピッコロ(大魔王ではなく、生まれ変わりだ)を襲撃し神を抹殺、更にドラゴンボールを収集し、自らを不老不死にする計画を立て、実行に移す。

 だが、その過程で悟空の息子、悟飯を『ボールごと』拉致してしまい、それを助けるためにやってきた悟空とクリリン、そして実は生きていた神とピッコロの攻撃にあう……というシナリオだ。

 見どころはドラゴンボールZ初期映画独特の、文字通り地に足が付いた地上戦、武器を併用しての戦い、他媒体含めほとんど見られない地球の神の活躍シーン、魔族達のどこかコミカルなキャラクター性と戦い(目の前に居る俺はそれどころではないが)、辺りだろうか。

 ガーリックJr.の目的と行動に複数の齟齬があったりと、かなりツッコミどころの多い映画だが、上映時間が短い分、後の作品群に対して濃縮された展開と良好なテンポ、『ドラゴンボール』から『ドラゴンボールZ』へと移る過渡期の戦闘描写や設定、雰囲気などはとにかく魅力的だ。

 

 「ソシルミ、こんな時になに思い出してるんだ」

 

 「そうよ、なに寝ぼけちゃってんのよ」

 

 「あ、すまん」

 

 「7年ぶりだな、それ」

 

 ……ドラゴンボールZの歴史は今から5年後に始まる、つまり、ニッキーとガーリック三人衆、そして、裏にいるガーリックJr.は本来は5年も先に現れるはずの魔族だ。

 大きな戦いの発生しない時期とはいえ、5年の月日はあまりにも大きい、俺とプリカは戦い抜くことができるだろうか。

 だが、ニッキーがもたらすものは脅威だけではない――――

 

 「――――タンドール王国を襲撃し、ピラフを恫喝したのは貴様だな」

 

 「その通り、弱っちい奴らで簡単だったわよ」

 

 「プリカ、周りの連中は頼んだ」

 

 「……わかった、ソシルミ、がんばれよ」

 

 プリカは物分りよく俺を応援してくれている、大丈夫だ、俺も腕を上げた……!

 我が同門の命を奪い、間接的に、師や無関係の多数の人間達の命を奪った存在。

 そして、ピッコロ大魔王の封印、俺とピッコロ大魔王の試合、あらゆるものを妨害し続けた、まさしく 因縁の敵が、目の前に居る!

 

 「ゆくぞ、ニッキーッッ!!!」

 

 「相手してあげるわ!!」

 

 その言葉とともに、ひと息に降下するニッキー、それを追ってゆっくりと着陸する俺。

 まずはスタンダードな地上戦で腕試しをしようというわけだ。

 

 「あなた3年前は飛べなかったものね、まだ慣れていないんでしょ?」

 

 「やってみれば分かる、だが、今はこの戦いを楽しもう」

 

 軍勢の始末を任せたプリカには悪いが、やはり、俺はこういうのが性に合っている。

 強大な敵と楽しみながら戦い、カタを付ける、戦うならば、それが一番いい。

 だが、当のニッキーは、俺が楽しんでいるのは不満なようだ。

 

 「生意気ね!!」

 

 荒野を踏み砕き、飛び込んでくるニッキー!

 俺達は素手と素手を握りあい、4つの形になって力を試し合う。

 パワーは……ニッキーが上か!

 

 「流石は魔族ッッ!!」

 

 「人間にしてはやるようだけど、これで負けちゃうようじゃねぇ……!」

 

 またしてもパワー負け、今後が思いやれるが、これはいつものことだ。

 そして、同じパワー負けにしても、あの日戦った大魔王の、心技体全て揃った恐ろしさには及ばない。

 ならば、いかようにでも戦えるというもの、俺は握り込んだまま手を輝かせる、目的は硬質化ではなく、パワーの増幅!

 

 「まさか、こんなことまでっ!?」

 

 「刮目して見よと言ったはずだッッ!!」

 

 ニッキーの手をミシミシと握り込み、握りつぶさんばかりに締め付けると、たまらず蹴りが放たれる。

 まるで指相撲に負けかけの子供のように暴れるニッキーだが、その威力と技量はまさしく大魔族!

 手に負えなくなった俺は両手を開放し、土産に蹴りを叩き込んでニッキーを吹き飛ばした。

 

 「これで分かっただろう、技を残しているようじゃあ、3年の修行を経た俺には勝てん」

 

 「随分と余裕だこと」

 

 「出し惜しみはまどろっこしいというだけだ」

 

 「後悔するわよ…………ノドアメーっっ!!!!」

 

 甲高い叫びとともに満身に力を込めるニッキー!

 次に、体が一段膨れ上がり、その内包するエネルギーも一段増す。

 いわゆる変身、それも、ただの変形やギアチェンジのようなものではない、普段は抑え込んでいるパワーを開放するための変身だ!

 ただでさえ手に余る程のパワーが更に増したというのに、俺は興奮を抑えきれない。

 その興奮を抑えきれないということそのものが、さらに楽しい。

 

 「随分と男前になったじゃねえかッッッ!!!」

 

 「嬉しくないわよっ!!」

 

 不意を打つような飛び込み――――膝蹴り!!

 命中すればただでは済まぬそれを、スウェー、否、ブリッジの形で回避し、舞空術の応用で倒立。

 腕を曲げた逆立ちから、全身のバネと舞空術の瞬発力でニッキーを上方へと蹴り飛ばす!

 吹き飛んだニッキーは空中で態勢を立て直し、ビームの構えだ……が。

 

 「そんなちんけな技が俺に通用するかッッッ!!!!」

 

 「まどろっこしいのは嫌いなんでしょ? さっさと上がってきなさい」

 

 さもなくば、爆撃でもしてやろうか、とばかりに、大玉の気弾を作り出すニッキー。

 爆撃など、いくらされても荒野が更に荒れるだけだが、その通り、まどろっこしいのは好きじゃない。

 

 「乗ってやろうッッ!!」

 

 「そう来ると思ったわ!!」

 

 気弾を投擲するニッキー、俺は気弾の爆発を防ぐため、輝く手の防御と戦いの中で培った技術でそっと、しかし、しっかりと逸らす。

 俺は飛び上がる勢いをそのままに舞空術を発動、空中に舞い上がった。

 この惑星において数百年ぶり、俺にとっては初めての『空中戦』の幕が上がる。

 初めての戦い、新しい力の開放……、久々の、だが、何度やっても飽きない瞬間が来る!!

 

 「トァァァァッッッ!!!」

 

 「ひゃああああ!!!」

 

 俺とニッキーは激しく手足を交わし、離れては突撃を繰り返す。

 地上の戦いとはまるで勝手が違う、地上であれば、仕掛けたい技もないのにわざわざ敵から離れるようなことはしない。

 

 「なるほど、これが空中戦かッッ!!」

 

 「あら、初めてにしてはスジがいいようね……!」

 

 舞空術がもたらす力は踏ん張りとは似て非なるもの、全身を等しく移動させる一方でステップほどの鋭さのないそのパワーを生かすには、突撃か、固定されたまま手足を振るって敵に叩き付けるような戦い方が基本となる。

 即ち、連撃と激しい移動によるかち合いが戦闘のキモ。

 だが――――

 

 「俺がただ、新しい技に慣れ親しむなんてことはありえないなッッ!!」

 

 「何をしてくれるって言うのかしらっ!?」

 

 「こういうことを、さ!!」

 

 俺は意識して動きを変える。

 舞空術の動きを、いちいち止まったり加速を付けたりする動きではなく、舞空術そのものに慣性を持たせ、身体の持つ慣性と組み合わせて加速状態を常に維持し続けるのだ。

 連撃はその勢いを崩さぬままに鋭さを増し、幻惑は拳を鈍らせぬままに数を増やす。

 この技術こそ、3年の訓練の最大成果の一つ!!

 

 「き、器用なことするじゃないの!!」

 

 「器用は大得意だともッッ!!」

 

 3年前、神様は俺に、気の技を自らのものにしていないと言った。

 だが、我が物にしていないからこそ得られる見える世界が、使える技がある。

 大きな戦いが無くとも、最大の友の目が無くとも、それを忘れる俺ではない。

 強化された連撃を前に怯むニッキー、その隙を見逃さず、俺は全身を激しく回転させ、その勢いのままに回転踵落としを叩きつける!!

 

 「チェエリアアッッッ!!!」

 

 「きゃああああっ!!」

 

 ニッキーが地面に激突し、もうもうと煙が上がる。

 終わった……わけではない、まだ気は収まっていない、だが、趨勢はこちらに傾いた、後は決着を付けるのみ。

 周りを見渡せば、すでに魔族の姿はない、プリカが全滅させたか、あるいは逃げ出したか……。

 

 「ソシルミ! そっちも済んだのか!?」

 

 プリカが叫ぶのと同時に、俺の背後から悪寒がやってきた!

 それを避け、プリカに向き直れば、あちらも何者かからの攻撃を避け、体勢を崩していた、これは……!

 

 「ショウガヤキーっ!!!!」

 

 「ウナジューっ!!!」

 

 背後からけたたましい叫び、パワーの本流。

 身体をむくむくとふくらませる、深緑とねずみ色の魔族……ジンジャーに、サンショ!!

 

 「これで……3対1ね!!」

 

 ミント色のオカマ、ニッキー。

 深緑の小男、ジンジャー。

 ねずみ色の巨漢、サンショ。

 勢揃いしたガーリック三人衆は、それぞれ莫大なパワーと邪気を持って、俺達をねめつける。

 これは……まずいか。

 

 「すまんプリカ、遊びすぎたかもしれん」

 

 「……分担は間違ってなかったと思う、気に病むな」

 

 俺の強がりにプリカは慰めを返すが、俺には別のものも見えていた。

 俺は一人でニッキーに挑んだ、それは正しかったか?

 結果はこれだ、一人で戦いを挑んだ結果、ニッキーを仕留めきる事はできず、敵に合流を許してしまった。

 

 「あら、二人とも、ガーリックJr.様は?」

 

 「わかんねえ」

 

 「あのお方には別の用があるのかもしれん、神もピッコロも天下一武道会にかかりきりのはずなんだが……」

 

 3対2、1体ずつならば優勢になれる俺達と言えど、更に一人加われば、敵方の戦術の幅の拡大は測り知れないものがある。

 これは、予測できたはずだ。

 ……判断を軽率にしたのは、恨みではないか?

 そうだ、かつて起こされた惨劇の復讐をする、仇を討つ、それは傍目に見て、正当性のあるもの。

 だが、その正当な感情は……しかし、俺が本来選び取るようなものではないのだ。

 

 「俺がやりたい、なんて欲は、本来うまそうな好敵手だけに抱けばいいものを……」

 

 「何をぶつぶつ言ってやがる!!」

 

 ねずみ色の巨漢、サンショが俺に飛び込む、それが、戦闘再開の合図だった!

 

 「づあああっ!!!」

 

 「ハァーッッッ!!!」

 

 見るからに頭の回っていない単純な動きは簡単に捌けるもの、だが――――

 

 「抜け駆けは駄目よ!!」

 

 サンショの大振りな攻撃を回避した体勢では、ニッキーの攻撃を避けるのは困難!!

 流石に、二人がかりで平気でいられる実力差ではない、こちらも二人で望みたいところだが……。

 

 「すまんソシルミ、オレもかかりっきりだ!!」

 

 深緑の小男、ジンジャーがプリカに張り付き、俺を助けさせぬようにしている。

 分断されたことを悟ったその時、二人が異様な力を込めて、自らの身体に付いた巨大なイボかツノのような器官を掴み、気合とともに引き抜いた!

 

 「かあああああっ!!!」

 

 「ごおおおお!!!」

 

 そのイボは白刃へと変わり、剣のようにその手に収まった。

 これこそ、ガーリック三人衆が持つ最大のインチキ技、しかも、目の当たりにすれば更にその危険度が分かる。

 肉体から直接作り出された刃は、自らのエネルギーと馴染み、しかも本物の剣と同等かそれ以上に堅く、鋭い!

 

 「ひゃははは!!」

 

 「きええええい!!!」

 

 「――――ッッッ!!!!」

 

 『輝く手』の最大強度、舞空術を用いた自由自在な挙動、それらを持ってしてもなお……!

 

 「グッッッ……!!」

 

 「そろそろ限界のようね、流石に二人がかりじゃこんなものかしら」

 

 「へへ、いくぞニッキー!!」

 

 「そうね、サンショ!!」

 

 輝きがあれば、俺の手は鉄よりも硬くなる、だが、敵の剣はもとより鉄より堅く、本人のパワーも上乗せされ、技など無くとも斬鉄を可能とするレベルに達しているのだ。

 頬、髪、僧衣に切り傷が刻まれ、剣を防いだ手の骨がきしむ。

 反撃を可能とするだけの材料は見いだせない、このままでは――――

 

 「ひぃああああ!!!」

 

 「ずええええい!!!」

 

 並んで迫る魔族、一人だけならば、気力大移動で出し抜ける。

 二人ではどうにもならない、数の力は意識したことがなかったが……!

 

 「ツアアーッッッ!! ギィッ……!」

 

 俺の身体に更に傷が刻まれる、今更武器を出そうにも隙はない。

 どうすればいい、奇跡も今は品切れだ。

 

 「終わりだーっ!!」

 

 「まだ、元気いっぱいだぜッッ!!」

 

 「強がっちゃって、無理よ、諦めなさい!!!」

 

 目の前から振り下ろされる直剣、かくなる上は、腕の一本や二本、犠牲にしてでも刺し違えるしか――――

 

 「もらったわ――――ふへっ!?」

 

 その時、俺をあざ笑っていたはずのニッキーが、突然、間抜けな声を上げた。

 急いで目をやれば、ニッキーの身体を覆う、硬質な粘液としか表現できない、奇妙な物体。

 

 「へっへっへ……クソ魔族!!!! 借りは返させて貰ったぜ!!!」

 

 周囲を見れば、俺達からすれば極めてか細い気配を持った獣人。

 青紫とくすんだ緑に彩られた、超肉厚の翼竜――――

 

 「ギラン!!?」

 

 プリカが叫ぶ。

 

 「ケダモノの技の味はどうだい、じゃ、アバヨ!!!」

 

 それとともに、高速で滑空し、逃げ去っていくギラン。

 

 「は!?」

 

 思わず俺も声を出す、ギラン、ギランがなぜ!?

 俺が困惑している間にも、魔族は動く、その邪悪さ故に、仲間ではなく、敵へと向かって!

 

 「て、テメエよくもニッキーに汚えモンを!! ぶっ殺して――――グギっ!!?」

 

 その直後には、俺の輝く拳がサンショの首根っこを掴んでいた。

 

 「余所見だぜ、サンショ!!」

 

 「な、なんてこと!?」

 

 俺はそのまま輝く手に出力を集中し、サンショをねじ切る。

 拘束されたニッキーを殺すのは気が進まないが、ギランを殺しにかかったサンショは別だ。

 ……それでも決して気分は良くないのだが、ギランの復讐を悲しみで上塗りするつもりもない。

 俺は空元気気味に気合を入れて、叫ぶ!

 

 「そのグルグルガムが解けたと同時に、仕掛ける、かかってこい、ニッキー!!」

 

 

 

 

 俺とプリカは穴を掘り、ジンジャー、ニッキー、サンショの死体を埋める。

 魔族とはいえ、弔いはあってしかるべきだ。

 

 「……三人がかり、息のあったコンビネーション、5年後の悟空達には容易い相手だが……強敵だった」

 

 「やっぱ、おまえも思い出したんだな、映画のこと」

 

 「ああ、だが、まさかギランがやってくるとは」

 

 「……あれは、オレも驚いた」

 

 あの後、なんとかギランを捕まえて聞き出したところ、ギランは天下一武道会が襲撃される前に魔族に襲われ、殺されていたらしい。

 (というか、俺達については『顔も見たくない』ようで、それしか聞き出せなかった)

 多分、あの天下一武道会の裏で殺された武道家とは、ギランのことだったんだろう。

 そして、ギランはその屈辱を、黄泉帰った後もずっと忘れずに覚えていたのだ。

 仇について調べ上げ、いつか復讐する機会を待って、それが今日、この日だった。

 

 「敵わずとも、一矢は報いる……あいつもまた、過去の敗北と向き合う、一人の戦士だったとうことだ」

 

 俺がギランを褒めそやすと、プリカは露骨に明るい顔をしてみせた。

 対戦相手の成長、あるいは成功を喜ぶとは、まるで俺のようだ。

 ――――遠くの空に、邪悪な気配がする。

 

 「来るぞ、プリカ」

 

 「ああ、……これで、魔族との戦いも終わりか」

 

 本当ならば5年後に復活するはずのガーリックが、何故、今。

 奴が遅れてやってきたのは、何故だ。

 そんな疑問は尽きないが、ただ一つ、俺の胸には肯定的な感情もあった。

 何一つプリカに遠慮すべきことなどない、本来存在しないはずの歴史。

 そんな歴史の中、二人でひと暴れできるのなら……天下一武道会に参加できず、こんなところで戦うのも、悪くない。

 

 

→つづく

 




お久しぶりです、桐山です。
色々手間取ったりリアルが忙しかったりして、ちょっと遅れました。
モンハンライズのせいではありません、断じて、だって我慢してましたし!
……今からやります、モンハンライズ。


ということで、エイジ756年編開幕です!
天下一武道会編を期待してくださった皆さんには申し訳ありませんが、『オラの悟飯をかえせっ』です!
魔族との戦いは『転生地球人』のメインストーリーに大きく関わっている問題なので、あしからず。
やるからには、しっかりやりますので!


天下一武道会に向かうはずのソシルミとプリカは、魔族の手によってその乗機を撃墜され、本来望んだそれとは異なる戦いへと身を投じることになります。
しかし、その心にあるのは、無念ばかりではなく。
彼らの絆、彼らの作り出した歴史の一つの結節点がやってきます。
ガーリックJr.……かつて世界を混乱の渦に巻き込まんとした魔族との戦いは、彼らの心と運命に、一体何をもたらすのでしょうか。
次回もお楽しみに!

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