転生地球人が宇宙最強になるまで   作:桐山将幸

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第三十七話:転生地球人が空を見上げるまで

 俺は空の手を、軽く握る。

 そして、腕を前に差し出す、その先にある木の板……戸板を叩くために。

 だが伸ばされたその手は、小さく迷い、そして、止まった。

 

 「…………」

 

 声すら出さずに、俺はドアの前で立ち止まっている。

 逡巡している。

 このドアを叩き、中に居る人を呼び、話をしたい。

 だが、俺にその資格は、いや……単に俺が怖いだけか。

 俺は悟空の家の前で……、俺の相棒が間接的にか直接的にか、殺した男の家の前で立ち往生していた。

 既に、悟空が死んだという情報はその妻であるチチの知る所だ、だが、それでも……。

 頭の中でいくつも接続詞が並ぶ、考えがまとまらない。

 呆然と、数十秒も立ち尽くしていると、不意に、目の前のドアが開かれた。

 

 「あ、あの……なしただ、ソシルミさん?」

 

 現れたのは、悟空の妻……チチだ。

 この人生でもよく知った顔と声、俺とプリカと孫家とは、家族ぐるみの付き合いだった。

 そのチチはかなり憔悴している様子だ、無理もないだろう、復活が約束されているとはいえ、自分の夫、自分の息子の父親が死んだのだ。

 顔には泣きはらしたような跡がある、まだ寝不足にまではなっていないようだが、食事が喉を通らないのか、ほほは若干こけていた。

 

 「……すいませんチチさん、ノックもせず」

 

 「いやいや、とんでもねえだ、なんかはわかんねえけど、とりあえずウチに入ってけろ」

 

 気まずい。

 ただでさえ気まずいところに、モタモタしているものだから更に気まずさを重ねてしまった。

 家に迎え入れられた俺は、チチと居間の机越しに向かい合う。

 悟飯の気配がないが……。

 

 「ああ、悟飯ちゃんなら、悟空さが居ねえんでダダこねて、それから寝ちまっただよ……まだ、あのことは伝えてねえ」

 

 寝室のある方向を見て、チチは辛さをこらえるようにして小さく言った、俺も釣られてそちらを見る。

 チチは『ダダこねて』と言ったが、多分、悟飯は泣き疲れて寝たのだろう、それもかなり激しく泣きわめいたに違いない。

 視線をそのままにしていると、チチが不安げに俺に問いかけてきた。

 

 「ご……悟飯ちゃんがどうしただ?」

 

 「いえ、ただただ申し訳ない、と……すいません、本題に入ります」

 

 父の不在に大きく揺らぐ悟飯のエネルギーは、だいぶ前から俺も感じていた。

 4つの子供に、父親の予想外の不在はこたえる。

 だがそれはあと一年続き……そして、俺はそれを伝えなくてはいけないのだ。

 

 「チチさん、悟空が神様の所で鍛えていたのは、知っていますね?」

 

 「あ、ああ、それが何かしただか?」

 

 「悟空はサイヤ人の攻撃から地球を守るため、神様より偉い、宇宙の一角を仕切る大物、界王様のいらっしゃる地に修行に行くことになりました」

 

 「神様でも途方もねえのに、今度はその上だか……」

 

 チチは素であろう、現実感を失ったような声でぼんやりとつぶやいた。

 だが、これは現実だ。

 

 「問題は……界王様のいらっしゃる場所、界王星という場所は、あの世に存在していることです」

 

 「……それって、悟空さは、甦れねえってことだか?」

 

 空間の温度とでも呼ぶべきものがぐっと下がる。

 チチは俺に遠慮しながらも……こちらを見る目は座りかけていた。

 

 「あと一年、サイヤ人が来るギリギリまであちらで修行して、急いで地球へと帰ってくる、という形になるかと」

 

 「そう、だか、あと一年……」

 

 一年という月日は、人生には短い。

 だが、若き夫婦と4歳の子供には、大事な時間だ。

 それを奪う当事者になっている事実を、俺は改めて意識する。

 だが、それでも、界王様の元で習得出来る技術とパワーは、これからの戦いに欠かせない。

 プリカが悟空を間接的に(と、思いたいが……)死なせたのも、そのためだ。

 

 「ま、まあ、武道家としてこれ以上の名誉はねえだよ、宇宙の神様みたいな人に面倒見てもらえるんだべ?」

 

 チチは強がっている、武道家としての洞察力やエネルギーを読む力を使わなくたって、はっきりと分かる。

 

 「……そうかもしれませんね、出来るなら俺が行きたかった」

 

 「だめだソシルミさん!!」

 

 「ッッ!!?」

 

 「……す、すまねえだ、声大きくしちまって、でもソシルミさん、自分からそんなこと言っちゃ、だめだよ」

 

 無神経が、こんな場面でもついてまわる。

 俺は何も言えなくなり、しばし黙り込む……だが10秒も経たないうちに、チチは新しい質問を振ってくれた。

 

 「それで、悟空さは何か言ってただか?」

 

 「はい、貴女と悟飯くんには済まない、でも……」

 

 「でも?」

 

 「わくわくする、と」

 

 チチはキョトンとした顔になって、ほんの少しだけ、笑みを浮かべた。

 いや、確かに空気が和らいだが、その評定を笑みだと思ったのは俺の見間違いかもしれない、それほど小さな、ほんの小さな動きだ。

 

 「やっぱそうだか、悟空さらしいだ……、それで、他にはどんなことを言ってただか?」

 

 「他に……ええ、そうですね……」

 

 確かに、悟空がチチに伝えようとした言葉はまだあった。

 だが、それを俺の口から言うのは……はばかられる。

 そんな俺の葛藤を見抜いたか、あるいは終わらせようとするように、チチは小さく身を乗り出して、俺に問いかけた。

 

 「……なあ、ソシルミさん、あの……プリカちゃんは、結局どうしたんだか?」

 

 「プリカは……」

 

 俺は、息を飲む。

 

 『もう、おまえは信用できない』

 

 数時間前の、まだ生々しい記憶が蘇ってくる。

 

 『おまえの所には帰らない、おまえとじゃ戦えない』

 

 息を荒げそうになっては抑え込み、なんとか、チチの言葉に答えた。

 

 「……プリカは……俺とは来れない、と、……本当なら、説明と、詫びを入れるためだけにでも、連れてくるべきでした、が」

 

 プリカの拒絶に負けた俺は、それを言うことすら出来ず、すごすご立ち去ってしまったのだ。

 今まさに言った通り、本当ならしっかり食い下がらなければいけなかったのだが……俺には、それすら出来なかった。

 

 『おまえは勝手にすればいい、もう、どうでもいい』

 

 つばを飲み込もうとして、舌が動かず、空気だけを飲み込む。

 

 「私はそこで……すいません、ただ、弱かったんです、チチさんは夫を、悟飯くんは親を失ったと、いうのに……」

 

 「ソシルミさん、そんな顔しないでけろ、プリカちゃんのことで一番つらいのはソシルミさんだ、おらに気を使うこたあねえだよ」

 

 「……顔、そんなにひどいですか」

 

 俺は自分の顔を、ようやく意識する。

 ひどく歪んでいる、それに、触った感触もおかしい、青ざめているのだ。

 

 「は、はは、すいません……まだ、ちょっと、調子が上がらないようです」

 

 「無理しない方がいいだ、ちょっとくらい休んでも……」

 

 「いえ、大丈夫、それよりチチさん、まだ何か聞きたいことは?」

 

 「……それで、悟空さはなんて? 多分、プリカちゃんのこと言ってたんだよな」

 

 チチはついに、核心を突いた。

 俺は一瞬、口の中で言い訳を転がすが……どうにも、うまい言い訳も言い換えも思いつかず、そのまま直接、悟空の言葉を伝える。

 

 「…………分かりました、悟空は……、ちょっと痛かったけど、みんなが無事でよかった、プリカがこんな手を使ったのも、去っていったのも理由があるはずだから、怒らないでやってくれ、と」

 

 「やっぱ、悟空さらしいだ」

 

 そう言いながらチチは笑おうとして、悲しみと笑みの間でせめぎ合ったような顔になる。

 怒りの色はない、だが、プリカに何も思っていないなんてことはないだろう。

 筋斗雲に乗れる人間であっても、人の親、人の妻となれば、恨みつらみ、悲しみと無縁ではいられないのだ。

 俺はもう一つ、言わなくてはならないことを思い出し、それを口にしようとして、チチが蚊の鳴くような声で吐き出した言葉を聞き……口を、体全体を凍てつかせた。

 

 「でもおらは、これから先……あと一年、おらだけで悟飯ちゃんの面倒を見ねえと……」

 

 「…………」

 

 俺はここに来て、言葉を失った。

 どんな言葉も情報も、プラスには繋がらないことが分かってしまったからだ。

 でも、それは当然だ。

 一番欲しいものが、ここにはないのだから。

 

 

 

 

 「――――神様は彼等サイヤ人に対抗する力を得るため、悟空をあの世の彼方にある小さな星へと送り出し、そこに住む宇宙の管理者によって鍛えてもらうことにした、というわけだ」

 

 ホワイトボードに描いた界王星をぐるぐると何度も囲んで強調し、観衆に目配せする。

 俺は今、カメハウスにて、戦士その他の仲間達に、現在地球に迫る危機について説明中だ。

 観衆達は思い思いの反応を取りながらも、俺の伝えた情報に興味しんしんと言った様子である。

 

 「悟空やプリカとおんなじ体つきで、もっともっとパワーがとんでもない連中か……」

 

 「オレたちもウカウカしてられないな」

 

 「あらヤムチャ、ちょっとは覚悟決めたって感じじゃない」

 

 「ま、まあな、ヘヘヘ……」

 

 クリリンやヤムチャ、ブルマは割と調子がいい。

 悟空を信頼しているのだろう、あいつが何倍にも強くなって帰ってくるなら、倒せない敵なんてない、と。

 悟空への信頼と友情は同じくしていても、実際の知識を持っている俺とでは感覚が違うのだ。

 

 「神様より更に偉いお方かぁ、悟空ももう、わしにとっちゃあ雲の上の人じゃのう」

 

 「しかし亀仙人さん、わたしたちにとってはまだまだライバルです」

 

 「これから一年、天さんと頑張る!」

 

 「しっかし悟空のヨメも大変だよなあ、あと一年も、あの悟空のガキを面倒見なきゃならねえんだか――――あいたぁ!!」

 

 ウーロンがブルマに蹴飛ばされた。

 

 「よしてやってくれ、事実だからな、だが悟飯くんはいい子だから、手はかからないはずだ」

 

 「ちょっとくらいは怒ってやりなさいよ! あんた、自分の彼女のことでしょ!!」

 

 「いや、プリカはもう俺とは終わりだと……この話はいい、元の話の続きをしてもいいか?」

 

 「あんたねえ、そういうときは……」

 

 ブルマはまだ何か言いたそうにしているが、キリがないし、流石にこんな話に付き合わせ続けたくはない。

 身振りと、視線を使って話を切り上げて、強引に次の話を始める。

 

 「さて、ここに皆を集めたのは、これから起こる危機の周知と説明のためでもあるが、本題は違う」

 

 「違うって言うとなんだ? 一緒に鍛えるとかか?」

 

 「ここに集まってもらった武道家の皆は、天界に……神の住む神殿に向かい、そこで鍛錬を受けてもらう、これは神様直々のご指示だ」

 

 「神様が……」

 

 クリリンが、感慨があるのだかないのだか分からない感じでつぶやく。

 凄まじいことだが、実感は沸かないだろう、俺や悟空と言った戦友が既に面倒を見てもらっているのだ。

 ここに居る皆にしてみれば、偉大な権力者だとか文字通りの神というよりは、知り合いの師匠と言ったところだろうか。

 

 「皆って言うと、オレやクリリン、それと天津飯やチャオズか……もしかして、武天老師さまも?」

 

 「ご指示にはないが、行けば鍛えてもらえるだろうな、……お望みであれば、話は通しておきますが」

 

 「年寄りにムチャ言うでないわい!!」

 

 亀仙人は続けて、『しかし、わしと鶴の弟子が神様のもとで、か……』と、何やら感慨深そうにつぶやいた。

 仙人と名乗っているからには、神様とも何か繋がりか、そこまでではないにしろ、思い入れがあるのだろう。

 

 「……これで俺の用事は終わりだ、何か質問でもあるなら今のうちに頼む、俺はすぐに出るからな」

 

 「なんだよソシルミ、ちょっとくらいゆっくりしていけよ」

 

 「なら、ソシルミ、おまえも神のもとで修行するのか?」

 

 クリリンによる引き止めと天津飯の質問が、同時に飛んできた。

 俺はひとまず、天津飯に答えることにする。

 

 「俺と悟空が受けた修行は、ピッコロごと神を殺し、新たな神となるべき人間を育てる修行だ、力だけが目的だったわけじゃない」

 

 「なるほどな、技術面で神に教わることはもうない、パワーやお得意の新技はこれから身につける、ということか」

 

 「……ああ、次は明確な目標がある、決してしくじりはしない」

 

 技に磨きをかけ、パワーを身に着け、サイヤ人を打倒しなければ。

 俺には、その責任がある。

 

 「ソシルミがここまで本気になるなんてな、一年後が恐ろしいやら楽しみやら、どっちにしろ、サイヤ人はよっぽどヤバい相手みたいだ……!」

 

 「ええ、ヤムチャさん、ぼくたちもウカウカしてられませんね!」

 

 「サイヤ人の次はおまえだぞソシルミ、次の天下一武道会でやっつけてやる!」

 

 「次……か、次があれば、必ず戦おう」

 

 というのも、第23回天下一武道会の後、ピッコロが二度も現れたことから内外で反発が活性化し、武道会の次回開催は無期限延期となったのだ。

 武舞台周辺の破壊はピッコロの性格の変化によって起こらなかったが、開催するべき人々が嫌がっているのでは、仕方ない。

 

 「オレもチャオズと同じ気持ちだ、次は孫もおまえもプリカも打ち倒し、鶴仙流と新鶴仙流の最強を証明してやる」

 

 「モテモテじゃなソシルミ、この騒動が終わっても、おまえさんはしばらく退屈せんですみそうじゃの」

 

 皆、やる気だ、……眩しいほどに。

 その眩しさを見れば見るほど、これから始まる死地を知らせず、ただ強い敵が来るとだけ言って戦わせることに、欺いているかのような心苦しさを感じる。

 ……いや、実際欺いているのか。

 そんな俺の苦悩を知ってか知らずか、ヤムチャがふと思いついたといったような感じで俺に話しかけてきた。

 

 「なあ、ソシルミはどこへ行くんだ? その、言っちゃあ悪いんだけど、一人の家じゃ流石に寂しいだろ、オレたちと天界で一緒に鍛えようぜ」

 

 「そうじゃな、ずっと前に断っといて今更じゃが、わしもちょっとは手伝えるぞ、そうじゃ、かめはめ波でも教えちゃろうか?」

 

 「……お気遣いありがとうございます、ですが、私は今回の一件の処理が終わり次第、道場に戻るつもりです」

 

 そうだ、プリカが森に帰ったように。

 俺がそんな風に考えて沈黙を味わっていると、天津飯はくつくつと笑って、俺を見た。

 

 「しかし、おまえとプリカが別行動を取るとはな、一体何を企んでいるのやら」

 

 「レッドリボン軍の件は済まなかった、今回は……何も企んじゃいないさ、別行動じゃなく、もう終わったんだ」

 

 「おまえとプリカが?」

 

 「ああ」

 

 俺は結局、あの日と同じく……皆をごまかし続け、事態をコントロールしようとしている。

 自分で勝手に背負ったと言えば、そう言えるが、これは辛い役目だ。

 プリカの俺を睨む目が、責める声が恋しい。

 俺のやろうとすることを、ただ批判してくれるだけでいい、その後で結局、同じことをするとしても……それは、間違いなく俺にとっての救いだったのだ。

 ……もう、行かなくては。

 

 「質問もないようだし、俺はもう発つことにする、カリン塔には、なるべく早く出向いてくれ」

 

 「のうソシルミ、次はどこに行くんじゃ?」

 

 「次は、神様に説明が終わったとお伝えして、それから鶴仙流道場で鶴仙人様にことの次第を、それが終わったら、今度は魔界、それも終わったら家で荷造りして、道場に向かいます」

 

 「ず、ずいぶん忙しそうだな……」

 

 クリリンが引いているが、俺の飛行速度はジェット機以上、移動時間はそうかからない。

 何より、これらの組織と話が出来るのは俺しかいないのだ。

 

 「少し頑張りすぎじゃぞソシルミ、ちょっとは気を抜かんかい」

 

 「大丈夫です、悟空やあいつほどじゃないにしろ、俺の体は丈夫にできてますから」

 

 「……これは重症ねえ」

 

 「それでは、失礼します」

 

 俺は(窓からでもいいのだが)一応ドアから出て、空へと飛び立つ。

 舞空術の感触は良好、あと3日くらいなら飛んでいられるだろう。

 

 

 

 

 有力者が放つエネルギーと地図だけを頼りに飛ぶ空だが、世界中に点在する施設を順繰りに回っていけば、次第によく通る航路というものも出来てくる。

 これまでなら、つまらない、気に食わないので経路から外してしまうような航路もあるが……今はそれどころではない。

 俺が今差し掛かっているのはそんな地域、なにもない、ただ奇妙な岩だけが転がる荒野だった。

 

 「戦力が足りん」

 

 俺は風に溶かすように、小さく一言だけ呟く。

 ナッパがラディッツの数倍の強さ、ベジータは更に数倍……もしナッパを倒せたとしても、今度はベジータが俺達に牙をむく。

 いや、そもそも悟空の帰還タイミングそのものが曖昧だし、ピッコロのミスではなくプリカの故意によって(なのだろう、俺はまだ信じられないが……)呼び出された二人がどう振る舞うのかも分からない。

 いくら地球の戦力が底上げされていて、俺と、おそらく来てくれるであろうプリカがいるとしても……。

 

 「伝えるしかないのか、あの言葉を、チチに……!」

 

 孫悟飯の戦力化。

 悟空は去り際、俺に一つ言葉を残していった。

 

 『それでよミソシル、悟飯のことだけどな……オラ、あいつはすんげえ力を持ってるって思うんだ』

 

 『……それはたしかに、俺も感じるが』

 

 『それなら話は早えや、なあミソシル、悟飯のことはおめえに任せた、もし悟飯の力が必要だと思ったら、おめえが鍛えてやってくれ!』

 

 『おい悟空、そんなことを気安く任せていくんじゃない!!』

 

 『悪いな、それと、チチが怒るから勉強だけはちゃんとさせてやってくれよ、じゃあな!!』

 

 ……悟空はそれだけ言って、逃げるように界王星へ向かっていった。

 あの言葉を真に受ければ、俺は悟飯を任されたということになる。

 悟飯を戦力化することを任された、ということに。

 

 「だが、それは……ッッ!!」

 

 あの傷心のチチから悟飯を奪うということ、幼い悟飯を戦わせるという運命を受け入れるということ。

 俺は失われた相棒を思う、あいつならば、そうするべきだと断ずるのか。

 ならば……。

 俺が思考の深みに入ろうと、しばし目を閉じた時、地平線の先から巨大な気の奔流が――――

 

 「――――シィッッッ!!」

 

 輝く手を使い、ビームを弾き飛ばす……が、続けて、超高速のエネルギー弾が降りかかった!

 

 「上からだとッッ!!?」

 

 俺は急な防御で死に体になりかけた体勢を強引に整え、それらの迎撃にあたる……だが。

 いかにして別方面からビームを。

 触り慣れないエネルギーだ。

 一体何故俺を、この地球に今更俺を狙う者など。

 思考はただ空回りし、ただ感覚のみが敵を捉え続ける。

 そして一条のビームと、エネルギー弾幕の先に居たのは……。

 

 「ふん、無様だなソシルミ」

 

 「……ピッコロ、いや……()()()()()!!」

 

 「ピッコロでいい、あれは偽名だ」

 

 俺が8年前に打倒したピッコロ大魔王。

 奴が今際の際に産み出した自らの分身……それが、マジュニア。

 言われてみれば、今まさに受けた奴のエネルギーには、元来のピッコロ大魔王に近いニュアンスを感じる。

 だが……。

 

 「8年前の『お前』とは大分様変わりしたようだな、ならば、この星を襲う危機のことも分かっているはず――――」

 

 「――――はぁっ!!!」

 

 飛び蹴り、ピッコロは突如攻撃を、否、この飛び蹴りは目くらまし、狙いは……!

 

 「回り込みかッッッ!!!」

 

 俺は振り返りながら、ピッコロの来る方角から距離を取る。

 ……3ミリの距離で、そのつま先が俺の鼻をかすめた。

 

 「ふん、やる気がないくせに、体捌きだけはいっちょ前か」

 

 「待てピッコロ、お前とも話がある、今は戦いに興じている場合では……」

 

 そう伝えても、ピッコロは一切聞く耳を持たない。

 いや、ほんの少しだけ嫌そうな顔を見せ、続けてニヤリと笑った。

 

 「なら、おまえが意気消沈し、オレと戦う気を失った今は()()()()というわけ……だっ!!!!」

 

 「ピッコロ――――ッッッ!!!」

 

 残像すら生み出さない超高速の踏み込みを前に、俺は輝く手を受けに使って全力で抗戦する。

 弾き、逸らし、迎撃し……総合力は拮抗していると言えるが、膂力と頑健性の面ではやはり一枚劣るか!

 ……いや、戦力分析をしている場合ではない。

 

 「何故だ、貴様ならば既にこの星をめぐる状況を理解しているはず、地球に住む者同士で相争っている場合ではない!!」

 

 「そういえばきさまはオレの耳の良さを知っていたな……だが、そんなことは……」

 

 ピッコロはそう言いながら、腕を下向きにクロスさせ、まるで両腰に携えた剣を抜くような姿勢を取った……来る!!

 

 「知ったことではなぁいっ!!!」

 

 「――――ッッッッ!!!」

 

 その勢いはまさしく抜刀!!

 だが、引き抜かれたのは、剣ではなく、腰に伸ばした腕そのもの。

 抜き放たれた腕は伸び、しなりながら荒れ狂う、ピンクと緑の暴風と化した!!

 

 「あの技の改良発展型かッッ!!!」

 

 「きさまの故郷で盗んだ技だぜ!!」

 

 かつてピッコロ大魔王が放った、体ごと伸ばした腕を振り回し、その猛威に隠した鋭い爪や肘、拳を叩き込む技。

 こいつが放つのはその発展型!!

 両腕をしならせ、勢いを付けて振り回しながらも、元の鋭さを失っていない、この動きは――――

 

 「ウルミか!! どいつもこいつもよく研究する!!」

 

 「どうだソシルミ、きさまの故郷の技の味は!!」

 

 「どうだもこうだも……ッッ!!!」

 

 俺はピッコロの攻撃を弾きながら考える。

 どうすればこの戦いを終わらせられるのだ?

 殺し技は論外、急所など、ピッコロに通じるかもわからん。

 手加減して勝てる相手ではないのは確かだが、それでも……!!

 

 「隙ありっ!!!」

 

 「ガ――――」

 

 どこからか飛来した光弾が、防御をする暇もなく俺の脇腹をえぐった。

 服と共に破れた、火傷と裂傷の混ざった大きな傷口からは血が溢れ……俺はヨガを保てず、傷口を手で抑える。

 完璧な奇襲……だが、受けてからならば、何が起こったのかはすぐに分かった。 

 この戦いの初めに放たれた光弾の一つが、静かに潜伏していたのだ。

 

 「もう一度言ってやるぜ、無様だなソシルミ、前のきさまならこんな奇襲はやろうとすら思わせなかったはずだ」

 

 「俺が平和ボケしたとでも?」

 

 「平和ボケ? 色ボケの間違いじゃないか? だが違うな」

 

 「それは一体――――」

 

 答えの代わりとばかりに、ピッコロは俺から距離を取る。

 逃げるのでも勝ち誇るのでもない、再びしならせた腕の軌道の形に、光の筋が見え――――

 

 「さあ、これはどうだっ!!!」

 

 「……まさかッッッ!!!!」

 

 俺はエネルギー攻撃を回避せずに防御する、よって、一対一で連射されれば、常にその攻撃の軌道は俺にとって丸わかりで、対処は容易い。

 だが、伸ばし、しならせた腕ならば違う、変幻自在で予測困難!

 ビームが来る!!

 

 「ヌゥゥゥッッッ!!!」

 

 輝く手、爆発する手、衝撃波、そしてソニックブーム。

 両手を使い実行できる防御手段をすべて駆使し、エネルギー弾を防ぐ……が、これは長くは持たない!!

 

 「技は衰えちゃいないようだな、ソシルミ!!」

 

 「ならば何が衰えたと――――……ッッッ!!!」

 

 続くビームの中から、ひときわ大きい塊が飛来する。

 目を慣らした上で新たな種類を投入か?

 いや、違う!!

 

 「グッッッ!!!」

 

 「遠距離戦から肉弾戦へ、これはきさまが望むはずのことだ、ソシルミ!!」

 

 ピッコロの光る腕!!

 ここに来て、こいつもこの技を使うとは……!

 

 「おまえお得意の肉弾戦だ、行くぞ!!」

 

 「……ッッ!!!」

 

 光る腕の激しい攻め手と、俺の輝く手が激しくぶつかり合い……。

 

 「どうしたソシルミ、得意分野でもこんなものかっ!!」

 

 技量ではこちらに一日の長があるが……鍛え上げたであろう武術、パワー、ダメージの差が……いや。

 認めたくはないが、押し負けているのは気迫の差!!

 

 「何故お前はこんなタイミングで、こんな気迫を……ッッ!!」

 

 「知れたことよっ!」

 

 叫びとともに、ピッコロの『八手拳』技が俺を襲う。

 八千拳で迎撃するも、不利は揺るがず……。

 何故ピッコロは俺を襲う、そして、何故、俺はこうも押し負けているのだ。

 鍛錬の量、質で負けているのか?

 そんなはずはない、ならば――――

 

 「曲がりなりにもきさまと決着を付けるチャンス、見逃してなるものか!!」

 

 「俺と……!!?」

 

 決着を。

 俺の刹那にも満たない動揺に、ピッコロの拳が襲いくる。

 

 「ルァアッッッッ!!!」

 

 「むっ!!?」

 

 防御、成功。

 

 「決着、だと……」

 

 俺は目の前のピッコロすら置いて、呟く。

 それを盗み聞いて、ピッコロは笑った。

 決着……何故、俺と決着を付けたいんだ?

 俺とピッコロは再び戦っている……なぜ、ピッコロは戦いたい。

 

 「そうだ、その顔だ、ソシルミ!!」

 

 「どの顔だ、ピッコロ!!!」

 

 何故俺と戦いたいのか、それは…………楽しかったから、だ。

 それ以外には、思いつかない。

 何故、あんな未練のなさそうな顔で、ピッコロ大魔王はピッコロを産み出したのだ?

 俺と戦うため、地球へのわだかまりなどない心で、俺と、たくさんの武道家たちと、競うためのはずだ。

 ピッコロが楽しく天下一武道会で戦えたのなら、それを教えたのは俺のはずだ。

 

 「すまなかった、ピッコロ」

 

 「何を謝る気だ、ソシルミ」

 

 答えの代わりに、猛烈に充実しつつある……いや、充実していたのを思い出した気を溢れさせ、その爆発力をもって、ピッコロに拳足を叩きつける!

 そうだ、俺は何をやっていた?

 戦いの充実! 生命の躍動!!

 これこそ、俺の人生の。

 

 「チェリアァァッッッ!!!」

 

 「ようやくやる気になったようだな、だが――――」

 

 互いの気が高まる、俺の手の形はもはや防戦ではない、殺さんばかりに尖った技で、ピッコロの戦闘能力を奪い取る構えだ。

 俺の頬は釣り上がり……いや、つり上がっていたのを、ようやく自覚した。

 最初から、戦いは楽しかったのだ。

 不敵な言葉をかけてきたピッコロの動きは、最早完全に把握している、何が起きようとも……。

 

 「――――魔貫光殺砲!!!!」

 

 「()ィァアアアッッッッッ!!!!!」

 

 これがピッコロの奥の手、光る腕に蓄えたエネルギーをそのままビームとして発射する必殺技!

 以前の戦いで犯した、チャージ中のエネルギーを叩かれ、暴発させた失敗を克服しつつ、俺の基本技である輝く手への対抗兵器として仕上げたであろう、珠玉の技術によって放たれる魔貫光殺砲。

 それを俺は輝く手の手刀で切り裂き――――

 

 「ごふっ!!!」

 

 「少々のことじゃあ死なないんだろう? ムチャさせてもらったぜ」

 

 ピッコロの胸にまで、突き刺した。

 

 「が、ふ……一体どうやって、ただの技でオレの魔貫光殺砲を……?」

 

 「全身全霊の気を一箇所に叩き込む……それは、俺の専売特許だ」

 

 「……さすがだぜ、単身で城を駆け上がり、父に立ち向かったあの日の心は、まだ持っているようだな」

 

 「いや、おかげさまで……思い出させてもらった」

 

 戦いは楽しい、この楽しさこそが……この俺の人生の、真髄だ。

 満身創痍の体から、パワーがいくらでも湧いてくる。

 

 「さあ、続きをやるか、ピッコロ」

 

 「もう十分だろうソシルミ、……サイヤ人とやらの次はおまえだ」

 

 ……そうか、ピッコロの目的は、俺に戦いを思い出させることだったのか。

 ならば、これは試合だ。

 俺は手を合わせ、ピッコロに頭を下げる。

 

 「ありがとうございました」

 

 「フン」

 

 

 

 傷を癒やしたピッコロはどこかへと飛び立っていった。

 ……あの戦いの最後、あの一合。

 その一合は、ここ数年味わえていなかった自分らしい戦い、そしてその楽しさを思い出させてくれた。

 あの楽しさこそが俺の人生の真髄、そして、俺はそれを元に生き、人を愛し、敵を愛し、世界を愛してきた。

 だからこそ、かつてプリカは俺を愛したのだろうし……仲間たちも俺を想ってくれている、そんな縁を結べたのだ。

 

 「プリカ……」

 

 だが、この眠りかけていた素晴らしい縁を叩き起こし、地球を強くしようとしているのは、プリカの選択だ。

 俺とプリカが選んだ道、それはどちらも間違いじゃない。

 でも、それでも……。

 

 「お前はどうだ、お前は、それで満足しているのか?」

 

 きっと、苦しんでいるはずだ。

 あいつは森なんか好きじゃない、ただ俺と同じ、耐えきれない板挟みの中で……。

 脳裏に、かつて亀仙人に投げかけられた言葉が浮かぶ。

 

 『一生懸命戦うっちゅうのは楽しいもんじゃが、だからこそ、戦いを通じて何を得たいのか、しっかり見極めんといかん』

 

 プリカ……。

 

 「……お前は何がしたいんだ? これがお前の本当にしたいことなのか? したいことだとして……方法は、ちゃんと合っているか?」

 

 俺は空を見上げる、なんでもない空を。

 俺にはやりたいことがある、そのために俺は飛ぶ。

 まず行く場所は、決まっていた。

 

 

 

 俺はしっかりと手を握り込み、ドアを叩く。

 

 「はーい、……ソシルミさん?」

 

 「チチさん、お話があります、立ち話で結構です」

 

 現れたチチの手を、両手で握る。

 

 「あ、あの……?」

 

 「プリカを連れてきます、そして、あんたに詫びを入れさせる」

 

 チチは、ぽかんとしたような顔で、それでも、しっかりと話を聞いてくれている。

 ありがたい。

 

「……悟空の言う通りプリカは悪くない、でも、それはあくまで判断の話だ、人の親、人の夫を奪ったプリカには、それを止められなかった俺には、責任ってものがあります、その分だけでも、しっかり頭を下げさせたいんです」

 

 「ソシルミさん……わかっただ、よろしくおねげえします」

 

 そう言ってチチは深く、深く頷いた。

 俺も頷き返し……そしてゆっくりと手を離す。

 

 「行ってきます、チチさん」

 

 「なんて言えばいいのかわかんねえけんど、とにかく、頑張るだよ!」

 

 俺はチチにおじぎをして、ゆっくりと浮遊する。

 ……今にして思えば、カメハウスで皆に誘われたのは、気遣いだけじゃない。

 あれは、俺が居ることは皆にとっていいことなのだと認められたということだったのだ。

 そしてそれは、プリカも同じだったはずで……ならば、プリカの居場所は、森なんかじゃない。

 

 「プリカ、お前の居場所は……」

 

 皆の中にあるはずだ。

 俺の隣では、なかったとしても。

 それを正すことこそ、プリカを再び森から引きずり出すことが、俺にとって、やらなくてはならないことだ。

 心の底から、やりたいことだ。

 俺はプリカの居る空をじっとにらみ、舞空術の速度を全開に飛び立った。

 

 

→つづく




お久しぶりです、桐山です。


地球を救うためではなく、愛する人のためだけに。
男は戦いへと赴きます。
掛け金は命ではなく、この世界においてはそれよりも尚、大切なもの。
その人の愛?
それとも……。

次回もお楽しみに!
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