死体が、降ってくる。
真っ黒な空間を引き裂いて、死体が降ってくる。
その死体のほとんどは、俺にとって全く見覚えのない死体だ。
肌の色は、メラニンの多寡によって決まる白から黒……地球人の色だけではなく、この宇宙のあちこちから集められた、様々な色だった。
地球の軍隊、フリーザ軍、魔界の軍勢、有志の武道家たち……。
俺はしゃがみ込んで、そんな死体を見上げていた。
体を覆うのは偏袒右肩ではなくて、ただのシャツとGパン、手には……いつの間にか、千切れた鎖が握られている。
この鎖は……見覚えがある気がするが、全く、思い出せない。
セルに必殺の一撃を防がれ、反撃に倒れた俺は、いつのまにか、かつて範馬勇次郎と出会ったあの空間にいた。
そこに、この地球で死んでゆくたくさんの戦士たちの死体が降ってきている。
これは……少なくとも、ただのまぼろしじゃない、これは俺が、神の弟子としての力で認識した、真実の光景だ。
この地球で死んでゆく戦士たち、俺とプリカが変えた歴史に翻弄され、死んでいった戦士たち。
それを仰ぎ見る俺の姿は、あの日……アエ家を勘当された5歳のときに戻っていた。
……いや、俺はあの時から、何も変わっていないんだろう。
周囲に、世界に無邪気な期待を抱いて、無茶をして……当然のように裏切られた、無茶の報いを向けたあの日から、あの自分から、何も変わっていない。
俺は今も、世界を引っ掻き回しながらも、本当に迫る危機にはまともに目を向けることも、対処することもできず……。
挙げ句、このザマだ。
「……これまでも、同じか」
俺はずっと多くの命や、物語を壊してきた。
そして……、この死体の山は、間違いなく俺……『アエ・ソシルミ』が築いたものだ。
この臨死体験が、本当の死に向かっても、仕方ない。
いや、死ぬべきとすら言えるのかもしれない。
……別の世界から転生してきた人間は、転生者は、本当にあの世に行けるのだろうか。
今となっては、行ける方が怖い。
どんな顔をして、神様や閻魔様、敵や仲間達と会えばいいんだ。
仲間……。
「……皆は」
皆のことを思って、俺は目を瞑る。
瞼の裏に映るのは……この地球全土で繰り広げられる戦いだ。
悟空達とフリーザの戦いは、もう始まっている。
カプセルコーポレーションの宇宙船は精鋭部隊を運んで宇宙に上がって、フリーザ軍の司令船に向かって敵中突破。
宇宙からのレーザー砲火は……どこからか発生した濃い暗雲が、受け止めてくれているらしい。
ピラフは、タンドール王国の首都防衛のため、改良されたピラフマシンを駆り、師匠とともに戦っている。
シュラをはじめとした魔界の魔族と、方々から集めた残党の魔族達は、フリーザ軍の最後の主力と今まさにぶつかろうとしていた。
これもまた、真実の光景だ。
「皆は、勝つ」
俺は信じている、地球はフリーザ軍を破り、武道家はフリーザを破り、平和は必ず取り戻される。
俺は信じている、皆の勝利を。
……まぶたを開いて、俺は、俺の作った死体の山を見る。
これが俺の最後に見る光景だとしても、俺はそれでいい。
だが、何度目を閉じても、プリカだけは、見ることができない。
それは……きっと――――
ソシルミを背負って膝をついたオレの眼の前で、セルがたじろいでいる。
「なっ……あ!!? バカな、ただの鉄剣などがわたしの体に――――」
「たあけたこと言うとったらかんわ!! バケモンでも刀は刺さるもんでしょーよ!!!」
「くっ……!! このっ!!!」
ヤジロベーの刀が、セルの背中に、深く突き刺さっていた。
オレとセルは一瞬だけ、我を忘れるほどに驚いて――――
慌てたセルがヤジロベーを殺しにかかるよりも、隙を伺っていたオレの口が開く方が、ほんのわずか、更に一瞬だけ、先だった!!
「――――あが!!!!」
オレの口から放たれたビームが直撃し、セルがうめき、しがみついていたヤジロベーが叫ぶ!
「ぐっ……!!」
「ぎゃあ!!」
セルは数十メートル先の瓦礫へ、ヤジロベーは近くの道路へと吹っ飛んだ。
荒っぽいやり方になったけど……命は救えた。
ヤジロベーは刀を握りしめたまま、小さく呻いている。
「用心棒……そういや、通信で聞いてたな」
ヤジロベーのことを、オレはほとんど、元の歴史の情報でしか知らない。
空も飛べない、ビームも打てない、でも……腕っぷしは一線級。
クリリンを殺した魔族を殺し、そいつを平気で食って、そのまま食い気で魔族に戦いを挑める豪傑。
強大な敵を相手に逃げ腰になりながらも、最後は悟空たちを助けてくれる男。
……オレは、ソシルミのように、興奮して笑いたくなる、泣き笑いを浮かべたくなる。
元の歴史でも戦士たちの窮地を救ってきたこの男が、オレたちの前に、ソシルミの前に、きてくれたんだ。
「い、いちち……助けてくれたのはわかったけどよ、ちょう、やり方ってもんが……」
「用心棒の人!! 一個だけお願いがある、こいつを、ソシルミを頼む!!」
「……そこらに寝かしたるくらいならええが」
オレは頭を下げながらヤジロベーとかけよりあって、ソシルミを預ける……。
そのとき、千切れた帯から、小さな鉄のかけらがこぼれた。
「おっと、危ない……」
そのかけらはそのまま、オレの手を介して、ジャージのポケットに収まった。
……いや、なにが危ないんだ?
オレはどうしてこんな小さなかけらを……。
それを問うより早く、向こうで瓦礫の吹き飛ぶ音!!
「ふ、ふふ……ここに来てデータにない強者が現れるとは、さすがにパワーはそこまでではないようだが、もう油断はせんぞ、ソシルミもろとも葬り去ってやる!!」
ぐちゃ、と嫌な音を立てて、セルの背中のキズが体液を吹き出しながら塞がる。
それを感じたヤジロベーは、ひどく怯えた顔をして、ソシルミを叩いた。
「わわっ!! お、おい、おみゃーさん!! はよ起きやあ!! おみゃーさんの親父も来とるんだぞ!! さっきは……いっ!!!!?」
ヤジロベーの爆弾発言にオレが驚くまもなく、先にヤジロベーが驚きの声を上げながらソシルミを投げ出した!
ソシルミの体はぐにゃりと曲がりながらやけに大きく転がって、音を立てて仰向けになる。
なんてことをするんだ、そう言いかけて、オレはすぐに自分の心がまともじゃないのを思い出して、黙ることにした。
「わ、悪り……でも、おい、こいつ死……」
そこまで言ったところでヤジロベーはオレの顔を覗き込んで……。
それはほんの一瞬の出来事だけど、それだけで、多分ヤジロベーには、全部伝わったんだと思う。
「わかった、ピッコロん時もなんとかなったしな……おみゃあさんのこと信じてみるわ、でも……」
「でも?」
「やつにゃかなわん、ごぶれいさせてちょ」
「助かった、じゃあな、用心棒の人」
ヤジロベーがソシルミを寝かせて去っていくのを後ろで感じながら、オレはなにかを、ひしひしと感じていた。
なにか……表現さえできないそのなにかはきっと……。
オレが次にすることを心に決めて体に力を込めると、セルがない鼻を鳴らして、オレを笑う。
「ふん、みすみす援軍を手放すとはな」
「待っててくれたのか、セル」
「後はきさまを殺せば終わりだ、少しくらい余裕に浸ってもバチはあたらないだろう?」
違う、セルは恐れている。
不意打ちで少し切り込まれただけでも、もうヤジロベーを警戒しきってしまうほどに。
人間というものを恐れているんだ。
そして……オレは、その恐れを真実に変えられる確信がある!!
オレはわざとらしくニヤっと笑ってやりながら……後ろへと、手放したばかりのソシルミのところにぶっ飛んだ。
「なっ!!」
「ははは! ビビってるな、セル!!」
そして、ソシルミをまた背負う。
馬鹿げてる、せっかく離したなら、セルを弾き飛ばしてさらに遠くに逃げるのが普通のはずだ。
オレは金色の気がかすれるほど、力を使い果たしている、ソシルミ一人分だって、抱えながら戦うにはあまりにも……。
でも、オレは………ソシルミから、離れるべきじゃない。
「ふざけた女だ、そんなに好きなら、早くソシルミのいるあの世に向かうんだな!!」
立て続けに気弾を撃ちながら、セルはいらだちを込めて叫ぶ。
そこから続くのは、ビームの連打、続けて、キックとパンチ、それらを織り交ぜた動きを、オレはなんとかかわして、弾いて、飛び退いて……
ジャンプの最中に足がもつれて、空中で動きを制御できなくなった。
「あっ――――」
かすんだ目に、ビームを蓄えたセルの指が映る。
ヤバい、舞空術じゃ回避が……。
……そう思った次の瞬間、うまく地面に足がついて、オレはそのビームをうまくかわしていた。
セルが目を見開いて、ぶつぶつと喋る。
「まさかあの状況から避けるとは、わざと誘ったか? やはり、油断もスキもない……」
「…………」
セルはじっとオレを睨んで……にらみ合いの末、大玉の気弾を飛ばしてきた。
「……っ!!!」
気弾を避けたところにビーム、続けて本人……!
さっきと同じような、きついコンビネーション攻撃だ。
オレに体力の余裕はない、限界ギリギリの回避を選ばないといけないシチュエーションだけど……!!
それでも、オレは繰り返し飛び跳ねて、体を大きく揺らすような回避を選んでいく。
「どうした、ヤケになったか!! それとも、もはやゆっくりかわす余裕すらないか!!?」
「…………………」
何度も何度も、繰り返す。
削れていく命と相談しながら、確かめるように。
「よし!!!」
最後に、オレは大きく声を上げて――――
――――ソシルミを背中からはがして、巴投げで飛ばした。
「えっ!!!?」
セルは口をだらしなく開けて驚くのを横目に、ソシルミを見れば……ソシルミの体は背中から落ちて、放り出された腕が地面を叩いた。
驚いたままのセルを放っておいて、オレはソシルミにかけよる。
「な、なにを……」
こればっかりは答えられない、オレはソシルミの手を握って、手首を激しく半回転――――
――――オレの体が、空中で一回転して、ソシルミとともに着地した。
「は、ははは、はははははっ!!!!」
オレは笑う、笑い出す、笑わずにいられるか。
かすれた気が戻ってきた、今ならこのまま自分で戦える気までしてきた。
セルもいよいよ、なにかヤバいことが起きていると気づいたらしい。
「この死にぞこないが……、なにができるとも思わんが、チリ一つ残さず消し飛ばしてやる!!」
わかりやすいセリフを吐いて、セルはかめはめ波を作り始めた、避けるのはムリ……でも。
でも、今のオレたちは、運が向いてる。
そうだ、ソシルミが作った運、ソシルミ自身の働きじゃない、だからこそ、純粋に、ソシルミの行いが帰ってきたといえるんだろう。
「喰らやあ、バケモンがあ!!!」
……そう、天高く飛び上がって、セルを狙うこのヤジロベーの姿も。
「気づいていないとでも思ったか、やはりただのど素人だっ――――」
セルはそれ以上のことを言えなかった。
自分が撒き散らす気の奔流を遡って飛んでくる、小さなホイポイカプセルに、気づかなかったからだ。
それは爆発音を立てて膨らみ、一個のエアカーになった。
押し出されて、踏ん張るまもなく打ち上がるセルと、ヤジロベーの軌道が交差する。
「ホ、ホイポイカプセ……ぐあっ!!!!?」
ヤジロベーの刀が、セルの体を貫いた!
「ちっ、やっぱ殺すにゃ足らんか、でもよ……!!!」
そのまま、二人の体は浮き上がったエアカーに向けて落下し……貫いた刀が、その座席に突き刺さる。
そして、無茶な姿勢のまま、ヤジロベーは片手でハンドルを掴んで、伸ばした足でアクセルを踏みしめた。
「オレがバケモンほかったる! なんかすんなら、はよしやあ!!!」
強がりだ。
セルが正体を取り戻せば、一瞬で殺される実力差なのはヤジロベーもわかっているはず。
……それでもヤジロベーはイザというとき、打算があるのかないのか、命を賭けてでも矢面に立って人を救える男だ。
オレの男の部分が震える、いい男だ。
その男気に答えるため、オレは二人の行く先に目もくれず……ソシルミに向かう。
ソシルミの体は、揃って着地した時と同じ、立ったままの姿勢だった。
精密に力を制御して、オレは、ソシルミを殴る。
「だっ!」
拳が、受け止められた。
「ふんっ!!」
クローの手首が、弾かれた。
「しっ!!!」
フックが、かわされた。
間違いない、ソシルミは、ソシルミの体は……。
意識がないまま、いや、もしかしたら本当に死んでいるまま、オレの技に、対応しているんだ。
「……体が技を覚える、それを信頼する……確か、あったよな、刃牙に!!!」
オレは更に攻撃を仕掛ける、ソシルミはそれを捌く……繰り返されるサイクル。
その手が重なる瞬間に、オレの気を注ぎ込んでいく。
「なあ、ソシルミ」
そう、ソシルミの体が動く瞬間だけ、それができる。
オレの心を、つぎ込んでいく。
ヤジロベーの車が向かった先から爆発が起こって、……炎の中から、セルだけが現れた。
急がなくちゃ……なあ。
「まだ、そこにいるんだよな?」
ソシルミがゆっくりと手を広げていく。
死んだはずの体が、鍛え上げた『武』だけを、受け入れている。
オレよりずっと前から、ソシルミを支えてくれた相棒が、オレと触れ合う。
こいつならきっと知っている、あいつがどこにいるのか。
だから。
頼む。
「連れて行ってくれ―――――」
ひどい剣幕でなにやらまくし立てるセルを背に、オレは願う。
……ソシルミの手が願いに答えて、オレの頭を中心に音を立てて閉まった。
叩き潰された耳から血を吹き出すオレを、ソシルミの体は抱きしめた。
余計な音は、もう聞こえない。
もはや耳に入らない敵意に満ちた叫びと、必殺の意思の籠もった光のかたまりを背に受けながら。
オレは、最後かもしれない冷たい抱擁を楽しんだ。
落ちてくる死体の中に、一つだけ、目をひくものがあった。
見覚えがある。
それは、一度だけ見たことのある、旧型の戦闘服で。
「プッ………プ、プリカッッッ!!!!!」
死体の山の一つに墜落した人影、プリカを見て、俺は固まってしまった膝を、無理やり引き伸ばしながら、棒のような足を、棒として使って、歩いて……走る。
たどり着いた山に、飛び込むように乗って、俺はそれをよじ登り始めた。
罪悪感を思い出したのは、乗った後で、それでも、登るしか……見に行くしかどうしようもなくて、俺は手と足を動かす。
「プリカ、よ……よせ、おい…………」
たどり着く前から声が出ている、多分届いていない声でも、出すしかなくて、出してしまう。
死んだのか、だから来たのか。
いや、そんなまさか。
巡る思考と焦って動く体のせいで息があがって、めまいがしてきた頃、山の頂上にたどり着いた。
「ハァ……ハァ……、プ……リカ……」
古い戦闘服を着たサイヤ人の女の子。
サイヤ人の年齢はわからないが、俺と出会った頃よりしばらく若くて……それでも、はっきりと分かる。
これはプリカだ。
世界中の戦士達を幻視することができた俺に、唯一見ることができなかった……見るのが恐ろしかった、プリカが、ここにいる。
その意味……死体の山にプリカが落ちてきたその意味は。
俺がプリカを見るのを恐れ、見ることが出来なかった理由、そのもので……。
回っていた視界が黒くなりかけた時、その中心で、プリカの口が動いた。
「ん……」
プリカは……顔をしかめて、目を開けた。
「お……おい、プリカ!! プリカ!? 生きてるか!!?」
「え、えーっと?」
変な質問をした、そう思ったのと同時に、プリカも戸惑う声をあげた。
質問のせいか、この空間にか。
いや、もっと、何を言ってるんだお前が殺したんだろうと言い出してもおかしくない。
俺は吐き気をこらえながら言葉を待って――――
「そ……そっか!! ソシルミだよな、やった!!! 着いた!!!!」
喜色満面に俺に抱きついてきたプリカの行動だけで、何が起きたかほとんど完璧に教えられて、俺の思考は止まった。
「お前、どうやって、ここに……」
「あー、……ごめん、説明しにくい、それより、なんで若いんだ? 気というか、雰囲気でおまえだってのは、わかったけど、それにその鎖……」
「お前だって、最初に会ったときよりずっと若いだろ」
「え!? あ、ほんとだ」
プリカは自分の体や戦闘服をペタペタ触って、少しだけ目を細める。
立ち上がろうとしながら、足場の不安定さにぐらつくプリカに、俺は思わず手を差し伸べた。
プリカは、少し不安げにしながら、強く俺の手を握って、それを支えにゆっくりと立ち上がる。
しっかり直立したプリカの体は少し見上げるくらいで、繋いだままの手も、普段とは反対に俺の方が気持ち引っ張られるような感じだ。
ふと足元を見ると、山頂から山腹にかけて、どこから来ているのかもわからない光が、少しだけ高さに差のある影を作っていた。
一度も、俺達にこんな身長差の時期はなかった、でも……。
「そうだなソシルミ、なんか、懐かしい感じだ、……いや、それよりここって、前も来た――――」
ようやく落ち着いたプリカが周りを見回すと、当然、目には死体の山が写って、言葉が完全に失われる。
目を見開いて、乾いたつばを飲んで、震える口を開きかけて、閉じかけて。
プリカが何を言い出すか、判決を待つような気持ちでじっと見る俺の目を、プリカは睨み返して、鎖を持っていない方の腕を強く掴んだ。
「…………ッ」
俺が声を出すのをこらえて視線をかわしていると、プリカは更に顔をしかめて、強く目を瞑ってから開いて……。
俺の手を掴んだまま、死体の山の麓へと走り始めた。
「わッッッ!!? ッッッ!! ~~~~~ッッッ!!?」
「……行くぞ!!」
「どこに行くんだ!?」
「……………………知るか」
5歳の俺より大分背丈の高いプリカに引きずられて、転がり落ちるように山から降ろされた。
こんな乱暴なやり方をされた覚えは一度もない、一体どうしたんだ。
それを聞こうとするより前に、プリカは俺をこの死体の降る場所の外に引っ張ってゆく。
「待て、俺はここに居なきゃ――――」
「知るか!!!!」
俺はガラになく、まるで本当の5歳児のように気圧されてしまって、そのまま本当に何もない場所へと連れてこられてしまった。
もう、あの死体の山は見えない。
豹変したプリカが少しだけ怖くて……でも、俺はその手を振りほどくことができない。
プリカは、歩く速度を落として、ゆっくりと息をととのえ始めた。
「……なあ、ソシルミ」
何を言うつもりだろうか、恐怖か期待か、ほとんど停止した思考を疑問で埋め尽くされて、相槌すら忘れてる間に、プリカが次の言葉を放つ。
「確かにさ、オレたちのやったことで、人は死んだよ、……もしこうやって歴史に混ざるとしても、もっといいやり方が、あったのかもしれない……でもさ」
答えがなくて、俺は黙る。
昔なら冷静に考えてすぐに口を挟めたはずの問いに、何を割り込ませることもできない。
「でも、それはオレたちが、皆とか、世界中の人間や魔族に、死んでほしくないからやってきたこと……そうじゃないか? だから……たくさんの絆を結べた、そのはずだよな」
プリカが、言いながらきょろきょろ首を動かすと……俺達の周りに、ぼやっとした影が浮かんできた。
それは、俺と対面してチャイを飲むルシフェルと、俺達に脅されるピラフと、胸に穴を開けたまま空を見るピッコロ大魔王と、いまいましげな顔でこちらを睨むベジータと、笑顔の国王。
そして、今まさにフリーザと拳を交える、悟空とピッコロ、悟飯達の姿だ。
これは俺の……幸福だった時の記憶、そして……。
「オレたちは、セルが変えた歴史を、自分たちの歴史と勘違いしてたけど……それでも……」
「……俺達は、それでも、それと向き合って、なんとかより良い方向を目指そうとしてきた、……だな」
俺の言葉を前に、プリカは目を見開く。
そこに映るのは希望ではなく、沈み込んだままの俺が自嘲の一つとして、自分が持っていた希望を語ったことへの、絶望。
でも、俺の行いがこの破滅をもたらしたのも。
俺という『存在』が、セルを生み出したのも、覆しようのない、事実だ。
俺は…………。
…………。
「くそっ! ま、また死体が……」
プリカの言葉に顔をあげると、ここにまで死体が降ってきて……周りの影は、その中に埋もれていく。
「すまん、俺にもこれは制御できなくて……」
「じゃあ行くぞ!!」
プリカは、謝ろうとする俺を睨んで――――強く、さっきよりも強く腕を引っ張った。
どこへ向かっているのか、と聞こうとしたが、それより早く俺自身の直感が答える。
さっきより、深いところだ。
プリカは広がりだした死体の山から離れた辺りで、また話し始めた。
「この地球には、まだおまえを信じてる仲間がたくさんいる、おまえと何度も戦った、ライバルってやつが、たくさんいる、おまえが勝つのを信じてるし、おまえとまた戦いたがってる」
「だが、俺は……」
「黙って聞け」
俺に横取りされないよう、プリカは急いで言葉を放つ。
腕だけでなく、肩も掴んで、プリカが凄んだ。
「言っとくけどな、おまえと道場やZ戦士や、魔族たちとの絆ってやつは、おまえが鍛えた力と技と……まごころで手に入れたものだ、歴史知識を使った、ズルなんかじゃない」
「それは……」
俺の体を突き抜けて、プリカの言葉が空間を震わせる。
また、影が現れた。
天下一武道会の後、テーブルを囲んで食事するみんな。
ピッコロ大魔王を倒した後、キングキャッスルの瓦礫の上で戦後のことを話し合ったひととき。
興奮した様子の悟飯が、俺達のようになりたいと、ボロボロのみんなに語りかける光景。
陣地に戻った師匠が、繰り返しこの地域の戦闘情報を確認し、ピラフや門下の皆と励まし合う姿。
「忘れたはずないよな、今だって、おまえの……」
「……ああ、俺の腹の中に、全ては残っている」
でも、俺にはそれをつかむことは、できない。
死体は、降り続いているのだから。
「くそ、くそっ!! おまえ……!!!」
プリカが俺を睨んだ。
掴んだ肩を、指が白くなるまで握りこまれて……俺はうめき声を上げる。
「ッッ………!!!」
「なあ、ソシルミ……おまえと最初に会った次の日、一緒に鍛えようって言ってくれたよな、あの時、正直言うとオレは飯のことなんか引き合いに出されなくても話に乗っちゃうくらい、嬉しかったんだ」
あの日、あの朝の光景。
サイズの合わない俺のシャツを着たプリカと、俺。
何も知らないまま、それでも何かのシンパシーと善意に突き動かされて、俺達は共にいることを選んだ。
「オレの誕生日会のとき……、おまえが、オレと悟空は惑星ベジータから逃された子供なんだと言ってくれたとき、本当に嬉しかった、だから」
ポッドのコンピューターに無理を言って、プリカの誕生日を聞き出す俺。
それをもとに開催した、道場でのハデな誕生日会……。
プリカがこの世界に産まれ出たことを祝うことを願い、それが叶った日。
俺達はその時、ずっと一緒にいることを選んだ。
「前は聞かれなかったから、答えなかったけど……おまえをいつから好きになったかなんて決まってる! 本当の、本当に最初だ! 最初に会ったときにはもう、おまえをかっこいいやつだと思ってたし……しばらくしたら、女のまま生きるなら、おまえしかないと思うようになってたんだ!!」
出会った時、そして、神龍の前でプリカが口ごもって、『地球人の男に戻る』という願いを捨てた時。
俺はどうやらニブかったらしい。
でも、気持ちの量は、きっと同じだけあった。
「おまえと鍛えて戦って、ようやく、オレは戦闘民族サイヤ人としての人生を好きになれた、……そうだ、ソシルミ、おまえは……オレが嫌いだったオレの人生に答えをくれた、だから、オレはおまえと、一緒にいたい」
プリカは影を出さずに、ただ俺にまっすぐ語りかける。
プリカ、俺にとってのただ一人の同郷。
唯一、生死を確認することができなかったほどに、愛していている人。
そのプリカが、俺の瞳をまっすぐ見て……そして、俺の肩から手を離す。
「おまえという『転生者』がこの世界の主人公なら、オレは汚れ役の裏切り者でも、ただついていくだけのヒロインでもいい、それだけで十分人生に意味があるんだと、オレは信じてる」
プリカは、俺の手を、振りほどいた。
そして、涙を浮かべながら、表情のすべてを噛み殺して、自由になった両手をこちらに差し出す。
淡く光る、それは……。
「なにもかもをおまえにやる、これまでのただオレの気を使うだけの技じゃない、おまえにならできる、超サイヤ人を、全部おまえが使えば、やつにだって届く!!!」
俺はなにもかも、わかってるんだ、わかっていても。
お前の言葉に答えることはできない。
お前の手を取ることはできない。
目をじっと見ると、プリカの顔に噛み殺していた表情があふれた。
「おまえは……あの時、オレを連れ戻すとき、一番大事な人が自分を責めて引きこもるのが辛いからと言ったのに、おまえは……!!!!」
その顔は、怒りだ。
こんな表情を見たのは――――
「前も見たって、思ってるよな…! そうだ、超神水を勝手に飲んで、死にかけて……いや、死んでたんだよな、オレがあの時どんな気持ちだったのかもうわかってるんだろ、わかってるのに!!!!」
どうして立ち上がらないんだ。
止まった言葉の向こうにある心が、伝わる。
「オレにとっても、みんなにとっても、この地球にとってもおまえはきっと、必要のはず、なのに……」
怒りが崩れて、プリカの目に溜まっていた涙が、ついにこぼれた。
「どうしてこんなとこで止まってるんだ、範馬勇次郎にあこがれてるんだろ、じゃあ、なんでも踏み台にして、なんでも食っていってくれよ、超サイヤ人の力も!! おまえは地上最強になるんだろ……!!?」
「…………駄目だ」
やっと、言葉が出た。
俺は言葉とともにプリカに背を向けて、元いた場所へと歩き出す。
責めるように、手の鎖が音を立てた。
「ソシルミ!! 待て!!!!」
プリカが俺の背に手を伸ばして……、その手は届かず、空をかく。
死体は降り続いていて、影はすべて埋まった。
「すまん」
「違う!! 来い!!! おまえは、まだ……!!」
俺を追うプリカの足音は、どんどん遠ざかっていく。
プリカの荒れた息遣いが聞こえる、プリカは必死だ。
でも、俺は……。
「お前を巻き込めない」
「違うだろ!! オレはもう、おまえのものじゃないのか!!!?」
わかってる、わかっている。
何もかもすべて分かっている。
でも、それでも……。
夢も、責任も、愛も、受け入れるには、俺はあまりに。
「待ってくれ、待て!! ソシ――うわっ!!」
プリカが、いきなり叫び声を上げた。
振り返ってから、諦めたはずの相手を案じてしまったことに気づく。
死体に足を取られたんだろう、大きくコケて宙に浮いたプリカのポケットからは……。
……小さな、鉄の鎖の欠片がこぼれていた。
「ソ、ソシルミの持ってた――――このっ!!」
プリカはたたらを踏みながら、鎖の欠片を空中でキャッチする。
……プリカの持つ鎖の欠片、俺の持つ、鎖の断片。
そうだ、これはどこかで…………はるか昔の記憶にたどり着きかけた時、2つの鎖が強い輝きを放った。
俺はたまらず、目を閉じて――――
「ッッッ!!!?」
「っ!!!」
開いたとき、目の前には鎖を握ったプリカがいて。
鎖は、俺達の手の間に、小さくたわんで居座っていた。
見覚えがある鎖、この、鎖は。
「……父さん」
「そうだ、ソシルミ!! おまえのお父さんが、この町に来てるんだよ!!! ヤジロベーが、言ってたんだ!!!!」
「は……?」
鎖、この鎖は。
『ごめん、父さん、母さん、せっかくのプレゼントなのに、もう壊しちゃって……』
『いいんだ、頑張って鍛えて、立派に強くなったんだろ? おまえの頑張りの証だ、ありがとなソシルミ、大事に使ってくれて』
『そうねあなた、せっかくだからちぎれたとこだけでも――――』
『それはいいな――――』
この欠片は。
『…………心棒……メシ…………まともに……かんなあ、こんくらいはやったるのも…………だがよ…………』
『おみゃあ……これ……いとくで、ったく、……ってなら、自分で渡しゃ………んじゃ……とは知ら…………早よ逃げ…………うなりしやぁ………』
そうだ。
『この歴史に降り立ってはじめて試みたのは、ソシルミ、きさまら親子の抹殺だ』
『ソシルミ、もうおまえをこの家においておくことはできない、おまえは……強すぎるんだ』
『おまえに怯えるものは多い、いいか、二度と帰ってくるんじゃない、だが、王都の道場でなら、もしかしたらおまえを受け入れてくれるかもしれん、そこを目指せ――――』
まさか、そんなことが。
吹き上がった記憶がもたらす答えは、たったひとつ。
都合よく捻じ曲げたものかもしれない、でも、どうしようもなく信じたい、結論を前に。
俺は、どうすれば……。
「ッッッッ……!!!」
「ソシルミ」
プリカが、混乱する俺を優しく抱きしめた。
「オレには……なにがどうなってるのか、わからないけど」
控えめな枕詞の後の言葉を、俺は既に、しっかり期待してしまっていた。
「おまえは、これからどうしたい?」
「俺は………………俺は」
顎が震える。
目は多分だいぶ前から涙をずっと流していて、くっついた戦闘服のせいで広がって額と顎までぐちゃぐちゃになっていて。
「俺、父さんに会いたい」
「だよな、じゃあ、行かなきゃな」
プリカはゆっくりと後ずさって、俺の体を解放した。
そこ体の後ろに、……死体が、たくさんの、色々な形の鎖に引っ張り上げられて、どこかへ消えていく光景が見えた。
「あいつらは、自分のいるべき場所に帰るんだ」
だからお前も帰ってこい。
続くその言葉は、聞かなくてもわかった。
「帰り道はわかるか?」
「……丁度、見えてきた」
山が消えた場所に、まばゆく輝いた『門』がある。
あそこが、きっとここの出口だ。
俺が歩きだそうとすると、プリカはその背を叩く、小さな手だ……いつの間にか俺の体は、元の姿に戻っていた。
「いってこい」
「ああ」
その激励に振り向いて答えると、そこには誰もいない。
でも、不安はない、何もかも……すべて、俺の腹の中にあるからだ。
――――光の門に駆け寄ると、2つの人影が、俺を向かえてくれた。
「よう、食あたりは治ったかい?」
「治ったよ」
「そいつは良かった」
勇次郎は笑って、俺の背に手を置く。
「見せてやれ、地上最強ってやつをな」
「ありがとう、範馬勇次郎、俺の三人目の父さん、俺が憧れた、強き人」
俺が範馬勇次郎にうなずくと、隣の男が俺の肩に手を置いた。
その顔は見慣れた顔で、声もまた、聞き慣れた……でも、いつも聞いているのとはほんの少しだけ違う、はるか昔に聞いた声だ。
「へへ、オラから言うことはあんまねえけんど、……おめえなら大丈夫だ、セルをぶっ倒して、皆を守れる! がんばれよ!!」
「ありがとう、……悟空、俺の『友達』」
優しい声の中に、わずかに女性的な声色をのぞかせた『悟空』が、俺を励ましてくれた。
二人がここにいるのはきっと、奇跡でも、妄想でもない。
俺が生きてきたすべての、根源であり、結果。
なら、あとはそれを、証明するだけだ。
「行ってくる、……本当にありがとう」
俺は、俺の腹にある全てに感謝して……そこから、出るために、光の中に入る。
遠く彼方から、声が聞こえた気がした。
『白虎の方角ッ!! アエ・ソシルミ!! ……青龍の方角ッ――――』
目を開けると、壊れた町と、舗装の剥がれた地面が見える。
俺は、ゆっくりと地面から頭を持ち上げ、続けて体を引き上げた。
「目覚めは、悪くない」
気絶明けの違和感すらない、清々しい寝起きだ。
なんと、隣にはプリカまでいる。
耳から血を流し、背中には焼け跡を作って……それでも俺を抱きしめ続けてくれた。
「……ありがとな、連れ戻しに来てくれて」
全く、こんなに優しい汚れ役が……こんなに押しの強い『ついていくだけのヒロイン』が、どこにいるっていうんだ。
でも、あの言葉は嘘にしない、お前がすべてを投げ出して与えて肥やした男は、かならず地上最強になる。
そして……眠ったままの俺の代わりに、その想いに答えてくれた存在にも、報いなくては。
俺は自分の、傷だらけの胸に手を当て、ゆっくりと言葉を放つ。
「プリカを連れてきてくれてありがとな、……さあ、もうひと働きだ!」
俺は、俺の相棒達に感謝を捧げて……。
そして、プリカのポケットからこぼれた鎖の欠片を手に取った。
一体どうして、父さんは今更、これを俺に?
そもそも持ってきたのは本当に父さんなのか?
……ああ。
「知りたきゃ、戦うしかないよな」
俺は鎖を腰に当てて、輝きを注ぐ。
それは音を立てながら元の形を取り戻し、千切れた帯と絡んで、俺の新しいベルトになった。
「よし、と――――」
空模様はスペースデブリが作り出す流星群。
最終決戦日和だ。
遠くで、助けを求める彼の声がする。
……丁度、出番も来たらしい。
「――――ッ」
俺は一息に、衝撃波を産まず進み、そして止まる。
腕を掲げ、振り下ろされつつある腕を受け止めた。
風景が止まったところで見えるのは焼け残った小さな路地裏。
俺の前にはセル、後ろには、ヤジロベー!
「ア、アエ・ソシルミ!!!?」
「お、おみゃーさん!!」
「期待通り舞い戻ったぞ、お二人さんッッ!!!」
炎上するエアカー、折れた刀、散らばるセルと、ヤジロベーの血液。
……寝ていた時間は、案外短かったらしい。
「へへ……っ! オレの見る目っちゅうんも、捨てたもんじゃなかったっちゅうこった……!」
「守ってくれてありがとう、ヤジロベー、……さあ、後は俺の仕事だ!!」
ヤジロベーは破顔し……ゆっくりと目を閉じる。
ああ、答えなくてはならない想いが増えてしまった。
俺は気を練り、高めてゆく。
「生きていたのかアエ・ソシルミ、だがこの力は……!!?」
「見せてやる……ハァッッッ!!!!」
足元から吹き上がるのは金色の気。
これまでの継ぎ足し同然の取り込み方とは違う、100%俺の気として飲み干した、二人分の全身全霊だ!!
「超サイヤ人の気をすべて取り込んだだと!!? ありえん、地球人がこんな……!!!」
「その地球人の遺伝子は、やり方を教えてくれないのかい?」
「ぐ……!!」
プリカが直感した(……と、何故か記憶に残っている)ように、やはり、セルは俺の持つ技術をすべてはコピーできていないようだ。
理性的に考えれば考えにくいことだが……それは当然のことのように感じられた。
さあ、どう出るセル。
どう出る、ソシルミ。
にらみ合いの答えを、俺は俺と敵両方に問う、それが終わったのは……流星群の一つが、町にほど近い荒野に激突した瞬間だった
「――――ッッッ!!!!」
「はっ!!!」
腕を介した押し合い――――を、双方拒み、俺が蹴り上げ、セルがフック――――
――――俺の足にセルがカチ上げられる形で、にらみ合いは終わった。
「ぐ…っ、……むん!!!!」
気合一閃、セルは空中で体勢を立て直し、戦いはドッグ・ファイトへと移行する。
戦闘機のそれとの違いは、一方的に攻撃するのが追う側の俺ではなく、追われる側のセルということだ。
「くらえっ!!!」
気弾とビーム、さらにはプリカの技を真似たであろう、回転軌道の技の混ざったエネルギーの乱舞。
そのエネルギーの質は、セル自身のキメラ的な性質を備え、更に俺への対策を兼ねて七変化を繰り返している。
セルなりに、俺のエネルギー技への対処技術を学習し、対策を進めたらしい。
だが、それを前にしても、俺の速度は欠片も落ちてはいなかった。
「また猿真似か、こんなものでは、今の俺を止めることはできん!!」
プリカが俺に与えた気と、それを通じて注ぎ込まれたプリカ自身の戦闘経験。
そして、打撃、爆破、消去、回避……俺が積み重ねてきた対エネルギー攻撃技術のすべてをもってすれば、今なおエネルギー量では格上であるセルの技をも、完璧に防ぎ切ることができる。
これは、最初から強者として生まれついていれば望むことすらなかった技術だ、それが、俺をここに立たせているのだ。
だが、セルはそれも予想済みとばかりにほくそ笑む。
「だろうな、ではこんなのはどうだ?」
その一声とともに、セルが放つエネルギー弾の量が更に増した、だが、これでも俺に有効打を出すには余りにも――――まさか!!
「気づいたようだな、だが、これを克服する手段などあるまい?」
セルは笑いを深め、増やしたエネルギー弾のいくらかを町のある下方へと送り込み始めた!!
ただでさえ破壊され、既に焼け野原に近づきつつある町の、生き残りを的確に狙ったそれは、紛れもなく……!
「俺を釘付けにするためだけに、ここまでするかッッッ!!!」
「……意外だな、アエ・ソシルミがここまで怒るとは!」
「流儀に反していると思うか!!?」
そうだ、俺はこれまで怒りを邪念、怒りによる行為を暴走と断じてきた。
だが、もはやそうは思わない。
「セル、俺は貴様をぶち殺す!!! クォォ………」
俺は気合を高め、全身から衝撃波を放ってエネルギーの奔流ごとセルを弾き飛ばす。
「
「くっ……なるほど、このまま戦えば私が不利か、ならば……!」
セルはぼやきながら速度を上げ、町を離れた遠くへと逃げようとする。
……向かう先にあるのは山岳地帯、避難民とも別の方角、人質狙いではない。
俺の体力が尽きるのを狙っているのか?
それとも……。
いや、何にしろ、ここまで陰謀を巡らせてきたセルのすることだ、見過ごすわけにはいかない!!
俺は速度を上げ、セルに迫る!!
「ハァーッッッ!!!」
「きさまと格闘する気は起きないなっ!!!」
両腕を掲げ、セルは筋肉を隆起させる、これは――――衝撃波の構えか!!!
「流石覚えが早い、だがッッ!!!」
セルが蓄えた衝撃波は、たしかに出力は高いが……対処は容易だ。
衝撃波は防御するには難しいが、発射位置の成約が大きい以上、回避すればどうとでもなる。
つまり、立ち回りを考えず放つような技ではない、それを大出力でただぶちまけるということは……!
「そうまでして俺を遠ざけたいか!!!」
「格闘する気はないと言っただろう?」
セルは巨大な衝撃波を放ちながら、撒き散らしていたエネルギー弾によって追い込みをかけるように攻撃を重ねる。
全天を埋め尽くす、衝撃波と、無数のエネルギー弾とホーミング型のビーム。
だが……それは結局、これまでやってきた攻撃を、やり方を変えて繰り返すだけの行為だ。
俺に有効打を出すには足りず、これはむしろ……。
……これは、時間稼ぎか!!?
「何をする気だ、セ……ッッッッ!!!!?」
瞬間、セルの向かう先から、3つの小さな『気』、そして……その一つが抱えた、強烈な、極めて強烈なプレッシャーが迫ってきた。
気は未だ地平線を超えたばかりだが、プレッシャーだけはこの空域に向けて放たれ――――
――――俺が全力の防御姿勢を取った瞬間、その『プレッシャー』は、俺とセルの中間地点で100万度近い高熱へと変わる。
「――――」
発生した高熱の塊は必然的に熱線と爆風を産み、防御姿勢を取ったままの俺とセルを弾き飛ばしながら、はげ山の数少ない針葉樹を焼き払ってゆく――――
――――熱線を防ぎ、爆風に翻弄される俺の意識の端に、稜線の影から飛び出し、セルへと近づく2つの気があった。
「ま……さか……!!!!」
もうそれは、俺にもわかる。
向かわねば。
爆風をぬい熱に耐え息を止めて奴のもとへ――――
「――――まさか、こんな!!!」
すべてが陽動だった。
俺が目覚めてからの戦い、あるいは、町での戦い。
あるいは……この世界そのものが、奴にとっては陽動で、切り捨てても構わない一つの段階で。
そして、その果てに。
「遅かったな、アエ・ソシルミ」
余裕たっぷりのかすれた声の主は、俺の前に現れた。
河童と虫の間の子のような顔は、人間の顔、それもドロドロと崩れかけたそれに。
緑主体でオレンジに彩られていたボディからは、オレンジが消え……かかりながらも、随所に残り。
大幅に面積を増した黒は、どこか未発達で、緑を強く残していて。
『セル』を見慣れた俺にとって、それは、いかにも――――
「――――不完全体、といったところか……なあ、おまえの意見を聞かせてくれ、おまえなら、本当の完全体を知っているんじゃないのか?」
「…………確かに、お前は不完全だ」
強がった言い返しの影で、2つの思考が巡る。
1。
この戦いにおけるセルの攻撃はすべて、小さな分身体を隠して放ち、ドクター・ゲロの研究所を襲撃して、実験中の機体と、目くらましのための爆弾を盗み出し、自らを進化させるためにあったのだ。
2。
不完全な進化であってもセルのエネルギーの進化は圧倒的で、進化前後のパワーの倍率は、この俺が先程経験したそれよりもなお、大きい。
「また30年もおあずけとはな……それもこれもきさまらがことごとく邪魔を……だがまあいい、楽しませてもらうぞ!!!!」
セルは叫びながら、俺へと迫る、それは避けていたはずの肉弾戦の合図!!
始まったのは、拳と拳、脚と脚、素直な殴り合い……セルの誘いで始まったそれは、ぶつかり合いのたびに、俺の四肢に傷を、内部に罅を刻む。
「どうだ、不完全ながら究極の戦士の力をご堪能いただけているようだな!!」
「そんなことはどうだっていい、セル、30年とはどういうことだ!!!?」
「きさまの知識と知性でわかっていないはずがあるまい、この歴史のわが創造主はもはやアテにならない、わたしは次の歴史に向かうのだよ!!!」
そうだ、セルには最初からその手があった。
セルにとっては、この歴史だけですべてのカタをつける必要はなかったのだ。
だが、そんな、そんなことが――――
「そんなことが、許されていいわけないだろうがッッッ!!!」
「ふふふ、どうしたソシルミ! きさまらしくない、怒鳴り声が続くな!!?」
「これを不純物とはもはや捉えんと言ったはずだ!!!!」
「確かにその高ぶりで気は上がっている、だが、それは『内助の功』を食いつぶす速度に勝ってはいるまい、すでに戦いは終わったも同然だ! はあっ!!!」
軽い気合と共に放たれたセルの拳を受け止めた俺の手には金色の輝きがあり……点滅するように霞んで、肉の色がにじんでいる。
そして、セルのパワーと肉体強度は、進化の影響で高まった自己再生能力によって上がる一方。
だが、何度でも言うが、そんなことはどうでもいい、俺は薄れた輝きを自らの生命エネルギーで補い、更に拳を放つ。
「もらった命をずいぶんと粗末にするものだ!!」
「もらったなどとは思わん、これは俺の命、俺の力、俺の魂だ!!!!」
破壊されきった体を支えるパワーまでもを拳に与え、俺はセルの頬を打ち据えた。
えぐれた脇腹を抑え込んでいた輝きが薄れ、鎖のベルトが血で錆びる。
セルは口から血を吐き散らし、俺をあざ笑う。
「ぺっ……愛の力か、くだらん!」
言葉とともに放たれた拳が頭をかすめ、骨をえぐり、赤と白が空を汚す。
「愛……それもあるかもしれんが、違うな……!!」
再び拳を叩きつければ、甲殻にぶち当たって、上腕の骨が悲鳴をあげる。
繰り返しの先に折れたそれを、輝きで抑えて更に叩きつける。
曲がった指の貫手を、読めぬ軌道に仕立てて攻撃となす。
「なにが違う? すべてを使うとやらか、だが、きさまに残るすべてを足し合せても、わたしには届かんぞ?」
「合算などではない!!」
割れた内蔵に合わせ重心を再調整。
脳内麻薬を絞り出せ、ヨガを深めろ、限界の戦いの先にこそ悟りはある。
「では掛け算か、ふん、だがきさまは既に小数点以下だと教えてやろう!!」
「何もかも分かっているさ、だが、結果は誰にも分かるものか!!」
そうだ、考えろ、直感しろ、思い出せ、感じろ!
奇跡とは限界に至って導き出すものだ。
俺には何が残っている、残った何を使って――――
「仙豆も、女もいない、頼るべき仲間はフリーザとの決戦中、きさまにはもはや勝機はない!!」
――――思い描け。
「あ――――」
その問いは、答えだった。
思わず漏れた間の抜けた声は……やっと気付いた自分への、呆れの感嘆だった。
その力は、ずっと側にあったのだ。
ずっと俺の期待に答え続けて、俺に力を与え続けて……。
俺を憧れに引き合わせてきたその力にようやく気付いた時、俺は……。
俺は、セルの拳を、いつのまにか手で掴んでいた。
「き、きさま……な、にを……?」
「…………そうか」
手から始まり、全身からエネルギーが……気が、立ち上る。
色を持たず陽炎のようにぐにゃりと空間が曲がったようにだけ見えるそれは、まさしく範馬。
全身にみなぎる力を、まずは手にかけ、俺はセルの拳を強く、握る。
「は!!? くっ……!!!!」
未だ自分に劣るパワーにすらおののき、ビームを蓄えるセル……俺は手を通じて合気を仕掛け、セルのビーム攻撃を無関係な方向へとそらした。
セルの体の構造は、透けて見えるように分かっている。
格闘士ならば……力の流れを読み、操ることができるのだ。
「ぐああっ!!!!?」
セルは筋骨と口から悲鳴を上げながら、極めて強引に俺の合気から逃れる。
捉えたはずだが、パワーの差はやはり大きいか。
「……ど、どこからこんなパワーを……!!? いや、技術までもが高まっているだと……?」
未だ勝負はわからない、だがそれでも、セルは焦って俺に問いかけた。
答えてやろう。
「より素晴らしいものをイメージし続けることによって、それより素晴らしいものを見つけ出すことができる、これはその答えの一つだ」
「バカな、強さに完成以上などありはしない、完全を想定し、それを達成することによって得られるものだ!!」
強さだけではない、それによって切り開くべき道も、かき集めた仲間と好敵手たちも、抱くべき誇りも、すべての答えが、これなのだ。
だが、セルはその一つの意味のみを認識し……認識してもなお、理解には至らなかった。
そうか、だからセルは、俺の力を……。
もはや言葉は不要か、答えは、拳を持って叩きつけよう。
「カァーッッッ!!!!」
「しいいっ!!!」
俺とセルは殴り合う。
その拳はほぼ互角、だが、先程までと違い、傷を癒やすのはセルではなく俺の方だった。
「自己再生……いや、神々やナメック星人の使う力!! きさま、どこまで……かくなる上は!!!」
俺との殴り合いを強引に振り払い、セルは上空へと飛び上がる。
この地域、このエリアごと何もかもを消し去り、俺を殺す気だ。
「させるかッッッ!!!!!」
「なっ…………ごはっ!!!?」
成層圏付近で腕を掲げたセルを、そのままオゾン層を突き破り、熱圏まで蹴り上げる。
俺は、自ら蹴り上げたセルを追い……更に、飛行姿勢のまま、両拳で突撃。
更に、星空へと向かってゆく。
「きさま死ぬ気か!! 人間が宇宙に出て戦うなど……!」
「最早そんなもの関係ない!!」
気圧低下、酸素の不存在、宇宙線、苛烈な日光、太陽風――――そんなものを物ともしないほどに、俺は常に最強だ。
……遠くから、声が聞こえた。
『怒ってるのか、ソシルミ』
声は、プリカだった。
(そうだ、俺は怒っている、お前は間違いだと思うか?)
『おまえはついに、守りたいという気持ちを受け入れたんだな、楽しんで戦って、自分に負けないよう鍛えて……最後に必要だったのが、きっとそれなんだ』
俺とセルはもみ合いながらも、更に、はるか上へと突き進む。
『あの鎖……おまえにはわかるよな、世界はオレたちの意思だけじゃない、たくさんの繋がりで動いてるんだ、おまえは世界と自分のために、精一杯戦って、精一杯関わってきたんだ、世界を食いつぶしていくだけのセルとは、全然違う』
このプリカの声がどこから来ているのかすら、俺にはどうでも良かった。
『途中までの地図とコンパスは持ってたかもしれないけど、おまえは自分の心と努力で、自分だけの道を作ってきた、どこかもわからない場所を目指して進んできた、なら、あんなやつには負けないはずだ、そうだろ?』
その通りだ。
これこそが俺にとって、真に
俺が心の中で頷いた時……俺とセルが向かう先には、青白いかたまり……月……が、ぼんやりと浮かんでいた。
「まさか、生身のままここまで来るとは……だが、丁度いい、わたしも余計な心配をせず、きさまを葬れるというわけだ!!」
「セル…………」
強い力を持った敵が、正面戦闘に応じたというのに……俺の心は、喜びよりも怒りに満たされていた。
俺はレゴリスに脚をつけたまま脱力し――――最高速度で、セルへと八手拳を叩きつけた!!
「ぐっ……!!! なにを今更怒ることがある、アエ・ソシルミという男はそこまで粘着質だったか!!?」
「…………セル、お前は……」
初撃を防ぎ、セルは自らも八手拳を放ちながら、抵抗するかのように減らず口を叩く。
それに答えるため、俺はついに、言葉をひねり出す。
セルの言葉の通りだ、俺の想いは、移り変わっていた。
「お前は、何故強さを望みながら、自ら技を作り上げなかった、……何故、自ら体を鍛え上げなかった!」
「は……?」
八手拳――最早、進化し続けるそれにいちいち名をつけることすらナンセンスとなった技――を交わしながら、俺の声は、テレパシーは次第に大きくなっていく。
そうだ、今俺が抱いているこの怒りは、セルにされたことへの怒り、セルがしようとしていることへの怒りではない。
「何故、有名無実と分かっているゲロの命令に従い続けた、何故高い知能で自らを改造しようとしなかったのだ、何故……お前は!!!」
怒りのままに高まる気をぶつけながら、俺は叫ぶ。
叫びは最早止まらず、叫びとともに叩きつける拳は次第に、セルに打ち勝ちつつあった。
「……なにを今更、きさま――――」
「うおおッッッッ!!!!!! セルッッッ!!!!!」
何故、どうして、お前は。
お前は。
「何故、俺の力を使えないことを自覚しながら、俺に学ぼうとしなかった……!!!」
「だから、なにを言っているんだ!! きさまはわたしに、なにを……!!」
セルの顔が、単に理解不能な言葉を叩きつけられたということ以上の、疑問に包まれる。
だが……最早、その疑問は俺にとっても、セルにとっても手遅れだった。
八手拳が、その速度を更に高めると、セルの拳がふらつき、ついに……限界の時が、やってきのだ。
「――――セルッッッッ!!!!! お前はァッッッッ!!!!!!」
嘆きと共に放たれた俺の八手拳最後の一撃がセルを撃ち抜く。
抵抗する力を失ったセルは、月面の低い重力にただよいながら、……ただ、愕然とした表情をしていた。
「なんだこれは、きさまは……なにを……」
俺は両腕を上げ……背中の鬼を哭かせて。
「セル、お前は、お前は何故ッッッ!!!!」
レゴリスを踏みしめ、月の石を踏み砕き、静かの海を割りながら、俺はエネルギーを練り上げ、収束し――――
「な、泣いているのか、きさま……!!!?」
「どうして、俺達の前に現れて、どうだ俺と競ってみろと叫ばなかったッッッッ!!!!!」
「アエ・ソシルミ、一体どういう――――」
セルは俺の拳によって、月の地平線の先、地球の方向へと突き進み……。
俺の怒りも、自らの動揺も理解出来ぬまま、最後の拳によって突き込まれたエネルギーの破壊的な作用によって……セルの肉体は、その体の混ぜ合わせた細胞の一片も残さず燃え上がり……宇宙と同じほどに黒いススとなった。
「…………終わりだ」
時を同じくして、地球から、青く大きな塊が持ち上がる。
元気玉が、最終形態のフリーザを飲み込んで宇宙へと飛び出してゆき……そして、弾けた。
あれは、地球人が嘘偽りのない要請に答え、自ら元気を差し出して作った、元気玉だ。
「地球に……帰らないとな」
重力が低いさから流れ落ちず目尻に留まった涙は、真空状態によって沸騰する。
涙は俺にだけ聞こえる音を立てながら弾けて、宙へと漂い……。
ゆっくりと落ちてくるススと混ざり合いながら、月の地面へと積もってゆく。
俺は月面を静かに離れ、滲んだ視界に映る、平和を取り戻しつつある青い星へと飛び立った。
「また来いよ」
→つづく
かつて思い描いた頂きへ、彼はたどり着きました。
いくつもの戦いで力を磨き、絆を結び……その果てにあったものは……。
思い描くこと、そのものでした。
絆に支えられながらも、ただ独りで歩みそこにたどり着いた彼は、自らの守った星、自らの生きる歴史の中へと帰ってゆきます。
終わりを迎えた物語は、エピローグへと歩みを進め、私たちは彼らの未来を垣間見ることでしょう。
最後まで、お楽しみに。