「出るぞ!」
「でない!」
「何故だ!」
「なんでもだ!」
小さな食卓を挟み、少年と少女が押し問答をしている。
険悪な雰囲気が流れているようにも見えたが、彼らにとって、この問答は十数回繰り返した日常の出来事であった。
「……飯が冷める、とりあえず食うぞ」
「そうだな」
よって、彼らはすぐに食事を始めることも出来るのだ。
「天下一武道会は世界最大の武道大会だ、参加者だって負傷を覚悟して来ている、お前が腕を試し、強者との戦いを楽しむにはもってこいじゃないか?」
どんぶりいっぱいのシチューをレンゲのような大きさのスプーンで持ち上げながら、ソシルミが問いかける。
「オレはいやだ、でない」
「戦いに興味がないわけではないだろう、この4ヶ月あえてお前との正面戦闘を避けてきたのも、天下一武道会で雌雄を決するためだぞ!」
「でないといったらでない、オレはるすばんしてる」
シチューを鍋からお玉で飲みながら、プリカが厳しく突っぱねると、ソシルミはあどけなさを残す顔をゆがめ、わざとらしく困り顔をしてみせる。
「どうしても嫌か? この星最高クラスの武道家たちが覇を競い合うんだぞ、きっとあの悟空やクリリン、ヤムチャたちも参加するはずだ!」
「う……い、いやだ!」
逡巡するもきっぱりと拒んだプリカを前にソシルミは完全に諦め、シチューをかっこみ始めた。
「今日のところは引き下がるか……、さて、訓練を始めよう」
「あさめしがシチューってのは、うまいけどおかしくないか?」
「なあに、消化出来るのだから問題ない」
……ソシルミとプリカが同居、もとい特訓を始めてから、はや4ヶ月の月日が経過していた。
160センチ台であったソシルミの身長はめきめきと伸び、今では170台に手が届きそうなほどに成長している。
一方、プリカは全く変わらないままだ。
「うむ、今日もいい天気だ」
「あめふってるぞ」
「修業日和じゃないか、視界が狭まり、足元がおぼつかず、息も詰まりそうだ」
二人が一般的なドーム状のカプセルコーポレーション製家屋から出ると、外はまさに土砂降りの大雨であった。
腕を広げてざあざあと降りしきる雨を浴び、雨空を見上げるソシルミに、プリカはしかめっ面だ。
「かぜひくぞ」
「なに、この程度じゃそうそうひかんさ、さあ、今日はどっちからやる?」
「オレがやる、おまえはぜんぜん、エネルギーをおぼえないからな……オレがわるいのかもしれないけど」
「構わん、これはこれで、いい訓練になる!」
そう言うと、ソシルミは一息に走り、家屋から数十メートルの距離を取って、腕を広げる。
「さあ来い、プリカ!!」
「はぁ……、オレもすこしは、えんりょしてるのにな……」
プリカはごく軽く嘆息すると、苦笑いのような顔を浮かべて、手を前にやった。
エネルギー波の構えだ。
「いくぞ……ぐ……があ!!」
「グゥッッ!!」
手に収束したエネルギーは弾丸もかくやという速度でソシルミに向かう。
だが、ソシルミはそのエネルギーを両手で抑え込み……爆裂!
「ハァ……ハァ……ッ! 次だ!」
「が……ぐ!!」
間髪入れず、おかわりを宣言するソシルミ、応じるプリカ。
ソシルミの手は衝撃で赤みがさし、ツメにはコゲがつき、見ると、火傷のような生傷がちらほらと付いていた。
対するプリカは、冷や汗を流し、ソシルミの手を見ている。
「ま、まだやるのか、これ!」
「当然だ!!」
そう、これこそが、ソシルミが『気』を習得するために考案した訓練であった。
元はと言えば、プリカに教わろうとしたところ、『バーっとやるんだ!』『こう……力を……』という曖昧極まりない講義を始めたのが、事の発端。
教わることに限界を感じたソシルミは、『エネルギーを出す所を見せろ』『撃っている腕を触らせろ』と要求し、気の習得に努めたが……次第にエスカレートし、ついには直接気弾攻撃を受ける過激な訓練に至ったのだ。
「次ィッッ!!」
「がぁ!!」
この過激な訓練を数十から百数セット行った後、ようやく、彼らは基礎体力訓練に移行する。
「武には、それが無ければ他の全てもないのと同じ、必須栄養素というものがあるッ! その一つは体力だッ!」
「オレもおまえも一日はしってもへいきじゃん……」
「さあ、走るぞッ!」
若干体育会系気味のソシルミについて走るプリカ、だが、彼らはただ走っているわけではない。
「ソシルミ……タイヤのなかにド、ドロはいってきたんだけど……!」
「鍛錬のタシだッ!」
そう、彼らの背後には数十個のタイヤが鈴なりに引きずられ、その訓練効果を飛躍的に高めているのだ。
「おーばーわーく……」
「壊れないギリギリは見極めているッ!」
こうして各種の基礎鍛錬が行われると、ついに、ソシルミからプリカに与えられる、本題のトレーニングに入る。
それは……。
「もっと右腕を上げろ、よし、そのままキープ、重心のブレは自分で戻……、背が曲がっている! 戻せ!」
「くおお……」
「よし、その調子だ、……このまま3分維持するぞ」
雨に体を叩かれながら、片足を上げ、胴体を軽く前屈し、両手を別々の方向に突き出す奇妙な姿勢のプリカ。
それに対して容赦なく叱咤を飛ばすソシルミもまた、片手で逆立ちをしたままもう片手と両足を大きく反らし、奇っ怪な姿勢を取っている。
「お……おもい……」
「しょうがないだろう、お前の筋力に対して、体が軽すぎるんだ」
「せ、せめてうでたてふせとかに……」
「キツいなら、意味があるということ、大満足だろう」
「うああ……」
そう、二人の体の各所には、巻きつけ、引っ掛け、様々な形で、錘が配置されており、しかもそれぞれの重みが異なることによって、バランスを取ることをより難しくし、体幹への負荷を高めているのだ。
……こうして、二人の訓練は進み、日々は過ぎてゆくのであった。
数か月後、天下一武道会当日、開催地であるパパイヤ島は多くの武道家や観客、普段からの観光客でごった返していた。
多種多様な人種、装束の人間に、獣人、更には言葉を喋る以外ほぼ獣のような人種までもが集まり、街道を埋め尽くしている。
……その路地裏では、胡坐を崩したように座るプリカをしゃがんだままのソシルミが覗き込んでいた、どちらもシャツにジーンズのラフなスタイルだ。
「うぁ……」
「大丈夫か?」
「だめだ……」
「……もう受付開始時刻だ、行くぞ」
「わ、わかった……」
見るからに疲弊した様子のプリカと、それを気遣いつつも行動を再開しようとするソシルミ、彼らに一体何が起きたのだろうか。
「まさか人酔いまでするとは、少しは慣らしておくべきだったか」
「いうな……くそ……」
何のことはない、単純に、長年人と会っていなかったプリカは天下一武道会当日のパパイヤ島の人混みを前に人酔いを起こしたのだ。
しばらく休んで回復したプリカだったが、会場に向かうため大通りに出ると、そこはやはり人、人、人の大喧騒である。
再び人酔いが悪化し始めた。
「うぷ」
「吐くならエチケット袋を出すぞ」
「い、いらない……」
数度立ち止まりながらも会場にたどり着いた二人だったが、到着と共にそれまでのいたわりムードは霧散し、再びいつもの問答が始まった。
「さあ、お前も登録するんだ」
「み、見るだけって言っただろ……」
「むう、強情だ」
そう、プリカが強情にも大会参加を拒んでいたのにも関わらず、二人そろってパパイヤ島にやってきたのには、理由がある。
『さあ、明日は天下一武道会だ!』
『オレは出ないからな』
『では、観戦だけでも』
『……ほんとうに、見るだけでいいのか?』
『いいとも!』
……つまり、強情さに押し切られて、条件を緩める代わりに引っ張り出されたということだ。
「オレは出ないからな……!」
「えー! お前出ねえんか!?」
よたよたのプリカを相手に往生際悪く押し問答を続けようとするソシルミの背後から、聞き覚えのある声が響いた。
振り返ると、ソシルミとプリカにとっては見覚えのある二人の少年の姿があった。
「む、この声は……久しぶりだな、悟空! それにクリリン! 見ただけで分かるぞ、腕を上げたな!」
「オッス、なあ、ミソシルも出ねえんか?」
「俺は当然出る、だがこいつは観戦だけと言って聞かなくてな」
「うーん、オラ以外のシッポのあるやつは初めてだから楽しみにしてたんだけど……あ、オラいまシッポねえんだった」
「オ……オレはちょっと助かるかも……」
プリカの人酔いでパンクしかけの神経は、悟空の失望がのしかかった瞬間、限界を迎えた。
「あ、い、いや……、オレも、出るよ……」
「ほんとか! やたっ!」
「では、俺が代筆しておこう」
その隙を逃さず、一気に受付登録を済ませるソシルミ。
本来の主人公と現在の主人公、図らずも二度目の共同作戦である。
そして、ソシルミが代筆を終える頃、悟空の背後からスーツ姿の老人が現れた。
「悟空、この人たちは誰なんじゃ?」
「魔神城に行ったとき一緒に戦ったんだ! ミソシルと、えっと……」
「プリカだ、無駄だと思うが言っておくぞ、俺はソシルミだ」
「そうだ、ふたりとも! このじいちゃんはオラの師匠の亀仙人ってんだ!」
「ぴーす」
のんきにVサインを出すサングラスにヒゲの亀仙人。
ソシルミとプリカは一旦固まってから、挨拶をする。
「……お初にお目にかかります、武天老師様」
「こ……こんにちは、むてんろうしさま」
「わしのことを知っておるとは感心なおなごじゃのう」
「じいちゃんはすげえんだぞ!」
(知っている……いや、見て分かる、立ち姿に一切ブレがない、俺や師匠、ルシフェルでも、ここまでの極まり方はしていないぞ!)
そう言いたげに悟空を一瞥して亀仙人に向き直るソシルミを、亀仙人もまた見つめていた。
「ふむ……悟空、クリリン、この武道会、心してかかることじゃ」
「もちろんだよじいちゃん! ミソシルもプリカもめっちゃんこ強いんだ!」
(オ、オレ、あの子がビームを撃ってきたら死ぬかも……)
(亀仙人、いや、ジャッキー・チュンに、悟空、クリリン、そしてプリカ、粒ぞろいだ、そのうち何人と戦えるかはわからんが、めいっぱい楽しまなければ)
(さ……参加する気はなかったのに……!)
集った武道家たちの想いはそれぞれなれど、実力は天下でも指折りの者ばかり。
第21回天下一武道会の幕は今まさに、開かれつつあった。
「……ようやくだ、俺の憧れはようやく成就する」
「ししょうが、むかしゆうしょうしたんだったな」
「その通り、俺も見ていた」
第20回天下一武道会はこの俺の師匠、チャパ王の独壇場であった。
現代でも有数の武道家や競技者たちがどれだけ必死になっても、師匠の体に触れることすらできずに武舞台から弾き飛ばされてゆく光景が、今でも俺の脳裏に焼き付いている。
……それすらも決して本気の技ではなく、その師匠の本気を、俺は叩き潰したのだ。
誰が何と言おうと、負けるわけにはいかない。
師匠の伝説は、俺という弟子の出現によって、輝きをそのままに、終わるのだ。
「おい、そろそろよせんはじまるぞ」
「分かっている、先に行ってくれ」
「ん」
パタパタと、ジャージ姿のプリカが去る。
……少なくとも、ここから見える観客席と、周りに見える範囲の参加者の中に師匠の姿は見当たらない。
だが、いくつか『読んだ』顔はあった。
「げっへっへ……優勝はいただきだぜ……」
闘志をみなぎらせる、悪臭を放つ闘士バクテリアン。
「ウフ❤」
今からめぼしい選手たちに色目を使う、色気で惑わす女格闘家ランファン。
「…………」
静かに佇むナム。
「オ、オレだって腕を上げたんだ……あ!」
しきりに周囲を見回すヤムチャ……あ、目があった。
……ともかく、今大会、第21回天下一武道会は、粒揃いとは言えないものの、優秀な戦士たちが集っていると言えるだろう。
俺は、偏袒右肩にした僧衣の布に隠した右腕に力を込める。
服の中で、ほんのわずか腕が光るのを感じる、……8ヵ月の鍛錬の果て、楊海王まがいの真似までして、かすかに手に入れたこの力。
これが、今大会における俺の運命を決める事になると、俺は直観していた。
→つづく
書き溜めが尽きてしまったので連続投稿はおしまいです。
こっからは地道に書きながらやります。
……大丈夫、前作のようなひどいペースにはならないはずです。