天下一武道会はこの惑星上でも随一と言えるほどの権威を持った武道大会である、にも関わらず、その参加者は従来より増加したと言われる第21回においても139人と少ない。
その原因は、天下一武道会のシステムの過酷さにある。
「俺たちはどうやら、予選では当たらないらしいな、……あいつらも居なければいいんだが」
「うん」
「ああ、あいつらとは、本戦でヤりたい」
「……そうだな」
プリカの少し投げやりな同意を背中に受けながら、俺は予選について考えを巡らせる。
天下一武道会はそもそも意図的に強引な試合日程を組んでいるフシがある、何しろ、トーナメント形式の予選、本戦をぶっ続けでやらせるのだから、正気ではない。
(この時代にはまだ発達していない)総合格闘技では日程一日のトーナメントというものも行われるが、天下一武道会の過酷なルールでこの日程は明らかに無茶だ。
そこをあえてこの無茶な日程を通すのは、こんな日程に平然と乗ってくるような超人のみを絞り込む意図があるのではないだろうか。
「だが、この仕組みだと、美味い戦士が予選落ちする危険があるだろうに……」
「トーナメントって、そういうものだろ」
「まあ、そうだがなぁ」
ともかく、予選はもう始まろうとしている。
予選の舞台は本戦とほとんど変わらないサイズの四角い競技台、材質は……おそらく、ゴム質の塗料を塗ったコンクリートだ。
本戦の石畳といい、試合をするには危険極まりないシチュエーションだが、この厳しさが、この大会の超人性を高めているとも言えるかもしれない。
「予選第二試合…………」
……そして、ついに俺の試合だ。
第1試合の相手は……。
「ぐへへ……、おめえがオラの相手か……!」
「バクテリアンかぁ……」
バクテリアンかぁ……。
「あの……試合、始めてください」
「へへ……! やる気がねえならさっさと――」
「捨ッッッ!!!」
俺は『縦にした水平チョップ』をやつの眼前で放つ。
すると、極大の風音と共に、バクテリアンの体がぶわっと浮き上がり……競技台の数メートル先に墜落した。
「うわわっ……れれ?」
「……体を洗って真面目に鍛えろッッ!!!」
臭いのはどうだっていい、……いや、気持ち悪いから扇いでぶっ飛ばしたんだが……ともかく、俺はこいつが嫌いだ、ギミックに頼り切りのやる気のない武道家など。
苛立ちのままに隣の競技台を見ると、プリカは翼竜ギランのグルグルガムの拘束を正面から受け、それをぶっ千切ってから殴り飛ばしている。
「プリカのやつは愉快にやってるようだな……」
「あ、あの、次の試合がありますので……」
「おっと、すいません」
競技台から降り、俺はプリカと一度合流する。
「お前ならあれくらい、見てからでも避けられただろう」
「……見てみたくなったんだ、なんか出すから」
「まるで俺のような事を言うが……、あんな身体機能頼りの技、見てどうなるんだ」
そう言うと、プリカは黙り込んだ、拗ねたという雰囲気でもないが、会話はそこで途切れた。
その後は何事もなく予選は進行し、本戦に出場する8人の武道家が選出された。
今は、本戦トーナメントにおける各人の配置を決めるくじ引きの最中だ。
……共に予選を勝ち抜いたクリリンとヤムチャは『案の定上がってきやがった!』とでも言いたげな顔で俺たち二人を凝視している。
「えー、まごごそら選手……」
「それは『ソンゴクウ』です」
「オラか!」
姓名が揃った名前は少ない、間違えるのも無理はないが……仮にも司会進行役が間違えるのはどうなんだ?
「ソシルミ選手」
「1番だ、クリリン、君と戦うことになるな」
「そ……そうですね……!」
「いい試合にしよう」
「は、はい……」
少し目をそらすふりをして様子を見てみると、クリリンは見るからにビビりつつ、なんとか自分を奮い立てようとしているようだった。
まあ、修業で散々力と腕を上げたとはいえ、目の前であの大猿のシッポを一刀両断する所を見せられては、恐れたくなる気持ちも分かる。
と、そうこうやっている内に、クジは終わり、残るはルール説明を残すのみとなった。
試合順は、以下の通りだ。
第1試合:俺(ソシルミ)VSクリリン
第2試合:ランファンVSプリカ
第3試合:ヤムチャVSジャッキー・チュン
第4試合:ナムVS悟空
……最初の試合からクリリン、勝ち抜けばプリカ、最後は、悟空か、ジャッキー・チュンこと亀仙人。
俺にとっちゃあ、万々歳な試合行程だ。
「以上のように決まりました、試合は時間無制限の一本勝負、勝負が決まるのは、武舞台から落ちてしまった場合、『まいった!』と言った場合、ダウン後テンカウントを取られた場合です」
「禁則事項はないのですか?」
「武器の使用、防具の着用、急所攻撃、つまり、目や急所への攻撃は禁止となります」
「なあ! きゅうしょってなんだ?」
「キンタマのことだ」
「お、おいソシルミ!」
「きゃっ❤」
ああだこうだと言っているが、要するにこれは『致命的な後遺症を残すことはするな、美学に反したことをするな』という最低限のお達しだろう。
これがスポーツの大会ではなく、武道の大会である以上、下手にルールを多くしても戦闘の純粋さを損なうだけ、というわけだ。
……実際、元の歴史でもまじめなスポーツの大会なら非紳士的行為で失格になるような行為が頻発しているが、咎められたのは武器の使用くらいだ。
「ねーねー! 昼メシは!?」
「あなた試合前にゴハンを食べるんですか?」
「オラは食うっ!!」
「で、では彼に昼食の支度を……」
「我々もご相伴に預かりたい、食うよな、プリカ、俺が作った飯以外は久しぶりだろう?」
「あ、ああ……うん」
周りの選手たちとアナウンサー、係員たちが『こいつらマジか』という目で見ているが、試合前の補給は重要だ。
「それでは第1試合の始まりです!! 両選手、入場してください!!」
まず、ゆっくりと歩み出たのはソシルミであった。
弱冠14歳にして170センチの長身を少しもぶらさずに突き進み、乱雑に切りそろえられた赤茶の短髪と纏った僧衣を風に揺らす彼の肉体には生傷が刻まれ、その奥に潜む莫大な筋肉を彩っていた。
唇は一文字に結ばれ、しかし、確かな闘志の炎が、瞳の奥に滲んでいる。
「……がんばれよ、クリリン!」
「う、うん……!」
追って武舞台に登ったのは、クリリンだ。
とても高いとは言えない背のてっぺんには見事に剃られた坊主頭、額には6つの焼印が出家者としての証を示す。
山吹色の道着は不安そうに揺れ、しかし、その胸は、初めての晴れ舞台に高鳴っていた。
齢は同じく、14である。
「こちら、ソシルミ選手、クリリン選手、なんと、どちらも同じ14歳、お二人ともお寺の出身に見えますが……」
「こ、こいつオレと同い年なのか……!? あ、い、いや……、前は多林寺にいましたが、今は武天老師さまの元で修業しています」
「な! なんと、あの武術の神と謳われた武天老師さま!?」
「え、ええ……」
観客席から、大きな歓声とどよめきが上がる。
武術の神と謳われ、弟子にはあらゆる格闘術において右に出るものなしとまで語られる孫悟飯を持つ武天老師の名声は、齢300を超えてなお陰りを見せていなかった。
「まさかあの方が生きて、いや、新しいお弟子さんをとっていらっしゃるとは……、おっと、失礼しました、それでは、ソシルミ選手はどちらの道場のご出身で?」
「ああ、俺は――――」
「――――そやつの師はわたしだ」
観客席から飛び込んだ声に、会場の誰もが振り向く。
その先には、立ち上がった浅黒い男、筋骨隆々の肉体を包む黄色い僧衣に、縮れ毛のその姿は、天下一武道会にまで足を運ぶ格闘技マニアであれば、確実にその名を知っている、その男は。
「ぜ、前優勝者、チャパ王!?」
「もっとも、わたしは既に『かつての』師でしかないかもしれんがね、何しろ、おまえはわたしを倒してそこにいるのだ」
「……そんなこと、あろうはずがございません、師匠、私は今でも、もし別の師に仕えようとも、貴方の弟子ですとも」
「なんと……! ソシルミ選手が前優勝者のお弟子さんで、しかも師匠であるチャパ王を既に破っているとは! これは驚愕の事実です!」
「ま…マジかよ……!!」
「へえ、あいつそんなすげえヤツだったのか!」
ざわめき出した観客をよそに、チャパ王はニヤリと笑って座り直し、その弟子であるソシルミもまた、ニタリと笑ったまま、クリリンに向き直った。
「ま、まさか、お二人があの武術の神、武天老師さまと前優勝者チャパ王のお弟子さんだとは……! これは、第1試合からとんでもないことになってしまいました!」
「……それで、試合開始の合図はまだですか?」
「は、はい! 第1試合、はじめっ!!」
小太鼓、続けて銅鑼。
会場を揺らすその響きは、試合開始の合図だ……が、両者、互いを見据えたまま固まり、にらみ合いの形とる。
「……ごくり」
(クリリンは大分腕を上げた、見て分かる)
不安げに揺れながらも、一切重力に負けぬ立ち姿。
自分への恐怖に怯える足は、いつでも地面を蹴り飛ばし、その体が持つ総力を叩き込む準備を完了している……そう、ソシルミは理解した。
だが、その恐怖は擬態ではない、強靭に鍛え上げられた身体と気概が、怯える心を支え、追い越しているのだ。
「チェィッッ!!」
「うわぁっ!?」
ソシルミが放つ不意打ち気味のローキックに、飛び上がっての回避で対処するクリリン。
これも随意的な判断ではない、半ば反射的に体が回避しているのだ。
「へェ……!」
「最初に仕掛けたのはソシルミ選手、鋭いケリですが、クリリン選手、なんなくかわしました!」
「え、あれ?」
「次行くぞ」
「へ?」
クリリンが自分が成した素早い回避に驚く間もなく、ソシルミは次々と四肢を突き込む。
だが、今度はクリリンも回避せず……その全てを、腕で受け止めた!
「まさか、ここまでとは……!」
「な、なんだよニヤニヤしやがって!」
「こっちの話だッッ!!」
「ソシルミ選手、猛攻です! クリリン選手は全て受け止めていますが、今のところ防戦一方! 逆転の手段はあるのかーっ!?」
最初は手足を突き出すだけの動きだったものが、次第に、体幹より生み出される力を最大限に活用する大きな動きへと変わりつつある、それはソシルミの攻撃の事であり、クリリンの防御のことでもあった。
「はははははッッ!! ……チェリァアッッ!!」
「うわぁーっ!」
激しい連撃の最中、ソシルミが放った一発の突きがクリリンを弾き飛ばす。
クリリンは咄嗟の受け身で辛うじて武舞台からの脱落は防いだものの、彼の窮地は、誰の目にも明らかであった。
「おおーっと! ここで、ソシルミ選手の一撃が炸裂! クリリン選手、絶対絶命です!」
「さあ、どうしたクリリン! 亀仙人の修行はその程度かッ!」
「く、くそ……!」
(ソシルミめ、敵の底を見ようとする悪いクセは治っていないようだな……)
クリリンの目には、ソシルミが人生始まって以来の強敵に見え……否、実際そうだった。
魔神城での決戦から8ヶ月間、クリリンは亀仙人の修行をこなしながら、必死にあのソシルミの雄姿に追いすがり、今では、当時のソシルミと同等の力まで手にしている。
だが、13~14歳の8ヶ月はソシルミにも平等に流れ、結果的に、パワーバランスは左程変わることがなかったのだ。
クリリンは考える。
(くそ……! こいつは力は悟空なみで、技も多林寺の師範よりずっとすごい! 正面からじゃ、どうやっても……)
クリリンは懐に忍ばせたパンティに意識をやるが、すぐにかぶりを振って否定した。
(いや、あいつはこんなのに釣られるタイプじゃないよな……、何か、何かしないと……!)
「来ないならこちらから行くぞッッ!!」
「くっ!」
ソシルミの更なる連撃!
クリリンの防御も進化し、防御と回避だけの単調なものではなく、逸らし、弾き、攻撃を刺し込もうとする技巧的なものへと変じつつあるが、それでもなお、実力差を埋めることはできない!
(流石『地球人最強』の卵、亀仙人の修行に本人の才覚が加わっているのか、素晴らしい成長速度だ!)
(ダメだ、全然当たらない! こうなったら、イチかバチかだ!)
満身の力を込めたパンチを放つクリリン、だが当然、コンビネーションのない大技は防がれ、ソシルミの腕を一瞬痺れさせて終わる――――その一瞬で、クリリンは武舞台の端にまで飛び退いた。
「むッ!?」
「たぁーっ!!」
そして、そのまま遥か上空までジャンプ!
「あいつ、一体なにを……」
「いかに飛び上がろうとも、敵を拘束せねば有効な一撃は放てまい、武天老師の弟子、一体何を考えているのだ? ……いや、まさか!」
「わかったぞ! クリリン!」
クリリンは上空で姿勢を立て直すと、武舞台を眼下に見据え、横倒しになった体の正面に腕を突き出す。
「まさか、『あれ』を!」
「か……!」
「やはりそうかッ!!」
突き出した腕を、揃えたまま脇腹に引き込む、その動作を知っているのは、この会場でも、今まさに技を受けようとしているソシルミを含め、数えるほどしか居ない。
伝説の技!
ソシルミは試合時始まって以来、最大の笑みを浮かべ、クリリンを見上げる。
前世から焦がれ続けたその必殺技を前に撤退を選ぶ理由など、彼にはないのだ。
「め……は……め……! 降参しろソシルミ! うつぞ!」
「そのまま来いッッ!!」
「なっ……!? くそっ! オレはどうなっても知らないからな!」
クリリンの掌に青白い『気』が収束する、高められたそのエネルギーの破壊力は、山をも吹き飛ばすだろう。
だが、ソシルミは動じない、一切動かないまま、空高く舞い上がったライバルを見据え続ける。
「……波ぁーっ!!!」
「――――ッッッ!!!!」
天から真っ直ぐ武舞台に突き刺さった光の柱を前に、観客は息を飲み、アナウンサーは叫ぶ!
「信じられませんっ! あの武天老師さまにしか使えないと言われていたかめはめ波を、わずか14歳のお弟子さんが使うとはっ! ……ソシルミ選手は大丈夫でしょうか」
「はぁ……はぁ……」
もうもうと土煙が立ち込める中、静まり返った会場にクリリンの荒い息遣いが聞こえる。
「ま、まさか消えさってしまったのでは……!?」
「勝手に殺すな、……ものの試しで受けるには、少々きつい技だったがな」
「あ……ああっ!!」
煙の中から、土埃に濡れた赤茶の髪が現れる。
僧衣はちぎれ、擦りむいたような生傷と焦げ目を晒したソシルミがそこに居た。
「く……とりゃあーっ!!」
「
ソシルミは、クリリンの突撃を回し蹴りで弾き飛ばす。
そも、突撃に勢いはまるで無く、試合の雌雄が決したのは誰の目にも明らかであり――
「――場外! クリリン選手場外! 力を使い果たしたクリリン選手、決死の突撃も甲斐なく、やられてしまいました……しかし!」
アナウンサーは大きく息を吸って、叫び続ける。
「まったく、素晴らしい試合です! 天下一武道会、第1試合、勝者はソシルミ選手です!!」
どっと観客が湧き、勝者と、敗者の健闘を称える。
観客のコールに、申し訳程度の愛想を振りながら、ソシルミは驚嘆していた。
(まさかこの時点で、クリリンがかめはめ波を習得している……いや、実戦レベルで使えるとは)
ソシルミが記憶する歴史において、クリリンがかめはめ波を放つのは3年後、この次の天下一武道会での出来事だった。
だがそれは覆された、目の前のクリリンは、14歳の時点で見事にかめはめ波を放ってみせたのだ。
(『魔神城のねむり姫』は本来の歴史とはズレた映画だ、実際、続編の『摩訶不思議大冒険』の内容は第21回天下一武道会から、第22回天下一武道会、それにピッコロ大魔王編までのちゃんぽん、……とすると、クリリンがこの時点でかめはめ波を撃っていても不思議はない)
……そう結論づけたソシルミであったが、実際の所、それは間違いであった。
(せっかく武天老師さまにかめはめ波を見せてもらったってのに、カッコわりいなぁ……)
師匠と、兄弟弟子が使うという必殺のかめはめ波。
それを使えないという恐怖、更に、魔神城で見せつけられた少女のビーム乱射。
更に、自分たちでは妨害がやっとであったルシフェルと互角にやり合い、圧倒的な強さを持った大猿に自ら飛び込みシッポを切断した男の勇姿。
それが、クリリンを歴史以上の鍛錬へと駆り立てていたのだ。
「……クリリン!」
消沈するクリリンの目の前に、傷だらけの手が差し出される。
顔を上げるとそこには、たった今戦いを終えたばかりのライバルの姿があった。
「最高の試合だった、ありがとう」
「……こ、こちらこそ」
ソシルミがかけたのは、礼だった。
一瞬、クリリンは言葉に詰まりながらも、なんとか礼を返して、その手を取った。
「次の武道会でもやろう、今度も俺が勝つ」
「ば、ばか言え! オレが勝つぞ!」
ソシルミはかめはめ波を受け止める瞬間以上に深く笑みを浮かべて、クリリンを引き上げた。
天下一武道会、『世界で一番強いヤツ』を決める大会は全7試合。
奇しくもこの世界を象徴する願い玉と同じ数を持ったその大会の初戦がここに終結し……次なる激戦の火蓋が切って落とされようとしていた。
→つづく
書き溜め、プロット完成分はここまでです。
さあ、ここからは全体プロットを横目に見ながら高度な柔軟性を維持しつつ臨機応変に進んでいくぞ!
【まじめなスポーツの大会では非紳士的行為で失格になるような行為】
悪臭や老廃物、体液で敵選手をけん制する・色仕掛けで敵選手をけん制する・飛行物体を召喚、搭乗する・女性用下着で敵選手の視線を誘導する・武舞台やその周辺構築物を破壊する・観戦中の人物から強奪したサングラスを防御に使用する・他選手の試合に横やりを入れる・敵選手と結婚する・小道具(小型の容器)を使用する・敵選手の小道具を嚥下する・観客を恫喝、(巻き込み含め)攻撃する・試合が成立しにくいほどに巨大化する・サングラスやマスクを着用して試合に臨む・敵選手およびその親類縁者への罵倒
など