碁石アレルギーとはなんぞや【完結】   作:Una

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第10話 理由

「え、と……」

「なにを躊躇うんだよ? まさかさっきの言葉は嘘っぱちか?」

「そうじゃなくって、あの」

 

 越智に詰め寄られ、タジタジになったあかりは、助けを求めてヒカルを見た。それを受けてヒカルが慌てて二人の間に入る。

 

「ま、まあ待てよ越智。悪かったって、悪気はなかったんだ」

「気安く名前を呼び捨てするなよ。なんでボクの名前知ってるんだ、表彰式にいたの? というか、悪気があったかどうかなんて関係ない、これはボクのプライドの問題だ! それともなに、お前が打つのか?」

 

 メガネの蔓に指を押し当て、越智は嘲るように言う。

 

「あ、いや俺は」

 

 いきなり向けられた矛先に思わず口籠ると、越智は鼻で笑った。

 

「ふん。まさか、ボクの準優勝って肩書きにビビった? 言っておくけど、決勝でもたった半目差だし、相手は六年生だ。お前、何年生? 四年か五年? 何年でもいいけど、お前ごときじゃボクには敵わないよ」

 

 ヒカルの口が引きつった。確かに自分は小柄であるが、まさか二つも年下の越智に同い年扱いされるとは。

 

「それともお前、碁石の持ち方もわかんないとか? そんなチャラチャラした髪だもんね、デカい口叩くしか」

「オチ君」

 

 越智の言葉を遮って、あかりの声が小さく響いた。

 

「黙ろうか」

 

 決して声を荒げているわけではない。

 だがその瞳に宿る力の強さに、越智は口をつぐんだ。

 つ、と汗がこめかみを伝う。

 そんな越智から視線を外して、あかりはその横を素通りする。

 

「な」

「あかり?」

「? どうしたの」

 

 振り返ったあかりは首を傾げて、

 

「向こうに打つ場所があるんでしょ?」

 

 それだけ言ってあかりは視線を切り、棋院の奥へと歩を進める。

 

「っ、こ、こっちだ!」

 

 ムキになった越智が早足であかりを追い抜いていく。

 ヒカルは二人に取り残された形になってしまった。

 

「……えぇ」

 

 いきなりどうした、というのが素直な感想だ。

 

「なんでいきなりテンションフルスロットル?」

 

 最近あかりがわかんねぇ、とヒカルは独りごちた。

 

「何がわかんないの?」

「え?」

 

 なんだか、懐かしい声が背後から聞こえた。誰? と振り返ると、やっぱり懐かしいオカッパ頭が棋院のガラス扉を開けて入ってきたところだった。

 

「と、塔矢⁉︎なんでここに?」

「あ、いや……」

「お、お前って子ども大会に出ないよな? なんで棋院に?」

 

 おかしい、とヒカルは驚愕する。前回、大会から追い出された自分と鉢合わせたのは『偶然』だったはずだ。塔矢はアマの大会には出ないのだから、早めに棋院に入っていた自分とアキラが出くわすことはないはずだ。

 

「いや、先週市河さんが君に大会のチラシを渡したって聞いたから、もしかしたら君と一緒に藤崎さんも出ているかと思って」

 

 もしかしたら? 思って? 

 

「それだけでここまで来たの? まさか前回も俺を」

「前回?」

「な、なんでもねーよ。で、わざわざあかりに会いに来たわけ? チラシの件だけで?」

「うん」

 

 怖っ。

 そんな、当たり前だよね、みたいな顔でうなずかれても。これ以上重要なことがこの世にあるのか、とでも言わんばかりの堂々とした態度だ。

 そういやコイツってこんなやつだったな、とヒカルは思い出しながら息を飲んだ。佐為を追って中学の大会にまで出てきたのだから。前回は自分が追いかけるばかりですっかり忘れていた。

 

「で、藤崎さんは来てるの? それともここには君だけで?」

「あ、あー……いるよ、あかりも。奥の、フリースペースで対局しようって」

「君と?」

「越智と。てわかんねーか。えーっと、ああそうだ、この大会で準優勝したやつと」

 

 へぇ、とアキラは目を見開いた。

 

「強いんだ? その人」

「……どうだろ。まああかりが勝つだろうけど」

「確かに藤崎さんは強いものね。中押しで終わるかな?」

「まあそのくらいの差はあるな」

 

 ふぅん、とアキラは呟く。

 

「打つ前からわかるなら、なんでわざわざ打つことになったの?」

「なりゆき?」

「なにそれ」

 

 くす、とアキラは笑った。これにもヒカルは衝撃を受けた。笑うんかコイツ。初めて見たわ。

 

「じゃあ行こうか」

「え?」

「中押しで勝てるなら、早く行かないと終わっちゃうよね」

 

 そう言ってアキラは先導するように行ってしまった。

 なんか、なんだろう。

 俺の周りって猪突猛進なタイプばっかだな、なんてヒカルは思った。

 

 

 

 

 ◯●◯●◯●

 

 

 

 

「……あり、ません」

 

 即落ち2コマ、という謎の単語がヒカルの脳裏に浮かんだ。

 やはりというかなんというか、越智とあかりの対局は中押しであかりの勝ちだった。

 アキラと対局スペースに到着したときには既に終わっていた。

 清々しいほどの一刀両断であった。

 

「ありがとーございました」

 

 あかりも越智の声に応えて頭を下げた。そのまま流れるように黒石を回収しジャラジャラと碁笥に納めた。そのまま椅子に掛けたコートを持って席を立った。

 

「あ、ヒカルいたんだ。向こうで待っててもよかったのに」

「お、おう。いや、お前検討しねーの?」

 

 ちらりと見れば越智は席に座ったまま俯いている。その後ろには禿頭の男性が青い顔をして越智の背を撫でている。親、というには年嵩すぎる。祖父だろうかとヒカルは思う。

 

「んー……検討はいいかな。するほどの内容もないし」

 

 うわ言っちゃった、とヒカルは引いた。

 確かに、対局は中盤に差し掛かる前、というより布石の段階で形勢が決まってしまっている。どんだけ容赦ねーんだよ、と思わなくないが、上手としか打ったことのないあかりに手加減を期待する方が間違っている気もする。

 

「あれ、塔矢君」

「こんにちは、藤崎さん」

 

 ぺこり、とアキラは会釈する。ぴくり、と越智が動いた。恐らく『塔矢』の名前に反応したのだろう。

 

「どうしたの、棋院に。用事? 大会には出てなかったよね?」

「うん。藤崎さんは? 藤崎さんも大会出るレベルじゃないよね?」

 

 ビク、と越智が痙攣のように震えたのをヒカルは視界の隅で捉えた。

 こいつもデリカシーないとこあるよな、とヒカルはヒヤヒヤしながら越智とアキラを交互に見た。前回も、葉瀬中に来た時に『学校の囲碁部なんかに』とか言ってたんだよな、筒井さんのいる前で。

 あ、越智のやつ、石も片付けないで走って行ってしまった。多分またトイレだろう。

 代わりに石を片付けて、越智の祖父らしき人に行っていいですよとジェスチャーで伝える。

 

「す、すまんね君」

 

 そう言って右の手刀で切りながら越智の後を追って行ってしまった。

 その一方であかりとアキラは依然と会話を続けている。

 

「うん。今日は子ども大会じゃなくてね、他のアマチュアの大会の日程を棋院に聞きに来たの」

「他の大会? アマの?」

「うん。とりあえず今月はね、段位認定戦と女流アマの予選に出るの!」

「女流、か」

 

 うーん、とアキラは唸る。

 

「どうしたの?」

「藤崎さん、また碁会所には来ないの?」

「え?」

「ボクは毎日、放課後は大体あそこにいる。君ならどう打つか、もしかしたらこう打たれるかも、そんなことばかり考えている。君とまた打ちたいんだ」

 

 真摯な目であかりをまっすぐ見つめて告げるアキラの言葉に、しかしあかりは難しい顔をして、

 

「うーん……なんのため?」

「……………………え?」

 

 首を傾げるあかりの顔は、本当に不思議そうだった。

 

「なんの、ため?」

「うん。塔矢君って、塔矢名人の息子さんなんでしょ? じゃあわざわざ私と打たなくても家でお父さんと打てばよくない?」

「ち、違うよ。お父さんと君とでは違うんだ。君と、打ちたいんだ。君とならお父さんや他のプロの人たちと打つのとは別のものが得られるかもって」

 

 アキラが早口で言葉を紡ぐ。その剣幕には、側から見てもわかるほどの焦りが見えた。

 

「それとも、ボクとは打ちたくないの? ボク、君に何かしてしまったかな。今も別の人と打ってたのに」

「それは理由があったからで。塔矢君とは打ちたくないってわけじゃないけど」

 

 ちらり、とあかりはヒカルを見た。

 

「でも碁会所遠いし、わざわざそこまで行って打つ理由もないかなって」

 

 あかりは、戦う意味の所在を問うた。

 アキラは、戦わない理由の所在を問うた。

 二人の会話は、思いは、ずっと平行線だった。

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