碁石アレルギーとはなんぞや【完結】   作:Una

23 / 30
今回で原作1巻まで終了


第23話 承諾

 大会に優勝したのは準決勝であかりを下した、中島と名札をつけた方だった。

 今回で二連覇だそうだ。

 組み合わせで準優勝の可能性もあったと思うとあかりにとっては惜しかった結果だ。

 組み合わせといえば、トーナメントの一回戦で当たった若い女性も実は昨年の準優勝者で、今年は中島さんへのリベンジに燃えていたのだそうだ。近々プロ試験を受けるつもりだったのに、とも漏れ聞く話にあった。

 

 そんな人たちに勝利してしまうあかりは何者なのか。

 そういえば、と思い返してみれば。

 あかりはプロの先生がやっている研究会に通いたいと言った。

 それに頷きはしたけれど、あの時はプロとやらが経営している碁の塾に通っている、くらいのものだと考えていた。

 でも先ほど中島さんと話した時、プロに弟子入りしている、と言っていた。

 弟子入りってなに? 

 門弟制度があるの? 囲碁の世界には。

 それとも能楽や華道みたいな家元制度だったりするのだろうか。

 というかどのプロの弟子になったのだろう。親として挨拶に伺わなくても良いのだろうか。

 

 閉会式であかりも他の受賞者と一緒に壇上に上がってトロフィーなんかをもらっている。その時に惜しかったね、なんて声をかけられていた。

 その後の写真撮影なんかも終え、ようやくあかりは観覧席にいた私たちの元へと戻ってきた。

 その後ろから、二人の男性が一緒に歩いてきている。

 どちらも見覚えがある。一人は閉会式でも大会審判として挨拶をしていた、あの塔矢名人だ。その奥には白いスーツを着たメガネの男性、囲碁雑誌の表紙にもなっていた緒方というプロ。

 隣に立っている塔矢アキラくんに用があるのだろうか、と思っていれば名人は私にピタリと視線を合わせて、その威厳はそのままに、

 

「初めまして、ご挨拶が遅れて申し訳ありません。藤崎あかりさんを預かっております塔矢行洋と申します」

 

 そんなことを言いながら私と夫に対して頭を下げたのだ。

 あの塔矢行洋が、である。テレビなんかでもたまに見るし、新聞でも話題に上がることが多い、現代最強の碁打ちと言われる方が、だ。

 ことの重大さにいまいち実感のない夫は呆けた顔で突っ立っていた。その脇腹に肘を打ち込んで腹をくの字に曲げさせる。遠目にはお辞儀に見えなくもないだろう。

 

「いえ、こちらこそ普段からあかりが息子さんにお世話になっているようで」

「息子のアキラだけではありませんよ。うちの研究会でも鋭い意見で私たちプロをハッとさせることが多い。若手のプロもまだ数回ですが勝ったことがあるのですよ。息子のアキラとも互角に打ちますし、あかりさんを迎えたことでこちらも得るものがたくさんありました。お世話になったとこちらも言わなければなりません」

「まあそんな」

 

 研究会、とはそんな、プロと何度も対局できるような場だったのか。

 今まで研究会とは塾というか、たくさんの子供がプロにあれこれ指示されながら子供同士で碁の対戦をする程度のものだとばかり思っていた。近所にある白……なんとかいうプロの先生がやっている囲碁教室もそんな感じだった。

 

 話の流れ的に、あかりが弟子入りしたプロというのは塔矢名人のこと、なんだろう。

 その繋がりで息子のアキラくんとも碁を打つようになったのか。

 このあたりは後であかりに要確認だが。ヒカルくんとの関係も含めて。

 いやほんと、ヒカルくんが塔矢アキラくんに向ける視線の内訳によってはひどいことになる。

 

「ところであかりさんは今年プロ試験を受けられるのですか?」

 

 父さん、とアキラくんが慌てたように声を上げた。

 

「息子のアキラはすでにプロ試験に合格する力があります。その息子と対等に打てるあかりさんも同じこと。せっかく受けるのなら一緒に受験して同期として囲碁界を盛り上げていただければ、と愚考している次第でして」

「プロ試験、ですか?」

 

 夫が素っ頓狂な声をあげる。プロを目指すだけならただだろう、なんて呑気なことを言っていた夫だ、まさか目の前に娘の現実的な進路として囲碁のプロなんてものが提示されるとは思っていなかったんだろう。

 

 対して私は塔矢行洋の言葉を冷静に受け止めることができていた。

 もしかして、と仄かな期待を今日抱いたのは確かだ。娘のあかりはプロになれるくらい強いのではないか、と。

 

「あの、失礼ですが」

 

 私は周りに視線を巡らせる。特にこちらの会話に注視している人はいないようだ。それでも一応私は声を小さくして、

 

「碁のプロって、収入はあるんですか?」

 

 キョトンとされたが、これは当たり前の疑問ではないか。

 いやプロを名乗る以上お金をもらっているのだろうが、それは野球のように企業が所有するチームに所属しているとか? それともテニスのように選手個人にスポンサーが付くのか。あるいはK–1やボクシングのように1試合ごとにファイトマネーでも? 

 

 塔矢先生はしばし考えた後に口を開いた。

 

「もちろん収入はあります。スポンサーは主に新聞社ですね。企業が大会を主催し、対局すれば見あった対局料が得られますし、勝ちを重ねれば大会で勝ち残り、対局数が増え、収入が上がります。つまり活躍すれば1千万や2千万、大会で優勝すれば億に届くことも」

「では成績が悪ければ年収がゼロ、ということもあるわけですか?」

 

 問題はそこだ。

 あかりがどのような将来を進むかは神ならぬ人間の身にはわかりようもないが、食いっぱぐれる可能性はできる限り少ない将来を選んで欲しいのだ、家から犯罪者を出さないためにも。

 収入の最高額という夢よりも、最低ラインはどのくらいかという現実の話がしたいのだ。そのことを塔矢先生も把握してくれたようで、

 

「対局料は勝敗に関わらず同額が支払われます。あくまで勝利すれば対局数が増えるというだけで。棋戦、つまりプロが参加できる大会は賞金の大きい七大棋戦の他にも十以上あります。それに加えて大手合という昇段のための対局でも対局料は支払われますし、その対局料も一番安くても数万から」

 

 ふむ、と塔矢先生は顎を撫で、

 

「加えてプロ棋士の仕事は碁を打つだけではありません。イベントでの指導碁や解説、今日の私のように大会のスタッフとして参加して収入を得ることもできますし、囲碁の教室を開いたりする者や碁会所の経営、本を出しての印税……収入を得ようとすれば方法はいくつもあります。よほど仕事を休んだりしなければ生活に困ることはありません」

 

 飢えたら研究会で食事は出しますし、と笑った。

 

「それにあかりさんであればそのようなことは杞憂に終わると思いますよ」

 

 才能があれば10代で年収が400万円いく棋士も珍しくありませんよ、と塔矢先生は言った。

 

 

 

 

 

 

 

 アキラくんはそのまま塔矢先生と合流し、私たちとは別れとお互いに帰路についた。

 皆、夫の運転する車内では沈黙しっぱなしだった。

 皆が、あかりの将来について考えているのだ。本来関係のないヒカルくんも口を開かなかった。

 ヒカルくんを進藤さんの家まで送り、帰宅した頃には午後6時を回っていた。

 

「あかり」

「……うん、なに?」

 

 私と夫、そしてあかりの三人で食卓につく。

 口火を切ったのは私からだ。

 

「あかりは、プロになりたいのよね?」

「うん。なりたい」

 

 そう言ってこちらを見つめるあかりの目は、とても強いものだった。

 鼻から大きく息を漏らす。

 認めよう。

 あかりには、碁のプロになれる実力があるのだと。それに伴う強い気持ちがあるのだと。

 そのことはこの二日間でよくわかった。そして今確認もできた。

 とはいえ、プロになったところでそれで生活していけるかは別問題だが。

 

「十分プロになれるくらい強い、てことはお母さんもお父さんもよくわかったわ」

「じゃ、じゃあ!」

「でもね、もしかしたらプロになれないかもしれない、何年もプロ試験を受けて合格できないかもしれない。ただ強いだけでなれるわけじゃないでしょ?」

「……うん」

「それにプロになっても全然活躍できなくて、普通に就職した方が生活できるってこともあり得るわけじゃない」

「……」

 

 もちろん生きていけるだけの収入を得られるのであればよし。

 しかしダメだった場合の逃げ道を作っておかなければならないだろう。

 

「だからね、プロ試験を受けるのは良いと思う」

「いいの?」

「ただし」

 

 指を一本立てる。

 

「まず第一に、プロ試験を受けるのは高校1年生まで。それまでにプロになれなかったら2年生からは学校の勉強に専念すること」

 

 指をもう一本立て、

 

「もしプロになれてもなれなくても、高校には絶対行くこと」

 

 そして三本目の指を立て、

 

「高校卒業までに年収が150万円以上行かなかった場合は、プロの引退も含めて将来のことをもう一度考えること。これが守れるなら、プロ試験を受けてもいい。確か、学校を休まないといけないんだったわよね?」

「うん。2ヶ月くらい、週に一回。火、土、日の週三回対局していかないといけないんだって。夏休みも入るから実際に休むのは一月くらい」

「そう」

 

 まあ、週に一日くらいなら良いだろう。中学生のうちにプロになれる確率は高いそうだし、公立の高校に進学できる程度の学力を維持してくれればいい。

 

「頑張れる?」

「うん!」

 

 力強く頷いて、あかりは笑った。

 空気だった夫は、私たちの会話がまとまるのを見計らって「今日は外食にしよう」と提案した。

 

「大会頑張った記念と、これからプロを目指す激励ってことで」

「そうね。これから用意するのも面倒だしね。あかり、お姉ちゃん呼んできなさい」

 

 はーい! とあかりが階段を駆け上っていく。私は夫とどこに何を食べに行くかの相談を始めた。

 店に着いたら、ヒカルくんやアキラくんについて聴き出さなければなるまい。藪蛇になるかもしれないが、実はちょっと楽しみだ。

 怖いもの見たさともいう。

 

 

 




プロ棋士の収入についてはちょっと調べきれませんでしたので、ああそんな感じなんだー程度で多目に見ていただければ。

また、プロになる方法についても何通りかあるため、本作では東京では夏のプロ試験で三人という原作の形式のみでいこうと思います。女流特別採用枠などは扱わない方向で。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。