▽投稿する予定の物ではなかったので駄文です。ご容赦ください。▽
二月四日 金曜日 晴れ
突然だが僕の兄貴はモテる。ものすごくモテる。
成績は優秀だし、運動もできる。
人当りもよく、クラスの人気者だ。
先日もクラスメイトに誕生日会を開いてもらったらしく
何が言いたいかというと、とても羨ましいという事だ
このように日記の切り出しを兄である《石宮(いしみや) 海斗(かいと)》について書いているのはあの忌々しき日が近づいてきたからである。
そう、『恋愛』という二文字に踊らされる愚者達が街中に蔓延るバレンタインデーである。
今年もおそらく兄貴は、道端のゴミを拾う様に大量のチョコレートをこの家に当然のようにお持ち帰りするのだろう。
なんて妬ましい。昨日食べた恵方巻きの幸せさえも、風に乗せられたビニール袋の様に吹き飛んでしまった。
だがそんな辛い恒例行事も今回でおさらばする予定だ。
高校に入ってから僕は今日まで友好関係に力を注いできた。兄貴の様にとはいかないが、それでも成績や運動もずっと継続してきた。今度こそ友チョコも……
そして、本命チョコも貰うんだ!
……それはそれとして、今日の朝飯は節分豆のあまりだった。恵方巻きの幸せが飛んでしまったのは豆のせいなのかもしれない。許すまじ、母さん。
二月五日 土曜日 曇り
やはりというべきか、クラスの男子たちの様子がすこしおかしい。
普段寝癖も直さず遅刻ばかり繰り返す佐々木は、髪をセットして余裕をもって登校してきた。ただ、目の下のクマを見る限り、夜更かしでのゲームは手を抜いていないのだろう。これは、当日だけ寝坊からの寝癖コースへのフラグだと僕は予想する。
ゴリゴリ勉強ばかりのメガネ男子である川口もコンタクトになっていた。彼曰く、メガネを修理に出しているだけだ、という事らしい。なるほど納得しやすい理由だが、君のメガネは先々週変えたばかりの新品ではなかっただろうか? たとえ本当に修理していたとしても、おそらくバレンタインまでには帰ってくるぞ?
とまぁ、こんな感じで教室中が浮ついているのだ。こういう空気は年が積み重なっても変わらないものだと実感したところで、肝心の兄貴の話だ。
僕の予想通り、兄貴にチョコを渡す予定の女子は同学年でも結構いるようで、中には俺に渡すようにお願いしてくる奴もいた。兄貴は邪険にはしないだろうから頑張って直接渡せばいいよ ……と言おうと思ったが、兄貴のチョコの数を減らせる絶好のチャ
チョコの数が毎年、新聞の文字のように多いので、あくまで家族として虫歯などの心配もある。よって、僕が預かって後でこっそり食べることにした。
僕に預けてきた彼女たちには感想を兄貴からという事にして伝えておこう。誰も知らなければウィンウィンな関係だ。家族のためだから仕方ない仕方ない。
ちなみに僕は今日、五人ほどチョコをくれる約束をとりつけた。彼女たちはどんなチョコを作ってくれるのだろうか? とても楽しみだ。
二月七日 月曜日 晴れ
今日はとても気分がいい。
クラスで気になっていた《梨(なし)野(の) 沙羅(さら)》と付き合うことになった。いままでもいい雰囲気になることはあったが、偶然二人きりになるタイミングがあり、この機会を逃すまいと告白をしたのだ。
正直、不安だらけで後で思い返せばロクな告白ではなかったが、沙羅はこの時期にしてはちょっと早くない? と笑いながら了承してくれた。めちゃくちゃいい子だ。
そして彼女はバレンタインのチョコも用意してくれるらしい。正直こんな時期に付き合い始めて準備も何もないだろうに、ちゃんと作ってくれるそうだ。ホントめちゃくちゃいい子だ。
僕はいまとても幸せだ。風船のトランポリンの中に埋もれているような気分だ。
高校生、最高‼
話は変わるが、買い出しを頼まれてスーパーにいったら、《静(しず)香(か)姉さん》とあった。静香姉さんは兄貴の幼馴染で、僕の初恋の人でもある。だが彼女は当然のように兄貴を好いている。そのことで中学の時はいろいろあったのだが、今は良好な関係に落ち着いている。
話を聞くと、やはり彼女もバレンタインデーのチョコレートの材料を買いに来たらしい。僕にもくれるらしいがやはり大本命は気合を入れて作るそうだ。全く羨ましいよ兄貴。
静香姉さんにはライバル多いですけど頑張ってくださいと鼓舞してから分かれた。
彼女は余裕そうに大丈夫! と答えていた。やっぱりかっこいいな、静香姉さん。
ところで、シチューのルーを買っていたけれど、今晩はシチューなのだろうか? 僕も食べたくなったので母さんに言ってみることにしよう。
二月十日 木曜日 雨
ほんの些細な事だが、兄貴と喧嘩した。
今思い返せば本当にくだらないことだ。だが、僕は到底兄貴を許すことは出来そうにない。なぜなら、兄貴は言ってはならない事を言ったのだ。
そう、兄貴はバレンタインデーが嫌いだと言ったのだ。
別に兄貴はチョコが嫌いという訳ではない。むしろ好きな部類だ。それに、チョコをくれる女子たちの事を嫌っているわけでもない。
あれほどの女子の数だ。一人や二人くらいは変な奴もいるかもしれないが、それでバレンタインそのものが嫌だなんて言わないだろう。実際、誕生日会は大喜びで帰ってきていたし。
そしてなによりも、毎年チョコを抱えて帰ってくるあの全男子学生の憧れの光景をクソ兄貴は、いらないの一言で済ませてしまったという事だ。さらに付け加えるなら、そのチョコの山の中には静香姉さんの物もあるのだ。それをクソ兄貴は要らないと言ったのだ。要らないならくれ。
そんなわけで兄貴と喧嘩した。
だが俺は悪くない。よっぽどのことがない限り絶対、
謝らない。
それはそれとして、沙羅ちゃんのチョコはどんなものか楽しみだ。
追記
試しに兄貴に静香ねぇのチョコが欲しいと言ったら、何が何でも僕だけには渡さないと言われた。マジ絶許。
二月十一日 金曜日 晴れ
明日、沙羅ちゃんとデートに行くことになった。
しかも憧れの制服デートである。一、二時間程度のショッピングデートだが、とても楽しみだ。今から服やデートコースを煮詰めておくことにする。
失敗は絶対に許されない。念には念を張って、兄貴にタロット占いをしてもらうことにした。が、喧嘩中だったので自己流で断念。どうやら明日は転機を迎えるらしい。良いか悪いか曖昧なので、近くの神社に行ってお参りしてきた。3回も願えばきっと叶うはず!
その帰り道に佐々木と会った。どうやら姉に頼まれて、バレンタインの材料の買い出しを任されたらしい。本人曰く、バッティングセンターに行きたかったらしいが、憧れの人からチョコを貰えなくすると脅されたらしい。本命いたのかお前。驚きだよ。なんでも野球部のマネージャーさんで姉の友人らしい。
アオハルだな妬ましい。
ふと違和感を感じた。佐々木の持つ袋が妙に重い気がした。佐々木の断りをいれて、袋の中身を見ると確かに半分ほどはチョコの材料だった。だが残りの半分が少し気になる。なんというか、統一性がないのだ。材料的にも何か一食作れるようなものでもない。
佐々木にそのことを伝えると、
「おっかしいなぁ。姉ちゃんは全部チョコの材料だ! っていってたぞ?」
とのこと。もしやこれはあの有名な飯マズ……
周りも暗くなってきていたので少し世間話をして解散した。佐々木のお姉さんの彼氏又は好きな人、強く生きてくれ。
……あれ? なんかデジャビュを感じたような気が…… これ以上考えてはいけない気がしたので、今日はもう布団に入って寝ることにする。
二月十二日 土曜日 晴れと曇り
沙羅ちゃんと別れた。
おそらく最速記録ではなかろうか? だとしたらなかなか貴重な体験をしたのだろう。まぁ、どちらであろうとこの絶望的な悲しみには変わりはないのだろうが。
きっかけは僕だ。
ただ、隠していたことがばれた。たったそれだけだ。
だが、その秘密はこれから付き合っていく中でとても大きな問題になる事だった。いつかは話すつもりだったが今日ばれてしまうとは思はなかった。
それを知った彼女は別れようと言った。
仕方がないことだ。当然のことだ。彼女には悪いことをしたな、と思っている。
……思っているが、心のどこかで彼女がそれを受け入れてくれると信じていた。
僕の勝手な勘違いだけれど、
彼女には何の責任などないけれど。
見捨てられたことが、悔しくて仕方がなかった。
すごく、悲しかった。
辛かった。
……今日はいろいろありすぎた。もう寝よう。
二月十三日 日曜日 雨
兄貴が心配になったらしく、いつものようにフィナンシェを携えて僕の部屋に来た。喧嘩中の癖に兄貴らしいことするなよ。と思ったけれど、僕は兄貴を部屋に入れた。正直気まずいが、兄貴がお菓子を持って部屋を訪ねるときは、
何とかなるときだけだ。
しばらくして、兄貴は僕の話を聞きたいと言った。どうやら兄貴は昨日の事を、少しだが知っているらしい。彼女と別れたことも。そしてその理由も。
僕は少しずつ、あったことを思い出すように話した。話はとびとびで、きっと後で自分が聞いてもまったく要領を得ないだろう。話せば話すほど、心の底から悔しさが溢れだしてきた。涙も溢れだした。最後は最早言葉にすらならなかった。
ただ、朝梅雨のように泣いた。声が声にならないほどにたくさん……
兄貴は何も言わず肩を貸してくれた。僕はもう高校生なのに。本当はしっかりしなきゃいけないのに。そう思っていたら、兄貴に伝わったのかこう言われた。
「今日まですごく頑張ってきたな、《蛍(ほたる)》……でも世の中にはどうしようもないこともある。けど、どうしようもない壁にあたったからって、今まで頑張ってきたものは消えるのか? 大丈夫さ。高校生活はまだ長いんだ。また頑張ればいい。そしたらきっと、出会えるだろ」
根拠なんてまるでなかった。けれど、その言葉は僕の胸にすとんと納まったのを感じた。
兄貴には感謝しなきゃいけない。振られてくよくよしている時間などないくらい僕は頑張らないといけないから。
……でも、その後も少しだけ肩を借りた。
ありがとな、兄貴
だが、バレンタインが嫌いと言ったことで発生した喧嘩に関しては謝らないと言った。当然喧嘩になった。
後、兄は佐々木から昨日の事を聞いたらしい。どうやってコンタクトとったんだよ兄貴。
そして佐々木よ、明日覚えとけよ。
追記
静香姉さんも、振られたことを知っていたらしく、夕飯時に家に来て慰められた。可哀想に、と言われたのでじゃあ付き合ってくださいと言ってやった。断られた。
その後、皆で夕飯を食べた。すこしだけしょっぱかったけれど、美味しかった。
二月十四日 月曜日 晴れ
友チョコだけはたくさんもらった。
本命を貰えなかったのは悲しかったけれど、仲直りはした。友達としてだけれど、これからも彼女との関係が続けばいいなと思っている。
佐々木には激辛ロシアンチョコを友チョコだと言って渡してやった。泣き顔は最高だったぞ。
高校生活はまだまだ長いのだ。これから頑張ればいい。
あの兄貴が教えてくれたのだ。喧嘩中の身ではあるが心から僕はそれを信じている。
とりあえずこの前のお礼として、雨で持てない分のチョコの山は僕が持ってあげた。
家に帰ってからは僕も一応兄貴にチョコをあげておいた。兄貴は涙して喜んでくれた。静香姉さんに謝れ。
ところで先ほど運ぶのを手伝った際に、いくつかくすねたのでこれから頂くとしよう。全部食べ終わったら兄貴と仲直りしてやってもいいと僕は考えている。
きっと元通りに仲良くなれるだろう。
だって、兄貴は兄貴だから――――
二月十五日 火曜日 晴天
マジごめんなさいでした。
まさか兄貴の貰っていたチョコレートが全部ゲテモノ料理だったとは思わなかった。そう、あの静香姉さんのもだ。
なぜかシチューの味がした。
兄貴曰く、なぜか周りにはまともに料理を作れるやつはいないらしく、毎年ゲテモノを消費するのに苦労していたという事だ。そりゃバレンタインも嫌になる。
僕に徹底的にチョコを譲らなかったのはこれが理由だそうだ。
感謝します兄貴。
それに加え、過去に一度だけ静香姉さんの手作り料理で気絶したらしい。
その時も兄貴が看病してくれたそうだ。ホント感謝しかないです兄貴。
ふと、僕の作ったものもゲテモノだったのか? という疑問が浮かび上がった。
もしそうなら申し訳ない。
それを聞くと兄貴は、
「バカヤロウ、誰が料理教えたと思ってんだ。うまかったに決まってんだろう?
今まで食べたチョコの中で一番うまかったさ」
なんて言われた。全くもって困ってしまう。
……だって、顔が見せられなくなってしまうから。