エレメントハンター:タイプ・クデュック   作:最上 イズモ

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後日談 残された座標

それから、しばらくの間。

世界は、驚くほど静かだった。

 

元素消失の兆候はない。

位相の歪みも観測されない。

あのときのような“流れ”は、完全に消えている。

 

赤城リツコは、完成した試作機の前に立っていた。

巨大でも、派手でもない。

むしろ拍子抜けするほど簡素な装置だ。

 

「パラレルワールド転移装置」

そう呼ばれてはいるが、

今のところ、誰も転移させるつもりはない。

 

リツコ「……結局、扉じゃなかったわね」

 

カエデ「はい。

これは“帰る場所を指定する装置”です」

 

座標入力端末には、三つの欄がある。

 

時空間座標

 

地球相対座標

 

位相座標

 

そして、その下に小さく書かれた注意文。

 

※位相座標が未指定の場合、起動不可

 

事故は起こらない。

迷子も生まれない。

“どこへ行くか”より先に、

“どこへ戻るか”を決めなければならない。

 

それが、この装置の思想だった。

 

月面支部の展望区画で、

ユノは地球を見下ろしていた。

 

以前より、少しだけ存在が重い。

11次元に触れた影響は、完全には消えていない。

 

ユノ「……ねえ」

 

イズモ「ん?」

 

ユノ「もしさ。

あのとき助けに来なかったら、どうなってたと思う?」

 

イズモは、少し考えた。

 

イズモ「世界は壊れなかっただろうな」

 

ユノ「……うん」

 

イズモ「でも、俺は壊れてた」

 

ユノは、何も言わなかった。

それで十分だった。

 

ユノ「……次は?」

 

イズモ「次?」

 

ユノ「また、世界が揺れたら」

 

イズモは、即答しなかった。

だが、迷ってもいなかった。

 

イズモ「止める」

 

ユノ「犠牲なしで?」

 

イズモ「当たり前だろ」

 

彼は、軽く笑った。

 

イズモ「もう一回、誰かが外側に行く必要はない」

 

ユノ「……そっか」

 

その言葉に、

彼女はほんの少しだけ救われた顔をした。

 

後日、提出された最終報告書は、

驚くほど短かった。

 

・多世界間の位相は、座標として扱える

・世界の安定は、犠牲を前提としない

・観測者は単独である必要はない

 

感情の記述はない。

名前も、ほとんど出てこない。

 

だが、ある一文だけが、

静かに記されていた。

 

本事案において、

「救われなかった世界」は確認されていない。

 

それが、結論だった。

 

イズモは、いつものように観測ログを確認している。

 

特別な肩書きは増えていない。

英雄として扱われることもない。

 

ただ、

「次も頼む」と言われるだけだ。

 

イズモ「……まったく」

 

カエデ「不満ですか?」

 

イズモ「いや」

 

彼は、端末を閉じた。

 

イズモ「これでいい」

 

世界は、まだ不完全だ。

人も、判断も、いつか必ず間違える。

 

それでも。

 

戻る座標がある限り、やり直せる。

 

それを知っただけで、

この事件には意味があった。

 

月面支部の外で、

地球は今日も回っている。

 

壊れなかったのではない。

壊さずに済む方法を、手に入れただけだ。

 

そしてイズモは、

これからも現役のまま、

その方法を使い続ける。

 

——選択する者として。

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