エレメントハンター:タイプ・クデュック   作:最上 イズモ

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第2章 命令と制約

ブリーフィングルームは、月面支部の中でも妙に新しかった。

壁面パネルには最新の遮蔽材が使われ、床には微細な振動吸収層が敷かれている。

ここだけは「いつでも壊れる前提」で作られている――そんな印象があった。

 

イズモは席につくと、正面のホログラム投影台を見上げた。

淡い光が立ち上がり、月面と地球を繋ぐ通信回線が同期する。

 

ミサト「始めるわ。今回の案件コードは――タイプ・クデュック」

 

表示されたのは、地図ではなかった。

地球の地表でも、月面でもない。

黒い背景に、いくつもの薄い層が重なるような、奇妙な模式図。

 

カエデ「位相マップです。パラレル領域の接合点を可視化しています」

 

イズモ「……見た目が嫌なやつだな」

 

ミサト「嫌でも、そこに行く。クデュックは“元素消失の入口”になってる」

 

ホログラムが拡大され、赤い点がいくつも灯る。

その中の一つが、わずかに脈動していた。

 

ミサト「ここ。月面支部の観測域と重なる地点で、複数元素の同時欠損が確認された」

 

イズモ「同時欠損……?」

 

ミサト「酸素、鉄、ケイ素。局所的だけど、組み合わせが悪い」

 

カエデ「呼吸環境の崩壊、構造材の脆弱化、地盤形成の不安定化。文明基盤への攻撃に等しいです」

 

イズモは眉間を押さえた。

“狙っている”と考えたくなるほど、的確な選択だった。

 

イズモ「回収班が成果ゼロの理由は?」

 

ミサト「現場が、現場じゃないから。……彼らが踏み込んだ瞬間、位相がずれた」

 

ホログラムに、複数のログが走る。

転移座標、帰還ログ、そして途中で途切れた生体反応。

 

ミサト「転移したチームは戻ってきた。だけど――同じ場所に行けなくなった」

 

イズモ「場所が逃げる、ってことか」

 

カエデ「正確には、観測対象が“観測に適応している”可能性があります。人が近づくほど、位相がずれる」

 

イズモ「……観測者泣かせだな」

 

イズモがそう言った瞬間、ミサトの視線がわずかに鋭くなる。

 

ミサト「だから、観測の専門家が必要なのよ」

 

イズモは黙って頷いた。

この仕事は、腕力では解決できない。

 

ミサト「次。転移装置――エレバイルの使用許可を出す。ただし条件がある」

 

ホログラムに、新しい項目が浮かび上がる。

 

転移条件:未成年のみ

付帯条件:単独行動禁止

付帯条件:回収対象は指定元素のみ

付帯条件:帰還時に観測ログ全提出

 

イズモ「……未成年限定、はやっぱり確定か」

 

ミサト「ええ。地球側の理論班も理由を掴めてない。ただ結果だけが出てる」

 

イズモ「大人が行くと?」

 

ミサト「位相が崩れて帰って来ない。もしくは、帰って来ても“別の場所”になる」

 

その言葉に、イズモの背中が冷える。

帰還できないというより、帰還の意味が崩れる。

 

カエデ「年齢は肉体ではなく、精神構造――自己同一性の可塑性に紐付いている可能性があります」

 

イズモ「つまり、“まだ形が固まりきってない方が通れる”」

 

ミサト「そういう仮説ね。……そして今回、未成年で、なおかつ戦力になり得る人員がいる」

 

ホログラムの中央に、三つのファイルが並んだ。

 

碇シンジ。

式波・アスカ・ラングレー。

真希波・マリ・イラストリアス。

 

イズモは一瞬、言葉を失った。

 

イズモ「……冗談だろ」

 

ミサト「冗談ならよかったんだけど。あなたも知ってるでしょう。彼らは未成年で、戦力で、しかも“異常”に慣れてる」

 

イズモ「慣れててほしくなかった類の異常だ」

 

カエデ「エヴァンゲリオンのパイロットは、精神負荷と極限環境への適応が高い個体群です」

 

イズモは、苦い笑いを漏らした。

“個体群”という言い方が、彼らの人生の雑さを象徴している気がした。

 

ミサト「今回の目的は二つ。第一に、指定元素の回収。第二に、位相崩壊の原因の観測」

 

イズモ「パイロットは戦力。俺は観測」

 

ミサト「そう。あなたは“介入しすぎないため”に行く」

 

その言葉は、優しさでも信頼でもなく、命令だった。

イズモはよく知っている。

 

世界を守るために必要なのは、いつだって“手を出さない勇気”だ。

 

イズモ「……で、単独行動禁止?」

 

ミサト「ええ。今回は特に危険。現場が逃げるなら、孤立した瞬間に死ぬ」

 

カエデ「転移先での連絡断絶も想定されます。私がバックアップ回線として同行することを推奨します」

 

イズモ「お前が?」

 

カエデ「はい。ウェアラブル端末として振る舞います。現地での観測・解析・記録が可能です」

 

イズモは少し考えた。

カエデが同行するのは助かる。

だが同時に、それは“帰るための杭”でもある。

 

イズモ「……分かった。お前は必須だ」

 

ミサト「決まりね。次に装備。現場は酸素欠乏の可能性がある。呼吸系の冗長化を組む」

 

ホログラムに装備リストが走る。

酸素ボンベ、簡易循環マスク、QEX反応センサー、元素回収カートリッジ。

 

イズモは、ひとつの項目で視線を止めた。

 

回収対象:酸素(O)

     鉄(Fe)

     ケイ素(Si)

 

イズモ「……指定元素だけって、危険じゃないか。現場で別の元素が必要になる可能性は?」

 

ミサト「ある。でも持ちすぎると、観測対象が逃げる。余計なものを持ち込むほど位相がズレる」

 

イズモ「持ち物が“ノイズ”になる、ってことか」

 

カエデ「観測干渉の最小化。合理的です」

 

イズモは舌打ちしたくなった。

合理的であればあるほど、人間が死ぬ。

 

ミサト「最後に――あなたに一つ、確認」

 

イズモ「何だ」

 

ミサト「あなたは今も、自分を“戦力”だと思ってる?」

 

イズモは少し黙った。

答えは簡単ではない。

 

戦力として生きるのは、楽だ。

殴ればいい。倒せばいい。

けれど観測者は違う。

 

見て、記録して、判断して、時に切り捨てる。

そして誰にも知られない。

 

イズモ「……思ってない。思いたくない」

 

ミサト「ならいい。今回の命令は“回収”じゃない。“制約の中で生きて帰ること”よ」

 

イズモは笑った。

乾いた笑いだった。

 

イズモ「難しい方を選ばせるな」

 

ミサト「選ばせてない。命令」

 

通信が一瞬だけ乱れ、ホログラムが揺らぐ。

月面支部の照明が、わずかに暗転した。

 

カエデ「外部位相ノイズ増大。クデュック発生点が拡大しています」

 

イズモは立ち上がり、手袋をはめ直した。

指先が、妙に冷たい。

 

イズモ「……時間がないな」

 

ミサト「ええ。出撃準備を始めて。転移ウィンドウは四十分後」

 

イズモ「了解」

 

通信が切れる。

ブリーフィングルームに残ったのは、機械の低い稼働音と、カエデの静かな呼吸だけだった。

 

カエデ「緊張していますか?」

 

イズモ「そりゃな」

 

カエデ「未知は、恐怖ではなく情報不足です。観測すれば、未知は小さくなります」

 

イズモは苦笑した。

 

イズモ「観測しても、小さくならない未知もあるんだよ」

 

カエデ「……それでも、観測しますか?」

 

イズモは、扉の向こうにある月面支部の廊下を見た。

静かで、遠くて、現実味のない通路。

 

そしてその奥で、世界が壊れかけている。

 

イズモ「する。観測者の仕事だ」

 

歩き出す。

命令と制約を抱えたまま。

 

次に開く扉の先は、

“同じ世界”ではない。

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