エレメントハンター:タイプ・クデュック   作:最上 イズモ

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第3章 元素消失域へ(侵入)

転移は、唐突に終わった。

 

光が消えた直後、イズモは自分の身体がどこにあるのか分からなくなった。

立っているはずなのに、重力の向きが定まらない。

上下の感覚が、数拍遅れて追いついてくる。

 

イズモ「……」

 

息を吸おうとして、喉がひりついた。

空気が、軽い。

 

カエデ「酸素分圧、基準値を大きく下回っています。呼吸補助を起動します」

 

耳元で微かな作動音がして、肺に人工的な空気が送り込まれる。

それでも胸の奥に、空虚な感覚が残った。

 

イズモは周囲を見渡した。

 

地面は存在している。

だが、定着していない。

 

岩は岩の形をしているのに、表面の質感が抜け落ちている。

砂を踏んでも音がしない。

足音が、世界に拒否されて消えていく。

 

イズモ「……世界が、薄いな」

 

カエデ「元素構成比が不安定です。存在はしていますが、保持されていません」

 

遠くに山のような影が見えた。

だが輪郭が曖昧で、視線を合わせるたびに揺らぐ。

近づこうとすると、距離の感覚そのものがずれる。

 

イズモ「逃げてる……いや、留まれないのか」

 

カエデ「観測対象が、自身の存在確率を下げています。観測されるほど、位相がずれる構造です」

 

イズモはゆっくりと一歩を踏み出した。

地面が、遅れて応える。

 

ここは破壊された世界ではない。

世界が、世界であることを諦めかけている場所だ。

 

イズモ「……これが、元素消失の終端」

 

カエデ「はい。複数世界から流入した元素が、ここで循環を失っています」

 

そのとき、地形がわずかに盛り上がった。

 

揺れではない。

変形だ。

 

大地が裂け、その隙間から何かが這い出してくる。

生物の形をしているが、生物ではない。

 

ワニに似た輪郭。

だが鱗はなく、体表を流れるのは赤黒い光――鉄元素の異常反応。

 

イズモ「……QEX」

 

カエデ「確認。鉄・ケイ素主体の元素異常体。酸素欠乏型です」

 

QEXは口を開いた。

だが、音は生まれない。

 

音を構成する元素そのものが、足りていない。

 

イズモは距離を保ったまま、回収カートリッジを構えた。

 

イズモ「動かすな。こいつが動くほど、周囲の元素が削られる」

 

カエデ「誘導ビーコンを推奨します」

 

イズモは足元に小型ビーコンを投げた。

淡い光が灯る。

 

QEXはゆっくりと、そちらへ向きを変える。

動きは鈍い。

だが近づくほど、周囲の地形が希薄になる。

 

イズモ(……このままじゃ、回収する前に世界が消える)

 

イズモは腰の端末に指を滑らせた。

クデュック観測場の補助機構を起動する。

 

イズモ「観測アンカー、展開」

 

次の瞬間、空間に微かな振動が走った。

 

音ではない。

衝撃でもない。

 

重さ。

 

目に見えない何かが、世界を押さえつけた感覚。

揺らいでいた遠景の輪郭が、わずかに定まる。

 

カエデ「位相固定率、上昇しています。観測場との同期を確認」

 

イズモ「……留まったな」

 

クデュックは、単なる基地ではない。

元素を回収するための“場”。

そして――世界を一時的に留めるための重り。

 

イズモは回収カートリッジを起動した。

引き剥がされる感覚が、腕に伝わる。

 

カエデ「酸素元素、回収開始。三十……五十……」

 

QEXの形が、少しずつ崩れていく。

苦しむ様子はない。

ただ、存在の密度が下がっていくだけだ。

 

イズモ「……全部は取らない」

 

カエデ「はい。過剰回収は位相崩壊を招きます」

 

イズモは出力を調整する。

人が生きるために必要な分だけ。

それ以上は、切り捨てる。

 

イズモ(それでいい)

 

世界は、完全には救えない。

だが、生き延びる余地は残せる。

 

回収が進むにつれ、QEXは輪郭を失い、やがて地形に溶け込むように消えた。

 

イズモは息を吐いた。

 

イズモ「……一体目は、これで終わりか」

 

カエデ「周辺位相、安定傾向。ただし――」

 

言葉が途切れる。

 

カエデ「更なる元素流入を確認。複数反応です」

 

イズモは視線を上げた。

 

空間の奥で、世界が再び揺らぎ始めている。

観測場の固定は、永続ではない。

 

イズモ「……時間を稼ぐしかないな」

 

カエデ「観測アンカーの持続時間は限定的です」

 

イズモは、再び歩き出した。

 

ここは戦場ではない。

だが、放置すれば確実に世界が死ぬ。

 

元素消失域。

侵入は成功した。

 

だがこれは、

破壊でも、勝利でもない。

 

ただ、

世界を壊さないための作業が、始まっただけだった。

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