エレメントハンター:タイプ・クデュック   作:最上 イズモ

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第5章 帰投と解析

ブリーフィングルームの照明は、帰還直後の目にはやけに白かった。

月面支部の内部は安定している。

重力も、空気も、音も――すべてが“正常”だ。

 

それが、かえって落ち着かない。

 

イズモは解析卓の前に立ったまま、しばらく動かなかった。

端末には、さきほどまでいた元素消失域の観測ログが、無機質な数値と波形として並んでいる。

 

数字は正確だ。

だが、数字だけでは足りない。

 

イズモ「……世界が薄かった」

 

ミサトは、解析卓の反対側で腕を組んだまま頷く。

 

ミサト「報告書、読んだ。想定よりひどいわね」

 

イズモ「“壊れている”って表現じゃ足りない。

あれは、世界が成立しない状態だ」

 

カエデ「観測ログを補足します」

 

卓上にホログラムが立ち上がり、元素流量の推移が立体表示される。

酸素、鉄、ケイ素――回収した元素は、確かに循環へ戻されている。

 

だが、その中央に、ぽっかりと空白があった。

 

ミサト「……これが“穴”?」

 

イズモ「正確には、穴じゃない。

“定義されていない領域”だ」

 

カエデ「元素が存在する前提条件が欠落しています。

物質でも、エネルギーでも、情報でもない」

 

ミサトは眉をひそめた。

 

ミサト「つまり?」

 

イズモ「原因じゃない。

これは、削られた結果だ」

 

解析卓の表示を切り替える。

回収前と回収後の比較ログが重ねて映し出される。

 

酸素を入れれば、呼吸環境は戻る。

鉄とケイ素を補えば、構造は安定する。

 

だが、“穴”だけは変わらない。

 

イズモ「回収は効く。

でも治療じゃない。延命だ」

 

ミサト「……誰かが、意図的に流れを作ってる?」

 

イズモは一拍置いた。

断定はしない。

だが、否定もできない。

 

イズモ「自然発生なら、こんな綺麗な偏り方はしない。

元素の流れが、“使われている”」

 

カエデ「複数世界から、同一終端へ収束しています。

偶然の範囲を超えています」

 

室内が、少しだけ静かになる。

空調の音が、やけに大きく聞こえた。

 

ミサト「……クデュックが、向こう側にもできていたって言ってたわね」

 

イズモ「ああ。

あれは基地じゃない。現象だ」

 

ミサト「最悪のタイプね」

 

イズモは頷いた。

 

イズモ「クデュックは“回収する場所”だった。

でも今は、“流れが集まる場所”になってる」

 

カエデ「流れの設計者が存在する場合、回収行動そのものが誘導されている可能性があります」

 

イズモ「……俺たちが、流れを完成させてるかもしれない、ってことか」

 

その言葉に、ミサトの表情が硬くなる。

 

ミサト「それは……」

 

イズモ「分かってる。仮説だ。

でも、可能性としては切れない」

 

彼はログをもう一度見た。

自分が選別した配分。

六:二:二。

 

正しい判断だったと、今でも思っている。

だが、それが“誰かの想定通り”だった可能性は否定できない。

 

イズモ「次は、回収じゃ足りない」

 

ミサト「……何をするつもり?」

 

イズモは視線を上げた。

 

イズモ「流れを見る。

どこから来て、どこへ向かっているのか」

 

カエデ「観測範囲の拡張が必要です。

現在の制約では、全体像は掴めません」

 

ミサト「制約を外すってこと?」

 

イズモ「逆だ。

もっと強い制約をかける」

 

ミサトは少しだけ、意外そうな顔をした。

 

イズモ「人を減らす。

持ち込む元素を減らす。

干渉を、極限まで小さくする」

 

カエデ「観測者単独行動、もしくは最小構成での侵入を想定します」

 

ミサト「……帰って来られる?」

 

イズモは即答しなかった。

帰還は、保証できない。

 

イズモ「分からない。

でも今のままじゃ、いずれ“帰る場所”がなくなる」

 

ミサトは小さく息を吐いた。

 

ミサト「……了解。上に話を通すわ」

 

イズモ「頼む」

 

通信が切れると、ブリーフィングルームには再び静寂が戻った。

 

イズモは解析卓に手を置いた。

数値は動かない。

だが、確かに示している。

 

世界は、削られている。

そして、その削り方には――意図がある。

 

カエデ「イズモ」

 

イズモ「何だ」

 

カエデ「次の観測では、これまでより多くのものを“見ない”判断が必要になります」

 

イズモは苦笑した。

 

イズモ「……それが一番難しい」

 

観測者は、見たいものを見る存在じゃない。

見てはいけないものを、見ないと決める存在だ。

 

イズモは解析卓を離れ、出口へ向かった。

月面支部の廊下は、相変わらず静かだ。

 

だがその静けさの向こうで、

世界は確実に、次の段階へ進もうとしている。

 

次に行くのは、回収の現場ではない。

流れが生まれる場所だ。

 

その予感だけが、

はっきりと胸に残っていた。

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