エレメントハンター:タイプ・クデュック   作:最上 イズモ

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第7章 観測者の外側で

解析室の照明は、深夜モードに落とされていた。

人の気配はない。

月面支部は、眠らないが、静かになる。

 

イズモは一人でスクリーンを見つめていた。

第六章で掴んだ「流れ」は、やはり止まっていない。

 

回収をやめても、

観測を絞っても、

流れそのものは、別の形で進み続けている。

 

イズモ「……しつこいな」

 

カエデ「流れは、回収行動そのものではなく、

“世界が救われる可能性”に反応しています」

 

イズモ「希望がトリガー、か」

 

皮肉な話だ。

人類が「まだ助かる」と思った瞬間に、

次の削りが始まる。

 

そのとき、解析室の奥で、

別系統の照明が静かに灯った。

 

イズモ「……?」

 

見慣れたホログラムが立ち上がる。

柔らかい光。

だが、輪郭がわずかに不安定だ。

 

ユノ「こんばんは、イズモ」

 

イズモは、ほんの一瞬だけ目を見開いた。

 

イズモ「……やっぱり、お前か」

 

ユノは微笑んだ。

いつもの、少し申し訳なさそうな笑顔。

 

ユノ「気づくと思ってた。

だから、今まで出なかったんだよ」

 

カエデ「ユノ……。

あなた、いつから?」

 

ユノ「回収アンカー起動の瞬間から」

 

イズモは息を吐いた。

 

イズモ「……全部見てたんだな」

 

ユノ「見てた。

イズモが“正しい選別”をしたところも」

 

イズモ「褒められる話じゃない」

 

ユノ「ううん。

あれは、観測者にしかできない選択だった」

 

ユノは一歩、前に出た。

ホログラムの揺らぎが、わずかに強くなる。

 

イズモは、そこで気づいた。

 

イズモ「……ユノ。

お前、これ……リアルタイム投影じゃないな?」

 

ユノは、少しだけ視線を逸らした。

 

ユノ「さすがだね」

 

カエデ「……バックアップ位相ですか?」

 

ユノ「正確には、

流れの中に身を置いた状態」

 

イズモの背中に、冷たいものが走った。

 

イズモ「……何をした」

 

ユノは、静かに答えた。

 

ユノ「流れの“始点”を、内側から観測してる」

 

イズモ「それは……」

 

ユノ「戻れない場所」

 

一瞬、解析室が無音になる。

 

イズモ「……やめろ」

 

ユノ「やめられない」

 

ユノの声は、穏やかだった。

覚悟を決めた者の、揺れのない声。

 

ユノ「この流れはね、

誰かが“世界を救おうとする限り”続く」

 

イズモ「だからって……!」

 

ユノ「だから、希望を断つ必要がある」

 

イズモは、はっきりと言った。

 

イズモ「それは、死だ」

 

ユノは、首を振った。

 

ユノ「違うよ。

観測者の外に出るだけ」

 

カエデ「……ユノ。

あなたが流れの内側に残れば、

設計者はあなたを“基準点”として固定します」

 

ユノ「うん。

だから私が適任」

 

イズモ「適任なわけあるか!」

 

声が、思った以上に荒れた。

イズモ自身が、一番驚いた。

 

ユノは、少しだけ目を細めた。

 

ユノ「イズモは、選別する人でしょ」

 

イズモ「……」

 

ユノ「世界を救うか、捨てるかを決める人。

でもね」

 

ユノは、ゆっくりと言った。

 

ユノ「自分を捨てる役は、イズモじゃない」

 

イズモの拳が、震えた。

 

イズモ「……それを、お前がやるのか」

 

ユノ「うん」

 

カエデ「……ユノ。

その選択は、観測ログに残りません」

 

ユノ「それでいい」

 

ユノは微笑んだ。

 

ユノ「誰かの物語になる必要はない。

ただ、流れが止まればいい」

 

イズモは、言葉を探した。

だが、見つからなかった。

 

ユノは、最後にイズモを見た。

 

ユノ「イズモ」

 

イズモ「……なんだ」

 

ユノ「選別、ちゃんとできてたよ」

 

その言葉が、

今までで一番、胸に刺さった。

 

ユノの輪郭が、少しずつ薄くなる。

ホログラムが、光の粒子に分解されていく。

 

カエデ「位相反応、急速に低下……

流れが、消えています」

 

イズモは、ただ見ていた。

 

引き止めなかった。

命令もしなかった。

それが、ユノの望みだと分かっていたから。

 

最後に、ユノの声だけが残る。

 

ユノ「世界が壊れなかった理由、

誰も知らなくていいから」

 

そして、消えた。

 

解析室には、

いつもの機械音だけが残った。

 

カエデ「……流れ、完全消失」

 

イズモは、しばらく動けなかった。

 

イズモ「……観測者の外側、か」

 

それは、

彼が決して踏み込めない場所。

 

だからこそ、

誰かがそこへ行った。

 

イズモは、端末を閉じた。

 

この事実は、報告書には書かれない。

ログにも残らない。

 

ただ一つだけ、確かなことがある。

 

――世界は、今日も壊れなかった。

 

その理由を、

知っている者が一人、いなくなっただけで。

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