エレメントハンター:タイプ・クデュック   作:最上 イズモ

8 / 11
第8章 救済の外側へ

世界は、壊れなかった。

 

それが結果だった。

 

だがイズモにとって、

それは勝利でも、救済でもなかった。

 

月面支部の廊下を歩く足取りは、重い。

重力の問題じゃない。

精神が、追いついていない。

 

ユノが消えてから、

時間は確かに進んでいる。

時計も動き、報告書も提出された。

 

だが、イズモの中では、

何も終わっていなかった。

 

イズモ「……」

 

言葉にしようとして、喉が詰まる。

泣くほど感情が整理されていない。

怒るほど単純でもない。

 

ただ、弱い。

 

イズモは、まだ人間だった。

魂を切り離していない。

死を俯瞰できるほど、強くない。

 

カエデ「……イズモ」

 

イズモ「分かってる。

終わった話だって、言いたいんだろ」

 

カエデ「いいえ。

あなたが“終わっていない”ことは、理解しています」

 

イズモは、苦く笑った。

 

イズモ「理解されると、余計につらいな」

 

解析室に戻る。

そこには、もうユノの痕跡はない。

 

ログは空白。

位相記録も欠損。

まるで、最初から存在しなかったかのようだ。

 

イズモ「……これが、観測者の外側か」

 

彼は、端末を開いた。

通常なら、絶対にアクセスできない層。

 

第11次元観測レイヤー。

 

それは理論上の存在だ。

世界を“成り立たせる前提条件”が並ぶ場所。

誰かを助けに行くための場所じゃない。

 

本来なら。

 

カエデ「……警告。

あなたは魂のデジタル化を完了していません」

 

イズモ「分かってる」

 

カエデ「精神構造が不安定なまま侵入すれば、

自己同一性が崩壊する可能性があります」

 

イズモ「それでもだ」

 

声は、震えていなかった。

だが、決意とも違う。

 

これは勇気じゃない。

弱さだ。

 

イズモ「俺は……

ああいう終わり方を、選べる人間じゃない」

 

カエデ「……ユノの選択を、否定することになります」

 

イズモ「否定する」

 

はっきりと言った。

 

イズモ「選んだ結果でも、

救えた可能性があるなら、取りに行く」

 

イズモは、装置を起動した。

11次元接続用の観測椅子。

 

通常はAIしか使わない。

人間が座ることは、想定されていない。

 

カエデ「……最終確認。

侵入後、帰還保証はありません」

 

イズモ「最初から、そんなもん無い」

 

接続が始まる。

 

視界が、ほどけた。

 

そこには、空間がなかった。

 

上下も、前後も、時間もない。

概念だけが、層になっている。

 

世界の「意味」が、裸で並んでいる。

 

イズモ「……ここが、11次元」

 

声は、響かない。

だが、意味は通る。

 

彼は、探した。

人を。

意思を。

“観測者の外側”に落ちた存在を。

 

イズモ「ユノ……」

 

答えは、すぐには来ない。

 

代わりに、

流れの残骸が見えた。

 

回収されなかった希望。

断ち切られた選択。

消えた観測点。

 

その中心に――

薄く、だが確かに存在する輪郭。

 

ユノ「……来ちゃったんだ」

 

声がした。

 

イズモ「来た」

 

輪郭は、ユノだった。

だが、以前より“軽い”。

 

存在しているが、

世界に属していない。

 

ユノ「私は、戻れないよ」

 

イズモ「戻らなくていい」

 

ユノは、驚いたように目を見開いた。

 

イズモ「助けに来た。

それだけだ」

 

ユノ「それは……

私の選択を壊すことになる」

 

イズモ「壊す」

 

ためらいはない。

 

イズモ「俺は、まだ人間だ。

他人の自己犠牲を、

“美しい”って処理できるほど強くない」

 

ユノは、少し困ったように笑った。

 

ユノ「……弱いね」

 

イズモ「知ってる」

 

ユノ「でも、それでいいのかも」

 

11次元が、ざわめいた。

 

設計者の視線が、

初めてイズモに向いた。

 

イズモは、睨み返した。

 

イズモ「俺は、

まだ世界を管理する神じゃない」

 

ユノの手を、掴む。

 

感触は、ほとんどない。

それでも、確かに“誰か”を掴んでいる。

 

イズモ「だから――

一緒に、戻る」

 

ユノ「……戻ったら、

また流れができるかもしれないよ?」

 

イズモ「その時は、

俺が壊れるまで止める」

 

それは、約束でも使命でもない。

 

ただの、

人間の意地だった。

 

次の瞬間、

11次元が“拒否”をやめた。

 

イズモとユノは、

意味の層を落ちていく。

 

目を覚ましたとき、

イズモは床に倒れていた。

 

月面支部の天井。

重力。

空気。

 

生きている。

 

カエデ「……帰還を確認」

 

イズモは、息を整えながら、

隣を見た。

 

そこに、

ユノがいた。

 

不完全で、

弱くて、

もう“外側”には行けない存在として。

 

ユノ「……ただいま」

 

イズモは、何も言わずに笑った。

 

世界は、また壊れるかもしれない。

流れも、再び生まれるだろう。

 

それでも。

 

この時点のイズモは、

神じゃない。

観測者として未完成だ。

 

だからこそ、

誰かを見捨てられなかった。

 

その弱さが、

未来で何を生むかは、

まだ誰も知らない。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。