エレメントハンター:タイプ・クデュック   作:最上 イズモ

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第9章 アンカーは人の手で

世界崩壊の兆候は、静かに始まった。

 

警報は鳴らない。

観測値も、基準値をわずかに逸脱するだけ。

 

だがイズモには分かった。

**あのときと同じ“向き”**だ。

 

カエデ「元素流量、再び偏向を開始しています」

 

イズモ「……来たな」

 

ユノは、黙ってスクリーンを見ていた。

以前の彼女なら、もうここにはいないはずだった。

 

ユノ「流れが……前より、はっきりしてる」

 

イズモ「観測されたからだ。

俺が11次元に踏み込んだ時点で、

“可能性”が確定した」

 

カエデ「設計者は、次の段階に移行しています」

 

今回は違う。

回収を誘導する流れじゃない。

 

世界そのものを、不安定化させて固定点を作る流れ。

 

イズモ「……観測者を、

世界に縫い付ける気だな」

 

ユノが息を呑んだ。

 

ユノ「それって……」

 

イズモ「俺が次の“基準点”になる」

 

沈黙が落ちる。

 

カエデ「警告。

その場合、あなたは世界の安定条件に組み込まれます」

 

イズモ「つまり、犠牲になるってことだ」

 

ユノ「……ダメ」

 

即答だった。

 

ユノ「それ、私がやったのと同じじゃない」

 

イズモは首を振った。

 

イズモ「違う。

今回は、誰も犠牲にしない」

 

ユノ「……どうやって?」

 

イズモは、11次元接続ログを呼び出した。

あの時、偶然見えた“構造”。

 

世界と世界の間に、

意味だけで成立している“通路”。

 

イズモ「ポータルは、

移動のためのものじゃない」

 

カエデ「……固定点として、再定義しますか?」

 

イズモ「そうだ」

 

スクリーンに、新しい設計図が浮かぶ。

 

11次元ポータルを応用した――

多世界位相アンカー。

 

イズモ「今までのアンカーは、

世界の内側から“踏ん張って”ただけだ」

 

ユノ「だから、削られた……」

 

イズモ「今回は逆だ」

 

彼は、はっきりと言った。

 

イズモ「外側から、世界を吊る」

 

11次元は、世界の上位にある。

そこに“通路”を作り、

世界を一点で固定する。

 

それは支配じゃない。

制御でもない。

 

落ちないように、手を添えるだけ。

 

カエデ「理論上、可能です。

ただし――」

 

イズモ「分かってる。

アンカーの中身が問題だ」

 

ユノ「……人?」

 

イズモ「いや」

 

イズモは、静かに笑った。

 

イズモ「関係性だ」

 

カエデ「関係性……?」

 

イズモ「一人の存在を固定点にすると、

また犠牲が生まれる」

 

ユノは、はっとした。

 

ユノ「……複数の選択?」

 

イズモ「そう」

 

アンカーの中核に置くのは、

命でも、魂でもない。

 

“戻ろうとする意志”の束。

 

イズモ「人が世界を守ろうとする時、

そこには必ず“誰かと一緒に生きたい”って感情がある」

 

カエデ「……それを、11次元に写す?」

 

イズモ「写すんじゃない。

接続する」

 

世界が崩れそうになったとき、

そこに流れ込むのは元素じゃない。

 

関係があるから、戻る。

 

ユノの目に、涙が浮かんだ。

 

ユノ「……それ、ずるい」

 

イズモ「だろ?」

 

イズモは装置の起動スイッチに手をかけた。

 

カエデ「最終確認。

このアンカーは、あなたを基準点にしません」

 

イズモ「するわけない」

 

カエデ「代わりに――

“世界を選び続ける存在”が必要になります」

 

イズモ「それなら、足りてる」

 

彼はユノを見た。

カエデを見た。

そして、まだ見ぬ無数の人間を思い浮かべた。

 

イズモ「一人じゃない」

 

起動。

 

11次元ポータルが、

“扉”ではなく“梁”として展開される。

 

世界が、揺れた。

 

だが今回は、落ちない。

 

崩壊しかけた位相が、

引き戻される。

 

カエデ「……安定化を確認」

 

ユノ「……世界、止まった」

 

イズモは、深く息を吐いた。

 

イズモ「止めた、じゃない」

 

彼は言い直した。

 

イズモ「支えた」

 

設計者の視線が、

一瞬だけ感じられた。

 

だが、今回は――

何も起きなかった。

 

イズモは理解した。

 

これは実験じゃない。

回答だ。

 

犠牲を前提にした構造に、

犠牲なしで対抗する方法。

 

それを、人間が見つけた。

 

イズモ「……これで終わりじゃない」

 

ユノ「うん。

でも、今回は勝ったね」

 

イズモは、少しだけ笑った。

 

この時点のイズモは、

まだ魂をデジタル化していない。

 

弱くて、迷って、

誰かを見捨てられない。

 

だからこそ――

世界は、壊れなかった。

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