とあるモブ死神だった奴の話 作:ピューレッド
新入隊士の朝は早い。入隊から早一ヶ月が経ち随分と慣れてきたけれど、どうしても朝の早起きは辛い。布団から出るとピリッとした寒さが皮膚を刺すように刺激し、また布団に戻りたくなるのを抑えて外の空気を吸いにいく。
まだ外は暗く空は橙と青が美しく入り乱れている。俺はこの早朝の空を眺める時間が大好きで、これで今日も1日頑張ろうと元気を貰える気がするのだ。
顔を洗い寝癖を直し慣れた手つきで死覇装へと着替える。いつも通りのルーティーンをこなし、まだ寝ている先輩隊士を起こさぬよう静かに部屋を出る。
まだ人がおらずシンと静まり帰った四番隊舎に到着し第三隊舎に向かう。中へ入ると今日は珍しく先客が見える。
「おはよう純連。今日は早いね」
「もう、遅いわよ。どんだけ私を待たせる気? 私は待つのが嫌いなの。私よりも早く来なさいよ」
純連はいつも通りのわがままを発揮するがまだ頭が冴えてないのだろう、眠そうに垂れている目はいつものキリッと目力のある目とは違い、穏やかな雰囲気を漂わせている。
「まだ約束の時間の十分前じゃないか。時間を守ってるんだからいいだろう?」
「なに寝ぼけたこと言ってんのよ。女の子を待たせたらなにがどうであろうと遅刻なの。覚えときなさい」
「えぇ……」
俺はその横暴な論理に絶句しながらも斬術訓練の準備を進める。
入隊式で使用した第三隊舎は、本来四番隊唯一の斬術訓練場であると同時に、緊急時の仮設病棟として機能する所だ。そして俺は毎朝純連の斬術訓練に付き合わされ朝が異常に早いのである。
「さっさと準備なさい。時間は有限なのよ」
こんな偉そうなこと言っているがいつも待っているのはこちらの方であり、少々イラッとするがそこは長い付き合いだ。しょうがないなと水に流す。
「お待たせ。じゃあやろうか」
そう言って木刀を握りしめ純連に向き直る。その瞬間、純連はキリッとしたいつもの目に戻り凄まじい威圧感を感じる。やはり何回受けてもゾワゾワと鳥肌が立って体が固まってしまう。
更に、新入隊士としては異常なまでの霊圧が肩にのしかかり上手く呼吸ができない。
「今日もお互い手抜きはなしよ。幾らけがをしようと私の回道で治してあげるから安心なさい」
「ハハハッ……。お手柔らか頼むよ、マジで」
俺は冷や汗を垂らしながら乾いた声で言う。今日はどこが折れるかな?
そんなことを考えるくらいには末期である。
「それじゃあ行くわよ。はっっ!」
短く気迫の入った声で切り込んでくる純連。かろうじて受け止めて右に流すも、すぐさま体制を立て直し間髪入れずに剣が向かってくる。まだビリビリと痺れているが再び木刀を握り直し、第二撃に備え構え直す。が、一瞬にして目の前から姿を消した純連を見失う。
「甘いわよ。茜二」
「しまっ……」
その声が後ろから聞こえた刹那、俺は横に吹っ飛ばされる。床に転がった俺は脇腹を抑え、純連を見据えながら肋をさすり悪態をつく。
「まずは二本ひびか。容赦ねぇな全く」
流石は剣の天才である。ここ一ヶ月、いつも違った型を見せ一度として同じパターンがない。それ故に対応が難しくいつも完全に防げたことがなく吹っ飛ばされる。
瞬歩が学校で一番速いと言ったが、それは実戦においての話ではなくただ逃げるだけの瞬歩が速いのであって、実戦では彼女の方が上である。
気合を入れて直して、俺は逃げる為に身につけた瞬歩で純連に突進する。
だが純連は、易々と俺を見切り腹に横一閃を叩き込む。立て直す余地なく壁に激突した俺は上手く呼吸できなくなってしまう。
「確かにあんたは尋常じゃないくらい速いのだけれど、ただそれだけだわ。何の脅威も感じないわね」
退屈そうに言いながも、気を緩めることがなく優雅に構えて続ける。俺は自分を覚えたての回道で治しながら再び立ち上がる。
そして俺は試行錯誤しながらも、今日も今日とて純連の木刀で殴られ続ける。
たっぷり2時間の訓練の後、俺は床に大の字に寝転がり純連の治療を受けていた。今日は純連から一本も取れずに終わってしまい、凄く情けなく悔しかった。強がって表には出さないようにしているものの、やはり年下で、しかも女性に負けるというのは流石に凹む。これがもう一ヶ月も続いているので大したものだと心の中で自画自賛する。
「今日は7本折れて3箇所ひび、新記録達成よ。やったわね茜二」
「全く嬉しくないんですが……」
そんな軽口を話してる間にもみるみる痛みが引き傷が治っていく。斬術以外でもバランスよく、全てが優れている純連は回道もできるらしい。まだ一ヶ月しか経っていないが十席の座についており、やはり席官の座は伊達ではないと再認識する。
こんなに強ければもしかしてもう始解とかしてるのだろうか。ふと疑問に思い好奇心を抑えられずに率直に聞いてみる。
「もしかしてお前ってもう始解とかしちゃってる感じ?」
「当たり前じゃない。上級貴族である私は幼い頃から斬魄刀を与えられ鍛錬しているのよ? そんぐらいできなきゃとっくに破門されてるわよ」
その答えを聞き、大方予想通りであったものの何とも言い表せない感情が湧き上がる。
「そう、だよな。その腕で始解しない方がおかしいか」
「そうよ。見直した? 師匠って呼んでもいいのよ」
「あんま調子のんな」
そう言いつつ治療が完了した俺は、純連の悪目立ち必須の白の頭をワシワシと撫でる。純連は真白で絹のごとく柔らかそうな頬を若干朱に染め上げこちらを睨む。子供扱いするといじける所も可愛い。
「いじけるのは早々切り上げて頂いて、早く行きましょうお嬢様? 朝礼に遅刻してしまいますよ」
そう言って足早に逃げるように出口へ向かう。
「もう! 子供扱いしないでよね! その偶に丁寧な口調になるのほんとムカつくわ。明日の朝は覚悟なさい! もう新記録達成は確定なんだから!」
そう言いながらドタバタと後ろに付いてくる。ついさっきの言動に早速後悔の念が押し寄せるも、一矢報いれたと思い今日の所は良しとする踏ん切りがついた。
「今日もお昼一緒に食べるわよ。いつもの所に来なさい」
機嫌がすっかり直ったようで明日の朝の安寧にホッとする。純連は偶に抜けている所があり意外と制御しやすい。皆難しい奴だと勝手に思いがちだが、実は意外とポンコツだったりする。扱いは大して難しくはないと思う。そんなことを考えていると、ギロっと視線を向けられる。自分でも分かるくらいに顔が引きつる。
「また変なことを考えてたわね……変態」
「いや変態は違うだろ!?」
訂正。扱い難易度MAXです。彼女は心が読めるので注意が必要。
因みに次の日の朝はちゃんと新記録達成しました。
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「おはようございます西陣さん」
俺は配属先の第八下級救護班班長の西陣折長さんに挨拶をする。西陣さんは身長190センチと巨大であり漢らしい言動でありながら、繊細な治療を施す頼りになる先輩である。
「おう茜二。今日も剣姫と早朝鍛錬とは精が出るな」
「いえ、ただボコボコにされてきただけですよ」
俺は苦笑い気味の笑顔で自虐する。
「死神は体が第一。あんまり無理すると体調壊すから程々にしけ」
「ご心配していただきありがとうございます。でも大丈夫ですから」
西陣さんはいつも優しく接してくれて人望も厚い。この人の部下になれたのは運がいいと言えるのではないか。
そんな感じで世間話をしている間にも班員が全員揃う。朝礼が終わり仕事に取り掛かる。仕事といっても新人のため掃除や補助などの雑用ばかりで四番隊の為他の隊よりも余計に雑務が多い。面倒だと思いつつも十一番隊みたいに剣を振り回すよりマシだと思い我慢する。
「茜二。それ終わったら少し回道教えてやるからこっち来い!」
淡々と掃除をしていると西陣さんから声が掛かる。
「ありがとうございます! 後で伺わせて頂きます!」
そう言って深々と頭を下げる。自分から言わずとも回道を教えてくれる、こんなお人好しの人が他にいるだろうか? やっぱり恵まれているなとつくづく思う。これでもう少し給料が良ければと考えるがそれは傲慢が過ぎるだろう。
俺はさっさと掃除を程々にし、西陣さんの所へ急いだ。
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西陣さんとの鍛錬も終わり、時刻はもう昼休みに入ろうかという所である。
「もう昼時か、昼飯一緒に食わんか? 俺が奢るからよ」
「いえ、申し訳ありませんが先約がありまして……」
「なんだまた坂上と一緒か、ほんと釣れない奴だな。じゃあ仕事終わってから飲み行くぞ!」
「えぇ、昨日も散々飲んだじゃないですか」
「良いじゃねぇか少しは付き合えよ。今回も奢るからよ」
俺は頭をおさえる。この人はとても酒が強く、どんどん飲ませてきて正直辛い。だが、人付き合いも昇進するためには重要である。昼も断ってしまったし渋々了承する。
「奢りならしょうがないですね。行きますよ」
「よっしゃ! 決定だな。また旨い所見つけたから今日はまた違う所に連れてってやるよ!」
「毎回ありがとうございます。ご馳走になります」
西陣さんは美味しいお店をいっぱい知っているため、一緒にご飯を食べに行くのはかなり嬉しい。酒を強引に飲ませたりしなければ。まあ、人に悪い所や弱点は付き物だ。完璧な人など居ないのだろうと自分の中で割り切る。
「じゃあまた後でな」
そう言って彼は食堂へ急ぐ。俺も純連が不機嫌にならぬよう、足早で待ち合わせ場所に向かった。
到着するとまだ純連は来てないようなのでホッと胸を撫で下ろす。ここは純連の席官室で畳が敷いてありなんとも落ち着く和の雰囲気がある。許可をもらっているため先にお邪魔させてもらった。
斬魄刀を床に置き座って待つこと五分、白色で肩に掛からないくらいの美しい艶やかな髪を風で揺らしながら部屋へ入ってくる。
「しょうがないから今日も弁当を分けてあげるわ。早く食べましょ。お腹すいたわ」
純連は向かいに座ると風呂敷に包まれ四重になっている弁当屋を出す。それ崩せば色とりどりの多くの料理が見え思わず腹が鳴りそうになってしまう。
『いただきます』
早速弁当を食べ始めるが、やはりいつも通り美味しい。こんなのを三食食べられるなんて貴族はやはりすごい。くだらない世間話をしつつ食べているとあっという間に食べ終わってしまった。楽しい時間はやはりすぐに過ぎてしまう。
『ご馳走様でした』
弁当箱を片付け風呂敷に包む。一つ一つの所作が上品であり、思わず見入ってしまう程立ち振る舞いが風雅だ。絹のような肌に映える真紅の瞳。髪を耳にかけると可愛らしい耳たぶが覗く。なんだか次元が一つ二つ違うような、ほんとに俺と同じ死神なのかと疑わしくなってしまう。
「なにジロジロ見てんのよ。なんかおかしいところでもあるわけ?」
さすがに居心地が悪くなったのか眉をひそめる。
「いや、別に。なんでもないよ」
「なになに? 気になるわね。そう隠さずに教えなさいよ」
そう言って俺に前屈みで詰め寄ると、確かに大きいが垂れずに形の良い胸が着物から溢れそうになる。思わず目を逸らすが時すでに遅し。顔が熱くなってしまう。
「どこ見てんのよ。変態さん?」
更にジリジリと詰め寄りその形の良い双丘が当たりそうだ。たびたび二人きりになると奇行に走り出すので困ったものだ。何が狙いかさっぱりわからない。俺を誘惑したところで何も出てこないのに。
「あ、すまん西陣さんに呼び出されたのを思い出した。弁当美味しかった。また明日もよろしくな。それじゃ!」
「あっ、ちょっと待ちなさいよ!」
こういう時には逃げる一択。さもなければ理性が持たない。
俺は全力の瞬歩で逃走する。逃げるに関してはピカイチな俺を捕まえることはできないだろう。
「もう、ばか……」
純連はまたしてもモヤモヤとした気持ちを抱えつつ次のプランを考える。
「次はどうしようかしらね」
純連は畳に座り直し顎に手を当て、昼休みの終わりまで石のごとく固まっていた。
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時は進みすでに夕暮れ。茜の空がなんとも美しい。
午後の仕事(雑用)もいつも通り淡々とこなしてつい先ほど完了した。ググっと伸びるとパキパキという音が心地よく鳴る。これをやるとなんか頑張った気になれるので仕事終わりのルーティーンと化している。
これから西陣さんと飲みに行くと考えると少々鬱だが、これも昇進のためになればと心を決める。
「おい茜二! ボサっとしてないで早くいくぞ! 今日は三軒は最低周るからな!」
「いやまじでヤバイですって。昨日の二件でさえギリですから」
「なに軟弱な事をいってんだよ。大丈夫、俺が強く鍛えてやるからな!」
そう言って西陣さんに肩を組まれ、引きずられるように歩き出す。俺は深いため息を吐き、もう全てを諦めて揺らいだ心を締め直す。こうなったら最後、決して離してはくれない。
「お手柔らかに頼みますよ、マジで」
そうして二人は夜の街へ消えていった。
文章の間隔とか読みにくかったら教えて下さい。
純連の読み方は「すみれ」です。