「今から個性把握テストを行う。成績トータル最下位の者は見込みなしと判断し、除籍処分だ」
入学初日に、担任の相澤先生から下された無慈悲な宣告。今年の雄英高校ヒーロー科一年A組が22人から21人になろうとしている大ピンチ。
除籍が嫌なら私たちは、個性を全力で使いこなして体力テストに挑まなければならない。
私の高校生活最初の受難が始まる。
「最初は50m走か。フー子の得意分野じゃない?」
「うん。クラス一位狙えるかも!」
「がんばー」
ひかりんがストレッチしながら声をかけてくれた。精神的には自分の方が追い詰められてそうなのに、本当に優しい。
そんな私たちの目の前では、次々と大記録が生まれていた。
『3秒04』
あの真面目系眼鏡男子の記録だ。彼の
『5秒51』
これは蛙っぽい見た目の女子、
他にもお腹からレーザーを出して、その反動で推進力を得ていた男子や、地面に弱酸性の液を撒いてその上を滑走していた女子など、普通に走っていては出せないような記録が出され続けていた。
「私も負けてられないな」
「おっ、やる気だねぇ」
順番が近付きスタートラインの後ろで待機していると、私の独り言が聞こえたのか肘がテープカッターみたいになっている男子が話しかけてきた。
「あ、一緒に走る人?私、隆野 風子。よろしくね!」
「俺は
出席番号順では私の一つ前にあたる瀬呂くんは、すごくフランクで話しやすい人だ。自信ありげな様子で不敵に笑う彼は、自分の個性に相当自信があるんだろう。
と、私と瀬呂くんが軽く挨拶を交わしている間に前の組がスタートした。私たちも準備しなきゃ。
「よーし、やるぞー!」
個性を活かすという都合上、50m走だからといって必ずしもクラウチングスタートでなければいけない、なんて制約はない。レーザーの人はスタート前、レーンに背を向け軽いジャンプのため腰を落としていたくらいだ。
というわけで私もスタンディングスタートの構えをとる。けど、当然ながら律儀に短距離走をするつもりはない。
(出力調整、個性発動準備!)
思考を個性の発動に集中し、いつでも突撃できるよう構える。
私の個性『突撃』は発動型。出力や方向など、個性使用のために一回一回調整を組み替える必要がある。幼い頃から使い慣れていればこの辺りの調整は息をするようにできて当たり前になるんだけど、こうやって準備できる時間があるなら「あとは発動するだけ」という段階まで準備しておいた方が効率が良い。
『位置について』
来た。
カメラも搭載している三脚形の機械から音声が流れる。
『よーい』
一拍おいて銃声。
私はその合図を聞いた瞬間個性を発動し、頭の中で叫んだ。
(突撃ー!!)
こればっかりは反射神経がモノを言う。さあ、結果は?
『1秒06』
「うーん、一秒台切れなかったかぁ」
「いや十分早ない!?」
私が思ったよりタイムを縮められなくて少し肩を落とすと、ショートボブの女子に驚かれた。ふと見回すと、ひかりんと響香ちゃん、それからレーザーの人以外の全員が驚いたような顔で私を見ている。
「速すぎて全然見えなかった…。一体どんな個性なんだ?瞬間移動か、いや砂埃は舞ってるし息も少しだけ切れてるから足で走ったのは間違いないだとしたら増強型かそれとも飯田君みたいな高速移動に特化した個性なのかいやでも見た目の特徴が」
なんか縮れ毛の男子はすごいブツブツ言いながらこっち見てる。ちょっと怖い。
でもそっか。響香ちゃんやひかりんは個性を知ってるから驚かないけど、突撃って知らない人からみたら何が起きたのかわかんないよね。それだけならまだしも、私余計な一言付けちゃったし。
あと多分レーザーの人は普段から気取った感じの笑顔なんだろうね。感情をあんまり表に出さないタイプ。それか本当に無関心なのか。
『6秒98』
おっと、私が俄かに注目を集めて照れている間に次の人のタイムが出たみたい。
瀬呂くんはとっくにゴールしてるからこのタイムは…。
「お、7秒切れた!」
「ひかりん!すごい!っていうか眩しい!」
個性不使用のひかりんだ。彼女は今回、本当にタイムを縮める事にだけ集中したのか、普段は気付かないくらいにまで弱めている身体からの発光を垂れ流しにしている。
それにしても個性使わずに7秒切るって、すっごく足が速いって事になるよね。いつの間にそんなに鍛えたんだろう?
って、直接ひかりんに言ったら「気付かれないほどの努力を積んでいた、っていう所を加点して今回はあたしの勝ち」とか言いそうだから、聞かないでいいや。
「じゃフー子、目標タイムを達成したかどうかの差で今回はあたしの勝ちって事で」
「結局そうなるの!?」
むうぅ、次は負けないんだから!
と意気込んだはいいものの、次の種目は握力。残念ながら私の個性は活かしようがないので次行こ次!540kgとか出してる男子も握力計を万力で締め上げてる女子も知らない!
『74kg』
「どーよ!フー子!」
全身から発光しながら私より19kgも良い記録出してる女子も知らなーい!!
三つ目の種目は立ち幅跳び。これは私の個性の活かし所だ。
爆豪くんなんかは爆破の威力や爆風なんかを推進力にして凄まじい空中機動力を披露するんだろうけど、距離だけなら私が勝てるんじゃないかな。自由が利かないから実戦向きかと言われると微妙だけど…。
「突撃ー!」
まずは斜め上に向かってキツめの角度で突撃。これでとにかく高さを稼ぐ。考え方は普通の立ち幅跳びと同じだ。
違うのはここから。個性を使って大ジャンプした私は、ここから普通に落下したら無事では済まない。そこで、私の個性を真正面に向かって連続で使用するとどうなるか。
「突撃!——突撃ぃ!——突撃っ!」
答えは距離を稼ぎながら少しずつ落ちていく。
実は私の個性を空中で使うとちょっと面白い事が起きるんだ。さっき50m走で1秒を切れなかった理由もここにあると思うんだけど、私の個性が発動する時、突撃させられる対象が持っている運動エネルギーは一旦0にリセットされる。50m走で1秒を切れなかったその一瞬の差は、多分この運動エネルギーを0にする時間——いわば「溜め」の時間だ。
これは出力が小さければ小さいほど短縮できるんだけど、立ち幅跳びではこの「溜め」が肝になっている。つまり、空中で突撃すると重力方向に働いている私の身体の運動エネルギーが0になるんだ。
後は少し落下したら正面に突撃の繰り返しで、少しずつ高度を下げながら立ち幅跳びの距離も稼げる。一石二鳥、お得だね。
(でもこれだって無限にできるわけじゃなくて。突撃するたび体力使うから。後の競技の事まで考えて。ほどほどにしなきゃなんだよね。半端な高さで限界来て。結局怪我しちゃったら笑えない)
最後の突撃も終えて危なげなく着地すると、50m走の時と同じように機械音声で記録が読み上げられる。
『1023m』
「やった!1キロ超えた!」
でもさすがに疲れたな。
実技入試の反省を踏まえてさらに特訓したとはいえ、思ったより反動が来た。ただあの頃のままの体力だったら、ここで限界を迎えて後の種目がままならなかったっていう事だけは確かだ。
「体力配分という観点でも……うん、今回は引き分けかな?」
発光女が何か言ってるけど記録は私の方が上だもんね。ふふん。
続いての種目は反復横跳び。
…だけどこれは、私の個性は使いにくいかな。一応使えないわけじゃない。最初右に跳ぶ前に左へ突撃する準備をしておいて、突撃する前にその次右へ突撃する準備をしておいて——っていうのを繰り返す方法がある。
けど、ここで体力を使い過ぎると後に響く上に、そこまでして得られるメリットが小さ過ぎる。増強型が心底羨ましいと思う瞬間だねぇ。
次はソフトボール投げ。爆豪くんがデモンストレーションでもやってた種目。
ここまで来ると大体みんな一つは普通じゃ出せない大記録を出してる。ひかりんや響香ちゃんは苦戦を強いられてるけど、個性が体力テストに活かしにくいのは二人だけじゃないから、そういう人たちは大記録とはいかないまでも安定して高水準の記録をマークし続けている。
私は今回もボールを斜め上に向かって突撃させる、という活かし方があったので523mという大記録を出させてもらった。
投げたボールが地面に返って来ず、「無限」とかいう大記録どころの騒ぎじゃない記録を出した女子もいたけど。見かけによらずすごい肩してるのか、物にかかる重力をなくす個性なのかな。あのショートボブ女子。
そんな中、ここまでまだ大記録もなければ高水準の記録も出せていない人が一人。
「緑谷君は、このままではまずいぞ」
「ああ?ったりめーだろ。無個性のザコだぞ」
「無個性?彼が入試時に何を為したか知らんのか!?」
飯田くんの言う通り、ここまで緑谷くんは個性を使う素振りすら見せず、ひかりんと同じように地力だけで挑んできた。けど出される記録は平凡なものばかりで、ひかりんたちとは違って異形型っぽくもない。
爆豪くんじゃないけど、無個性なんじゃって思っちゃうのは自然だと思った。一応あの実技入試も持ち込み自由だったしね。
けどそうなると今度は、飯田くんの「何を為したか知らんのか」っていう台詞が引っかかる。何がビックリするような事をしていないと、あの台詞は出てこないだろう。実技入試でビックリするような事……0P敵をぶっ壊すとか?
『47m』
「なっ…今、確かに使おうって…!」
私が緑谷くんの謎を考察している間に、彼はボール投げの一投目を終えて困惑した様子のまま相澤先生に縛り上げられてた。その相澤先生はなんか髪が逆立ってるし緑谷くんを縛ってる布は明かに普通の捕縛布じゃなさそうだし、何があったんだろう。
「個性を消した」
「消した…?まさか!抹消ヒーロー『イレイザーヘッド』!?」
イレイザーヘッド…聞いた事がある。メディア露出を極端に避けるアングラ系ヒーローだ。私も噂でしか知らなかったけど、雄英の先生ならプロヒーローなのは間違いない。
クラスのみんながイレイザーヘッドの話題でざわつく中、相澤先生は本人にだけ聞こえる程度の声量で二言三言話し、解放した。髪も元に戻っている。
再び円の中に立った緑谷くんの表情は優れない。どころか、暗い顔でずっとブツブツと何やらつぶやいている。誰もが彼の除籍を心のどこかで察する中——緑谷くん本人だけは、まだ諦めていない目をしていた。
「SMASH!」
そして掛け声と共に放たれた二投目は凄まじい勢いで飛んでいき、クラス全員の表情を驚愕に染めた。
相澤先生も手元の端末で記録を確認し僅かに冷静だった態度を乱す。そこへ、緑谷くんが声を出した。
「先生……!まだ、動けます…!!」
見れば緑谷くんの指は赤黒く腫れ上がっている。増強型の個性なのは間違いないけど、そういう個性なのか扱いきれていないのか、反動も凄まじいものらしい。
「705.3m。やっとすごい記録が出たし、今まで個性を使わなかった理由も判明したね」
「なんか、昔のひかりんに似てない?あの身に余る個性に振り回される感じ」
「………………そうかも」
いつの間にか隣にいたひかりんが話しかけてきたので私も素直に思った事を言ってみた。私の感想を聞いたひかりんは珍しく思案顔だ。
彼女は小さい頃、全身からの発光があまりに眩しくて、主にひかりんの周囲にいる人たちの日常生活に支障をきたしていた。それで迷惑者扱いされたのがキッカケで個性を繊細に制御できるよう特訓を始めたんだけど、ひかりんの個性は子供の頭で理解するにはあまりに難しいものみたいで、それはそれは苦労していたんだ。
似てると言っても緑谷くんみたいに使う度大怪我なんて事はなかった。でも、個性の扱いに頭を悩ませるあの感じが、昔のひかりんと重なって見えた。
「ま、彼の個性がどんなものだろうと今は関係ないよ。残りの種目にも全力で臨むだけだし」
「そうだね。よーし、最後まで気合入れて行こー!」
私とひかりんが話している間に爆豪くんが何故か怒った様子で緑谷くんに飛びかかり、相澤先生に捕縛布で押さえられるという事件が起きていたけど、この時の私たちはあまり気にしていなかった。
あと残っているのは長座体前屈と上体起こし、それから持久走。
前者二つは個性の活かし方が思いつかなかったので地力だけで挑み、持久走は私の個性をフル活用させてもらった。
そもそも突撃する度体力を消耗する私は持久力を他人より何倍も鍛えているから普通にやっても好記録は出せるんだけど、ここは雄英高校ヒーロー科。マイクさんも相澤先生も言ってた通り、『
持久走は一周1kmのトラックを五周するのにかかる時間を計測する。私の突撃は直線移動限定なんだけど、これをちゃんと使えば多分普通に走るより体力の消耗は少なく済む。
やり方は簡単。まずスタートしたら最初のコーナーに差し掛かるまで突撃する。その後コーナーは普通に走って、直線に出たら次のコーナーに差し掛かるまでまた突撃。この繰り返しだ。
足のエンジンを活かして短距離走と変わらないフォームで走ってる人(飯田くん)とか、原付バイクで走ってる女子(握力を万力で測ってた人)とかいたけど、私も十分最上位争いに食い込む超記録を出せた。やったね!
こうして全ての種目の計測を終えた。
「んじゃ、結果を発表する。トータルは単純に各種目の評点を合計した点数だ。口頭で説明するのは時間の無駄なので一括開示する」
相澤先生はA組生徒全員を集めると、この説明の後に手元の端末を操作して順位表を表示した。最下位は除籍処分……それを抜きにしても、今の私がクラスでどれくらいの位置にいるのかは気になる。
まず一位は
その下に
「ひかりんは…」
「十七位。瀬呂って人の下だね。ちょっとだけ危なかった」
「ちなみに除籍はウソな」
ひかりんの順位を知って安堵の息を吐こうとしていた私は、しれっと伝えられた相澤先生の言葉に一瞬呼吸さえフリーズした。
「君らの最大限を引き出す合理的虚偽」
「はああー!?」
緑谷くんや飯田くんをはじめ一部の生徒が驚きの声を上げた。私もそれと同じタイミングで同じように声を出して驚く。いや、あの目と雰囲気は絶対本気だったって!
「あんなの嘘に決まってるじゃない。少し考えればわかりますわ」
そんな私たちの傍らで八百万さんが呆れたような息を吐いた。
結果としてA組22人、誰一人として欠けなかったのは喜ばしい事だけど、相澤先生の嘘にすっかり騙されていた私は優しい慰めを求めてひかりんの顔を見上げる。
「こんな事だろうとは思ったよ。相澤先生の様子から察するに、本当に見込みなしと判断されたら除籍もあったろうけど、ここにいる全員あの実技入試を通ったわけだし?」
「ひかりん〜…」
ひかりんがやけに余裕ある表情だったのはこういう理由だったの?私の心配は完全に杞憂だったの?……それならそれで安心できる事だけどさ。
「あ。でもフー子は騙されてあたしは騙されなかったって事は、そこに生まれる心的余裕の観点から判断して今回はあたしの勝ちね!」
「もう!ひかりんはまたそんな事言って!私本気で心配したんだよ!?」
「あっはは、ごめんて!」
むう〜…ひかりんったら。
とは言えなんだかんだ安心したのも事実。この日はもう教室に戻って、ガイダンス資料や何かに目を通したら解散となった。
ひかりんの言ってた通り、今1年A組にいるのはあの厳しい実技入試を突破した猛者たち。いわば金のタマゴだ。これから先どんな風にも成長できるし、雄英という場所にいる以上過酷な生存レースにも参加する。
そこで生き残れないようなら脱落していくだけだし、生き残ってこそ私たちは夢や理想に向かって羽ばたいていけるというものだ。
まんまと騙されたのが悔しい私は、この悔しさをごまかすためにそう考える事にした。
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