「ねえねえ。お昼、私たちと一緒に食べない?」
高校入学から数日。
通常授業も始まっていよいよ高校生らしくなってきた今日は、同じクラスの人たちと親睦を深めたいと思ったので、私とひかりんは何となく話しかけやすそうなショートボブの女子——
この人選にはもう一つ理由がある。
「うーん、デク君と飯田君と一緒に食べようと思っとるから、また——」
「じゃあその二人も一緒に!せっかく同じクラスになったんだもん、色んな人と仲良くなりたいよ」
「それに大人数の方がきっと楽しいし」
「……うん。じゃあ一緒に食べよ!」
麗日さんはこの短期間で既に緑谷くんや飯田くんと仲良くなっている。女子同士の仲も良好だけど、男子ともお昼を一緒にするほど社交的なのは麗日さんくらいだ。
ここから輪を広げていくのが一番楽しそうだと思ったのが、もう一つの理由である。
「午前中は英語とかの主要科目だけだったけど、それもプロヒーローが先生やってるって思うと何か新鮮だよねぇ」
「ああ。雄英はヒーロー科の最高峰なのはもちろん、学業もトップクラスだ。立派なヒーローになるためにはそれだけ知識も必要という事だろう。そうなれば必然的に身が入るというもの!」
食堂で注文の順番待ちをする列に並びながら、私は早速自分から話題を振った。飯田くんは本当にただ真面目なだけのようで、裏表のないまっすぐな人間のようだ。正直、最初に勝手に持っていたイメージよりずっと話しやすい。
「午後からはいよいよヒーロー基礎学だね。これ、担当の先生オールマイトなんだよね?」
「うん。No. 1ヒーローの授業が受けられるなんて感激だなぁ…!どんな授業になるんだろう…!」
ひかりんが上手く話題を展開してくれて、緑谷くんもそれに応えている。彼はあまり女の子慣れしていないのか、最初麗日さんが私たち二人を伴って声をかけた時はガチガチに緊張していたけど、基本的には話しやすい人だった。
何より緑谷くんは自分の好きなものに対して正直で、仕草一つひとつが分かりやすい。例えば…。
「白米に落ち着くよね!最終的に!」
「はあぁ…!クックヒーロー『ランチラッシュ』だ…!本物初めて見た——」
プロヒーローを生で見ると大体こんな感じで声に出しながら感激する。見ててすごくおもしろい。
でも一番好きなのはやっぱりオールマイトらしくて。
「緑谷くんってヒーロー好きなんだね。ヒーロー目指してるのも、やっぱり誰かに憧れて?」
「うん。小さい頃からオールマイトが好きで、暇さえあればパソコンでデビュー動画見てたんだ…」
恍惚…とまでは言わないけど、ヒーロー、ことオールマイトについて語る緑谷くんはすごく嬉しそうな表情をする。オタクの気があるのは自覚しているのか、一人の世界に入りかけているのを指摘すると赤面するんだけど、その反応がまたおもしろい。
「やっぱり、という事は、隆野君がヒーローを志したキッカケも誰かしらに憧れを抱いたからなのか?」
ひかりんが緑谷くんをからかって遊んでるのを見ていたら、飯田くんが私に話を振ってきた。
そうだ。もしかして緑谷くんなら知ってるかな。私が憧れている元プロヒーロー。身近な目標でありライバル視もしているひかりんとはまた違う、私の理想に最も近い目標を。
「うん。私はお母さんに憧れてヒーロー目指してるんだ」
「お母さんに?」
「…………」
麗日さんが復唱で質問を返してくる。確かにこんな答えで私が誰の事を言ってるかなんてわかるはずもない。
ひかりんがちょっとだけ驚いたような顔で私の方を見てたのが少し気になったけど、私が水を飲んでいる間にいつもの様子に戻ってたから私も特に追求せず話を続ける。
「私のお母さんも元プロヒーローでね。知ってる人いるかな、今からだと……7年前に引退した『かまイタチ』っていうヒーローなんだけど」
「かまイタチ…?俺は知らないな」
「私も聞いた事ないなあ。デク君知ってる?」
「うん。って言っても名前だけだけど…。引退が7年前となると、その頃は僕もオールマイトしか追っかけてなかったから」
「……………」
やっぱり知ってる人は少ないみたい。
「すごいヒーローだったんだ。決してオールマイトみたいに伝説を作った人じゃないんだけど、お母さんに助けられた人たちはみんな笑ってた。『かまイタチには心まで救われた気分です』って。個性が使いにくい事もあって活躍の幅はそんなに広くなかったんだけど、お母さんの手が届く人たちは、絶対に心まで助けるようにしてた」
「素晴らしい、立派なヒーローだったんだな」
「ありがとう、飯田くん」
私が語ったのは一切話を盛っていない、ありのままのお母さんのヒーロー像だ。私がヒーローを目指すって決めてからも、お母さんは口を酸っぱくして「ヒーローは心まで助けてこそ」だと言っていた。
高い理想を掲げてそれを実現するからこそ、カッコいいヒーローなんだろう。
「でも7年前、お母さんは——」
お母さんは……。
そうだ、お母さんは7年前……。
「…?風子ちゃんのお母さん、どうなってしまったん…?」
麗日さんの遠慮がちな声が聞こえて、私は自分の口が止まっていた事に気付いた。
なんだか少しだけ頭が痛くて目の奥が熱いような気がするけど、きっとそれだけお母さんの存在は私にとって大きいって事なのかな。お母さんの引退、ショックだったけど、さすがにもう乗り越えたつもりだし…。
「フー子?大丈夫?」
「うん…大丈夫だよ、ひかりん。えっとね、お母さんは7年前——不幸な交通事故に遭って」
「っ…!」
思わず伏し目がちに話してしまった私の言葉に、誰かが息を呑んだ音が聞こえた。
「あ、なんかごめんね!こんな話!私の不幸自慢みたいになっちゃった!」
「隆野さん…」
緑谷くんが気遣うような声をかけてくれる。優しい人だ。
でも今はそんな優しさで場の空気をより暗くしてしまうより、もっと明るい話がしたい。
「隆野さん、その話……だって、確か7年前オールマイトが」
「緑谷」
そんな私の気持ちとは裏腹に何か言いたげだった緑谷くんを、ひかりんが制した。
「あれは、不幸な事故だったんだ…」
「調野、さん…?」
「ごめんね!なんか暗くしちゃった!そうだ、そういえば緑谷くん。体力テストの時爆豪くんがやたら突っかかってたけど、二人は前から知り合いだったり?」
せっかく幼馴染みが作ってくれた話題転換の隙に乗じて、私は自分の話を切り上げた。すると緑谷くんも私からの質問に答えないのは不作法と思ったのか、多少強引な話題転換にも応じてくれた。
「あ、うん。僕とかっちゃんは幼馴染みで…。でも、昔からあんまり仲は良くなくて、っていうか悪くて…」
「そういえば、風子ちゃんと光ちゃん、よく一緒におるよね?二人も前からの知り合い?」
「そうだよ。私とひかりんも幼馴染み!昔からこんな感じだったよね!」
「……だね。そういう意味では緑谷・爆豪とはちょっと違うけど、幼馴染みってのは同じだね」
麗日さんとひかりんが上手く話題を良い方向に展開してくれて一安心だ。
ちょっと喉が渇いてきた。けど、気付けば私のコップは空になっていたので、一言ことわってから席を立つ。
「ごめん、私ちょっと水のおかわりに行ってくるね」
「ん、いってらー」
ひかりんのラフな返事を聞いて私は一旦席を離れた。この間に四人でどんな会話が交わされたのか私は知らないけど、戻ってくる頃には午後のヒーロー基礎学の話題に移っていたので、私の作ってしまった暗い雰囲気も霧散していた。
だから、以下の会話がされていた事を私が知るのは、相当先の話になる。
「……緑谷」
「何、調野さん?」
「7年前の事、オールマイトの追っかけに熱中してたんなら知ってるんじゃない?かまイタチの名前を聞いた事あるのもそれが理由でしょ」
「…うん。おかしいと思ったんだ。隆野さんの話を聞いてて思い出したけど、7年前本当は……」
「あのさ。これはお願いなんだけど、フー子の前で真実は言わないであげてほしいんだ。アイツは知らなくていい……事故の真相も、あの
お昼休みが終わるといよいよヒーロー基礎学。
クラスみんながそわそわしながら先生の到着を待っていると、その声は唐突に聞こえてきた。
「わーたーしーがー!普通にドアから来た!!」
No. 1ヒーロー、平和の象徴、そして今年からは雄英高校ヒーロー科の教師。オールマイトの登場だ。
合格通知の映像で本人が話していた通り、彼は本当に先生になっている。
みんながその圧倒的な貫禄や差がありすぎる画風、あるいは目の前に憧れがいる事など様々な理由で鳥肌を立てている前で、オールマイトは授業を始めた。
「ヒーロー基礎学!ヒーローの素地を形成する、大事な授業だ。単位数も最も多いぞ!」
オールマイトは見た目こそ筋骨隆々で存在感があるが、いつも「HAHAHA」と笑って助けてくれたりテレビ番組などでも爆笑ジョークを飛ばしたりする事から分かるように、言動一つひとつに愛嬌がある。
そんなコミカルな仕草と共にオールマイトが一枚のカードを掲げた。「Battle」と書かれている。
「早速だが今日はコレ!戦闘訓練!そしてそれに伴い、要望に沿ってあつらえた……
今度は教室の壁からロッカーが
あの中に戦闘服が…!着れるんだ、今日もう早速…!
「着替えたら順次、グラウンドβに集まるんだ!」
「はい!」
初めての訓練、それも先生があのオールマイトとあって、全員テンションが最高潮に達している。みんなで声の揃った返事は入学以来一番で元気が良かった。
(要望通りなら私の戦闘服は……うん!良いデザインに仕上がってる!)
更衣室で実際に見た私の戦闘服は、事前に出した要望より少し派手だけど、ちゃんと動きやすいデザインになっていた。
形状はヒップホップダンスで使われるような星空をあしらったショート丈パーカーと黒いくるぶし丈のパンツ。
ただしその耐久性は段違いで、近接戦闘や個性による超高速移動その他激しい動きでもそう簡単に品質が劣化しないようになっている。
「お、フー子!結構カッコ良い戦闘服じゃん!」
「そう言うひかりんだって!綺麗な戦闘服だね」
ひかりんの戦闘服は淡い金と白を基調にした、聖職者を思わせるローブのようなデザインだ。フードは被らないのがデフォルトらしい。
サイズは全体的に少しだけ小さめで、激しく動いても裾が翻らないようになっている。枝や何かに引っかからないようにするためだ。
「あたしたち、これで一気にヒーローっぽい見た目になったんじゃない?」
「私もそう思う。うぅ〜、ワクワクしてきた!ひかりん、がんばろうね!!」
「お二人とも!着替えたのなら早く集合場所へ向かいましょう!」
「はーい!」
初めて身に纏った戦闘服に胸を高鳴らせていたら八百万さんに注意された。
…彼女の戦闘服、ちょっと……いや、かなり攻め過ぎというか何と言うか……うん、本人が満足してるならいいや…。
グラウンドβには既にほとんどの生徒が集合しており、私たちの到着は最後の方だった。お待たせしてごめんなさい。
「形から入るってのも大事な事だぜ、少年少女たちよ!自覚するのだ、今日から自分は——ヒーローなのだと!!」
オールマイトの演説を聞いたA組一同は表情を引き締めて胸を張る。
そんな生徒たちの様子を見て満足げに頷いたオールマイトは、いよいよ今回の訓練内容を説明し始めた。
「敵退治は主に屋外で見られるが、統計で言えば屋内の方が凶悪敵出現率は高いんだ。そこで!今から君たちには、『敵組』と『ヒーロー組』にわかれて、2対2の屋内戦闘訓練を行ってもらう!」
状況設定は、敵が市街地のアジトの中に核兵器を隠しており、それをヒーローが処理しようとしている…というもの。敵組が先に入って準備し、5分後にヒーロー組が行動を開始する。
ヒーロー組は敵二名を確保するか、核兵器を回収するのが勝利条件。確保の証明は専用のテープを体のどこか一部に巻き付ければオーケーで、回収の場合は核兵器のハリボテをタッチすればオーケー。
敵組はヒーロー組二名を同じく確保証明のテープを巻いて確保するか、15分の制限時間いっぱいまで核兵器を守れば勝利。
「コンビ及び対戦相手はくじだ!ちなみにどこか一組だけ二回訓練を行えるが、それも公平にくじで決める!このヒーロー社会で生き残っていくには、運も地味に大事な要素だからね!」
そのくじ引きの結果出そろったコンビと対戦相手の組み合わせは、こんな感じだ。
1戦目:緑谷・麗日コンビ VS 爆豪・隆野コンビ
2戦目: 轟・障子コンビ VS 尾白・葉隠コンビ
3戦目:蛙吹・常闇コンビ VS 峰田・八百万コンビ
4戦目:砂藤・口田コンビ VS 瀬呂・切島コンビ
5戦目:耳郎・調野コンビ VS 芦戸・青山コンビ
6戦目:瀬呂・切島コンビ VS 飯田・上鳴コンビ
…私、初戦かぁ。しかも相方は爆豪くん…。対戦相手が緑谷くんって知った途端すごい形相で彼を睨みつけている。
……やるしかないよね。不安要素は多いけど、決まったものは仕方がない。
「爆豪少年、隆野少女。敵の思考をよく学ぶように。これはほぼ実戦、怪我を恐れず思いっきりな!度が過ぎたら中断する」
「はい!」
オールマイトに最後の説明を受け、アジトとなるビルの中へ立ち入るまでの間も、爆豪くんは緑谷くんをずっと睨み続けていた。
「おい」
ビル内へ入り防衛対象となる核兵器のハリボテが置いてある部屋へ辿り着くと、爆豪くんが急に声をかけてきた。
「なに?」
「デクには個性があるんだよな?」
私に背を向けたまま訊いてくるその声はひどくイライラしているようだった。
「なかったらあんな怪力出せないし、指も腫れないと思うよ」
私が答えても爆豪くんはそれ以上何も言わなくなってしまった。
この時点で彼が何を考えているか、私でも多少察する事ができた。きっと爆豪くんはスタートと同時に緑谷くんと戦いに行くつもりだ。
そうなれば核の防衛役は必然的に私。幸い、役割分担としては悪くない。
「爆豪くん!」
「あ?」
「緑谷くんと戦うっていうなら、止めない。でもなるべくこの階より下で戦って、この階に緑谷くんを上げないで」
「うるせえ!テメーが俺にあわせろや!」
プライドも高いしすごく意地っ張りだ。
でも助かった。最低限、爆豪くんが本当に緑谷くんを一点狙いするつもりなのがこれでわかったから。そこさえわかれば連携が取れなくても、彼の言う通り「合わせ」られる。
幼馴染みの因縁……きっと相手がひかりんなら、私もひかりんと戦いに行くもん。それが体力テストで緑谷くんにあんな怒りながら突っかかった爆豪くんなら尚更。
「わかった。最低限それに必要な連絡はしてね?私の個性、効率は悪いけど索敵もできなくはないから」
返事はなかった。私の言葉をちゃんと聞いていたかすら怪しい。
でも、信じよう。爆豪くんの気持ちを。彼と緑谷くんの因縁を。
『それでは、屋内対人戦闘訓練!START!!』
合図が聞こえた瞬間、爆豪くんは脇目も振らず飛び出していった。