あぁ。
世界は、なんて残酷なんだろうか。
どれだけ叫んでも、こんなにも静寂に満ちている。
「幾ら騒いでも、助けなんて来ませんよ。まぁ、私は悲鳴を聞けて嬉しいですが」
椅子に縛り付けられ、目の前の誘拐犯が様々な刃物を用意するのを見せ付けられ、あらん限りの声を上げても、虚しく響くだけで。
「先ずは、メスから始めましょうか。少しづつ、ゆっくりと、丁寧に、何事もコツコツとですね」
漫画やドラマでしか見た事の無い、小さくも鋭い刃が、左手の薬指に迫る。
「もし最後まで耐えたら解放するのもやぶさかではないので、せめてショック死しないでくださいね?」
メスが触れようとする瞬間、誘拐犯が止まった。
「ふぅ、ギリギリ間に合ったみたいですね」
場違いな可愛らしい声に視線を向けると、黒いパーカーのフードを被って顔を隠した、膝丈のスカートの中学生くらいの女の子だった。
「誰だっ!? 私に何をしたっ!?」
「怖かったでしょう…目が覚めたら忘れていますから、今は目を閉じていてください」
既視感を覚える声と口元に、促されるまま目を閉じる。
すぅと意識が落ちる前、最後に聞こえたのは、誘拐犯の口と身体から漏れる奇妙な音だけだった。
・・・
目が覚めたら、自室のベッドで横になっていた。
制服のままだったけど、家に帰り着いた記憶が無い。
よっぽど疲れていたのかもしれない…軽くシャワーだけ浴びて、このまま寝てしまおう。
リビングを通ってバスルームに向かう途中、親が見ていたバラエティ番組に映るアイドルに、何故か既視感を覚える。
……あぁ、会ったことは無いけど、たしか同じ学校の子だったっけ。
名前はたしか………
『サイキック〜〜〜〜〜未来予知! これがセーフのお寿司…かっ、辛っ!? ゲホッ、ぐえっ!!』
『堀裕子』ちゃんだ。
……会ったこと、無い、よね?
・・・
「いやぁ、たまたま学校に忘れ物したタイミングでクラスメイトの誘拐事件に遭遇とは、忘れ物して良かったですねー」
事務所で同僚がキーボードを叩く隣で、お茶を飲みながらしみじみと裕子が呟く。
事実、彼女がたまたま学校に行かなければ、クラスメイトの誘拐事件は完全犯罪になっていたかもしれない。
「そうね…ユッコちゃんが捕まえた誘拐犯、十何年も誘拐事件を起こしてたみたいだから、死刑は免れないわね」
タンッとキーボードを押し、同僚がモニターから裕子へ顔を向ける。
眼鏡から覗く切れ長の瞳を向け、傍に置いていたマグカップを手に取り、いたずらな表情で尋ねる。
「ユッコちゃんの映ってた映像、一切合切の処理終わったわよ……ところで、本当に『たまたま』?」
「はい、『たまたま』ですよ、マキノさん」
その割には、唐突な忘れ物宣言だったけど。
数時間前を思い出して、まぁ今度イジってあげようと、マキノはコーヒーと一緒に内心を飲み干した。
気が向いたら続くと思う。