1発目は、少し気が遠くなった。
2発目は、根性で耐えた。
3発目で、膝に力が入らなくなった。
4発目で、胃の中のものがこみ上げてきた。
皆さん、こんにちは。わたくし、トマスン・クルツは、ただいまエレメンタルにボコられている真っ最中でございます。
のっけからとち狂ったモノローグで申し訳ない。けどもが、俺の意識は、もはやまともな思考が出来なくなっている。あっ、ただいま、5発目が私の顔面に命中いたしました。今、ピンクのカバさんが、目の前を横切っていきます。
なに?状況が見えない?
まあ、そうだろうな。実際、俺も何が何やらだ。まあ、落ち着いたら後でゆっくり説明するよ。
「げぼらっ!」
みなさん、ただいま、6発目が命中いたしました。格闘教練の教本に載せても問題ないくらい、基本に忠実な前蹴りです。
なんてことを言ってる場合じゃない。
俺は、ジャンプジェットを全開に噴かしたフェニックスホークのように、軽やかに宙を舞うと、そのまま資材置き場のカートンの中に突っ込んだ。
あっ、今、ゆっくりとカートンの山が崩れ始めました。いよいよ最後、さようなら、みなさん、さようなら。
「おおお・・・」
再び目を覚ますと、そこは見知らぬ天井などではなく、住み慣れた俺の居室だった。そして、ベッドの周りには、おそらく俺を運んで手当てしてくれたのであろう、バトル・オブ・ツカイード以来のボンズマン仲間が安堵の表情を浮かべているのが見えた。
え?ああ、キシ・ヌードルか。いつもすまないねぇ、苦労ばかりかけて・・・。
俺は、仲間のひとりが早速すすめてくれた食事を、『それは言わない約束だよ、おとっつぁん』という、的確な約束動作で返してくれた言葉と共に、ありがたく受け取った。
え?ああ、あの時のことな。ちょっと待ってくれ、これ食ったらすぐに話すよ。今は、腹が減ってしかたない。
そもそも、事の発端は、所有の神判だった。いや、別に俺がその当事者って訳じゃない。神判を申し込んだのは、エレメンタル歩兵隊のポイントコマンダーで、俺のマスターがそれを受けて立ったというわけだ。いや、まてよ?この一件で所有権を争われたものが、他ならぬ俺自身だったから、まったく無関係ってわけでもないな。
なに、話が見えない?どうして俺が所有権を争われるのかって?まあ・・・そうだな、お前さんも知ってるとは思うが、俺達ボンズマンってのは一言で言えば戦争奴隷、つまり、基本的に戦利品な訳で、ぶっちゃけた話、物扱いされてると思ってくれていい。
そして、マスターに神判を吹っかけたのは、エレメンタルのポイントコマンダー・マティルダ。エレメンタル内だけでなく、うちの部隊でも『マッドドッグ・マティ』と呼ばれ恐れられている、ルシエン、ツカイードのふたつの激戦地を生き抜いた筋金入りの猛者だ。
で、なんで、なんでこんなことにって?
そりゃ一口で言えば、優秀な整備士が欲しかった。ってことらしい。本来なら、多分一生氏族とやらと関わりを持たずにいたはずの俺が、ツカイードでノヴァキャットの連中にとっつかまってからこっち、俺はボンズマンとか言う戦争奴隷になり、技術者階級に準じた業務内容でこき使われることになった。
まあ、自慢じゃないが、俺にかかれば大抵のメックや機械は新品同然にして見せる自信がある。それは、見たことも無い最新技術がこれでもかってくらいに盛り込まれた、クラン・メックだって例外じゃない。ああ、ここじゃ、オムニ・メックって言うんだっけか。
とにもかくにも、そのおかげで俺のチームは氏族人連中に認められることに成功した。どんなにガタが来たポンコツメックでも、次に乗る時は嬉しさでニヤニヤ笑いが止まらなくなるくらいに仕上げられるってことで、今じゃ、氏族出身のテックに混じって対等に仕事ができるだけじゃなく、ついでに、ボンズマン仲間の班長みたいな仕事まで任されるようになった。
まあ、偉そうなこと承知で言えば、出世した。ってことかな。
とは言え、そんな益体もない自慢話はどうでもいい。要するに、マッドドッグ・マティが、メックばかり上等にして、エレメンタル・バトルアーマーをないがしろにするのは気に食わない。って、ことらしい。それで、バトルアーマーの整備や改良に専従させるため、わざわざ俺を優勝賞品にして、所有権をかけた決闘をおっぱじめた。と、言うのが大まかな筋だ。
そして、マスターもそれを受けて立ち、あまつさえ、バッチャル(宣戦の儀式)における戦闘入札も、敢えてマッドドッグに合わせ、ステゴロのガチンコで神判に望んだ。そして、結果と言えば、マスターの勝利だった。
マスターは、中肉中背といった体格で、それほど大きな男ではない。それでも、頭一つどころか、二つも三つも大きいマッドドックに飛びかかるなり、上からえぐりこむような、まるで猫の『おいでおいで』みたいな独特のフォームのパンチを、それこそ何発も顔面に的確に命中させ、いい加減彼女が足に来ているところに、とどめのパンチを顎に炸裂させて、ほとんど超人的な強さを見せ付けて勝利した。
そして、その数日後。マッドドッグとばったり出くわしてしまった俺は、『人っ腹生まれの分際で、戦士に対する礼儀がなっていない』と因縁をつけられ、まったく一方的にぼてくりまわされ、今にいたる。ってわけさね。なに、ずいぶん落ち着いてるなって?
んなわけあるか。俺ァ、今にもはらわたが煮えくり返りそうだよ。
あれからしばらくして、俺は怪我も回復し、ようやく仕事に戻れるようになった。そして、最初の仕事が、最近ノヴァキャットの縄張りにちょっかいを出していると言う、小うるさい海賊共の討伐作戦で出撃したドロップシップのお出迎えだった。こりゃ、のっけからきつい仕事初めになったもんだ。
うん?なに呑気なこといってるんだかね、お前さんは。今の時期戻ってくるドロップシップって言ったら、負傷者満載、破損メック満載の超大型救急車みたいなもんだ。花束持って『お帰りなさい』じゃすまないんだ。
メンテナンストレーラーの配置や、受け入れ態勢の調整のため、宇宙港のエプロンの一角に緊急ドックを敷設する作業に走り回っていた俺は、船から運ばれてくる負傷者の集団と出くわした。
バトルアーマーを着込んだままのエレメンタルが運び出されている。アーマーも解除されないで、いったいどう言うことだよ?
っていうか、あの識別番号は、マッドドッグじゃないのか。
何をどうすればああなるのか、バトルアーマーのヘッドアーマーはヤカンのようにひしゃげ、その中身がどれだけ危険な状態にあるかは、簡単に想像できた。もし迂闊にアーマーを外そうとすれば、最悪傷を広げ、かえって引導を渡してしまうだろう。
でも、悪いが感傷に浸ってるほど、今は暇でもない。大怪我をしたのはマッドドッグだけじゃないし、修理しなけりゃならないメックも山のようにあるんだ。
まあ、根に持ってるって訳でもないんだが、冷たいと言ってくれても構わないよ。
あれから数週間、仕事は減るどころか一層忙しくなっている。メックの修理は整備隊全体で分担してやってはいるんだが、修理が終わった後、俺の分担の部隊だけじゃなく、よその部隊からも、わざわざ俺のところに整備を依頼しに来るメック戦士が後を絶たないためだ。
それでも、あてにされていると言うことは、悪い気分じゃない。それに、俺にとって、機械をいじっている時が一番の娯楽だ。さてと、晩飯も食ったことだし、ハンガーに行ってメックでも見てこよう。
俺は駆動系やヒートシンクのデバイスを、テスター片手に依頼先の要求した仕様にどう近づけようかと見積りをつけていると、不意に、背後からドスドスと足音を立てて駆け寄ってくる奴がいる。
嫌な予感と共に振り返ると、俺の全身の血液は轟音を立てて逆流した。なんてこった、マッドドッグだ!
「クルツ!」
ま、待て!捕虜の虐待は、アレス条約違反だぞ!
俺は、思わずその場から逃げ出そうとしたが、少しのところで間に合わず、マッドドッグは俺の目の前に立ちふさがった。
天国のお母さん、ピンチです。
「ねえ、何してるの?おしごと?」
・・・あ?
「お部屋にいったら、ハンガーに行ったって教えてくれたから。えへへ、クルツのお友達って、とてもやさしい人たちばっかりだね」
いや、そりゃただ単に、命が惜しいから素直にゲロッただけで・・・って、こいつ、こんなキャラだったっけか?
「ポイントコマンダー・マティルダ、どんな御用でしょうか・・・?」
またぶん殴られちゃかなわない。あの時、彼女が本気を出していないにもかかわらず、雑巾のように吹っ飛ばされた悪夢の記憶がよみがえり、俺の言語ルーチンは自動的にフォーマットし直された。
「・・・え?あ、う、うん。お部屋でお休みしてばっかりもつまんないから、クルツとお話したいなって思って・・・あ、もしかして、今、忙しいかな・・・?」
嗚呼、トーテム・ノヴァキャット、セント・サンドラ、そしてセント・ジェローム。これはいったい何のご冗談ですか。それとも、私に試練をお授けになっておられるのですか。
「・・・どうしたの?クルツ?」
気が付くと、目の前にマッドドッグの不思議そうな表情がアップで映し出されている。俺は、全身の毛が逆立つのを感じた。いや、冗談じゃなくて、マジにそうなったんだ。
「いえ、ポイントコマンダー・マティルダ。私は問題ありません、なんなりとお申し付けください」
「じゃあ、もっと普通にお話しようよ。マティルダ、お友達でしょ?ね?」
「りょ、了解です。ポイントコマンダー・マティルダ」
「もしかして、マティルダ、じゃま・・・かな?」
・・・むう、なんか様子が変だ。何でそこで悲しそうな顔するかな。それはそれで、ちと反則だ。
「い、いえ、そんなことは無いですよ。じゃあ、何か話しますか?」
「うん、でもいいの。ここでみてても、いい?」
「そりゃもちろんかまいませんが・・・コーヒーでもいれてきますか?」
「うん、お砂糖とミルクもね」
妙なことになった。
俺は、チェックボードに見積もりの概要を書き込みながら、背後からの視線の気配に耐え切れず、怖いもの見たさで恐る恐る振り返ると、その巨体に似合わぬ可愛らしい格好で、少女座りでミルクコーヒーならぬコーヒーミルクをすすりながら、こっちを見ているマッドドッグと目が合ってしまった。
そして、俺の視線に気付くと、マッドドッグもマグカップを持つ手を止めて、にっこりと俺に笑顔を返してきた。その屈託の無い笑顔は、スケール感さえ無視すれば、まあそれなりに可愛らしい。とも言えなくもない。エレメンタルにありがちな、大雑把な造りの顔ではなく、意外と普通サイズの人間に近い造詣のためか、笑うとそれなりにいい顔である。
でもね?
怖いもんは怖いんだよ!
あれから数日後、ようやくまわってきたシフト休の朝、俺は、ただならぬ気配と枕越しに伝わる足音の振動で目を覚ました。そして、反射的に飛び起きたと同時に、俺の視界一杯にマッドドッグの姿が覆い被さった。
「おはよう!クルツ!」
「お・・・おはよう、マティ」
・・・そこ、何笑ってんだよ。悪いか?そう呼ばなけりゃ、マッドドッグがまた泣きそうな顔するんだ。しかたないだろう。
「ねえ、今日はいいお天気だよ!どこか遊びにいこうよ!」
「わ、わかった。今着替えるから、少し待っててくれ・・・」
寝起き早々、精神に致命的命中を食らい、俺はわけもわからぬまま外着に着替えると、子供のように袖を引っ張ってせがむマティと、バザールに出かけることになった。ちょ、お願いだからこれ以上引っ張らないでくれ。せっかくの一張羅がノースリーブになっちまう。
嵐のような寝起きの余韻も覚めやらず、マティと共にバザールを訪れた俺は、彼女に半ば振り回されるように引っ張られ、あちこちの屋台や露天を歩き回った。歓喜の声をあげてはしゃぐ彼女と、それに引きずられるようにして歩く俺に、周囲から好奇と失笑の視線が突き刺さる。
お前らの言いたいことはわかってるよ、まるで、散歩する女の子が引きずってる、ぬいぐるみみたいだ。って言うんだろ。
「クルツ、マティルダ、おなかすいたな」
俺は、彼女の言葉に、土木用の大ハンマーで殴られたような衝撃を感じた。考えてみてくれ、図体が人様の二回り、いやさ三回りはデカいエレメンタル。キシ・ヌードルなら、バケツ一杯は軽く平らげ、おかわりすら要求してくるような連中だ。そして、戦士階級は通貨なんて使わない。使わないってことは、早い話が万年文無し。ってことだ。
つまり、俺だったら三日は食える食費を、他ならぬ俺自身が払わなくちゃならない。しかし、ここで首を横に振ると、また何が起こるかわからない。俺は、こんなこともあろうかと。と思って有り金全部詰め込んできた財布をさわり、中につまっているKE(ケレンスキー)氏族公用通貨の感触を確かめた。
それに、戦士階級のマティのリハビリだと強弁して、彼女の肩書をかさに着て徴用するなんて真似は、他はともかく俺は絶対したくない。
マティがご所望したのは、生チーズを練りこんだ蒸しパンだった。これはまた、かわいらしい物を。ともあれ、退役したのかドロップアウトしたのかわからないが、エレメンタルの中年女性が商っている屋台で、枕ほどもある蒸しパンを注文し、女将に代金を支払った。
・・・え?まけてくれる?ありがとう、貴女が女神に見えます。
「ほら、マティ。あったかいうちに食べな?」
「わあ!ありがとう、クルツ!えへへっ」
・・・う~ん、こういう場合、天使の笑顔とでも言うべきなのかな?それにしちゃ、オーバースケールもいいところだが。
「はい!クルツの分!」
・・・え?
彼女が差し出した、蒸しパンの欠片。とはいっても、丁度俺達普通サイズの人間が食うパンの大きさにちぎった蒸しパンを、俺は戸惑いながらも受け取った。
「へへっ、おいしいね!」
至福の表情で蒸しパンを頬張っているマティに、俺は未だに狐につままれたような気分ながらも、彼女から分け与えられた蒸しパンをかじる。ふと気が付くと、あの屋台の女将が、満足そうに目を細めているのが見えた。
日も傾きかけ、夕暮れの薄暮がバザールを包み始めてきた。そろそろ帰ろうかと思い、彼女に声をかけようとすると、ある露天の前にしゃがみこんだまま、広げられた銀細工をじっと見ている大きな姿があった。
「何か見つけたのか?」
俺が話しかけると、マティは少しはにかんだ笑顔を浮かべた。
「うん、犬さん。かわいいなぁ・・・」
「どれ?」
俺は、彼女の視線の先を追ってみる。って、こりゃ、犬じゃなくて、うちらノヴァキャットのエンブレムなんじゃないのか?
しかしまあ、銀細工のそれは、彫刻の微妙な甘さも手伝ってか、確かにマティの言うとおり、どう見ても犬にしか見えない。まあ、もともとあのエンブレムを、寸分たがわず忠実に再現できたとしても、あれを猫だと言い張る方がどうかしてる。
「なあ君、これはいくらだい?」
「え?ああ。これかい?」
ひとりで露天の店番をしている商人階級の少年は、俺の問いかけに照れくさそうな表情で答えた。
「僕が初めて彫ったんだ、父さんに、『こんなの売りものにならない』って怒られてさ。でも、僕が勝手に並べたんだ」
これで駄目なら、どこまでいけば売り物になるのか。あいにく、素人の俺には良くわからないが、彼の父親が、実直な職人気質であることだけは、よく理解できた。
「でも、彼女は気に入ってるんだ。こいつをくれないか?」
「まいどあり、その言葉だけでお釣りが足りないよ。これはおまけだよ、普通のチェーンじゃ、お姉さんには短すぎるからね」
そして、心底嬉しそうな笑顔を浮かべる少年から、本当に小遣い程度の値段でそれを受け取った。
「マティ、ほら」
俺は、その小さな銀細工を彼女の首にかけてやる。すると、マティはあふれんばかりの笑顔の花を咲かせて、胸元に光る銀細工を見つめていた。
「・・・あ、ありがとう!クルツっ!」
「え?うっ・・・おぐぉおおおっ!?」
感極まったマティに、肺の中の空気を全て搾り出されるほどの力で抱きしめられた。いやはや、初めてプレゼントをした女性が、エレメンタルとはね。こりゃ、一生心に残る思い出になるわな。
それから数週間ほどしたある日、今夜もまた、ハンガーでメックをいじっていた俺のところに、マティがやってきた。しかし、なんだか元気がない。
「なにか悩み事かい、マティ」
「・・・うん」
「俺でよければ相談に乗るぞ、何かあったのか?」
俺は、いつもどおり、マティにコーヒーミルクを出してやりながら、なにやら悩んでいる様子の彼女に話しかけてみた。
「マティルダ、大きな病院に行くことになったの。そこで、検査をするんだって」
やっぱり、この時が来たか。
俺は、心の中でひそかにため息を吐く。そう、もうお前さんなら察しがついていると思う。元はマッドドッグと二つ名がつけられるほど、勇猛な戦士だったマティルダが、急に幼い子供のようになってしまった理由にね。
数ヶ月前、彼女が重傷を負って前線から移送されてきた時のことさ。あの時見た状況どおり、彼女は頭に深刻なダメージを負っていた。そして、文字通り超人的な生命力で持ち直したものの、記憶や思考に著しい混乱をきたしていたんだ。
ありとあらゆる記憶が細断され、それがでたらめに組み合わされた、いわゆる、『グランドスラム』と呼ばれる心神症。そのために、彼女の精神状態は、まだ戦いのことなど知らない幼児に戻っていたんだろう。俺の記憶が辛うじて残っていたことと、多分、別の記憶がデタラメにつながったことが、今のマティなんだろう。
多分、『マティ』と話をするのもこれが最後になるかもしれない。ラボから帰ってきた時には、もうあのマッドドッグに戻っているだろう。
ことあるたびに、俺に因縁をつけ、突っかかり、遠慮会釈なしに小突きまわしてくれた、あのマッドドッグに。
「・・・行きたく、ないな」
俺は、マティの言葉に思わずギクリとなった。偶然、で片付けるには、あまりにも俺の思考とリンクしすぎたから。
なぜか、彼女の巨体が、戸惑った子供のように、小さく見えた。
「マティ、俺はいつでもここにいる。退屈になったら、いつでもここにおいで。呼んでくれてもいい、いつだって、俺はマティのところに行くから」
「・・・うん、ありがとう。クルツ」
マティは、泣き笑いのような笑顔を浮かべながら、無垢な笑顔を浮かべた。そして、しばらくの間、俺とマティは、ミルクコーヒーのマグカップを片手に、夜更けまで色々な、それこそたわいのない話をし続けた。
「・・・もうこんな時間か、そろそろ帰って休んだほうがいい。明日は、早いんだろ?」
「・・・うん」
「そんな顔するなって、帰ってきたら、また一緒にバザールに行こう」
「・・・うん、そうだね。約束、だよ」
「よし、送っていこう」
俺は、マグカップを片付けて立ち上がると、マティは淡い笑顔を浮かべながら、エレメンタルの名に恥じない、鋼線の束のような腕で小さくガッツポーズをとりながら答えた。
「大丈夫、ひとりで帰れるよ。クルツも、ゆっくり休んでね」
「そうか?・・・わかった、じゃあそうするよ。それじゃ、またな」
「うん、じゃあね」
それが、『マティ』としての、最後の言葉だった。
目から、星が散った。
「右腕の反応がコンマ3秒遅れる、ストラバグ(馬鹿者)め。私のバトルアーマーを壊す気か?この人っ腹生まれが」
俺は、マッドドッグに小突かれた右頬を押さえながら、どうにか立ち上がる。どうせ、こうなるとは思っていたが、わざわざ時間を割いて担当外の整備をしてやったのに、それで殴られちゃ、幾らなんでも割に合わない。
「だが、貴様もようやくバトルアーマーの重要さが理解できたらしいな。これは賞賛に値する」
殴りつけたり誉めたり、まったく、完全にあの傍若無人なマッドドッグに戻っちまった。どうでもいいが、バトルアーマーのマニュピレーターで殴りやがって、向こうは軽く小突いたつもりだろうが、こっちは脳震盪一歩手前だ。畜生。
だいたい、出発の時間までまだ時間があるってのに、なんで今からバトルアーマーをきっちり着込んでるんだよ。他のエレメンタルはみんなジャンプスーツじゃないか。そんなにバトルアーマーが好きか、コンチキショウ。
ああ、そうだな。この間一時帰還したジャンプシップ。この船は、補充の人員や装備資機材を積み直し、再度海賊討伐に向かうって話だ。とにもかくにも、マッドドッグはヘッドアーマーのバイザーを解放したまま、倣岸な笑いを俺に投げつけた後、のしのしとジャンプシップのタラップに向かって歩いていく。
はあ、これで当分は平和だよ。
そう思うと、ある程度気も楽になる。俺は、ジャンプシップに乗り込む連中の中で、一際目立つマッドドッグのバトルアーマーの後ろ姿をながめつつ、なんとも複雑な気分で鼻息を鳴らした。
その時だった、搬入ハッチをくぐる寸前、マッドドッグが一瞬立ち止まると、ほんのわずかな間、俺のほうを確かに見た。
じゃあね
・・・気のせいか?どうしてかまったくわからない。けど、俺にはあの時振り返ったマッドドッグの目が、マティと同じ目をしていたような気がした。
いやいや、どうかしてる。殴られたショックで、まだ頭がボケてるんだな、きっと。
その報せを聞いたのは、それから1ヵ月後。海賊討伐から帰還したメックを整備している際中のことだった。
俺は、手の平の上の、ひびが入り焼け焦げた銀細工を、空っぽな気持ちでながめていた。この銀細工の持ち主は、どこから飛んできたかもわからない、敵のものかも味方のものかもわからない砲弾の直撃で、跡形もなく消し飛んでしまったそうだ。
戦闘中、本当に偶然にその銀細工を見つけたという、負傷して片腕を吊ったエレメンタルの言うことを素直に信じるなら、そうなる。
「・・・でも、何故これを私に?これは、彼女の亡骸として葬るのが本当なのでは」
「否(ネグ)これは、我らポイントコマンダーの形見として、貴様が受け取るべきである」
エレメンタルの戦士は、静かな、しかし、逆らいようもない口調で断定する。
「ポイントコマンダー・マティルダも、それを望んでいるはず。彼女は、貴様の元に帰るべきものである。問是(クイアーフ)」
「・・・是(アフ)・・・了解しました、私、トマスン・クルツは、謹んでこの銀細工を拝領します」
俺は、そう答えるのがやっとだった。そして、それしか言葉を見つけられなかった。そして、彼は、顔の割には小さな目に、微かに懐かしそうな光を浮かべた。
「されど悲しむべからず、彼女は満ち足りていた。そして、貴様がそれを受け取ることにより、それはより完全なものとなった。感謝を、小さきトロスキン(友)よ」
それだけ言うと、エレメンタルは足早にハンガーを去っていった。そして俺は、手に銀細工を乗せたまま、いつまでもそこに立ち尽くすしか、することを見つけられなかった。
・・・え?最近コーヒーの好みが変わったかって?いや?んなこたないよ。はあ、これじゃ砂糖牛乳だって?嫌なら飲まなくてもいいんだぞ、それとも、不服の神判とやらをしてみるかい?
なんてね、なーんてね・・・・・・。