クルツEx   作:あらほしねこ

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スーパー・ブラザー

「うおぉぉ~~~んっ!なぁんてことだぎゃあぁ~~~っっ!!」

 待ちに待ったシフト交代で、一週間ぶりにカマボコ兵舎に帰れることとなり、久しぶりに屋根の下で眠れると期待しながら、野戦基地の隊庭を歩いていた俺の耳に、野太い悲鳴が飛び込んできた。なんだよ、真っ昼間から。

 どうせ、バトルアーマーの調子でもおかしくしたんだろう。そう思って野戦ハンガーを覗き込んでみると、案の定、それでよく生きて帰ってきたな、と言いたくなるほど痛めつけられたバトルアーマー2体を前にして、ふたりの若いエレメンタルが頭を抱えていた。まあ、若いといっても、どうしてそこまでというくらい髪も眉も剃り上げて、筋肉モリモリでしかもアゴもケツみたいに割れてるから、ぱっと見には年なんてわからない。まあ、これは慣れだ。

「わしがぁ!わしがふがいないばっかりにぃぃ!!」

「よすだぎゃあ!おみゃあのせいだけじゃねーだぎゃああぁぁっ!!」

「うおおぉぉんっ!アドーンッッ!」

「サムソーン――ッッ!」

 うわぁ、暑っ苦しい。

 感極まって、お互いがっちりと抱き合ってる。やだね、無駄な筋肉同士がぶつかり合う音が、こっちまで聞こえてきそうだよ。

「うおぉ~~~いおいおいおいおいっ!!」

 しかし、あのエレメンタル達。いったい何があったから、あそこまで大泣きしてるんだろう。戦士階級の連中は、どんなに辛かろうが悲しかろうが、人に見られるような所で泣くようなことはまずしない。しかし、このふたり、開けっ放しのハンガーで、腹の底に響くほどの大声で男泣きに泣いている。

 ここは見なかったことにして、早く逃げよう。

最初はそう思いもしたが、なんか見ているうちに立ち去りにくくなってきた。まあ、余計なお世話かもしれないが、整備として何か力になれることがあるかもしれない。なかったらなかったで、人っ腹生まれと罵られて何発か殴られてお終いだ。いや、別に殴られたいわけじゃないんだがね。

「誰だぎゃあああっ!」

 そうこうしている内に、俺の気配に気づいたのか、連中と目が合ってしまった。そして、野獣の咆哮のような怒声を浴びせかけられ、ある程度予想していたこととはいえ、俺のキン・・・もとい、ジャイロが縮み上がった。

「ややっ!?待たんか!アドン!こやつ、確かマティルダ姐さんのトロスキンだぎゃ!」

「なんと!では、姐さんのゆうとったクルツとは、このお方だがや!?」

「そうだぎゃあ!そのとおりだぎゃああぁっ!」

 お互い難聴なのかどうか知らないが、とにかく怒鳴り声に近い大音声で会話してる。ある意味エレメンタルらしいと言えば言えなくもないが、傍で聞いているこっちとしては、どうにも心臓に良くない。

 っていうか、何でお前らからその名前が出てくんだよ。

「お願いだぎゃあぁっ!」

「わしらのバトルアーマーを直してくれんかあぁっ!」

 ふたりは、いきなり俺の前に駆け寄ってくると、自分達のバトルアーマーの修理を懇願してきた。いきなり暑苦しい壁が目の間に現れ、視界一杯に圧倒するその状況に、俺は反射的に首を縦に振るしか選択肢がなかった。もう少し考えたらどうなんだって?じゃあお前、こんな状況で

 嫌です

なんて言えんのかよ。

「ぅおお!やってくださるかあっ!?」

「さすがはクルツ殿おっ!」

「いえ、これが私の仕事・・・うっ!おぇっ?ギャアアァァッッ!!」

 逃げる暇もなく、いきなり物凄い素早さで両サイドから抱きしめられた。そして俺は、汗の匂いと、うねりまくる筋肉の怒涛になすすべもなく締め上げられ、全身に鳥肌の津波が駆け巡るのを感じながら悲鳴をあげていた。

 っていうかなんでこいつら、シトラスの香りがしてんだよ!

 

「なるほど、そんなことが」

「思えば不覚だっただぎゃ」

「おのれ!ゥアイスヘェリヲン!あんな卑怯な手を使ってくるとはあぁぁっ!!」

「はあ」

 俺は、ハンガーの真ん中で三人仲良く車座になりながら、なぜかもてなされたコーヒーとエレメンタル用のデカいレーションをつまみつつ、ふたりのエレメンタルの熱い叫びを延々と聞かされていた。で、結局なにがあったんだって?まあ、話すと長くなるから、かいつまんでバッサリいこうな。

 実は今、ノヴァキャットは元いた星系を放棄して、持ちうる全ての航宙艦船を集結させた大規模な船団によって、中心領域にあるドラコ領イレース星系に向けて遷都の旅の真っ最中なわけだ。

 どういうことかと言えば、オペレーション・ブルドッグの発令に際し、ノヴァキャット氏族がドラコ連合と同盟を果たし、新生SLDFに参加するという、氏族史始まって以来の歴史的珍事が起こった。というのが、そもそもの発端なわけだが、当然、それでタダで済む訳がなかった。

 結果的に氏族世界を裏切るような形となってしまったため、ノヴァキャットは

『俺らが引っ越した後は、残ってるもん好きに使ってええだでね』

『ほんまどすか?ほんにラッキーなこっちゃ!ほんなら、途中まで送ってあげまひょ!』

 的な話し合いが済んだスノゥレイヴン氏族と、

『ウチら、銭さえ払ぉてもらえれば、氏族も中心領域も関係あらしまへんねん』

『ほいじゃ、お金は払うでよ、メックたくさん売って?』

『まいど!』

 みたいな感じで、わりとリベラルかつ現実的資本主義なダイヤモンドシャーク氏族以外の氏族から、まさしくお魚くわえたドラ猫の如く、行く先々でしつこく追っかけまわされることになった。

 そして、今回、ノヴァキャット氏族がイレース星系へ遷都する途中、スモークジャガー亡きあと、氏族の狂犬の地位を欲しいままにしているアイスへリオン氏族が、一時的補給と船団の再編成のため立ち寄った星系までわざわざ追っかけてきてケンカを仕掛けてきたってのが、今回のお話のキモ、って訳だ。

 まあ、話が横道にそれたが、なるほど、彼らは、この間アイスへリオンの機械化歩兵部隊の奇襲を受け、放棄を余儀なくされた補給キャンプの警備部隊員だったそうな。

 確かに、その話は聞いたことがある。確か、補給キャンプを警備していた部隊が、氏族にしては珍しく、軽量級メックに直援の歩兵を随伴させた夜戦部隊の襲撃を受け、その何の前触れも無い完全なまでの奇襲にひとたまりもなく壊走し、貴重な物資や装備資器材、そして逃げ遅れた人員を残し、一も二もなく本隊へ撤退したって話だ。

 それにしても、さっきからこのふたり、生粋の戦士階級であるにもかかわらず、俺を対等の仲間のように接してきている。なんでも

『マティルダ姐さんのトロスキンならば、わしらのトロスキンだがね』

 ってことらしい。あいつには昔、ずいぶんな目に合わされたりもしたが、戦士としての実力もあいまって、結構人望があったらしい。それにしても、何年もたった後で、彼女の人望に助けられることになるとはね。

 

 ・・・いや、助けられてんの?これ。

 

 ともあれ、はらわたも煮えくり返りそうな表情で歯噛みするふたりを前に、俺はスクラップ同然となったバトルアーマーを見ながら、頭の中で見積もり作業を続ける。そして、彼らと言えば、アイスへリオンの卑怯極まりない戦い方について、延々と恨み言を叫び続けていた。

 なんて言うか、ふたりには悪いが、連中は別に卑怯でもなんでもないと思う。確かに、あの氏族は、大して強くもないクセに妙に喧嘩っ早い。ああ、いや、強くないってのは、ジェイドファルコン氏族やウルフ氏族と比べたら、って意味だ。

 まあそれはともかく、ノヴァキャットはスモークジャガーの殲滅戦を皮切りに、ドラコ連合との同盟、新生SLDFへの参入表明等々、他の氏族からしたらこれ以上ないくらい意味不明の行動を連発し、これでもかというくらいヘイトを稼ぎまくってしまっている。

 そして、連中の言う所のデズグラ、つまりは『卑怯者』だの『恥知らず』だの、そんな奴には何をしてもオールOKという扱いが当たり前にされてしまい、氏族独自の交戦規程、ゼルブリジェンもへったくれもないケンカを売られ続ける羽目になっている。

 だが、そんなのは奴らの理屈であって、ノヴァキャットはノヴァキャットなりの理由があり信念があってのことだし、彼らのような前線の兵士ならなおさら面白くないものがあるだろうな。

 しかし、嫌な事を言うようだが、真正面からぶつかり合う以外の戦い方も頭に入れておいた方がいい。真っ向から勇敢に戦いを挑むというのも、まあ、それはそれで勇ましくて結構なことだと思うから、それはそれとしてわからんでもない。

 けれども、勝利をより確実なものにするために、相手の裏や不注意を突く戦い方もある。そして、それは大抵の軍隊の一般常識だ。とはいえ、中心領域の常識は氏族の非常識。その逆もまた然り、というわけで、俺の立場でどうこう言う筋合いじゃないけどな。

 それにしてもこのふたり、いったい何を急いでバトルアーマーを直したがるのやら。彼らの部隊が帰還したのが、確か昨日の話だ。まあ、あと2・3日も待てば、補給船団からクラスター本部経由で補給物資が送られてくる。とりあえず、1週間弱ほどでオーバーホールか、あるいは新品のバトルアーマーを受領することだってできるはずだ。

「実は、先だっての戦いで、わしらの隊長がアイスヘリヲンに捕らわれてしもうたんだぎゃああぁぁっ!」

「我が隊長が、虜囚の辱めを受けるなどとっ!耐えられんっ!わしには耐えられぇぇんっっ!!」

 なるほど、そう言う事情が。となると、話は一刻を争うだろう。今の状況は、拠点の争奪戦のような、腰を据えて戦線を維持すると言うものじゃない。部隊をまとめつつ、市民階級を含めた非戦闘階級を保護しながら移動する、いわば撤退戦のようなものだ。

 だから、いつまでも同じところにのんびり戦線を張っている訳には行かない。とにかく、1日でも早く、イレース星系へとたどり着かないとならないからだ。さっき言った1週間って言うのは、要するに、疲弊しきった部隊や人員を整え直して出発するための準備って訳なんだが、そうなると、もう来週には俺達の部隊もここを引き払うことになる。

 可哀想だが、ついて来れない者、捕虜にされてしまった者に対して、救出に向かう余裕はもうない。

「じゃから、わしらがここを離れる前に、隊長を取り戻さんとならねーだぎゃあぁっっ!」

「それに、奴らがボンズマンの儀式を行う前に、取り戻さねばならねーだぎゃ!隊長は誇り高き戦士だで、そうなれば迷わずボンズレフの道を選ぶぎゃあぁぁっっ!!」

 あのさ、それじゃ、命惜しさにボンズコードを受け入れた、俺の立場は?

「わかった、事情は理解したよ。俺も全力を尽くしてみるから」

 はてさて、そうは言ってみたものの、どうしようかな。装甲を含む外装品は、そこいらのジャンクパーツや予備部品で、すぐにでもどうにかなるとして、問題は中身だ。制御系統、特に火器管制系統がズタズタだ。本当に、さっき言った予備部品の到着を待つか、あるいは、いっそ新品を受領した方が手っ取り早そうな見事な壊れっぷりだ。

 しかし、そうはいかないのは、俺達の状況が示している通りだし、その場の雰囲気に流されてしまったとは言え、一度何とかして見せると言った以上、ここで諦めるのは技術屋の沽券にかかわる。

 それに、こうまでなったのは、彼らふたりが最後の最後まで奮闘した証明でもあるわけだ。こうなったら、とにかく使えるようにして見せるしかない。

 

「こんなもんかな」

 折角の非番を潰してまで頑張った甲斐あってか、どうにか修理し終えたトード・バトルアーマーは、駆動系も電装系も問題なく作動している。システムの方も、ドライバーチェックを何重にもかけて、どうにか実戦の使用に耐えるレベルまで修復した。ただ、ひとつだけ問題が残った。そう、入力デバイスからFCSにコマンドを伝達し、それら管制指令を各部火器に出力する回路だ。

 こともあろうに、彼らのトード・バトルアーマーは両方ともこの部品が完全に焼損していたから、どう頑張っても復旧は無理だった。こいつだけは、純正部品がないとどうにもならない。まさか、他のバトルアーマーから部品をかっぱらうわけにもいかない。そんな真似をすれば、バレた時、俺の部品をもぎ取られても文句は言えない。

 手詰まり感濃厚だったが、そんなことも言っていられない。そして、考えあぐねた結果、ジャンクパーツや流用パーツを使って、単純な外部スイッチ式のサーキットを自作した。それに、安全性にちと問題があるから、あまり胸を張っては言えないが、ここぞと言う時の秘密兵器ものっけてみた。

 一応戦闘能力を取り戻すまでに修復したとは言え、彼らの意見も聞いてみなきゃならない。ってなわけで、本人達を呼んで、実際にテストしてもらうことにした、わけなんだが。

「ぐあっっ!?」

「どーしたんだぎゃ、クルツ殿?」

「あいや、なんでもない。それじゃ、来てくれたばっかりで悪いけど、さっそくテストしてみてくれないか」

「おう!合点だぎゃ!!」

「楽しみだがや!」

 ハンガーに現れたアドンとサムソンの姿を見た瞬間、俺は不覚にもみっともない声を上げてしまった。それはともかく、激しく動揺する心を抑えて、彼らのバトルアーマーを指差す。そして、ふたりは、ハンガーにおいてある自分達のバトルアーマーを見るなり、嬉々とした表情で着装を始めていた。

 トード・バトルアーマーのアンダーウェアって、ありゃ、まんま全身網タイツじゃねぇか。しかも、他に着ているもんって言ったら、ビキニパンツ一丁だ。って言うか、その格好でお前らここまで歩いてきたのかよ。

 なんでこいつら、俺の目ばっかり狙いやがるのか。精神力の中枢に致命的命中だ。事情を知らなければ、筋肉モリモリ、マッチョマンの変態だ。いや、待てよ。ここは発想の転換だ、エレメンタルには、もちろん女性もいる。と言う訳で、彼女達がこれを着た姿を想像してみよう。

 

 私が、愚かでした。

 

 強烈なめまいと共に、ひとしきりハンガーの床にしゃがみこみつつ、どうにかして脳内の不適切画像の削除につとめるが、これがどうしてなかなか素直に消えてくれない。

「大丈夫だぎゃ?クルツ殿。ろくに寝てねーんだで、仮眠をとった後でも、わしら構わんでよ?」

「サムソンの言う通りじゃ、人間、筋肉が資本だでね」

 しかし、文字通り考えもしなかった彼らの暖かい言葉に励まされ、愛想笑いでどうにかごまかしつつ、残った気力を総動員して精神に再起動をかけることに成功した。けどな、筋肉ってなんだよ。そりゃ、筋肉だって体の内だけどさ。

 っていうか、こいつら、意外といい奴らだな。

 

 修理した機体について、ひととおりテストとレクチャーをした後、実際に稼動させてもらった所、ふたり共、とりあえず修理の結果に納得してくれたようだった。

「ぅおおおっ!さすがは兄貴だぎゃああああっ!ここまで完璧に直してくれるとはああぁぁっっ!!」

「さすが、マティルダ姐さんが見込んだ男だぎゃああぁぁっっ!!」

 まさに狂喜乱舞、と言った様子で、屑鉄人形から戦闘人形へと復活を果たした、トード・バトルアーマー達が、気合の入ったポージングをキメている。実弾を搭載していないとは言え、こっちを向かれてやられると、奴らの謎パワーでビームが飛んできそうな気がして、どうにも落ち着かない。

 え?ああ、前に言った外部コマンドってのな。ありゃ、早い話が特定の動作や音声認識でスイッチが入るってやつだ。なに?大丈夫なのかって?バカ言えお前、部品が手に入らない以上、他にどんな方法があるって言うんだよ。

 悪い、寝不足で少しイラついてた。気を悪くしたなら謝るよ。それにしても、俺はいつの間にか『兄貴』にクラスチェンジされている。別に不服な訳じゃないが、どうにも危険な領域に足を突っ込んだような気がして、どうにも漠然とした不安が拭いきれない。

 でも、何はともあれ、これでやっと肩の荷が下りた感じがした。確かに、メックをレストアするよりはマシとは言え、貴重な休みを潰して2日間、ほとんど徹夜勝負で2体のバトルアーマーを修理した。さて、こっから後はふたりの頑張り次第だ。俺は、少し寝かせてもらうよ。

「よし!アドンよ!さっそく奴らから、我らが隊長を取り戻すんだぎゃあ!」

「ぅおお!いよいよ所有の神判を申し込むんだがや!?サムソン!!」

「その通りだでよ!我ら3人にかかれば、奴らなど蹴散らしてくれるだぎゃあ!!」

 そうそう、その意気だ。って・・・3人?

「わしらのパゥアーと、兄貴の頭脳があれば、何も怖いもんなしじゃああぁぁい!!」

「ぅおおぉんっ!!そのとおりじゃああぁぁっっ!サムソーンッッ!!」

「と言う訳で、兄貴ィ!わしらの力を、アイスヘリヲンの奴らに見せてやるんじゃああぁぁっっ!!」

 そんな馬鹿な!何でそんな話に!?

「おー、クルツ。おみゃー、んなとこでなにしとんだぎゃ」

 ディオーネ!?いい所に!た、助けてくれ!

「ほー、こいつらふたりと、所有の審判な。なるほど、なるほど」

 俺の訴えを聞いたディオーネは、得体の知れない干し肉を齧りながら、何やら楽しそうに何度もうなずいている。

「心配するこたぁねーだで、全て、視法の導きのままに、だでね」

 ちょっと待て?なんでここでヴィジョンが出てくるんだよ。

「よー聞ーてくれただぎゃ、『猛り狂う氷の魔獣に挑みし二人の巨人、白き短剣の光に導かれ、その手に勝利をつかむであろう』と、大いなる意思に、畏敬と信仰の極みを。だぎゃ」

 いや嘘つけ、今ここで適当に吹いただろ、お前。

「ぅうおおおぉぉんっっ!さすがはディオーネ姐さんじゃああぁぁっっ!!神託がこう申されている以上、わしら3人は怖いもんなしじゃああぁぁい!!」

 滅茶苦茶怖いものだらけだよ、なに言ってやがんだ。

「クルツ、これはうちが昔使ぉとった装備だぎゃ。背丈は一緒ぐれーだしが、まあ、横幅はアジャストでどーにでもなるだぎゃ」

 ディオーネは、自分で引っ張ってきたリヤカーに積み込んだ、ボディアーマーやら装具類やらをてきぱきと広げだした。何を運んできたのかと思ったが、随分用意のいい話じゃんかよ、コラ。

「それと、これはトラ坊と隊長からだぎゃ」

 指揮官用携帯無線機と、リボルビングアーマーマグナムか。無線機はいいとして、こんな化け物、俺に撃てるのか?それとも自決用か?確かに、これなら痛みを感じる前に頭が吹っ飛んでなくなるだろうけど。じゃ、なくてだな。

 なんだよコレ、用意がいいなんてもんじゃないぞ。まさか、本当にヴィジョンを視たのか?っていうか、そんな新聞でも読むみたいに、ほいほい視れるもんなのかよ、ヴィジョンってのは。

「いや~、それにしても、おみゃーもとうとうやる気を出す気になってなによりだぎゃ。これでうまく行きゃー、おみゃーも晴れて戦士の仲間入りだでね」

 戦士よりも、戦死者の仲間入りをしそうな気がするよ。

「あとこれ、お守りな」

 そう言うと、ディオーネは俺にライター位の大きさの金属ケースを手渡した。何だ、何が入っているんだ?

「このたーけ!んなとこで開んじゃねーだぎゃ!」

「す、すみません・・・!?」

 顔を真っ赤にしたディオーネに、物凄い剣幕で怒られた。なんだよまったく・・・それにしても、次から次へと、事態がおかしな方向へと転がっていく。思えば、あの時、余計な野次馬根性を出したばっかりに、このザマだ。

 痛っ・・・?

 左の胸ポケットの中で、何かが刺さった。ほんの一回だけ、小さく、しかし確かな鋭さで布地を通して肌に届いた刺の正体は、いつもポケットに持ち歩いている、ノヴァキャットのエンブレムをかたどった小さな銀細工。ひびが入り、所々欠け落ちてはいたが、刺さるような棘なんてなかったはずだ。しかし、それでも。

 非難するようにも、たしなめるようにも感じる、銀色の痛み。ああ、そうだよな。それじゃ、ひとつ頑張ってみるよ。

 

「ここが補給キャンプだった場所か」

 勝って来るぞと勇ましく、じゃないが、兵員輸送車から見送られて歩くことそれなり、破壊されつくした街の廃墟が開けた高台の先に見えたのは、アイスへリオンの旗印も勇ましく翻るベースキャンプと化した元補給キャンプだった。

 ふたりの話だと、元は公園かなにかの公共施設を徴用して臨時のベースにしていたらしい。確かに、ちょうどいい塩梅の起伏が連なる造りは、そこかしこに公園だった面影がある。そして、うまいことに植え込みや大型遊具なんかの施設も、中途半端に片付けられたまま残っている。とはいえ、トラップがあるかもしれないから、そこは警戒する必要があるだろう。

 ここは補給任務というよりも、この星の帯同希望者をピックアップするための窓口だったらしいが、そんな所にも襲い掛かる辺り、アイスへリオンの連中もなかなか容赦がない。

 まあそれはともかく、御存じ神判には外せないルール、キリングフィールドこと対等の環なんだが、これは公園跡地の敷地全体、つまりは連中が構築した陣地そのものってことになる。その辺は事前にしっかり確認した。でなけりゃ、双眼鏡片手にのんびり観察している所を狙撃兵に撃たれるなんて真似は、全力で御免こうむりたい。

 そして、サムソン達と事前に打ち合わせたのは、バトルアーマーはともかく、俺の装備では、歩兵一個小隊の前じゃハナクソも同然な事。だから、サムソンが可能な限り歩兵を排除して、アドンがアーバンメックを牽制、その後ふたりで連携してこれを撃破。俺といえばとにかく生き残る、もとい、現場指揮に専念。と、ざっくり言ってこんな流れだ。

 これについても、ふたりは素直に了解してくれた。しかし、偽装してギリギリまで忍び寄ることについては、やや不満気味ではあったものの、初っ端から派手に暴れて相手をヒートアップさせたら、ふたりはともかく俺が持たない。

 セコいことを指示しているようで、正直気が退けたんだが、とにかく、ふたりには相手が俺にかまっていられないくらいひっかき回してくれと頼み込んだ。彼らの連携については確認済みだから、そのあたりは信頼して、あまり細かい注文は無しにした。

 

 作戦会議も終わり、いよいよ刻限を迎えた俺達3人は、アイスへリオンの機械化歩兵1個小隊に対して所有の神判をもって対決することになった。そう、先日の戦闘で捕虜になった、彼らの隊長をかけての真剣勝負だ。

 しかし、機械化歩兵1個小隊だからといって甘くは見れない。何せ、向こうはアーバンメックがいる。火力支援が強力なだけに、いくらこっちにトード・バトルアーマーが2体いるとしても、決して油断はできない。フル装備のエレメンタルに対して、歩兵1個小隊はいくらなんでも少ないんじゃないかと思っていたが、やっぱりこういうオチになったか。

 ただ、IICタイプではなく、クラシックタイプだったことが幸いだった。いくらアーバンが軽量級とはいえ、IICタイプなんかもってこられたらどえらいことになる所だった。まあ、それがせめてもの救いって奴だ。

 ともあれ、いかに手早くアーバンを黙らせるかが勝負の分かれ目になるんだが、どうも、そう簡単にはいかない。まあ、それはわかっていたことだ。出来るなら、指揮官を潰して指揮系統を一時でも混乱させられればやりやすいんだが、こうして見た感じ、どいつもこいつもみんな同じ装備をしている上に、立ち居振る舞いを見ても簡単に判別できない。もしかしたら、アーバンのパイロットがそうなのかもしれない。どの道、奴を潰さないことには俺たちに勝利はない。

 それに、交戦入札で名前が挙がっていた、狙撃ライフル分隊の姿が見えない。見えないのが当たり前とわかっちゃいるが、それだけに余計気味が悪い。畜生、一体どういう配置をしているんだか。まったく、うまく隠蔽させたもんだ。

「アドン、姿勢が高すぎる。もう少し回りの地形や遮蔽物と合わせてくれ、それで相手の目を数秒はごまかせる」

『了解じゃ、兄貴』

『よし。サムソン、このまま警戒しながら前進。うまく行けば、連中の側面を突ける』

『了解じゃ、兄貴』

 蓑虫のように体に巻きつけたギリースーツから、なるべく手足が出ないように注意しながら、もう一度双眼鏡を覗き込む。アドンとサムソンも、最初難色を示していたものの、今の所素直に偽装網を被っていてくれている。

 彼らには申し訳ないが、俺は隠蔽行動をとりながら、後方からトラップを警戒しながら前進させてもらっている。案の定、ここまで進んでくる間にいくつか見つけて処理した。正直、面倒くさいやらイラつくやらで、あのふたりがあれだけ怒り狂っていたのも、今なら手放しで賛成できる。

 なにせ、こっちは火力にしても生存性にしても、バトルアーマーと歩兵装備じゃ比べ物にもならない。だから、敵の陣地に肉薄するまでは、なるべく目立たないようにしてもらわなければならない。彼らがその本領を発揮して暴れまくるのは、奴らの懐に潜り込んだその時だ。

 それにしても、遮蔽物を伝うようにバトルアーマーで器用に匍匐前進をしている姿は、はた目にはトード(ヒキガエル)そのもので面白いが、逆に彼らの技量の高さが十分に理解できた。

 そして、向こうもバトルアーマーが巧妙に偽装しつつ、物陰に潜みながらじりじりとにじり寄って来ているなどと、想像すらしていないらしい。そして、ようやく相手の配置が細かく観察できるポイントを確保できた。

「サムソン、アドン、一旦停止。敵の配置を確認してから、爆破ポイントを送る」

『了解だぎゃ、兄貴』

『いつでも言ってちょうよ』

 なるほど、人員の配置や火器の配分はなかなか隙がない。どこから攻めても、確実な反撃ができる配置になっている上、必要とあらば、網の目に張り巡らされた塹壕で、すぐに応援を配置できるようにしてある。

 そして、陣地の中央に砲台のように鎮座しているアーバンメックが、そのオートキャノンの砲身を光らせいつでも支援砲撃を出来る体勢になっている。まったく、さすがは防衛戦の花形と言われるだけのことはある。

「嘘だろ、おい」

 それより、ようやくその姿を見つけた狙撃要員の数が、心なし多いような気がする。ていうか、マークスマンで水増ししてやがる。しかも、連中、バトルアーマー対策のアンチマテリアル・ライフルやレーザーライフルではなく、対人狙撃ライフルやマークスマン・ライフルを持っている。

 奴らは間違いなく、あのふたりじゃなく俺を狙っている。わざわざマークスマンを配置している辺り、どうやら、あちらさんは俺を確実に潰す気でいるらしい。

 そもそも、交戦入札に出向いた時、あのふたりが、俺をやたら『兄貴』と呼んだおかげで、俺をただのおまけとは片付けなかったらしい。これは、ますます面倒なことになった。

 俺達3人で、アイスへリオンの連中に所有の神判を申し入れにいった時のことだ。わざわざ捕虜ひとりに対して神判をブチ上げたこともそうだったが、あちらさんのスターコマンダーは、交戦入札の場において俺達が提示した戦力に、サムソン達エレメンタルはともかくとして、通常の歩兵装備で神判に臨む俺に、あからさまな哀れみと嘲笑を隠そうともしなかった。

『まあ、真っ先に死ぬのはお前だろうな』

 そんな顔で俺を見た奴は、後はまったく気にも留めてさえいない様子だった。畜生、こっちだって好きでやってるわけじゃないんだ。だが、そんな泣き言も言ってられない。最後まで自分のするべきことを精一杯やっておかないと、万が一あっちに逝った時、母さんやあいつに顔向けできない。

 

 ディオーネの神託を聞いたということもあってか、彼らふたりはありがたいくらい素直に俺の指示に従ってくれた。その甲斐もあってか、俺達は、最初の計画通り十分奇襲をかけられるポイントまで到達することが出来た。

 それにしても、典型的なバンカーヒルだ。見通しの聞く斜面に鉄条網で障害を引き、同心円上に作られた塹壕や掩体。それに、もしかしたらクレイモアもしかけてあるかもしれない。こっから先がやっかいだ。狙撃兵の目は何とかやり過ごしたとはいえ、こっちの居場所が知れたら最後、後は容赦なく弾が飛んでくるクロスファイアゾーンだからだ。

 アドンとサムソンは、バトルアーマーがあるから多少の弾幕にも融通は利く。だが、俺は中古の歩兵用アーマメントシステムと、コンポジットライフルだけ。どうにかして奴らの塹壕に潜り込まないと、狙撃分隊どころか、歩兵の銃撃を浴びただけでもマズいことになる。

 こうなると、俺が何のためにここに居る必要があるのかマジでわからない。しかし、ここまで来てしまった以上、出来るか出来ないかじゃない。やるのだ。

「アドン、サムソン、聞いてくれ。ふたりは両翼に分かれて、後50メートルほどそのまま前進してくれ。陣地の裾に取り付いたら、狙撃兵とマークスマンのいるポイントを砲撃、その後突撃を開始。攻撃優先順位は、メック、対装甲火器装備歩兵、通常歩兵の順だ」

『じゃが、兄貴。そうは言うけどもが、奴ら、兄貴を狙っとる様子だぎゃ。わしらはえーけどもが、これじゃ話にならねーだで』

『サムソンの言う通りじゃ、わしも、まずは歩兵から片付けた方がええと思うだぎゃ』

 さすがに、ふたりも敵の意図に気付いたのか、歩兵を優先して片付けるべきだと言ってきた。正直、そうしてもらえればありがたいが、彼らが塹壕にこもる歩兵に気を取られて、アーバンメックに狙い撃ちされるなんて事態はどうあっても避けたい。

 いくら俺が無事でいたところで、彼らのどちらかでもやられてしまえば、俺たちの勝ちはほぼゼロになる。どうする?ふたりの意見を聞き入れるべきか。

 そう思いながら動かした足元、そしてブーツ越しに伝わってきた微かなクリック音。それがなんであるかを理解する前に、全身から嫌な汗が吹きだした。

『兄貴、どうしたんだぎゃ?』

「すまん、しくじった」

『な、なにがあったんだぎゃ、兄貴!』

「地雷だ、気をつけろ、やつら、セキュリティエリアの周りに地雷原を敷いてやがった。もしかしたら対車両地雷も混ざってるかもわからん、念のためセンサーで感知してから行ってくれ。俺のほうは自分で何とかする」

 この辺の芝生は全く傷んでいなかったから、すっかり油断していた。しかし、いまさらそんなことを言ってもどうにもならない。こいつは冗談抜きでヤバい、すぐに信管が撃発しないってことは、信管が湿気ってたか跳躍式か。どちらにせよ、この足をどけた瞬間、俺はタダじゃ済まない。

 ここまできて、くだらないミスをやらかした。しかし、今さらそんなことを言ってもしょうがない。ベルトからバヨネットを抜き、それをブーツの下に差し込むと、手探り状態で信管の位置を探す。だが、芝生の感触が邪魔をして、信管の位置がなかなか探り当てられない。確実に信管の真上に刃を置いてそのリアクションを抑えないと、少しでもスイッチが動けば俺は地雷に吹っ飛ばされる。畜生、なんてこった。

『兄貴!』

「サムソン、お前!」

 いつの間に引き返してきたサムソンのバトルアーマーが、俺の前に現れる。すっかり匍匐前進をものにしたのか、地雷に気を取られていたことを差っ引いても、こんなデカいのが近づいてきたことにまったく気が付かなかった。

「心配してくれるのはありがたいが、バトルアーマーじゃ細かい作業は無理だ。それより、アドンをひとりにしておくと危ない!」

『兄貴、わしらに任せてくれ!準備はえーだぎゃ?アドン!』

『おう、任せるだぎゃ!』

「おい、何をする気だ?」

『静かに、兄貴!舌を噛んでしもうたらアウトじゃ!』

「・・・お?どわっ!?」

 トードが立ち上がるや否や、マニュピレーターが俺の襟首を掴んだ瞬間、俺はカタパルトから発射された気圏戦闘機のように、物凄い勢いでぶん投げられた。そして、放り投げられた上空から一瞬だけ、地雷の破裂音とともに爆煙に包まれたサムソンのバトルアーマーの姿が見えた。

「痛てっ!?」

 ヘルメット越しとはいえ、壁に頭をぶつけたような衝撃。気がつくと、サムソンに放り投げられた俺は、クォーターバックからパスを受け取るハーフバックさながらにダッシュしてきたアドンのバトルアーマーにキャッチされていた。

『大丈夫だがや?兄貴!』

「ああ、それよりすまない、今ので完全に気付かれた。アドン!サムソン!今から送るポイントを先に吹っ飛ばしてくれ!その後は全火力で突撃!一秒でも早くアーバンを潰す!」

『合点じゃあ!兄貴ィィ!!』

「畜生!行くぞ、突撃!!」

『うおおおぉぉぉっっ!!』

 試合開始のゴングさながらに、早速のように打ち込まれてきた機銃掃射と、炸裂する迫撃砲の砲撃の破片を前に、ふたりは俺の前に壁のように立ちはだかる。そして、事前に申し伝えておいた、外部コマンドを入力する動作を取ると、もはや砲撃と言ってもいいレベルの攻撃を開始した。

『いぃくだぎゃあ!情熱のガッツポォズ!!』

 いわゆる、フロント・バイ・セップスと呼ばれる、ボディビルダーのようなポーズをキメた瞬間、ランチャーから短ミサイルが打ち出され、それらは弾着と同時に狙撃兵やマークスマンが潜んでいた塹壕や掩体を吹き飛ばし、ガソリン入りドラム缶の行列に火をつけたような爆炎の連鎖を噴き上げる。メックからすりゃ『痛ぇな』程度の威力でも、歩兵相手に使えばどうなるかというのを、今まさに改めて思い知らされた。

『ぬぅおりゃああああぁぁっっ!!突撃ッ!突撃ィィッッ!!』

『祭じゃ!祭じゃああぁぁっっ!!』

 怒号をあげながら突撃するふたりに呼応するように、敵陣地からも激しい機銃掃射の銃声が鳴り響き、俺の回りにも嫌な音を立てて銃弾がすっ飛んでいく。

 もうこうなったら、誰もあのふたりを止められない。今まで、コソコソ陣地に忍び寄ってきた努力が馬鹿々々しくなる勢いで突進し、地雷を踏み潰し、銃弾を弾き返し、爆炎をかいくぐりながら、ふたりのエレメンタルはありとあらゆる抵抗を粉砕し、あっという間に敵陣地の真っただ中で暴れ始めた。

 殺る気満々のエレメンタルが殴り込みをかけると、小回りが利きすぎている分だけ、下手な戦車や装甲車が突撃してくるより始末が悪い。ヘヴィーマシンガンが歩兵を一瞬で赤い煙に変え、レーザーがバンカーを貫通し、内部誘爆の炎が吹き上がる。そして、短ミサイルが吹き飛ばした塹壕から、狙撃兵が大の字になって回転しながら宙を舞うという、味方のしでかしたことながら、思わず目を覆いたくなるような惨劇が次々と繰り広げられる。

『ビィルド・アップ!!』

『ウェイクアップ・シンボル!!』

 意味不明の怒声を上げながら、アドンとサムソンはポーズと共に撃ち出されるミサイルやレーザーで、トーチカや塹壕を蹂躙し蹴散らし、ヘヴィーマシンガンの銃声が轟く度、敵の銃声が確実に減っていく。

 しかし、向こうだってやられっ放しじゃない。アーバンメックがふたりに対して砲撃を始め、お互いの砲弾やレーザーが飛び交い、爆炎と爆風に取り囲まれる。そんなバトルアーマーの魅力をぎゅっと濃縮。といった風情のふたりが大暴れしているのを感心して眺めている訳にもいかない。こんなところでぼやぼやしていたら、アーバンの砲撃で吹っ飛ばされるのは時間の問題だ。

 俺は立ち込める煙や遮蔽物の間に紛れながら、彼らが切り開いてくれたその後を必死に駆けずり回る。そして、最初の塹壕が見えてきたその中にコンポジットライフルのグレネードを撃ち込み、爆煙が吹き上がるその中に飛び込もうとしたとき、俺の後ろで砲撃が炸裂した。

「おわっ!?」

 ボディアーマーやヘルメットに破片が突き刺さる嫌な感触と同時に、爆風に背中から突き飛ばされるような格好になった俺は、みっともなくその中に転げ落ちた。が、その瞬間、またもや凄まじい爆音とともに、砲撃で吹き上げられた土砂が滝のように降りかかり、わけもわからないまま生き埋めにされた。

 幸い深さは大したことがなかったから、土の中からどうにか頭を出した瞬間、そこに見えた光景に、自分でも表情が凍りつくのがはっきりわかった。

 目の前の小石が、ポップコーンのように跳ね上がるほどの地響きを踏み鳴らし、陽炎にゆらめく見上げんばかりの鋼鉄の巨体が、長大なオートキャノンの砲身を振りかざしながら、俺を見つけたと言わんばかりにまっすぐこちらへと向かってくる。

『兄貴ィ!メックじゃあ!』

『こいつをブッ潰せばわしらの勝ちじゃあ!ゆくぞ!アドン!!』

『応よ!!』

 サムソン達が猛然とアーバンメックに挑みかかる一方、俺は、海亀の子供のように、ほうほうの体で半分埋もれた塹壕から這い出すと、再び別の塹壕の中に飛び込んだ。そして、塹壕伝いに移動しながら、グレネードで敵に潜んでいそうな場所を吹き飛ばし、ふたりが消毒した後を必死に駆けずり回る。

 いくら歩兵のほとんどはアドン達が始末したとはいえ、とてもじゃないが、メック相手じゃアサルトライフルじゃ歯が立たない。俺が出来ることと言えば、アドン達の邪魔にならないようにするだけだ。しかし、彼らのバトルアーマー達も、やはり完全な状態でないのがたたっているのか、オートキャノンの砲撃とレーザーの執拗な掃射の前に、かなり苦戦している様子だった。

 しかし、そんな状況にもかかわらず、ふたりのうちどちらかが必ず俺のカバーをしてくれている。気持ちはありがたいが、余計なことに気を取られているも同然な状況は、はっきり言っていいとは言えない。

『どぅおっ!?』

 オートキャノンの至近弾が炸裂し、砲弾の破片を浴びたバトルアーマーの正面装甲が激しく火花を上げ、その巨体が張り倒されるように転倒した。アーバンメックはかなりの熟練搭乗員らしく、ジャンプジェットで巧みな回避機動で距離を保ち、バトルアーマーが取り付く隙を与えようとしない。

『どぅおわあぁぁっっ!!』

 動きが鈍ったところへ浴びせかけられたレーザーの斉射が、ミサイルランチャーを吹き飛ばし、アドンのバトルアーマーを包み込むような凄まじい誘爆を起こす。やられた、そう思って一瞬血の気が引いたが、爆煙の中から撃ち返すレーザーの光が彼の無事を伝える。しかし、状況は好転するどころか、これまでのお返しとばかりに、アーバンの猛攻が始まった。

『ぬぉおお!』

 アドンのカバーに入ろうとしたサムソンだったが、彼もオートキャノンの砲撃の至近弾の爆風で叩き落された所へ、追い打ちのようなレーザーの連射を浴び、ほぼ剥き出しに近い配置のミサイルポッドは、こんな状況ではひとたまりもなく爆発する。そして俺も、奴がぶっ放したオートキャノンの至近弾が炸裂し、爆風ででんぐり返った。

「くそっ!」

 俺の代わりに砲弾の破片を受け止め、くの字に折れ曲がったコンポジットライフルを投げ捨てる。敵の武器が落ちていないか見回すが、それらしい物は見当たらないし悠長に探している暇もない。一方、ミサイルランチャーを吹っ飛ばされたアドン達は、残ったレーザーとヘビーマシンガンで攻撃するが、アーバンメックはジャンプジェットで巧みに間合いを取り、取り付こうとする彼らに対してオートキャノンとレーザーのローテーションで付け入る隙を与えようとしない。

 こいつは間違いなく、バトルアーマーの対処を熟知している。しかし、アーバンメックを黙らせない事には、俺たちに勝ちはない。しかし、いったいどうすれば。

『ぬぅおおぉぉっっ!?』

『あ、兄貴ィィ!!』

「落ち着け!大丈夫だ!まだ手はある!」

 こんな状況になっても、指揮官用の野戦無線機はムカつくくらいクリアにお互いの会話をやり取りさせる。指揮官様の常套手段『どんな時でも余裕を吹け』じゃないが、焦れば焦るほど、状況は泥沼になりつつある。畜生、もうこうなったら、アストラに頼み込んで手配してもらったアレを使うしかない。

 何度も地面に叩き落されながらも、ボロボロのバトルアーマー達は、猛り狂う大熊に立ち向かう猟犬のように死に物狂いで食い下がる。だが、アーバンメックはそれを嘲笑うかのように、巧みに距離を保ちながら、的確な痛撃でそれを跳ね除けていた。畜生、俺があの時、地雷なんぞ踏まなけりゃ・・・!

 とにかく、このままじゃ終われない。俺があの時ヘマなんぞしなけりゃ、あのふたりだったら今頃とっくにケリがついていた。それなのにこの体たらく、ならば、落とし前は俺自身で付けないと、あの世で母さんはともかく、マティにもう一度殺されかねない。

 歩兵はサムソン達に蹴散らされ、まともに抵抗しているのはアーバンメックくらいだ。塹壕の中でフィールドバッグのC8爆薬に信管を刺しこみ、いつでも投げられるように肩に担ぐと、頭の中に叩き込んだ塹壕の配置を記憶から手繰り寄せながら走った。

「サムソン!アドン!これから奴に例の奴を喰らわしてくる!すまんがもう少し奴を引き付けてくれ!」

『了解だぎゃ、兄貴!』

『ひとりで大丈夫だぎゃ!?』

「ああ、任せてくれ!」

 もうこれ以上彼らの足を引っ張るわけにはいかない、そうでないと、勝てるものも勝てなくなる。今いる塹壕から這い上がり、芋虫のように転がりながら隣の塹壕へ転がり込むと、そこかしこに横たわる敵の上を飛び越えながら塹壕の中を走る。そして、見当をつけた場所にたどり着くと、先にヘルメットを塹壕の上に掲げ、弾が飛んでこないことを確認してから外の様子をうかがった。

 

 いた。

 

 そこには、アドン達を好き放題追い散らしているアーバンメックの背中が見えた。だが、自軍の歩兵が奴の邪魔にならないよう張り巡らせた塹壕が、悪いが今は俺の都合通りに事を運んでくれた。

 辺り一面に立ち込める煙に紛れるように塹壕から這い上がり、辺りに散らばる仏さんやスクラップに紛れながら匍匐前進で近づく。そんな俺に気付いたのか、サムソンとアドンのふたりも、自分達にヘイトが向くような立ち回りでアーバンメックの注意を引きだした。

 あいつらだって、もう限界だろうに。そんな思いが『もうこのへんでいいだろ』という声を殴り倒す。無意識に荒くなる息を抑えつけ、確実に奴の背中に届く距離を目指して這いずりまわる。そして、目算で30ヤードまで近づいたと同時に、跳ね起きざまに爆薬入りのフィールドバッグのストラップを掴み、渾身の力でフルスイングすると、奴の背中めがけて思いっきりぶん投げた。

「ぶっ飛べ!畜生!」

 ゼロタイムに設定したリモートスイッチをクリックした瞬間、空中で炸裂した轟音と同時に殺到してきた鉛色の衝撃波に吹き飛ばされ、俺は張り倒されたように転倒すると、訳も分からず地面の上を馬鹿みたいに転がった。

 昔、横転事故を起こしたトラックに乗り合わせた時があったが、あんなのはアトラクションも同然だということを、今、思い知った。

 

 耳鳴りが酷い、全身が鉛のように重い。痛いというより、ひたすら重い。ゴーグルをどけて、もやがかかったように焦点の合わない目をこすりながら、アーバンメックの姿を探す。果たして、奴はオートキャノンの砲身が地面に突き刺さり、杖になるような形で転倒を免れていた。

 ほぼ根元まで地面に突き刺さったオートキャノンは、奴に膝をつかせるような形でその動きを拘束していた。しかし、アーバンメックは巨体を揺すりながら、その無理にも程がある姿勢のまま、地面から砲身を引き抜こうと短い脚をばたつかせている。

 これが、奴にどれだけ揺さぶりをかけられたかわからない。だが、少なくとも、流れは俺たちの方へ引き戻せた。サムソンとアドンのふたりが変な仏心でも起こさない限り、奴はもう案山子も同然だ。

 耳鳴りのする頭にイラつきながら、手鼻をかんで鼻血を吹き飛ばす。畜生、まだ頭がくらくらする。全身を不愉快な嘔吐感が這いまわり、思わずしゃがみ込むと、その辺に朝飯だったものをげえげえ吐き散らした。

 だが、まだだ、まだ終わってない。生き残った歩兵だっているはずだ、その辺に転がっていた敵のライフルを拾い、ローディングを確認しようとしたその時、いきなり後ろから殴られた。

「この野郎!」

 目ん玉が飛び出しそうな衝撃でよろめきながらも、振り返りざまにぶっ放してみるが、相手の着こんでいるボディアーマーが丈夫なのか、それとも怒りで我を忘れているのか、撃たれたこともお構いなしに手にしたスコップを振りかざして突進してきた。

「死ね!フリーバース!」

「手前もだろうが!」

 ライフルでスコップの一撃を受け止め、奴のどてっ腹にヤクザキックをお見舞いする。そして、ほんのわずかに間合いが開いた瞬間、ほとんど無意識に右脚に括り付けたホルスターからリボルビングアーマーマグナムを引き抜き、委細構わず奴めがけてぶっ放した。

 その瞬間、落雷のような轟音と同時に、捻り上げられたかのように右腕が跳ね上がり、腕の筋が何本かいかれた感覚が伝わる。そして、あのスコップマンも、突き飛ばされるように吹っ飛ぶと、ようやく動かなくなってくれた。

「畜生・・・なんてことしやがる」

 首の激痛に思わず顔が歪む、もう少しでボディアーマーとヘルメットの隙間から延髄を叩き切られるところだった。体が鉛のように重くなり、鼻血が止まらない。耳鳴りがさらに酷くなり、アーマーマグナムを握る手がガタガタ震える。

 耐え難い苦痛と、何故かこみ上げる情けなさ。許されるんなら、今すぐこの場で子供みたいに泣き喚きたくなる。それでもなんとか立ち上がろうとしたその時だった、

「・・・・あ?」

 狙い済ましたかのような、左胸の激痛。全身を揺さぶり、引き裂くような衝撃。

 

 撃たれた

 

 そう理解しながら、反動で地面にひっくり返ると、今度こそ、そのまま意識が暗転した。

 

『うおおっっ!サムソン!兄貴があぁぁっっ!?』

 C8の爆風で一瞬システムダウンしたバトルアーマーを立て直し、クルツのカバーに向かおうとした矢先、目の前で撃たれ倒れた彼の姿に、アドンは咆哮じみた悲鳴を上げる。そして、舞い上がる土埃の中、ふたりのエレメンタルは地面に横たわるクルツの姿に表情を引きつらせる。どんなに叫んでも、呼びかけても、どんな時でも余裕に満ちた言葉を返してくれた彼は、放り捨てられた人形のように、戦場の泥と埃にまみれて動かない。

『よぉくも兄貴をぉぉっっ!!』

『もう許してあげません!!』

 クルツを撃った歩兵にヘヴィーマシンガンの掃射を浴びせたサムソンは、暴走する怒りを次はアーバンメックに向ける。アドンもまた、阿修羅のごとき形相でサムソンと並び立ち、アーバンメックの正面に仁王立ちとなった。

 そして、砲身が地面に深く刺さり、ほぼ横倒しの状態になったアーバンメックも、この満身創痍となった、ボロボロのバトルアーマーをまとったエレメンタルにレーザーを乱射して抵抗するが、射角が限られた体勢では、もはや威嚇にもならない。

 もはや、まともに動くこともできず、哀れに跪くような姿。こうなった以上、もう自分達がおかしな慈悲でも起こさない限り、勝利は揺らがない。しかし、その勝利は、非力な歩兵装備しか持たない男が導いたもの。

 それを、よくも。

『アドン!M.E.N.Sを使うでよ!!』

『M.E.N.S!?じゃがサムソン!あれはバトルアーマーがどうなるかわからんから、もはやこれまでという時しか使うなと兄貴が言ぅとっただぎゃ!?』

『このバカタレ!今がその時じゃ!アドン!!』

『ぬおお!確かにそのとおりじゃあ!サムソン!!』

 彼らは、クルツから使用は一度きりと言われていた、リミッターもセーフティも完全無視の、バトルアーマーの全エネルギーをドライブさせる、文字通り切り札であるレーザーのエネルギーをフルドライブさせる入力コマンドを、迷いなく、そして渾身の力を込めて形作った。

『ゆくぞ!われらの魂の叫びぃぃっっ!!』

『究極のガッツポォズ!!』

 その瞬間、2機のトード・バトルアーマーのレーザーポッドから限界までエネルギーを振り絞ったレーザーが発射された瞬間、レーザーポッドとジェネレーターを経由するバイパスに設置された、外付けのコンデンサーパックが爆発を起こして吹き飛んだ。

『M.E.N.S.ビィィィ――ッッム!!』

 そして、彼らの叫びと同時に発射された白く輝く二条の光芒は、アーバンメックの脳天に突き刺さっていた。

 

「このデカブツ!おみゃーがいたら、治るもんも治らねーだぎゃ!」

「その言葉、そっくり返す。貴様のような騒がしい者がいたら、怪我人の傷に障る」

「こ、この!」

 ・・・よう、悪いけど、狸寝入りをしたまま失礼するよ。少しばかり、面倒なことになってるんでね。え?死んだんじゃなかったのかって?いやいやいや、そりゃないだろ。勝手に人を殺さないでくれ。

 確かにあの時、俺は生き残っていた歩兵に撃たれたんだが、奇跡的に大怪我で済んだ訳だ。それでも、気力体力が限界だったもんだから、あのまま気を失った。だから、撃ったほうも間違いなく仕留めたと思ってくれたんだろうな。

 ディオーネからもらったお守りは、見事に貫通されていた。ボディアーマーで威力を殺されたとこに、銀細工とお守りに当たった弾丸が、あばらに弾かれてもう一度体の外に飛び出していたんだそうだ。

 戦闘中に小間物をあれこれ持っていくのは危険だとはわかっていたが、どうしても置いていく気になれなかった。しかし、結果的には、懐にしまっておいたお守り達が俺を助けてくれたことになる。そう思えば、素直に感謝するべきなんだろう。

 こんな映画みたいなことが、本当にあるんだな。正直、驚くやらあきれるやらだ。ただ、中に入っていた、あの髪の毛だかなんだかわからんものは、ありゃ一体なんなのやら。

 それと、神判の方だが、あの後、ふたりがアーバンメックを撃破したことで、生き残っていた歩兵達は到底勝ち目がないと投了したそうな。だから、俺はここで寝ていられるんだけどな。

 なんだよ、なに?あのふたりがメンズメンズうるさかったって?ああ、ありゃ、ジャンクを組み上げた急ごしらえの部品に、それっぽい名前をでっち上げたんだよ。文字通り一発勝負の使い捨て、テストもしてないから、どれだけのエネルギーをドライヴするかわかったもんじゃないってんで、もはやこれまでって時まで使うなって言っといた奴だ。

 Maximum・Energy・Supply、略してM.E.N.Sだ。もういいだろ、いい加減寝かせてくれ。

「だいたい、貴様はどうしてこうもやかましいのか。ここにいたければ隅の方で静かにしていろ、それができなければ、さっさと帰れ」

 って言うのに、本当にこいつらときたら。件のアイスへリオンに捕まってたって言う、サムソンとアドンの隊長だが、まさか女エレメンタルとは思わなかった。いや、そんなことはどうでもいい。だいたい女エレメンタルってのは、オッパイのついたオッサンみたいなもんだ。それはともかく、性格的にディオーネとそりが合わないらしく、マスターやアストラ達と見舞いに来たディオーネの振る舞いに対して、

『やかましいから帰れ』

 などと火の玉ストレートをぶつけた挙句がこの始末だ。おかげで、マスター達もサムソン達も、このふたりが角を突っつき合わせたあたりからいつの間にか姿を消していた。マスターは、まあ仕方ないにしてもだ。

 アストラ、サムソン、アドン。頼むよ、俺たち兄弟じゃなかったのかよ。帰るんなら、こいつらまとめて持って帰ってくれよ。

「おみゃーは!もうちっと言い方っちゅーもんがあるだぎゃ!」

「これでも、遠慮して言っている」

 狸寝入りしていても、本当に寝てるわけじゃないから、冗談抜きでしんどくなってきた。って言うか、病人の横でケンカなんかしてんじゃねぇよコンチキショウ。

 女性に囲まれて贅沢言うなって?バカ言ってじゃないよ、こんな動物園、なんだったら今すぐ替わってくれ。っていうか、何でいつもこうなるんだよ、もう二度とエレメンタルなんかに関りたくない。

 畜生、殴られた首と撃たれたあばらが痛ぇ。

 


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