今日は待ちに待った、DCMSとの合同演習の日だ。別に演習大好きとかいう訳じゃないが、お目当ては、DCMSがメックや兵員と一緒に持ってくる、PXの雑貨物資だ。
なにしろ、中心領域製の食い物や酒とかは、今更言うことでもないだろうが、氏族製のそれに比べたら、町角の駄菓子屋と行列が出来る店のパティシエ並の差がある。ま、言い過ぎかもしれないけど、大体そんな感じさね。
で、今回、お留守番と相成ったリオ介も、俺に『買ってきて欲しいものリスト』を渡すあたり、結構ちゃっかりしている。
で、今回、メックによる演習は、なぜか最低限の日程で打ち切られ、代わりに、残りの日程を銃火器や爆発物の扱いを習熟させるメニューが組まれている。もっとも、これは、我がクラスター司令官、スターコーネル・イオ直々の意向であるわけだが。
これはおそらく、この間の冬季白兵戦演習の結果を踏まえてのことだろう。しかし、あれは酷かった。今思い出しても、背筋が寒くなる。あの時、マスターがいなかったら、どうなっていたことやらだ。
ともかく、彼女が提唱した
『メック戦士たるもの、いついかなる状況においても、障害を打破しうる力を持たなければならない。それは、メックのシートに座っている時も、自らの足で地に立つときも、同様である』
と言うわけだ。
なるほどまあ、それはそうだろう。たとえば、もしメックを大破させられて、そのあと脱出に成功しても、敵から子猫のように追っかけまわされ、いたぶられていては、それこそお話にならない。
ちなみに、俺の知る限り。軽量級とは言え、白兵戦でメックを撃破した『勇敢な』メックウォーリアー様をひとり知っているわけだが。
まあ、アレは、ありとあらゆる意味で『特殊』だけどな。
「……と言う状況で、メックを破壊され、あるいはメックに搭乗できない事態に遭遇した場合、白兵手段によって敵を撃破しなければならない。その際に、最も有効な手段となるのが、爆発物によって、駆動系、すなわち『脚』を破壊してしまうことだ」
DCMS軍曹は、居並ぶ氏族のメック戦士達を前に、対メック戦術をレクチャーしている。彼自身、歩兵装備でメックを撃破した経験を持ち、その一言一言は極めて地味であり、派手な面白みは無いものの、状況に即した重みのある説得力がある。
「だが、メックを破壊するに足る威力をもつ爆発物を常に所持することは、その装備資機材の大きさから言っても、不具合が生じるものである。だが、必要最低限の装備で、十分な効果を期待できるものも存在する。それが、今から説明する『C8』爆薬である」
………C8?こりゃまた、随分物騒なものを持ち出してきたもんだな。まあ、定番っちゃ、定番だけど。
「これらは、一般にはコンポーネントキットと併せた使い方をされるが、それらの装備は、たとえ歩兵装備とはいえ、メックのコクピットにおける限られた空間の中では、やはりかさばると言わざるを得ない。また、携行性その他を見ても、必ずしも適しているとは言い難い。で、あるからして、携行するものは、C8本体と、最低限の備品。と言うことが望ましいものと思量するものである」
そりゃ、そうだろうな。けど、いくら安定性があるとはいっても、狭いメックのコクピットの中で、それこそ人ひとり、骨のかけらも残さずフッ飛ばしちまう量のC8とご一緒。ってのは、精神衛生上かなりよろしくない。
実際、その辺りは、メック戦士達からも、幾つか質問の声が上がっていたが、軍曹は、実に丁寧に解説をしてくれている。
「……以上、原則的に、デトネイターを挿入しそれを起爆させない限り、C8は固形燃料と同じ性質と考えて差し支えない。では、これまでの説明を踏まえて、C8を使った攻撃法を実践してもらうことになる」
お、いよいよか。これは、ある意味楽しみだな。
「用意するものは、C8、リモートコントロール式デトネイター、オイル、そして靴下だ」
………靴下?
「まず、C8の柔軟性を生かし、より対象物に付着しやすい形に変形させておく。そして、このデトネイターを刺し込んだC8を靴下の中に入れる。次に、これらを手近なオイルに十分に浸す。このオイルは、敵の機体に投擲した際、確実に対象物に張り付かせるため、接着剤としての役割をするものである。
そのオイルに関しては、諸君らの状況からして、破壊された自機などから、容易に調達できると思う。靴下も、また然りだ」
ああ、なるほどね。
「では、実際の要領と、その効果を見てもらう。各員はヘルメットとゴーグルを着装の上、指定の場所で待機。では、クルツ整備主任技師、よろしくお願いする」
やっと俺の出番か、待ってました、って、奴だな。軍曹の合図で、俺は野戦指揮車から引っ張ってきた端末をスタンバイから呼び起こし、打ち合わせどおり、急場ごしらえの遠隔操縦システムを立ち上げた。
ぱっと見、ローカストをモデルにしているようだが、本物なんかもったいなくて使えるわけが無い。まあ、メックとは言っても、土木用重機やジャンクパーツをかき集めて、どうにか二本足で歩く体裁を取り繕った奴だけどな。
「では、行きます」
「了解した」
確認を伝え、俺は遠隔操作ユニットを操作する。そして、射爆場の向こうでぼんやりと突っ立っていたフェイク・ローカストが、思い出したように身を震わせると、えっちらおっちらと走り出すのが見えた。
そして、彼は、廃油がボタボタ滴る靴下を手に、体を低い姿勢に保ったまま、猟犬のような素早さで駆け出し、地形のわずかな起伏を伝うように、メックから一定の距離を保ちながら回り込むように移動する。
そして、常にメックの側面をとるようにポジションを維持しながら、焦らず慌てず、しかし迅速にジリジリと距離を詰めていく。その様子は、まるで大鹿を狙う狼のようでもあり、氏族の戦士達も、その様子を声も出さずに見守っている。
そして、お互いの距離が30メートルを切った瞬間、彼は猛然と駆け出すと、フェイク・ローカストの足めがけて、手にしていた靴下爆弾を投げつけた。そして、油まみれの靴下は、狙いたがわず、べちゃりとその足首にへばりついたと同時に、彼が転がるように地面に伏せ、かばうように頭を抱えた。
その瞬間、そこから数百メートルは離れていた俺ですら、思わずケツを浮かしてしまうほどの爆発音が轟き、見ると、足首から下を吹っ飛ばされたフェイク・ローカストが、風に押し倒された案山子のように、みっともなく転倒する光景があった。
そして、事前の注意で、積み上げた土嚢の後ろで見ているように、と言われていた戦士達も、その予想以上の破壊力に、まるで車にはねられる寸前の猫みたいな表情を貼り付けていた。
一同があっけに取られているなか、彼は何事も無かったかのように戻ってくると、戦闘服の土埃を軽くはたきながら、周囲を見渡した。
「非装甲の目標物であるから、先ほどの破壊力に関しては、実際の戦闘ではありえないものであることを断っておきたい。だが、重装甲を施されたメックであっても、関節部に付着させることが出来れば、損傷を与えることは十分可能である。
狙い所は、投擲の際、到達させやすい脚間接部。特に、膝や足首など、脆弱な箇所が好ましい。説明するまでもないかもしれないが、これらの箇所は、恒常的に荷重のかかる箇所であるだけに、メックの機動力を極端に低下させることが出来る。
熟練すれば、的確に関節駆動部を破壊し、自重によって自壊させ、行動不能にすることも可能ではあるが、メックによる戦闘が本分の諸君らには、そこまでにいたる実戦経験を望むのは、却って不謹慎であると思量する。
よって、今回の訓練において、感覚を肌で掴んでもらうのが、最良の方向であると、小官は思量するものである」
まあ、そうだろうな。メック戦士が、白兵戦でメックを撃破することに熟練しちまったら、それはもうメック戦士である必要性が無い。
それに、裏を返せば、それだけしょっちゅう乗機をぶっ壊されていることになり、それはそれで不名誉だ。下手を打てば、冗談抜きで歩兵にされかねない。
「これから諸君に扱ってもらうのは、C8を想定した模擬爆薬である。メックに対する破壊効果は皆無だが、爆薬である以上、取り扱いには十分注意してもらいたい。
なお、訓練においては、我が軍のメックが仮想敵を務めることになるが、一瞬の不注意が事故に至ることもあるゆえ、くれぐれも受傷事故には留意していただきたい」
軍曹は、一通りの説明を終えると、さっそく支給されたプラスチック爆弾をこね始める戦士達の間を歩いて回る。
ハハハ、こうしてみると、図工の時間で、生徒の粘土細工の出来を見て歩いている教師みたいだな。
それから数十分後、各々の靴下爆弾を作り終えた戦士達は、DCMS下士官の号令の下、仮想敵機となったドラゴンに向かって駆け出していく。
うまく関節に放り込める奴もいれば、手元が狂って装甲板にくっつけてしまう奴もいる。模擬C8は、スタングレネードのそれのような、エラく派手な轟音と閃光が炸裂していて、結構気分だ。まあ、慣れないこととは言え、みんな結構頑張ってるんじゃないのかな?
随分他人事みたいに言ってるなって?いや、だって俺、修理屋だから関係ないし。
「ウッシャッシャッシャッ!!」
こちらクルツ、猛獣が暴れています。猟友会の派遣を至急要請!!
「どーだぎゃ、クルツ!うちの腕前、見ただぎゃ!?ほれほれ!!」
訓練終了の打ち上げの席で、予想を裏切らず、エンジンフル回転で飛ばしまくっているディオーネに、さっそく捕まってしまった俺は、彼女の自慢話を延々と聞かされ続けるはめになった。
マスターや他のメンバーは、当然のように見て見ぬ振りをして、さっそく手に入れてきた、中心領域製の酒を傾けているし、早々に潰れてしまったハナヱさんは、隅っこで真っ赤な顔をしてひっくり返っている。
スギノ!……じゃない、アストラ!アストラはいずこ!?
「ほれほれ、見るだぎゃクルツ!100点満点だがね、ほれほれ!!」
はい、十分拝見しました。これで六度目です。
って言うか、がっちりヘッドロックされた状態で、タンクトップの胸元にくっついた、小さなバッジなんか見えるわけがない。仕方ないから、適当に話を合わせて、感触と体温を楽し………ゲフンゲフン!
しかし、今日の訓練。確かにディオーネのセンスは、見ていても他とは群を抜いていた。まるで豹がレイヨウを狙うかのように、無駄と隙が一切見つからない身のこなしで、スルスルとドラゴンに接近したかと思うと、気楽な動作で投擲された靴下爆弾は、当然のようにドラゴンの膝や足首の関節の中で閃光をあげていた。
これには、DCMS軍曹も絶賛の言葉を惜しまず、それどころか、演習で優秀な成績を出した者に授与する記章を、彼女に対して与えるという大盤振る舞いだった。だが、俺は彼の行動を、この時ほど恨んだことは無い。これがマスターだったら、その日一日上機嫌。と言うだけで終わる。アストラなら、もっと控えめだろう。
しかし、ディオーネの場合、『何とかもおだてれば木に登る』を地で行く性格をしている。そんな彼女に、手放しの絶賛を与え、あまつさえ褒美までくれてやった日には、もう彼女の勢いを止められるものは誰もいない。そして、俺が生贄にされると言う、いつもの筋書きが発動するんだ。
勘弁してくれ、本当に。
「いや~~、今日はほんとにいい風吹いとるだぎゃ!ほれ、これ見るだぎゃ!!」
「………これは?」
ディオーネは、さっきから脇に置いてあった、でかい段ボールの箱をドスンと野戦テーブルの上に載せた。
「おー、今日、クラスターの方に届いたらしーんだけどもが、生ものだっちゅーことで、主計科が気ィきかせてこっちへ転送したんだぎゃ」
いや、何を送ってきたか知らないが、冷蔵庫にでも入れときゃよかったんじゃないのか?
「もちろん、おみゃーにも分けてやるでよ。ニフフ~~」
ただでさえ機嫌がいいのに、さらに加速がついて、天下を取ったような顔でディオーネは箱を開ける。が、その中にぎっしり詰め込まれていたのは、ラミネートパック入りの、真っ白い物体だった。
「しっ!C8っっ!?」
「何たーけたこと抜かしとるだぎゃ、おみゃーは。こりゃ、うちのかーちゃんがこしらえた、ウィロー・プディングだでよ」
「う………はあ?」
「うちの実家が菓子屋やっとるのは知っとるだぎゃ?でな、たまにこーして、うちんとこに送って来るんだぎゃ。半分は食いてー奴に分けてやるんだけどもが、トラ坊の分もとっといてやらんとみゃあ。あいつは普段、クソ真面目な顔しとるけど、かーちゃんの作ったウィローに目がねーだで。きっと、どえりゃー喜ぶだぎゃ」
「そうですか………」
姉弟愛か……まあ、いい話なんじゃなかろうか。
「ん~と……なんか、えー塩梅の入れもんはねーかみゃあ」
そう言うと、ディオーネは辺りを見回して、アストラに持っていく分を詰める箱を探している。
「おし、これにするだぎゃ」
ディオーネが見つけた箱は、まあ、確かにいいサイズといえた。それが、模擬C8を梱包していた空カートンである、ということを除けば。しかし、色と言い大きさと言い、ついさっき勘違いしたばかりでなんだが、この箱にウィローを詰め込んで寄越された日には、知らない奴が見たら、C8だと思って腰を抜かすかもしれない。
「でも、いいんですか、それで?」
「なーに、どーせ空箱、あとは捨てられるのを待つだけの奴だで、にゃーんも問題ねーだぎゃ」
「そ、そうですか」
そういうと、ディオーネはてきぱきとラミネートパックを、元は模擬C8がみっちり詰まっていた箱に移し変えている。アストラのことを子供みたいと言っているが、そういう自分も、かなり嬉しそうだ。ははは、まあ、似たもの姉弟ってところかな。
「姉さん、いつも同じ事を言うようで申し訳ないが、酒は程々にした方がいい」
翌朝、対面一発、厳しい顔のアストラから苦言を浴びたディオーネは、一瞬ぽかんとした顔を浮かべている。まあ、アストラの大好物を差し入れたことで、お礼を言われるであろうとは考えても、さすがに苦情を言われるとは思わなかっただろう。
「ト、トラ坊?な、なに怒っとるんだぎゃ」
「いたずらにも程があるということだ、今朝起きたら、模擬C8のカートゥンが枕元に置かれていた。どうやって持ち出してきたかは知らないが、あれだけ危険なものは、冗談でもいじくらないほうがいい。あれは、俺からDCMSの補給隊に返しておいた」
「はあ!?」
おやおやおや、やっぱりこうなったか………。
「なにたーけたこと抜かしとるだぎゃ!!ありゃ、うちらのかーちゃんが送ってくれたウィローだでよ!?」
「はあ!?」
「このたーけ!よー確かめもせんで、よそへ持ってく奴があるがや!!」
「待ってくれ、姉さん。それでは、あれは………!?」
「だからさっきから言ぅとるだぎゃ!おみゃーの分は、空箱に入れて分けたんでよ!箱はC8でも、中身はウィローだぎゃ!!」
「なっ、なんだって!?」
おやおや、この姉弟、ようやく会話の歯車が噛み合ってきたようだな。
「こーしとる場合じゃねーだぎゃ、はえーとこ取り返しに行くだぎゃ!!」
取り返しに?今から?
「いや、それだと、本当に急がないとまずいですよ。DCMSの部隊は、今朝から順次撤収を始めてますし………」
「なに他人事みてーに言ぅとるだぎゃ!おみゃーもくるんだぎゃあ!!」
「ええっ!?」
俺と間抜けなやり取りを交わしたのも束の間、ディオーネは猛ダッシュで駆け出して行ってしまっていた。
「そうは言われてもですね、部署も違うのに、そう簡単に融通がきくわけないじゃないですか。それを、補給隊だけ出発を待たせてくれだなんて、無茶に決まってるじゃないですか」
今回の訓練のファーストエイド実技において、怪我人役で参加していたハナヱさんは、いきなり押しかけてきたディオーネに、心底あきれ果てた表情を向ける。
「そこをなんとかしてほしーんだぎゃ!後生だぎゃ!うちの一生のお願いだぎゃ!!」
「ディオーネさんの一生は、いったいいくつあるんですか?この間も、そう言って………」
「あ、あん時ゃあん時だぎゃ!ボカチ……あいや、ハナヱ、こーしとる場合じゃねーんだでよ、お願いだぎゃ!!」
朝飯時に突然カチコミかけられたかと思えば、対面一発深々と頭を下げられ、ハナヱさんは、ライスを盛ったチャワン・ボウルを片手に、シオジャケの切り身をオハシ・スティックでつつきながら、なにやら思案を巡らせている。が、どうにも気乗りがしない様子だ。まあ、そりゃそうだろう。そんなこと、自分に言うより上官を通して然るべき連絡を依頼した方がよっぽど早い。
「あの、ハナヱさん。俺からもお願いします、連絡をつけてくれるだけでもいいんです。そうすれば、後は俺達で何とかしますから。この通りです、ハナヱさん!」
とはいえ、こんなバカな不始末、正直にマスターに報告して面倒をかけるのも気が引ける。それに、なりふり構わずハナヱさんに詰め寄るディオーネを、落ち着かない様子でその動向を見守っているアストラを見ていると、さすがに傍観しているわけにもいかなくなった。
「………わかりました、クルツさんまでそうおっしゃられるのなら」
「ありがとう!ハナヱさん!!一生恩に着ます!!」
「すまない、准尉!感謝の極み!!」
野郎ふたりに何度も頭を下げられ、ハナヱさんはオハシとチャワンを置くと、諦めたように立ち上がり、食べかけのシオジャケの皿に一瞬名残惜しそうに目を落とした後、連絡所に向かって歩き出した。
「はい……はい……ええ、そうです。今朝、ノヴァキャット軍スターコマンダー・アストラが届けたものです……そうですか、わかりました。では、失礼しました」
通信科の施設を借り、部隊有線でDCMS補給隊に連絡を取っていたハナヱさんは、受話器を置くと、先方の回答をディオーネに伝える。
「アストラさんが届けたカートンは、確かに保管してあるそうです」
「そ、そーかみゃあ!」
「でも、補給隊は、もう出発してますよ?宇宙港に向かっている途中だそうですから」
「ぬあああっっ!!」
やはり世の中甘くない。ハナヱさんの報告した結論に、ディオーネは思わず髪をかきむしって咆哮する。が、すぐさま弾かれたように走り出した。
ともあれ、放っておくわけにもいかない。彼女を追って俺達も走り出すと、追いついた先で、なんと彼女、DCMS偵察隊の軍用バイクをパクって、今まさに走り出さんとする所だった。
「ちょっ、ちょっと何やってるんですかっ!それはDCMSの資機材ですよっっ!?」
「ちっと借りるだけだぎゃ!」
そう叫ぶと、ディオーネは委細かまわずスロットルを開けるが、その寸前に追いついたハナヱさんは、ほとんど反射的に、バイクの上のディオーネに飛びついた。
「ぬあっっ!?」
「ひっ!ひぃえぇええええええっっ!」
なんと、ディオーネはスロットルを一切緩めることなく、ハナヱさんを引きずるようにして、ドラッグレーサー顔負けのスピードでダッシュをきった。
が、ハナヱさんもさるもの。さすがはゲンヨーシャ隊員とでも言うべきか、すかさず地面を蹴ると、スタントマン真っ青の身のこなしでシートに飛び乗った。
『なにやってるだぎゃ!おみゃーは!?』
『そっちこそ危ないじゃないですかっ!!』
『邪魔くせえ!降りるだぎゃ!!』
『無茶言わないでくださいっ!!』
ミサイルのように走り去っていくバイクの爆音に紛れて聞こえてくるふたりの罵り合いは、ドップラー効果を遺憾なく発揮して遠ざかっていく。
「姉さん!待ってくれ、姉さんっっ!!」
なんてこった、あのアストラが取り乱している。いや、取り乱さない方がどうかしている。姉の性格は弟が一番理解している。たどり着いた先でどんな騒ぎを起こすか、一番想像できるししたくないのはアストラ自身だろう。
土煙を上げて走り去っていくバイクを、懸命に追うアストラの背中を追い駆けようとした時、騒ぎを聞きつけてきたのか、サイドカーバイクに乗ったDCMSのMPがこっちにやってくる。
「何の騒ぎだ!貴様ら!!」
MPがそう怒鳴ったのとほぼ同時に、まったく何の前触れも無しに、俺達のいた、すぐ近くの野戦テントの向こうで喚き声が聞こえてきた。
「このクソたーけ!どーせおみゃーのポーチにゃーろくなもん入ってねーくせに!!」
見ると、マスターとジャックが、なにやらわめき散らしながら、互いの胸倉をつかみ合って罵声の応酬を繰り広げていた。
普段の親しさはどこへやら、ふたりは物凄い剣幕で取っ組み合いにもつれ込んだ。いったい何があったかは知らないが、突然始まった乱闘に、DCMSのMPは、一瞬顔を見合わせた後、警棒を引き抜くと、乱闘を繰り広げているマスター達に向かって駆け出していった。
そして、俺達の前には、無人のサイドカーバイクが取り残されていた。
「ディオーネさん!こんなことをして、ただで済むと思ってるんですか!?今ならまだ間に合います!バイクを返してください!!」
「そーはいかねーだぎゃ!んなことしてたら、間に合わねーだぎゃ!!」
猛スピードで疾走するバイクのシートで、必死になってディオーネにしがみつきながらも、懸命に説得を続けるハナヱに、ディオーネもまた、必死の表情でバイクを駆り続ける。
「どうしてですか!連絡をして、それから話をつけてもいいでしょう!?」
「そんな悠長なことして、間に合わんかったらどーするだぎゃ!それに、これは、うちの不始末だぎゃ。落とし前はうちがつけにゃーならねーんだぎゃ!!」
いつになく切実な色を滲ませるディオーネの言葉に、ハナヱは本能的に、いつもの気まぐれな彼女の行動とは、本質が違っている気配を感じ取る。
「……ディオーネさん、それなら何があるのか。せめて、それだけでも教えてくれませんか?」
落ち着いた言葉で問いかけるハナヱに、ディオーネはしばし口をつぐんで押し黙るが、ややあって、探るような声で返事を返した。
「……誰にも、クルツにも言わねーと約束してくれるかみゃあ?」
「……わかりました、私の名と、剣に誓って」
普段の奇矯さは影を潜め、あくまでも真剣なディオーネの言葉に、ハナヱも、全ての誠意を持って答える。ディオーネは、一瞬のためらいの後、意を決したように言葉をつむいだ。
「……アストラな、あいつは、ガキの頃、どーしよーもねー泣き虫だったんだぎゃ」
耳元でうなる風切り音とエンジン音の中でも、ディオーネの声は、その言霊を失わせることなくハナヱの耳に届く。
「あいつな、うちが戦士候補になって家を出て行く時、大泣きして放さんかったんだぎゃ。けど、それから何年もしねーうちに、あいつも適性があるっちゅーことで、養成所に入ることになったんだぎゃ。
だどもが、そーいう奴だで。父ちゃんや母ちゃんと別れる時、あいつがどーいうことになったかは、たやすく見当がつくだぎゃ」
今のアストラからは、想像もつかないディオーネの言葉に、ハナヱは、返すべき言葉を見つけられずにいる。
「それは………」
「あん時、あいつな、母ちゃんから渡されたウィロー、大事に抱えてただぎゃ。それだけならまだえーでよ、けどもが、あいつ、いつまでも食おーとしねーで、いつまでもずっと、後生大事にしてただぎゃ」
「お母さん……の………」
「おー。さすがに、腐らせちまったら、元も子もねーだぎゃ。ほいだで、どーにか言い聞かせてな、駄目になる前に食わせたんだぎゃ」
いったん言葉を切ったディオーネは、小さく肩を震わせて笑い声をもらす。
「ほんとにどーしよーもねー奴だで。ぼろぼろ泣きながら、ハナタレ落ちても気にしねーで。それでも、うめーうめーゆぅて、残さず全部食いよったんだぎゃ」
言葉が途切れ、しばらくの間、大地を疾走する音と、風が渦巻く音だけが彼女達を包み込む。
「あいつにとっちゃ、母ちゃんが作ったウィローは、母ちゃんそのものっちゅーてもええだぎゃ。だでよ、それが粗末にされるかも知れねーっちゅーことはあっちゃなんねー。どーあっても取り戻さねーとならねーんだぎゃ」
信じられない
ハナヱは、自分の耳が、ディオーネの言葉が信じられなかった。その内容は、自分が知る氏族人のそれとは、どうあっても相容れないもの。
「おみゃーが信じられねーのも、無理ねーだぎゃ」
自分の心を読み取るような、ディオーネの苦笑交じりの声に、ハナヱは思わず肩を震わせる。
「とにかく、うちが仕出かした不始末だで、うちが落とし前つけねーことにゃー、姉ちゃんの意地ってもんがあるでよ。そーいうわけだで、今だけ、大目にみてくれんかみゃあ」
「……おしゃべりをしている暇があったら、急いだらどうですか?もたもたしてたら、ドロップシップが出て行ってしまいますよ」
「一生、恩に着るだぎゃ」
ふたりをのせたオートバイは、さらにスピードを上げると、駿馬のように疾走した。
ふたりの後を追いかけ、なんとか宇宙港に辿り着いた俺達は、ディオーネとハナヱさんの姿を探した。そして、発着エプロンで、呆然と立ちすくむ彼女達を見つけるのに、そう時間はかからなかった。
「ディオーネ!」
「姉さん!」
俺達に気づいたふたりは、滑稽なほど引きつった表情を浮かべる。そして、ディオーネは突然、その場で膝をエプロンに打ち付けんばかりの勢いで跪いた。
「ね、姉さん!?」
「すまねーだぎゃ!本当にすまねーだぎゃ!!」
背中を丸め、跪いたまま、謝罪の言葉を叫び続けているディオーネを、アストラは呆然とした表情で見つめている。
周囲の空気に漂う、プロペラント燃料の匂い。やっぱり……か。
「姉ちゃんが悪かっただぎゃ!本当に悪かっただぎゃ!!」
必死になって謝り続けるディオーネを、しばらくの間、唖然とした表情で見つめていたアストラは、ややあって、ゆっくりと膝を落とすと、亀の子のように背中を丸めたディオーネの肩に、そっと手を置いた。
「姉さん、それは謝る相手が違う。早く戻って、偵察隊にバイクを返しに行こう」
「ト、トラ坊・・・・・・・・・?」
「何か勘違いをしているようだが、俺は姉さんが無茶をしないか、それだけが気掛かりでここまできた。ともかく、何事もなかったようで何よりだ。さあ、早く帰ろう」
普段と変わらない、穏やかで静かな言葉。ディオーネは、地に伏せたまま、小刻みに肩を震わせ、そんなディオーネを前に、ハナヱさんの目にも、光るものが揺れている。
「姉さん、気持ちは母さんの分と一緒に、確かに受け取った。だから、大丈夫」
アストラは、静かに微笑みながら、穏やかな声で言った。
「ありがとう、姉さん」
俺は、なんとなく取り残されたような気持ちになりながら、そんな彼らの間を吹き抜けていく、燃料の残り香が漂う風の中で、言葉もなく立ち尽くすだけだった。
「クルツ、それ、よぅ似合っとるのぅ」
ハンガーで、図面片手に作業項目のチェックをしている俺に、リオ介の奴が生意気なことを言ってくれる。
「うるさい、それと同じこと、ディオーネとアストラにも言って来い」
「なんでじゃい、クルツが一番よぉ似合っとるけん。言う必要、ないけぇね」
………このガキャ。
あの日、ウィロー奪還作戦に失敗した俺達を待っていたのは、あからさまに不愉快な表情を浮かべたDCMSの偵察兵と憲兵、そして、なにやら待ち構えるような笑みを浮かべていたイオ司令だった。
そして、俺とアストラ、そしてディオーネは、その場で、イオ司令直々に、C8梱包用の特大カートンを手渡された。もちろん、空箱だが。
察しのいいお前さんなら、もう気づいているだろうが、今回久しぶりに、イオ司令のスルカイが発動したってわけだ。
俺達3人は、司令がいいと言うまで、頭と腕が通る穴を開けた段ボール箱を着て過ごさなければならなくなった。そして、いったい何のつもりか、箱には、イオ司令直筆で、それぞれ、
『マッキー1号』
『マッキー2号』
『マッキー3号』
と無駄に力強く、そしてでかでかと揮毫されていた。
この、あまりにも馬鹿々々しく、そして滑稽極まりない懲罰に、DCMSの偵察兵とMPも、言葉を忘れて大爆笑していた。
しかし、まあ、そのおかげで、俺達のバイク泥棒の一件は、水に流してもらえることになったわけなんだが………。
「ほいじゃ、せっかくじゃけん、マッキー1号のとこに行ってくるけん」
そう言うと、リオ介は、ちょこちょことハンガーの外へ駆け出していった。するといきなり、やっこさんの爆笑が聞こえてきた。
『待つだぎゃ!このガキャア!!』
ややあって、ハンガーの外から、怒号と共に、緑なす黒髪を振り乱して、リオ介を追い散らしているマッキー1号の姿が見えた。が、すばしっこい奴が相手の上に、体を包み込んでいるダンボール箱のせいで、よたよたと危なっかしい走り方だ。
なんか、見ていると、ワスプが新鋭機として現れた時、マッキーもこうして捕捉に苦労したのかと、いみじくも当時を偲ばせる思いだ。
「ギニャッッ!」
蹴飛ばされた猫のような悲鳴を上げて、マッキー1号が派手に転倒し、リオも子供ながらの容赦なさで、腹を抱えて笑い転げている。
なにぶん、散らかっているハンガーだから、置きっぱなしの何かに蹴躓いたようだが、上半身をすっぽり覆うダンボール箱のおかげで、バランスを取り損ねたらしい。
「ク、クルツ!クルツーッッ!起こしてくれみゃあ!!」
なにぶん、脚の動きが制限されているから、起き上がろうとしても、箱が干渉して、上体を持ち上げられないでいる。俺は、ひっくり返された亀の子のように、じたばたともがいているディオーネに近づくと、その腕をつかんで引き起こした。
あれあれ、顔をまともにぶつけたみたいだな、鼻血まで出して・・・・・・。
「大丈夫ですか?」
「お、おー。ちょいとぶつけただけだで、心配いらねーだぎゃ」
手鼻で鼻血を吹き飛ばしながらも、なぜか、機嫌のよさそうな様子だ。さて、何かあったのかな?
「こないだは、どえりゃーすまんかっただぎゃ」
「あ、いえ、そんなことは………」
不意に、先日の事を詫びるディオーネに戸惑いながらも、ポットのコーヒーを淹れて、彼女に手渡す。どうでもいいが、このダンボール、無駄に頑丈に出来ててマジで動き辛いぞ。ディオーネも、四苦八苦しながらも、俺の向かいの椅子に腰を下ろしている。
「結局、あの箱の中身、ドラコの連中に食われちまったっちゅーてただぎゃ。ま、粗末にされるよか、ずっとマシだどもがみゃあ」
「そうだったんですか………」
「あん時ゃ、アストラにどえりゃー済まねーことしてしもうたけどもが、ドラコにもモノがわかる奴がおったみてーだで。これが、結構連中に受けたらしーんだぎゃ」
「はあ………」
「それでな、アストラのとこに、あの部隊のPXから、注文の問い合わせが来たんだぎゃ」
「問い合わせ………ですか?」
「おー、是非、自分とこのPXで扱いたい、そー言ぅとったらしーだぎゃ」
「へえ、それは良かったじゃないですか!」
「だでよ、まあ、中心領域向けの扱いは、ミキんとこにまかしとるだで、商談の取りまとめは、うちらの出る幕と違うけどもがみゃあ。
まー、上手くいきゃー、お得意さんになってくれるかも知れねーし、母ーちゃんも、でかした言ぅてくれとっただぎゃ」
「そうですか……それじゃ、あのウィローは、無駄にならなかったわけなんですね?」
「ニヘヘ、まーな。おかげで、アストラも喜んどるでよ。フヘッ、まったく、世の中、何がどー転ぶかわからねーだぎゃ」
そう答えながら、ディオーネは、心の底から安堵するように頬を緩めながら、照れくさそうに笑いながらも、小さな包みを俺の前に置いた。
「だでよ、結局、おみゃーの分がこれっぽっちになってしもうて、どえりゃー申し訳ねーけどもが、味は自信持って保障するだぎゃ、食ってくれみゃあ」
「いいんですか?どうもありがとうございます」
「おー」
包みを受け取った俺に、ディオーネは、満足そうな笑顔を浮かべながら、目を細めていた。
氏族人の戦士は、誇りと名誉を力の糧にし、それを強さの源にしている。氏族の戦士である以上、『家族』とは、取るに足らない無用のものかもしれない。けれども、あの姉弟は、それをも強さの源にしている。
彼らがフリーボーンだから?まあ、それもあるかもしれない。けれども、それ以前に人間なのだ、彼らは。
今回の騒動で、またしても氏族人らしくなさを見せてくれた姉弟だが、その絆の強さに、氏族人も中心領域人もないはずだ。
この、一個300gぽっちもないようなラミネートパック入りの練り菓子。けれども、これだって、彼ら姉弟にとっては誇りであり、力の源なのだろう。そして、それは、C8なんかとは、比べ物にならない力と強さを秘めているんだろう。
なんとも、柄にもないことをずらずら並べてみてしまったが、角度を変えれば輝き方も変わる。そんな、ダイヤのような輝きを持っている彼らとその世界であるからこそ、俺はここから離れられないでいるんだ。
だからと言うわけでもないが、今じゃ、中心領域製の菓子よりも、この氏族人の家族が作った、淡い甘さを香らせる白い練り菓子が、俺には何よりも輝いて見える。