Infinite Stratos First Complete Session 作:石狩晴海
「あの方、非常にムカつくますわね。BT二号機に関しても問いつめたいですのに、ドイツ機と融合ですって……」
「同感、どうかーん。ってかアレなんなのよ一夏」
「俺も知らねえよ。これ終わったらもう迷わず千冬姉に突撃してやる」
「ラウラとの喧嘩がまた変な方向に曲がっちゃいそうで嫌だなぁ」
シャルの心配事もちょっとオカシいと思うけど、そうは言ってられないワールド・パージ攻略組。
「はいはーい。お喋りは命取りッスよー。死にたい人だけ無駄口叩きましょうねー」
フォルテ先輩がゴーレムたちに向かってライフルをぶっ放しながら注意してくる。
俺たちの対ワールド・パージ戦は、ぶっちゃけ劣勢過ぎだった。
なにせワールド・パージを守るゴーレムたちは数が多すぎる。内部突入のため船体に取り付こうにも、まずこいつらをどうにかしなきゃいけない。近づくだけなら出来るけど、ワールド・パージのシールドと装甲を攻撃している間に囲まれて、袋叩きにされてしまう。
俺たちは囲まれないように固まり、射撃主体で攻撃を加えて数を減らしているわけだが。護衛の中にコア持ちのゴーレムが時折混じっていて、シールドバリアで攻撃を防いでくる。そいつらを倒そうにも攻撃の通りが均一じゃないから、周りには他のゴーレムが残っているわけで、下手に突っ込むこともできない。
火力を集中させたいがワールド・パージ自体にも大型荷電粒子砲が装備されているし、こいつは自由に空を飛び回れるんだ。位置取りを常に意識しておかないと、次の瞬間には詰みかねない。一応俺たちは灰色巨体の側面側に張り付くように動いている。
うまく攻撃のタイミングを合わせて数体のコア持ちゴーレムは落とせたが、全体から考えるとまだまだ足りない。
こうしている間にもワールド・パージの侵攻は続き、もう日本の領空に入ってしまっていた。タイムリミットは容赦なく近づいている。
ワールド・パージは依然灰色の壁となって俺たちとクオの間に立ち塞がっていた。
一つだけラッキーなことは、亡国機業の一人アラクネのオータムが俺たちとは逆サイドに居てくれることだ。これで乱戦にもならずに済み、護衛ゴーレムも左右で分散してくれている。
正直これ以上戦場が混沌として欲しくないから、オータムのポジション取りはありがたかった。
ワールド・パージとの距離を保ちながら飛んでいると、時折ゴーレムは荷電粒子砲で打ち返してくる。そういうヤツは誘いをかけて母船から引き離し、孤立気味の所を近接武装で落とす。弾薬だって無尽蔵にあるわけじゃない。簡易に節約できるところはやっていく。
殴り役は、甲龍の≪双天牙月≫とラファール・リヴァイブ・カステムⅡの
今は雪羅の格闘モードであるクローも、シールドと同様に封じられている。だからといって、何もしないわけには行かない。こういう時を想定して前から考えていた戦い方があるんだ。
丁度一体のゴーレムⅠ型がこちらに向かってやってくる。
「そいつは俺がやる!」
宣言して借り物のライフルを右脇に挟んで固定する。左腰溜めからブーストしてゴーレムに接近、雪羅で殴る。
ゴーレムがガードするけど構わず殴打、その瞬間に荷電粒子砲を発射。雪羅をブロックしたゴーレムの腕が爆散した。姿勢を崩したゴーレムに追い打ちの脚だけ加速させたアクセルキックをプレゼントして海原に叩き落す。
雪羅がインパクトした瞬間に荷電粒子砲を解放する、リーチの長い大パンチ的な運用方法だ。砲撃の収束は考えずに打撃が命中した箇所へ追撃するやり方でも、威力は見ての通りで申し分ない。
チームで一人だけ格闘専門になっている鈴が、広げている浮遊コンソールから視線だけを動かして俺を見る。
「ワンオフ・アビリティが使えなくても十分戦えるじゃない」
「当たり前だ。毎日練習して戦術を模索してるんだ。こういう戦い方もやれるさ」
円がプラズマ手裏剣を見せた時に原理が解ったのも、雪羅で荷電粒子パンチが出来るなら、逆にシュヴァルツェア・レーゲンのプラズマ手刀も射撃利用できるんじゃないかと考えたことがあるからだ。
雪片を装甲展開させずに振るのもそうだし、こうすれば≪零落白夜≫の使用時間を短くできる。燃費が悪い白式で、どうすれば攻撃力を落とさずにエネルギーを節約できるか。唸るほど考えたんだからな。
「ですが通じるのは初見だけですわね。砲撃、クロー、シールドと複数の選択肢があるようでいて、実質格闘攻撃は二通りなのですから、クローでなければパンチだとすぐに露見してしまいます。初動の溜めも判別しやすいですし」
セシリア先生のありがたい突っ込みもいただく。
お言葉通り、ゴーレム相手だから何度も使えるけど、試合とかだとバレバレなんだ。クローなら事前に展開が必要で、ビームパンチは打撃の瞬間に砲撃する準備で一拍だけ間が欲しい。感がいい相手には悟られてしまう。今後の課題は切り替えをどれだけ早く出来るようになるかだな。
「次が来るぞ。合わせろ!」
息次ぐ間もなくダリル・ケイシー先輩が号令を出す。
慌ててライフルを構えなおして、指示されたゴーレムに向けて発砲する。みんなの火線も同じ機体に伸びていった。
雪羅の荷電粒子砲は連発できないから制圧射撃するには不向きだ。射撃はシャルから借りた大型のバトルライフルを使っている。
いい加減護衛たちの一角を崩してワールド・パージに接触したい。
焦りが狙いを狂わせようとするが、視界に表示されるマークがそれを抑えてくれる。ガイドに従って発射した対IS高速ライフル弾がゴーレムに命中、動きを鈍らせる。
そこにダリル先輩が止めを撃ち込み、一機落とした。
「坊ちゃんは急に射撃が上手になったな。その仮面の恩恵か?」
「ええ、こいつのおかげで百発百中ですよ」
盛大に苦笑いして、俺は装着しているバイザーを指で弾いた。
円が投げてきた装甲バイザーには
今までの雪羅を目測で撃っていた俺には超高性能機能に感じるが、シャルが言うにはこの程度の性能がISには標準装備なんだそうで驚くことでもないらしい。なんかくやしいな。
ライフルを撃ち尽くした俺に、シャルが追加のマガジンを渡してくれる。
「射撃精度の高い一夏に驚くよりも、アイシールドへの不信感が大きいよ。使わないようにできないの?」
「今は使えるものなら、どんな物だって使わないといけないんだ。大丈夫、さっきまであいつが装備していたんだから、変なトラップとかはないだろうさ」
……円的には、これでさっさとゴーレム防衛線を突破して
「それにしても外れ無しとは大言ですわね。正確な命中率を数えていらっしゃらないのですか?」
きらきら笑顔のセシリアお嬢様。
輝かしすぎて目を逸らさざるを得ない。すまん。たしかに言い過ぎだった。いままでが酷い成績だったから少し上がるだけでもすっごく嬉しいんだよ。
「では、その新機能を存分に発揮してくださいませ」
セシリアがBTビットを飛ばしてゴーレムたちを牽制する。一斉射撃でコア持ちゴーレムの炙り出す。BTビットのビームで崩れ落ちる機体とは別にシールドで居残る奴が居た。
「撃てー!」
ダリル先輩の号令で今度はコア持ちを集中攻撃。俺たちは目標を逃がさないように、上下左右から射線を集める。
狙われたゴーレムも棒立ちのままじゃない。回避動作で取ってくる。どうにか攻撃を避けようとジグザグに飛ぶ。でも、数で勝る相手には無駄なあがきだ。最後は多少の被弾を受けつつも突撃してくる。
しかし俺たちの近くまで来ることはなかった。
「戴きますわ」
銃口を切り返して待ちかまえていたBTビットのビーム四発が、突進ゴーレムを撃ち抜いた。
こういう場面はブルー・ティアーズが誰よりも輝く。広範囲の面制圧をやらせたらBTビットの数と範囲に叶うわけないんだし。さらには日頃の訓練の賜物でBTビットの操作速度が早くなっていて、遠近の切り替え瞬時に行い両面対応が可能。八面六臂の大活躍だ。
制圧攻撃の次点には、簪の打鉄弐式のミニミサイル郡マルチロックオンがくるけど今はいない。現状、戦線の1/3をセシリアとブルー・ティアーズが支えてているといっても言い過ぎじゃない。標的の誘い出しからフォローまで出ずっぱりだ。まさにセシリアさまさまだった。
おかげでセシリアの息づかいは攻略組の中で一番荒く、額にも汗が髪が張り付いている。BTビットの操作は意識を集中する必要があるからな。セシリアへの負荷がISの体調調整を超えている証拠だ。
「オルコッちゃん。最後まで手を出さなくていいッスよ。無理せず殴りトリオに任せて一息入れましょ」
「ご心配を掛けます、サファイアさん。ですがこの程度私には雑作もございません」
「島国の一年にしては見上げた根性だ。そのまま頼むぜ」
セシリアを労うダリル先輩が、ライフルのマガジンを交換しながら鈴に確認する。
「凰、WP1のシンデレラとは繋がったか?」
「ダメ。さっきの通信コードは完全に閉じられてる。せめてクオがWP1のどこにいるか解れば突撃作戦が出来るかもしれないのに……」
「手間を掛けるが呼びかけは続けろ。内部からの先導があるなしじゃ作戦の難易度にダンチの差がでる。特にその女の子を助けたいなら無理でもやれ。いいな」
キツい言い方だけど先輩の言うとおりだ。鈴も無言で頷き返す。
鈴は隊の真ん中でクオとの再コンタクトを試していた。IS学園専用機部隊に近づいたダメージありのゴーレムを落とす係りを副業にして、本業は電子戦の最中だった。
本当なら通信コードの元を持つ白式がやるべき作業なのだが、まあ察してくれ。俺に電子機器操作を振らなかった先輩の判断は正しいってことだ。
楯無さんから現場指揮を引き継いだダリル先輩は、即座にプランBを選択。
まずは挨拶だと言い、俺たちを残して一人で突撃した。量子展開したライフルで護衛のゴーレムを倒しながらワールド・パージ本体に接近して数発の弾丸を菓子折りとしてお届け。灰色の棺がどれほどのシールド機能を持っているか確かめるためだ。近距離で撃たれたヘル・ハウンド自慢の大型ライフルでも無傷だと知ると、ゴーレムたちに囲まれるより先に即離脱。
戻ってきた先輩はワールド・パージを今すぐどうにか出来る武器が無いと判断して、ゴーレム落としを優先。今俺たちがやっているフォーメーションを組み立てた。
それと平行してワールド・パージ攻略への足掛かりを作る為に、クオとの再コンタクトを取るよう鈴に言った。鈴もそれだけでダリル先輩の意図を察して、懸命に作業をしている。
司令船は現場指揮をダリル先輩に任せて、陸地側との通信に専念している。ワールド・パージが撃った大型荷電粒子砲の被害で発生するであろう津波の情報を伝えるためだ。予想進路も日本本土への上陸が確実になってきて、状況を政府に説明したりかなり慌ただしくなっていた。
三年生のダリル先輩とはあまり話す機会がなかったからどんな人か知らないけど、伊達にIS学園の最高学年をやってないことをビシビシと感じる。楯無さんが抜けた学園側のIS部隊をきれいにまとめて作戦を実行させていた。
多少口が悪いぐらいしか欠点が見えない。と、思ったら。
「あー、それにしても号令役なんてだりーなー。更識も横槍部隊とじゃれてないでさっさとヤっちまえばいいのに。なんならあたしと担当変えてくれよ」
先輩がだらけたやる気の無い態度に一変した。それでも攻撃の手が止まらない。真面目かだらしないのか、どっちが正解なんだかわかない人だな。
付き合い長いフォルテ先輩が相乗りする。
「会長の言葉やあちらさんの性能からして、下手すると零世代かもしれないッスよ。さすが先輩、怖いものなしッスね」
「お前には向上心や戦士の魂が無いのか。伝説と戦える夢のようなチャンスなんだぞ」
「命あっての物種ッス。そういう戦闘マニアの先輩も現場放棄はしてないッスよね」
「出立前に更識からお前らの世話を頼まれたからなー。不義理はできん。だから向こうからの指示変更を待つしかねえんだが……」
金と水色の光が交差する戦場を見て、ダリル先輩が口元をきつく結ぶ。義理堅い先輩は楯無さんの無茶を心配していたんだ。
小首を傾げたシャルが、ダリル先輩を見る。
「さっき相手が零世代の可能性をあげてたけど、根拠はあるの?」
「誰もあんな物語みたいなIS見たことないだろ。そんならアレはあたしらが知っている“新しく作られた”ISじゃないってことだ。新しくないなら、古いものなんだろうさ。んで、悪いことにISは開発史的に“第一世代より以前”が存在しやがるんだよ」
「あの白騎士が最後の一機だとは限らないッス、キリッ」
「馬鹿なフォルテの言葉が冗談になってないからな。楯無はそれを憂慮したから単騎で金色に突っ込んだ。乗り手がIS管理委員会ってのも、程良い焦臭さを加味してやがるし」
先輩が言った意味を理解した俺は仰天した。
「それじゃあ楯無さんは白騎士と戦っているようなものじゃないか」
いくら楯無さんでもそれは危険すぎる。ダリル先輩が心配する理由はそこだったんだ。
「零世代と言っても、ただの噂と類推でしかない。白騎士が戦闘用で、あの金色が技術検証用ってことを祈っとけ。見たところ大掛かりな武装を付けていないのが救いだ」
興味が無い様子を取り繕うダリル先輩だけど、口を閉じないことから内心は逆なのが感じ取れる。
「スラスターもへったくれも無いあんな布切れが、人に超音速以上の飛翔力を与えてつつパイロットの考え一つで形を変えるんだ。反重力翼だけじゃねえ、
「ISの正体が天女の羽衣なら、女性にしか扱えないのも当然ッスね」
セシリアも黄金のISがどんな名前だったのか言葉にする。
「ちょっと待ちなさいよ。それだけじゃないわ」
結論へ進む推論に、鈴が焦った様にまくし立てる。
「あいつの羽衣は自在に動いて楯にもなるのよ。形を変えて機能を変化させるって、展開装甲と同じじゃない。何が零世代よ。第四世代相当の要件を満たしているわ」
「そういう意味でもドース・マーベリーは白騎士といっしょで、時代に不釣り合いな存在なんだよ。本当にあの監査官は何者なんだろ……?」
シャルが訝しむのに、俺も同調する。
第三世代二機の融合機体だけでもやっかいなのに、第四世代に匹敵する零世代の金色ISなんて、どこから引っ張りだしてきたんだ。
楯無さんは右手に槍の蒼流旋、左手に蛇腹剣のラスティー・ネイルを構える。
二刀流の相手を見て、スコールが口元を金属扇で隠す。
「さすが気付かれるわね」
「散々ヒントをばらまいておいてよく言うわ。世代が古い、制御が難しい。でも羽衣はきちんと稼働している。さっき気が緩んだ時も羽衣は動いた。それでいて背中への対処は遅れて自分が防いだ。最初の蹴りもそう。三連突きも扇での受けより、羽衣が先だった。……動作の一部が自動化されているんじゃないかって疑うのは当然でしょ。そして自律動作はパイロットの制御より優先されてしまう。絶対防御の様にね」
「もしかしたら演技かもしれないわよ」
「今からそれを確かめるわ。手数を増やせば、いつまでも化けの皮をかぶり続けるわけにはいかないでしょ」
「……仕方がない。あなた相手に全力を出すのは控えたかったのだけど」
溜息をついたスコールが扇を畳んで腰から下げた。
武装を仕舞った相手を楯無さんが警戒する。ドース・マーベリーの主武装は羽衣だ。無手になったからといって油断はできない。
「部下と一緒で挑発的なこと言ってくれるじゃない。防戦一方だったのに強気ね」
「わたしたちが戦えば、どちらか一方もしくは両方が無傷では済まない。私の目的はあくまでワールド・パージなのだから、負傷は好むところではないのよ」
スコールは片手を突き出し、そこに一つの武装を呼び出す。
出て来たのは刀だけど、普通の展開じゃなかった。スコールは鞘に収まった刀身を握っている。逆の手で柄を握り抜き放つことでようやく装備した。空の鞘は単品で格納できず、扇とは逆側の腰にマウントさせる面倒くささだ。
これにはさすがの楯無さんも呆れ気味。
「量子化能力の条件からみて、本気で古いISなのね。もしかして銃器の類も仕舞えないとか?」
「聞かないでもらえると嬉しいわ」
「あっそ……。白式レベルの不便な機体が他にもあるとは思わなかったわ」
引き合いに俺を出すのは悲しくなるからやめてくれ。
「先に紹介するわね。この刀の銘は
ドース・マーベリーが持っているのは学園の打鉄とかが装備しているIS用の刀じゃない。少し長めのだけど普通の刀剣だ。
「そしてISの為に生み出された武装でもあるわ」
言ってスコールが扇と一緒に刀を構えた時、信じられないものを見ることになる。
不敵な黒鍵に対して今度は紅椿が切り掛かる。
撃ち込むのは二刀による二連撃。左右で僅かな差を含む巫女舞の技だ。
受け側の円はおかしな動作を取った。二つのBTビットを左右それぞれの手に持つ。
「いいよ。十数年ぶりに合わせ稽古をしよう」
円の持つBTビットの形が歪み、別のものへと変わる。一瞬で終わった変化の後には、二本の刀になっていた。
VTシステムを使ってBTビットを刀に変えたまでは理解できた。円が動きを真似する以外の用途で、VTシステムを使いこなしていることも解る。こんな方法で武器を補充するなんて。
しかし驚きは別の場所にあった。円が持つ二刀は紅椿と同じ≪雨月≫と≪空裂≫だ!
そして二刀を使い、箒の攻撃を完璧に防いで見せた。まるで最初から箒の動きを知っているみたいな。紅椿の速さなんて関係なしに、優しく丁寧に受け止めた。
箒が息を飲んで身を引く。同じ武装を装備されたことや攻撃を逸らされた以上に、理解できない事態に直面したからだ。
円とスコール、二人とも全く同じ寸分違わぬ構えをしていた。俺と箒には見慣れた流派だ。見間違えるはずもない。
篠ノ之流剣術巫女舞の二刀構え。特に黄金の天女は、一刀一扇を携える伝承そのままの姿をしていた。
「なっ……。どうしてそれを……、いや、どこで誰から教わった!?」
「これがなければ、誰がアイツの下になどつくものか……!」
「あなたの方が師匠なのね。それで天女様は誰のお弟子さん? まさか竜神様とか言わないでよ」
「これは本物の天女様からお教え戴いたのよ。でも残念ながら私は不出来な弟子でしかなかったわ」
微笑するスコール。
今年の夏祭りで見た巫女装束の箒と、ドース・マーベリーの印象がどうしようもなく重なってしまう。俺は底のない空で延々と落ち続けるような、あやふやな不安が胸に溢れるのを止められなかった。
◇◆◇*◇◆◇
金と黒の師弟が同時に動く。同じ挙動でそれぞれの相手に向かって切り掛かった。
紅椿は呆然と立ち尽くす。黒鍵の動きは十分に見切れる。知った軌道で自分と同じ武装が来る。間合いも解りすぎるぐらい把握している。それでも箒は動かない。動けない。避けては、受けてしまっては織斑円の剣術が篠ノ之流であることを認めてしまう。
だって、これは私と一夏の……。
「呆けている、場合かぁーーっ!」
ラウラが横合いから全力で箒を蹴り飛ばした。目標を失った黒鍵が二人の間を通り過ぎる。
「な、何をするんだ! ラウラ」
「ふんっ。首が跳ねられるところを助けてやったのに随分な言葉だな。気持ちを切り替えろ。来るぞ」
驚異的な旋回半径と速度を見せつけて、黒鍵が再度二人に襲いかかる。
「元がBTだから、こういう芸当も出来るぞ」
迫る円が刀を振ると刀身からビームが放たれる。形だけではなく機能まで紅椿と同等だと言いたげだ。
箒とラウラが回避行動に入るのを、あわててセシリアが注意する。
「いけませんわ! お二人共もっと距離を……」
最後まで言い終わる前に、避けたはずのビームが追尾して命中した。
「ぐうっ……」
「おのれぇ……」
シールドエネルギーを消耗した二人が悔しがる。セシリアの注意以前に予想できたことだ。
円のビームは途中で曲がる。BTの偏向射撃。VTシステムで姿を変えられてもBTビットの機能が残っていることは宣言されたのだ。警戒できたはずと悔やむ。
接近した黒鍵が箒に躍り掛かる。
「どうした紅椿。この程度では傷つかないんじゃなかったのか。最強の名が泣くぞ」
「不意を突いておいて何を言う。ならば紅椿の力、その身で測れ。勝負だっ!」
箒は大声を出して気力を漲らせる。二刀を構え直して、受けて立つと意志表示する。
確かに黒鍵の完成で円の攻撃力は上がっている。それに加えて、先の一発は一夏をかばうために展開装甲で防御力を上げていた状態だったから無傷でいられただけだ。
つまり織斑円の黒鍵は、ISの性能差で勝てる相手ではない。使い手同士の力量と戦闘センスが勝敗を分ける、緊迫拮抗の戦いになる。そんな場面で円は篠ノ之流を持ち出した。
心の奥で箒は恐怖していた。
以前よりも自分の技量は上がっている。毎日訓練を欠かさず行い、ISの操縦も随分上達したと自負している。
躊躇の原因。篠ノ之箒の技は、家族と別れた六年前で止まっている。学園での練習は、それまで習い覚えた技を繰り返しているだけなのだ。基本は抑えているし、IS競技では十分に実力を発揮できた。
しかし迫る黒鍵は、今なお師を得て鍛えているという。もし自分を超える篠ノ之の技が来たら……。流派を乗っ取られるのではないかという恐怖に身が竦んだ。箒にとってそれは、家族との絆を断ち切られるにも等しい苦痛だ。
横に居たシュヴァルツェア・レーゲンが黒鍵の進路上に割って入る。相手が近接攻撃を重視するなら、AICで捕獲した後にレールガンを浴びせようとする算段だ。
「二対一だと言ったはずだ」
「鬱陶しい。人形はこいつの相手でもしていろ」
本体の変転と同調して色を変えた
数が多いBTビットはAICとの相性が悪い。悔しいが先ほどの偏向射撃も考慮して大きく動いて避けるしかなく、紅椿との距離が縮められない。
その間に黒鍵本体は紅椿と接敵する。多数を相手取るブルー・ティアーズのコンセプトが遺憾なく発揮されていることに、IS学園一年専用機組は言い表せない苦渋を噛まされた気分になる。まさに第三世代IS二機分の能力を黒鍵は持っていた。
「今まで私が背負っていた孤独を、箒にも分けてやる」
「ふざけるな。八つ当たりなら他をあたれ!」
黒と紅のISが激突する。
初手に踏み込んでからの左下段切り上げ。二人の太刀が同じ角度、同じ速度、同じ動きを見せた。互いの身体に刃が触れる前に、相手の同刀と交差して弾かれる。
想像以上に重なり合った一の太刀に、箒は顔がひきつるのを感じた。
体を返して腕ごと振り下ろす。またしても振り切る途中で得物同士がぶつかり合い、同じ結果になった。三回、四回と数を重ねるごとに、箒の不安が大きくなってゆく。
箒と円は向かい合ったまま、水面写しのように同じ技を出し合う。まるでお互いの姿を見ながら稽古しているようだ。違う箇所はISの色と表情だけ。黒は発露の昂揚に笑い、紅は自己が浸食される恐怖に怯えている。
「お前は私だ。私たちは同じ境遇にいながら道を違えた。それは自由を与えられたかどうかの差でしかない」
円のささやきに、目が眩む。
かつて抑圧された反動から力を振るった自分が居た。目前で笑い狂う織斑円は一年前の写し身だ。感情に流されるまま試合相手を一方的に叩きのめした。その代償が、こうして黒い刃となって帰ってきている。
「そして箒の自由はねえさんたちによる庇護だ。貴様は力無き弱者として囲われているにすぎない!」
「違う。私はこうして戦えるぞ!」
箒は必死に否定する。己を奮い立たせて斬撃を打ち返す。
剣道大会優勝したあの日、孤独な表彰式で誓ったんだ。もう二度と力に溺れない。自分は力の扱い方を学ぶ人間だ。誰かに守られるだけの存在じゃない。守るべき相手を持つ一人の剣士だ。
だが悔恨の心では、根強い意志を払い解くには弱々しかった。
「力を示すなら、今すぐにその貰い物で借り物の羽衣を脱ぎ捨てろ! 私が黒鍵を取り戻すまでに耐え忍んだ艱難辛苦を、貴様も味わえっ!!」
円の二刀舞が勢いを増す。
「力を持つが故に、私はここにいる。自分の道を切り開く為に戦っているぞ」
「それは私も同じだ。誰もが誇りをもって生きるための戦いに身を投じている。他者を否定するお前こそ、不幸に酔いしれたいだけじゃないのか」
言い返すも箒は黒鍵の速さに追いつけなくなりつつあった。剣先が紅椿を掠り、シールドエネルギーが目減りしていく。
やはり剣の技量では相手の方が上手。ならば……!
意を決して、負け込む前に大胆な判断を下す。ただの斬撃なら多少のダメージは覚悟して見逃す。手傷と引き替えに出来た隙を攻撃に割り振る。とにかく手数を増やして一発でも敵に当てることを優先する。元から篠ノ之流は速さと数の剣術だ。これで巻き返す。
削り取られるシールドエネルギーなら、紅椿のワンオフ・アビリティ≪絢爛豪華≫で補える。機体が破損されない程度のダメージなら受け入れて反撃に繋げる。警戒すべきは白式の≪零落白夜≫を封印した闇の刃だけだ。
「不幸酔いなどと、簡単に言うな! 私が潜り抜けた苦難は、今まで安穏と過ごしてきた弱虫には耐えられないものだ」
箒が自分の動きに対応してきたことに、円は小さな苛立ちを感じた。三人の中で一番弱かった箒が生意気にも打ち返してきている。だが、その程度の抵抗……、蹂躙してやる!
「十年だ。御婆様の技で空に舞うこの時を、十年間も待ち焦がれていたんだ!」
解放の咆哮。円の二刀に闇が纏い付く。黒鍵のワンオフ・アビリティ、機能封じの≪煉絶闇礁≫。
必殺の連撃が箒に襲いかかる。この攻撃だけは絶対に防がなくてはならない。
太刀筋は見えているが、円の気迫に押し切られてしまうかもしれない。闇の刀で≪絢爛舞踏≫を封じられては逆転の目が潰えてしまう。身体に受けることだけは防ぐんだ。
力を振り絞って円の刃を受け止める。四本の刀がかち合い鍔迫り合いになった。
「正体の知れない人間が、ごちゃごちゃと何を言うんだ。第一お前の祖母と私になんの関係がある」
問いただす箒の眼前で≪雨月≫と≪空裂≫がゆっくりと闇に侵食されてゆく。今は武装の射撃機能を引き替えにしてもいいから反撃だ。脚部を装甲展開してレッグブレードを準備していると、相手の表情が思わぬ変化をしていた。
「本気で言っているのか? 孫娘のお前が……」
円が獰猛に歯を剥く。笑ったのではない。これまでのからかいとは種別が違う、猛々しい怒りの感情だ。
一体何が円の琴線に触れたのか、箒には解らなかった。
黒鍵が心から吹き出る感情を怒号に変えて吐き出す。
「ふざけるな。忘れたとは言わせないぞ。本来紅椿を纏うべき人の名は篠ノ之空。篠ノ之神社の先々代管理者、貴様の祖母。私たちの、……大師母だっ!」
叫びと共に円が紅椿を弾き飛ばす。
「なにが最強のISだ。御婆様の恩寵に頼り切りな無様をいつまで晒すつもりだ! その力は貴様自身の強さではない!」
歯止めが利かなくなったように円が≪煉絶闇礁≫を振り回す。
紅椿の本当の操縦者? 私の祖母?
円の弾劾に箒も混乱する。言われて記憶を手繰るが、箒は自分に祖母がいたことすら覚えていなかった。篠ノ之神社は戦国時代から続く古い歴史を持つ。昔、父親に系統図を見せてもらった記憶はあるが、祖母の思い出は何一つない。記憶していない時期に他界されていたとしても、墓参りなどの死別の痕跡すら無かった。
覚えていないのはさみしいが、物心以前の幼少期を攻められてもしようがない。円の怒りは理不尽なものだ。
小さく頭を振って意識を目の前の敵に集中し直す。まず現実に、ISは姉の束が開発してから十年の年若いものだ。祖母の代に存在するはずがない。
箒は円の動揺を好機到来と見て反撃した。大振りになっている円の空裂を狙い、自分の同刀で腹撃ちして弾き飛ばす。円の姿勢が泳いだところに、逆腕の突きを撃ち込んだ。
「私の勝……、ち……」
逆転勝利を確信した箒が固まる。
怒っているはずの円の瞳が、涙を湛えて揺れていた。歯を食いしばり決して落涙せぬように堪えている。その顔があの決勝試合の彼女と重なった。
どうして?
ハイパーセンサーで高速化した思考が、箒に回想の時間を与える。
思い出した。この感覚を箒は一年前にも感じていた。他でもない剣道の全国大会中だ。
犯人は考えるまでもない。篠ノ之束。
姉がISを、作成中の紅椿を会場に持ち込み箒へ支援させていたんだ。
乾いた笑いがこみ上げてくる。
間接的でもISの支援が有れば、優勝できて当たり前だ。速度と膂力が一般生徒たちとは比べものにならないほど強化される。
最悪なことに、箒は未だ試合相手だった彼女の名前すら調べて覚えていない事に気が付いた。どこの学校に所属したいたのか、自分と同じ中学3年生だったのだろうか……。そんなことすらも解らない。彼女を負かした相手としか認識していない。だって必要だったのは、相手が泣いたという出来事だけなのだから。
力への意志など、篠ノ之箒は最初から持っていない。泣かせ傷つけてしまった彼女に対して言い訳がしたかっただけ。我が身可愛さで上辺だけの言葉と決意を並べ立てて、弱い自分を誤魔化していただけだ。
自分には振るってはならない力がある。それほど強いんだ。
なんて馬鹿げた稚拙な自己暗示なんだろう。さらにはIS学園に入学して簡単に剥がれたそれを、
円の言うとおりじゃないか。篠ノ之箒には何の力もない。孤独の表彰式で立てた誓いは的外れなものだった。怒り諭す円と泣いた彼女を同一視したのは、共に自戒を促す存在だったからか。
私はこの一年で何も変わっていない……。それどころか与えられた力を見境無しに振い暴れていた。
己に失望し勢いを失った箒の左突きを、円が身を捻るだけで簡単に避ける。
「
最後に哀れみをこぼして、黒の雨月が紅椿に突き刺さった。
私は同じ過ちを、また繰り返したのか。今度は敗者の立場で……。
箒は返す言葉を見つけられず、自分に闇が染み込む様子を眺めるしかなかった。
紅椿を討ち取った時、黒鍵の
隙を見逃さずラウラ・ボーデヴィッヒが円に狙いを定め、距離を縮める。
標的の横で力無く腕を垂らす箒を見て、ラウラは悔やんだ。もっと私たちは連携すべきだったのだろうか。数ヶ月前のタッグトーナメントとは違う。今の自分たちには様々な手段が取れたのではないか。
後悔は一瞬だけで終わらせる。訓練された意志が冷徹に意識を切り替わる。箒が落とされたのは辛いが、それも勝って官軍とならねば、負けただけで終わってしまう。次に繋ぐ為の、強くなるための糧に出来ない。
相手は箒との打ち合いで武装が尽きた無防備な状態だ。刀の片方失い、握る雨月も紅椿に≪煉絶闇礁≫を使い闇のベールを失っている。レールガンで撃墜するなら、今がチャンス。
射撃体勢が整え切る前に、円がシュヴァルツェア・レーゲンの存在に気がついた。
「ああ、まだいたのか」
幼馴染みに引導を渡した円が億劫につぶやき、空手の腕を向けた。
いける。ヤツが武装を構え直すより、こちらのほうが先に撃てる。確信したラウラだったが、レールガンに何かが着弾した。
「なんだと、どこからだ!?」
命中した攻撃の衝撃は小さい。姿勢を崩すほどもなく、レールガンの歪みを心配するまでもない。
針の人指を起こしたのは、円が振るった腕だった。
「さっさと落ちろ。こちらにはまだ予定があるんだ」
腕部武装の射撃利用プラズマ手裏剣。扱いやすい武器だがラウラに命中せずまたレールガンを止める程の威力もなかった。
撃ち合いならレールガンに軍配が上がる。優勢を確認したラウラはイメージ・インターフェースのトリガーを引き絞ったが、レールガンは発砲しなかった。
「まさか……」
円が掲げ続けるプラズマ手刀を見直したラウラは、黒鍵の多様性に驚愕した。発信されたプラズマの色が違う。発光しているのではなく、全ての光を飲む込む闇色をしていた。
黒鍵の腕から伸びているのは通常のプラズマ手刀ではなかった。≪煉絶闇礁≫だ。戦闘状況からナイフと刀が発動の条件だと思われる闇の単一仕様。正確には刃に被せることで発動していた。つまり対象にプラズマ手刀も入っていたのだ。なおかつ射撃利用のプラズマ手裏剣が≪煉絶闇礁≫に適応されることも、レールガンの機能不全が知らせていた。
「これで飛翔封印だ。二人とも、しばらく海水浴を楽しむんだな」
今度こそ、驚き硬直するラウラに闇の手裏剣が突き刺さった。
黒い雨月を引き抜かれた紅椿がぐらりとバランスを崩す。同じタイミングでシュヴァルツェア・レーゲンも重力の軛に捕らわれ、IS学園一年一組の専用機2体は遙か下方の海面に向けて落下していった。
◇*◇
紅椿とシュヴァルツェア・レーゲンの撃墜に、IS学園所属の専用機乗りたちが動揺する。
あの二人が負けた……。
結果は相手の武器をいくつか消耗させただけの、ほとんど完敗に近い。信じられない。
二機が水面に消えるまで、呆然と眺めるしかなかった。
「おらぁっ! 不抜けんなガキどもぉ!」
IS学園三年生ダイル・ケイシーの一喝に、一夏たちは思考を取り戻す。
「やばいよ、やばいッスよ。黒いのがこっち来るし、アラクネはゴーレムを連れてくるッス。トレイン行為はノーマナーッスよー!」
フォルテ・サファイア二年生がこちらに接近してくる黒鍵と、ワールド・パージの上方を指さす。ワールド・パージの反対側から護衛ゴーレムのターゲットを握ったままアラクネがやってきていた。
逆サイドでゴーレムたちを引きつけていたのは、このタイミングで押しつけるためか。機体を減らした学園側に乱戦を仕掛けるつもりだ。ISの数が少ない監査官チームとしては当初から想定していた作戦なのかもしれない。
フォルテは少しだけ考えて指示を出した。
「デュノア、坊ちゃんに持たせられるだけの弾置いて落ちた二人の救助に行け」
「えっ?」
「どうみても落下中の負けドッグたちに意識が無かった。海面落下はシールドと絶対防御で助かるが、長い時間海ん中じゃ溺れちまう。誰かが拾わないと死ぬぞ。包囲されきる前に下まで降りろ。急げ!」
「は、はいっ!」
シャルロットは一夏に向かって
「うわっと、っと」
一夏は投げ出されたマガジンを慌てて受ける。いくつかは掴みそこなってお手玉した後、苦笑するセシリアのBTビットに拾われた。
「それから凰。悪いが電子工作は終わりだ。こうなると通信確保に員数を廻す余裕はない。弁当箱のお楽しみは諦めてもらう」
「わかったわ……」
意気消沈しながらも鈴は先達の指示に従った。状況を鑑みて無理からぬ判断だと解っているからだ。
甲龍のアンロックユニットをヘル・ハウンド・ver2.5が軽く叩いた。ダリルが快活に笑う。
「乱戦ならお前の主武装が一番の頼りだからな。好きなだけ暴れていいぞ。鬱憤の晴らし放題だ」
「おっけー。了解よ」
思わぬところからの期待に鈴もつられて笑った。
「さすが先輩。嫌われ役鬼上官での見事なツンデレッス。カッコカワイイ」
「茶化すなよ、フォルテ。本気で殺したくなるじゃないか」
頬を淡く染めたはにかみ顔のダリルが後輩に武装を突きつける。
「照れ隠しでも銃口を人に向けちゃだめッス。危ないじゃないッスか!」
「安心しろ。トリガーはちゃんと、引き絞り始めている」
「ノー! のー! フレンドリーファイヤーは勘弁」
「一発だけなら誤射かもしれないぞ。もしくはお前の方から射線軸に入ってきたとか」
「マジの本気ッスね先輩! そんな強引な先輩もス・テ・キ!?」
ダーンッ!
「撃った。撃ちやがったッスねこの外道! ……近づいてきたゴーレムを」
フォルテ機コールド・ブラッドの脇を通して射撃されたライフル弾が、黒鍵のプレッシャーに押されてこちらとの距離を詰めてきたゴーレムを打ち落とす。
「短期方針を変更だ。戦線維持を優先する。更識たちで状況が変わるまで耐えるぞ。勝てばよし。これ以上負けが込むようなら一時退避で体勢を立て直す」
ダリルの明快な指示に、全員が頷いた。
IS学園専用機たちに向かって黒鍵が飛翔してくる。
「どうだ、一夏。お前が弱くて逃げ出した所為で、仲間が二人もやられたぞ」
一歩踏み出した一夏にダリルがささやく。
「安い挑発だ。乗るな」
「……はい」
憤りと怒りに震える一夏の背中を軽く小突いてやる。
「なんでもかんでも一人で背負って立ち向かうな。これ以上先走るなら、もぎ取るぞ」
「遠慮しますから、肝に命じておきます」
「戦闘も同じだ。みんな、聞け。鬼教師の妹様に限らずゴーレムにだって一人で挑むんじゃないぞ。フォルテはあたしと、一年は三人で固まって動くこと。この際WP1から距離を取ってもいい。これ以上誰も落ちるなよ」
言うだけ言うと、ダリルはライフルを抱え直した。
横目で更識楯無とミューゼル自称監査官の戦いを見やる。
「悪い雰囲気をひっくり返してくれよ。生徒会長さん」
これは期待というよりも祈りに近い。ダリルの戦士としての目には不吉な影しか映らない。気丈な彼女も祈らずにはいられなかった。
◇*◇
天女の二刀舞を受けながら、更識楯無は焦燥に煽られる心とも戦っていた。
このままでは宇宙船型ISを奪われてしまう。あの人との邂逅から始まったISに関する不審が解消していないのに、状況だけが先に進んでしまっている。それがなによりも腹立たしかった。
少し前までの自分は、世間の変化を『所詮この程度』と高を括っていた。IS学園を総括する轡木から海外製の未完成機体を渡され、有名無実の自由国籍権の行使を持ち掛けられた時さえ、必要なことならとやってのけた。それを特別に誇るつもりなどない。
心からの本音は逆だ。
更識は暗部に属する。影側から国際機関のIS学園を守る為に、次期当主の継承を速めてまで“楯無”を送り込んだはずだった。それがどうしてこんな華美な表舞台で間抜けなリーダーを演じなければならないのか。楯無の名を受け継いだ少女には、いっそ怒りと言えるほどの不満と憤りだった。
不審の始点は3つある。
一番最初は織斑千冬の教師就任。それに伴う極力の接触制限。顔が見えない邂逅であり、全ての始まりだった。
これ故に更識楯無は4月から数ヶ月間、織斑一夏の前にも現れなかった。一夏へのコンタクトは、千冬に繋がってしまうからだ。唯一許されたのは布仏本音による遠隔からの緩い監視のみ。しかし本音の特性を鑑みれば無いも同じだ。
正直、更識楯無から見て織斑千冬は取るに足らない人物だった。世界最強と言われる戦乙女の筆頭ブリュンヒルデとは信じられなかった。彼女は弱くはない。むしろ強い人間だと思う。しかしそんな秤は“仕事の相手”として見る場合には関係ない。標的とすれば中の下。戦えば勝てないが、戦わずとも負かす方法を取るのが更識だ。
だというのに、IS学園側は彼女に大きな権限と裁量を与えている。対外的な交渉すら彼女が顔役になっている。
まるで小御所会議に無血開場である。こりゃ安芳さんは恨まれて当然だ。いっそ会津にでもいってしまおうか。それが楯無の忌憚のない感想だ。
防諜の轡木に上申というあり得ない考えを巡らせるほどに、この時の楯無は混乱していた。自分の仕事場を上司が引き込んだ第三者が好き勝手に荒らしている。ストレスを強めるなというのが無理な話だった。
二つ目の理由は、そんな状況下でIS学園の生徒会長になれと言われたことだ。生徒側のトップに立って織斑千冬の下に入れということだ。接触制限を掛けておいて、命令だけは通すようにされた。
当時三年生の代表候補生を倒して、生徒会長になった時だ。そこで初めて楯無は千冬の顔を間近で見ることができた。
千冬は少しだけ笑って言った。
「実に頼もしいな」
たった一言で解ってしまった。
この人は優しい人だ。そして更識楯無を信用している。心強い味方だと思っている!
自分たちは外部の人間に信頼されることは何もしてない。学園の中枢に居る人間なら、更識の本質を知っているはずなのに。一体何を目的にしているのか、まったく解らなかった。
最後の理由は語るまでもない。織斑一夏の入学だ。
千冬はこの時多少驚きはしていたが、対応を誤ることはなかった。入学試験が終わった一夏の身柄を安全な場所に確保して、IS学園の新学期が始まるまで匿った。
クラス代表を決める時には、わざわざ試合までさせた。篠ノ之束博士から送られてきた一夏専用ISに何かしらの処置を施して、強引に起動させるためだ。
むしろ計画的すぎると楯無は思った。いつか弟がIS学園に入学することになると、予め知っていたかのようだった。
そして不審が警戒に変わる。篠ノ之束謹製と思われる無人ISゴーレムⅠの襲撃事件。
更識から言わせてもらえば、完璧に自作自演の茶番でしかない。織斑千冬は多少IS学園が被害を受けてもかまわないというわけだ。所属不明ISの襲撃は、これまでの代表候補生たちがやってきたネズミ捕りどころではない。学園が被る実害が大きすぎる。この襲撃は、守る側として最高最大限の屈辱だった。
さらには倒したゴーレムの機体とコアも秘匿して、楯無には何も知らされていない。轡木からは無言を通されてる。
これ以上情報を遮断されたままでは、対暗部としての能力どころか、存在意義さえ奪われかねない。
4月から入学してきた簪も専用機を取り上げられている。介添えの布仏本音とも距離を離して、完全に自閉していた。
学園での配置には不満だらけだ。織斑千冬がIS学園の力を使い篠ノ之束と向き合い、轡木がそれを補助する。更識は古来より在り方通り現場の汚れ仕事というわけだ。
春頃の自分たちは無様や不憫という他なかった。
周囲に立つ者たちに楯を構えさせぬための更識楯無だ。一族の在り方から他者を憎むということはあまりないが、さすがに人より大きな堪忍袋も限界だった。楯無は実家の方針を強引に変更させ、相方の布仏虚と本音に己の決意を話した。
学園長や影の重鎮轡木十蔵とは独立して、ISを中心にした一連の事件について調査を開始する。
まずは今まで集められなかった情報を収集するところからだ。
次に轡木との協議を勧める上で、少しずつ織斑姉弟との関係性強化を訴えていった。織斑一夏という目立つ宣伝塔が建てられたのだ。同じ学園で動くのに無関係を保つのは困難である。建前は十分に通じた。
結果、夏休みの後に学園内での彼の立場を安定させるためと称して、接触する機会を得ることになる。
しかし学園祭の場で、やっかいな存在が乱入してきしまう。
世界を裏側から操る欧州発祥の武器産業統合体。
なにを、馬鹿な。
そんなものが本当にあるのなら、NATOが笑いの種を産むはずがない。弾丸の規格一つ決められない無能集団ではないか。それともわざと各国独自にして利嵩を増やそうというのか。ならば最初から統一規格を考えるな。
現在も第三世代統合配備計画中なのにIS学園に該当する英国機体を刺客として送るなんて、何を考えての行動なんだ。
彼女たちは織斑千冬以上に理解できなかった。楯無が調べたところ、亡国機業という秘密組織はかつて存在していた。大戦末期から活動していたという記録を見つけることは出来た。
だがそこまでだ。現在まで続く組織の系譜がどこにもない。試しに暗部の側で一報流してみたところ、出所不明で『部下の離叛』というメッセージが返されてきた。どうやら実体は存在するようだが、名乗りとは一致しないらしい。
彼女たちの最終目的は解らないが、学園への干渉を始めた理由は推察できる。
篠ノ之箒の紅椿。篠ノ之博士が作製したISの登場が切っ掛けなのだろう。
合宿での米軍機暴走事件対応で名を出した紅椿の情報は、IS委員会に報告されている。そこから急いで準備を始めて、学園祭への潜入襲撃に繋がる流れだ。
そして灰色の巨棺が出現するにあたり、慌てふためいた相手からようやく正体の一端を握れた。
見張るべきは、IS委員会査問部。
今のIS学園はユウコ・タチバナ・ミューゼルたちを身分詐称の所属不明部隊として戦っている。謎のISを装着した姿を見せた上に、問答無用で一夏たちを確保しようとしたのだから、スコールもこれ以降IS委員会を名乗ることはしないだろう。しかし楯無は、スコール・ミューゼルの名乗りが嘘ではない可能性も考えていた。
織斑千冬とユウコ・タチバナのやりとりを穿ってみると、本気で現場レベルの打ち合わせを作戦直前にしているとも取れる。
隠しようのない大きさをしているワールド・パージを、どちらが引き受けるかというどんくさい話だ。一夏と箒などを取引材料に配分調整とすり合わせをして、あの巨体を確保したかったのかもしれない。
弟と妹の暴走で見事に殴り合うしかなくなった時は、少しだけ気が晴れた。スコールに強行手段を取らせた鈴音には、あとでご褒美に大量のキスをしなくては。コンパクトなおっぱいもサイズアップマッサージで存分に可愛がってあげよう。
離界号の来訪は両陣営ともに予定外のイベントであり、中にクオ・ヴァディス・サンドリオンが乗っていることは知られたくない情報なのだ。IS型宇宙船を操舵するあの子の出自を考えれば然も有りなん。IS学園側で事の重大さに気づいているのは、自分と織斑千冬、そしてドイツ代表候補生ぐらいか……。
スコールもこの情報を代表候補生が公表するとは考えていなかった。クオがIS学園へやってきた時に、僅かな間でも情が厚い鈴音と親交を持ったことなんて、学園外部の彼女が解るはずもない。鈴音がクオを助ける為に存在を示すとは予想すらしていなかっただろう。
もし仮に、あの船に乗っているのが篠ノ之博士だったとしたら。彼女たち査問部との共同作業もあり得たかもしれないが……。
更識楯無の問題として、自分がIS学園最強の生徒でしかないということだ。いくら個人で強くても学園内だけの話であり、組織としての更識は実戦力に欠ける。
眼前のまばゆい天女様には、どちらも適わない。
黄金のISが白騎士以前の重火器を持たない古い機体であるのにも関わらず押し切れていない。大国の第三世代機をわざわざ借用してまで使っていながら、なんて歯がゆい。
生徒会長といえど、織斑円と黒鍵なんて特大の隠し玉に勝てる生徒を用意するなんて出来やしない。篠ノ之箒とラウラ・ボーデヴィッヒが二人掛かりで破れたのは、とても痛い誤算だ。
金と黒の不仲師弟を同時に相手取れば、いかに自信家の楯無でも勝率が低いことは悟っている。織斑円がWP1に向かったことは幸運に思っておこう。攻略組が持ちこたえている間に、ドース・マーベリーとの戦いにけりを付けなければならない。
絶対に負けられない。ここで踏ん張らないと……。
気張る自分を意識して、楯無は一度力を抜いた。
こんなのは自分のキャラじゃない。
今の自分を見たら布仏虚はどんな顔をするだろうか。きっと気持ち悪い物を見る目をするに違いない。自分たちは妹組とは逆で、私が自由に行動して虚がそれを支える形をしている。この作戦の為に学園を出る前、虚が『後は任せてください』と言ってくれたんだ。
その一言があれば、更識楯無は、何一つ心配することはない。
大丈夫、大団円までの布石は置かれている。一度スコール・ミューゼルにあしらわれた後、楯無は対策を取っていた。今はやれることを、やるだけだ。
ミューゼル監査官の金属扇が開いた形で振るわれる。風の起こす平面の動きではなく、縁で対象を切り裂く刃物の扱いだ。
扇の刃を見切って避けた楯無に、今度は女性用の刀が迫る。蛇腹剣を連結させてこれを受けようとしても、刃が重なる前に黒い弟子と同じく小さな動きで懐に入り込んでくる。楯無との距離を密着に近い状態で保ち、流れるような舞いの動きで攻撃を繋げてくる。手数と剣速がやっかいな剣術だ。飛び回って振り払おうにも適わない。
ドース・マーベリーは零世代ISだが、その性能すべてが現行機より劣っているわけではない。逆に十年前の白騎士のように一部の機能は凌駕してさえいる。一つはコア・ネットワークステルスであり、そして飛翔能力も目を見張るものがあった。
スラスターのない布切れ一枚のフローティングユニットのくせに、反重力推進のパワーがとても大きい。いかにも機械的な補助が少なく扱いづらい力任せの旧式といった風情だが、繊細かつ的確に動かすスコールの技量がこれを自由自在に空を飛び回る力に変えている。いにしえの天女もかくやという天空舞いだった。
更識は緊張に渇く唇を舐めて湿らせた。
「随分と手練れのご様子で、操縦歴をお聞きしてもいいかしら?」
「あなたの年齢よりは短いから安心しなさい」
さすがに具体的な数字を口にはしないが、プレッシャーを与える用途も含んで返答された。本来はあり得ない十年以上のキャリアを臭わせる言い方だった。
いやらしいことに、この熟練者は槍と蛇腹剣の二刀流に変えた楯無に張り付いてきて、片方の間合いを潰しにきている。ドース・マーベリーは長距離射撃武器がない上に、互いの手持ち武器を見比べれば至極当然の選択かもしれないが非常にうっとうしい。おそらくは防御用であろう金属扇はともかく、普通の刀ならISの武器と一合でも打ち合えば破壊できるのに、その一手が打ち込めない。
ならば敵の戦法を逆手に取ってやる。
楯無は飛行進路から機体スライドさせて追跡をふりほどこうとする。ミストレアス・レディを追って来たドース・マーベリーを見やり、揺れ返す。単純な体当たりだが仕掛けはここからだ。
ナノマシン媒体の水を大量に解放して浴びせかける。放射状に噴射して避けられない範囲に出す。
「機体性能の違いを見せつけて上げるわ。世代差を実感してくださいな!」
「くっ……! マドカといい、少しは目上を労って欲しいわ」
この攻撃に黄金のISが対抗するには、同質の羽衣で繭のシールドを張るしかない。機体に付着されたら機能妨害から爆破まで様々なオプションを与えることになる。ならば自前のナノマシンで防ぐしかない。
自動防御で。
範囲攻撃に黄金のISが瞬間だけ動きを止める。しかし止まるのは本人だけで羽衣は健気に楯となって主を守るっている。
それでいい。人が楯を携える意味を無にするのが更識楯無だ。この一瞬だけで十分。
二つの刃が自ら放射した水幕を突き抜けて、スコールに当たる直前。
「楯無さん! ダメだぁーっ!!」
遠くで織斑一夏が叫んだが、スコールの
「篠ノ之流剣術裏奥義『零拍子』」
スコールが呟く。
遅れて楯無は自分が斬られていることに気が付いた。目の前に有るはずの水幕が、見事に断ち切られている。肩口にひどい痛みを感じて見ると、右の上腕が深く切り裂かれて血潮を飛ばしていた。
「はぁっ、くぅ……! なによそれ……?」
傷口を押さえて急ぎ引き下がる。
怪我を庇って逃げる相手を、スコールは容赦無く追撃する。
「ナノマシンのスクリーンで水像も使っていたのね。並列制御は見事だけど、おかげで兜割りが失敗してしまったわ。怪我をさせてごめんなさいね」
「今の攻撃、一夏くんと同じ技ってだけじゃないわ。シールドも絶対防御も反応しなかったわよ!」
冷酷な殺意に威嚇し返す楯無だが、頭の奥ではスコールの剣閃が見えなかったことに戦慄していた。
前に白式が一度だけ見せた超反応をスコールも扱えるのだ。それだけに限らず技の有効な利用方法まで確立している。
「『決して受けることなく剣戟を流し、また己が身に密着して放つ必殺の閃き』。この憐明が鍛えられたら根本の思想よ。そして天女の剣技が太刀筋を後押しする」
つまり仕掛けた瞬間には既に斬り返されている。完全無欠で究極のカウンター。刀と技を知る一夏の警告と、念のためナノマシンのスクリーンに誤魔化し映像を写していたから直撃はさけられたが、楯無には防ぎも避けもできない攻撃だ。現に羽衣を使わせる二段攻撃を仕掛けた所為で、超反応カウンターを受けてしまった。
仕方なく楯無は後退を続ける。一度打ち合いを仕切り直したい。
しかし天女の動きはこちらを上回る。手傷を受ける前でもふりほどけなかったのだ。今更簡単に逃がしてくれるはずもない。
闇雲に逃げてもダメだ。ナノマシンで防御幕を展開して彼我を隔てようとするが、ここでようやく右側の肩鎧も破壊されていることに気が付き、歯噛みする。あれはナノマシンフローター機能を持ったアンロックユニットでもある。構造的には一部位の破壊だが、ミストレアス・レディの戦力が20%近くも落とされてしまう。
加速したドース・マーベリーが刀を振りかぶる。
「言ったでしょう。戦えば無傷では済まないと」
右肩の痛みを堪え左腕でガードするが、スコールの憐明はミストレアス・レディの腕部に食い込んできた。
さっきのカウンターもそうだが、シールドバリアが正常に機能していない。ただの刀がISを傷つける異様にスコールが機体ごとパイロットを切り裂いた原因に思い当たった。以前にも同じ感覚を与えてくる敵と戦ったことがある。
ミストレアス・レディは連続の回転蹴りで牽制し、僅かながらの間合いを得る。
「ゴーレムが使っていたバリア妨害能力までその機体が原点なの? 白騎士と同等って思っておいて正解だったかしら」
「そこまで怖がらなくていいわよ。私程度では、真の白騎士に到底及ばなかったのだから」
笑いながら追撃をやめないスコールに、なんとか反撃しなければ。
手で押さえるだけでは血は止まらないし、垂れ下がる右腕の握力も限界が近い。
……これを使うか。
決意と同時にかろうじて握っていたランスを手放し、ドース・マーベリーに向けて蹴り飛ばす。高速回転しながら飛ぶ蒼流旋が、スコールの黄金の羽衣にガードされた瞬間を見計らう。
「爆破の倍返しよ!」
ドドゴォォォンッ!!
手持ち武装丸々一つを爆弾に変えた奇手が炸裂する。もとからミストレアス・レディの武器としてナノマシンの内包しているから、挙動で悟られることもないし爆発の威力も高い。
スコールの姿が突如わき上がった爆炎に覆い隠された。
爆煙が発生する場所から距離をとり、楯無は残りのナノマシンを急ぎ調整する。
まずは左肩のアンロックユニットから延びる水のベールを右肩の患部に当てる。治療用のナノマシンがすぐに部位沈痛と再生治療を始めた。すぐに右腕が使えるまでの回復は出来ないが、動きの邪魔にならない程度にはなりそうだ。
傷が癒えるのを待ちつつ、緊張を緩めずに煙が晴れるのを待つ。
予想はしていたが、黄金のISが無傷で現れる様はけっこうな恐怖映像だった。
「あなたのISでは私に勝てないわ。ドース・マーベリーと相性が悪いのは実弾系重火力を数揃えられることけど、遠距離でなければ困る程度でしかないし。逆にその機体に対しては、こちらが有利な部分の方が多い」
金属扇の一振りで残る煙を払ったスコールが、手負いの楯無に持ち掛ける。
「もう一度言うわ。離界号は私たちに任せて退きなさい。私たちからの武力介入で専用機が2体撃墜、加えて生徒会長であるアナタがリタイアしたのなら、十分な撤退理由になるはずよ」
二度目の勧告だった。
スコールの目的はあくまでWP1であり、IS学園の代表候補生部隊は途中の障害でしかない。出撃した学園側専用機9機中の3機が戦闘不能に陥ったとして、作戦の中断を迫っている。
「んー……、と。怪我は痛いしISの戦闘力が下がちゃったけど、まだ聞き入れられる要求じゃないわ」
「私よりも大怪我したそちらの方が余裕あるじゃない。最初のとげとげしい態度からの変わり方からして、取り戻したって感じね。具体的な根拠を聞いても良いかしら?」
「焦りはあるけど、なんとかなるかなーとは思っているわ。ヒントはダリルが籠城を決め込んだ理由よ」
スコールは自慢げに笑う楯無を見て得心した。
ワールド・パージへ攻撃している部隊は戦力の維持に専念している。一夏たちはゴーレムたちとの乱戦に苦労しつつもまだ交戦していた。更識楯無が負傷し劣勢なのに、三年生が宣言した条件を無視して戦い続けている。
それを楯無は、籠城と呼んだ。
城や拠点に籠もる戦法は攻める側に対抗できる力がないから行うものだ。地形効果を利用して戦力差を埋めている間に、直接戦力以外で勝負を決める。
しかし時間経過で攻め手の消耗を狙うにしても、拠点に十分な蓄えがあればこそ。場所がIS学園ならば十分に考えられる戦い方だが、今は海上だ。そんなものはない。
とすれば、籠城が成立するもう一つの条件が正解だ。防衛する拠点以外から戦力を持ってくる方法。
援軍、である。
「そういえば、あなたの妹さんがまだだったわね」
スコールが言い終わると、ISのコア・ネットワークに追加反応が出た。
--操縦者:更識簪、ISネーム:『打鉄弐式』--
ダリル・ケイシーが指したもう
楯無が悪戯がばれてしまった子供のように舌を出して笑う。
「前に会った時にも同じ事言ったわよね。私じゃユウコさんに勝てないって。ならこっちは勝てる戦力を用意するだけよ。まあ間近に拗ねてる宛てがあったから、焚き付けただけなんだけどね。そっちのマドカちゃんほどじゃないけど、なかなかに手強いわよ。頭良いから戦術面以外でも活躍してくれるし」
妹の紹介を終えると、楯無の気質が変わった。
「私一人に戦闘で勝ったとしても、私たち姉妹を、更識を相手にして先にゴール出来るとは思わないで」
「さすが更識楯無。妨害工作のプロフェッショナル、現代まで継がれてきた忍の
「……江戸時代以降の娯楽向けイメージで言ってるのなら、本業的な意味で容赦はしないわよ。私それだけは許さない決意で“楯無”をやっているんだから」
スコールは顔色を変えないように努め、頭を振って正確に理解していることを示す。自分でも笑い出しそうなほど、背には汗が浮かんでいた。それほどまでに、更識楯無の視線は暗殺者のものだった。鋭さや驚異を感じる類ではない。むしろ無味乾燥な目だ。しかしいつ何時でも気を緩めることが出来ない、ねっとりとしながらさらさらと流れる心地悪いものが心に絡みついてくる。相手は戦う為の力ではなく、もっと原始的で単純な死に直結する手段を持っている。天女になり損なり半端に墜ちたユウコとは違う、長い年月を人々の裏側で生き抜き凝縮された生粋の影が、そこにはあった。
◇*◇
自軍の最後一機の登場に代表候補生たちの意気が俄然昂揚する。
「ようやくおでましね!」
鈴が拡散衝撃砲を乱射しながら叫ぶ。ひたすら相手を近づけさせない戦い方だ。左右にブルー・ティアーズと白式が控え、強引に突っ込む機体や、僚機を楯に凌ぐ相手を見つけては個別に打ち落とす。
甲龍の攻勢防御に、亡国機業のオータムもうかつに飛び込めない。自身もゴーレムを警戒しなければならないので、多重の意味で足止めされていた。
ダリルとフォルテは、二人掛かりで白式を標的にする黒鍵を牽制する。
「ほーい、こっちッスよー」
「型落ち旧式の癖に!」
「さすがに武装が少なくちゃ、多数相手にするのは難しいよな」
ダリルの指摘通り円もBTビットで二人を攻撃するが、箒との戦いで失った≪空裂≫を再びBTビットから作りだしたため、射撃型ビットの残数が3つにまで減っていた。
「最新のヴァルキリーさんが相手だからな、慎重にいかせてもらうぜ」
「ここでふつうのぱーんち!」
フォルテが急降下の通りすがりで黒鍵を打撃する。
円がBTの数を減らしてまで武装を戻したのは、二人がしきりに一撃離脱の近接攻撃を仕掛けてきたからだ。片手を空けている黒鍵には効果的なやり方だ。
「っと思わせて逃げるッスー!」
反撃するために武器を整えた円だが、今度は寄ってこなくなった。広く避ける二人にビットの数を減らした判断が重く効いてくる。
「くそっ! これが狙いか」
「変化が不可逆なのがVTシステムの欠点だ。一度刀にしちまうと飛ばせないことが解ってなきゃやらなかったよ。お前の武装を一つ落とした篠ノ之妹に助けられたってことだ」
「勝てないと解っている相手に、無理して挑むほど馬鹿じゃないッスよ」
「そうだ。お前はアホキャラだよな」
「なんですとー! ……んふっふっふ、そんなことを言えるのも今だけッス。あたしには心強い味方が来てくれたんですから」
ビシィッと打鉄弐式が到来する方向をコールド・ブラッドが指さす。
「確かに味方だが、更識妹は頭良い系だろ。お前とは逆で……」
ダリルは接近してくる打鉄弐式を見て、言葉を失った。
「……なんだ、あれ?」
目に見えたのはISっぽい箱の集合体と、その真ん中にある搭乗者の泣き顔だった。
◇*◇
倉持の宇宙開発技術研究所からIS学園に戻った簪と本音は、一年四組と一組に声を掛け、バトルロイヤル用のピットクルーザーを一隻押さえた。
クルーザーでワールド・パージとの戦場に向かいながら、協力を申し出てくれた有志チームの打ち合わせを行う。運転は引き続き更識お抱え運転手の尼崎女史。半日ちかく運転続きでも疲れを見せないタフネスはとても頼もしい。
ピットクルーザーに一般生徒たちを同行させる目的は、セシリア・オルコットのブルー・ティアーズにパッケージ換装をさせるためだ。装備本体は倉持技研の雪子部長から戴いた御見上げを材料に、帰りのトラックで完成させている。これはバトルロイヤルを想定したものなので、ワールド・パージとそれを護衛するゴーレムたちに対して十分な効果を期待できる。おそらく雪子はそれを知った上で横流ししてくれたのだろう。
しかしクルーの立場は非常に危ういものだった。
戦場近くまでクルーザーを寄せる上に、司令船と違い直衛の機体もない。出発前まで危険な作業だと何度となく簪は注意したが、ピットクルーは誰一人変更されることがなかった。
四組のハモン・クラウンズなどは簪の指示なら堂々と授業がさぼれると喜んで、本音とスクラム組んで踊っていた。ちょっとだけ不安になる。
気を取り直して、先に戦闘に入っている司令船からの情報を受けつつ準備を進める。
どうやら学園側が圧されている様子だった。目標のワールド・パージだけでなく、所属不明の横槍部隊が登場して、学園側の任務を妨害している。機能封印アビリティとか、零世代ISとかすごい濃い相手のようだ。
このまま簪が参加しても目立たない、ウケが取れないと誰かが言った。
………………なにが?
BTシステムの調整を後回しにして、現場に向かうクルーザーの上で打鉄弐式への急増追加がおこなわれることになった。
ISを展開した簪をピットラックに縛り付、げふんげふん固定して全てのハードポイントに予備武装を接続する。
うーん。この程度じゃまだまだ物足りないね。
クラウンズが腕組み思案顔をしていると、いつのまに同乗していた姉の付き人布仏虚が『こんなこともあろうかと』と差し出してきた。
一体何のことだか解らなかった。目の前の置かれたのは小型ミサイルラックに急遽取っ手を溶接したものだ。簪が抱えられる程度の大きさで、打鉄弐式のミニミサイルが詰め込まれていた。これが2つ。
さあ。
手で持て、ということか……。
まだまだありますよ。
振り返る虚の見つめる先に、同じ形のミサイルラックがびっしりと置かれていた。簪が一目で数えられただけでも3(高さ)×3(幅)×3(奥)が2セット。
それだっ! と、みんながこぞって付け足し始めた。
両手に下げ持つ以外にも、腕や脚にテーピングで無理矢理付けられた小型ラックがいくつも連なる。機体に付けられたラックの横に、さらにもう一つ張り付ける暴挙も成されている。
足裏なら縦置きで三つはいける。コンテナを踏み台か高下駄の様にして打鉄弐式の全高が上がる。
ついでに岡持も増やしましょう。手持ちコンテナも左右下方に一つ追加、左右で総計8つで十字の外観になる。
テープぐるぐる巻き装着は、当然正規の追加ではないので配線ケーブルが後付けでむき出しだ。
アンロックユニットなんて最たる被害部位だ。原型が解らないほどまでミサイルコンテナを付けられている。もはやこれはラックが集まったなにかだ。
首から紐で下げたものやら、背中に背負うコンテナとか。狭いクルーザーの中でどうやって作り出したのか不明なものまで装備される。
ミサイルラックは頭の上にも乗せられ、幅広のバンダナで包み顎下で結び目が作られる。ほっかむりみたいで実に間抜けな外見だ。
簪は自分の格好悪さに泣いた。実際泣いた。泣いて頼んだ。
もうやめて、よして。こんなの無理……。
でもこうなった。クルーが一丸となって簪をいぢくり廻した。左右前後に膨らんだ打鉄弐式特別爆装の完成だ。
第三世代ISはパッケージによる機能拡張が可能だが、これは違う。パッケージなんかじゃない。多くの武装を付けられながら、簪の心には虚しさのような喪失感が去来していた。
最終的に打鉄弐式は、ものすごい数のミサイルが搭載された。その数は想定仕様を軽く跳び超えている。簪は武装が増える度に打鉄弐式のシステムを調整する羽目になった。せっかくの冗長域が無駄に消費されてゆく様子に、か細い悲鳴を上げ続けた。
コミックワールドNo.19みたいでカッコイイよ。かんちゃん。
涙目で遠く流れる白い雲を見上げる簪。雲は行き先を応えてくれない……。
クルーたちのやりきった笑顔に見守られて、簪が飛び立つ。
不格好なまでにミサイルコンテナを山盛りにされハリネズミと化したISが、灰色の棺を目指して飛翔する。
「……みんな、お待たせ。一年四組更識簪と打鉄弐式、IS学園の指揮下に入ります……」
投げやり気分の気弱な宣言は、全身から大量に発射されるミサイルの爆音にかき消された。言葉よりも連続する発射音の方が、長かった。
◇◆◇*◇◆◇
ワールド・パージを守るゴーレムたちが黒い霧なら、簪のミサイル群は白い暴風だ。なにせこっちに向けて飛んでくるんだからな。普段の10倍以上もあるミサイルの群は見ていて圧巻だ。あれだけの量がIS一機から発射されたんだから、すごいもんだ。
「おいおい。あたしらに当たったりしないだろうな」
「敵味方識別はちゃんと出来てます……。大丈夫……?」
「そこに疑問符を付けちゃだめッス!」
「だって本音たちが強引に差し込むから……。無理矢理拡張されて痛かった……。これ絶対変な痕が残っちゃう。終わったらきれいに洗浄しておかないと……」
「制御系! 火器管制システムのお話しですわよね! 生身じゃありませんよね!」
「でも手動でシステムチェック出来るから、ちょっと楽しみかも……。マルチロックオンをアップデートするチャンスだし……」
「四組代表はキャラがぶれないわねー」
鈴が言うように簪もすっかりこっち側だな。みんなからも大人気のようでよかったよかった。俺は大量のミサイルが極至近距離を通過する中、安堵するのであった。
それにしてもミサイルにもドップラー効果って掛かるんだなー。まるでモータースポーツの観戦みたいで面白い。長い髪を纏めていないセシリアは、ミサイルたちが巻き起こす風に頭を押さえている。
ミサイルの波は俺たちをすり抜けて、ゴーレムたちと亡国機業の二人に降りかかる。3軍入り乱れたフィールドにも関わらず、打鉄弐式のマルチロックオンは正常に動作したみたいだ。すごいぞ簪。
「よし、一度距離を取るぞ。生徒会長と合流だ」
ダリル先輩の指示で、俺たちは揃って転進する。
打鉄弐式ミサイルてんこ盛りの一斉発射は、楯無さんとスコールの間にも割って入っている。右肩を庇う楯無さんも、これ幸いとこっちに向かって来ていた。
「さすが簪。すっごい助かったわ」
打鉄弐式駆けつけ一発目の攻撃は、賞賛すべき戦果を上げていた。
ワールド・パージを守るゴーレム部隊は、弱いコア無しが一掃されて防御陣が薄くなっている。
ミューゼル監査官のチームも数発の命中があったみたいだ。機能を損壊させるほどじゃないみたいだけど、人数が少ないあっちはシールドエネルギーが消費されるだけでも苦しいはず。
「でも私が参加できたのは、もう阻止限界点が近いから……」
学園外に出かけていた簪が合流できたのは、ワールド・パージがそれだけ日本に近づいているということでもある。
空っぽになったミサイルラックをはずしながら、簪がセシリアを見た。
「オルコットさんはピットに行って……。本音がパッケージ換装の準備をしている……。専用機が2機も落とされてるし、ねえさんも怪我してる……。少しでも戦力を補充しないと……」
「のほほんさんということは『スプラッシュ・ターレット』ですか? しかし増産には本国からの許可と必須部品の提供が必要なはずです。一体どこから都合を付けたのです」
「つ、つくばの畑に生えてた……、じゃダメ……?」
小首を傾げる簪。
「ダメですわね」
同じ動作を返すセシリア。
「そんな土地があるのでしたら、全力で買い占めさせて戴きますわ!」
「ううん……。他には上手な言い訳が思いつかなかったし……」
「上手ではありませんでしたし、言い訳ってなんですの!? 真実はどこに?」
目を逸らす簪とキレているセシリアを、鈴がどやしつける。
「だから唐突に漫才を始めるんじゃないわよ! 有効な武装があるならさっさと取ってきなさーーいっ!!」
蹴られかねない勢いを感じて、セシリアが一人で後退を始める。
「すぐに勝利の鍵を持って戻りますわ。しばらくお待ちくださいませ」
「そういうのは、ズルいんじゃないか」
暗い声が俺たちの間をすり抜ける。オータムだ。アラクネがブルー・ティアーズを追って飛ぶ。換装の隙を狙ってセシリアを攻撃するつもりか。
「やらせるかよ!」
「それはこっちのセリフだ」
蜘蛛ISを追いかけようとするけど、真横からいきなり撃たれて止まるしかなかった。攻撃してきたのは円の
ドース・マーベリーと黒鍵が、簪と合流した俺たちに近づいてくる。
「戦力再編成は終わったようね。それでも防戦一方な状況に変わりはしない。こちらも時間をかけ過ぎるわけにはいかないの。早々に退いてもらうわ」
金と黒の師弟ISが、重厚なプレッシャーを放ちながら近づいてくる。向こうは一端ワールド・パージから離れて、先に俺たちを倒すことにしたようだ。
黒いBTから離れるように、俺たちは一度散開する。
ダリル先輩が楯無さんを見る。
「さて生徒会長さん。味方側の妹枠が追加されたけど、これからどうすんだ」
「基本はさっきまでと一緒。セシリアさんが換装するまで戦力維持ね。でも平行して攻め手も出すわ」
楯無さんが反撃も考えていた事に希望が見えた。身を乗り出す勢いで聞く。
「鈴音ちゃんと一夏くんにお願い。折れちゃった灰色の鍵を簪ちゃんに渡してあげて。それでもう一つの勝利の鍵が復活するから」
拍子抜けする内容に、俺は鈴と顔を見合わせる。今更ワールド・パージとの通信コードなんてどうするんだ。鈴が電子戦を仕掛けても、どうにもならなかったのに。簪ならクオと通信が出来るのか?
「漫才コンビは私と一緒に天女さんの相手に付き合ってちょうだい。さすがにこれ以上は一人じゃきっついから。相手のウィークポイントも解ったし、なんとかお願い」
「ちょい待ちー! 漫才コンビとはなんッスかー!」
「そうだぞ。あたしたちは本国からの指示で、ISのコンビネーション戦術研究の為に組んでいるんだ。漫才とはなんだ」
「ちゃんとコンビの芸名で指名してくださいッスよー。もちろん前座で会場を暖めてからッスよー。……あいでぇっ!」
ボケたフォルテ先輩をダリル先輩が突っ込む様は、どこから見ても漫才コンビだった。
自分で振ってきながら漫才を無視する楯無さん。遊びが少ないってことは、余裕のない状況がまだ続くってことだ。
「一年生はさっき言ったように、通信コードをいぢりながら全員で
「それじゃあセシリアが……!」
敵に追われているのに、一人でピットに取り残される。この作戦は予定されているIS学園のバトルロイヤルとは違う。ピット作業中も相手がおとなしく待ってくれているはずがない。セシリアの換装を待つはずなのに、それを支援しないなんておかしいだろ。
俺の抗議に、そっと肩を押さえる奴がいた。
「大丈夫……。信じて……」
珍しく自信に満ちあふれた簪だった。
◇◆◇*◇◆◇
「取り残されちゃったなー……。こっちも急ぎたいんだけど」
海中に落ちた箒とラウラを探すシャルロットは、遠目になったワールド・パージを見上げていた。
シャルロットの中で、焦りがどんどん大きくなってゆく。
≪
反重力推進で飛翔するISは、要領さえ理解すれば水中も潜行可能だ。ワールド・パージも同じ原理で潜っている。
高速飛行中に操縦者の呼吸を維持する目的で、ISにも空気循環機能がある。極小容量で簡易なものだが戦闘の間は保つ。水の中でも即座に溺れることはない。
問題は、水中では常にシールドエネルギーが消耗されてしまうことだ。浅瀬ではそれほどでもないが、深度と共にシールドが受ける圧力も強まる。
意識を失ってもISがある程度は守ってくれるが、シールドエネルギーが有るうちだけの話だ。早く見つけなくては危険である。
海上に浮かんでいないかは早々に確かめた。今は海中を巡っているが、二人の姿は見あたらない。
「ラウラー! 箒! 返事をしてー!」
僅かな望みを掛けて呼びかける。
暗く深い海底に全てが飲み込まれるがごとく、返答はどこからも帰ってこない。
◇*◇
呼吸が水に阻まれる。酸素の代わりに吸い込んだ水が鼻腔を埋め、突き刺すような痛みになる。喉までが液体に占拠され、体内の空気が泡となって吐き出される。鼻から喉を通って胸までが苦しさを訴えてくる。
苦痛に身体を捻ると、僅かだが空気の存在を頬に感じた。酸素を求めて力一杯背を反る。
何者かがラウラ・ボーデヴィッヒの後ろ頭を掴み、強引に顔を水面に押し戻した。無慈悲に劣悪に、吸い込む動作の時に押さえつけられた。喘ぐラウラに少量の空気と大量の水が入り込む。
脳に酸素が廻らず押さえつけてくる何かをはねのけるどころか、思考すらまともに働かない。これはなんだと疑問を浮かべることすらなく苦悶にのた打ち回るが、自分の身体がどこにあり、脳と繋がっているのかさえ不明なままだ。意識が遠のく。
全身が弛緩しはじめたラウラを見て、まだ後頭部を掴んでいた人物が引き起こす。
「……お目覚めかい。ボーデヴィッヒ少佐」
耳元でささやくのは、あの名も知らぬ尋問官だ。ラウラの髪を強く掴み背筋がまっすぐ伸びるように固定している。
涙と鼻水で相貌を汚すラウラは、せき込んで空気を貪りながら周囲を確認した。
これで何度目かになるあの汚れた小部屋だ。椅子に縛り付けられていることも同じだった。
違う箇所は、ラウラの目の前に小型テーブルと深めの桶があり、満たされた水に顔を突き込まれる歴とした拷問を受けていることだ。
まだ喉と鼻が痛む。咳が止まらず喋ることもままならない。
「さて、本物さまがご登場されたわけだから、偽物のあなたはさっさと消えていなくならないとね」
再び水桶に顔をつけ込まれる。ラウラにはもう抵抗する力も、苦しさに暴れる体力もない。呼吸を奪われても、細かく身体が痙攣するだけだ。
ほん、もの……?
その言葉に、呼吸器とは別の場所がずきりと痛む。
「あの人が目を掛けれくれた理由がわかって良かったじゃないか。あなたは、織斑円の代替えだったんだよ」
尋問官がラウラを引き起こした。ぐったりとしたラウラの頬に優しく手を滑らせる。
「かわいそうに。惚れた男への感情も、教官への思慕に誘因されたものなのに。大本の気持ちさえ、裏切られていた的外れだったんだから。本当のあなたは気にも掛けられていない。妹の身代わりだったのよ」
……ちがう。それは違う。
歴史の浅かった私にスクラップブックを、思い出を積み重ねる方法を教えてくれたのは教官だ。自分の形を意識させてくれたんだ。
『自分の傍に誰が居てくれたのかを覚えておくためにな』
教官は自分が妹と一緒に居られない辛さを、他の誰かが背負わずにいられるよう腐心していた。あの人はきちんと私を見てくれていた。誰かの代わりになんかしていない。
「さすがにすごい擁護ね。でもそれじゃ、裏切ったのはあなたの方になるのかしら」
尋問官はラウラを放すと、正面に回り込み水桶を乗せているテーブルを蹴り飛ばした。
激しい音を立ててテーブルが倒れ、水が床を濡らす。
「あなたは学園での生活を楽しんでいたのでしょう。切っ掛けは教官たちかもしれないけど、あそこで青春を謳歌していたのは、他ならぬあなたじゃないか」
それがどうした……。
「おかしいわね。教官のように強くなりたいあなたが、普通の女の子になってどうするのよ」
………………。
「身内にも明かせない機密を抱えて、正体のわからない何かの為に世界最強にさえなった。それほどの力に支えてもらって、出来上がったのが負け犬なんて。本当に酷い裏切りよね」
芝居が掛かったように、大降りの仕草で尋問官が喋る。
「アルバムの作り方を教えてもらったのは、転校からしばらく経ってから。その間にあなたがどっちに進むのか見ていてくれた。なんて優しい教官殿! 育ててもらい期待を掛けてもらい、道を違えても怒り一つ見せず後押しまでしてくれて」
歌劇の一幕のように、歌うように続ける。
「弟への恋慕は目の前の享楽に忘れる程度、興味本位なだけだとわかったから。強さへの探求を怠った故に、本物の妹に手も足も出ずこんなところで死にかけている。ああ、おかしい。なんて無自覚な人形なのかしら」
滑稽な踊りでラウラを煽る。
「最後は、中途半端にどちらにも成り得ない出来損ないの偽物が残されただけ」
ちがう、ちがうちがう!
「否定してもいいけど。自分が楽しむために、強くなる為に織斑一夏の存在を利用したに過ぎないのは、結果から見える事実だ。今ここにあなたがいることが何よりの証拠よ。あなたが判断を誤らなければワールド・パージを止めることも出来たかもしれないのに」
今度こそ、ラウラは沈黙するしかなかった。
言葉だけで拒否することは出来る。しかし軍人なら結果が全てだ。作戦中に不慮の事態に陥ったのなら、退くことも正しい判断である。黒鍵との戦闘中に箒とのコンビネーション不全を悔やんだ自分が言い繕えるものではない。
尋問官が言うように切っ掛けは織斑姉弟だが、どちらに振り切ることも出来ず二人にじゃれついていただけなのは自分の怠慢だ。この関係を外側から見れば、一夏はラウラの前に吊された餌でしかない。
不意に尋問官が柔和な笑みを浮かべた。
「あなたは男に情欲をかき立てられただけ?」
まだ塗れたままのラウラの顔から水気を払い、右目を見つめてくる。
ラウラは首を振る。そんな安い人間と思われるのは心外だ。
一夏へは憧れもあるが、最近は不安視する自分を意識しているんだ。私が守ってやらねばと思う。
「それじゃ、まだ教官のようになりたいと思っているのかしら」
否定できない問いかけだった。今のラウラはそこから始まっているのだから。
なぜか、よかった、と尋問官が呟いた。
「前にも聞いたことだけど、もう一度確かめるわ。自分を変えたい、強くなりたいと思ってる? そのための力が欲しい? あなたが望むのであれば、私はこの世の全てを溶かし尽し滅ぼす
尋問相手の髪を手櫛で梳きながら、謎の存在が怪しげな提案を持ち掛けてきた。
なにをいまさら……。
ラウラはまだ痛む喉を動かし息を整えながら、ゆっくりと言葉を絞り出す。
「わたしがほしいちからは、じぶんをつくるちからだ。それはうけとるものじゃない。じぶんでつくるものだ……」
部屋に隠したスクラップアルバムのように、継ぎ接ぎでも、華やかでなくとも、一緒に過ごした人との絆を大切にして少しずつ積み重ねることで得られる掛け替えのないものなんだ。
私に代わりなんてない。誰の代わりでもない。どこにも、いないんだ。それは教官も一夏も、シャルロットだって同じ。だからこうやって一緒に居られる。お互いに見つめ合うことが出来る。それが私の形であり、力だ。
私は私の力で教官に追いついてみせる。小さくても、薄くても、部屋のラックの中に世界でただ一つの『ラウラ・ボーデヴィッヒ』がある。もう私は空っぽなんかじゃない。二度とお前の言葉に乗ってなどやるものか。
返答に感心する尋問官が、ふっと天井を見上げる。
つられてラウラも見上げると、微かだが
コン、コン。
今度は扉がノックされた。
「偏屈なお嬢様が差し入れとは珍しい。話が終わるまで待っていたところは実に律儀だね。自分のところよりも、こちらを選んだということかな?」
笑う尋問官が扉を開ける。
不可解な状況に乱入者が加わるのか。ラウラはシチュエーションを理解仕切れずに困惑する。
それもそのはず。扉の向こうに立っていたのは十歳ほどの和服を着た少女。髪を綺麗に切りそろえた人形のような女の子がいた。着物には紅い花弁を大きく開いた花があしらわれている。場にそぐわないことこの上ない。
喋りもせず一歩一歩尋問室に入ってくる少女。女の子の後ろに控える尋問官が苦笑する。
「すまないが、マイスター。先ほどの答弁は無効にさせてもらう。お嬢様からのご下命だ。力の分与に拒否権はない」
少女が両手をラウラの前に差し出す。手のひらには、明け色に輝くブリリアントカットの物体があった。宝石のようにまばゆい光を放っている。仮に稀少鉱石ならば、ラウラの拳より大きい上に透明度やカッティング工費を考えると天文学的な価値を持つことになる。
「しかし喜べ。今からお前は最強の存在になる。残念なのは制限時間が発生してしまうことだな」
突然見せられた世界が買えるほどの宝石に放心するラウラだったが、尋問官の言葉に意識を取り戻す。
宝石を差し出す着物の少女が誰かに似ている気がして顔をのぞき見る。ふてくされた表情でラウラを睨む視線に覚えがあった。少女は篠ノ之箒に良く似ていた。彼女を十年ほど幼くして、結い上げている髪を下ろしたらきっとこんな感じになるだろ。
着物の少女が持っている宝石をラウラに突きつける。
何かと思い目を向けて、ラウラは後悔した。
少女が翳すものは、宇宙、だった。
揶揄ではない。
ラウラにはそうとしか表現できないものが、少女の手のひらに収まっていた。これまでで一番理解を超えている。どうしてそんなものを手にすること出来るのか。ラウラが知る物理に反している。ありえない。
近づけられる輝く多面体に、ラウラは悲鳴を上げて後ずさったが、椅子に拘束されて満足に距離を取れない。少女の短い一歩で簡単に打ち消される。
やめろ、見せるな。その中には私が居る。私を認識させるな。
状況は理解を超えているが、在り方は理解出来てしまう。
宇宙と比べて、自分は塵にすらなれないほど小さい存在だった。銀河以上の視点でありながら、自分の極小さを認識させられる恐怖。自分以外の存在が、どれだけ遠い距離を隔てているのか。無限に広がる白地図の上に、現在位置だけを記される孤独感。
俯瞰せずに見渡した宇宙の大きさに、どれだけ恐怖の悲鳴を上げようとも、なにも聞こえない。広大よりなお広い空間を渡るには、ラウラ一人が出せる振動では到底足りない。なにも動かせない。
助けを求めて手を伸ばす。どこにもだれにも届かない。
出口に向かってさまよい走る。宛ても果てもない。
ありとあらゆる抵抗が、意味を成さない。
だが宇宙はラウラを否定しない。ラウラが自分を意識するから、宇宙と対比してしまうだけだ。むしろ意志のない暴力的な存在は、弱く小さい“点”にもならないラウラを肯定する。あなたはそこにいると、教えてくれている。
そんなものはいらない。知りたくない。
悲鳴を上げて暴れるラウラを拘束している椅子。その後ろに回った尋問官がナイフを取り出した。拘束具が切り落とされる。
ラウラは椅子から転がり落ちて、部屋の隅まで這って逃げた。かち合う奥歯を曲げた膝に押しつけて震えを止める。脚を抱えて丸まった。
せっかく自分の形を認識できるまで自我を構築したのに、段階を数千数万も跳ばして世界そのものを見せられるとは思わなかった。同級生たちとの繋がりに喜んでいたのに、人との交流が無意味な存在と対面させられた。
どちらが真実か、というのも意味がない問いだ。後者は前者を内包している。否定しない。膨大な差を持ちながら肯定するだけだ。
嗚咽が漏れ、涙が溢れだした。
わたしはどこにもいない。いられない。
自分を取り巻く世界を含めたところで、最大広義の世界からすれば一粒の雪結晶よりも儚い。溶けた先から揮発し消えるだけだ。
着物の少女はラウラの方を向いたままじっとしている。かざす宝石は粛々と輝き小さな手のひらで転がり続ける。再び目標に向かって歩き出そうとするのを、尋問官が腕で遮りやんわりと制す。不満顔の和服お嬢様を、
ラウラ・ボーデヴィッヒが泣く。
大声を上げて、泣き叫ぶ。自分の孤独に不安を感じて泣く。消え去る恐怖に怯えて泣く。
ラウラは生まれて初めて声を上げて泣いた。
でも繋がっている。それでも私はここにいる。泣ける。声を上げる。涙を流せる。成せるだけの源泉をラウラは持っている。
自分が消える、居なくなる、死んでしまうことを厭うことができる。生きている。
小さな思い出を積み重ねて、ラウラ・ボーデヴィッヒはここで泣いている。数ヶ月の学園生活でラウラが自分で見つけた大切な宝物だ。相手が宇宙の真理だろうと、失わせはしない。これだけは嘘じゃない。
嗚咽が止まらない。ひきつりながらもラウラは立ち上がろうとした。
戦わなくては。きっとあの人なら、立ち向かう。あの馬鹿な男なら、何も考えずに走り出す。自分があきらめるわけにはいかない。あの二人に追いつく、一緒に居ることも私の目標だ。
腕脚に力が入らず滑稽に転がる。伏せたまま泣いて、もう一度立ち上がるために身体を起こした。
ラウラを見守る尋問官が笑う。
「それこそが命の産声。ラウラ・ボーデヴィッヒが生まれでた合図よ」
侮蔑の笑みではない。例えるなら野生に住まう獣たち。産んだばかりの我が子が立ち上がるのを静かに待つ母獣のようだった。
よろめきながらも立ち上がり、少女が掲げる宝石の光を見る。宇宙はただそこにあった。ラウラを一人置いて、あるがままに存在していた。
泣き続けるラウラは宇宙の中に見た。自分以外の誰かも、ここにいる。声が届かなくても、手で触れあえなくても、近くにいてくれた。震えながらもラウラは宝石に手を伸ばす。
だれか、わたしを、みつけて……。ひとりはいや、さみしい。だれか……。
いちか、きょうかん、しゃるろっと、せしりあ、りん、ほうき、いちくみのみんな、がくえんのひとびと、くにのぶかたち。
わたしは、らうらは、ここだ。ここに……、いる……。
少女の差し出す
なけなしの思い出と記憶と記録と感情が、衝突して融解して融合して一つに固まってゆく。それは世界から見れば極小さな塵芥にもならないラウラ・ボーヴィッヒの
少女が掲げる宇宙の中に、一つの赤黒い星があった。
生まれたばかりの岩石型惑星。恒星の重力に捕らわれラグランジュに誘導された大質量隕石が、超高速で衝突して発生した原始の惑星だ。
衝突は超高温を発生させ接合する岩石同士の一部が気化して接合させる。岩石が一定の質量を超えると、気化した部分も表層に留め置けるまでになる。
大気となったそれは、やがて雲となり原始惑星を覆う。
塵を多く含んだ雲は恒星からの光熱を防ぎ、外側に向け自らの熱を放っては惑星の温度を下げ、やがて雨となって降り注ぐ。
未だ岩さえも燃え溶かす灼熱を有する惑星に、延々と続く黒い雨が挑み続ける。地表に落ちては赤く溶ける岩に触れて、また気体に変わる。それでも少しずつ熱を星の外へと逃がしてゆく。
豪雨はやがて地上に留まり始め、川となり合わさって海となり、惑星を覆っていった。その先にある星の価値を産み出すために、紅と黒の星が色を変え始めていた。
「泣き産まれる星をマイスターとするならば。私こそが、その灼熱の原始惑星を冷まし覚ます
尋問官がラウラの背を叩くと、歩いていないのに部屋の扉をくぐり抜けた。
部屋の外では、光を遮断する暗黒の雲が空を埋め、黒い雨を降り注がせていた。
ここはどこだ? まさか!?
着物の少女が見せたあの星に、ラウラは立っていた。
大気はとても熱いうえに、呼吸できない成分分布をしている。吸い込むだけで肺が焼けただれる。人が生きられないどころか、命と呼べるものはまだ星そのものしかない原初の風景だ。
そこに平然と、ラウラは立ち尽くす。
振り返っても何もない。出たはずの尋問室が無くなっていた。尋問官も着物の少女もいない。ラウラは一人で原始惑星の脈動を見ていた。
全天を黒雲が塗り固めて、日の光を完全に遮断している。それでも地表が暗闇に落ちていないのは、星そのものがまだ燃えているからだ。
溶岩を吹き出し、雨に打たれ固まり、蒸気を巻き上げ粉砕し、大地の形を整える。何万年、何臆年も繰り返してもまだ終わらない。ここから命の始まる。地獄の様な天使の揺り籠。
まるでついさっきまでの自分の泣き顔みたいだと思った。大泣きした自分を思い出して恥ずかしくなる。
涙の痕を手で拭い、自分に雨が降りかかっていないことに思いいたった。あの雨も相当な熱を持っており飽和を超えた砂塵も含むため、当たれば痣ができる凶器のはず。
不思議に思って見上げると、大きな椿の樹が満開に咲き誇っていた。花の色は赤く、どこまでも紅い。とてもきれいな椿の花が黒い高熱の雨を受け止めていた。泥玉と変わりないはずの雨を受けても、花弁一つ舞い落ちてこない。
待て。砂利雨を防ぐ謎の強度以前に、原始惑星にこんな立派な樹があるずがない。不自然だ。
ラウラは椿の花を見て、これが少女の召していた着物の花だと気が付いた。
ああ、そういうことか。星が私で、雨があいつで……。
ラウラが見上げていると、黒い雨に打たれた一輪の椿が零れ落ちる。今更な儚げさに少し呆れながら受け止めた。
二度目の世界変遷。
いーち、にーい、さーん、……。
竹刀を振る年上の少女が掛け声を上げる。横に連なる小さな三人の子供も、声に合わせて素振りをしていた。
今度はラウラの前に日本家屋が現れた。その庭先であの少女が剣道の練習をしていた。一緒になって竹刀を振る三人の子供は、女の子が二人で男の子が一人。4人とも真剣な表情で練習に励んでいる。
ラウラには、彼女たちが誰なのかひと目で解ってしまった。
日本家屋の軒先には予想通りにあの少女が座っていて、ラウラが初めて知る男性が四人を指導していた。
素振りの数が百を越えると、小さな子供たちの動きが目に見えて悪くなってきた。それほど幼い三人だった。
もう駄目だと思えば、やめていいんだぞ。
指導役の男性が言った。優しさでもあり煽りでもある中性的な言い方だった。
案の定、女の子と男の子がムキになって竹刀を振り回す。もう一人の女の子は涙を流しながら座り込んだ。縁側に座っていた少女が手拭いを持って座る女の子に駆け寄る。汗と涙を拭いながらよく頑張ったねと労った。
無理に動けば疲れるのも早い。予定の半分を過ぎたところで、女の子と男の子は折りたたまれるように崩れ落ちる。敢闘賞の二人にも男性から手拭いと湯呑茶碗一杯の水が渡された。
結局最後まで素振りを続けたのは年上の少女だけだった。
みんなで素振りをする少女の名前まで数えた。最後の数字を叫ぶ時、誰が一番大きな声を出せたかで子供たちが言い争う。素振りの疲れはどこにいったのか。
別段なにもおかしくはない。ごくごく普通の一般家庭。苦労もあるだろうが、その分喜びもあっただろう。今のラウラは素直に羨ましいと思った。
貴様は何を望み、これを咲かせた。
振り返ったラウラに、宝石を握り締めた着物の少女が理由を口にする。
「進みたいあなたと、戻りたいあの子……。今はこちらに寄せさせて……」
……了解した。ならば遠慮なく支援を受けさせてもらう。
それにしても随分と意地の悪いことをしてくれる。だが今回は感謝してやる。なにしろ大切な半身なのだからな。
Damage Level……B.
Mind Condition……Greatest.
Certification……All-green.
Crimson Japonica……Linkage.
≪Valkyrie Trace System≫……boot.
≪Armar Transform System≫……transfer.
Second Phase Sift……Sequence Strat.
Rename……Ur-Schwarzer regenguss.
そうして海中に沈むラウラ・ボーデヴィッヒが目を覚ます。左目のカバーが
心に占める感情は、あの心優しい風景に背を向けた彼女たちへの……、
怒りと嫉妬だ。