Infinite Stratos First Complete Session   作:石狩晴海

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第四話:VS ワールド・パージ(下)

 IS学園のピットクルーザーに向かって、ブルー・ティアーズが全力で飛翔する。追ってくるオータムのアラクネと戦うべきか一瞬考えたが、クルーザーにいる布仏本音からの通信がセシリアの行動を制した。

『せっしー、受け入れ体勢は万全だよ。そのままこっちに来て』

「ですが、このままでは……」

 追撃を受けてしまい、ピットクルーを危険に晒してしまう。

『だいじょうぶだよ~。ここにいる全員、その程度の事項は先刻承知の介。せっしーはまっすぐ飛べばいいの』

「しかし何も手を打たないのは、あまりにも無茶無謀です」

『っんとね。それじゃあ今付けてる装備を外しちゃって。無停止で切り替えするから本体だけの方が速くできるし』

「……了解いたしました。装備を外して最短距離を進めば良いのですね。もののついでですが作業時間への保証を作ります」

『心配しなくても、これからするのはピット作業なんだよ。十秒で十分!』

 本音のジョークとも知れない言葉で通信を終える。

 セシリアは言われたとおりブルー・ティアーズにセットされているBTビットを切り離す。全部で6機。内訳は射撃型4、弾道型2。そして追撃を警戒してランダムで左右に振っていた機動を直線状に変えた。

「狙いやすくしてくれたのか。うれしいねえ」

 オータムがアラクネのフレキシブルアームでブルー・ティアーズの背中を狙う。

 これまでならBTビットを警戒するところだが、操縦者が飛行している間には攻撃されないことがわかっている。その上単純な飛行機動では、どうぞ攻撃してくれと言わんばかりだ。

 ビームが一閃。シールドバリアを削り取る。

「なんだとぉ!?」

 攻撃され姿勢を乱されたオータムが必死でリカバリーする。

 撃ってきたのは、ブルー・ティアーズと一定の距離を保ちながら飛翔するBTビットだ。

「私は英国代表候補生セシリア・オルコット。いつまでも出来ないと言うだけでは無いのですよ!」

 

 以前からブルー・ティアーズの欠点として、ビット操作中に本体の機動がおろそかになることは指摘されていた。偏向射撃を一端成功させたセシリアは、次の課題としてこの問題に取り組んでいた。

 打破の切っ掛けは、委員会会議などの猶予時間に一年四組の代表更識簪と暇つぶしで行っている暗記チェスだ。しかもただのチェスではなく、お互いの専用ISを駒に見立てた仮想模擬戦である。

 簪の打鉄弐式とセシリアのブルー・ティアーズが戦うと、初戦は大量のビームとミサイルが飛び交う射撃戦になる。いかにして相手に本命を命中させるかを考え、威嚇や牽制を何十にも掛け合う。その時に自機が動けないというのは非常に不利な条件だった。本式のチェスでキング不動の縛りを受けているようなものだ。

 序盤で受けた不利を挽回できず打鉄弐式のミニミサイルに囲まれることがあった。自分が移動できないために戦況では圧していても、最後に逆転されてしまうこともあった。

 悔しさはもちろんあった。それ以上に簪と問題点を話し合うことが自分の為になるとセシリアは感じていた。

 簪がアドバイスをくれる。自分もBTビットの一つとして操ってみるのはどう……。なるほど、全体を俯瞰して客観視するわけですね。それこそチェスの様に。

 今までのBT操作は指揮官として自分が逐次指示を出す方式だった。見方を変えて自分はキングだが、プレイヤーとしての別視点も作るのだ。

 多くの思考模擬戦の中で、チェスに存在する特殊ルール・キャスリングと、マルチロックオンの手動部分がシステム化され埋め込まれることに注目した。これを自分に置き換える。

 キャスリングとは、特定の条件でキングとルークという二つの駒を一手で動かせるルールである。キャスリングによってキングの護衛とルークの攻撃を円滑に活かせることができる。これを真似て自分の移動とBTビットの操作を一元化できないだろうか……。

 そして更新されるマルチロックオンの様やチェスの定石のように、BTビットの動作を定型化してセシリアが意識する負担を軽減させる方法を考えついた。いくつかのパターン動作を何度も繰り返し行い、反射的に出せるようにするのだ。

 織斑千冬から指摘されていた近接武装の呼び出しをスムーズに行う訓練に併せて、BTビットの操作も同じ要領で最適化させる。これなら普段ISを起動していない時でも、自分の頭の中だけで訓練できる。

 セシリアは思いついてからずっと、BTビットの操作を意志し続けた。実機を使った訓練では動作を確かめ、また長い時間思考の戦場で飛び続ける。

 その結果、単純な機動ならBTビットの操作と平行して行えるまでになった。

 欠点が完全に解消されたわけではない。まだ完全に使いこなせたわけではないので本体とBTビットの動きが単調なものに限られている。しかし思考訓練のおかげでBTビットの操作能力も向上するという余録があった。地下特別区画での剥離材(リムーバー)ペンチ回収や、今回のゴーレム群掃討でこれまで以上の力を発揮できたのは、これらの積み重ねのおかげだ。

 

 思いも寄らぬ攻撃を受けたアラクネだが、彼女も査問部特殊チームの一員だ。すぐにセシリアの弱点に気が付いた。

「操れるとしても併走しかしないのなら避けようはある」

 最初の不意打ちは食らったが、相手に固定銃座が増えただけと思えば対処はできる。BTビットの動きも今までより機敏さを欠いている。この程度ならいけ好かない同僚と違って、自分が動きながら偏向射撃出来るほどの技量はないだろう。

 挑発行動でビットの銃口を左右に振らせてから、大きく下に回り込む。高度を消費した降下加速で距離を摘めて、八脚をブルー・ティアーズに向けた。思った通り、飛ぶだけで精一杯のセシリアはBTビットに精密な動作をさせることができない。これなら余裕で打ち落とせる。

「予測通りの行動、こちらこそありがとうございますわ!」

 セシリアが一瞬一回転して、背面を向いた瞬間に呼び出した武装をアラクネに投げつける。ブルー・ティアーズの近接用武装インターセプターだ。

「そんなもの簡単に」

 オータムは飛んでくる片刃の直剣を避けた。ビームや弾丸と違って武装投擲では速度が遅すぎる。逆誘導での反撃にしてはおろそかな攻撃だ。

 今度こそと思ったオータムに、ビームが直撃する。

「くぅぅ……、またかっ!」

 攻撃を受けたオータムの脚が鈍る。

 射手はセシリアだ。腕だけを後ろに向けたスターライトMk-Ⅲの背面撃ち。狙いは甘いはずだが、計算され誘導されたアラクネに命中する。インターセプターの投擲までが囮だったのだ。動きが鈍いBTを誘導していなした相手を遅い投擲武器でもう一度動かし、避け辛くなったところを撃つ。暗記チェスで散々使われた詰め手であり、休日の訓練でセシリアがインターセプターの展開練習を繰り返していたことをオータムが知るはずもない。

 ピット船を視界に捉えたセシリアは、共に飛んでいたBTビットたちをアラクネに向ける。護衛ゴーレム群への攻撃で活躍してくれた勇士たちに心の中で敬礼して、今度こそ撃ち出した。ビットの管理を手放し急降下する。

 ブルー・ティアーズがピットクルーザーに設置されているスライドラックに降り立つ。船を僅かなりとも揺すらない見事な着地だった。スターライトMk-Ⅲを床に置き、イギリス第三世代機は完全に無武装状態となる。

「お待たせいたしました!」

「それじゃあ換装開始ぃ~」

 チーフメカニックの本音が合図のゆるいダンスを踊り始め、固定役の生徒がピットラックでブルー・ティアーズを挟み込む。

 カウントスタート、10。

 最初に情報伝達兼エネルギー補給用のユニバーサルケーブルが接続される。即座にデータリンクが確立されパッケージングされた追加装備がブルー・ティアーズの量子格納領域にインストールされ始める。

 本音が揺れるように踊る。

 カウント、9。

 残されたBTビットの一斉突撃を受けたアラクネは、蜘蛛脚の一本を一番先頭の物に向ける。

「こんなところで使うなんて……!」

 唾棄のごとき言葉と機械脚で指名で先頭のBTビットが動きを止められ、後続のものと衝突した。

 円の黒鍵(シュヴァルツェア・シュリュッセル)に搭載されていたAICだ。単一仕様との相性が悪いため搭乗者が不要と切り捨てたが、最新装備を破棄するわけにはいかずスコールの薦めでアラクネのフレキシブルアームに取り付けられていた。円を毛嫌いするオータムとしては使いたく無かった機能だ。

 カウント、8。

 インストール状況を見守りながらエンジニア役の生徒たちが端末から必要なコマンドを追加、修正する。

 セシリアの視界にも『スプラッシュ・ターレット』の最終仕様と注意事項が表示され、眼を通してゆく。……マニュアルを読みながら、後で自分も簪を問いたださなければと決意もした。

 カウント、7。

 その間に一組の顔見知りたちがラックに集まってきた。

「セシリア。はい、スポーツドリンク」

 ピットに固定されているセシリアに飲料ボトルが差し出される。動けないセシリアが自分のペースで飲めるようストロー付きのタイプだ。

 ストローをくわえ、ありがたく戴くことにする。

 本音が波立つように踊る。

 カウント、6。

 エンジニアは複数名が平行作業していて、パッケージインストールと同時にあるものの認証作業が行われていた。

「L5番まで完了、こっちはラスト1!」

「B1番50%越えた、B2番は14%」

「順当に進んでる。このまま最後までやっちゃおう!」

 声を掛け合う彼女たちの脇には用途不明の大きな整備ボックスがいくつも並べられ、ピットスペースを圧迫している。大型ボックスの中身との接続が終わる度に、確認のメッセージがセシリアの視界に浮かび上がった。数が多く煩わしい作業だが、セシリアは感心した。この形式なら10秒の換装も納得だ。

カウント5、4。

「わわ、すごい汗。でも、拭けるだけやっちゃうね」

「こんな状況だとせっかくの髪が痛まないか心配だわ」

 櫛とタオルを持った数人でセシリアを手入れしはじめる。

 こんな状況でどうかとも思ったが、女子たるもの身嗜みは大切だ。なにより顔から汗が退いていく感覚が心地よい。

 本音が軸足立ちで回り出す。

 カウント、3。

「ママゴトしているんじゃねえぞ!」

 アラクネが全力でクルーザーに接近する。

 カウント、2。

「みなさん、もう結構ですわ」

 セシリアの注意で一組の生徒たちが離れる。

 上空から亡国機業のオータムが迫ってきていた。

 本音の回転速度が速くなる。

 カウント、1。

「そのまま止まっちまいな!」

 フレキシブルアームの一本から、近接攻撃用のブレードが延びる。

 アラクネもクルーザーに向けて急降下し、凶刃が動けないセシリアに迫る。換装作業のためシールドバリアを減衰させているブルー・ティアーズを、パイロット諸共頭から両断する勢いだ。

 カウント、0。

 回転を止めた本音が、ポーズを決めた。

「換装かんりょ~ぅ!」

「全ペアリング、オールクリアだ!!」

 端末から認証作業をしていた四組のハモン・クラウンズが飛びあがり、ピット横に置いてある整備ボックスを全力で蹴った。鍵部分が見事に歪み蓋が開く。

「もう遅い!」

 オータムが叫ぶ。

 換装が終わったといってもブルー・ティアーズが無防備であることには変わりない。足下のライフルを拾うのなら、その隙に切りつけるだけ。他の装備を量子格納状態から展開しても、使い慣れないものならアラクネのブレードの方が先に当たる。援護も無しに無謀なことをした間抜けを攻撃する。

 セシリアはスライドラックを自分で開きながら、腕を真横に伸ばす。その胸と両肩に、パッケージの装甲が追加された。

 その程度の装備と構えで、アラクネの攻撃が防御出来るわけない。オータムは意味のない動作をする相手を切りつけた。

 ギィンと、アラクネのブレードが受け止められる。フレキシブルアームのブレードは、同じくIS用のブレードと思わしき近接武器に防がれていた。

「おい。どうしてこいつがここにある!?」

 亡国機業のオータムが怒りの声を上げる。

 IS用武器はクラウンズが蹴り開けたボックスから飛び出したものだ。単独で飛翔するIS用近接武装、BTブレードビット。

 オータムは知っている。このBTビットは円のワンオフ・アビリティ≪煉絶闇礁≫用の特別品。円がBTビットで≪煉絶闇礁≫を使う時、逐一変型させる負担を減らす目的で極秘裏に制作されていたものだ。それがIS学園の生徒に扱われている。

「やはりこの動作が扱いやすいですわね」

 アラクネの一撃をブレードビットで防御したセシリアはさらに指令を重ねる。クルーザーに積まれていた倉持技研からのお見上げが飛び上がった。もう一つのブレードビットがボックスから飛び出してくる。

 オータムの視線が追加のビットに向いたところに、先行のブレードビットが切り上げを放つ。真下からの斬撃だ。

 ハイパーセンサーにより全方位の視野は確保されているが、それでも搭乗者の心理的な死角は残る。これまでBTビットを操ってきたセシリアはその間隙を知っている。ブレードビットも同様に受けづらい箇所を狙って攻めてくる。二機のブレードビットが繰り出す連携に、オータムは下がるしか無かった。

 ブレードビットの特徴として、特別な機能を有さない代わりに他のBTビットにはない頑健さを得ていた。これまでなら破壊が容易だったBTビットの中で、ブレードビットが一番の堅牢さを誇る。一度や二度叩いた程では壊れない。片方の斬撃を打ち返しても、別のブレードに死角から斬られるだけだ。

 空へと追い返えされたアラクネは、憎々しい眼でブレードビットを睨む。

「近接偏重の装備なら船ごと落としてやる。加減して貰っていたことを思い知しりな!」

 クルーザーから距離を取り、アラクネのフレキシブルアームが可動する。ブルー・ティアーズだけを攻撃していたことを止め、ピット船を沈めるつもりだ。アラクネから4本の火線が撃ち出される。セシリアが身を挺して庇おうとも防ぎきれない数だ。

 セシリアは慌てずに、意識を集中させながら腕を振るった。仕草に同調して新たなビットが飛び上がる。

「このビットはイレギュラーな装備ですわ。『スプラッシュ・ターレット』の本領はこちらです」

 クルーザーの前に四枚のエネルギーアンブレラが花開き、アラクネが発射した全てのビームを防ぎきった。

「今度はシールドビットだと。それに数が多い。……技研め」

 背景を察したオータムが呪詛を吐く。

「ふっふっふ~、これぞ私がやっぱり時間内には作りきれなくて最後はかんちゃんにお願いして手伝って貰って完成したすーぱーせっしー用装備『スプラッシュ・ターレット』なのだ~。その特性はブルー・ティアーズ・システムの拡張だよ」

 まるで自分の手柄のように誇る本音。

 『スプラッシュ・ターレット』はBTシステムの拡張だけなので、構造的には難しいものではない。ブルー・ティアーズ本体にしても、セシリアの胸元と両肩にBT操作を補助するアンテナを生やした装甲が追加される程度だ。この追加部位の少なさがインストールの短縮に貢献していた。接続するBTビットたちをあえて量子化せずに、パッケージのインストールと平行して認証させる方式ならばなおさらだ。ブルー・ティアーズは外部拡張部分を受け取るだけで済む。

 それらこそ本音が自信を持って紹介する理由。『スプラッシュ・ターレット』の本質は、あくまでBTビットとその担い手にあるからだ。

「さあ、即興の管弦楽(オーケストラ)ですが。どうか最後までお楽しみくださいませ」

 換装を終えたブルー・ティアーズがスターライトMk-Ⅲを拾い直してクルーザーから飛び立つ。合わせてピットクルーたちが間近の整備ボックスを一斉に解放した。セシリア(指揮者)に従う全24機のBTビット(演奏者たち)が箱の中から一斉に浮かび上がる。

 この数の編成は『スプラッシュ・ターレット』を装備したブルー・ティアーズと、世界で最もBTシステムとの相性が高いセシリア・オルコットにのみ許されたものだ。

 進路反転して戦場からの離脱を開始したクルーザーの上で、布仏本音がにぎりこぶしを突き上げ嬌声を上げる。

「やっちゃえ、すーぱーせっしー!」

 『スプラッシュ・ターレット』のレーザービットは全体の半数を占める。セシリアに附属する12機の射撃型が、主のライフルを構える動作と同期して的に銃口を向けた。

「さあ、記念すべき第一波(ファースト・ウェイブ)。しかとご堪能ください」

 アラクネに向かって、そのトリガーを引き絞る。ブルー・ティアーズのスターライトMkーⅢも含めた13条の光線が発射された。

 オータムは一瞬躊躇した。セシリアの全周に配置された射撃型たちが、オータムに対して光の糸を結びつけようと伸ばしてくる。ハイパーセンサーで高速化した感覚により、13本の光線が完全同時ではなく少しずつ遅延発射されていることを見抜く。

 これはどう避けることが正解なのだろうか。

 BTの特性は同じ装備を扱う同僚がいるから把握してはいる。全方位から死角を狙って包囲し、偏向射撃で確実に命中させる。中距離に於いては絶大な支配力を発揮する第三世代特殊装備だ。

 エムのサイレント・ゼフィルスは同時に8機のBTビットを操り、第二世代ではトップクラスの重火力を誇るアラクネさえも圧倒していた。悔しいが最新鋭特殊装備は伊達ではない。

 それも12機同時攻撃は初めて見た。あのエムの、織斑円の1.5倍もある。

 だからこそ、これほどの数を一斉に操れば円の様に立体機動と偏向射撃を合わせるような器用なことはできないはず。

 判断を下す。連続して攻撃を全て紙一重で避ける。

 オータムはロールを切ってビームを回避する。半分の7本目までやり過ごした時、自分の見込みの甘さに頬を噛んだ。

 通り過ぎたはずの最初のビームが曲がり、再度オータムに狙いを付けてきた。

 BTビットの操作という点に関しては、織斑円よりもセシリア・オルコットの方が適性が高い。IS操縦者として総合的に見ればSランク(ヴァルキリー)である円の方が上だ。だがそんなランキングは現実に攻撃されているオータムにとってはなんの意味も持たない。

 ブルー・ティアーズ・システムに世界で一番の適性を示したセシリアの存在こそ、亡国機業がサイレント・ゼフィルスを強奪することになった切っ掛けなのだ。

 元来第三世代特殊兵装のいくつかは、白騎士再臨を謳うROWG(ローグ)プロジェクトの一環だった。世界のIS技術レベルを裏側から監督管理する委員会査問部チームEは、ある目的のために織斑円用の≪白騎士≫を作り出そうとしていた。その一つが、英国に白騎士の武装の一つBTシステムの機密情報を渡して研究実験させシステムを成熟させる計画(プロジェクト)である。

 大きく言えば、欧州IS統合配備計画イグニッション・プランは円の専用機『黒鍵』作成のための看板でしかなかった。

 織斑円がBTシステムとVTシステムを扱える背景には、彼女の近親者も適性を有していることがある。織斑千冬然り、そして織斑雪子然りだ。適性ではセシリアに一歩及ばない円が先に偏向射撃を扱えたのは、単に訓練時間の差でしかない。逆説の真理を言えば、幼少の砌より自らのISと対話してきた円の領域に、たった数年で追いついた天才(ギフテッド)がセシリアなのだ。

 本来なら英国はイグニッション・プランとして大手を振って活動し、スコールたちは技術情報提供の見返りとして完成品の一つを譲り受ける秘密取引だった。

 しかし英国はBTシリーズの亡国機業引渡しを拒否した。織斑円よりも適性の高いセシリアを発見したからだ。亡国機業に頼らずともBTシステムを十分に運用できると目論んだのだろう。IS学園に送り込んだセシリアに対して執拗にBTシステムのテストを課した思惑がここにもあった。

 英国側の秘密取引不履行に対してスコールは躊躇なく強奪を決意実行。強引に二号機を奪い取ると、取引そのものの隠蔽として互いの不可侵を約束させた。

 皮肉な話だが、黒鍵のメインとなるシュヴァルツェア・シュルッセルよりも副装のサイレント・ゼフィルスの方が先に完成したのは、セシリアによるテスト結果が良好だったためでもある。

 自分たちとBTシステムの複雑な関係に、オータムは笑いそうになった。扱うセシリアとて、これこそ白騎士が大量のミサイルを無力化させた武装とは考えもしないだろう。

 もしかしたら今後の状況によっては、白騎士がミサイルの半分を切り捨てた武器の正体に気がつくかもしれない。

 なにせ新しいブレードビットは円用だが、発想(コンセプト)自体は一番古い。英国も情報自体は持っているだろうが、常識的に考えて近接用のBTビットなんて作るはずもない。セシリアがこれまでブレードビットの存在を知らなくても当然といえる。

 これらに加えて円が≪煉絶闇礁≫をBTビットに使う場面を見れば、ひらめく可能性が芽生える。

 

 広範囲に射たれた複数の核ミサイルさえも無力化させる、≪零落白夜≫のアンチエネルギーブレードビットという可能性に。

 

 自分が狙われてBTシステムのいやらしさを再認識する。偏向射撃で戻ってきたビームも必死に避ける。意識してぎりぎりに避けるつもりはないが、全力の回避機動で辛うじてといった状態だった。

 しかし本当に恐ろしいのは、ここからだ。

「おかわりもございますわ。どうぞ遠慮なくご賞味くださいませ」

 第一波(ファースト・ウェイブ)の13本目が曲がる時に、セシリアが再びトリガーを引き絞っていた。

 再び13本の光線が向かってくる。

「お先に灰色船の対処に戻ります。どうかお怪我の無いように」

「ふっ、ざけるなぁっ!」

 オータムは理不尽に対しての怒りを叫びながらもロール・アンド・ロール。錐揉みで間断無く襲い掛かるビームを避け続ける。

 たった1機でこれほどの弾幕を展開するとは予想外だった。特殊兵装への適性があるというだけではない。射撃の精度も高い。一瞬でも足を止めれば連続して命中させてくるだろう。とにかく移動し続ける。

 悠々とワールド・パージを目指して飛行するブルー・ティアーズの下方を取り、アラクネのフレキシブルアームを向ける。偏向射撃はできないが全方向への攻撃ならアラクネにだってできる。回避しながらの不安定な反撃だが、蜘蛛脚の数に任せて打ち込む。どれでもいいから命中させてセシリアの集中を乱すのが狙いだ。

「少しは大人しくしがれ」

「せっかくピットインで一息つけたのですから、気持ちは落ち着いていましてよ」

 アラクネの反撃にセシリアが動じなかった。クルーザーを守った時のようにオータムの攻撃をシールドビットで防ぐ。現在の『スプラッシュ・ターレット』は4枚のエネルギーアンブレラが使えるので、散漫な攻撃なぞなにするもの。

「休みを入れて傲慢になったか!」

 動きを止めたブルー・ティアーズに向かってアラクネが舵を切った。

 突進避けに弾道型のBTビットの一つが反応する。

 迎撃のミサイルビットは、引き付けてからフレキシブルアームのブレードで切り落とす。至近で爆発されたが、多少のダメージを覚悟してブルー・ティアーズに接近する。

 肉薄した相手に蜘蛛脚の刃で刺突を繰り出すが、今度もブレードビットに受け止められてしまった。

「おい。こいつは攻撃用なんだぞ。防御に使うな」

「そう申されましても困りますわ。私としてはこの役割が一番扱いやすいのですから」

「その上、数が多いくせに狙いが正確だ。どんなレギュレーション違反をしてやがる」

「あなた達と一緒にしないでくさだい。『スプラッシュ・ターレット』の作成に日本代表候補が手を貸してくださっただけですわ」

 鍔迫り合いの喋る間にも三度目の偏向射撃がオータムの背後から迫ってきた。急いでセシリアの近辺から離脱しようとする。しかしもう一本のブレードビットがアラクネの行く手で待ち構えていた。無人の剣がアラクネに斬り掛かってくる。近接攻撃への防御用に使われているブレードビット。セシリアとの近距離で足を止めてしまうと挟まれるのは必然だ。

 オータムは仕方なしにAICを開放、迫るブレードビットを停止させる。このまま攻撃を加えてブレードビットの破壊を考えたが、すぐに放棄、離脱する。

 複数のビームが平然と構える射手の眼前で曲がり、逃げたオータムを追尾する。

 もしもセシリアの防御力を減らすためにブレードビットを攻撃していたら、自分が蜂の巣になっていたことだろう。

 またもや気の抜けない回避を続けながらオータムは思考する。セシリアと言葉の意味を考える。ピットクルーの発言も含めて導き出される答えは一つ。

 『スプラッシュ・ターレット』には『マルチロックオン』が搭載されている。

 確かにこの2つは相性抜群だ。打鉄弐式に装備されているそのものではないだろうが、近しい機能を持った廉価版でもBTシステムを補助するのに十分な力を発揮する。

 いくらセシリアが高いBTシステムとの適性を持っていたとしても、24機のBTビット同時操作とその射撃管制までを細かく操れば相当な負担になるはずだ。そこで照準の補正をマルチロックオンに任せることで操りやすくしているのだろう。

 付け加えて換装後は、大量のビットを操り飛びながらも偏向射撃を100%成功させている。今回のパッケージ装備がBTシステムの拡張なので、ブルー・ティアーズ・システムの偏向射撃の効率も押し上げられているのだった。

 

 しかしオータムが知り得ない事実はまだある。

 セシリアと簪の暗記チェスから発案されたBTビットのパターン動作。その作成に簪が協力していることだ。何よりオータムが慄いている複数のBTビット操作も、このパターンの組み合わせでしかないことだ。

 実はセシリアが移動しながら動作できるパターンは10種類ほどしかない。その程度なら感が良い相手は動きを読み対処できるだろう。ピットクルーザーに向かうオータムがまさにそうだった。

 問題はパータン動作が通常の装備を想定して組み立てられたことだ。つまりBTビット6機編成が基本になっている。

 現在セシリアは24機の子機を制御している。これを4グループに分けてパターン動作を並行処理する程度、セシリアにとっては苦にもならなかった。

 これ以上BTビットの数が増えては自分の処理能力を超えてしまうだろうが、範囲内での並行動作ならこれまでもブルー・ティアーズでやってきたことだ。一つのBTビットに対して行なっていた処理が、1グループに変わっただけのこと。

 実質的にはパターン動作で処理するグループが3つと、シールドビットとブレードビットのグループを直接操作していた。これにより10の3乗の攻撃パターンと自由度の高い防御の全てをBTで行えるのだ。

 まさに『スプラッシュ・ターレット』は飛翔銃座。セシリアはBT ビットの操作だけに注力でき、存分にその才覚を発揮できるのだった。

 

◇◆◇*◇◆◇

 

 鈴の半眼が簪を見据える。

「一体どこをどうすればあんな馬鹿な装備が作れるわけ? 頭、大丈夫?」

「発案は本音だし……、あの数までなら動かせるって言ったのはオルコットさんで……。私は、別に悪く……」

 俺と鈴に挟まれてイメージ・コンソールを操作していた簪が、見る見る小さくなってゆく。

 オータムを追いつめながらセシリアが戻ってくるわけだけど、なんと言うか見ていて可哀想になるぐらいアラクネが翻弄されている。

 セシリアのあれは飛沫(スプラッシュ)なんていう生易しいものじゃない。もっと別の何かなんだろうが、巧い例えが思いつかない。

「バトルロイヤルで予定していた追加数も、本当なら4つ程度だし……、近接用ビットなんて考えてもなかったし……。あんなことになったのは全部つくばの畑の所為……」

「おい。今なんて言った!」

 円が怒髪天の形相で切り掛かってくる。甲龍の≪双天牙月≫が受け止めるが、円は簪しか見ていない。

「アレは私の装備だ!」

「うん……、知ってる……。BTを扱えるのはオルコットさんとあなただけなんだから……」

「筑波と言ったな。それじゃあ……」

 簪は俺の方をちらりと見てから、円に向き直った。

「畑の地主は三つの名前を持っていて、未来を変えてって……、私たちにくれたの……」

「………………っ!」

 声にならない叫びが円から放出された。俺たち三人を纏めて吹き飛ばすほどの衝撃波だ。

「またか! なぜ皆して私から奪う。どうして!?」

 円が暴れる。箒と戦っていた時にも見せた狂乱だ。俺にはそれが恐ろしいというよりも、酷く傷ついた子供みたいに思えた。

「今度はこちらから一つ質問……。聞いたところあなたもWP1からの通信が聞こえたそうだけど、今も……?」

「それがどうした。とっくにスコールのアカウントは潰されている!」

 突っかかってくる円に対して、簪は浮遊キーボードを消して超振動薙刀を構える。

「使っていたのは零世代の、ね……」

 黒い雨月と空裂の連撃に、簪は受け流し専念で凌ぐ。

「だから話が見えないんだよ!」

 自分でも苛立ちが混じっていることを自覚しながら、二人の間に割って入る。雪羅の拳で大きなアッパースイング。円が一歩下がったところを身体の回転を繋げた雪片で横凪。

 技を知っている円は簡単に避けるけど、歯を剥いて怒鳴り返してきた。

「男が巫女舞いを真似するな! 気色悪い」

 しょうがないだろ。箒と一緒に練習していると、どうしても技が交じるんだ。それに雪羅を格闘で利用するには、奉納舞いの扇を参考にするのがちょうどいいからな。

 近づいてきた簪が白式の肩に手を置いた。俺の視界に、一つのメッセージが浮かび上がる。通信関係の接続要求だった。

「許可して……」

「なにをするんだ?」

「WP1の情報処理能力はとても高くて強固……。でも、強引な割り込みが効かないなら、正規のアカウントでアクセスするだけ……」

 電子戦をやっているんだから、普通は逆じゃないか。様々なやり方でアクセス権を強引に奪うのが電子情報戦のはず。それに白式にアクセスする理由も解らない。

 簪がじっと俺の顔を見ている。……違うな。顔を覆っている装甲バイザーを見ているんだ。円から渡されたのに、白式が装着できたバイザーを。

 セシリアが扱う大量のBTビットも、つくばで拾ったとか誰にでも嘘と解る言い訳を使っていた。きっと簪は今日の外出先で、なにか確信に迫る情報を聞いてきたんだ。

「わかった。簪を信じるよ」

 メッセージのYesを選択。代わりに文字だけの画面が現れて、ずらーと上に流れてゆく。打鉄弐式が白式を仲介にしてワールド・パージに何かをしている、ぐらいは解った。通信コードならもう打鉄弐式に渡してあるし、いまさら白式を使ったところで何ができるとは……。

『……うぅ、ひっく……、ふへぇぇぇ……』

 子供の、女の子の啜り泣く声が聞こえた。文字だけの表示枠が眼を腫らした女の子の顔に変わる。

「はじめまして、こんにちは……。あなたがシンデレラ……?」

『えっ……?』

 簪の挨拶に、銀髪の女の子が虚を突かれた顔でこっちを向いた。きっと俺も同じ顔をしている。なんともあっけない展開。

 ワールド・パージとの音声通信だけじゃない。簪は画像まで繋げていた。

 

◇*◇

 

「よっしゃ! ナイスよ、ナイスですよ。簪ちゃん!」

 左腕一本で自動小銃を連射する楯無さんが、負傷している右腕で小さくガッツポーズする。妹の戦果にご機嫌だ。

 楯無さんたち三人は、黄金の零世代ISに対して距離を取っての包囲銃撃をしていた。

「喜ぶのはまだ早いのではなくて」

 IS学園の上級生に十字砲火され続けるスコールだけど、どんなに三人が囲おうとしても簡単にすり抜けて近づいてくる。スコールの飛行技能は誰よりも高い。射撃戦が不得意といっても、それだけで完封出来るほど生温い相手じゃないんだ。

「うわわわ、こっちに来ちゃだめッス」

 こちらも大型ライフルから連射力のあるタイプに持ち替えているフォルテ先輩が逃げ惑う。黄金の天女に狙われて距離を開こうとする。

 スコールが憐明の切っ先をコールド・ブラッドに向けると、羽衣が伸びて絡みつこうとした。

 黄金の零世代ISドース・マーベリーも射撃能力が皆無というわけじゃない。こうして伸張可能な羽衣で中距離までなら攻撃できる。やろうと思えば手持ちの武器も投げれるだろう。

 それでもやっぱり射撃が弱点というのは変わらない。羽衣を攻撃に使えば、防御できなくなる。この隙を狙って、楯無さんとダリル先輩はスコールへの攻撃に集中する。

 スコールは羽衣を伸ばすのを止めて、自分を守る繭に変える。楯無さんとダリル先輩の銃弾が繭に弾かれ火花を散らす。

 二人の銃が連射される中、弾と弾の極僅かな間隙を見つけてスコールが抜け出す。長い戦闘経験とセンスと勘の賜物だ。

 一息吐いたフォルテ先輩だったけど、また狙われて逃げ出した。スコールは三人の中でフォルテ先輩が一番格下と判断したんだな。敵対する数を減らすために一番弱い箇所を攻めている。

 ダリル先輩が、そのスコールを追う。

「よし。フォルテはそのまま囮になれ。礎でも構わないぞ」

「ちくしょー、墜ちたら化けて出てやるッス」

「うちんとこは死した戦友が守ってくれる系だ。今後お前が加護してくれるなら、これほど嬉しいことはない」

「やる気ッスね。マジで殺る気なんッスね! そんな後出しヤンデレは嫌だーっ!!」

 フォルテ先輩が泣きながらスコールの攻撃を避け続ける。二人の援護のおかげでスコールが攻撃に専念できないから、なんとか逃げきれている。

 それにしてもダリル先輩は死生観がさっぱりしているな。北アメリカのネイティブ出身らしく色々と割り切る性格みたいだ。古くから伝わるしきたりとかに関係あるんだろうか。

 

◇◆◇*◇◆◇

 

 墜落した友軍機を海中探索するシャルロットは、ぼんやりとした金色の光を見つけた。箒とラウラ、どちらかのISであって欲しいと祈りながら近づいてゆく。

 揺れる光は水音を伴っていた。

 シャルロットが疑問を抱いた時には、ラファール・リヴァイブ・カスタムⅡは中空に出ていた。

 驚いたがすぐに飛行タイプを潜行から元に戻して周囲を見渡す。海面がすり鉢状に窪んでいて、その中に自分が飛び込んだ形になっていた。海面に出来た円の直径は5mぐらいか。演出的に出エジプト記を想像したが少し違う。

「な、なに、どうなっているの?」

「シャルロット……、救助に来てくれたのか。いつも助かる」

 静かなラウラの声に引かれてシャルロットは窪みの中心を見る。

 海中で見た光の正体はラウラの左目だった。今も煌々と輝いている。

 それだけではない。ラウラの専用機シュヴァルツェア・レーゲンとの友軍識別が復帰すると、名前が書き換えられた。

 Ur-Schwarzer regenguss。

 なによりISの形すら変わっていた。基本のシルエットと色味は同じだが、赤いラインが面積を増やしたような気がする。特徴的だったレールガンもアンロックユニットから無くなり、代わりに大きな支柱が下がっている。VTシステムの暴走とは違いラウラの意志がハッキリしているし、何かに似せた形に変わってはいない。とすれば……。

「……セカンド・シフトしたの?」

「残念だがレンタルだ。借り主には礼を言わんとな」

 そういってラウラは片腕を動かす。腕に意識を失っている箒を抱えていた。紅椿は量子格納されていて水に塗れた髪と肌から、水滴を垂らしていた。

 シャルロットは箒が呼吸を止めていることに気が付く。

「いけない! はやく対処しないと」

「まかせてもらおう」

 淡々と喋るラウラは抱えている箒を仰向けにして肩に乗せ、逆の掌を腹に添える。腕を動かさずに、ぐんっと力が掛かる。

「げほっ、がはぁ……、ごほごほ」

 箒が水を吐き出し、呼吸を取り戻した。どうやらAICを人工心拍器代わりにしたようだが、こんな器用な使い方が出来ただろうか?

 対照的に滴一つ付いていないラウラは、塗れている箒をシャルロットに渡した。二人間にある数メートルの距離を、ぐったりと弛緩している箒が身体だけがすーと動く。

 声を無くしたシャルロットが箒を受け取ると、ラウラの左目が閉じた。シュヴァルツェア・レーゲンには無かった顔左側のカバーに、金色のセンサーアイが収納される。同時にすり鉢状にへこんでいた海面が戻り始めた。

 どうやらこの怪現象は新しいシュヴァルツェア・レーゲンの力のようだ。

 戻る海面にあわせてゆっくりと上昇しながら、ラウラが呟いた。

「箒を頼む」

「ラウラだって一度墜落しているんだから、せめて即時復帰はやめようよ……」

「心配を掛ける。だが時間が残り少ない上に、私にはやらねば成らんことがある!」

 唇をきつく噛んだラウラがワールド・パージを睨む。

 新生したシュヴァルツェア・レーゲンの各所が変型して、エネルギーウィングを展開する。紅椿と同じ展開装甲を発動させ、ウーアシュヴァルツェア・レーゲングスが急発進する。飛び立つ衝撃波で、戻り終わろうとした海面がもう一度くぼんだ。

 一粒の黒い豪雨が空に向かって飛んで(墜ちて)ゆく。その速さは地球上のあらゆる物を引き裂くのではないかと錯覚するほどだった。

 発生した突風に眼を細めていたシャルロットは、波立つ海原を見てラウラの怒りの深さを知った。見つけてからの静けさは、この怒りを抑えていたからだ。

 あれほどの力に、これだけの振り切った感情。それほどの力をあんな小さな身体に詰めて、何をしようというのか。先走るようだがラウラに襲いかかる反動が怖くなった。

「ラウラ……」

 シャルロットは一心にルームメイト(親友)の無事を祈る。

 

◇*◇

 

 復活したラウラが飛ぶ。ISを新生させて、狙うのはかつて同型だった黒鍵だ。

「織斑、円ぁーーーっ!!!」

 相手の名を叫ぶ。全身で憤りを振るわせる。それだけで音を超えた破壊力に変わるが、ラウラは笑う。

 たかがこの程度、驚くに値しない。世界の何も動かせない。ISが飛ぶ本当の宇宙(そら)は、もっと広い、もっと遠い、もっと深い、もっと高い。

 その無限を駆ける為にある瞬間移動にも似た全力飛行で、ウーアシュヴァルツェア・レーゲングスが黒鍵に体当たりする。吹き飛ばしはしない。肩を相手の腰に当て接触した瞬間に腕を廻してさらう。

「貴様、≪煉絶闇礁≫の拘束をセカンド・シフトで……」

 ラウラに引きずられる円がウーアシュヴァルツェア・レーゲングスを見て、一瞬固まった後相貌を崩した。次の瞬間には怒り面に戻り、歯ぎしりした円はラウラをふりほどこうと腰に廻された腕を殴る。しかし刀を握っているので密着での打撃力に欠ける。小柄打ちに変える前に、ラウラが上体を起こして自由な腕を振りかぶる。

 今度は円がガードの姿勢を取った。組み付いた状態ではパンチの威力が落ちるのはどちらも一緒だ。腕一本で簡単に防げる。

 しかしラウラは腕パーツを部分格納して平手を振るった。心で燃える怒りに任せた一発だ。

 バシンッ!

「私は認めない! 貴様があの人の妹であるなど、認めるものか」

 頬を張られたことを理解できずに円が眼を白黒させる。

 ウーアシュヴァルツェア・レーゲングスが高速飛翔用の展開装甲を収納して急停止する。制動に逆らわず、捕まえていた黒鍵を投げ出した。

 唖然としたままの円も、空中で踏鞴を踏んで減速停止した。頬と口内の痛みで、ようやくラウラが何をしたのかが頭の中に入ってくる。部分格納でリーチを短くして、ガードの内側に素手を通したのだ。それで平手打ち?

 シールドバリアにダメージとなるのは極僅か。この攻撃に何の意味があるのか。それよりもなによりも……。

「私がねえさんの妹であることに、貴様の了承など必要ない!」

「ならばなぜ、今ここでISを付けて私たちと、あの人と戦っているんだ!」

「人形が知る必要はない!」

 黒いIS同士が叫ぶ。同時に突撃して、一撃離脱合戦の切り結び猪突戦(ブルファイト)が始まる。

 円は一度勝っているが、何かしらの要因で復帰したラウラと戦い尽くしの自分では体力とエネルギーに差が出てくると踏んでいた。加えてセカンド・シフトしたISを敵にして悠長に構える気はない。故に全力で落とす。

 二本の黒線が交差する。超高速で飛翔してぶつかり合う。黒のヴァルキリー()黒い豪雨(ラウラ)は必殺の一撃を当てる為に互いに標的の守りを崩そうとする。

 仕掛けたのは短期決戦を狙う円から。交差の瞬間に蹴りを混ぜる。使うのは脚部の近接武装プラズマ足刀。

 冗談のような装備は、近接と中距離の殲滅力を重視したシュヴァルツェア・シュリュッセルとしての仕様だ。レーゲンシリーズという名目の裏で織斑円の専用機として作られた黒鍵の奥の手だ。

 当然配備予定先の隊長であるラウラもこの装備の情報は握っているはず。加えてラウラはプラズマ手刀にも≪煉絶闇礁≫が適応されることを知っている。自身の敗北に繋がった武装だ。印象も強いだろう。そして同じ機能の武器が前例に沿わないはずがない。

 思惑通り、プラズマ足刀を警戒してウーアシュヴァルツェア・レーゲングスの機動が振れた。これで次に機体を切り返すタイミングが少し遅れる。その僅かな間隙を、漆黒の戦乙女(オルトリンデ)の力で明確な好機に変える!

 黒鍵は進行方向とは逆向きに瞬時加速(イグニッション・ブースト)を掛ける。同じタイミングで身体を前転し、反重力翼から両足を出して正面の空気に接する。足先で圧縮断熱が生じ、抵抗の感触に壁のイメージを投影させ脚を屈する。充分に膝のバネがしなったところで、蹴り出しと一緒に二段階瞬時加速《ダブル・イグニッション》。競泳のターンに似た動作を瞬時に行う。

 結果、円は速度を落とさずにその場で180度旋回した。点動線のUターン。まるで何かに跳ね返ったような動きだ。頭突格闘戦(ブルファイト)から|背追射撃戦《ドックファイト)に一挙動で切り替わる。

 これこそ、クオ・ヴァディス・サンドリオンがIS学園を襲撃した際に一夏が≪零落白夜≫を命中させるため強引に使った機動の完全版。力加減やタイミングを一つでも間違えればISや身体にダメージを受けかねない危険な技でもある。しかし絶対の自信を持って円は成功させた。十年間も待ち望んだ黒鍵と一緒に空を飛んでいるんだ。失敗などしない。

 ウーアシュヴァルツェア・レーゲングスの背後を取り、優位な位置を奪った黒鍵が双刀を振った。刀身からビームが放たれる。

 雨月と空裂からの射撃を、ラウラは淀みなく避けた。追い打ちの偏向射撃まで、軌道を知っていたかのように動く。驚く円は敵の左目が光っていることに気が付いた。余裕の回避は『越境の瞳』(ヴォーダン・オージュ)にセカンド・シフトのご利益が掛かったおかげかと舌打ちする。

 今度は円に背を向けるウーアシュヴァルツェア・レーゲングスのアンロックユニットが跳ね上がった。アンロックユニットから垂れ下がっている支柱パーツを黒鍵に突きつける。長細い四角柱の先端には穴が空いていた。

 ……レールガン!

 刹那で見切った円は強引に身体をズラして左右二発の超高速弾を避けたが、無理な機動で減速してしまう。

 その間にラウラは装甲展開で再加速しつつ方向転換をした。

 ウーアシュヴァルツェア・レーゲングスのレールガンは消失したのではなく、別向きに変わっていただけだった。利用時にアンロックユニットを回転させる方式だ。

 フレキシブルレールガン。

 これまで空中使用でも、背中のアウトリガーを下ろし姿勢を安定させていた必要があった重火力装備。高速飛翔中には使えないはずだが、ドックファイトで後方を狙うのなら問題ない。それでもバランスが損なわれる可能性が非常に高い。パイロットがよほど姿勢制御に秀でていなければ使えないものだ。

 再び向かい合う黒の2機。さらに交差が重ねられる。

 ラウラはワイヤーブレードの鞭で応戦する。双刀との接触を警戒した選択だ。刀を払う瞬間にラウラが叫ぶ。

「三人で竹刀を振っていたではないか。あいつと一緒に意地を張って振り続けていたじゃないか。どうしてあの時の自分に背を向ける!」

 敵が自分の過去を喋っていることに、円は最初の接触で浮かんだ懸念が正しかったことを悟る。胸中で広がり続ける悲しみに、怒りの感情をより深くする。

「うるさい。私は白を討たなければならないんだ!」

 次の交差までの間にも、ラウラの追求は続く。

「一夏を狙っているのなら、箒はどうなのだ。お前が紅椿を回収しなかったのは何故だ。その結果が、このウーアシュヴァルツェア・レーゲングスなんだぞ!」

 黄金の天女は白式と紅椿の回収を命じた。だが紅椿を下した黒鍵は、そのままWP1と白式に向かった。その行動をスコールが咎めることも無かった。

 今回の作戦は洋上だ。そんな場所でISを奪われたら操縦者は自力で岸まで泳ぐか、救助されるまで待つしかない。頭上で戦闘が続くのならば、さらに危険度が増す。つまり亡国企業は紅椿の回収よりも箒の安全を優先したのだ。≪煉絶闇礁≫での攻撃も、飛行能力を失わせることで戦線離脱させることを目的にしていた。バリア機能を封印し殺害することも出来たはずなのに。スコールも最初から剣術とバリア妨害能力を使っていたのなら、楯無は問答無用で切り捨てられていたかも知れない。

 情けないことだが、自分もその温情によって生かされていることを理解している。だからこそ知りたい。

 WP1の確保が優先目的だとしても、彼女たちの行動には踏み込みが足りない印象を受ける。ラウラからは伺い知れない箇所に、躊躇する何かがあるのだ。

 真実が見えない焦燥を持て余すラウラは、旋回したところで脚を止めて迎え撃つ構えに入る。

 聞いても応えないのなら、力ずくで吐かせてやる。私たちに反撃の機会を与えたのは、貴様たちなのだからな。

「Anfang,Zweihander!」

 ラウラが両手を握り合わせ真正面に突き出す。手首から肘までのラインが展開装甲を広げ、内側にあるプラズマ手刀の追加発信装置を露出させる。アンロックユニットが回転してレールガンを正面に向ける。肩上に掛けるのではなく、突き出した両腕の外側に砲身を添える位置に移動、長い砲身の横側がくの字に開き両サイドから挟む形になった。腕のプラズマ手刀を最大作動させ、開いたレールガンで磁界誘導循環を行う。

 ウーアシュヴァルツェア・レーゲングスの正面に炎の剣が顕現した。プラズマ刀身は両腕を鍔もとにしてガイドのレールガン砲身からも突きだしている。伸びたプラズマは身幅1.5m弱、長さ3mの巨体を誇っていた。ツヴァイハンダー『終焉の炎杖』(レーヴァテイン)。両手用大剣の名に恥じない巨大プラズマカッターだ。

 円は巨大プラズマ手刀に対して臆することなく突撃する。ラウラは非実体武器なら≪煉絶闇礁≫の影響が本体には出ないと思っている。以前にAICを未完成の≪煉絶闇礁≫で切り裂いたことがある。その時AICの効果は無効化されたが、機能そのものを停止させるまでには至らなかった。

 今回の戦闘で円に対して一度もAICを使っていないのも、最初から効果が低いと割り切っているからだ。ましてBTシステム搭載機体が相手だ。よほど決定打での場面でなければ使わないだろう。

 それならばと、黒鍵がシールドビットをエッジビットに変型させ≪煉絶闇礁≫を発動、射出する。エッジビットと本体の二方向から攻撃する構えだ。巨大武装とはいえ片方にしか向けられないのでは、BT(ブラック・ティアーズ)を擁する黒鍵が恐れるものではない。『終焉の炎杖』(レーヴァテイン)の大きさに並のIS搭乗者なら恐れを抱くかも知れないが、円は逆に炎杖のデメリットを見つけていた。展開中は姿勢が固定されることだ。AICとの併用は無理と見ていい。接近することに躊躇しない。

 ラウラが一度円に矛先を向けてから、闇を纏うエッジビットに構え直した。その迷いの段階で円の勝ちだ。エッジビットの≪煉絶闇礁≫を囮にして、直接闇の刃を見舞ってやる。

 皮肉気に笑う円と、ラウラ。

「今回は色々と世話になったな。こいつはその礼だ!」

 ウーアシュヴァルツェア・レーゲングスが炎の刀身を撃ち出した。プラズマ手刀の射撃利用!

 腕部だけではプラズマ手刀を手裏剣に出来ないラウラだが、大型レールガンを刀身形成の磁界誘導に利用することで射撃利用を可能にしていた。刀身を飛ばす時はレールガン本来の機能を使うのだ。『終焉の炎杖』(レーヴァテイン)は伝承に語られる通り、どこまでも延びて世界を焼き尽くす炎の魔杖だった。

 エッジビットを『終焉の炎杖』(レーヴァテイン)が焼き払う。≪煉絶闇礁≫で多少はプラズマ刀身を軽減したとしても、つぎ込まれたエネルギー総量が違う。切り離された闇のベールでは、BTビットを守りきれなかった。

 ラウラは再度巨大プラズマ刀身を形成して黒鍵に向ける。『終焉の炎杖』(レーヴァテイン)展開中は両腕が塞がるが、突撃するのに問題はない。瞬時加速(イグニッション・ブースト)用の展開装甲を広げて一気に飛び出す。

 円は双刀に≪煉絶闇礁≫を発動させて咄嗟に交差受けした。炎と闇の刃がぶつかり合う。

 プラズマ刀身と闇のベールが触れた端から消えてゆく。互いに打ち消し合っている。エネルギーも相応の消費がされてゆく。

 このまま強引に切り裂けるか……?

 一瞬、円の頭に疑問が浮かび即座に否定を答えにした。ウーアシュヴァルツェア・レーゲングスが円の予想通りの課程で誕生したのなら、エネルギーの比べ合いで根負けするのは黒鍵の方になる。ラウラのセカンド・シフトはこれまで観測されたものとは違う。彼女の遺志が掛かっているだとしたら、≪絢爛舞踏≫の効果で全ての能力が全快上昇している。

 自分の意志が通せない苦境に、円の顔が歪む。恩師たちが尽く立ちはだかる逆境に心が痛む。道を(たが)えていることは覚悟していても、ここまで否定されると自分が崩れそうになる。

 薄れてゆく気力を振り絞り、無理矢理にでも身体に命じる。現状を抜け出す為に、黒鍵のプラズマ足刀にも≪煉絶闇礁≫を付けて片側のレールガンを蹴り上げた。

 『終焉の炎杖』(レーヴァテイン)は刀身形成に姿勢を固定しなければならない。つまり使用には両腕とアンロックユニットを必要とする。一カ所でも動作不良になれば使えなくなる諸さが弱点だ。

 ラウラも自武装のウィークポイントは理解している。鍔迫り合いから蹴りに反応して『終焉の炎杖』(レーヴァテイン)を解除した。

 相手の背後に収まるレールガンを蹴りそこなった円は、そのままバク宙の動きで間合いを開けた。

 二つの黒が刃を納めて睨み合う。

「サイレント・ゼフィルスでは解り難かったが、こうして見ると本当に一夏や箒と同じ動きなのだな」

 ぽつりと呟くラウラ。

 最後の蹴りを簡単に避けたのは、ラウラにとって既知の技だったからだ。鍔迫り合いや打ち合いの追撃で一夏や箒が蹴り技を出すことを常々疑問に感じていた。二人がIS格闘のベースにしている剣道には蹴りがないはずなのに、動きに違和感がないのだ。しかし源流が解れば納得できる。対処も可能だ。

 ラウラの言葉で円の頭に血が上る。まるで自分があの二人と同等と言われたようで、円はカッとなって言い返す。

「自惚れるなよ! それはお前の力じゃない。そのISが強いだけだ」

「傲るつもりはない。貴様の言うように、これは赤い花が未来を望む私に貸してくれたものだ」

「やはり御婆様まで……」

 淡々としたラウラの返しに円が肩を落として落ち込む。

「織斑円、お前は何者だ? 何がしたいんだ」

 ラウラは箒を助ける一方で、一夏を殺そうとさえした円に向けて真意を問う。

「黙れ、アドヴァンスド。聞くばかり現状が、知る権利の無い証明だと解らないのか!」

 黒鍵が両手の双刀を振り上げた。ラウラも両腕を構える。

 確かに円の言葉通り、自分は何も解らない。聞いてばかりだ。そうだな。それではいかん。

「確かに私は遺伝子調整を受けている。だが私を呼び指すには足らんぞ!」

 聞いてばかりではダメだ。いつまでも遺伝子強化体(アドヴァンスド)や人形とは言わせない。私がひとりの人間(一つの命)であることを啓蒙してやる。

「ドイツ軍IS部隊黒兎隊(シュバルツェア・ハーゼ)隊長、階級は少佐。そしてIS学園一年一組所属のラウラ・ボーデヴィッヒだ。覚えていけ」

 まずは最重要事項から。

 

「なによりも私は、織斑一夏を嫁にする者だっ!」

 

 大真面目な顔で馬鹿な発言をするラウラに、円の思考が完全停止し身体が硬直する。今度こそ理解不能。……こいつは一体何を言っているんだ?

 無防備なその顔面に、ウーアシュヴァルツェア・レーゲングスの拳が炸裂した。

 

◇◆◇*◇◆◇

 

 ひとまず箒とラウラが無事だったことに安堵の息を吐いた。

 セシリアのブルー・ティアーズとラウラの新シュヴァルツェア・レーゲンは亡国企業の2機と五分以上の戦いをしている。ラウラたちが妨害部隊を引きつけている間に、俺たちはワールド・パージ停船の作戦に移った。

 焦りを見せる鈴が簪に話しかける。

「WP1のコントロールは制圧できそうなの?」

「……今はこれで精一杯。ユーザーアカウントのランクを保持することしかできないわ。……相手も白雪と同ランクで、最上位じゃない……?」

「え、なんだって? もう少しはっきり言ってくれ」

 俺は説明を尻すぼみに小さくする簪に聞き返すけど、見事に無視された。あれ、俺なにか悪いことしたか?

「これ以上をするなら、電子戦パッケージを持ってこないと……。操舵士さんはどう……?」

『いえ、クオにも出来ません……』

 両目を閉じているクオが申し訳なさそうに顔を伏せる。

 鈴にもワールド・パージとの通信が繋げられた。ウィンク一つで簪に礼をして、灰色の巨塊を見据える。

「なら情報を頂戴。どうすればWP1を止められるの?」

『制御ユニットであるWPC-00ゴーレム・ゼロを船体から切り離せれば止められます』

 クオの映像は身体の小ささからバストショットになっているんだけど、見事に灰色のメカ椅子に座っていることが俺たちからも見えていた。その灰色のソファーこそがクオのISゴーレム・ゼロだ。

 鈴も呆れて肩を竦める。

「自分じゃ抜け出せないのね」

『ごめんなさい……』

 またクオが下を向く。

 ソファーって例えたけどゴーレム・ゼロは大型ISだ。クオの腕脚はISが拘束台のように捉えいて、涙に塗れる頬を拭うこともできない。この前戦った時はアンロックユニットが四肢代わりになっていたけど、ワールド・パージ操縦中は使えないようだ。

「それで、あんたはあのでっかいの船のどこら辺にいるのかしら。宇宙船だけあって外側からは見えなさそうなのよね。ガラス張りの艦橋とかあれば解りやすかったんだけど」

 おどけた感じで鈴が掌で庇を作ってワールド・パージを見渡す。

『鈴お姉ちゃん……』

「こっちは世界中から集められたIS学園の専用機部隊なのよ。安心して任せなさい」

 自信満々に胸を張る鈴に、クオが少しだけ笑ってれた。

『ゴーレム・ゼロは中心部のやや前方にあります』

 言って、クオがワールド・パージの三面図まで写してくれた。真ん中ぐらいに印が付いている。宇宙船としての安全性を考えれば妥当な位置だ。

 即座に簪が浮遊キーボードを出して、図面の解析を始める。

「侵入できそうなところはある……?」

『それは……』

 

 ヴィーーーーッ! ヴィーーーーッ! ヴィーーーーッ!

 

 クオのセリフに被せて大音量のアラートが鳴り響く。

『そんな、どうして……!?』

 乗組員の悲鳴で、警報がワールド・パージからのだって解った。

 そして外にいる俺たちにも一目瞭然の変化が始まった。ワールド・パージが日本に向けて加速しはじめていた。これまでと比べて明らかに移動速度が上がっている。さらに護衛のゴーレムもまだまだ沸いて出てくる。図体から考えても、まだまだISを搭載しているかもしれない。本当にきりがない。

 拡散したゴーレムたちは見境無しに攻撃してきた。荷電粒子砲の弾幕なんて洒落にならない。ゴーレムたちは楯無さんたち上級生組にも、セシリアとラウラの間にも浸透していく。

 再び乱戦になりそうなところで、楯無さんが一声発した。

「これはいけないわね。一旦WP1の2km先に集まって! こっからは作戦目標優先に切り替え!」

 スコールのドーズ・マーベリーに足止めの牽制射撃を三人でしてから、上級生組が順番に離脱してくる。

 スコールが殿のダリル先輩に刃を向ける。

「最後はあなたなのね。一人で残されて怖くないの?」

「怖いに決まっている。それでも肉体を鍛え、知恵を絞り、勇気を持って戦場に立つからこそ、戦士と呼ばれるんだ」

 第二世代のカスタムISヘルハウンドVer2が右腕を大きく背後に回し、左側に抜けた手でハンドアックスを投擲する。相手に見えないよう背中側で手斧を量子展開して投げる奇襲攻撃。

 意外な攻撃だけど自動防御の羽衣には意味がない。それでもいいんだ。だってあれは……。

 パァーーンッ!

 炸裂音と閃光を出してクラッカーが弾ける。巧妙にハンドアックスと一緒に投げられていたものだ。丁寧にもクラッカーには紙吹雪入り。ハンドアックスを防御しようと注視すると、クラッカーも見てしまう視線誘導。ダリル先輩の戦闘経験値がなせる妙技の一つだった。

 楯無さんの戦術に慣れた相手に、癖の強い戦い方をするダリル先輩を残したのは、こうした技にひっかけやすくするためだ。もちろんダリル先輩の技量があってのものだけど。

 さすがのスコールもクラッカーの光に瞼を押さえている。その隙にIS学年最高学年専用機持ちがその場を離れる。

 みんな、全力で飛翔する。

 戦いを優勢に薦めていたセシリアとラウラもワールド・パージの停船優先でこっちに来てくれた。ゴーレムの乱入で不確定要素を抱えたくないっていうのもあるだろう。

 ワールド・パージの予想進路上に、IS学園の専用機9機が集まった。ワールド・パージも加速を続けているから、こっちも止まることが出来ない。飛び続けることになる。

 珍しく眉を寄せた楯無さんが、ラウラのウーアシュヴァルツェア・レーゲングスを見る。

「煙出してるみたいだけど、大丈夫なの?」

「押し付けられた力だからな。過負荷(オーバーワーク)で機能停止するまで、そう長くない。あのまま黒鍵と戦っていたら時間切れで落とされていただろう」

 ドイツISのセカンド・シフトっていう偉業にも関わらずラウラは淡々としている。ウーアシュヴァルツェア・レーゲングスの広がった赤いペイント部分から、うっすらと白い煙が立ち上っていた。どうやら単純に第二形態移行と喜べない。何故か紅椿みたいに展開装甲も付いているし、謎が多い変形(シェイプ・シフト)みたいだ。

「それよりも、一夏!」

 顔の左上をカバーに覆われたラウラが俺を見据える。すごく怒っていることは俺にも解る。見通しの甘い考えで円の件を事実上放置していたからな。殴られても仕方がないと覚悟する。

「織斑円の言葉、どこまで信じられる?」

「え……?」

「確かめたいのは篠ノ之空だ。箒の祖母だそうだが、いつ亡くなったのか知っているか?」

 予想から外れた質問に混乱する。

 一生懸命記憶を掘り起こしてみるけど、俺にその人の記憶は無かった。俺が覚えている一番古い記憶は十年前、小学校の入学式だ。

「俺が覚えている限りは会ったことがないから、亡くなっているのなら十年より前になる。それ以上は千冬姉にでも聞かないと解らないな」

「……反証はないのだな」

 ラウラが苦しげに自分の身体に腕を回す。

 篠ノ之空という名前は俺も気になる。時期的に考えて、おそらくこの人がスコールに篠ノ之流剣術を教えている。俺と同じく裏奥義まで伝授する優遇ぶりだ。そして円はISの為の古武術を拾得するために、不本意ながらもスコールの元にいる。“私たちの大師母”というのは俺や箒まで含めた上で、系統の頂点にいるからだ。

 大量のBTビットをリング上にして中心に浮かんでいるセシリアがラウラの横にやってくる。

「ひとまずラウラさんは離脱してピット船で休息すべきですわ」

「いや、そんな悠長なことはできん。見ろ」

「うっはぁ~、ここで三発目ッスかー……」

 フォルテ先輩がだるそうに言った。

 ワールド・パージが船首大型荷電粒子砲の砲門を開き始めていた。

 楯無さんも苦々しい顔つきになる。

「まずいわね。随分と陸地に近づいちゃってるから海面に着弾するだけでも大災害よ。空に向けて発射して欲しいけど、運任せだわ」

「……むしろ、ラストチャンス」

 簪がワールド・パージの図面を全員に渡して説明する。

「砲門っていうことは、装甲が無いから……」

 図面には正面荷電粒子砲から侵入した場合の操縦室までのルートが描かれていた。

「よし! それだ」

 俺は上昇反転してワールド・パージに向き直る。

「ちょっと! 一夏君」

「迷っている場合じゃないですよ。楯無さん」

 生徒会長の制止を振り切って飛ぶ。こういう判断は瞬時に行動しないとタイミングを逃してしまう。

 ワールド・パージには護衛ゴーレムが纏わり付いていて、接近する俺を容赦なく荷電粒子砲の弾幕が出迎える。ここで止まるわけにはいかない。ワールド・パージの荷電粒子砲が準備を終わる前に飛び込んでやる。

 弾幕避けには盾が欲しい。多機能武装腕(アームド・アーム)≪雪羅≫のシールドモードを試してみるけど、反応が無かった。黒の封印はまだ続いているんだ。ラウラのISは飛行能力封印から回復しているから、そろそろいけるかと思ったけど甘かったか。

 それなら気合いで進むだけだ!

 一発、二発と避けて、避けきれないと感じたら瞬時加速。さらに二段階瞬時加速で回避する。

 ……それでもまだ弾幕は途切れない。向かい合って進んでいたのにいつの間にか足が止まっていた。ワールド・パージまでの距離が縮まらないまま、荷電粒子砲の展開装甲が開き終わろうとしていた。

 こうなったらダメージ覚悟で特攻してやろうと考えて、ゴーレムからの直撃弾を見逃してしまった。特攻するにしても最初から当たってどうする!

 身を堅くして衝撃に備えたけど、ゴーレムの荷電粒子砲は俺の前に開いたエネルギーアンブレラが防いでくれた。セシリアのシールドビットだ。

「無鉄砲にも程がありますわ。実行するにしても、もう少し考えてください」

「拙速は巧遅に勝るっていうけど、完遂できないんじゃ意味ないじゃない」

「馬鹿だとは思っていたが底無しか。現状の把握すら満足に出来ていないではないか」

 俺の横にセシリア、鈴、ラウラの三人が罵りながら来てくれた。助けてくれたのは嬉しいが、それ以上に心がへこむから止めてくれ。

 ええい、やられたままでいられるか。

「タイムリミットが近いんだ。立ち止まっている余裕なんてない。今は動く時だ」

 俺は弾幕への回避を続けながら、前に進む隙を伺う。やらないで後悔するぐらいなら、当たって砕けろだ。千冬姉への追求を躊躇った自分に活を入れるためにも、ここは退けない。下がれない。

 ワールド・パージを止めて、クオを助けて、大団円で終わらせてやる。

 三人は顔を見合わせると、示し合わせて頷き合った。

「重々承知のことですわ。進路の確保はお任せ下さい」

「感謝しなさい。しょうがないから手伝って上げるわ」

「私たちが機会を作る。お前は何も考えずに前へ進め」

 まずラウラが前に出る。

 ウーアシュヴァルツェア・レーゲングスは見て解るぐらいに限界で、装甲のそこかしこに罅が走っていたり歪み欠け始めていた。全体から陽炎を立ち上らせるほどオーバーヒート状態で、ラウラも辛そうにしている。

「俺の無茶を(なじ)る前に、自分の心配をしろよ!」

 ふらついたラウラを支えようと腕を伸ばすが、やんわりと押し返された。

「嫁が先へと進むのなら、私もついて行くだけだ。無理をするなら付き合わせてくれ……」

 笑うラウラ。その顔はすごく穏やかで、何かと地に足の付かない俺と違って、しっかりと自分の意志と未来を見据えていた。

 ワールド・パージに向き直ったラウラの左目が、装甲展開して金色のセンサーアイを輝かせる。ウーアシュヴァルツェア・レーゲングスの放射熱が一段階強まり、今にも燃え出しそうな熱量だ。

 

「終われ! ≪終止世界≫(エンデ・デアヴェルト)!」

 

 その瞬間、叫びの通り世界が終わった。物理法則の一つが、ラウラの手中に収まったからだ。

 ゴーレムたちから荷電粒子砲が消える。機体の動きも停止させる。超巨大物体ワールド・パージの侵攻させ急減速させていた!

 ウーアシュヴァルツェア・レーゲングスの単一仕様(ワンオフ・アビリティ)、フルイナーシャルコントロール≪終止世界≫(エンデ・デアヴェルト)。ISに標準装備されているPICと、停止結界とも呼ばれたAICの完全融合上位互換機能。ラウラが認識する全て物体を自在に動かせる驚愕の能力だ。

 当然、搭乗者を襲う負荷も並大抵の物ではない。

 本来なら世界を終わらせることも出来る力だけど、今はゴーレムたちとワールド・パージを押さえ込むだけだ。それだけでも充分に強力だが、力の隣片を顕現させたウーアシュヴァルツェア・レーゲングスの崩壊が加速する。アンロックユニットから下がるレールガンが、砲身半ばから崩れ落ちていった。

 世界を止めているラウラは、苦悶に耐えながら合図を叫んだ。

「セシリアッ!」

「心得ていましてよ!」

 ブルー・ティアーズがスターライトmk-Ⅲを構える。『スプラッシュ・ターレット』で拡張された24機のBTビットが停止したゴーレムたちの間をすり抜けて、ワールド・パージへと飛んでゆく。

「BTビット、同調完了! ≪ダイダルウェイブ≫!」

 セシリアがトリガーを引き絞る。弾道型BTビット5機が撃ち出され、射撃型BTビット12機も同じ場所を狙い撃ちする。5つのミサイルと13の光線が目指す焦点は、ワールド・パージの大型荷電粒子砲だ。シールドビットの半分とブレードビットは先に砲門に飛び込んでいて、全ての射撃と突撃が一瞬に重なった。

 護衛をすり抜けた飛沫が一点に集い、大津波(ダイダルウェイブ)となって命中する。ダイダルウェイブは無数のBT ビットが連携して同時攻撃するパターン動作で、狙った箇所だけに高威力を生み出す。なによりもこのパターンのすごいところは、障害物越しの目標にも命中させられることだ。自在に動くBTビットが偏向射撃で狙い撃つからだ。着弾のタイミングも相乗効果を狙うようにされていて、最終的な威力は単純に足し合わせ以上の効果を発揮する。しかも今回はスプラッシュ・ターレットで装備している大量のBTビットを使った大技だ。

 ラウラが押し止めているワールド・パージ。津波が叩き付けれた艦首展開装甲の内側から、爆発が起きて、轟音が鳴り響く。

 複数あるBTビットの種類を見事に操り、着弾のタイミングを読み切って同調させたセシリア。専用ライフルのスコープを覗き結果を観測する。ワールド・パージの荷電粒子砲を破壊していること確認して喜色の報告をした。

「突入口を目視しました! 鈴さん」

「みんなでこれだけお膳立てして上げたんだから、絶対にクオを助けなさいよ」

 鈴は俺の後ろに廻って、甲龍の衝撃砲を白式にロックオンさせていた。

 これは、あれをするのか。前は自分から言い出したことだけど、鈴の方から準備されるとさすがに怖いな。でもお誂え向きだ。一番最初のゴーレムⅠに使ったこの方法で、親玉のワールド・パージに突入してやる。

「いいぞ。やってくれ!」

「龍咆、最大出力! 発射ぁ!」

 覚悟を決めた俺の背中に目に見えない大きな塊がぶつかる。衝撃砲の砲弾を外部取り込みエネルギーにして瞬時加速(イグニッション・ブースト)を増幅させる。思いついたのはもう数ヶ月も前だと、懐かしむ感傷は身体全体が軋む痛みに吹き飛んだ。瞬時加速(イグニッション・ブースト)への転換で多少は軽減されていても、攻撃されていることには変わりないんだ。

 それでも俺は、あの時より上達した技量と成長した白式雪羅の力二段階瞬時加速(ダブルイグニッション)でワールド・パージに向かって、跳んだ。

 

◇◆◇*◇◆◇

 

 IS学園の代表候補生たちが協力してワールド・パージを攻略しようとしている。亡国企業の幹部スコール・ミューゼルは戦域から離脱しながらその様子を見ていた。

「作戦は失敗ね……」

 些か手心を加え過ぎてしまったと猛省する。代表候補生とはいえ学生は全て斬り捨てるべきだったか。しかし織斑円:エムに殺生厳禁を言い渡している以上、自らが率先して禁を犯しては示しが付かない。おかげで更識楯無との戦闘は、金属扇一つで始める優柔不断なことになってしまった。やむなしと覚悟を決めても、相手は本物の忍者。篠ノ之流の刀を手にしてから『零拍子』が決まらなかったのは初めてのことだ。そして食い下がられて、このざまである。

 内心で最悪は自分か織斑千冬のどちらかが離界号抑えれば良しとする限界線を引いていたから、緩い対応になってしまった。手持ちの戦力を可能な範囲でつぎ込んだことも緊張感を損なう理由だ。

 今後の流れを考えると頭が痛むが、何も知らない人間に離界号を奪われるより何百倍も良い結果で終わった。ここで妥協しよう。自分たちはこれまで通り悪役に徹するだけのことだ。

 思案に耽っていると、オータムも這々の体でスコールに合流してきた。性能の劣る機体で第三世代パッケージの波状攻撃に耐え抜いたのだ。飛べることやっとの状態だった。

 黄金の天女は羽衣を延ばしアラクネを支える。

「スコール。エムの奴が……」

 言われて周囲を探すが集合を命じたのに黒鍵の姿がない。通信状態を確認すると見事に切断(ディスコネクト)状態だった。

 スコールは我知らず重たいため息を吐き出した。

 ついにこの時が来たか。

 離界号確保の為に黒鍵の解放を了承した。その時に予想はしていた。

 黒鍵を完成させたエムが、チームEから脱走したのだ。

 エムには体内に監視用ナノマシンを注入したと言ってある。逆らえば体内にダメージを与えて殺すと恐喝して従わせていた。

 ナノマシン技術はISの登場で躍進した分野で、零世代であるドース・マーベリーはその試作原型の一つだ。エムに埋め込んだナノマシンをスコールが管理出来るのは、ISの能力故の特別製と言い聞かせてある。人体に注入されたナノマシンは定期的にメンテナンスや補給しなければ、いずれは排除か吸収されて機能しなくなる。それを無視できるのはドース・マーベリーの能力だと吹聴していた。

 正直に話せば旧式の制御しか出来ないドース・マーベリーに、そこまで器用なナノマシンを生産する能力は無い。もっといえば羽衣から転移させた液体ベースのナノマシンを長時間保持管理できない。

 ISと人類の連結は無限の可能性を秘めているが、エムには買いかぶり過ぎている節がある。笑いはしない。かつて織斑円があの事件で負った後遺症、トラウマに近しいものを利用しているのは自分の方だ。

 エムは任務の度に無茶な行動をおこし負傷していた。その目的は必要以上の医療用ナノマシンを無心することだ。監視用ナノマシンの存在を真に受けて対抗策を練ったつもりだろうが、所詮は子供の浅知恵。こちらが気づかないとでも思っているのか。

 スコールは点滴用の栄養剤をくすねるマドカにかわいらしさすら感じていた。本命は羽衣で作られた包帯だというのに。

 妹を持つとこういう感覚になるのだろか。一度千冬に聞いてみたいものだ。彼女とは面子や任務が先立つ場所でしか顔を会わせないから、こういったプライベートな会話をしたことがない。今回もそうだった。

「思い立ったら一直線なのは、織斑の血筋かしらね」

 第一、監視用と医療用のナノマシンと言っても、動作が違うだけで本質的には同じものだ。ナノマシンが受ける命令一つで、どちらにもなりえる。果たしてエムは、織斑円は同じ物に別の名前が付いているだけの茶番に気が付いていたのだろうか。

「まあ、いいわ。終焉だけは常に見えているのだから……」

 世界の崩壊はここから始めると言って、橘夕子が灰色の箱船に背を向けて飛び去る。

 どうせ織斑円が逃げ込める場所は限られている。黒鍵の修繕維持を考えると、世界中でたったの二カ所。スコールに抵抗するなら力のある一方に頼るしかない。見つけるのは至極簡単だ。

 まずはエムの処遇を決めるより今回の後始末の方が大変だと頭を痛めながら帰路を進んでいると、強烈な悪寒が首筋に走る。

 何だと思って振り返ると、灰色の離界号に向かって青い光の粒が飛んでいくのが見えた。

 光を見たスコールの表情が一変する。これまで振れ幅の少なかった感情が一気に傾く。

「これだけの大失態を見ぬ振りして起きながら、事態が収束しはじめれたらさっさと引き上げか。臆病者めっ!」

 突如苛烈に、天女が叫ぶ。

 スコールの後ろを飛んでいたオータムは、彼女が感情を崩す相手がただ一人であることを思い出して、改めて敵の存在を強く意識した。

「篠ノ之束のIS、そのワンオフ・アビリティがあの光……」

 

◇◆◇*◇◆◇

 

 乗り込んで見ると、ワールド・パージがどれだけ規格外の大きさをしているのかを見せつけられる。

 入り込んだ砲身の内部で減速しながら、セシリアが破壊した大型荷電粒子砲の直径を目測する。

 でかい。二階建ての家がすっぽり余裕入るぐらいでかい。サンプルモデルは俺の家だけど、もうすこし大きな屋敷でも問題なさそうな広さだ。

 先細った形をしたワールド・パージだから距離感が余計に狂っているんだな。先端高が一番短いとは言ってもキロメートル表記が基本の船体なんだ。人より二周り大きい程度のISじゃ比べられない。そりゃあれだけの数のゴーレムを運べるわけだよ。量子格納しているなら最大でどれぐらいのゴーレムを積み込めるのか、数えたくないな。

 荷電粒子砲の最奥までたどり着いて周囲を見渡す。ブルー・ティアーズのダイダルウェイブで壊された荷電粒子射出部の一番隅っこに大きめのスライドドアを見つけた。黄と黒の縞枠に赤い三角マークが画かれたメンテナンスハッチだ。ご丁寧にISを装着した状態でも通れる大きさをしている。もしかしてゴーレムも使えるよう配慮しているのか?

 でもあいつらは量子格納と展開が出来るから、わざわざ中を通る必要はないはず。

 いつものように考えても仕方がないから、スライドドアに手を掛ける。当然、開かない。うん、解ってた。

 俺は無言で左腕(雪羅)を振りかぶった。

 

「クオ。待たせたな!」

「お兄ちゃん……!」

 何事もなくワールド・パージの操舵室に到着してクオを発見した。

 途中の通路で何枚かのシャッターを荷電粒子パンチで溶かしたけど、意外にもゴーレムたちは沸いてこなかった。

 外じゃ稼働限界を迎えて気絶したラウラの収容や、ワールド・パージへの足止め工作を楯無さんたちががんばっている。さっさとクオを拾って終わりにしよう。

 操舵室では、クオを納めたゴーレム・ゼロが船体後方側の壁中央に埋もれていた。進行方向と横二面には大型モニターが設置されている。操舵士のクオがここからワールド・パージを動かせるようになっていることは一目瞭然。

 ゴーレム・ゼロ以外にもいくつかの席が設置されていて、それぞれの椅子の前には、航行に必要な操作を行うコンソールが置かれている。操舵室もIS学園の多目的教室ぐらいの広さがある。海上を進む船の艦橋ぐらいはあると思うけど、大型宇宙船として妥当なのかは知らない。SFに詳しい数馬にでも聞いてみれば、色々教えてもらえるかもな。

 俺は壁中央の台座のような部分に埋もれているクオを見た。

「ゴーレム・ゼロを外すにはどうすれば良いんだ。それとも力任せに引っ剥がすか」

「システム上からの切り離しが動作しないので、強引な手段しかないです……。不用意な切断を行えば、ワールド・パージが自閉状態になりますから、攻撃さえしなければ安全です」

「わかった。少し危ないけど、我慢しろよ」

 近づいてクオの状態をのぞき込む。ゴーレム・ゼロはアンロックユニット(腕脚)を接続する肘膝部分で台座のコネクターに固定されていた。これなら白式が全力で持ち上げれば壊せそうだ。

「楯無さん。今からクオを引っこ抜く。攻撃を止めてくれ」

『おっけー。これで停まらなかったら、ひどいことするわよ』

「俺に言われても困るよ」

『じゃあ、クオちゃんにペロペロの刑を受けて貰いましょう』

「……はわわわ」

「クオが本気で怖がっているので止めて下さい。カウント5でゴーレム・ゼロを切り離すぞ。セシリアたちも下がってくれ」

 宣言して雪片を壁に立てかけ、腕をゴーレム・ゼロに下に差し込む。脚を踏ん張ってスタンスを固定。

「いくぞ。5、4、3、2……」

 力を溜めて、インパクトの瞬間に備える。

 俺は長かったワールド・パージとの戦いがようやく終わると油断していた。背後に迫る気配を全く悟れなかった。

 ぬうぅっと、背後から延びた刀が俺の首筋に添えられる。知っている刀だった。IS用の近接武装≪雨月≫。しかも黒い。

「お兄ちゃん! その人は……」

 クオの悲鳴を聞くまでもなく、刀を突きつけているのが誰なのか分かり切っている。

 固まったままで、背中の人物に告げる。

「後でいくらでも相手してやるから、今はワールド・パージを止めさせてくれ。こいつを放っておくことがどれだけ危険なのか、お前にもわかるだろう」

「………………」

 無言で刀が引いてゆく。ワールド・パージに対する認識は同じみたいで良かった。

 俺はゴーレム・ゼロの胴体部分を力任せに持ち上げた。コネクターが悲鳴を上げて引きちぎられる。

 

 ヴィーーーーッ! ヴィーーーーッ! ヴィーーーーッ!

 

 さっきも聞いた警報が鳴り響く。操舵室の中はレッドランプで照らされて、緊急事態であることを主張する。

 壁のモニターには状況を知らせるデータが並び、ワールド・パージが指示を要求する状態で一旦停まった。警報も何秒かすれば収まり、照明も元に戻る。

「ワールド・パージ、待機状態で停止しました」

「はあぁぁぁ……」

 クオの報告に、息を吐いて膝を付く。今回は色々ありすぎて本当に疲れた。でもまだだ、最後の相手が残っている。

 ゴーレム・ゼロの胴体部を置いて、立ち上がる。振り返った先には、黒鍵を装備する織斑円がいた。

 俺は雪片弐型を手にすると、構え直した。

 円も雨月と空裂を持ち上げると思いきや、両腕を下に向けたまま驚愕の表情で固まっている。視線を辿るとクオを見ていた。

「どうしておばあちゃんのアドヴァンスドが居るのよ!?」

 円の声は、今度こそ涙混じりだった。

 アドヴァンスドってラウラを指すあだ名じゃなかったのか。どうしてクオまで同じ呼び方をするんだ?

 それにこいつが言うおばあちゃんって、例の篠ノ之空さんのことだろうか。クオが束さんの娘だとしても、義理の曾祖母となんの関わりがあるんだろうか。皆目検討が付かない。

 黒鍵が怒りのやり場を求めて腕を振り回す。

「スコールの奴め。そういうことかっ……!」

「……や、やめて下さい、円さま! 今ワールド・パージにダメージを与えるのは……」

「黙っ! ……てよ……。さま付けなんて、やめて……」

 クオの制止に、円は武装を手放し顔を覆って嘆く。膝から崩れ落ちて、泣き出した。

「どうして、ねえどうして!? ねえさんもおばさんも、おばあちゃんまで。どうしてみんな、私の邪魔をするの!?」

 床を叩き円が叫ぶ。

「お前が、貴様が死ねば、全部終わるんだ!」

 今度は憤怒の形相で俺を見上げてくる。落ちている二刀を拾って黒鍵が巫女舞いを構える。

 激しく凄まじい情動が円の中で渦巻いているのを感じた。俺を殺すことに、ものすごい執念を燃やしている。身内から止められても、目的を達成する為だけにこっちに向かってきている。

 だとしてもだ。

「お前が何を目指しているのか知らない。だから、何も知らないまま殺されてはやれない」

 円の目をじっと見つめ返して問いかける。

「今俺たちの周りで何が起こっているのか教えてくれ」

「全てを忘れた貴様に何を言っても無駄だ」

 歯を剥いて円が吠える。取り付く暇もないか……。

 でも、一つだけはっきりしたことがある。円は、俺の自覚症状薄い記憶障害を知っている。正直小学校に入る前の時期だから、記憶障害って感じがしないんだよな。

 一時期ちょっとそのことで悩んで、弾たちに聞いてみたことがある。小さな頃をどれぐらい覚えているかって。まあ人それぞれっていうのが答えだった。詳しく覚えているひともいれば、ほとんど思い出せない奴もいた。そこに良い悪いもない。当たり前の個性個人差でしかなかった。人が人らしくあるのに必要なのは、そこじゃないんだ。

「例え昔を忘れてしまっても、俺という存在が変わる訳じゃない」

「忘れて変わった奴がほざくな。巻紙さんを知らないから、そんな戯れ言が言えるんだ」

 円が摺り足で間合いを測る。ISを使った摺り足はPICでお手軽に再現できるから、地上戦では色々と応用が効く。足運びを意識しながら、一つもやもやしたものが頭に浮かんだ。

 ……巻紙さん? 聞いたことある名前だ。耳にしたのはいつだったか。

 考えている間に、また少し黒鍵が近づいてきた。

 俺と円の空気が緊張を高める。

 威嚇とテストを兼ねて雪片弐型の≪零落白夜≫を試してみるか。黒鍵の≪煉絶闇礁≫に対抗するには、同じく一撃必殺の単一仕様で迎え撃つのが理想だ。ワールド・パージに飛び込む前はダメだったけど、わずかな時間でも回復できたのかやってみる価値はある。

 俺の思考命令を受けて、雪片弐型の波紋線を模したラインから刀身が前後に分かれて折り畳まれる。

 よし、動いた!

 そして柄から実体部分より一回り大きい光剣が形成される。

 これで円の動きを止められれば……。

 しかしこれまでの動きとは違って、≪零落白夜≫の拡大は停まらなかった。

 どんどん大きくなっていく。とっさに操舵室の壁際まで下がって、向かい角の天井に切っ先を向ける。それでも収まりきらないほど、白刃が巨大化していた。なおかつ雪片弐型がものすごい勢いで暴れ始める。押さえつけるのに全身の力を使わないとダメだ。

「な、なんだよ、これ。これも≪煉絶闇礁≫の効果なのか?」

「違う。白雪だ!」

 焦った様子の円が武器を投げだしてこっちに走り寄る。

「近づくな。危ないぞ! それよりもクオを拾って外に出ろ」

 俺の意志に反して巨大化を止めない≪零落白夜≫は、ついに壁面モニターを突き破りワールド・パージの操舵室を無茶苦茶にし始めた。暴れる力も相応に強くなる。一人じゃ抑えきれない。

「ダメ、これじゃあワールド・パージが自衛活動に入っちゃう」

 床に置かれたクオは動かないゴーレム・ゼロに囚われたままだ。暴れる≪零落白夜≫がいつ当たるのかわかったものじゃない。

 とっさに雪片弐型を捧げ持つ形に変える。操舵室の天井が切り裂かれるがクオが怪我するよりましだ。落下する破片はシールドバリアで防げる。≪零落白夜≫が当たらなければ大丈夫だ。ついでに背中をコーナーに押し付けて脚を突っ張り、出来る限り姿勢を維持しようとする。

 焦る円が駆け寄ってきた。

「離界号だけの問題で済むものか!」

 円は両腕のプラズマ手刀に≪煉絶闇礁≫を発現させると、暴走する≪零落白夜≫に押し当てた。少しだけ雪片の暴れる力が弱くなり、二人で柄を握って抑え合う。

「最後までいくな。死んでも止めろ。離界号のコアが破損でもしたら地球崩壊で人類滅亡だ!」

「ずいぶんと大それた話だな!」

「だから貴様は死ぬべきなんだ!」

「世界と引き替えの命か。じゃあなんでクオを助ける前や、雪片を抑えるより先に、俺を斬らなかった」

「……っ! 知るか、馬鹿!」

 円と叫び合いながら雪片弐型を抑え続ける。

 いつまでもこんな状態が保つはずない。破綻は黒鍵のエネルギー残量から始まった。

「≪煉絶闇礁≫が……!」

 黒鍵の腕にある闇が濃紫を帯び始める。闇の濃度が下がって発色し始めたんだ。ワンオフ・アビリティの代償として、ついにエネルギーの底が見え始めていた。

「俺はいいからクオを連れて逃げろ!」

 ≪煉絶闇礁≫が途絶えれば、巨大白刃が暴走するだけじゃない。黒鍵が飛べなくなってしまうんだ。ワールド・パージからの脱出が困難になる。猶予がある内に安全な場所まで退いて欲しい。

 だとしても俺の要望を円が聞き入れるはずもない。きつい眼差しで睨み続けてくる。

 何か打開策は無いか。藁にも縋る思いで操舵室の中を見渡すと、小さな青い光の粒を見つけた。荷電粒子パンチで溶かされたドアを潜り、蛍のように飛んでくる。

 青い光が一瞬だけ瞬くと、空色をしたISの右腕パーツに変わった。

「なんだあれ?」

 ……見間違いなんかじゃない。操縦者が居ないのに腕部位だけが浮かんでいる。

 俺の様子を訝しんだ円も、背中に浮かぶ空色の腕に気が付き驚く。

 浮かぶ空色の腕は、驚く俺と円が抑える雪片弐型に飛び付き掌を添えた。あの青い光の粒が空色の腕から大量に放出されて、雪片弐型に当たる。途端に≪零落白夜≫の勢いが減少し始めた。

 青い光を受けて小さくなった≪零落白夜≫を、雪片弐型の展開装甲が強引に閉じて終わらせた。

 俺が大きく息を吐くと、空色の腕がすっと中央台座に移った。

「なんとか助かったな……」

「色と力からして、……これが新しい『蒼紬』か」

 俺を無視する円が浮かぶ腕を見て言う。更にわずかに残る≪煉絶闇礁≫を腕一本に向かって構えていた。

 助けて貰ったわけだけど、この腕と円が敵対しているってことはもう一波乱ありそうだな。流れがいまいち分からないが、戦闘を警戒しておかないと。

 円と空色の腕、それにクオとの間に移動しておく。

 ゴーレム・ゼロに収まっているクオの様子を見ると、うつむいて震えていた。

「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい……」

 クオが涙声で謝る続けている。叱られるのを待つ子供の仕草みたいだ。クオが謝罪する相手は俺じゃない。円でもない。……とすれば、腕?

 空の色を闇の刃を落とそうと腕を振り上げた円の前で、浮かぶ腕がまた光の粒状態に戻った。今度は≪零落白夜≫を止めた時みたいに大量の粒に変わった。そのままゴーレム・ゼロが収まっていた台座に入り込む。黒鍵が止める間もなかった。

 ごぅんぅ、とワールド・パージが揺れた。今度は操舵室全体から青い光の粒が湧き出てくる。

 狙いを失った円が、台座を殴り壊して悔しがる。

「まさか離界号ごと≪晴天回帰≫で……!」

 どんどん揺れが激しくなる。わき出してくる青い光も数が増えて、周囲全てに降りかかる。白式とクオのゴーレム・ゼロも巻き込まれた。

「なんだこれ。今度はどうなるんだよ」

「……激しく動かなければ大丈夫です。転移酔いが心配ですから、立っているよりも腰を下ろしてください」

 少し落ち着きを取り戻したクオは、何か知っているみたいだ。転移酔いってのが解らないけど、とりあえず言われた通りにする。

 光の粒が操舵室を埋め尽くして、俺たちや設置してある物の輪郭が曖昧になってゆく。

「理不尽な我が侭もいい加減にしろ、束姉ぇっ!」

 ただ一人、円だけは青い光を拒絶した。

 黒鍵が両手足のプラズマ発信機から≪煉絶闇礁≫を放射する。最後に残った二つのBTビットもエッジに変形させて、封印の闇を被せた。青い光は≪煉絶闇礁≫にかき消され、円に触れることができない。

 形が失われてゆく光の中で、黒い戦乙女の姿だけははっきりと見えた。

 

「おばあちゃんも、おじさんも、もういない。あの時に死んだんだ! そんなに会いたいんだったら、自分一人で追いかけなさいよっ!!」

 

 織斑円が涙と怒号と一緒に操舵室から消えた。

 ……違う。俺はこれを知っている。黒鍵が消えたんじゃない。取り残されたんだ。

 

 俺たちを乗せたワールド・パージが()()()()したからだ。

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