Infinite Stratos First Complete Session   作:石狩晴海

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エピローグ:一夏・イン・スカイバロウズ

 IS学園寮の廊下を、篠ノ之箒は自室に向かって歩いていた。歩幅は狭く肩と(こうべ)が垂れ下がっている。

 授業が終わった時間帯だが初冬の太陽は沈むのも早く、廊下は暮色に染まりはじめていた。生徒たちは部活や課外訓練に青春の汗を流している頃だ。周りにはまだ他の生徒を見かけない。箒一人だけだった。

 

 WP1迎撃作戦は、ひとまずの終息を迎えた。

 ()()()()()したからだ。

 内部に突入した織斑一夏が操舵士と思われるクオ・ヴァディス・サンドリオンをWP1から切り離し、一旦は制止に成功した。

 その後一夏は、白式と同じくどこからか内部に進入した黒鍵に遭遇。

 セシリア・オルコット、凰鈴音、シャルロット・デュノアが援護するために追突入を計ったが、到着する前にWP1が光りを放ち消え去った。

 目標を見失ったIS学園は、専用機部隊を収容し帰投した。

 作戦を妨害してきたIS委員会査問部を名乗る謎のISたちも、登場時と同じくステルス機能によって姿を消していた。IS学園からは消息が追えていない。

 

 箒は帰りのクルーザーの中で目を覚まし、作戦が終わったことを聞かされた。学園に着いたら解散が告げられて、寮に戻ってきた。

 今日の残りの予定は全てキャンセル。作戦に参加した者は休息するように。

 そうだな、休まないと……。

 一年生の専用機持ちたちが、箒に話しかけてきたがよく覚えていない。幽鬼のような足取りで進む。酷く手足が重たい。頭が痛い。部屋に戻ってシャワーを浴びて眠ろう。

 自室にたどり着いた箒は頭にある考えと違い、そのままベッドに俯けに倒れ込んだ。

 今回の作戦で、自分が何をしたのか考えたくない。

 織斑円の黒鍵に負けた。ただ負けただけではない。

 これまでの戦績は箒の力で作られたものではないことを知らしめられた。紅椿が強いから、束が画策していたから。なによりも、箒が力の意味を何も考えていなかったからだ。

 私は一夏と一緒に居たかっただけ。昔のように楽しい日々に戻りたかっただけなんだ……。

 

 しかし一夏は、居ない。

 

 織斑一夏および専用機『白式』は帰還せず。MIA、作戦行動中行方不明。

 WP1が消えた時に一夏は内部に居た。どんな影響を受けたのか解らないが、作戦域に反応がないことは確認されている。

 目標が消失した直後は、セシリアたちも一夏を探して飛んだ。学園側も引き続き捜索を行っている。

 それでも一夏は見つからない、見つかっていない。

 大事な時に自分は気絶していただけだ。なんて情けない。

 一夏と一緒に戦うと、背中を守ると決意したはずのなのに。こんなにも簡単に覆されてしまうほど、自分は弱く脆い人間だった。

 弱虫泣き虫と、黒い彼女の声が頭の中で残響する。

 枕に強く顔を埋めて息を殺す。耳を塞いで世界を拒絶する。

 こうでもしないと嗚咽がこぼれそうだった。息苦しいが、このまま窒息しても構わないとも思った。

 しかし枕程度では呼吸が篭もるだけだった。どうにもならない身に失望して、ベッドの上を転がる。仰向けになって天井を眺める。

 何の気持ちも無く部屋を見渡す。サイドボードに大きめの封筒が置かれているのが目に入った。宛名に箒の名前が書いてある。

 倦怠感に苛まれながら身体を起こして封筒を手に取る。こんな時でも生真面目に糊口を丁寧に開けて、中身を取り出した。

 

 そこでは箒と一夏が揃っていた。

 一夏に抱きついている着飾った自分が居た。

 

 完全に硬直する。頭と身体が凍り付く。望んでいた通り呼吸が停まる。

 ゆっくりと動きを取り戻した箒が封筒を見直す。内包物はインフィニット・ストライプスの見本紙だと書かれていた。この前一夏と一緒に取材を受けたIS専門誌。

 この時のインタビューで自分はなんと答えたか。紅椿を贈ってくれた姉に感謝していると言った。

 理想だけを求めて浮かれていた自分が、目の前に突きつけられる。

 そうじゃない。あれは甘やかされているだけだ。姉さんは私自身が強くなることなんて望んでいない。力を渡すだけで満足している。

 そんな状況で繰り返してきた試練なんて、予定調和でしかない。動力と抵抗が同じ箇所から供給されるのだ。結果なんて実験者の指先一つでどちらにでも変えられる。一歩でも庇護者の手を離れた相手が立ちはだかれば無様に負ける。名目だけの勝利で、どうやって強くなれというのか。

「助けになんかなってない! こんなのねえさんのおもちゃでしかないじゃないかっ」

 箒は心を言葉に変える。今まで胸の奥に留めていた枷も誇りも、粉々に砕かれている。

「わ、私は……、ねえさんのそういった見下しが大っ嫌いだっ!」

 あふれ出るままに、言ってしまった。

 いつでも姉は自分を気に掛けていただろう。でもそれは束の都合でしかない。束は箒を守るべき妹としか見てない。

 そんな篠ノ之束を、箒は昔から嫌っていた。

 だから必死になって剣道に打ち込んだ。神社の奉納舞いもずっと練習し続けてきた。一人でも頑張った。いつか姉に認めて貰おうとこれまでやってきた。

 何もかもが徒労で終わった。どうあっても自分は篠ノ之束の妹から抜け出せない。これほど恐ろしいことはなかった。

 もはや姉は恐怖の象徴で具現化したものでしかない。これまでは姉妹だから、家族だからと向き合ってきた。それが何よりの鎖だと解ったのだから。

 箒の世界が一枚ずつ剥がれ落ちてゆく。拠り所を失った少女は、もう一つの居場所さえ今は無いことを思い出す。

「一夏、一夏、一夏、いちかっ、いちかぁ……」

 二人が写る雑誌を抱きしめて、箒が幼馴染みの名前を呼び続ける。一夏の名を呼びながら号泣する。

 このままでは本当に一人になってしまう。せっかく一夏と再会できたのに。嫌だ。寂しいのは嫌だ。

 首を振って現実から逃げようとしても、何も変えられない。

 少女は守るべき自分も、見つめるべき少年も、繋がる家族さえ失った。今はただ、泣き崩れることしかできない。

 

 悲嘆に暮れる箒は、目が覚めてから一度も自分の専用機を見ていなかった。左手首の鈴が一つ欠けていること、そして一度も音を鳴らしていないことに気付かない。

 悲しいことだが、篠ノ之箒の絶望にはもう一段深い底が存在していた。

 

◇*◇

 

 織斑円は寝苦しさに身動ぎして、違和感に急速覚醒した。白いシーツが掛けられたベッドから飛び起きる。

 円はカーテンレールの敷居に囲われたベッドに寝かされていた。

 次に右手首の黒鍵を確かめる。半身であるパートナーISが、待機状態で巻かれていることにひとまず安堵の息を吐き出す。

 一息だけ緩んだ意識を引き締める。状況を確かめるために、音や匂いに集中してカーテンの向こう側を探る。

 ここはどこだ?

 ワールド・パージの操舵室で≪晴天回帰≫の影響から抜け出したまでは覚えている。最後のエネルギーまで≪煉絶闇礁≫に注ぎ込み、黒鍵は空の真ん中で力尽きたはずだ。

 飛行能力を失った円は、そのまま海に落下して墜落死する運命だった。スコールが利用価値を考慮して回収するかもしれないが、一度は逃げ出した円を拘束もせず、黒鍵も奪っていないのは不自然だ。

 考えていると、カーテンの向こうに誰かが近づいてきた。

 身構えようとした円だが、思った以上に疲労感が手足を縛っていてまともに動けなかった。いつもならどんなことをしてでも反逆の意思を表す円だが、カーテンに手をかけた人物を察してベッドに戻った。

「気が付いたか、家出娘」

「ねえさん……」

 予想通り実姉の織斑千冬がカーテンを引いて顔を見せた。

 カーテンの外には事務机と薬品を入れた棚が幾つか。壁には健康に関する啓蒙ポスターが貼られている。そしてベッドの横には自分が寝ているものと同じくカーテンで仕切られたもう一つのベッドがあった。

 つまりここは、IS学園の医務室だ。

 背もたれの無い診察者用の椅子をベッド傍まで持ってきて、千冬が座る。

「更識の妹に会ったのなら礼を言えよ。お前を拾ったのは彼女だからな」

 ワールド・パージ消失後、円に逸早く気がつき落下前に助けたのは一年四組の代表候補生更識簪だった。

「私のBTビットを盗んだ奴に感謝なんてできるか」

「更識には雪子さんからお前の名前を何かしら聞いた節があった。盗んだのではなくて、おばさんから渡されただけだろう。逆恨みするなよ」

 円は状況を理解して姉に詰め寄った。

「離界号はどうなった? それに御婆様のアドバンスドが……!」

「ワールド・パージは姿を消した後、見つかっていない。中に居たお前なら束が回収したことはわかっているだろう。12号検体についてはいずれ話をする場を作らんとな。束から何を聞いているのか、今回の暴走は誰が引き金なのか。情けないが教典を覗き見えないこちらは、いつも解らないことだらけだ」

 千冬が腕を組んで険しい顔になった。

「ワールド・パージを操るにはヴァルキリーの力、天女の力が必須になる。全人類に対して低い確率を無鉄砲に撃つよりは、既にSランクに到達している人間を複製する方が確実だと考えたんだな」

「悍ましい考えだ」

 吐き捨てる妹に、苦笑しながらも千冬は同意した。

「本来のアドヴァンドチャイルド計画は、妊娠不全な人たちへの人工子宮提供も兼ねていた。ボーデヴィッヒのような計画外生産は、組合に発覚した以後行われていない。一部の鼻息荒い婆様方が、悪しき権力主義の象徴と見なして徹底的に洗ったからな。全員メラニン治療後遺伝子配列提供者のところに戻っているはずだった。数年前に渡独した時ボーデヴィッヒの娘さんがISの実験部隊に居て驚いたが、あいつ以外にもまだ残っていたのか。束が拾っていて助かったというべきか、それとも……」

 千冬が背中にある別のベッドを見ながら、重たい息を吐きだした。

 それを見て、円が姉から目を逸らして俯く。言い難そうに小さな声でぼそぼそと話す。

「この前スコールが、ボーデヴィッヒ教授とようやくコンタクトが取れたと言っていた……」

「……今回の作戦で執拗にボーデヴィッヒを名前で呼ばなかったのは、そういうことか。軟弱者め」

「ねえさんに言われたくない!」

 ベッドから身を乗り出して円が叫ぶ。

「この十年間、私がどれだけ努力したのか。どれだけ心細かったか、どれほど怖かったのか! 空を見上げる度にいつ破滅の根源がやってくるのかと怯え続けた。いっそ黒鍵で暴れられば楽だった。未来の無い世界を壊してしまいたいと何度も考えた! それなのにスコールは誰も怪我させるな殺すなって、何も知らないままISに乗って地球の破滅を近づけている奴らを庇う!」

 円は心にある怒り、悲しみ、焦燥、挫折、苦悩、憤り、全てを言葉にして再会した姉に向かって叩きつけた。

「建前ばかりが立派で何も出来ていない。ねえさんたちはいつもそうだ! 全能者気取りの束姉と何が違うというんだ! 私だけじゃない、世界全てを騙しているのはスコールとねえさんも一緒だ!!」

 溢れ出る感情は、涙となって円の頬を濡らす。今回の作戦で何度も堪えたはずの雫が、遂に決壊して零れ落ちた。

「わ、わたしは黒鍵を完成させたぞ。おじさんが残してくれたISコアとの共鳴方法だけで、自分だけの羽衣を織り上げた! ねえさんの暮桜を追い越した。未来を変えられる希望の鍵を作ったんだ!!」

 言い切って、円は大きく肩を上下させて荒ぶる呼吸を収めようとする。

 その揺れる妹の肩を、千冬は引き寄せて抱きしめた。

「そうだな。おじさんが居ないのに、あれだけ強いISを作るなんて。よく頑張ったな」

「……この前の神社じゃ、スケジューリングが遅いとかコストが高いと貶したくせに。それになに? あいつがなくなったから今度は私なの?」

「さすがにそんな弄れた受け止め方は怒らせてもらおう。お前だって一夏の居場所は検討がついているだろうが」

 千冬は抱きしめている妹の後頭部にびしびしと手刀を叩き込んだ。

「ねえさん、痛い」

 軽く小突かれる程度のチョップだが、円は激しく頭を振って逃げようとした。しかし乳房をクッションにして両腕ががっちりと押さえ込んでおり抜け出せない。

 千冬は思った以上に大きくなっていた妹を強く抱きしめて離さない。

「お前は私の家族なんだ。だから私が守ってやる。今度こそ、必ずだ」

 千冬の言葉に円は動くの止めて、姉の背に腕を回して抱き返した。

「……この程度で赦されると思わないことね」

 言葉とは裏腹な妹の態度に千冬は微笑む。

「結局ユウコさんの願掛けは失敗だったな」

「なによ、それ……」

「お前のコードネームだよ」

「ただのイニシャルでしょ」

「おじさんのセンスを思い出せ。日本語で考えるんだ」

 下だらない音合わせが何になると、表向きは否定しつつ言われた通り口の中で言葉を転がしてみる。

 M、エム、えむ、……笑む。

「笑って欲しいと言われても、お前のことだ。あっちではできるだけ表情を変えまいとしたんだろう。こんな簡単な言葉遊びにさえ気付かない程にな」

 円は姉に廻した腕を強く引き寄せる。スーツの下にある柔らかなクッションに目蓋を押し当てて溢れそうになるものを無理やり押さえ込む。あんなやつに気遣われていたなんて酷い屈辱だ。

「そんな、今更……。それじゃ監視用や治療用のナノマシンも」

「アビリティならありえるかもしれんが、最初期のドース・マーベリーに万能性を求めすぎだ。白雪だってそこまで器用じゃないんだぞ」

 震える妹の背中を千冬は優しくあやす。

「今度も色々とごたつくだろうが。ひとまずは、お帰り円」

 織斑円は、十年振りに姉の胸で声を上げ泣いた。

 

 しばらくして円が落ち着くと千冬は医務室を出ていった。今日の作戦に関する事後処理を後回しにして円の安否を気にしていたから、これから徹夜仕事になるだろう。

 姉に今日は何も気にせずゆっくり休めと言われた円だが、気も漫ろに右手首の黒鍵を見る。千冬には完成させたと言ったが、ようやく本体が形作られただけだ。今回の戦いでわかるように黒鍵の武装は半分も整っていない。本当に完成したと言えるまで、まだまだ先が長かった。

 円は横のベッドを見て声を掛ける。

「下手な狸寝入りはやめろ。笑いたければ笑えばいいだろうが」

 少しだけ間を置いて、隣のカーテンが内側から開けられる。

 もう一つのベッドに座っているのはラウラ・ボーデヴィッヒだった。円に嫉妬や後悔が混じった複雑な表情を向けている。

「聞きたいことはいくらでもあるだろうが、ねえさんから切り出されない限り私も言わない。それまで大人しく自称弟子を続けていろ」

「随分と身勝手だな」

「ああ、ねえさんと同じくな。なにせ世界を相手に詐欺行為の真っ最中だ。身勝手でないとやっていけいないさ」

 不貞腐れたようにベッドに横になる円。

 自分から話しかけてきたのに、一方的に会話を終わらせるつもりのようだ。本当に勝手すぎる。原理不明に我侭で押しが強いところは織斑姓三名の共通項だと思いながら、食い下がるつもりでラウラから切り出した。

「貴様が一夏を狙う理由はなんだ。教官の態度が貴様と一夏で一致しない。襲撃者だった妹の帰還を喜びながら、弟の命の危険に無関心というわけではない。強さの理由に弟の存在を上げながら、本当に気に掛けていたのは妹のようでもある。織斑は、一体どうなっているんだ」

 ラウラは言葉を切って反応を待つが、案の定沈黙で返された。

 仕方無しにラウラも疲れた身体を休ませようと、ベッドに入り直す。横になったところで、円が不意に口を開いた。

「簡単には理解できない複雑なものだが、ひとつだけ教えてやろう」

 ラウラに背を向ける方向に寝返りをうった円が、真実を告げる。

 

「私の誕生日は9月27日だ」

 

 ただの日付であれば馬鹿にするなと激高したが、しかしそれは織斑一夏の誕生日だ。

「一夏と貴様は双子だとでも言うつもりか」

「それこそバカを言うな。むこうは3月生まれだ。あいつは最初から織斑一夏だったんじゃない。十年前に私から姉さんを奪っておきながら、罪の全てを忘れているだけだ……」

 ラウラは考える。一夏と円の誕生日が入れ替わっている。という単純なものではないのだろう。なぜ一夏が円の誕生日になっているかが争点だ。誕生を祝うあの夜に、円は無理を推してでも一夏を殺しに来た。名乗りを上げた。それだけの裏事情があるのだ。

 試しに円の動機を推測してみる。本当なら自分が祝福される日のはずなのに、対象が誕生日を奪っていった人間に擦り替えられていた。まして自宅でパーティーが開かれるなどの話を耳にすれば、怒り心頭にもなる。

 たったそれだけのことに正体を悟られる危険を犯した。いや円には我慢ならない箇所があったのだ。

 一夏とよく似ていて、思いついたら行動せずにはいられない質なのだろう。

 ラウラは思いついた言葉を返す。

「……織斑は、見事に全員が冷静を装った激情型なのだな」

 今度こそ円は反応しなかった。

 しばらく傾いた夕暮れの日差しだけが二人を繋げる。数時間前までISを装着してぶつかり合っていたとは思えない距離で、お互い無防備を晒している。おかしなものだが、太陽が完全に地平に落ちればこの奇妙な関係も消えてなくなるだろう。

 何を思ったのか、今度は円が切り出した。

「そっちこそ今後はどうするんだ。()アドヴァンスド」

「……意図が知れない言葉を使うのはやめろ。何言っているのかわからん」

「私とねえさんの話しを聞いていなかったのか? 近いうちに親が迎えに来るんだぞ。お前は兵士でも遺伝子強化体でもなくなって、ただの人間になるんだ。自分は一夏の嫁? 訳の解らないことを言っているのはあなたの方よ。人形(ピノキオ)ちゃん」

 円の言葉使いが変わる。箒に対した時のように哀れみと慈悲を帯びた声音で、ラウラに向き直った。

「きっとボーデヴィッヒ教授はあなたを溺愛する。軍から娘の身柄を取り戻す。それはあなたが代表候補生でなくなるということよ。ドイツIS部隊隊長で、学園の生徒なのがあなただったわね。でもね……」

 親が来る? 軍から取り戻す? なんの話だ……。

 本当は理解できる部分もあったが、ラウラは円の言葉を懸命に聞き流そうとした。極度に疲労した身では円を黙らせられない。頼みのシュヴァルツェア・レーゲンも原因不明の沈黙中。

 何の抵抗も出来ないラウラに、円が止めを刺す。

 

「ISも地位も失って、それでもあなたは自分で有り続けられるのかしら?」

 

 あの椿の着物を召した少女が見せた宇宙。ラウラにとって血縁者とはあの不思議な宝石に匹敵する存在だ。

 自分はここにいると強く叫ばなくても、傍にいてくれる人。横にいる円と教官のように長い間離れていても通じ合える人。そんな遠く隔てた存在がやってくる。

 ラウラの世界を壊すために……。

 まるで座礁した船のように。今まで無かった足場を必死に自分で組み立てていたはずなのに、海底から隆起した陸に無理やり押し上げられた気分だった。本来なら安定した場に移ったはずだ。それでもラウラには世界全体が揺れたように感じた。

 夕暮れの風が、世界を崩す音にしか聞こえなかった。

 

◇◆◇*◇◆◇

 

「……ぅつ、これが転移酔いか」

 ワールド・パージの操舵室がぐらんぐわん揺れていた。実際には俺の目と三半規管が廻っているからだけどな。

 テレポーテーションでシチュエーションを強引に変えられた時、人体が急激な変化を受け止めようとフル稼働すると起こる症状ってことだろうか。見えている場所は変わらないのに、さっきとは違う場所に一瞬で移動させられたことを内耳が感じとって、必死にバランスを取ろうとしている。物理的な身体は傾いてもいないからギャップがひどい。すっげぇ気持ち悪い。

 歪む視界で状況を確認する。

 もう青い光は消えてなくっていた。操舵室の照明も≪零落白夜≫の暴走でほとんどが壊れているから暗いけど、装甲バイザーの補正で問題なく見えている。

 一緒に飛ばされたはずのクオを探す。もう一人の同行者だったはずの円は、自分からこのテレポートを拒否したからいない。

 ……≪煉絶闇礁≫で防げるってことは、この現象はISのワンオフアビリティなんだよな。もしかしたら≪零落白夜≫で切ることもできたかもしれない。

 ともあれクオを探そう。俺は首を起こして、焦った。

 床に置かれたままゴーレム・ゼロの胴体。そこに座っているクオの前に、見知らぬISが立っていた。ゴーレムのダミー人形が、雪片弐型の暴走を止めた空色のISを装備していたんだ。こいつ、新型のゴーレムだったのか!

 空色のゴーレムは腕を振り上げて、クオのゴーレム・ゼロを狙っている。動けないクオには避けることも出来ない。

 ここまで来てクオを助け損なってたまるか。

「やめろぉ!」

 転移酔いでふらふらの身体を気迫で動かす。雪片を握りしめ、全力で突きだした。

 空色のゴーレムに命中する直前、雪片弐型が勝手に展開装甲を広げて≪零落白夜≫を発動させた。

 俺は命令していないぞ! また暴走か?

 しかし心配は杞憂だった。光の刃はこれまでと同じ動作で停まってくれた。

 空色のゴーレムは俺の存在を感知していかったみたいで、背中から胸に≪零落白夜≫が突き抜ける。

 ここまでやれば絶対防御もなにもない。致命的な一撃だ。

「クオ、大丈夫か?」

 動けないクオを見ると、今にもこぼれ落ちそうなほど涙を溜めた目をして、ゆっくりといやいやと首を振っていた。しゃっくりと繰り返して、目の前の出来事を拒否しているみたいだ。

「お兄ちゃん……」

「もう泣かなくても大丈夫だ。一緒に学園に帰ろうぜ」

「そうじゃ、ないです……」

 

「そうだよ、いっくん。月から地球まで、どれぐらい離れていると思っているのさ。今のISじゃ、専用の装備が必要なんだよ。宇宙の大きさを馬鹿にしちゃあいけないな」

 

 唐突に、空色のゴーレムが、喋った。

 ……その声には聞き覚えがある。頭で必死に否定しても、耳と心が覚えている。この人が誰なのか。理解して愕然とする。

 ≪零落白夜≫に刺されたままのゴーレムが腕を上げる。人差し指を立てて、白式の装甲バイザーを軽く小突いた。こんっと小さな音がする。

 それを合図に罅の走る装甲バイザーが頭上にスライドした。両目が暗闇に晒される。

 

「今回は色々と驚くことがあったけど、最後は全部いっくんに持って行かれちゃったね」

 

 俺の目の前には、雪片弐型の≪零落白夜≫に刺し貫かれた篠ノ之束さんが、立っていた。

 

「白雪姫に直接逆襲される魔女の役かぁ。脚本は面白そうだけど、この配役は嫌いだな」

「うわあああぁぁぁ……!」

 俺は雪片を手放して悲鳴を上げながら後ろに下がった。意識した行動じゃない。衝撃が強すぎて、床に脚をつけている感覚すら解らないぐらいだ。

 俺が、束さんを、殺した……?

 ≪零落白夜≫が消えて、床に落ちた雪片弐型が変形を戻す。

「そんなに驚くことないじゃない。おお、こういう風にみえるんだ」

 束さんは胸に空いた穴を興味深そうに覗き見ていた。

 ……身体を貫かれたのに束さんは全然動じてない。それどころか血が出ていない?

「一体どういうことだ! からかうなら状況を選んでくれよ」

 バイザー越しでは確かにゴーレムだった。肉眼で見たら束さんだなんて、どんなイリュージョンだ。手の込んだ悪戯にしては悪趣味すぎる。

「これに関しては束さんがまんまと謀られた側なので、説明できないでーす」

 一歩、笑う束さんが俺に近づいてお返しとばかりに胸部に抜き手を打ち込んできた。

 

 えっ……?

 

 白式の胸部装甲に、空色の腕が深々と入り込んでいる。

 でも、痛みをまったく感じない。

「これだけは返して貰うよ。さすがにやられっぱなしじゃ気分悪いからね」

 束さんが腕を引き抜くと、前にも見たことのある白式のISコアを手にしていた。

 そして痛覚の通り、俺の胸には傷一つ付いていない。一体どうなっているのか。もう何がなんだか解らない。

 でも白式のコアが取られたことは目に見えている。

「待ってくれ、束さん。それを取られると白式が……」

「もう充分に動けるでしょ。暮桜から卒業して、これでようやく本当の白式が完成したんだよ」

 コケティッシュに笑う束さん。

「え、あ……、本当だ」

 言われたとおり、白式を動かすのに何の支障も無かった。

「そろそろ束さんも限界だから帰るね。……しばらくは二人きりだからって、くーちゃんにイタヅラしたら後でお仕置きだかんね」

 唐突に、膨れ顔の束さんの姿が消えてゴーレムに戻った。空色のIS部位をつけた人形が、力を無くして倒れる。急いでゴーレムの手を見るけど、白式のISコアも無くなっていた。

「なにがどうなっているのか、さっぱり皆目検討がつかない……」

 唯一解説してくれそうなクオを見る。

 ゴーレム・ゼロも不調を回復したみたいで、ようやくとクオも灰色の機械椅子から身体を引きがしていた。

 色々と聞きたいことが山積みだけど、まずは現状を確かめるべきだな。

「クオ、ここがどこだか解るか?」

「束さまの研究所で、月の裏側です……」

 クオの答えに、また頭がぐらんぐわん揺れた。

 

 これが本当の『地球を離れる』(ワールド・パージ)かよ。

 

 

  IS9 黒鍵編/ワールド・パージ(後) 了




執筆環境:
docomo dynapocket T-01B
 Microsoft Word Mobile
      +
iBUFFALO BSKBB01 Bluetooth Keyboard


各種小計:

文字数
IS8 黒鍵編/ワールド・パージ(上)
第一話:日々の明暗
 32267文字
第二話:妹ができました-1
 17630文字
第二話:妹ができました-2
 28880文字
 計:46510文字
第三話:レイディ・レディ
 35970文字
第四話:織機の工手たち
 26425文字
エピローグ:蒼月水面に歪み
 3974文字

IS9 黒鍵編/ワールド・パージ(下)
第一話:第三の黒
 31799文字
第二話:カノチカラの兆韻
 25956文字
第三話:VS ワールド・パージ(上)
 34712文字
第三.五話:VS ワールド・パージ(中)
 38515文字
第四話:VS ワールド・パージ(下)
 35142文字
エピローグ:一夏・イン・スカイバロウズ
 10036文字
(※ハーメルン投稿ページでの計算の複写です)


原稿用紙換算:
42文字×36行書式で計算
IS8 黒鍵編/ワールド・パージ(上)
 150枚
IS9 黒鍵編/ワールド・パージ(下)
 173枚

2013/5/16:誤字修正


TINAMIにてその後のFSCを公開。
15巻までの構想を出しています。
http://www.tinami.com/view/400953

ここまでのお付き合い、ありがとうございました。
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