Infinite Stratos First Complete Session   作:石狩晴海

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第二話:妹ができました マイ・リトルシスター 1

 日曜の朝、織斑宅の玄関。

「それでは先に出るぞ。学園に戻る時の戸締まりを忘れるなよ」

「心配しすぎだ。さすがにそこまで子供じゃないさ」

 俺は千冬姉から靴篦を受け取り返事をする。

「そうだな。いつかは一人前になってほしいものだ」

 あ、ひっでぇ。婉曲に今の俺を否定しやがった。

 なにか気の利いた返しを捻りだそうとするが、都合良くはいかない。仕方なく喉奥まで来ている憤りを飲み込んで、スーツに身を包む千冬姉を見送る。

「いってらっしゃい」

「いってくる。……久しぶりにお前の料理を味わえてよかったよ」

 出掛けに一言付け足して、我が家の鬼姉様は仕事場に戻っていった。

「あんな有り合わせの朝食じゃ、誰が作っても味なんか変わんないよ」

 もしかして最後のはデレなのか?

 

 ぞぞぞぞぞぞぞぉぉぉ……。

 

 全身に鳥肌が立つ。絶対に考えていけないことに踏みいったからだ。

 いかん。秋も深まるこの時期に、こんな寒い思いしたら風邪をひいてしまう。

「さっさと片づけて、家の掃除でもしよう」

 台所に戻り食器と調理道具を洗い始める。

 近場のコンビニで食材を調達したから、コストが高く付いてしまった。おとなしく弁当か総菜ですませれば良かったかな。しかし、こうして家の事をするのが寮から出ている目的の一つなんだし。

「悩むことはないか。悪寒と家事っていえば、あれを思い出すよな」

 4月、まだ入学したばかりの頃。

 女の子が気になる話題かなと、軽い気持ちで掃除や料理の話をしたことがある。家庭の事情で一通りのことはこなせると言ったら、クラス中の目が野性味を帯びた。

 あれは怖かった。

 炊事洗濯とかの家事全般が出来る人間はモテるというが、嘘だ。狙われるというのが正しい。実体験から主張する。

 懐かしささえ感じるエピソードを思い返しながら、食器の水気を拭き取りラックに架けておく。棚に仕舞うのは昼飯が終わってからにする。

 今日は午前中に家のことをこなして、午後からある場所を調べる予定だ。

 昼飯は家で取るけど、夕方には寮に帰る。ここは学園に近いとはいえ、さすがに入寮しているからな。外出申請は一晩だけにしたから、緊急で伸ばすと山田先生が涙目になってしまう。

 当学園は、就学する生徒総員に入寮を課す、だったよな。規則は守ろう。

 台所を出て、家の掃除に取りかかる前に、もう一つの洗い物に向かう。

 今日の千冬姉に冬物を持たせた手前、自分の分も入れ替えておかないと。

 寮から持ってきた秋物の私服を洗濯篭に小分けしながら出す。ホース付きの蛇口を開けて、小グループ一つを洗濯機に入れる。粉洗剤を適量振りかけ蓋を閉めると、散水とドラムの回転音が始まった。

 学園寮か……。

「半年以上もいるけど、いまだに理解できないことがあるからな。俺が使えない俺専用の洗濯機とか勿体なさ過ぎるだろう」

 学園寮にはクリーニング屋のカウンターと、生徒が使える洗濯機が並ぶランドリーコーナーがあるんだが。

 入学直後の俺は洗濯機が使えなかった。

 洗濯機の操作が解らないとか、そういんじゃない。使わせて貰えなかったんだ。酷い時には、今使っている子がいるから近寄っちゃダメと言われた。

 おかげで実家に帰って洗うことが習慣化してしまった。環境が整った寮生活のはずなのに、不便な所が多すぎる。

 これを友人たちに相談したところ、数馬は呆れ顔で察しろとだけ言った。一方の弾いわく、年頃の娘が『わたしの服とお父さんの下着を一緒に洗わないで』と主張する心理だそうだ。

 なんだそりゃ、ふざけるなよ。俺は寮にいるみんなと同い年だ。お父さん扱いされるほど年齢は離れていない。速攻で数馬と弾が『そこじゃねー』とユニゾンしてつっこんできたが、他の理由なんて考えられない。

 問題の解決が計られたのはしばらく後、シャルと部屋が別れてからになる。 寮の端っこにある倉庫の片隅に一台の洗濯機が導入されたのだ。名目は俺用。白式に続く二台目の専用機である。家電だけど。

 よかった。これで少しは楽になる。

 しかしそんな希望は一瞬にして蒸発した。

 新たに設置されたニューマシンはランドリーコーナーのよりも高性能で、たちまち他の生徒に占領されてしまったのだ……。

 ごめんなさいと謝るならなんとかしてください山田先生。どうして利用頻度率一位が教師なんですか。

 千冬姉に話しても、女生徒は追っ払って構わないが山田先生は見逃してやれという。いや、だからさ。教師である山田先生が止めない限り、他の女の子たちも納得しないって。

 訴えても誰も取り合ってくれないので、夏になる前には改善することを諦めた。

 改めて女子校に男が一人放り込まれる異常事態を噛みしめる出来事だった。

 

 洗濯ドラムの旋回音を感慨深く聞きながら、家の中を掃除してゆく。

 昨日のうちに窓を開けておいたので空気の入れ替えは終わっている。

 人が住んでいないので酷く汚れているところはない。なので埃を払うことを重点的にやる。

 壁を一頻り拭いて掃除機をかければ終わりだが、広いとは言えない家でもひとりでこなすには十分に仕事量だ。

 午後も予定があるから効率を考えて動く。

 しばらく掃除に専念する。

 無心で動いていると、自分と世界の容が頭の中に浮かんでくる。

 意識が自分とその周辺に集中されるからだ。距離感と言いえばわかりやすいだろうか。色々なものの境目がどこにあるのかが見えてくる。

 これをどこでおぼえたんだっけ。

 記憶をさかのぼると、箒の神社で剣道を習っていた頃だと思い出す。

 中学の時は部活よりもバイトを優先したから帰宅部だったけど、あの頃に鍛えて貰えたことはずいぶんと役にたった。

「奥義とか作ってもらえたしな」

 自然と笑いがこぼれた。

 十年前は両親も居らず千冬姉も忙しく、俺は篠ノ之さん()に預けられた。そこでよく箒と二人で剣道の練習していた。

 今でも剣道じゃ箒に勝てないが、当時は身長差もあって俺は強くコンプレックスを抱えていた。

 女の子の幼馴染みがいる人なら解るだろう。小学校の低学年までなら、女子の方が身長高いことも珍しくない。多分に漏れず、俺たちの場合も別れるまで箒の方が背が高かった。その差はいかんともしがたく、どれだけ距離感が正確でも相手より短いリーチじゃ攻撃が届かない。

 俺がどうしても勝ちたいといったら、いろいろと奥義を教えてくれた。奥義と言えば聞こえがいいが、要するに搦め手だ。

 まあ、そんな小さな子供がおいそれと奥義なんて修得出来るわけもなく、黒星を重なることになるんだけどな。

 今の俺が使えるのは、箒との訓練で昔のことを思い出して練習しなおした結果だ。十年越しでようやく成果が出た。弟子としちゃすごく不出来だよなあ……。 

 あれらは誰から教わったんだったかな。男の人だから箒と束さんの父親、柳韻おじさんだと思うけど違うような気もする。

 俺が男の人と勘違いして覚えていて、本当は千冬姉だったりするのかも。

 それも違うか。

 千冬姉なら『そんなものを練習するより、もっと正確に、鋭く振り切ることに集中しろ』っていうかな。そっちの方が断然強い。

 なぜならあの奥義は“ISを着けている状態”でしか使えない。

 あんな超絶反応を前提にした技なんて、生身の人間が扱えるようになるには何十年と研鑽を積まないと届かない。

 つまり俺が強くなったわけじゃなくて、白式の使い方が少しだけ解っただけなんだ。

「どの道、子供には無理なんじゃないか」

 苦笑と同時に掃除機がつっかえた。電源コードが延びきったので一旦電源を止める。

 コンセントの場所を変えるついでに、洗い終わった洗濯物を干してゆく。次の洗い物をドラムに詰めて蓋を閉じる。

 再び始まった旋回音を背中に聞きながら物干し台へ。この季節の光は照射角度も圧力も下がり、すっかり夏の力強さを失っている。早めに干さないと夕方までに乾かないかもな。

 小さな心配事を抱えながら、女物のYシャツをハンガーに引っ掛けて皺を伸ばしていく。

 ふと寮の同級生たちが、織斑くんは女子の動向に鈍感と指摘するのを思い出す。

 理由に千冬姉の存在が上げられるが、残念なことに多くて半分、少なくとも1/3は箒のせいだ。

 箒の感覚優先で大雑把な性格は小さな頃から知っている。それに巻き込まれた俺が言うんだから信用してくれ。しかし面前と主張しようものなら斬り殺されるので黙っている。それにこの因果関係に気が付いたのはIS学園に入学して箒と再会してからなんだから、俺の鈍感も相当なものだ。

 結局みんなの言い分が正しいことに笑えてくる。

 だが、反論しよう。

 寮の内情を知る人間として、そっちだってずぼらなところは多いと言い返す!

 大浴場の更衣室で取り忘れの女性用下着を見つけたのは、一回だけじゃないぞ!

 俺の利用日まで残っているってことは、相当のうっかりさんじゃないか。わざわざシャルを呼んで落とし主を捜してもらったり、大変だったんだからな。

 シャルは『釣り餌……、こんな手が』とか呟いていたけど、下着で魚が釣れるはずがない。なにか別の意味があるんだろうか。

 

 掃除を続けならが、色々なことを考える。……どうしても無心になりきることができない。頭の中を白紙にしつづけることができない。少しだけ埋没して自分の区切りを意識すると、胸の奥に後悔の念を隠していることが見えてしまうから。

 鏡を見なくても、表情が固くなっていくのがわかった。

 昨日は千冬姉に“彼女”のことを問い詰め直す絶好の機会だったのに、俺は出来なかった。

 放課後に千冬姉が外泊することを知って、急いで準備をしたにも関わらずだ。何をしているんだろうな俺は。

 以前の問い掛けは他に家族がいるかというだけだった。

 “彼女”の名前を出せば、もっと違う反応が出くるかもしれない。でも俺には踏み込めなかった。

 今も必死に表層を取り繕っているが、情けない自分に苛立ちを覚える。

「みんなが言うように、もっと鈍感でいたかったな。どうして今頃になって出てきたんだ」

 “彼女”(織斑マドカ)は。

 家族のことがタブーになっているといっても、結局躊躇しているのは俺なんだ。俺は本当のことを知るのを怖いんだ。千冬姉の壁を突き崩す鍵を持っているのに、鍵穴に差し込み廻す決意がない。開けた中から何が出てくるか。知ってはいけない気がする。

 今目の前にある空き部屋のように。

 扉を開けて、空き部屋に掃除機をかけていく。

 別段不自然な箇所があるわけじゃない。ただの二階にある一室だ。間取りも普通だし、俺と千冬姉で過ごすには使わないってだけだ。倉庫からモノがあふれているわけでもないから、物置にもなっていない。客間として使おうにも、うちを尋ねる人がいないから家具も置かれていない。

 言い訳はいくらでもできる。使わない理由なんて、いくらでもあげられる。

 でも、もし、仮に、使う理由があったのなら。“使う理由が居なくなった”から使わないだけなら……。ここは誰のために用意された部屋だったのだろう。

 空き部屋の角まで来て掃除機のコードが延びきった。俺は電源コードが絡まないように軽く束ねながら、誰のものでもない部屋を出て掃除を続けた。

 

「よし、掃除終了。昼飯を買いに行くか」

 予定通りに家事を終えて、買い物の支度をする。

 汚れた服を着替えて財布とバックを確認するだけだが、手を顔を洗ってすこしだけさっぱりした。

 掃除中暗い考えばかりになったから、いっそ昼食までに全部吐き出すことにした。ご飯は明るく美味しく食べるものだ。気分転換のための外泊なんだ。とことんやるぜ。

 近所のスーパーまでのんびり歩きながらの愚痴タイムだ。

「千冬姉だって、割といい加減なんだよ」

 シスコンと言われるほど、俺は千冬姉のことは絶対視していない。

 あのアルバム作製も誘拐事件からしばらくは止めていた。

『自分の横に誰が居たのかをよく覚えておけ』

 隣に居てくれない人に言われても、不愉快なだけだ。

 決勝を放棄してまで駆けつけてくれたことは嬉しかったが、ドイツ行きを教えてくれなかったのが決定的だった。

 千冬姉とは違う。俺はみんなを守るんだ。

 そんな反骨だけの薄い決心もあったが、銀色の福音がたやすく砕いた。リベンジがうまくいったのは、みんなの協力があったからだ。

 もう一度アルバムを開いたのは箒の誕生日を祝ってからだ。

 あの時の浜辺で、初めて篠ノ之箒を女の子として意識した。可愛いと。一緒に居たいと思った。

 アルバムに写真を残すのは、こういうものを後で思い返すためなんだと、ようやく作製の意図を知った。

 これも奥義と一緒だな。意味が解るのに十年もかかったぜ。

 七夕で一段落する焦燥感が、一番酷かったのが入試からの数ヶ月間。もっと言えば、進学先が藍越学園からIS学園に変わった時だ。

 自分の行く道を好き勝手にされて喜ぶヤツなんていない。試験から入学までの期間は、保安上の理由とかでホテルに缶詰にされたんだ。そんな強引なことをされたら、気分が悪くなって自暴自棄になるだろ。

 子供っぽいと言われるかもしれないが、俺は届けられた教科書に当たった。苛立っている時に、読んでおけと分厚く難解な本を何冊も渡されて素直に受け取れなかったんだ。

 でも、周りからはそんなことわからなかっただろう。

 箒とも数年ぶりの再会だったし、他のみんなは教室で初めて俺を知ったんだから。ただISの知識が無いだけと受け止められた。

 教室で千冬姉を見た時は本当に驚いた。自分が振り回されていると思いこんだ。

 その勢いのままクラス代表を決める時セシリアに食ってかかったことは忘れたい。

 何度も言うが、あの頃は本当に荒れていた。目の前すべてに苛立っていたんだ。そこに周囲が全員女子という異常環境のプレッシャーだ。まともな行動なんてとれるはずがない。

 返す返すも恥ずかしい。

 別に千冬姉が嫌いなわけじゃない。たった一人の家族だし、その立場から色々なものを守っていることは理解できる。俺が知らないことをたくさん知っていて、いつも気丈に振る舞って。

「かなわないけど、今のままでもいられないよ」

 いつか追い越す存在としてはわかりやすいんだ。ありがたく目標にさせてもらう。

 打倒はできなくっても、並び立つまでにはなりたい。

 自分で決めた期間は学園在学中。その間に自分で自分の今後を決められるようになること。

 そんな小さくて途轍もない難題に、織斑一夏は挑んでいるのである。

 

◇*◇

 

 昔から通っているスーパーに入る。チープな電子音を奏でる店内放送に、さざ波立っていた心が平静さを取り戻す。

「さて、何を作ろうかな」

 休日の昼前とあって店内は多くの人が行き交っていた。

 買い物篭に持ち帰り用のバックを入れて、片手に下げる。特に急いでいないんだ。一巡りして何が割引されているのか確かめてからにしよう。

 陳列棚を眺めながら歩く。

 お、秋採りの芋が安いな。でも料理に使うにはレシピが思いつかない。

 凝ったものなら出来るけど、今日の夕方には寮に戻る予定だから、作るのは一食限りだ。

 きちんと考えて食材を買わないといけない。

 朝の反省を生かして弁当にする手もあるが、人間一度楽をすると元に戻すのに苦労する。普段は学食の恩恵に感涙しつつも、ふと台所に立つと危機感を覚えるんだ。寮の環境に慣れすぎたら、家事を億劫に感じてしまう。これはまずいってね。

 こうして家の事をして楽しむのも目的なんだから、やっぱり料理がしたい。

「もう少しまわってみるか」

 他のお客さんが何を手に取るのかも見ながら食品コーナーを巡っていると、喧噪が聞こえてきた。喧嘩しているというほどじゃなくて、子供が大きな声を出しているみたいだ。

 そこに知った人がいたから俺から声を掛けた。

「おばちゃん、一体どうしたんだ?」

「あら、いいところに」

 試食コーナーを切り盛りしているおばちゃんは、俺に気が付いて手招きをした。

 中学の頃、俺はここの店でバイトをしたことがある。商品の棚出しと片づけ程度の雑用係だったけど、店員には何人か知り合いがいる。

 このおばちゃんもその一人だ。

 招かれるまま試食コーナーまで近づくと、一つの冷凍食品を手にした女の子がいた。

 銀色の髪をした12歳ぐらいの小さくて可愛らしい子だった。明らかに日本人ではない。学園関係者の家族だろうか。IS学園の開校から近辺での外国籍世帯が増えた。学園の特性を考えれば当然である。この子もその一人だろう。両目を閉じていて表情が読み取りにくいけど、その分眉が面白いほど波打っていて口以上に心情を語っていた。

「いやね。この子が見本品を作るにはどうしたらいいかって聞くんだけど。お嬢ちゃんには難しいって言っても聞かなくね」

 そう言っておばちゃんが売場に置かれている小さなイミテーションの見本を指した。

 女の子が持っている冷凍食品のメーカーから展示用に貸し出されているものだ。

 色鮮やかなサラダとたっぷりと餡かけされたミートボールを一瞥してから、ひざを曲げて女の子と視線を合わせる。

「ふ~ん。料理がしたいのかい?」

 両目を閉じていている女の子が俺に向き直った。背中に垂れる大きな三つ編みが揺れるほど首を上下させる。

「はい。おいしい料理を作らなくてはならないのです」

「でもそれはプロの人が作った見本だから、同じものを作るのは難しいよ。飾り用の模型だし、外観を真似るにも料理上手でないとな」

「できませんか?」

「手に持っているものだけじゃできないよ。それでも十分においしいから作ってみるといいさ」

 首を傾ける女の子は納得していない様子だった。

「これだけが調理レンジで作れても意味がないのです。料理ができるようにならないと」

「なるほど、冷凍品の見本みたいなのが作りたいんじゃなくてミートボールが作りたいのか。もっと言えば料理全般が上手になりたんだ」

「はい……」

 だからおばちゃんに作り方を聞いていたんだ。

 この子の料理は、たぶん誰かのための料理なんだろう。昔の俺に少しだけ似ているところがあるから、なんとなくわかる。必死にレシピを探して、出来もしない料理を作ろうとするのは……。

「その人においしいものを食べさせてあげたいからなんだよな」

「どうしてわたしの考えが……?」

 女の子が口を大きく開けた驚きの顔をする。予測的中だな。

「料理は作る人だけじゃなくて、食べる人がいて初めて料理になる。キミが美味しいものを食べたいって言わなかったから、そうじゃないかって思ったんだ」

 繰り返し料理を作りたいと言う女の子に、経験者からのアドバイスをあげよう。

「最初は簡単なものからはじめようぜ。レンジを使わせて貰えるなら、レパートリーは十分にあるからさ。手を掛けていないことを雑だと思わないで、何でもやってみなって。材料を切って合わせるだけでも立派な料理だぜ。圧してもない、ミミも切り取っていないサンドイッチだって、キミが一生懸命作ったのなら、食べた人も美味しいって言ってくれるさ」

 ここまで言って、はたと気が付く。

「でも、味見ぐらいはしような。自分が食べられないものを出しちゃダメだぞ」

 慌てて付け足した言葉に女の子も思い当たる節があるのか、恥ずかしそうに縮こまった。

 立ち上がった俺は女の子の手に軽く触れる。

「今日のところは、それを使えばいいじゃないかな。料理って知識と経験に裏打ちされた技術だから、近道はないんだ。だって、自分が食べたことのないものを作るのは難しいだろう。冷凍食品でもいいじゃないか。食べてみて味と材料を自分で体感して、少しずつ覚えていけばいいよ」

 女の子はじっと手元の冷凍ミートボールを見つめている。

 話の区切りを察して販売のおばちゃんが話しかけてくる。

「さすが子供をあやすのは上手ね」

「このぐらいの子なら、きちんと話してあげた方が理解してくれますよ」

「そうかい? あたしのところのドラ娘は身体ばっかり大きくなって、頭の中はさっぱりでねえ」

 お決まりでお約束な台詞に苦笑する。

「それにしても織斑ちゃん。また背が伸びたんじゃない。ここの手伝いを始めた頃は、その子と変わらないぐらいだったわよねえ」

「身長は一目でわかる変わりどころだからね。学園に入ってからも伸びているのは自分でも感じるし。でもそんなに小さかったかな」

 おばちゃん特有の誇張表現だけど、中学の頃の俺がおばちゃんより小さかったのは本当だ。この女の子のよりは大きかったと思いたい。ちっぽけな男のブライドとして。

「おり、むら……」

 銀髪の女の子が俺を見上げた。

「あ……、あっ!」

 女の子が口を大きく開ける。今まで閉じていた両目も見開らかれて、金色の瞳が露わになっている。

「白式!」

 唐突に俺を指して叫ぶ。

 その時、待機状態の白式が巻かれている右腕にザクッと痛みが走った。

「……!? なんだ、今のは?」

 拳を強く握って悲鳴を咬み殺す。手首から肘までをナイフに貫かれたような感触があった。外見に傷がないから、現実に切り裂かれたわけじゃない。

 一方で女の子はあたふたと落ち着き無くうろたえていた。

「白式なのに違う……? どうして?」

 再び両目が閉じられたが、相変わらず何を考えているかはわかりやすい。

「おや、知り合いだったのかい?」

「だったみたいです。というか自覚が薄いけど俺は超有名人だから、向こうから一方的に知っている人がたくさんいたりするんだ」

「はっはっは。織斑ちゃんが超有名人なら、あたしは神様になれるね」

 おばちゃんの言葉に少しほっとする。

 確認して言うがおばちゃんは中学以前からの知り合いだ。付け加えるなら織斑千冬の弟ということすら知らない。俺のことをただの高校生と思っている。

 これが一般的な反応なんだ。普段の俺がいかにおかしな立場に置かれているかを再認識する。

 右腕をもう一度見るが、本当に傷がなかった。じんじんと腕の中で反響してながら弱くなっていく痛みしかない。これも時間が経てば消えてしまうだろう。

 後から調べられるだろうか。これも白式と関係があることなのか。疑問が尽きない。

 対戦競技中にいきなり腕が痛み出したら、動きが鈍くなる不良動作どころじゃすまないからな。昨日の放課後、白式の再調整を簪にしてもらったばかりなのに。

 女の子に名前が呼ばれるだけで、俺に痛みを与えるんてありえるんだろうか。

 やれやれ、調べるものの優先順位を変えなきゃいけないかもな。

 そして白式と叫んだ女の子はというと、すーはーすーはー深呼吸で落ち着きを取り戻そうとしていた。

 しかしまあ学園関係者の家族なら俺の名前に反応しても不思議じゃないけど、専用ISの名前が出てくるのは珍しい。

「それにしても、白式まで知っているってことは相当にISが好きなのか?」

「いえ、束さまからお聞きしていましたから」

「ふーん。束さんからなんだ……。って、なんだってっ!?」

 度肝を抜かれた。思わぬところで知っている人の名前が出てきた。

 冷凍食品で顔の下半分を隠して怯える女の子と、もう一度視線の高さを合わせる。

「あ、あの……」

「そこまで怖がらなくてもいいって。俺のことを束さんから聞いているんだよね」

「はい。白式のパイロットである織斑一夏さんですね」

「キミが誰か教えてもらえるかな?」

「束さまの……、お世話をさせていただいております。クオといいます」

 ぺこりと頭を下げるクオ。

「なるほど、お世話係さんなんだ。それで料理の作り方を知りたがったんだね」

「束さまは出したものを全て食べて下さいますが、上手に作れていないのはわかるので、それが申し訳なくて……」

 行方をくらませてからどんな生活しているのかと心配だったけど、よかった。一緒にいてくれる子がいたんだな。

 人間が一人で生きていくのは心に負担を掛ける。自分じゃ気が付かない重さで少しずつ寂しさが積もっていくんだ。

 特に束さんは寂しがり屋だから。

「よし、それなら俺が教えてやるよ」

「本当ですか?」

 ぱぁっとクオの顔に明るい花が咲く。表情は読みとりにくいけど、心情はわかりやすいから見ていて飽きない。

「束さんに美味しいものを食べさせてあげたいんだろ。今から俺と一緒にお昼を作って勉強すればいいよ。おばちゃん、これをもらっていくぜ」

 俺はクオが持っている冷凍ミートボールを自分の買い物カゴに入れた。そのままクオの手を取って売り場を歩き出す。

「まいどあり、御贔屓にね」

 おばちゃんは丸い笑顔で見送ってくれた。

「作りたいものとか好きなもののリクエストはある?」

「い、いえ……。失敗しないのであれば」

「オッケー。テーマは簡単調理で栄養バランスを崩さずってとこだな」

 作る量を二人分にすると一気に食材の選択肢が増えるけど、クオに教えることが前提だから狙いは絞られる。

 メインであるミートボールと朝食で使った食材の残りを連携させつつ、頭の中でメニューを組み立てていく。

「この時期なら焼き魚が美味しいけど、火の扱いは大丈夫か?」

「火力調整は苦手で、いつも焦がしてしまいます」

「焼き上がるタイミングは経験して覚えるしかないからな。それはまた今度じっくりやろう」

 女の子の手を引いて野菜棚の近くに移動したものの、両手が塞がっていることに気が付く。

 俺が歩きを止めた理由を察したのか、クオが目的の野菜を取って篭に入れてくれた。

「これであっていますか」

「サンキュ。よくわかったな」

「なんとなく、です」

 なんかおかしくて二人で笑いあった。

 楽しい雰囲気で食材を集めて会計を済ませる。

 スーパーを出たところで、クオは閉じた瞳で俺を見上げた。

「束さまは母と呼ぶようおっしゃられますが、織斑さまはどのようにお呼びすればよろしいでしょうか。やはり父親になりますか?」

「さすがにそれは勘弁してくれ。俺のことは名前で呼べばいいよ」

 そっか、束さんがクオの母親役をやっているんだ。二人の仲が良いみたいで安心した。

「おお、一夏じゃねえか。戻っているなら連絡ぐらい……」

 唐突に背中から声を掛けられる。

 振り返ると予想通りの五反田弾がいた。手には買い物袋を下げている。

 弾は俺が返事を返す前に手を繋いでいるクオの存在を発見し、目と口を丸くした。

 嫌な予感がするな……。

 クオと俺、そして繋いだ手を何度も見直した弾は、俺の肩に手を置いて涙声を出し始めた。

「さあ、警察にいこうか。大丈夫、自首すれば酌量の余地が貰えるはずだ」

「なんで俺が逮捕されるんだよ」

「てめえ、あんだけのきれいどころ囲っておいて年下にも手を出すとかオニチクにもほどがあんだろう!」

「落ち着け、言っている意味が解らないぞ」

「お兄ぃ、あまり大声ださないでよ。いい歳して恥ずかしくないのおぉ……」

 今度は弾の妹蘭もやってきて、なぜか兄と同じくクオを見て固まった。

「蘭も久しぶり。弾と一緒に買い物か。兄妹仲が良くていいな」

「のんきに挨拶するより、そっちの子を説明しろや」

「すごむなって。クオが怯えているじゃないか」

 弾の登場からクオは俺の影に隠れてしまってる。

「説明っていってもな。知り合いの子だよ。束さんの娘で、箒の姪になる」

「箒? とっぽいねえちゃんだっけか」

「えっ、えええぇぇぇ!? その子が篠ノ之博士の子供なんですか? 博士に子供がいるなんて、どこにも書いてありませんでしたよ。っていうか、篠ノ之博士の年齢でそんなに大きな子がいるなんて……」

 いまいち解らないという弾と対照的に、蘭がクオの正体を的確に把握して驚きをより大きくする。

 あ、そういえば。蘭はIS学園を受験する予定なんだから、ISの開発史なんかも勉強しているわけで。そこには当然ISの開発者である篠ノ之束博士のことも書かれている。販売員のおばちゃんとは逆で、蘭の慌てようがISを知っている人間として真っ当な反応になるのか。

 どうやってこの場を納めるかと考えていると、クオが服の端っこを摘んで引っ張ってきた。

 うつむいたままで一言だけ呟く。

「帰ろ。お兄ちゃん……」

 

 どがぁ~ん!

 ずきゅ~ん!

 

 謎の擬音を発して蘭と弾が爆発した。

「い、いいいい一夏さん! その子は本当にただの知り合いなんですか!?」

「見たか、蘭! あれが正しい妹のあり方だ。自分の偽物っぷりを反省しろ」

「なによ。私がやろうものならキモいっていうくせに。ダブルスタンダードすぎるのよ!」

「あったりまえだ。ああいうのは儚げで可愛い妹だからこそ許される神聖なんぐほぉっ……!」

「さー、帰って料理の練習だ」

「……うん」

 俺たちは仲良く兄妹喧嘩を始めた二人を残して家を目指した。

 

 短くない付き合いの五反田兄妹には色々と感謝しているし、あいつらのことを羨ましくも思う。俺と千冬姉じゃ立場と力関係に差がありすぎて、喧嘩することができないからな。それだけはどうやってもあの二人に適わない。

 どっちかというとそういう関係は幼馴染みの箒に割り当てられる。それでも、箒とは喧嘩や仲違いをしなかった。

 なぜなら常に俺が負けたからだ。

 気が強く体格で優れる(あいつ)にどうやっても勝てなかった。思えば俺の負け癖や勝率の低さって、あんな小さい頃からあったんだな。

 とはいえ俺と箒は基本一緒になってはしゃぐ悪ガキコンビの類だ。勝ち負けによる上下差は存在しなかった。境内の木に登って一緒に怒られたりなど、他愛のない幼馴染みとの思い出である。箒もまだ覚えていてくれるんだろうか。今度それとなく聞いてみよう。

 

「あ、あの……。先ほどはすみません」

 スーパーからの帰り道、クオがいきなり謝ってきた。

「どうしたんだよ。クオは何か悪いことでもしたのか」

「だって、お兄ちゃんって……」

 ああ、そのことか。

 手を引かれて後ろをついてくるクオは小さな身体をさらに縮めていた。ずっと繋いでいる手は店を出てから握り返してきていない。それでも指先は揺れている。

 振り払うことはできなくて、でも自分から繋がることには怖がって……。

「俺はそんなの気にしないって。さっきの弾の様子を見たろ。クオみたいな可愛い子が妹になるなら、きっと誰だって大歓迎さ」

 クオの手が一瞬震えると、ゆっくりと握り返してきた。ずっと目を閉じていて俯いているけど、クオの考えはわかりやすい。素直な子だ。

 そうこうしている間に家まで戻ってきた。

「さあついたぞ。ようこそ、歓迎するよ」

「お、おじゃまします……」

 クオを居間に通して、午前中に整頓したばかりのタンスを引き出す。料理に際しての最重要の準備であるエプロン選別だ。一番小さいのでもオーバーサイズになりそうで心配だ。最悪掛け紐を結んで強引に合わせるか。

「待たせたな。何はともあれまずは手を洗おう」

「うん。いっぱい教えてね。一夏お兄ちゃん」

 結局エプロンはクオの足首まで垂れた。首後ろで括られた紐は第二のお下げとなって揺れている。前掛けタイプだから何かに引っかけることもないし、これでいいか。

 それにしても、身体のほとんどを布に巻かれている様子はさながら、

「クレープ巻きみたいだな」

「なんですか、それは?」

「そういう食べ物があるんだ。今日は出来ないけど、いつか教えてあげるよ」

 こうして料理教室が始まったわけなんだが、考えの甘さが早々に発覚した。クオは束さんの世話係ということで、材料を切るぐらいはできると思っていたが、そんなことはなかった。

「包丁はこれを使って」

「大丈夫です。自分のものがあります」

 クオが言うや見慣れた量子展開のエフェクトが瞬く。

 

 小さな手の中に現れたのは、ごついコンバットナイフだった。

 

「……クオ、炊飯ジャーってわかるか?」

「いいえ。存じません」

「普段使っているコンロはガス? それとも電気式?」

「コンロとはなんですか?」

 純真な疑問によって傾く小首が可愛らしい。

 わかってる。クオの笑顔に癒されることが情けない現実逃避だってことはわかっている。

 そういえば帰り際に聞いた言葉も火加減じゃなくて、火力とか言ってたっけ……。調理レンジの扱いかたは知っているみたいだからって油断していた。あの束さんが料理に明るいとは思えないし。本当に何も知らないと見て教えないといけないのか。

 っていうか、量子展開ってことはクオもISを持ってるのかよ!

 束さん、ISを気楽に与えすぎじゃないか!?

 渡すなら調理道具が先でしょ!

 ……オーケー。

 これは俺に対する挑戦だな。ならば、受けて立つ!

 家庭料理は誰でも出来るから家庭料理なんだ。なんならクオをどこのお嫁さんに行かせても恥ずかしくないぐらい家庭的な子にしてやるぜ。

 最初は情報収集だ。

「クオはいつもどんな料理をしているんだ」

「冷蔵庫にある材料を切って、オーブンレンジで焼きます。ものによってビームを使います」

「火力調整はそっちの火力だったのか……。冷蔵庫とレンジ以外にはどんな道具がある?」

「湯沸かしポットです」

「他には?」

「それだけです」

 ダメだこりゃ。しかも次が無ければ盆廻しも流れない!

 束さんは一体どんな生活をしているんだ。本当にそこは人間が生きていける環境なのか?

 いかん。この程度で心が折れそうになってどうする。俺は気を取り直してクオに向き直る。

 これは料理教室の方向性をちょっと考え直さないと。まずはクオの矯正からだ。

「よし。それじゃあジャガイモの皮むきをしようか」

「わかりました」

 ボウルに開けたジャガイモを洗い、それぞれがひとつずつ手に持つ。

 厚みも刃渡りもあるナイフだと、皮をむくといった細かい作業には向かない。クオは皮を削るか、中身を削ぐかして不器用に進めてゆく。

 料理に慣れていないことが一目でわかった。とても危なっかしい。いつ手を切ってもおかしくない。

 そこで俺は、調理道具のエース皮むきピーラーを手にする。

「クオ」

「はい? なんでしょう」

「見てな。皮むきっていうのはこうするんだ」

 シュルシュルシュルシュル。

 ピーラーで瞬く間にジャガイモを丸裸にする手並みに、クオが固まった。

 本当にこういった道具の存在さえ知らないんだな。

 隣の生徒が半分も終わらないうちにジャガイモを一つ片づけて、ピーラーを差し出す。

「こっちを使ってみるかい?」

「はいっ」

 ピーラーを渡して、クオに皮むきを任せる。

 その間にちょっと仕込みをする。

「終わりました」

「よし、次は輪切りだ。火を通しやすくしたいから薄目に切ってくれ。一緒に野菜も切ってサラダを作るぞ」

 もう一度クオにはナイフを使わせて食材を切ってもらう。これも苦戦するが、いくつかのジャガイモを切らせてから包丁に持ち替えさせる。

 クオは聡明で、ジャガイモの輪切りが終わる頃には俺の意図を察してくれた。

「身幅が細い方が裁断後の引きが楽になるんですね」

 やっぱり道具は使いどころを合わせてこそだな。

 包丁の身幅が細いのにはそれなりに理由がある。切るだけならナイフでも刀でも問題ないけど、切るものの間に刃を押し込むわけだから、その分切られたものが広がらないといけない。つまり細かく切ろうとして材料を押さえつけながらだと、身幅が広い刃物では材料を押さえる力が逆に切るのを邪魔してしまうのだ。

 これが厄介で、コンバットナイフみたいに分厚い刃物だとただ切る以上に力が必要になるし、細かく切るためには特上の技量がいる。

 料理の達人や超人の域に達して、得物を選ばないまでになれば話は変わるんだろうが、どうやったって俺たちの生きた時間じゃその領域にたどり着けやしない。

 そうはいっても、壁を簡単に突破する才覚というやつは存在する。さっきとは見違える手さばきでクオが材料を切ってゆく。それでいて自分の手を切ることはない。

「クオは飲み込みが速いな。それに切るのがすごく上手だ」

「そうですか? 自分ではわかりません」

 誉められてはにかむ微笑も年相応に純真なものだった。ずっと瞳を閉じたままであること以外は。

 いつも目を閉じたままのクオ。瞳が見えたのは、最初に会った時だけだ。

 いくらなんでもこれはおかしい。人間は、まして子供がずっと物を見ずにこれほどよどみなく動けるだろうか。

 あの時に白式が反応したこと、目を閉じていても問題なく動けること。そしておそらくISを持っていることを考えると、自ずと見えてくる。

 クオは、ISを視覚の代わりにしている。

 ISには搭乗者の知覚を増幅させるハイパーセンサー以外にも、無数の計器が積まれている。コア・ネットワークという独自の通信網も持っていて、自分以外のISがどこにいるのか知ることが出来る。

 俺の名前を聞いてコア・ネットワークで確かめたから白式の名前が出たとすると筋は通る。

 束さんがどうしてクオにISを渡したのかわからないけど、こういった使い方もあるんだな。競技とはいえ、戦いにしか使われないISの別面を垣間見て、なんだか嬉しくなった。

 逆を言えば、ISを使ってさえ焦げ料理を作るクオは、焼き加減がどういったものかすら知らないことになる。これは今日一日、一回だけ料理を教えてもどうにもできない。継続的に教えたいけどクオは束さんの世話係だ。あの奔放な束さんを相手にして、今後の予定なんてどれだけ決められるだろうか。

 もっといえば俺自身の都合もある。今日は休みと決めた日だからできたけど、普段の俺はなによりも時間が欲しい人間なのだ。

 ええい、無いものを考えても意味がない。未来を信じて先に進もう。

 すべての材料切り終わったクオが顔を向けてくる。

「終わりました。次はどうしましょう」

「よし。本番にいくぞ」

 フライパンを握っていた俺は、炒め終わったものを皿に移して手を止める。

 小振りの鍋と買ってきた材料を並べて、クオを招く。

「これは思い出の料理だ。きっと束さんも喜ぶぜ」

 両目を閉じた女の子の顔が、ぱあっと明るく笑った。

 とはいえ、そんなに複雑ものじゃない。

 牛乳とコーンのポタージュスープ。いくつかの食材を混ぜるだけの簡単な料理だ。

 既に材料は小皿に必要分取り分けてあるので、後は鍋に入れる順番を守るだけ。クオに教えるならこれほど最適なものはない。

「暖めるにはラップをかけてレンジにいれればいい。簡単だろ?」

「はい。これなら間違えずに作れます」

 

 昔、親が急用で出掛けてしまい篠ノ之神社に子供たちだけが残れされたことがある。昼の一食だけだけど食いはぐれることになった俺たちは、無謀にも有り物をかき集めて料理をした。殆どが美味しくない物に化けたけど、これだけは奇跡的に食べられる出来だった。束さんも覚えてくれているといいな。

 

 クオにスープを頼みつつ、俺は他の料理を仕上げる。出来た料理は以下の通り。

 ミニサラダとレモンソース。これは切って器に盛るだけ。

 じゃがいもとほうれん草とベーコンの炒め物クリームソース和え。これも材料を切って炒めるだけ。ベーコンは朝食の余りでもある。

 冷凍品のひとくちミートボール。おまけで即興で作った餡ソースをかけてスーパーにあったイミテーションっぽくしてある。

 そしてクオが作ったポタージュミルクスープ。

 小パックの片栗粉が大活躍したメニューだ。

 最後は最強の日本食こと白飯。

 まあ、こんなもんかな。

 食卓に並んだ料理を見て、クオがぐずっと鼻を鳴らした。

「で、できました。……焦がさずに料理を作ることができました」

「よくやったな。でも、まだだ」

「え?」

「言ったろ。料理は作る人だけじゃなくて、食べる人がいて初めて料理になる。さあ、手を洗ってエプロンを取って、一緒に食べようぜ」

「はいっ!」

 

 と、食事の前に……。

「クオは箸で大丈夫か?」

「?」

 ふたたび首を傾げるクオに笑いかけながら、俺は無言でフォークとスプーンを用意した。

 

「いただきます」

「……い、いただきます」

 たどたどしい合掌を眺めつつ、俺は箸を取った。

 じゃがいも炒めを一つ摘んで火の通りを確かめてから、ソースと搦めて一口食べる。

 うん。大丈夫だ。ちゃんと出来ている。

 ふと視線を感じてクオを見る。

 瞼が閉じられていても、俺の手元をじっと見つめているのが何となくわかった。

「大丈夫。クオと作ったご飯は美味しいぜ。遠慮なく食べろよ」

「ご飯ではなく、それが……」

 これって箸のことか。

「もしかして見るのも初めてか?」

「いえ、その食器は見たことあります。でも二本の棒だけで摘むなんて不安定だなって思って」

「慣れれば便利だぞ。たとえば、ほら」

 俺はミートボールを箸先だけで四つに分けた。一つを取って食べる。

 真似してクオもフォークで切り分けようとしてミートボールを深く突き刺す。そこからが難題である。横に振ったり上下に揺すっても、ミートボールはフォークに刺さったままだ。

「それじゃ落ちるって。フォークを縦にして皿に押しつけるんだ」

 言われてクオがフォークを操るが、切り分けられたミートボールの半分が皿から落ちてしまった。

「あ……、すみません」

「気にしない、気にしない。でも、半分減っちゃったな」

 落ちたミートボールを紙ナプキンで拾い生ゴミ箱に捨ててテーブルに戻る。

 その間クオは食事の手を止めていた。

 スーパーから家まで手を引かれていた時みたいに小さくなっている。食べ物を落としたことを相当気にしているみたいだな。

 俺は自分の皿にある四つ切りのものを一つ取った。

「はい、あーん」

「え、えっ?」

「これで数は合うだろ。ほら、食べる食べる」

「あ、あーん……」

 ぱくっと、クオが箸先に食いつく。

 もくもくと咀嚼するクオの表情がじょじょに緩んでいくのが面白い。

「冷凍品でも美味しいだろ。クオが選んだからかな?」

「そんなことで味が変わるんですか?」

「作る人と食べる人の関係で味なんていくらでも変わるぜ。それでいて記憶にある味だと、他の誰が作ったものでも前に食べた時の事を思い出したりするものなのさ」

 感心したようで意味を掴みかねているみたな顔をクオする。俺の言うことを信じたい。でも経験がないから想像できない。そんなところだろう。

 俺は箸から匙に持ち替えてスープを一口啜る。懐かしむのは空腹を訴える姉妹にせっつかれて慣れない料理をした思い出だ。

 クオは小さいから、こうした反芻できるだけの記憶を持っていないのだろう。

 そのうちに体験して俺が言ったことを実感する時がくる。理解できるまでは知っているだけでいいさ。

「箸の扱いだって、これから練習して覚えていけばいい。俺で良ければいくらでも教えてやるよ」

「ありがとう。お兄ちゃん」

 クオの明るい声に、嬉しくなる。

 対面にあるのは目を閉じた笑顔の天使だった。

 

 食事をしながらこれからのことを考える。具体的には予定通り出掛けるかどうかだな。いきなりクオを放り出すわけにはいかないし、ひとまずはあっちの予定を聞いてから考えよう。別にこっちの調べものは逃げたりしないしな。

「午後はどうする? 俺は夕方までに学園寮に戻るけど、それまでなら一緒に遊べるぜ。それともどこか出掛けるか?」

 ぴたりっとクオの手が止まる。口元まで運んでいたスプーンが下ろされ、伏し目がちに硬直した。

 やっぱり束さんの世話係をしているクオがこの町にいるのは、それなりに理由があるんだ。

 クオがおもむろに口を開く。

「いかなければならない場所があります」

「どこへ?」

「……IS学園、です」

 伝えるか迷っていたクオだが、目的地を明かしてくれた。

「なんだ。それなら一緒にいこう。ついでに学園内も案内してやるよ」

「えっ? でも、いいんですか?」

「どうして驚くんだよ。箒に用事があるからじゃないのか」

「あ……、はい。そうです」

 クオの返事はどこか歯切れが悪い。これは束さんから悪戯の手伝いでも言い使ったっぽいな。確かにいきなり箒と会わせたら、とんでもない混乱が起こりそうだ。実に束さん好みのパニックになるだろう。

 場所を教えてくれたのは、先に俺が戻ると言ったからだ。現地で遭遇することを警戒したのか。嘘の場所を話して誤魔化すよりは対処しやすいからな。

 とはいえ、俺のやることは変わらない。

「それじゃ、片づけが終わったら学園にいこうか」

「はい……」

 表情が繕いきれないクオ。まだ見ぬ叔母との顔合わせがそんなに怖いのかな。

 大丈夫。箒は凶暴だけどきっと俺が守ってやるからさ。

 

 おそらくこれが、束さんに対する俺の態度を決める最後の選択になるだろうから。

 他愛のない悪戯でおかしな騒ぎ起こるなら、それでいい。

 でも、無差別に誰かを傷つけるのなら、その時は……。

 ましてや、こんな娘を使ってまで……。

 

 俺は無意識に拳を固めていた。

 クオが少しだけ瞼を持ち上げて心配そうに見上げていることに気づかない。

 それほどに篠ノ之束に対する不信感に囚われていたのだった。

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