Infinite Stratos First Complete Session   作:石狩晴海

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第二話:妹ができました マイ・リトルシスター 2

 家事を片づけて、専用モノレールに揺られ、帰ってきましたIS学園。

 その正門横にある警備員詰め所で俺は巨体の警備員さんに声をかけた。

「お疲れさまです。外来入場の許可をお願いします」

「あれ? 織斑くんじゃないか。君に外来証はいらないだろ」

「俺じゃないですよ。この子、生徒の姪で会いに来たそうです」

「おや、これはかわいらしいお客さんだ。それじゃこいつに自分の名前と誰に会いに来たのか書いてくれ」

 警備員さんは俺の後ろに隠れるクオに笑いかけながら、ぶっとい指で受付ボードの端末を差し出した。

 大きな男の人にクオが怖がって手を出さないので、代わりに俺が受け渡してやる。

 警戒されていることに警備員さんが悲しむが、まあ人見知りする子だからと慰める。

 

 彼は正門警備の霧間さん。学園にいる数少ない男性の一人だ。

 実家に戻る回数が多い俺とは互いに知った仲だ。同性ということで気軽に声をかけられるというのもある。

 出自が予備役というから、実際は学園警備のために出向して来ているんだろう。鍛えられた身体はごつくてでかい。ついでに顔のパーツもでかい。それでいて細目だった。

 何人かの生徒はドカベンと呼んでいるが、由来はわからない。

 柔道着が似合いそうと誰かが言ってたな。想像するとしっくりきた。そっち系統のマンガから取られたアダ名かもしれない。

 一度ラウラは訓練相手を頼んだことがあるそうだが、霧間さんは断っている。怪我をさせる恐れのある。警備員が生徒にそんなことはできない。

 霧間さんの言い分に、俺はてっきり怪我などしないってラウラが怒るかと思ったが、意外や素直に引き下がった。

 っていうことは、そうなるかもしれなかったわけで。

 ラウラは自分が適わない膂力と技量を持った人は希少なので実に惜しいと言っていた。箒から見ても立ち姿に打ち込む隙がないらしい。当然ながら俺だと霧間さんの足下にも及ばないことになる。

 伊達で重要機密が集まる国際学園の警備員をしている人ではないのであった。

 

 クオが書き込んだ端末を霧間さんに返して、首架けのパスケースを受け取る。

「はい。これが許可証ね。紐で首から下げれるから常に身に着けてください。それと無線式チップが入っているから紛失したり、壊したりしないようにお願いします。もしそうなったここに連絡してね。学園から出る時もちゃんと返してください」

「わかりました。って、これが欲しいのは俺じゃないよ」

「だったら、そこから引っ張り出してくれよ」

 相変わらず霧間さんとの間に俺を挟み続けるクオ。仕方が無くまたもや俺が仲介役になった。

「妙に懐かれているね。本当に織斑くんも今日会ったばかりなの?」

「出会ったのは今日だけど、前から俺のことを知っていたんだってさ」

「ははは、有名人特権か。うらやましいねえ」

「じゃあこれで。ほら、いくぞ」

 ちらちらと霧間さんを気にするクオの手を引いて歩き出す。

 最初は学園寮からだな。箒を探すにも、いない場合の情報収集にも寮が一番だ。

 

◇◆◇*◇◆◇

 

 IS学園の正門警備を担当する霧間太郎は、学園唯一の男子生徒織斑一夏と、彼に手を引かれる銀髪お下げの少女を見送った。

 彼らが視界から消えたタイミングで詰め所内に座る相方に目配せする。

 霧間とは対照的に細い体躯の詰め所担当は、デスクの端末で少女が入力した情報の精査をしていた。ハンドサインで調査内容を確認する。

 外来管理係からの返答は“黒”。訪問先からの来客届けは無い。細身のサインはマニュアルにより状況Dを選択、戦乙女に連絡済みと続けられた。

 大事になったな。

 霧間は制帽を深めに被り直して、表情を勤めて平坦にした。憂う内心を隠すためだ。

 手にするクリップボード端末を今一度見て、銀髪の少女が書いた文字を確認する。

 

 Name:Quo Vadis Cendrillon。

 

 素直に権兵衛とでも書いてけばよいものを。いや女の子ならメアリーだろうか。

 これが挑発の偽名であることを願うばかりだ。所在を問う言葉を名にするなど、自己否定にもほどがある。

 霧間は自分の体格に怯える少女というのを見慣れている。その怯えがいかなる部類なのか判別できるほどに見慣れている。

 先ほどの銀髪の少女が見せたものは間違いなく力への警戒だ。織斑一夏は初めて見る未知への怯えだと言ったが、霧間の印象は違った。

 霧間は銀の少女の態度が読み違いであること、彼女が正しく灰被りのお姫様であることを祈る。

 そして耳に付けている支給品のインカムが無慈悲な呼び出し音を鳴らした。覚悟を決めて通話ボタンを押す。

「はい、こちらスチールボックス1。お伝えしたとおり不明な灰被りが王子様に同行しています。至急確認を」

『指示があるまで野良除けの準備を……、いや。魔法使いがお怒りだ。12時の鐘が鳴る前にガラスの靴を落とさせろ。だが王子には気取られるな』

「……了解。お迎えにカボチャの馬車を手配しておいてください」

 霧間はため息を飲み込んで返答する。

 創立されて新しいIS学園は人工物が多く、緑も統率された均一的なものしかない。それでも土地が続いてる限り、野良動物たちは我関せずと入り込んでくる。

 そういった渡来物に対処するのが野良除けという仕事だった。付け加えるなら、人間の侵入者に対処するという裏の意味もある。

 織斑一夏が連れてきたこと、そして訪ね先が篠ノ之箒であること。この二つだけでも警戒レベルが上がる。加えて来客が正体不明となれば厳戒態勢にもなろう。

 準備のために詰め所に入ると、細身のパートナーも険しい顔付きになっていた。

「気を付けてくだい。あの娘はスキャンが通らないか所が複数ありました。武装としてISを所有している可能性があります。最悪の場合、篠ノ之謹製の特別機が相手になりますよ」

「身元がわかったのか?」

「逆です。戸籍にも入管にも該当する人物がいないんです。そういった類の人間で、ワーストランクが月の王国出身ってだけです」

「構わないさ。初手のスタンに失敗したらおしまいなのは変わらない」

 相方と話しながらいくつかの武装を装備する。防弾ベストといった防具に加え実包も装填していった。

 細身の警備員が卓上端末に届いた情報を教えてくれる。

「プランきました。保安部からの実動隊と合流して対処してくだい。それと教員が一人、ISを装着の上で待機するそうです」

「了解。緊急召集につき正門警備を一時離席します」

 装備を確認した霧間は姿勢を正すと挙手礼した。

 相方も席を立ち同じ動作を取る。

「了解しました。御武運を」

「おいおい。戦場に行くわけじゃないんだぞ」

「これから霧間さんがいくのは、もっと酷いところですよ」

「今時少女兵や年齢一桁のテロリストなんて珍しくないぞ。それぐらいは割り切れているさ。そしてここは機動兵器を個人所有する子女の学び舎で、僕たちの職場だ。彼女たちを守ることが僕たちの仕事だろ。酷いと思ったことはないよ」

 細身は唇を咬んで吐き出しそうになる言葉を堪えている。

 霧間は相方に背を向けて足早に指定された場所へ向かう。

 彼は民間からの上がりながら、気負いが強めだな。目端の利く人間だから、この程度でつぶれて欲しくない。後でフォローをしておこう。

 

 学園の警備は銀の少女クオ・V・サンドリオンを通した。

 

 通常なら身元が不確かな人間を入場させないところだが、IS学園は違う。治外法権を盾に敷地内では多少の無理を通すことができる。

 普通では考えられない“来るもの拒まず”が警備方針にされていた。

 IS学園にとって驚異なのは標的の居場所が分からないことなのだ。どこに居るのかさえ分かれば、地上最強の個人兵装であるISを所有する学園に、対処できない敵はいない。人間一人が忍び込む程度ならいくらでも押さえ込める。隠し持てる武器程度では威嚇にもならない。

 IS学園は軍隊に攻め込まれでもしない限り驚異には感じないのだ。

 もちろんそんな方針では、在籍している生徒が危険にさらされる。

 だが、ここがどこの国でもなく、彼女たちが自国の代表であることが組み合わさり、一つの奇妙な約束事ができあがっていた。

 ネズミ捕り合戦である。

 一番最初のきっかけは、潜入した工作員をある国の代表候補生が捕らえたことだ。

 彼女はそれをIS学園の不備を糾弾するためではなく、自分の誉れとして喧伝し飾った。

 学園に落ち度はありません。わたくしだからこそ成し得た功なのです。

 当然学園側からはその後の優遇がなされることとなる。

 そして事態は流転する。

 今度はある生徒が重要データを盗まれる事件が発生した。しかし学園への報告は無かった。

 

 そんなことをすれば工作員を捕らえた候補生より格下になる。名を上げた彼女の国の立場がより強くなってしまう。

 

 見栄と実利を秤に掛けての苦渋の選択だった。

 こうして出来たのが、どの国にも属さぬ場所でありながら、その内側には他国の代表を多数抱えるIS学園ならではのアンオフィシャルルール。学園内でのトラブルには自力で対処するサバイバルシステムだ。

 このところ頻発する謎の集団からの襲撃も、表向きは生徒たちが自発的に協力して解決に当たったことになっている。

 

 細身の言い分もわかる。

 良い大人が良識を殺して子供の犯人を追いつめても、最後には誰か生徒の手柄にされて終わるかもしれない。

 立場を逆手にとってのネズミ捕り競争だが、現場としては士気を維持するのが困難だった。

 国際的に立場の弱いIS学園では、いくら警備を厳戒にしても大国が送ってくるスパイを防げるものではない。当然送り手もそれを見越しているはずだ。

「女子校警備のバイトと偽って、人を集めるわけにもいかんしな」

 外部からの障害に生徒が対処するならいいが、IS学園が管理するものが生徒を害してはならない。適当な人間を警備に立たせて、生徒と問題を起こさせるわけにも行かない。

 しかも命懸けの仕事だ。だからこそ自分のようなものを予備役扱いにしてまで使っている。

「意図しない苦境にさらされていると、織斑くんに共感するな」

 巨漢の軍人から見て、織斑一夏は普通の少年だった。

 4月に見かけた時は女の園に放り込まれて辟易していた様子だった。過酷な環境に追い落とされて不貞腐れているのが見てわかった。

 世界唯一の男性IS操縦者といっても、所詮は子供。唐突に強大な力を与えられて戸惑うのは誰もが同じ。

 最初はそんな印象だった。

 体面上はへらへらと呆けていたが、この学園から出たがっていた様子だった。ISの事よりも学園校則を先に覚えた辺りに、その意図が見て取れる。

 最初の変化は不明機の襲撃事件だ。

 織斑一夏が襲撃者の撃退に貢献したらしく、自信を得たのか少しだけ明るくなったような気がした。もしくは環境に慣れて地の性格が現れてきたのか。ひとまずIS学園を辞めるという考えはなくなったと、冗談交じりに聞いたことがある。

 その後6月の増設洗濯機強奪騒動から外泊の回数が増えていき、自ずと言葉を交わす機会も増えた。

 織斑一夏への感想を端的にいうなら、よくぞ堪えている。頑張っている。

 これほど苛烈な環境で、若干十五歳の少年がどれけ苦しい思いをしているのか、霧間には想像しきれなかった。周辺女生徒からの誘惑も多いだろう。自分の様な訓練だけの日々がどれだけ楽だったか思い返す。世界的に注目を集めていることも、相当なプレッシャーのはずだ。

 その中で自身の欲望を抑えているだとしたら相当の気力だ。それでないなら、彼は自分自身が把握できていない無感動な人間ということになる。

 当然そんなことはなく。デュノアの御曹司が正体を明かした時には、なんとも複雑な顔をしていた。

 また世界最強織斑千冬の弟としての立場で、姉の権威を笠に着ることもない。弟として姉に逆らえない部分もあるが、男としていつか越えるべき存在として励んでいるようだった。

 織斑一夏は普通の少年だ。明るくて忍耐強く、頑固な部分もあるが誰とでも話ができる。そんな少年だって気張っているんだ。

 正門警備の相方にも自分で言ったじゃないか。僕たちが仕事を真っ当しなくてどうする。

 集合場所には他の場所からも集められた警備員たちが既に待機していた。

 霧間は気を引き締め、彼らの列に加わった。

 

◇◆◇*◇◆◇

 

 相変わらず消極的なクオの手を引いて寮に向かう。

 ずっと俯き加減なクオを見ていると、スーパーでの勢いが嘘みたいだ。俺が無理矢理連れているみたいで気が引ける。

 これではいけないと、クオに顔の向きを引きずられないように意識して前を見る。なによりクオのことが心配だ。

「クオ、大丈夫か? どこか痛いところでもあるのか?」

「いいえ、平気です。こちらに戻ることが少ないので、驚き続きでちょっと疲れただけです」

「気分が悪いなら言ってくれ。寮に保健室は無いけど、俺の部屋で休めるからさ」

「平気です。あ、でも。一夏お兄ちゃんの部屋なら見てみたいかも……」

「他の子もそうだけど。どうして何もない俺の部屋に興味を示すんだ?」

「だって、お兄ちゃんのお部屋ですから。もし散らかっているのならクオがお掃除しますよ」

「心配御無用。周囲の目が厳しいから部屋の掃除はちゃんとしてるぜ。家だってきれいだっただろ」

「うん。一夏お兄ちゃんはきっと良いお世話係になれます」

「違うな。俺のバイト歴の中で一番長いのがハウスキーパーだ。『なれる』じゃない。既に『なっている』だ」

「そうでした。先生、これからもいろいろ教えてください」

「当然だ。俺は厳しいぞ」

 キリッと表情を引き締めて低い声を出す。

 銀髪の少女も数秒は俺の真似をして真剣な顔をしていたが、すぐに眉が波打ちはじめ、堪えきれずに吹き出した。

 家を出てから初めてクオが笑ってくれた。やはり塞ぎ込んでいるよりこっちの方が何倍も可愛い。

 その笑顔が、何かを見つけた。寮とは別の方向を見てつぶやく。

「BT……」

 俺にも気になる音が聞こえた。聞き覚えのある小さな風切り音。元から大きな音じゃないし、発している場所が少し遠いから耳朶に触れるのは微かだ。クオが反応しなければ聞き逃していた。

 でもISを視覚にしているクオが言った名前と、覚えのある音の出処が繋がらない。

 これは気になるな。

 音の方向を指してクオに聞いてみる。

「ちょっと逸れてもいいか?」

「はい。クオも気になります」

 クオと手を繋いだまま歩行帯を離れて、視界を遮っている植木を抜ける。

 こっちは小さな芝植えの広場があるだけのはず。ベンチ一つの小さな休憩所で、平日の放課後なら寮に帰る生徒たちのおしゃべり場だが、今日は使われる宛もない。

 果たして予想通りに英国の代表候補生セシリア・オルコット嬢が竹刀で素振りをしていた。

 おそらくどこかブランドもののスエットを着て、腕の動きを邪魔しないように髪をポニーテールに結い上げている。

 余程集中しているのか、斜め後ろからとはいえ俺たちが広場にやってきたことに気づいていない。別段気配を消して近づいていないから普段の彼女なら挨拶してくる距離だ。

 熱のこもった息を吐いているところをみると、素振りを初めてからしばらくたったところのようだった。

 横にあるベンチにはレジャーマットが敷かれていて、一本の木刀と、少し変わった銃模型が置かれている。

 銃身が見てわかるぐらい長い。スナイパーライフルの模型なんだろうが、それと素振りがどうもかみ合わない。

 もしかしてこれは銃剣術用のモックアップで、狙撃銃を使った格闘の練習なのか?

 黙って見ていると、セシリアが竹刀を模型銃に持ち替えた。

 どうやら謎の銃の使い方が早速分かるみたいだ。興味深く観察させてもらう。

 しかし俺の期待を裏切るかのように、セシリアは模型銃を持った腕を横に突き出しただけだった。

 そのまま呼吸を整えつつ佇む。

 なんだろう。このポーズのセシリアをどこかで見た気がする。

 今度は模型銃を持ったまま腕を前に出す。一度腕を降ろし、次は前、横の順番で構える。

 ここまできてセシリアの動作をいつ見たのかを思い出した。訓練の時に主武装である狙撃銃を取り出す仕草だ。

 ということは、竹刀と木刀は銃以外を意識するための道具だろう。

「なるほど。これは武装取り出しの特訓だったんだな」

「イッ……!?」

 突然声をかけられたセシリアがおかしな悲鳴を出す。

 俺に向かって振り向きつつ、模型銃を手放し左腕を部分展開。踏み込みと同時にブルー・ティアーズの掌で光の粒が爆発する。一動作で片刃のショートブレード『インターセプター』が出現し、俺の鼻先に突きつけられた。

 おお、これはすごいな。

 頭の中で武装展開のイメージを作っていたのだろうから、武器が出てくることは予測済みだったが、驚いたセシリアが反射的にインターセプターで実行したことに感心する。

「一夏さん!? お、驚かせないでくれますか!」

 相手が俺だと知ったセシリアが、慌ててインターセプターごと部分展開を解除する。

「わるいわるい。集中していたみたいだから声をかけづらくってさ。本当にセシリアはすごいな。今の動作を模擬戦でやられたら、避けられなかったぜ」

「べ、別に模擬戦での勝率を上げる為に練習しているのではありませんわ。そ、そうです。以前に織斑先生から出された課題を代表候補生として消化しているだけです。決して頑として実弾系のパッケージを送ってこない本国技術チームに対して苛立ってなどおりませんわ」

 練習で身体が熱を持っているからか、赤い顔したセシリアがふんっと胸を反らす。

 こんな場所で練習していること。セシリアの性格や、内容の地味さを総合すると……。これってやっぱり秘密特訓なんだろうなあ。

 見栄っ張りなセシリアの隠し事を、興味本位で暴いてしまった。

 いいものが見れたけどちょっと気が引ける。只でさえセシリアは練習時間を委員会関連で削っているのに。

「昨日は悪かったな。あの後も色々と押しつけちまって」

「構いませんわ。同じクラスなのですから助け合って当然です。ですが何かしらの報酬がいただけるのでしたら、受け取ることも吝かではありませんわ」

「俺で埋め合わせできることなら気軽に言ってくれ。それこそ今度は俺がセシリアを助ける番だからな」

 それを聞いたセシリアは瞳を輝かせ、もじもじと身を捩る。

「では次回一夏さんが大浴場を利用する時は、わたくしの背中を流すということで」

「ははは……、さすがに混浴はまずいって」

 きつい冗談に乾いた笑いが出てくる。

 うん。そんなことが他のみんなというか寮長である千冬姉にバレたりしたら命が無い。

「おほほほ。そうですわね」

 俺と一緒になってセシリアさんが魅惑的に笑う。それでいながら細められた碧眼の輝きがさっきのインターセプターと同質なものになる。率直に言ってすごく怖い。

「楯無生徒会長の裸体はマッサージできたのにですか?」

「えっ……?」

 あれ? どうしてそのことをセシリアが知っているんだ……?

「四組のクラス代表は簪さんです。先日は委員会の後も色々とお話させていただきました。ええ、いろいろと」

 そんな経路があったのかーー!?

 ショックで硬直した俺から視線を下げて、セシリアが何事もなかったかのように続ける。

「ところで、そちらのかわいらしいゲストはどちらさまですか?」

 ちょっ……、今それを振るんですか!?

 当然というか、霧間さんを前にした時以上にクオは萎縮していた。セシリアの中にとても怖いものを見てしまったかのような怯え方だ。

 ついでに俺からも一歩分後ろに離れていた。その距離が信頼に反比例する二次曲線みたいで、俺の心に追撃のダメージを与える。

 一体なにを考えてセシリアはあんな話をしたのか。それともクオに聞かせるために話したのか。本当に女性というのは恐ろしいな。

 木刀の横においてあったタオルで汗を拭くセシリアは涼しい顔だ。

 クオが来客なのは首から下げたゲスト証でわかるとして、それ以外をどこまで説明しようか。

 さっきのお返しも含めてっと……。

「箒の姪で、俺の妹だ。今日は箒に用があってきたんだ」

「そうですか。箒さんと一夏さんのご家族でしたか。はじめまして、わたくし英国代表候補生のセシリア・オルコットと申しますぅ……」

 丁寧で優雅に、クオに自己紹介をするセシリアはそこで固まる。石化と同レベルの見事な硬直っぷりだった。

 心なしか頭頂から薄く煙りが立ち上っている気がするけど、人体自然発火なんてオカルトごとだ。オーバーヒートでフリーズしているだけだろう。その証拠にきれいな笑顔のまま微動だもしない。

 俺の台詞を理解した上で、挨拶を優先する貴族根性はさすがだな。

 今セシリアの頭の中では、大量のちびせしりあが時計塔の議論場で大論争を繰り広げているんだろうか。

「あ、あの……。クオ、です。クオ・サンドリオン……」

 クオも小さく頭を下げて自己紹介する。

 それでも動かないセシリア。再起動までしばらくかかりそうだった。

 不安に駆られたクオが俺とセシリアのオブジェを交互に見る。

 しようがないな。

 俺はクオの手を引いて寮を目指すことにした。

「もし箒を見かけたら、俺たちが探していたことを伝えておいてくれ。それじゃ、よろしく」

「ちょっと、篠ノ之博士の娘ってどういうことですの!?」

 復帰したセシリアが俺たちを追おうと足を出すが、落としていた模型銃を蹴っ飛ばし動きが止める。

 急いで銃を拾い、ベンチに置いてある他の道具と一緒に片づけようとするが。既に俺たちは広場を後にしていた。

 セシリアは練習道具を広場に開放したままじゃ動けない。せっかく休日で人の少ない場所を確保しての秘密訓練なのに、証拠を残して離れられないからだ。

 

「あとで絶対のぜったいに説明してもらいますわよ~~~!!」

 

 俺たちはセシリアの遠吠えから逃げるように離れる。

 許せセシリア。ちゃんと後日に埋め合わせはする。入浴以外で。

「お、お兄ちゃん……」

 近々の問題はこっちへのフォローだ。

 クオが冷たい視線を感じさせる伏せ目で首を傾げた。

「お兄ちゃんは、らっきーすけべ……?」

 ……勘弁してくれ。

「あれはセシリア風の冗談だ。俺は悪くない」

「……うん。そういうことにしておくね」

 ありがとう。こんな俺を信じてくれてありがとう。

 辛い現実から逃げるように学園寮に着いた俺は、手続き通りに入り口横の管理室に声をかける。

「外来でーす! 寮長の許可くださーい!」

 寮とは生徒のプライベートが集まる学園でもっとも危険な場所なのだ。外部の人間が入るには正門とは別の手続きがいる。

 受付窓に山田先生が出てきた。

「あら? 織斑くんじゃないですか。生徒が寮管を呼んで何の用ですか?」

「俺じゃないですよ。この子、生徒の姪で会いに来たそうです」

「これはかわいらしいお客さんですね。それでは、これに来客証をかざしてください」

 山田先生は俺の後ろに隠れるクオに笑いかけながら、受付の横に置かれている無線受信端末を指さした。

 またしても俺の後ろに隠れるクオから、首にかかるカードを受け取って管理端末のチェックを済ませる。

 クオから警戒されていることに山田先生が萎れるが、人見知りする子だからと慰める。

 ん、なんか既視感を覚えるやり取りだな。

 それに千冬姉じゃないのか。クオを見せて驚かせかったのに。

「千冬姉……、じゃなくて。織斑先生はいらっしゃいますか?」

「え? 織斑くんと一緒じゃないんですか?」

「家からは朝のうちにでているんですよ。先に戻るっていっていたから、てっきり居るものだと思っていました」

「昨晩はボーデヴィッヒさんで、今日は織斑くんですか。わかりました。見かけたら伝えておきましょうか?」

「いえ、そんな急ぐことじゃないので構わないでください。ありがとうございました」

 軽く礼をして、まずはエレベーターへ。何はともあれ箒の部屋にいってみよう。

 しかし俺の不注意さ加減は死んでも直らないレベルなわけで。この時、寮内をクオを連れて歩く危険性を全く考えていなかった。

 結果がこれ。

「かわいいねー。ほっぺもやわらかーい。ぷにぷに」

「どういうことどういうこと! 妹? 隠し子? それともまさか内縁の……!?」

「スコーン食べる? クリームいっぱいでおいしいよ」

「織斑くんが年上属性からロリコンにクラスチェンジした?」

 最後のは誰の言葉だ! さすがに怒るぞ。

 要するに、エレベーターを待つ間に囲まれてすっかり身動きがとれなくなってしまっていた。

 以前よりは騒がれなくなったが、俺は未だに学園内では珍獣の扱いなんだし。加えて目立つ外見のクオと一緒にいると、こうなるのはわかりきったことだった。

 まさに俺が春に入寮したばかりのころを彷彿とさせる騒々しいさだ。ひっきりなしに誰かが話しかけてくきて一歩も動けない。

 エレベーターに逃げ込もうにも、そこから出てくる人が騒ぎに加わるもんだからなかなか入れない。

 こんな人混みに揉まれて人見知りなクオが泣き出さないかと心配だ。

 だがクオは、なんと差し出されるお菓子に釣られて、すんすんと鼻を鳴らしながらふらふらとみんなの間を渡り歩いていた。

 視覚よりも嗅覚、クオにそんな弱点があったのか……。

「ほーら、ジュースもあるよー」

「焼き菓子系はどうだい。お嬢ちゃん」

「大福の餡は漉し。異論は沢山ある。具体的には内包物の種類と添えのお茶の組み合わせで変わる」

「実質無限よね、それ」

「いまクロ部がご飯つくっているから、なにか摘めるもの貰ってくる」

「なんかボーデヴィッヒさんみたいね。この子」

「はい、暴君。ああ、涙を溜めながらも頬張るなんて! 炭酸水の追い打ちをあげよう。ジンジャーきついヤツの」

 最後に悪魔がいた気もするが、目を閉じたままモクモク食べるクオが餌で誘導され談話室に連行されていった。

 居場所が分かるなら、まあいいか。

 それにしても、どれだけのお菓子がこの寮には備蓄されているのか。女の園には秘密の引き出しがいっぱいだ。

 完全に捕まったクオと離れて、上階に向かう。

 しまったな。エレベーターの扉が閉まってから、自分のミスに気が付く。

 さっき集まった中にも一組の子が居たんだから、箒の居場所を聞いておけばよかった。まあこれから部屋に行くんだから、どのみちわかるんだけどな。

 もし箒が寮の外にでているならクオを足止めしたことになってしまう。

 少し、急ごう。

 入学からしばらくは俺と同室だった箒だが、今は別の部屋に移っている。部屋番号は知っているけど、訪れたのは初めてだった。

 特別に会いに来なくても、学校で毎日会うしな。寮ではなにかと俺の部屋にやってきていたから、顔を見なかった日はない。

「しかし緊張のかけらもないのであった……」

 箒相手に気を張るなんてあるわけない。俺は気軽にノックした。

「はい。どちらさまですか?」

 出てきたのは箒のルームメイトで同じクラスの鷹月静寐さん。一組における裏の纏め役である。

 裏と言っても別に後ろ暗いことがあるわけじゃない。単純にクラス代表の俺が多忙なので、事務的なものはセシリアに、クラス内での調整を鷹月さんが代行しているって話だ。

「こんにちは。箒を呼んでもらえるかい?」

「あら? 織斑くん、聞いてないの?」

 ピリッと首筋がひきつる感覚。

「篠ノ之さんは昨日から外泊で、明日も外から直接学校に出るって」

「聞いてないなあ」

「わたしはてっきり二人で一緒に外出したものだと思っていたわ」

「そっか。ありがとうな」

 お礼を言って自分の部屋に向き直る。

「どういたしまして。織斑くんも洗濯外泊ご苦労様」

「もう慣れたよ」

 背中越しの鷹月さんから労いに苦笑で返事をする。

 肩から掛けたバックには洗濯物が詰まっている。これを部屋に置いてから、クオに報告するとしよう。

 自室に寄って荷物を降ろしたところでシャルがやってきた。

 シャルは部屋に入らず入り口に立ったままで話を始めた。

「寮が騒がしくなったから一夏が帰ってきたってわかったよ」

 やっぱり珍獣扱いだよなあ。

 部屋の中から気持ち大きめの声でシャルに答える。

「今回は俺の所為じゃない。特別ゲストが来てるからだ」

「へえ、どんな人?」

「イメージで分類するなら猫かリスだな」

「かわいい子ってことなんだね」

「それ以前に、一階に人が多くてお菓子も集まっていた気がするんだけど」

「鈴とラクロス部が晩ご飯を作っているからじゃないかな」

 それが理由か。クオにお菓子をあげていた一人が、それっぽいこと言っていたかな。

 鈴の飲茶と中華料理はこれまで何度か振る舞われていて、寮生たちの好評を得ている。

 最初は個人的なお菓子作りだったが、評判が良かったので暇を見つけては続けられた。その後何度か繰り返されるうちに定番化してきたのだった。

 しかも食べる側の要望をくみ取るうちに一人では手が回らなくなっていき、現在では鈴が所属するラクロス部を助手としてかり出しての食事会になっている。

 まさに飢えた野性の咆哮が料理人魂に火をつけたって感じだ。

 思えばセシリアの秘密特訓も鈴の料理を食べるためのカロリー調整かもしれない。中華はカロリー高い料理が多いからな。本人にそんなこと言おうものなら、また笑顔で怒られそうだが。

 運が良いのか悪いのか、そんなタイミングで戻ってきたのか。

 色々なことの原因がわかってよかった。箒が留守ならクオもここにいる理由がないし、うまくすれば鈴の中華を食べて帰れるかな。

 片づけを終えて部屋を出ようとするが、シャルがうつむいた状態で出入り口を塞いでいた。

「それとね、一夏。今はラウラが出掛けてるから出来ないけど、みんなで集まって話し合いたいことがあるんだ」

「今度のバトルロイヤルでのチーム割りか? それなら鷹月さんも一緒に……」

「そうじゃないんだ。ねえ、一夏……。僕たちは一夏を信じてもいいんだよね」

 俺を見上げるシャルの目が不安に揺れてた。

「どうしたんだよ。急に」

「僕たちに隠し事とか、してないよね?」

「……茶化すつもりはないけど、シャルたちが不愉快になりそうなことしか隠してないと言わせてくれ」

「……一夏のえっち」

「ぐはぁ……。だから言いたくなかったんだよ!」

 お互いに顔を赤くして視線を逸らす。特にシャルは同室だった経験があるから悟られやすい。実家に戻る回数が増えている事を最初に気づいたのもシャルだったしな。なんて羞恥攻撃なんだ。すごく恥ずかしい。ええい。邪念よ去れ。

「真面目に言えばさ、隠し事はある」

「うん」

「でも、シャルなら知ってるだろ。これは言いたくないって感情的なものだけじゃないんだ。みんなに伝えてしまったら、たぶんもう、戻れなくなるかもしれないから……」

「うん……」

 頷くシャルの瞳が濡れる。紫色の綺麗な瞳に涙が溜まっているのがわかる。

「シャルには無理なことを頼んでいるんだ。これ以上お願いを重ねられない」

「僕の方こそ、一夏が心配だよ。頑張りすぎだよ。学園でも、自分にもそんなに厳しくして……」

「大丈夫さ。だって……」

 俺が笑ったことに、シャルが驚いていた。

「だって、俺は学園生活を満喫しているんだ。楽しいことだから、いくらでもやれるさ」

 春の最初に教室に入った時の重圧を思い出せば、自分がどれだけ変わったのかが解る。今この時と未来を守るために自分を鍛えるんだ。いつまでもお仕着せに頼ってちゃいけない。

「シャルは家族との問題があるんだ。すぐにはどうこうできないことがわかっているんだし、ゆっくり確実にやっていこうぜ。謎の襲撃には、千冬姉たちが対策するとかいってるんだ。今までだって俺たちで戦えてた。これからだってやっていけるさ」

「それを言ったら……!」

 シャルが何かを言い掛けて、涙と一緒に飲み込んだ。

「僕はいいけど、ラウラにはちゃんと応えてあげてね」

「なんの話をするかは知らないけど、わかったよ。でもな、俺はいつだって真剣だぜ」

「知ってるよ。そういう一夏の下手に飾らないところが、……好きだよ」

「褒めてもなにも出せないぞ」

「そんなんじゃないよ。もぉ……」

 顔を赤くするシャルがそっとドア前から引いてくれる。褒めた側が照れるってなんかおかしいよな。

 

 ラウラも外出していたとか、人を集めて話し合いがしたいとか。なんか気になることがあるけど。

 とりあえずはクオを迎えに行くか。

 シャルが言うとおり、常に平常運転なのが俺の強みだからな。

 

◇◆◇*◇◆◇

 

「勝手に材料を持ちだしたのは誰だっー!!」

 

 ガラッと開ける扉もバッと払う簾も無いが、怒りの凰鈴音が寮一階の談話室に突撃してきた。

「やばい。バレた!」

「退避、たいひー!」

 談話室に居た餌付け役たちが蜘蛛の子を散らすように逃げだした。残されたのははむはむと茹でたトウモロコシを齧っているクオだけだ。

 エプロンと三角巾姿の鈴は、リスのようにモロコシを頬張る少女が首からゲスト証を下げていることを見つけて三角につり上がっていた眼尻を和らげた。

「お客さんが来てるなら、最初からそう言いなさいよね」

 呆れ声の鈴に、モロコシを咬む銀の少女が目を閉じたままの顔を向ける。

「甲龍……」

「ここに居るってことは誰かの身内なんでしょうけど、そこまで知ってるんだ。只のISマニアってわけでもなさそうだし、名前を聞かせて貰えるかしら」

「クオといいます。クオ・ヴァディス・サンドリオンです」

「女の子にその名前はどうよ、って言いたいけど。一般名詞的にいじられ候補な名前してる神社の娘を知っているから突っ込まないでおくわ。あたしの専用機を知っているなら、わざわざ名乗るのも不粋だけど礼儀は果たすわよ。第三世代IS甲龍専属パイロット、一年二組の凰鈴音、中国の国家代表候補よ。よろしくね」

 名乗りとともに差し出された手を前にして、クオが首を傾げた。

「そんなスープの具をちょろまかしたのなんか食べてないで、きちんとしたのをあげるわよ。ついて来なさい」

 言葉では促しているが、鈴は強引にクオの手を引いて厨房に入っていった。

「ちょっと、指示者が急に抜け出さないでよ」

「まだ仕込みの段階が多いから、あたしがいなくても問題無いでしょ。っていうか、こっちは材料紛失問題の原因を潰してきたのよ」

「りーん、団子の生地が練り終わったわよー。寝かせるのか、すぐに使うのか教えてー」

「それは詰める餡が出来てるならやっちゃって。包む作業まで間が空きそうなら、良く絞った濡れ布巾で生地を防御させて」

「りょうかい。材料全部揃っているからお団子作っちゃうね」

「じゃあこっちで油の用意しておくから、できたのからちょうだい。おりよく試食係もいるから、最後までやっちゃうわ」

 鈴は厨房に入るとともに矢継ぎ早に様々な指示を出して、自分も鍋の一つを手の取る。鈴の上半身をすっぽり覆えるほど大きな鍋だ。

 そこに揚げ物用の油を廻しながら注ぎ熱を入れてゆく。事前に指示していた大きさの団子がきっちり浸るだけの量を勘だけで計り取る。

「少し待ってなさいよ。すぐに作っちゃうから。一応は安全のためにちょ~と離れてなさいね。だれか~、揚げ物用の道具取って~」

 料理が素人のクオから見ても、鈴がオーバーサイズな鍋にも火の扱いにも慣れていることが解った。言われるがまま一歩下がる。

 鈴の呼びかけに、ラクロス部の一人が穴あき平玉と菜箸を持ってきた。

「はい。これ使って。んで、こっちの子は誰よ?」

盗人(ぬすっと)たちの免状よ。まあ本人は何もわかっていないみたいだけどね」

 泥棒呼ばわりされたクオの眉がゆがむ。反論をしないのは、口をモロコシが塞いでいるからだ。

 めざとく気が付いた鈴が、鍋を見ながら話しかけてくる。

「コーンが余っていたのは確かだけど。それでも一言断れっていうことよ。あんたも人がくれるものだからって、ほいほい受け取らないこと」

 油を満たした鍋の横に、団子と白胡麻を敷き詰めたパットが置かれる。

 鈴は団子を一つ取ると、胡麻の上で一転がししてから鍋の縁に沿わせて静かに落とし込む。同時に秒数をカウント開始。一つ目を試金石に、揚げ上がりの目安を計る。

「でも、クオは……。自分でつくることが出来ません。頂いてばかりです」

 銀の少女は最後まで食べたトウモロコシの芯で口元を隠し、伏せ目で俯いて表情を曇らせる。

 灰のクオ・ヴァディスは本当になにも持ってない。なにもかも与えられた物ばかりだ。

 理解を超える発明を続ける篠ノ之束の側にいたことで、感覚が麻痺していた。まるで自分は料理が出来ないだけで、他は万事うまくいくと思い上がっていた。しかし今回の言いつけで久しぶりに束の元を離れ、恐ろしいほど自分の無力を思い知らされた。

 束の為に料理を知ろうと奮起したが、何をしたらよいのかすら解らなかった。一夏に出会わなければ、料理の基礎を身に着けることも出来ず、学園に入るにはISを使った強硬手段しか無かった。

 与えられてばかりで、自分からは何も出来ない。

 束も言っていた。余っているものをもらってなにが悪い。資源の有効活用をしてあげているんじゃないか。

 その言葉にクオが感じたことは、

 

 自分が束にとっては余り物なんだという、安堵だった。

 

 使って貰える。必要とされている。それだけでよかった。

 手に持ったトウモロコシの芯を見る。食べられる実をはがされた芯だけの、歪な灰色の棒。

 理由の無い焦燥感が沸いてくる。

 違う、これとは違う。自分はなくなりはしない。作り出せない自分じゃない。お兄ちゃんが教えてくれた料理がある。

 クオはかじり付いて残った汁を吸い出す。まだ食べれる。まだ味がする。

 ひょいっと、鈴がトウモロコシを取り上げた。手首の返しだけで生ゴミ箱に投げ入れる。

「あ……」

 ダメ、ステナイデ。

「お行儀の悪いことしないの。なにも女過に成れだなんて言わないわよ」

 絶望するクオを制して、鈴がチームメイトの一人を呼ぶ。

「リアーデ~」

「はいな~」

「てっくせったー」

「らーさー」

 手早くエプロンと三角巾がクオに装着され、数時間ぶりのラップ巻きができあがる。リアーデは最後の仕上げにクオの手を洗った。

「ほい、ハンドソープ。お料理するんだからおててはきれいにねー」

「働かざるもの食うべからず。立っている者は親でも使え。ゲスト扱いしようと思ったけど、動く気があるなら使わせてもらうわよ」

 鈴はクオの前に胡麻団子の調理パットを並べた。団子を一つ手にして、目の前で実演しながら説明する。

「胡麻の隙間が出来ないようにゆっくりと転がしなさい。敷き詰めているパットも適度に均してやるとやりやすいわ。胡麻が足りなくなったら、アパームを呼ぶこと」

「いや、それ。持ってこないフラグだよね」

「アイス泥棒のティナが出たぞー。であえであえー!」

「うわ、ちょっと、これは自分のだって」

「なんで私物が厨房の冷蔵庫に入っているのよ」

「部屋のが、鈴のせいで今日の食材に占拠されていっぱいだったからよ」

「うん。それは悪かったわね。でも謝らない!」

「その分美味しいもの食べさせてくれるなら、提訴はしないでおくわ。じゃ、がんばってねー」

 ひらひら手を振って部屋に戻っていくルームメイトと鈴の寸劇を、クオはぽかーんと見送った。

 そうこうしている間にも、二つ目の調理パットがやってくる。中には団子がいっぱい入っていた。

「さあ、どんどんくるわよ。お団子食べたかったら、手を動かしなさい!」

 考えの整理が付かないまま、クオは手伝いを始めた。

 

 途中で一回アパームさんを呼んだが、なぜか先ほどのリアーデが胡麻の袋を抱えてクオの足下でガタガタ震えただけだった。

 鈴のキックで復帰したのだが、あれはなんだったのだろう。

 

 思ったより数があった胡麻団子作製が終わる。

「はい。お疲れー。まずは、これ半分あげるわ」

 鈴が最初に揚げた胡麻団子を菜箸で摘んだ。

 火の入り具合を見るために半分に割られているところを見て、一夏との昼食を思い出した。

 ぱくりと食いつくと、既に割られているからか直ぐに餡の味が口の中に広がった。口を動かすと胡麻が付いた外側のぱりっとした食感と、団子の柔らかさが互いを際立たせる。

 味わって咀嚼して食べた。美味しかった。それ以上の表現を出来ないことが悔しかった。

 厨房の外でラクロス部の誰かが言う。

「鈴ー、その子の保護者が探してるわよー」

「おりゃ、残念。それじゃこれ持って行きなさい。出来立てだから、食べるなら少し冷ましてからね」

 鈴が揚げたての胡麻団子二つを包み紙に入れて渡す。包みの中に油取り用の紙が別にしてある気の配りようだ。

 言われるように、手にすると揚げ団子の暖かさが伝わってくる。

「ほら見なさい。ちゃんと作れたでしょ。自分が何も出来ないなんて言わないの。そのうち本当に動けなくなっちゃうわよ」

「でも、これは……」

 鈴が作ったものだから。

「あたしが作った。確かにね。でも餡と皮は他の人が作ったのよ。そしてあんたも手伝ったでしょうが。違う?」

 言葉尻に険を込める鈴に対して、ふるふると頭を振る。

 手の中にあるものは、さっき自分で胡麻を付けた団子だ。

「言ったでしょ。なんにも無いところから創り出すなんて神さまの仕事なの。そんなに難しく考え込まない。お団子、美味しかったでしょ?」

 口調を柔らかくした鈴が、腰を落としクオを見つめる。

 正面の鈴に、クオは深く頷き返した。

「その美味しいは、あんたが自分で作ったのよ。だから、今手にある団子を他の人に食べてもらったら、あんたは食べた人に美味しいをあげることができるの。胡麻団子は二つあるでしょ。保護者の人と一緒食べなさい。そして自慢しなさい。これはあたしが作ったんだって」

 ふと、一夏の言葉を思い出す。

「料理は、作る人と食べる人がいて料理になる……」

「わかっているじゃない。その胡麻団子が料理なら、あんたは誰になるの?」

 にこにこ笑顔の鈴。

 クオは、自分が励まされていることに気が付いた。少しずつ沸いてきていた涙がすっと退いた。はにかみながら礼を言う。

「ありがと……。鈴、お姉ちゃん……」

「あははは。急に照れくさいわね。ほら、人が待っているんでしょ。持って行ってあげなさい」

 鈴はクオからエプロンと三角巾を外し、厨房外へと促す。

「またね、クオ」

「うん。またね……」

 

◇*◇

 

 IS学園生徒寮の一階を歩くクオ・ヴァディス・サンドリオン。

 厨房から出たら一夏が居ると思っていたが、先に嫌なものが見えた。

 ラファール。

 寮の外、200mほど離れた上空に学園所有のISが待機している。もちろんの武装状態だ。見たところファイアロックも外されている臨戦態勢。位置的に別棟の屋上が待機場所か。

 生徒たちが居る寮から出た所を狙い撃つつもりだろう。それなら……。

 クオは手近な窓を開けると外に出た。

「あっ……!」

 クオが寮の廊下から飛び出したことに、偶然目にした生徒の誰か声を上げる。

 目撃されたことは気にしない。

 クオは量子格納領域からゴーレムⅡを呼び出して上空に飛ばす。ものはついでにゲスト証もゴーレムⅡに渡す。

 牽制はこれでいい。

 案の定、隠匿性を重視する警備側は寮棟上空での交戦を控え、ゴーレムⅡの誘導を始めた。静音性の高いレーザーガンを撃ちながらラファールが遠ざかってゆく。

 クオからは見えないが、レーザーガンは競技用の可視光付与機能が切られている状態で使われていた。学園側は可能な限りクオの存在を他に知られないように動いている。

 生徒たちが上空の戦闘に気づかず騒いでいないことを確認して、次の行動に集中する。

 監視されているなら、そろそろ隠れなければ……。一夏に挨拶できなかったのは心残りだが、束の命令は絶対だ。使いの仕事は必ずやり遂げる。目的地を目指してクオが走る。

 太陽も傾きだしたし、頃合いだ。

 人気のない倉庫の合間に走り込む。少女の供は夕刻で伸びた影だけだ。

 束に指示された場所まであと少しというところで、死角から硬質ゴム球が飛んできた。二つのゴム球がワイヤーで繋がれたそれは、あきらかに捕縛道具だ。打ち出しの音や風切り音が殆どしなかったところを見ると、射出機ではなく熟練の人間がクイックモーションで投げたのだろう。

 だがクオには見えている。とっさに団子の包みを胸に抱きしゃがむ。

 分銅縄(ボーラ)は避けたが、今度は上から投網が二つ三つと掛けられた。こちらも捕縛用の鋼鉄ワイヤー製だ。人間が切り抜けられる代物ではない。端に下げられた錘も合わさり、クオの身体を押しつぶしにきている。

 目標の足を止めたことで、武装した男たちが物陰から出てくる。小走りで集まりクオを取り囲む。どれもが訓練された動きだ。

 手に刺又を持つものも居るし、数歩分下がっている男たちは一様にショットガンを構えている。銃に装填されている弾は、最初に投げられたものから非殺傷弾のたぐいだと思うが、もしかしたら狩猟用の榴弾が込められているかもしれない。網に絡まれた状態ではとても避けられないので、うかつには動けない。

 男の一人が進み出て宣告する。

「学園則により、あなたを敵性と判断した。行動を制限させてもらう」

「ガス弾はそのまま。動きがあれば撃て。ゲスト証を持った遠隔無人機が引き返したら、すぐに連絡を。網の電圧も維持だ。いつでも流せるように。目標のISは離れているが別ロケーションの班が合流するまで気を抜くな」

 後方で大型の通信機を握る人物がリーダーらしい。クオからは酷く暗号化された通信が見えた。

 彼らはクオが所有するISが飛んでいったゴーレムⅡだけだと思っているようだ。それでなければ、ISを使わずにクオを捕らえようとは思わないだろう。

 租界として機能する学園ではあるが、ISの利用に関して完全に自由というわけではない。

 専用機持ちの代表候補生たちも学内での無断使用は禁じられているし、学園所有のISとて運営管理の書類を委員会に提出する監視機能が存在する。

 侵入者一人にISを1機割り当てるのは、本来なら異常な采配なのだ。あくまで偶発的に代表候補生や教員が対処したというのがIS学園のスタンスだ。逆を言えば20機以上という世界最大のIS保有数を誇るIS学園だが、そのあり方から能動的な対処が出来ないでいる。

「まずは手に持っている物を地面に置け。先ほどの状況確認はブラフではない。怪我をしたくなければ抵抗はするな」

 警備員たちはじりじりと包囲の輪を縮めてクオにさらなる拘束を重ねようとする。

 自分が年相応の少女なら、それでよかったのだろう。しかしクオ・ヴァディス・サンドリオンは篠ノ之束の四肢であり、娘である。この程度の威圧に怯えることなど無い。

 脚に力を込めて腰を上げた。

 クオが動いたことに、警備員たちが戦慄する。経が1cmもある鋼鉄ワイヤーの網が三重になっているのだ。その上、端には錘もかかっている。体躯の小さな少女に持ち上げられる重量ではない。

「電圧を……!」

 リーダーが放電の指示を出そうとするが、もう遅い……!

 悲鳴は、捕縛網にショックスタンの装置を繋げていた係りが上げた。網が中心に向かって引きずられバランスを崩しかけていたのを堪えたが、持っていた電圧装置が火花を吹いたためだ。

 ワイヤーネットが引きずられたのは、中心が高く持ち上げられたから。

 信じられないことに、持ち上げているのは機械の腕だった。帯電する拳を天に突き立てる二本の柱が、クオの小さな背中から生えている。

 ネットを掴み掲げる灰色の巨腕は、小柄な少女とは不釣り合いで、歪な翼の様だった。

「所有ISが、もう1機だと……!?」

 警備員の誰かが言う。

 彼女の胴と同じぐらいの太さをした怪腕が捕縛のネットを掴み、力任せに引きちぎる。

 

「全てを砕け、ワールド・パージ……!」

 

 確保した空間に向けて、灰色の存在証明が推された。

 今度は虚空から出現した無数のパーツが少女の身体を覆い隠す。一瞬で組み上げられたそれは、ISとしてもオーバーサイズだ。全高は4m近い。IS学園にある競技用とは違い搭乗者の全身をカバーする全身装甲(フルスキン)タイプ。機体中央にあるダミーパペットもパイロットのクオより二回り大きい偽装がされている。腕脚の比率が大きく、ダミーパペットの腰までが装甲に埋没しているため、より巨大に見える。

 即座にショットガンが発砲されるが巨人のシールドに簡単に防がれ、火花と散った。弾種は散弾だった。

 それでも警備側は連続でショットガンを打ち続ける。

 クオに四方から絶え間なく散弾が浴びせかけられる。全てシールドによって無効化される。

 この一見無意味な銃撃の目的は、敵性ISのシールドエネルギーを消費させること。後続にやってくる味方機への援護とする随行歩兵としての行動だった。学園において対ISのルーチンが出来てきている証左だ。

「コントロール、所属不明ISが出現した。対応を頼……」

 リーダーが通信を終える前に、クオは事を成した。

 

◇◆◇*◇◆◇

 

「窓から飛んでいった?」

「あの銀髪の子だよね。なぜか知らないけど、そこから出て行ったわよ」

 寮中でクオを探していると、訳の分からない言葉が出てきた。

 エレベーター前でスコーンを勧めていた彼女がいうには、クオは空に飛んでいったらしい。

「……なんでだ?」

「さあ、そこまではわからないわ。飛び出したい年頃にはまだ早いと思うんだけどね」

「とりあえず、ありがとう。管理を通さないで出ると面倒なんだよなあ」

 情報をくれた彼女に礼を言って、寮の玄関に向かう。

 学園への来客は厳しく管理されているから、チェックをしないと後で大変怒られるのだ。

 

 シャルと話した後も何人かに捕まってしまい、クオのことを根ほり葉ほり聞かれた。

 クオと束さんとの関係は話す相手を決めているので、帰り際偶然に合った、詳しく知らないと切り抜けた。

 しかしその程度で引き下がるIS学園の生徒たちではない。振り払うのに時間がかかってしまった。新聞部の精鋭が嗅ぎつける前に逃げられたのは幸運だったな。

 だけど俺が一階に戻った頃には談話室にクオの姿はなく、仕方なく捜しているといった次第だ。

 談話室での聞き込みの結果、空を飛んでったという怪情報を得ることが出来たが、ISで飛んだのならもっと騒ぎになっているはずだ。

 

「山田先生、ちょっといいですか?」

「はいはい、なんですか織斑くん」

 受付窓で山田先生を呼ぶ。

 クオのことを説明すると、案の定困り顔になった。先生は管理端末を引っ張り出して色々操作し始める。

「どうしてこうなるんでしょうか……、っておやおや。織斑くん、あの子はちゃんと玄関から出ているじゃないですか。ついさっき寮から出たって履歴にありますよ」

「え? 山田先生もクオがここを通るところ見てないのにですか?」

「私も一日中ずっとここにいるわけじゃないですよ。他の先生にも聞いてみますね。ちょっと待ってください」

 一度受付を離れ、山田先生が管理室にいる別の寮管に話を聞きにいった。

「やっぱり、あの子はもう出たそうですよ」

「そうですか。ありがとうございました」

 おかしいな。クオは箒に会いに来たんじゃないのか?

 けれど寮管に記録されているっていうならしかたがない。寮棟から出て外を探すしかないな。

 最初に聞くべき相手は、順当に行って秘密特訓していたセシリアだ。

 なんて考えながら寮を出ると、正面から制服を着たセシリアがやってきた。

 ……運動後の汗を感じさせない清涼感と手ぶらの余裕を見せつけるお嬢様、マジ半端ねえな。

 おそらくは学園のどこかにセシリアが秘密にしている荷物置き場があるんだろう。一緒にシャワーも使える場所となると部活棟かな。

「あら一夏さん、こんにちは。それとも、もうこんばんわでしょうか?」

 そしてこの『本日は初めて顔を合わせたのですわよね』な態度である。

 うん。やっぱり今まで秘密特訓に気づかなかったのは、向こうが隠していたからだよな。俺が鈍感だからじゃないよな。

「妹さんはご一緒ではありませんの? お話を窺いたかったのですが」

 でも追求の手が止まることはない。セシリアは手厳しいな。

「妹っていうのが冗談なのはわかっているだろ。それよりクオのやつが迷子なんだ。セシリアは見てないか?」

「篠ノ之博士のお年を考慮しますに、箒さんの姪御というのも嘘なのですね。わたくしは見かけませんでしたわ。寮の中ではないのですか?」

「俺も束さんが産んだとは思ってないよ。でも関連があるのは確かだ。窓から飛び出したって目撃証言があるし、来客証も受付でチェックされているから、外にいるのは間違いない」

「博士とあの子を関連付けできる根拠があるのですね。窓と受付チェックが矛盾していますが……。でしたら正門でゲスト証の場所をお聞きしてみてはいかがでしょう? 無線チップ入りなのはその為なのですから」

「クオは量子化で道具を出したんだ。閉じた両目もISのセンサーを介しているなら納得できるし。コア・ネットワークが使えれば簡単に見つけられるんだけどな。しょうがない、霧間さんに聞いてみるか。ありがとうな。セシリア」

 俺はお礼を言って正門を目指す。

 数歩分進んだところで、がしぃっと肩を掴まれた。振り返ると、俺の肩に握り潰さんばかりの力を込めるセシリアがごっつい笑顔で怒っていた。

「わたくしもご一緒してよろしいでしょうか?」

「別にいいけど。それより肩が痛いぞ」

「所属不明機の侵入を助長しておきながら、なぜそこまでお気楽なんですの!?」

 俺の抗議は目尻をつり上げたガチ切れで無視された。セシリアは真面目だなあ。

 正門に向かって二人で歩きながら話を続ける。

「所属不明じゃないさ。束さんの関係者なのは“誰も知らないIS”を使っていることでわかるじゃないか」

「……それがどういう意味なのか解っていらっしゃいますか?」

 セシリアは切れ気味気分が続いている。言葉の棘が痛々しい。よっぽど怒らせてしまったようだ。

「亡国機業は無人機を使っていない、だろ。学園祭の蜘蛛とキャノンボールの蝶も、開発元がはっきりしている」

「五月のクラス代表戦と先月にあった襲撃の首謀者が一体誰なのか、目星を付けられているのですね」

「これぐらいまでなら誰だって同じ結論にたどり着くさ」

 なにせ情報が整いすぎているんだから。

 セシリアは俺の真意を問いたいんだろう。だから答える。

「目的は俺と箒だからな。それもアイツとは違って、あくまでISが使える時にしか襲撃してこない。学園には迷惑かけるけど、ここの警備体制と一緒で自分から入れてしまった方が対処しやすい」

 これがクオと一緒に戻ってきた理由の一つだ。家から近いところでIS同士の戦闘が発生した場合、一番都合が良い場所がIS学園だってだけだった。

「お気楽と言って申し訳ございません。一夏さんにも考えがあるのですよね」

「謝らなくていいさ。結局深く考えきれずにこうやってクオを探すはめになっているんだし」

 今の対処方法はアレから……、織斑マドカと名乗る少女に銃撃されてからずっと考えていた。

 自分でも似合わないことだとは思っている。セシリアが言うように、もっと気楽に生きてけたら良かった。しかし状況が変わった。いままで通りなんて夢みたいなことに、こだわってはいられない。

「ってことだからさ」

「はい。なんでしょう?」

「頼りにしてるぜ。セシリア」

「What’s?」

「なんで素になるほど驚くんだよ。事の元凶を引っ張り出すには、俺か箒が見えない条件をクリアするか、それとも本人に収拾させる必要がある予想外の事態を起こすことなんだ。条件クリアの方は、今日みたい状況に積極的に突っ込むことになるんだ。だったら白式と紅椿以外のISで何かしてみようって思うだろ」

「で、ですが。わたくしは最近皆さんとご一緒に訓練しておりませんし、模擬戦の結果も……」

「だから、頼りにしているんだよ」

 俺の言葉に、今度こそセシリアが足を止めた。ありえない物を見るような、純粋な疑問の視線を俺に向けてくる。

 気にしていたんだな。これに関しちゃ俺に非があるんだ。彼女と向き合いちゃんと謝らないと。

「訓練時間の逼迫はクラスの仕事を流している俺にも責任があるんだし、自主的に受けてくれたとはいえセシリアは抗議していいんだぞ」

「いえ、そういうつもりで言ったわけではありません。戦力として数えられている事にですから……。ブルー・ティアーズの偏向射撃成功率が低いのはわたくしが至らないからですし……」

 珍しく本気で戸惑っているみたいだ。頭の良いセシリアが取り乱すところは、なんか可愛いな。

「謙遜するなよ。今日はセシリアが頑張っているところを見れて嬉しかったんだから」

 途端にセシリアの顔が真っ赤になった。

 やべ、怒らせちまったか!?

 色々溜め込んでいる思って、昨日は都合が悪くなった大浴場の利用をセシリアに譲ったわけだけど、それぐらいでどうにかなるもんじゃないよな。いくら意識を切り替えても、俺の考えは浅いままだな。

 でもなんでだろう。今のセシリアには少し親近感を覚える。詰め込み過ぎていて、どれも行き詰っていて、でも普段通りに振る舞って……。

 ああ、そうか。セシリアが頑張っているからなんだ。

 違いがあるとすれば楽観視する俺と違って、きっと乗り越えてみせる。自分は出来るっていう自信がセシリアにはあるんだ。

 寮内でしたシャルとの会話を思い出して、自然とその言葉が口から出た。

 

「セシリア。今の学園生活は楽しいかい?」

 

 俺の意図を一瞬で理解したセシリアが、冷静さを取り戻した。

「辛いとは言いません。それはわたくしのプライドが許しません。ですが充実はしております。毎晩就寝の直前は明日への期待で胸が高鳴ります。一夏さん。わたくしは貴方と出会える毎日を、とても楽しくすごしておりますわ」

 プライド。誇り。自分の芯となるものを姿勢に表し、セシリアがまっすぐに立つ。

「ああ、俺もだよ。だからさ、模擬戦の勝率だとか細かいことは気にしていないで、セシリアは自分にしか出来ないことを精一杯伸ばしてくれよ。しっかり者でみんなに尊敬される。俺はそんなセシリアだからお願いするんだ。そんなにかしこまらずに、ありのままで、一緒に努力していこうってさ」

 束さんの思惑を外すという目的で仲間に頼むのは、俺とは違う立場で対抗することだ。

 一方的に襲撃される学園に居るから、対処療法しか選択肢がない。しかし福音事件を鑑みる限り、親玉を引っ張り出すことは出来るはず。その証拠に束さんの使いとしてクオが学園にやってきている。

 今回のクオ訪問が、前の事件で箒が紅椿を更新させたことに関係があるのなら、シャルがセカンド・シフトを起こしワンオフ・アビリティを修得することでもフラグが立つかもしれない。

 先に言ったように、あの人からの刺客を白式と紅椿以外のISで撃退すれば、状況が変わるかもしれない。

 やれることはたくさんある。どれも達成困難かもしれないけど、やってみる価値はある。

 セシリアが含みのない笑顔を浮かべた。

 うん。やっぱりこういった表情が一番かわいいよな。

「……わかりました。確かにわたくしは気負いすぎていたのかもしれません」

「俺もついさっきシャルに同じ様なこと言われたんだ。頑張りすぎだってさ。でもそれ以上に、このIS学園が楽しいって事を思い出したからさ。セシリアもきっとそうだと思ったよ」

「ここでシャルロットさんのお名前が出てくるあたりが、一夏さんですわねー……」

「え? どういう意味だよそれ?」

「みなさんで頑張りましょうということですわ」

 セシリアが、また裏側がありそうな笑顔に戻った。一体なにが悪かったんだか解らない。

 よし。部分展開で殴られていないからセーフだと、ポジティブに考えよう。

 

 そんなこんなで正門まで戻ってきた。

 あれ? 霧間さんが居ない。あの正門と並び立つ巨漢の姿がない。

 近づいて横にある警備員詰め所をのぞき込むが、そこにも見あたらなかった。

「一夏さん……」

 ここまで付き合ってくれているセシリアが、正門の外を見ている

 視線を追うと、正門の外に一台の大型バンが停まっていた。まさに今発車するところだが、エンジン音も静かにゆっくりと出ていった。

 なんだろう。どこかがおかしい気がする。それに車を見ていると、鼻の奥にぴりっ小さく嫌な感覚が走った。

 霧間さんと一緒によく見かける細身の警備員さんがバンを見送っている。走り寄って声を掛ける。

「何かあったんですか?」

「ああ、君たちか。あまり敷地内から出ないでね」

 再びIS学園に入る細身の人は、なぜか口元を抑えている。警備員の支給品である白手袋がマスクみたいだった。

 彼に思いついたことを疑問をぶつけてみる。

「今の車……、やけに速度を落としていませんでしたか?」

 まるで急患を乗せた救急車の様に。そんな連想をしたのは、鼻に引っかかったものが血のそれに似ている気がしたからだ。

「車にトラブルがあったとは聞いてないよ。中に誰が乗ってたのかは警備上言えないので、追求は勘弁して欲しい」

「いいえ。毎日の警備、ごくろうさまです」

 口元を隠す細身の人に、なぜか硬質お嬢様モードに入ったセシリアが定型的な挨拶をする。

「実は一夏さんとご一緒していたゲストがはぐれてしまいましたの。来園証から所在を確かめていただけませんか?」

「わかりました。少々お待ちください」

 こわばった表情で細身の人が詰め所に入り、中にある管理端末を操作する。

 IS学園内に張り巡らされた通信網と、来客証に付けた無線ICチップを使いゲストの居場所をリアルタイムで割り出せるシステムだ。おかげで外部からの入場者に対してセキュリティが高く、こういった技術がハイテク学園らしいと感じる。

「あの女の子だよね。もう学園から出ているよ」

 警備員さんの言葉は、予測していた物だった。

 でも一応確かめておこう。

「目的の生徒とは会えなかったのに、出ちゃったのか?」

「入出管理にはちゃんとデータがあるよ」

「自分で見ていないんですか?」

「ちょうど霧間さんとの入れ替え時だったね」

「俺が案内するって言いながら、はぐれちゃったんですよ。本当に出ちゃったのか、ゲスト証を見せて貰えませんか?」

「……まあそれぐらいならね」

 そうして細身の人は一つの首架けパスケースを見せてくれるけど、これが本当にクオが持っていたものか一見で俺にわかるはずもない。

 少なくとも学園の警備部は、該当のゲストが敷地内から出ていると主張している。これ以上は食い下がれないな。

「それなら、……霧間さんはどこですか? いつもならまだ勤務時間内ですよね」

 正門警備は二人一組が基本だ。なにかしらの理由で一人になることもあるかもしれないが、俺はそれが気になった。さっきの車から血の臭いがしたことと組み合わせて、嫌な予感がする。

「……急に派遣元の会社から呼び出しがかかったと聞いている」

 思い詰めた顔をする細身の人。

 霧間さんの派遣元って、それは……。

 続けて、俺に一枚のメモ用紙が差し出された。困惑していると、細身の人が一言だけ。

「霧間さんからキミへの伝言を受け取っている」

 メモ用紙は二つ折りにされていて、中身が隠されていた。

 俺はそれを受け取って、正門を離れた。

「大丈夫ですか? 一夏さん、顔色がすぐれませんわよ」

「平気だ。それよりも、セシリアも気づいたのか?」

「警備側に負傷者が出たのでしょう。しかし、それを隠蔽する理由がわかりません」

 固い表情のままでセシリアが訝しがる。

 俺も同じ意見だ。

 おそらくあのバンには負傷者が乗せられていた。それなのに救急車を呼ばず、IS学園から外部に運ばれるという状況。それが何を意味するのか、考えがまとまらない。

 負傷者を隠すということは、不審者や襲撃がなかったということにしたいからなのか。これにクオが関わっているのか。警備は学園を出たことにしているが、それは本当なのか。

 何度も同じ事が頭の中を駆けめぐっては、結論に至らず思考を放棄する。

「一夏さん、寮に着きましたわよ」

 セシリアに教えられて、はっと気づく。

「あの少女は既にIS学園に居ません。敷地内で不明ISが展開されたのなら、管理部も対抗としてISを出さざるを得ませんので、わたくしたちにも連絡がくるはずです」

「今はまだ何も起こっていない、んだよな。うん。これ以上考えても答えは出ないんなら、次の準備をしよう」

「ふふ。そのゆるさからくる復元性が一夏さんですよね」

 なんかセシリアに笑われているけど、まあその通りだし。

 いくら考えてもダメなら、別のことをやった方がいい。

 セシリアと別れて自室に戻る。

 一人になったことを確認してから、霧間さんからのメモを開いた。

 

『これも警備の仕事だから、気に病むことはない。うまい言葉が出せなくて、すまん』

 

 ぐるんと視界が廻って赤く染まる。立っていられなくなりベットに腰を落とす。

 しまった。やってしまった……。

 別れ際のセシリアには強がっていたけど、薄々気が付いていた。

 自分の考えは穴だらけなんだと。

 IS学園を迎撃の場とすると、どうしても被害を甘受するしかない。それでもセシリアや鈴といった頼れる仲間たちなら大丈夫と軽く考えていた。

 ……違う。軽くなんかなかったんだ。

 IS学園の専用機持ち、代表候補生は誰もが凄まじい能力の持ち主ばかりだ。特に一年には強力な第三世代ISが複数ある。簡単には負けないと信じられる。

 問題は、それ以外だ。

 あちら側の目標が、俺と箒なのは間違いない。むやみに建物を壊すといった無差別なテロ行為は行わないはずだ。

 助けてくれる仲間もいる。先月のゴーレム襲撃は、複数体同時出現だったにも関わらず人的な被害は0なんだ。先輩方だってゴーレムタイプなら対処できる。

 

 なら、それ以外の人はどうなる。

 

 IS学園の設備は充実しているし、学園に通う生徒なのだから身体能力が人並み以下なことはないはず。

 これまでの事件だって、一般生徒に被害が出たことはない。対処や避難は出来ていた。

 それは相手がまっすぐに俺と箒を狙ってきたからだ。

 今後アチラが何を要求するかも解らないのだから、他の人たちに害が及ばないと言い切れない。

 それ用途でゴーレム以外が送り込まれると予想はしていた。

 結果がまさに今で、霧間さんが何よりの実例だ。

 “警備の仕事”、“気に病むこと”。

 メモに書かれていたこの二つを結びつけるものは、クオだ。

 俺が連れてきたクオが問題を起こした。しかし入場の手続きは正式な物だから、俺が気にすることではない。

 固く口止めされているだろう警備部の霧間さんと細身の人が伝えてくれた、精一杯の警告だ。

 ベッドに仰向けに倒れる。

 天井に右腕をかざし、待機状態の白式を見つめる。

 白式はISの中でも強い機体だ。

 一撃必殺の≪零落白夜≫に、セカンド・シフトを経て強化された機動性。追加装備の≪雪羅≫のおかげで対応力も上がっている。

 一番の問題は、俺が白式を使いこなせてないこと。

 過去に同じワンオフ・アビリティを使って世界一位に輝いた千冬姉がいるんだ。白式が弱いと言うことはない。

 だけど能力が増している白式で、同じ事が出来るとは思えない。コンプレックスが酷く重いほどではないが、この事実は見過ごせない。千冬姉のような全てを守るだけの力が、俺には無い。

 霧間さんが伝えてくれたように、学園の警備状況を俺が気にかけてもどうしようもない。それこそ千冬姉に未熟者が余計な気を回すなと怒られるだろう。

 でも見知った人が怪我することに納得できるなら、俺はここに残っていない。鈴との試合中にゴーレムが乱入した時、俺はもう繰り返さないって決めたんだから。

 もうすっかり見慣れた天井に向かって、つぶやく。

「一体、俺に何をさせたいんだよ。束さんは」

 たぶんあの人は、すっきりと割り切っているんだろう。俺の知らない何かを成すために、平然と不要なものを犠牲にする。

 もしもそれが続けられるようだったら、巡りの悪い頭で必死に考えたプランの中で、一番最後にたどり着いたものを実行するしかなくなる。

 

「箒を連れての逃避行なんて、柄じゃないどころか無謀すぎる……」

 出来るなら、そこまで追い込ませないで欲しいものだ。

 

◇◆◇*◇◆◇

 

 そこは薄い赤色(せきしょく)の非常灯のみが唯一の灯りだった。太陽や蛍光灯とは違った色合いで象られた世界は、昼間見た学園と同じ場所とは思えなかった。単色と影しかない場所で、銀髪の少女は膝を抱えて座っている。地に降ろされた小振りな尻が、地面の冷たさに時折身じろぎする。

 クオ・ヴァディス・サンドリオンはコンクリートと配管に囲まれた空間にいた。

 事前に束から潜伏場所として指示されていた箇所で、IS学園の中で警備システムを一定期間誤魔化すことが出来る。当然クオと灰色の大型ISがあってこその芸当ではあるが。

 

 警備部と接触して大型ISを展開した後、クオは後詰めの警備員たちも蹴散らして移動した。さすがに飛行しては目的を達せないので、珍しくISの脚で竹馬駆け足をしてしまった。

 そして誰にも目視されていない状況を作って、能力を発動させた。IS学園側には、クオの姿が完全に消えたように見えたはずだ。

 本来は航宙機能の一つである多目的電磁シールドだが、そこにクオの力を乗せることで電磁迷彩にできる。

 ゴーレムⅡは保安部のISにやられるに任せて放置した。どうせあのゴーレムにはコアが積まれていない。ワールド・パージ・コアの量子格納領域に余裕があったので、用済みだったⅡ型で隙間埋めしていただけだ。

 こうして行方をくらましたクオは、指示された待機場所で時間が来るまで待っているのだった。

 

 もう日が沈んで、すっかり暗くなっている。

 冬も近いこの季節の風は、クオの身体に容赦なく冷風を当ててくる。吹き込んできた寒風に身を固めて堪える。全身に力を込めて張っているのに、自然と身体がかたかたと震えるのが自分でも可笑しかった。人間は寒いとこんな反応をするんだ。クオは初めての経験に好奇心が充足するのを感じた。

 ISを展開すれば暖は取れるが、手持ちのエネルギー残量と待機時間を考えると少しは我慢しなければならない。ましてISを展開してしまうと、発見される確率が上がってしまう。ここで見つかってしまっては、これまでの苦労が水の泡。今は我慢だ。

 くぎゅうぅぅぅ……。

 震えるお腹が大きな空洞音を鳴らした。羞恥に顔を真っ赤にしたクオは、周りに誰か居ないか見渡してしまった。

 昼もおやつもしっかり食べたはずだが、もうガス欠になっている。力を使わなければ、もっと保つはずなんだ。

 心の中で言い訳しつつ自分のお腹を睨んだクオだったが、手に持っている包みを見た。寮で出会った甲龍のパイロット凰鈴音が持たせてくれた揚げ胡麻団子だ。

 ここで食べてしまおうか。でも明日のことを考えて我慢しないと。

 くぎゅうぅぅぅ……。

 クオの思考を遮るように腹が鳴る。

 貰ったお団子は二つあるから、今は一つだけ食べよう。もう一つは朝食だ。

 意志を固めて包みを開く。

 期待に輝いていた表情が、団子を見た瞬間に萎んでいった。

 ISの展開時に抱き抱えていたのだが、それでも間に合わなかったようだ。胡麻団子は見事に潰れていた。片方なぞ中身の餡が見えてしまっている。弾けている団子の中にあったはずの汁も潰れて搾り取られ、包みの底に浅く溜まっていた。

 眉をゆがめるクオは悩み抜いた後、破れた方を食べることにした。楽しみは後に取っておく主義なのだ。

 手が汚れることを気にせず、一掴みにして口に運ぶ。気を付けるのは、これ以上餡をこぼさないようにすることだけだ。

 鈴に半分食べさせて貰った味がよみがえる。もう暖かくはないが、それでも十分に美味しい。

 ゆっくりと咀嚼していると、なぜだか涙が出てきた。

 団子の味は同じだ。皮もぱりっとした感触を残していて、食べ応えもある。しかし涙は止まらない。嗚咽がこぼれだし、息をする度に鼻が鳴る。団子が塩味を増してゆく。

 何が違うのか、分かり切ったことだ。

 ここにはクオしかいない。鈴がいない。一夏がいない。束もいない。研究所にいるときだって、常に誰かは自分の近くにいたのだと思い出した。心が誰かに会いたがっている。でもそれは束の言いつけを破ることになる。出来るはずもない。

 大丈夫。明日になればお兄ちゃんにもお姉ちゃんにも会えるから。

 クオは自分に希望を言い聞かせる。暗がりで少女が一人、涙しながら団子を食べる。

 

 それを寂しさと知らずに胸に抱いたシンデレラだが、継母の言付けを破ることが出来ず涙をこぼすだけだった。

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