Infinite Stratos First Complete Session   作:石狩晴海

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第三話:レイディ・レディ

 寮の玄関から東を見ると、明け色が夜空を塗り返してゆくところだった。

 そんな日も昇りきらない早朝、篠ノ之箒がIS学園寮に帰ってきた。

「おはよう、箒。けれどこの時間に着いているってことは、何時に起きたんだよ。まあどうせ朝練をするために早く戻ってきたんだろ。待ってるから用意して来いよ」

 トレーニングウェアを着て柔軟運動している俺を、驚きに固まった箒が見ている。

 硬直した箒は手に持った荷物を落としそうになり、慌てて居住まいを正した。

「一夏……?」

「おいおい、挨拶が抜けてるぜ。いつも礼儀にうるさいお前らしくないぞ」

「あ、ああ……。おはよう。しかし、一体どうして?」

「一昨日の朝練は箒に起こされちまったからな。そのお詫びも兼ねて、かな。それに早く箒に話しておきたいことがあるんだ」

「話、だと……? わ、わかった! すぐに着替えてくる。待っていろ。先に行くんじゃないぞ!」

 箒は一転して浮かれ状態になり、矢継ぎ早に念を押して寮に入っていった。

 一体どんな話だと思ったんだろう……。ちょっとした不安が心を過ぎる。

 実を言うと、朝の俺は自習をしている割合が高い。理由としては、放課後は専用機持ちのみんなと訓練をすることが多いからだ。ISを自由に使える時間は貴重なので、利用できる時は逃さないようにしてる。相対的に、それ以外の時間は運動よりも勉学に振られる。

 よく箒には朝練に誘われるわけだが、そういった様々な事情を鑑みて毎日はつき合えない。入学前の事前知識が全くなかった俺は、実技よりも座学が危険だからな。夏休み前も補習の量が酷かったし。だから一緒に練習する時は箒が上機嫌なことが多いけど、今朝は一双飛びかねない勢いだったな。

 箒と入れ替わりで朝練組が続々と出てくる。その中にいたクラスメイトの一人が声を掛けてきた。

「あれー? 織斑くんじゃない。どうしたの、こんなところに一人で?」

「今日は珍しく俺の方が相方待ちなんだ」

「それじゃあたしたちと一緒にジョグ行かない? ずっと待ってちゃ寒いでしょ」

「残念だけど、珍しい体験なんだから最後までやらせてもらうぜ」

「ちぇー、しょうがないか。それじゃ、お幸せにねー」

 軽く手を振ってランニングを始める彼女たちに、俺も手を振り返して見送る。

 しかしお幸せって、それはどういう意味なんだかな。

 確かに早朝練習は箒と一緒なことが多いけど、別段付き合っているわけじゃない。同じ流派である箒とは練習がしやすいというだけだ。

 ……とはいえさっきの言葉は、それだけには見えないってことなんだろうな。どうしたものか。

 何はともあれ、他のみんなにも挨拶しながら箒を待とう。

「待たせたな! それでは行こう」

 待つまでもなく箒が戻ってきた。超速である。

 なんかちょっと様子がおかしなと思いつつ、まずはウォーミングアップを兼ねてのジョギングから始める。

「今朝はテンション高めだな。家でなんかあったのか?」

「べ、別に雪子叔母さんから一夏のことを質問されたりなんかしてないぞ!」

「……何を聞かれたんだよ」

「だから聞かれてなどいない。父さんが一夏に神社を継いで貰おうとか考えていたなんて、話してないからな!」

 ……語気荒く俺から目を逸らす箒だが、表情はにやついた。

 

 箒が考えているのは、所謂あり得たかもしれない未来予想だ……。

 女ばかりの同世代の中で俺一人だけが男だった。昔から家同士の繋がりで付き合いがあったとはいえ、俺には剣道の練習だけじゃなく、神社に伝わる古式の武術まで教えられていた。

 今にして思う。あれは優遇されていたんだ。

 篠ノ之神社の神主である柳韻おじさんからすれば、期待が無かった訳じゃないのだろう。千冬姉が成人するまで織斑の後見人は篠ノ之神社だったから、恩を返すという意味でもお誂え向きのはなしだし。織斑一夏という人生の先を考えた時に、選択肢の一つとしてあり得た未来なんだよな。

 

 篠ノ之箒と結婚して神社を継ぐっていうことは……。

 でもそれらは全部、あの十年前の白騎士事件が潰してしまったんだ。

 

 ISの発表から始まった一連の事件を受けて、篠ノ之の人たちは全員離散して身を隠すことになった。一番最初に束さんが研究の為に居なくなって、次におじさんたちが神社から離れて、箒も住む場所を変えた。

 箒とは小学4年まで同じ学校に通えたけど、学校への送り迎えは俺が知らない車だった。

 そんな箒も結局は転校してしまい、それ以後はどこへ行ったのか。俺には知らされていない。神社も一時無人になり、雪子叔母さんが戻ってくるまで人が入れなかったと聞いている。

 おじさんたちとは未だに連絡が取れず、俺が箒と再会できたのもIS学園に入学したからだ。あの頃の思惑が今も生きているのかなんて、知りようがないんだ。

 ちらりと横を盗み見る。俺と併走する箒はにやついたままだ。昔を懐かしんで楽しい気持ちでいる箒に、俺は聞いてみた。

「なあ、箒」

「どうした、見慣れない真剣な顔をして」

「シリアスが珍しくて悪かったな! ……お前は本当に、あの頃に戻れると思っているのか?」

 俺の質問に箒から笑顔が消え、走る吐息だけが表情になる。俯いて重たい呼吸だった。

 

 家族ぐるみの付き合いを壊したのは白騎士事件だが、俺たちの関係を決定させた事件は別にある。

 それは6年前、箒が転校する少し前のことだ。あの『事件』が俺たちと束さんの間に見えない壁を作っている。

 正直に言おう。俺たちは束さんに苦手意識を持っている。罪悪感を抱いている。

 止められなかった、支えになれなかったという俺の悔いはまだ軽い方だ。その分感情を爆発させてしまった箒の悔恨は、姉を傷つけたのだから根が深い。

 子供の頃の記憶を思い出す。

 『事件』の後、転校直前に見た箒は幽霊みたいだった。一時の別れの前に顔を合わせたのだけど、元気付けようとしてカメラを持っていながら俺は写真を撮れなかった。今にも消えそうなぐらい意気消沈していた箒は、とても思い出として残せるものじゃなかった。

 その癖にあの時の箒の姿は、今でも思い出せるぐらい印象が強い。だからこそ、去年の剣道大会で箒が優勝したニュースを見た時は本当に嬉しかった。

 再会早々に何度も攻撃されたけど、それさえも箒が息災でいる証だと思えば幾らでも受けられた。元気になれたんだと安堵した。

 そう思っていたから、俺の方から蒸し返すのは抵抗があった。また箒を悲しませることにならないか。亡霊みたいにしてしまわないか。だけど今の箒なら大丈夫と判断できるものがあっての話なんだ。

 俺が信じたように、箒は前に向き直って語ってくれた。

「戻せる。いや、取り戻してみせる」

 強く、まっすぐな言葉だった。

「昨年の七夕ことだ。姉さんから連絡があったんだ」

 7月7日。つまりは篠ノ之箒の誕生日。

「彦星とは必ず会えるから頑張れって。その為の誕生日プレゼントも用意しておくと言っていた。だから私は、臨海合宿の時に……」

 ……紅椿(あのIS)を受け取った。束さんの目的も聞かず、ただ言われるがままに。

「これが図々しい願いだったことは理解している。一度は拒んだISを自分の都合で手にしたのだから。内心を吐露するならば、私は今でも姉さんに対する気持ちを決めかねている。心の片隅に世界を混乱させたISとそれを作った姉さんには、恨みに近い感情がわだかまっているんだ。でも、それでも紅椿を送ってくれた姉さんには、本当に感謝している。だから、これを清算する切っ掛けにしていきたいと思うんだ」

 箒は左手首の鈴帯を誇らしげに鳴らす。

「このISを駆ることこそが姉さんの望みならば、私は力の限り飛び続けるつもりだ」

 剣道場横まで来てジョギングが終わり、先に箒が速度を落とす。俺も足を止めて振り返った。

 箒が俺を見つめていた。瞳に俺を映す様は、白刃の鏡のような薄く澄んだきらめきを持っていた。箒の輝きは刃のようだ。しかし振るい方を誤れば、そこに映し出す相手を傷つけかねない。相対者にかぎらず、担い手にすら刃を走らせそうだった。

 恐れは気弱さを生むが、恐れ知らずは危うさを孕む。箒がそのことに気がついていないことが何より怖い。俺の危惧を知るはずもない箒が熱く語る。

「紅椿は白式と並び立つ物なんだ。だから一夏、私にお前の背中を守らせてくれ」

「……ああ、これからも頼むぜ」

 出来る限りの笑顔を浮かべて答える。笑い返してくれる箒を見る限りは、俺の拙い演技でもなんとか通じたみたいだった。

 

 まいったな。どうすればいいのか解らなくなってきた。

 これまでの束さんの行動は、俺の願いを妨害するものだ。

 みんなを守る。

 守れなかった転校前の箒、中学時代の鈴、数馬、弾。こいつらの為にも、俺はIS学園のみんなを守るんだ。誰もが泣かないでいられるように、俺はやってきた。

 そんな最中に、束さんからのアクションと思われるクオが学園に来ている。本当にクオが刺客だとしたら、これからの俺たちは否応無く束さんと敵対する立場になる。襲撃者は所属不明の無人機だったなんて、見え透いた言い訳すら通じなくなるんだ。

 やめさせたい。みんなを傷付けないためには、束さん本人にやめてくれるように言うしかない。俺だって必要な協力ならする。束さんに力を貸すことを惜しみはしない。

 でもそのための方法が俺にはない。

 今日の朝練で箒を待っていた本当の理由は、束さんへの連絡を付けられるか聞きたかったからだ。

 でも箒は束さんの味方であることを選んでいた。当たり前だよな。姉妹なんだし……。

 今ここで束さんへの渡りを付けられるか頼んでいいものか解らなくなった。

 箒に事の詳細を伝えてもいいのだろうか。IS学園を襲う敵の実体をどれだけ把握しているのか? そこに束さんを想定しているのだろうか?

 解らないから、踏み込めない。

 ふと、箒にも千冬姉と似たような事をしているんだと気が付いた。

 間の抜けたことをしている自分が、どこか可笑しかった。

 

 俺たちは早朝特権の貸し切り剣道場に上がり込む。

「さて、まずは素振りだな」

 部室のロッカーから練習用の木刀を取ってきて、箒が練習の続きを始めた。俺も一緒になって鉄芯入りの木刀を振るう。

 ひとしきり素振りを終えると、今度は剣術の型を繰り返す。俺は木刀一本のままだが、箒は短い木刀を弓手に足しての二刀流に変わった。

 一刀一扇の奉納舞を祖にする篠ノ之流剣術には、大きく二つの動きがある。一つが箒がしている二刀流だ。扇を刀に換えた連撃を基礎とする戦法。もう一つが片手一刀の戦い方だ。俺や打鉄を使っていた時の箒もこっちになる。

 俺に箒のような二刀流を出来るかと聞かれれば、素直に習っていないと言おう。言ったように、篠ノ之流における二刀持ちは巫女の役目なので俺には教えられていない。

 同時に教わった剣道が両手持ちを基本にしていたから、あまり篠ノ之流の奇抜さを実感しなかった。古い剣術だからそんなものだと思っていた。お題目として神楽舞の練習ついでに剣術を習っていたからというのもある。

 

 無心で練習していたら、木刀を握る右腕が震えチャイムが鳴りだした。白式にセットしてあるタイマーだ。そろそろ朝練を引き上げる時間だな。

「お~い。箒……」

 声を掛けようとして、息を飲んだ。

 なんて表現すればいいのだろう。言葉で表すのなら、夏祭りの神社で見た『剣の巫女』が再臨していたって言えばいい。

 着ているのは、あの時の煌びやかな巫女装束じゃない。いつもの練習着だというのに、何者にも邪魔されず双刃を振るう箒は、とても澄んでいて純粋に綺麗だった。

 刀と自分を合一の存在として受け入れ自在に振り回す。それ自体は多くの剣技でも言われる心得だ。箒の動きはそれ以上で、踊っていた、舞っていた。両腕と刀を翼にして、空を飛んでいるようだった。

 

 遠い昔に聞いた篠ノ之神社の由来を思い出す。

 今でこそ大枠の信仰と混じっているけど、篠ノ之神社の大元は固有の土地神信仰だ。話としてはオーソドックスな天女信仰で、災害や飢饉に見回れた周辺の村々を天女様が不思議な力で助けてくれたって物になる。さらにこの天女様はかなりの剛の者で、時には武装してならず者を追い払ったり、他国からの侵攻を防いだりしたと伝えられている。

 篠ノ之神社の巫女が帯刀するは、天女様を模し祭る存在だからだ。だから奉納舞から生まれた剣術を練習する箒を、空を舞う天女と見紛うのは仕方がない。

 伝承の天女様と違うところがあるとすれば、箒の舞には自身を傷つけかねない危うさがある。空から落ちてしまいそうな儚さを感じさせる。肌を引きつかせる緊張感を与えることだ。

 そうだ。目の前にいるのは伝説の天女様なんかじゃない。不器用で意地っ張りで、俺とよく似ている女の子なんだ。

 箒の態度が固いのは、身体が弱かった姉の代わりに神社を託すため厳しく育てられたから。それに寂しがり屋の一面もあるのに、自分のキャラじゃないと突っぱねている。本人は隠しているつもりだろうけど、昔から稽古で俺と一緒になった時は嬉しそうにしていたから、わかりやすいよな。

 自身も刀のようであり脆さを内包する彼女を守りたい。好いた惚れたなんて気取るつもりもなく、これは織斑一夏本心からの願いだ。

 

「なにをそんなに見つめているんだ。恥ずかしいだろう……」

 舞を終えた箒が紅潮の表情で睨んできた。

 うわ……。これは俺も恥ずかしい。

「あ、朝練は終わりだって言いたかっただけだ」

 狼狽えつつもう一度白式で時間を確認すると、少し遅れ気味になっていた。思っていた以上に箒の舞に見惚れていたようだ。

 時計を見る俺に箒が気まずそうに話しかけてくる。

「間に合うのか?」

「大丈夫。なんとかなるさ」

 朝食をしっかり食べる派の俺だが、今日は時間がなさそうだ。箒との話を優先したんだからしょうがない。今朝は軽め決まりだな。それよりもシャワーの方が大事だ。汗臭いまま授業になんかでたら、クラスのみんなから何を言われるか解ったもんじゃない。早く寮に戻らないと。

「部室にもシャワーはあるぞ。タオルなら私のを貸してやる。ここで使えば少しは時間の短縮になるだろう」

「箒を追い出して一人だけ汗を流すのも悪いだろ。それじゃ俺は先に戻ってるぜ」

 寮に帰ろうとした俺の腕を箒が掴んで引き留めた。

 赤い顔のまま身体をもじもじさせて箒が叫ぶ。

「い、一緒に入れば解決だっ……!」

 

 ……はいっ?(語尾上がり疑問系)

 

 

「いいか。絶対に振り向くな! 絶対にだぞっ!」

「わかってるよ!」

 いつか言われた覚えのあるセリフへ、背中越しに言い返す。俺は部室棟に併設するシャワールームの脱衣場で箒と叫び合うという異常なシチュエーションに陥っている。背後から聞こえる衣擦れの音が艶めかしい。久しぶりに味わうこの緊迫感……!

「先に私がブースを決めるから、そこから二つは離れたシャワーを使うんだぞ! 解ったな! 脱衣籠を覗き込むのもダメだからな!」

「それはさっきも聞いた。いいから早く行ってくれ!」

 他に音源が無いから、シャワールームへの扉が開閉する音や箒の足音までがはっきりと聞こえる。

 気がつくと裸足の音がとまるまで息を止めていた。

 大きな呼気と一緒に緊張をほぐそうとするけど、聞こえてきた水音にもう一度硬直させられる。この音が箒の裸から鳴らされていると想像させられるだけで、息が詰まりそうになった。練習中に出た熱い汗とは違う冷たい汗がだらだらと流れ出てくる。

「どうしてこうなった……?!」

 本気で状況が理解できない。思い返せば同じ空間で女の子に服を脱がれるのは、シャルの水着試着以来か。一時寮の同室になった楯無さんは脱ぐ以前にいつも格好が怪しかったからな。あの人の着替えは意外や印象に残っていない。

 そうじゃない! 何でこれまで遭遇した女の子の着替えを思い返しているんだ俺は!

 時間優先ということで箒が強引に引き込んでくれたわけだが、今からでも逃げ出すべきなんだろうか。だけど迷っている時間も惜しい。観念して俺もトレーニングウェアを脱ぎ、箒に続く。

 あ、箒のやつ今朝は青だったのか。俺のも汗塗れだから寮に戻ったら全部着替えないとな……。

 偶然目に入ったソレを出来るだけ冷静に無視して、シャワールームに入る。

 そして今朝何度目かのフリーズを余儀なくされた。

 

 どうして箒が一番手前のボックスを使っているんだっ!!

 

 シャワールームは個別ブースに仕切られてはいるが、仕切りはカーテンではなく足下と顔が解放されている磨り硝子のドア一枚だけだ。視線の角度によってはほぼ丸見えと言える。そんなんだから箒が先に入って奥のボックスを使うんじゃなかったのか?! 俺が後から入っても大丈夫なように。

 熱いシャワーを浴びている箒は長い髪をタオルでアップにまとめていた。普段は髪で隠されるむき出しのうなじから肩までがはっきりと見える。女性らしい曲線はそのまま下部に続いていて、磨り硝子越しでも見て取れるほどのボリュームとくびれが……。

 ……ストップ・ザ・マイ・グラス(視線)! アンド・リターン!

 俺は意志の力で正面に向き直り、一番奥のシャワーブースに駆け込んだ。

「こらっ! 床が濡れているんだ。走ると危ないぞ」

 俺にとっては今の箒が一番危険だよっ!

 混乱から脱するために、俺は冷たいシャワーを頭から浴びる。

「………………!!」

 何本もの針先で突かれたような冷水の感触に声に出来ない悲鳴を叫ぶ。頭に上っていたいろいろな熱が、急激に冷やされ意識に余裕が戻ってきた。

「どうしたのだ、一夏? 何かおかしな行動をしてないか?」

 こんな異常事態に巻き込まれればおかしくもなるさ!

「それを言うならお前もだよ。もしかしてあの朝の荷物か?」

 シャワーの温度を調節しながら声をかき消されない大きさにして聞き返す。その癖、顔はまっすぐシャワーノズルを見つめ決して横を向いてならない。結構難しいぞ、これ。

「目聡いな、さすが一夏だ。雪子叔母さんが御自分のを譲ってくださったのだ」

「昔見たことあるものなんだからわかるって。もしかして弓道部にも幽霊するつもりじゃないだろうな?」

「練習として空弓するだけだ。矢はつがえない」

「完全に紅椿用の練習道具か。素直にうらやましいぜ」

 箒が神社から持ち帰った荷物を見て、気がついたことだ。昨日の外泊は弓を取りに行っていたんだ。話したとおり紅椿に新たに搭載された大弓型射撃武装≪穿千≫をモノにするために。

 箒は強くなることに真剣なんだと改めて感じさせる。束さんのことで迷いつつも、それでも自分に出来ることを探しているんだ。

 

 第三世代ISと同じくイメージインターフェースを搭載する紅椿は、搭乗者が目的とする動作に熟達していることでより効果を高めることができる。

 弓を操る訓練をするんだ。実物が手元にあったほうが断然良い。

 篠ノ之流は戦国時代から続く古式武術なので、弓術も範囲だったりする。俺も箒と一緒に触りぐらいは教えられた。

 その練習で良く覚えているのが、箒の叔母さんである雪子さんが手本として見せてくれた連続懐中だ。俺たちが何度射っても外す的に、吸い込まれるように矢を立たせる姿はすごく格好良かった。

 あの頃の箒も雪子叔母さんに懐いて憧れていたよな。

「雪子叔母さんから弓を譲って貰って浮かれるとか、お前も子供の頃から変わってないな」

「変わっていないとはどういう意味だ?」

「剣道の防具もお下がりを貰って自慢していたじゃないか」

 あれは小学校の頃になる。剣道初等部低学年の公式試合で、箒だけが防具を一揃え持っていて、非常に誇らしげしていた。

 実は小さな子供が防具を揃えるのは難しいのだ。子供の場合、数年で、下手をすれば一年と経たずにサイズが合わなくなって着られなくなることもあるからだ。これが案外経済的な負担になったりする。置き場所もかさばるし。

 そこで名札を兼ねる前掛けだけを買って、他の部位は伝手や馴染みの道場から借りるなんてのもあるぐらいだ。

 そんな中じゃ、身内のお下がりとはいえ自分専用の防具を持っているのはある種のステータスになる。むしろ有数の実力者が幼少に利用していたものとなれば、身に付ける子供からみれば伝説の鎧みたいに感じたんだろう。必要ないのに試合前でも完全装備で会場内を歩く箒は実にアレだった。

 こうしてみるとISの専用機みたいだ。防具もISも専用の道具は似たようなモノってことなのかな。

「何を言うんだ。それはお前の方だろう。私ではサイズが合わないからと、雪子叔母さんの防具をとられて悔しかったことをはっきりと覚えているぞ」

「あれっ? そうだったか?」

 でも昨日家を掃除したけど、あの頃の防具なんて見ていない。ってことは俺が貰ってはいないんだ。

 それなら俺の記憶にあるフル装備の女の子は誰なんだ?

 前掛けの名札は篠ノ之、のはずだ。名字が同じだから箒が譲り受けたんだと思っていた。面の奥で不敵に笑い、自分の姿を自慢してくる“彼女”は……。

 

 ……ゾクリッと背筋が冷えた。

 

 反射的にシャワーの温度を上げる。今度は灼けるような痛みが頭から降り注ぐ。心からのわき出してくる痛みを、外側からの刺激で打ち消す。不安を別の感覚で覆い隠す。

 今はこれでいい。これ以上はまだ踏み込んじゃいけない。

 俺の記憶はアルバムに纏められている。あそこに載っていないなら、それは起きなかったこと、無かったことだ。

 たぶん千冬姉が伝えたかったこととは逆の意味だろうけど、

「思い出すのは、まだ少し先にさせてくれ……」

 俺は独り言と一緒に憂いを胸中深く沈めて、不自然に箒の方を見ないようにして時計を確認する。

 ……寮の朝食時間にはどうやっても間に合わないことが解った。

 えっ? なんでだ?

 っていうかよく考えれば、ここでシャワーも浴びても寮の部屋に戻ってもそんなに時間が変わらないじゃないか。結局は着替えに部屋に戻らなきゃいけないんだから、どこで汗を流そうと時間の短縮にはならない。逆に箒とのおしゃべりが挟まったために時間を越えてしまったのか。

「計ったな、箒」

「ん? なんだって? シャワーの音で聞こえづらいんだ。はっきりと喋ってくれ」

「俺は先に上がるぞ。タオルは洗って返すからな」

 朝飯抜きの衝撃に落ち込む俺が足下だけを見ながらシャワールームを後にする。

 箒がちらりと伺った気配が感じられた。

「詫びというわけではないが、寮で登校の準備が出来たら私の部屋に来てくれ。ご馳走とはとは言えんが奢ってやるぞ」

 

 

「今朝は付き合ってくれて嬉しかったぞ。これはそのお礼だ」

 着替えを終えて箒の部屋を訪ねると、テーブルには握り飯と味噌汁を湛えたカップが置かれてた。握り飯は包装のラップを広げて敷いていて、脇には保温ポットがあり味噌汁はこれに入れられていたようだ。

 同室の鷹月さんは既に出たみたいで、いまだ湿り気が残った髪を縛らずにいる箒だけだった。

 箒曰く、雪子叔母さんが早朝から学園に帰る箒のために用意してくれていた朝食用弁当だそうだ。もしも時間が厳しいならと、気を回した事前の準備がありがたい。腹が減っているから遠慮なくご相伴にあずかることにする。

「いただきます」

 いくつかある握り飯の中で少し気になるやつを取り、口にする。うん。ビンゴだな。

「箒、嘘は良くないぞ」

「理由も無く人を嘘吐きよばわりとは良い度胸だ」

「この程度で凄むなよ。雪子叔母さんじゃなくて、これは箒が握ったのだろ」

「一口でわかるのか!?」

「見た目だけじゃ無理でも食べれば誰が作ったのかわかるさ」

 食べ慣れた味に一番近いからかな。何となくだけど感に触れるものがあったんだ。

 俺が食事する横で、箒は鼻歌交じりに髪を乾かしている。本当に箒のテンションがおかしな朝だ。

「このことは秘密だからな。誰にも言うなよ」

 どうして言えるものか。昨日セシリアとの混浴を断った手前もあるんだし。

 ……他のみんなに知られてはいけない秘密がまた増えてしまったな。

 

 

 俺の頭を抱えた悩みなんて関係ないってぐらい真っ青な秋空が頭上に広がる。

 そんなIS学園の主要施設である競技場の第三アリーナ。今日は午前一発目のコマからISの実習だ。内容は、今度のバトルロイヤルへ向けてのオリエンテーション第一弾として、配給装備や各種備品の説明会である。

 時折吹く風に、ISスーツに防寒ジャケット姿の女の子たちが悲鳴と文句を上げていた。

 強靱さが売りのISスーツだが、物の見事に断熱機能が犠牲になっている。ISを体感操縦しやすいように、生地が薄いんだから仕方がない。水着みたいに身体に張り付いているし。

 一度ISに乗ってしまえば、万能無敵のシールドバリアで暑さ寒さも関係無くなるんだけどな。

 ISスーツの薄い耐寒性能を補う学園公認のジャケットは、ダウン生地で襟も高く裾も長い。小さな女の子なら首から膝上まで覆える大型のものだ。

 ……当然そんなデザインだから、のほほんさんは盛大に袖を余らせている。しかも上着を羽織っているのにぷるぷる震えている。

「おりむーは寒いの平気なんだー。すごいねー」

「平気ってわけじゃなくて慣れているだけだよ。子供の頃に、修練ってことで野外練習が多かったのが効いているのかもな。参考例はあっち」

 俺は一人だけジャケットも着ずに立っている箒を指す。のほほんさんみたいに震えることもなく佇む箒は、さしずめ雪原の花といったところだろうか。あれを見せられては、男の俺が寒い寒いとひ弱なことを言えるはずもない。

 あ、リアーデが箒の胸を揉みに飛び込んで迎撃されてる。

 寒い中そんなに乳見せびらかせたいんかー、ってどこのオヤジだ。おーおー、箒に肩と肘を完璧に決められているよ。あいつも立ち間接技がうまくなったよな。これも一組のつっこみ担当を続けてきたおかげか。

 せめて情けに押しつけイベントをー、と訳の分からないことを叫ぶリアーデは総員で無視する。

 上着を羽織っても足先が冷えるのは避けられないから、しゃがみ込んで脚をさすっている子もいる。

 

 ちなみに男子用のジャケットはない。

 存在、しないのだ……。

 

「まやちゃんせんせー、天井のシャッター閉めようよー」

「飛行予定がありますから閉められません。っていうか、先生にちゃん付けしないで!」

 半べそ状態の山田先生も、もはや見慣れた物だ。

 そういえば……、

「山田先生。織斑先生はこないんですか?」

「はい、織斑先生は本日学園外でのお仕事で出ています。ですが安心してください。今日はわたしがしっかりと教えて上げますからね」

 普通に呼ばれることがそんなに嬉しいのか。にこにこ顔の山田先生である。自信の理由は、その横のラックに設置されている教員用ラファールですか、そうですか。

「先日、授業で説明した器具の実物を使って練習してゆきます。バトルロイヤルでのピット廻りも、タグボート以外全て解説しますから、聞き漏らさないようにしてくださいね」

 

 山田先生が言うように、年末のバトルロイヤルは今までの試合と色々違うところがある。

 違いがあるというよりも、これまでの公式試合の総決算といった風情があるのだ。最初は学年別で試合を行い、全学年合同でのタッグトーナメントを経て、バトルロイヤルと繋がる流れだ。

 なので今回は、ISパイロットだけでなくピットクルーも注目が集まる。先月のタッグトーナメントでも簪の周囲はクルー側に熱が入っていたが、バトルロイヤルはそれ以上になるだろう。ピットクルーの働きが直接勝利に繋がることもあるからだ。

 消費したエネルギーの補充タイミングや、ISが受けた機械的なトラブルをいかにカバーするのか。パイロットとはまた違った視点でISへの理解度を試される。

 世界唯一のIS訓練校としては、パイロット以外の育成も外せない項目なのだった。

 そしてバトルロイヤルでピット側最大の目玉が、クルーザーを使うという豪華さだ。バトルロイヤルは実に十数機のISが一度に戦闘を行うというIS学園最大の決戦である。広大な学園の敷地内でも足りないため、舞台は近海の一部を借り切って洋上で行うことになっている。そのためISを駐機させるピットは専用に用意された船の上になる。

 さすがに出場全機に一艘毎を割り当てるのは無理なので、複数のチームで一台をシェアすることになっている。ピット前後に設定されるエスケープゾーンは流れ弾への緩衝以外に、同じピットを使うISが激突しないためでもあるわけだ。

 

 こうやってバトルロイヤルの試合形式を説明するだけでも、かなりの大型イベントであり、血潮たぎる要素が盛り沢山なのが解る。

 振り返ってみれば、福音事件の時千冬姉が海上封鎖といってすぐに実行されていたのは、このイベントのおかげでやり方が解っていたからなんだな。

 ……あまり思い返すと不審船フラグになりそうだからやめておこう。

 

 ISを固定させる挟み込み式ラックやエネルギー補充兼データ転送用の複合ユニバーサルケーブルなどの説明諸注意を受けて、実際にISを使ったピット作業の練習が始まった。

 事前に準備された実物が、グランドの中央に2セット分置かれている。

 それに合わせてクラスを半分にわけて、さらに半分が練習。残りはそれを見て自分の動作の確認をすることになった。

 可動部があるシザーラックにクルーが挟まれないようにとか、力を込めすぎてISにぶつけないようにとか、気を付けないと危ない箇所も多い。

 ピットの練習手順はこうだ。

 ISは一旦アリーナを出て目標地点を肉眼で視認できない位置まで上昇。その後グランドに降下してスライドラックに立つ。ラック固定係の二人が着地したISを素早く固定して、同じく後ろに控える二名でユニバーサルケーブルを取り付け、固定する。そして全体の進行管理係を含めてピットは5人で動くことになる。

 でもこれは最低人数で、チーム構成としてはダメージコントロールを兼ねるデータエンジニアと、機械系担当のチーフメカニックを合わせた7人以上が推奨されている。

 ……これだけ言えばイヤでも気が付く。

 そう。一組は専用機持ちの数が多いため、圧倒的にクルーの数が足りていない。

 一組の中だけでチームを作ろうとすると3つまでしか出来ない。

 例年の慣例ではそれぞれのクラス代表と、それ以外に有志がいれば二つ目のチームが参加するといった程度だそうだ。

 ぶっちゃけて言うと、イレギュラーである俺と箒が外れれば話はつくのだが。

 どうも学園側としてはバトルロイヤルでの目玉に白式と紅椿を押したいらしく、山田先生にプレッシャーを掛けているらしい。

 俺たちも山田先生の上目遣いにはあらがえず、どうにか他のクラスから手伝いを呼び込もうと画策している最中なのだった。担任である千冬姉はどうしてかお役所仕事に徹していて、『生徒の自主判断に任せる』と言ったきり本当になにもしていない。

 まあ、今回のバトルロイヤルは強制参加じゃないからいいけど。

 千冬姉としてはクラスに5人も専用機持ちがいるんだから、そのうち一人が出場すればOKなんだろう。

 その所為でセシリアと鷹月さんの負担が増えてしまっている。本当は俺がやらなきゃいけないことだから、千冬姉を攻めるわけにもいかない。特にセシリアは一昨日の委員会議で定例の2.5倍も必要になるタグボートの確保で方々とやり合っているわけで……。

 故意に警備を抜かしている事といい、クラスのみんなには頭が上がらないことばかり増えている気がする。

 

 ということで、ラック周囲の設備を2セット使った実習だ。とりあえず今日はピット作業を練習をする。

 同時に2セット使うのは、エスケープゾーンへの進入規定を確認するためでもある。

 エスケープゾーンは、ピットからの距離でロー、ミドル、ファーの3エリアに分けられている。先に進入したISが隣接するエリアにいる場合、後続は入ることが出来ない。

 エスケープゾーンの情報はISのインジケーターに情報リンクして表示される。この規定を無視したら、審判団から警告が発せられる。意図的に危険な行為をしたと判断されたら、一発で失格退場を言い渡されることもある。

 ISを装備しているのだから、互いの接触ぐらい平気と思うだろう。試合じゃ武器を持って殴り合いなんかしているんだし。

 つまり危険なのはタグボートに乗っているクルー側ってわけだ。せっかくのエスケープゾーンなのに、ボートの至近で格闘戦を始められては意味がなくなってしまう。

 

 準備が簡単ということですぐにISを出せる専用機持ちの中から、箒とセシリアが飛んでピットインの練習が始まった。

「最初はゆっくりとですわよ。ピットタイムを気にするのは基本動作を身につけてからですからね」

 定位置に着地しながら、シザーラックでブルー・ティアーズを傷つけないかと気にするセシリア。

「わかってるってばー」

 ガッシャーンッ!

「ギャーッ! わたくしのブルー・ティアーズがぁー!!」

 女子らしからぬ悲鳴を上げる英国代表候補生と、お約束なやり取りをする練習組。

 ラックで傷つくのは装甲表面だけで、せいぜい塗装が剥げる程度なんだからそれほど気にしてなくてもいいのに。

 そんなかすり傷にも涙をこぼしてヒステリックに怒るセシリアに、ラック担当の子が必死に謝っている。

 ピットイン中は金属フレームで挟まれてISが動かせない。操縦に慣れたセシリアには全身拘束されているように感じるわけだから、怖がるのも解るけどな。とはいえ通常の固定ラックと違って、人が簡単に動かせるように軽く作られているシザーラックは、可動部もあることから固定されているISが全力を出せば壊せてしまう強度だ。

 もっともセシリアはそんな乱暴なことしないか。

 今日は練習なので、全員が一回は全ポジションを経験するように山田先生が調整している。

 なにぶん初めてのことなので、人の動作を見るだけでも勉強になる。特に山田先生が手本ということでみんなの中に入ってくれたのが大きい。他のみんなも山田先生を見本にして、どんどんと手際よくなっていった。

 打鉄やラファールを使った子のラック係をやってみて気が付いたことだけど。挟み込み式なのは、パイロットを乗せたまま素早く固定するためでもあるけど。多少形状が違うISでも対応できるようにするためなんだな。

 特に機体によって大きさと形状が大きく異なる非固定浮遊部位(アンロックユニット)を持つ第三世代IS。こいつらに対して柔軟に対応するには、こういった機材が必要なんだ。

 ISについて勉強している気でいたけど、まだまだ知らないことがたくさんあるな。

 

 その後何回かローテーションで練習した後、少し長めに見学組が続く時だ。

「一夏、少しいいか?」

 防寒ジャケットお化けが声をかけてきた。

 いや、まあ……。正体はラウラなんだけどさ。

 ラウラが身長低めで、さらに大きめのダウンジャケットをジッパー全閉めで着ているから、ジャケットに脚が生えているように見える。ついでに銀髪で眼帯なので余計に右の赤眼が際だつ。ジッパーを一番上まで上げて鼻から下も隠れているから声がこもっているし、頭から膝までがきれいな二等辺三角形になっていた。

 子供の頃絵本で見た唐傘お化けにそっくりだった。

 何より目を惹いたのは。

「それシャルにやってもらったのか?」

「上着を着脱ぎするなら、髪を挟まないよう痛まないようにしろとうるさくてな。任せたらこうなった」

 くるりと回転するラウラに追従して、頭から生えたふっといしっぽが跳ねる。

 ゆるく三つ編みにされた銀色の髪は、持ち主の動きが収まるとぱたんと背中に戻った。なんだかクオみたいだな、と場違いな感想が思い浮かぶ。

 突然ラウラが一瞬だけ眼帯を押し上げた。特徴である金色の瞳が覗くが、いつか見たような優しい輝きではなく、熱く硬い鏃のような質感を持っている。

 さらにシュバルツェア・レーゲンのウサミミ型ヘッドパーツだけを部分展開する。

 普段なら懲罰もののIS使用だけど、今はISを使った授業中だ。代表候補生が準備のために一部位を展開しただけでは問題になるはずもない。

 気がつくと、俺とラウラだけが練習するクラスのみんなから離れていた。

 

 ……たしかにこんなグランドの真ん中じゃあ、盗聴される心配はないかもな。

 やるならスタンドから指向性マイクを使うしかないし、それだと完全な機械式には任せられない。

 考えていればIS学園の実習中というのは、密談に一番適したシュチュエーションなんじゃないだろうか。

 

「それよりもだ。私たちに言うことはないのか?」

 眼帯を戻したラウラが非難の目で見上げてくる。

 昨日のシャルの態度から、こうなることはなんとなく解っていた。だけど言うわけにいかない。

「特にはないぞ」

「そうか。だが私にはある。昨日のうちに話しておきたかったが、本国との連絡手段を構築するのに手間取ってしまってな。どうもこの件に関しては、個別の圧力が存在するらしい。故に、私の部隊に機密度の高い命令を出した。内容は前回モンド・グロッソでの織斑千冬に関する情報の再精査だ。その一環として質問がある」

 シャルは俺が言いたくないことをそのままにした上で、ラウラには答えて欲しいと言った。

 だから逃げきれないことは解っていた。

「織斑一夏。織斑マドカとは、何者だ? 教官やお前との関係は?」

「やっぱり聞いていたのか……」

 もしかしてって思っていたけど、一番聞かれたくないところを突かれてしまった。

 ラウラは本当に強いな。直球で質問するなんて、俺に出来ないことをやってのける。

 今も溢れだす激情を堪えるように、表情をゆがませたラウラが左目を抑えている。辛くても、目的を果たすために自分を抑える。冷静な思考を頭のどこかに残しておける。感情を知らないみたいで、それでいてとても素直な顔をしている。だから、伝えられることははっきりと言う。

「その眼帯の下にあるものを、きれいだって思ったのは本当だ。嘘なんかじゃない」

 あれは取り繕いなのもあるけど、ラウラを否定するつもりじゃないことは打ち明けた。

「そんなことは……!」

 暴発しかけた言葉を、ラウラは必死に飲み込んだ。

 生徒の何人かがこちらを振り向くが、なんだ織斑くんかーと元に戻る。

 ……そのスルー理由は、なんか複雑な気持ちになるな。

 なんにしても、言葉に詰まったラウラが昨日寮で話したシャルとすごく被る。同じ事を聞こうとしているから、結果も重なるのは当たり前だけど。

「これらは天然の産物か。それとも計算してやっているなら、相当なジゴロだな」

「おい。言葉の意味が解って使っているのか?」

「話術が巧みな人間を指す言葉だろう。部下から進呈された辞書を引いたが間違いなかったぞ」

「そうだな……、その使い方でいい」

 面倒くさそうなところはスルーして、こっちも気になることを聞いてみる。

「シャルはみんなを集めるみたいなことを言っていたけど?」

「事情が変わった。言っただろう。この件には我が国の軍部も関連している可能性が高い。これは単にドイツ軍内部の派閥争いだけではない。イグニッション・プランに参画している我が黒ウサギ隊に影響を及ぼせる相手となり。延いてはイグニッション・プランへ参加している他国の軍、企業へも影響力を持っていると予測しておくべきだろう。一年の専用機持ちを集めても、どうにかできる状況を越えているかもしれない。私たちは早急に情報収集を行い、相手に気取られぬよう内密に準備を整える必要がある」

「欧州主要国を影から支配するなんて、マンガやアニメじゃないんだからさ。考えすぎじゃないか」

「そういうお前は、軽く考えすぎだ」

 ラウラがもう一度、威嚇の瞳で俺を見上げてくる。

 転入初日を思い出す表情だ。となれば、次のアクションはアレだろう。

「教官は……、“彼女”についてなんと言っていた?」

「何も聞いていないから、わからない」

 

 パァッン!!

 

 思っていたより大きな音だった。耳と発生源が近いんだからあたりまえか。

 怒り顔のラウラが、俺を頬を叩いていた。ラウラのほぼ反転した背中と銀髪のしっぽが見える。

 転入した日は俺が真正面の席に座っていたからな。ラウラの身長でも簡単に平手が届いた。でも立ち会った今だと手を真上近くまで上げることになるから、振り抜こうとするとフォローモーションが背中向きになるのは仕方がない。

 クラスのみんなも手を止めて全員がこっちを見ている。状況が理解出来ないのか、何人かはおもしろい表情で固まっていた。

 あれ、俺って案外冷静だ。そして目の前のラウラと違って怒りがわき出ることもない。

 ……何が原因なのか解っているからかもな。

「この期に及んで聞いていない、わからないだと!? ふざけるな!!」

 向き直ったラウラは、もう平静を保つことをやめていた。声を荒げて怒りを露わにする。

 これまでも千冬姉にマドカのことを話すタイミングはいくつかあった。それら無為にした俺をラウラが糾弾する。

「お前にとって教官は大切な人ではないのか!?」

「ああ、大切な姉さんでいつか追いつく目標だ。家族のことを聞くのは、それからだ」

 俺が自分で千冬姉を守っていけると言えるまでは、直接聞こうとは考えない。

「いつかでは遅い。明確に命が狙われたのだぞ。それも明らかに近親者が関わっている。貴様は実の姉が同じ目にあっても平静でいられるのか!?」

「落ち着けよ。千冬姉なら大丈夫さ」

「問題を個人の能力ではぐらかすな!」

 いや、さすがにそれは理不尽な言い掛かりだ。切り返しの言葉からしてラウラも賛同してんじゃないかよ。

「ならばお前は、どうやって自分の身を守るつもりだ!」

 二発目の平手。

 今度は一歩下がるだけで簡単に避けられた。身長差もあるし、くるとわかっているならこんなもんだ。なによりさ、

「ラウラが守ってくれたじゃないか」

「今の貴様がそれを言うなっ!!」

 ラウラは空振った右腕を引き戻して、シュバルツェア・レーゲンの腕部位を展開する。ISでリーチを埋めるとか本気過ぎる。ラウラは心から怒っている。

「それなら私が刺客となってやる! せいぜいみっともなく生き延びて見せろ!」

 怒りと戸惑いと悲しみ、流れ出る感情でラウラの赤い瞳が揺らされる。

 刺客ならさ、くたばれとか死ねっていうだろ。生き延びろっていうのはおかしいぞ。

 

 ラウラは俺の事を心配してくれている。千冬姉に事が及ばないか不安になっている。

 俺がみんなのことを考えるように、ラウラも俺と千冬姉のことを思ってくれているんだ。

 こうなるから、お前には言えなかったんだって。

『時折不安定になるかもしれないが、情緒を理解しきれていないだけだ。子供でありながら任務優先の堅物だからな。時間を与えてやれば落ち着くだろう。それまではお前が我慢してやれ』

 無理だってば。肝心の時間に対する考えが違うのに、無茶振りすぎる。俺ならのらりくらりと生きていけるけど、ラウラは真面目なんだから襲撃にはすぐに対処しろと言うさ。

 こういう見通しの甘さだけは、不思議と姉弟で共通しているんだよな。

 

 シュバルツェア・レーゲンの右腕はプラズマ手刀を発振していなくても当たったらとても痛い。これは経験則だ。

 次の授業を休むだけで済むといいなーと、我ながらボケたことを考えていると青い飛沫が飛んできた。

「お待ちなさい!」

 ブルー・ティアーズを着たセシリアが俺たちの間に割って入った。ピット練習の為に全部位展開していたからの速さだった。

 箒とシャルもこっちに駆け寄ってきているのが見えた。

「ラウラさん。それ以上の狼藉は……」

「なんだ、お前が相手をするかセシリア。いいだろう、いつかのように返り討ちにしてくれる」

「あちらで泣き崩れている抑止力が本気になるのでおやめなさいといっているのですわ」

 セシリアが示す先には、涙を流しながらラファールを準備している山田先生が居た。

「どうしてこうなるんでしょう……。一所懸命やっているのに。はあぁ、教師に向いていないんでしょうか、わたし……」

 溜息吐いてぐすぐすと鼻を鳴らしながら武装をてきぱき装着する姿は非常に怖い。クラスのみんなもラファールを付けた山田先生の5メートル圏内から逃げている。

「ふんっ。命拾いしたな」

 シュバルツェア・レーゲンを格納したラウラが背を向けて歩き出す。さっさとアリーナから出るつもりのようだ。

 その背中に俺は叫ぶ。

「千冬姉には俺から言う。それだけは頼めるか」

 足を止めたラウラの背中から、目で見えるかのような殺気のオーラが溢れ出した。

「貴様、どこまでっ……!」

「頼む。これは俺の問題なんだ」

 ラウラの怒りはごもっともだ。でも、これだけは譲れない。しかし上っ面な言葉だけじゃ怒るラウラを説く伏すには足りないだろう。

「それでもって言うんなら……、俺が俺自身を守れることを見せてやるよ」

 だから決意と覚悟の証として右腕を突き出した。腕にはまった白式の投影モニターで、展開の準備がされていることを見せる。

 それを見てすっごく不満な顔したラウラが、口に入った砂を唾で纏めて吐き出すように言う。

「お前を今すぐに本国に連行して、無装備のライン下りをさせたい気分だ。北欧三国への入国手続きをおまけにしてな」

 ……湾曲に死ねと言われた。

 落ち込みモードから復帰した山田先生が空気を読まないでラウラに話しかける。

「ボーデヴィッヒさん。授業はまだ終わっていませんよ。それとも体調不良ですか?」

「……気分が優れないので、見学させてください」

 ラウラは一人、ばつが悪そうにグランドの隅っこで立つことになった。“気分が優れない”のところで俺を睨むのは完全に当てつけである。

「えー、なになに? 織斑くんがラウラを怒らせたの?」

「ボーデヴィッヒさんが6月に戻ったみたいだねー。で、何をしたの?」

「イベント発生? 選択肢はちゃんとあってる?」

「セクハラとかしてないよね。寒いからって本能に火がついてないよね」

「織斑先生も関係しているって事は、家族間の問題? いよいよボーデヴィッヒが一歩リードしたのか……」

「あやまれ、あやまれー。土下座で土の味だー」

「俺はこのクラスでどういう扱いなんだ……」

 騒ぎ出したクラスメイトたちが俺から2mの距離をとって取り囲む。

 箒が囲いを抜けて俺に寄ってきて、セシリアと一緒に叩かれた俺の頬を見る。

「大丈夫か。一夏」

「見事な赤腫れですわ」

「覚悟していたからな。少し痛いけどそれだけだ」

「一層の警戒が必要な今日に限って、どうしてこういうことになるんですの?」

「悪いな。どうも俺の態度が気にくわなかったみたいだ」

「ラウラのやつ、その程度で臍を曲げて手を挙げたのか」

 いや、箒さん。それ昔からの癇癪癖が治らない人が言っていいセリフじゃありませんよね。

 箒の癇癪で一番の犠牲になっていた俺だから出来る、心のつっこみである。口に出すと手が帰ってくるからな。用心しないと。

「あの子のこと、ラウラさんにはお伝えしないのですか? 無用な人に聞かれるのがお嫌なのはわかりますが、専用機持ちがあの子と対面する可能性は無視できません。博士が手法を変えてきたことだけでも伝えませんと、ラウラさんが危険に晒されますわよ」

 ブルー・ティアーズを格納したセシリアの言うとおりだ。

 クオが事件を起こすかもしれないのに、仲間内で険悪な雰囲気になってどうするんだよ。とはいえ原因は俺とラウラのスタンスの違い。そして度胸の差だ。こればかりは千冬姉が言うように、時間を掛けてお互いを理解していくしかない。

「ちょっといいかな?」

 シャルが何かを考えながら、俺に訪ねてきた。 

「ちゃんと、答えてくれたんだよね……」

「ああ、その結果がこれなんだ。どうしたものかな」

 俺の言葉で、シャルはその何かを決めたようだ。ラウラと同じはっきりとした意志を宿す瞳が、弱り顔の俺を映す。

「言いにくいなら僕が伝言役になるけど、ラウラには何を伝えればいいの?」

 セシリア目配せして確認を取る。シャルも専用機持ちだし、言っていいよな。

「確定情報じゃないから拡散はしないでくれよ。もしかしたら、またISによる襲撃があるかもしれないんだ。それも白式や紅椿並の特別機だから、仮にその現場に居合わせても単独で戦わないで欲しい。少なくとも俺か箒が合流するまではな」

「白式と紅椿並……。そういうことなんだ」

 さすがシャル。単語一つで察してくれたようだ。

 逆に箒は懐疑的だ。

「おい、一夏。どうやってそんな情報を掴んだ。一学生になぜそんなことが解るんだ。出鱈目を言って周囲を不安にさせるな」

「昨日偶然耳にしたんだ。俺も外れてくれた方が嬉しいから、言いふらしてないんだよ」

 クオの目的は解らないけどIS学園に用事があるのは確かだから、本当に偶然俺と出会ったとは言い難いけど。

「わかった。ラウラにも気をつけるように言うね。だから“わたし”たちは大丈夫。一夏は一夏のままでいて」

 

 そうしてシャルは腕を振りかぶった。

 箒とセシリアがあっと言ったが、周囲の反応はそれ以外何もなかった。

 

「それからバトルロイヤルだけど、僕はラウラのところでチームリーダーするよ。そうすれば他のクラスから呼ぶ応援の数もぐっと減らせるからね」

 普段通りに微笑むシャルがそれだけ言うと、ラウラの横に歩いていく。

 叩かれて90度旋回した俺の視界から見えたのは、それだけだった。

 

 ラウラの怒りは理解できる。俺が緩く構えすぎで理不尽な口止めを要求しているからだ。

 でも、シャルの考えが解らない。ラウラと同じ理由で怒っているのなら、昨日寮で話した時に叩かれているはずだ。

 その上で、バトルロイヤルにパイロット出場しないというもの解らない。稼動時間が誰よりも欲しいのはシャルだ。

 ただでさえ第二世代のカスタム機を使っているんだ。セシリア、鈴、ラウラのような第三世代試作機と比べて、特徴的な運用方法を持たないラファールカスタムⅡではセカンド・シフトは起こしにくい。加えてシャル自身も器用に武装を使い分けるから、これといった運用指針がないことも影響している。

 頼みの綱は稼動時間からくる経験値なのに、その貴重な機会を不意にするなんて。

 シャルは一体なにを考えているんだ。

 

 混乱している頭への追い打ちは、盛大な爆発音だった。

 くそっ。本当に一番きて欲しくない時にやってくるもんなんだな。

 ラファールを装着している山田先生が、インカムと中空ディスプレイでいち早く学園側の情報を拾っていた。

「はい。……昨日の、ですね。わかりました。学則に則って要請します」

 山田先生がディスプレイから顔を上げた瞬間に、俺はジャンプした。

「ちょ、ちょっと待ちなさい! 織斑くん!」

「学園敷地内に不明機なんでしょ。それなら俺が行きます!」

 瞬間で白式を展開して、アリーナから飛び立つ。

 すぐにISを動かせる状態にいる山田先生にだけ爆発への対応が任されたのなら、“要請”という言葉は出てこない。

 とすれば、夏の福音事件の時と同じく専用機持ちへの協力が打診されたんだ。

 なんて予想通りなんだ。それも悪い方向ばかりに的中する。

 俺は腫れた頬の内側を咬む。自分で招き入れたイベントだ。絶対にこれ以上の被害は出させない。

 アリーナの解放された天井を抜けて、さらに上昇する。

 学園を見通せる高度まで上って、まずは場所の確認をする。

 音からして研究用の倉庫棟のあたりからだ。

 めぼしい場所を望遠で拡大して見る。

 倉庫の一つから伸びた煙が、空に伸びて消えかけている。特に火の手は上がっていないが、ただの小火騒ぎじゃない。

 なにより倉庫から歪な形をしたISが飛び出すのは、どうみても普通じゃない。一目で解る、ゴーレム系統の機体だった。

 俺はゴーレムを凝視する。果たしてあれはクオなのかどうか。初めてゴーレムを見た時や、暴走した銀の福音(シルバー・ゴスペル)のように、相手パイロットの状態を何となく感じることを試みる。

 自分の視線がゴーレムを透過するのを感じて、クオが乗っていないと解った。これの原理は知らない。たぶんISのコアネットワークを利用した感応現象の一種だと思う。この際そうしておく。

 ゴーレムを持ち込んだのはクオだろう。状況的に当てはまりすぎる。それでいてゴーレムに乗っていないとすると、クオは一体どこに?

「先走りすぎだぞ、一夏」

 紅椿を展開した箒も上昇してきた。セシリアとシャル、そして俺を見ようともしないラウラも一緒だ。全員専用機を展開している。

「侵入者は地下区画が目標と保安部よりの推察です。地上側の警戒は他の候補生や教員が対応するそうですわ」

「僕たちは主犯の確保っていうことだね」

 セシリアの言葉を継いだシャルを見る。

 俺の視線にシャルは小さく首を傾げるだけで、これまでと何も変わっていないように見えた。ラウラが完全に横を向いて口を閉ざしているから、シャルの態度がより一層おかしなものに感じる。

 シャルとラウラに叩かれた両頬に少し痛みが戻る。

 目を逸らして下を見ると、アサルトライフルに長槍を装備した山田先生のラファールがゴーレムに向かって飛んでいた。

「よし、俺たちも行くぞ!」

 自分に言い聞かせるように叫んで、倉庫群に向かって急降下を開始する。今は考えを切り替える場面だ。

 まずは煙が出ていた倉庫を上から観察する。目に付くのは壁面に空いた穴だ。外から内に向かってトラックでもぶつかったような大穴が空いている。ISを展開したままでも簡単に潜れそうな大きさだった。

「周辺に不明機の反応がありません。おそらく倉庫の中から地下区画に侵入したのでしょう」

「ふん、臆病者どもが。どけっ」

 ラウラのシュヴァルツェア・レーゲンが白式とブルー・ティアーズの間を強引に抜き去る。

「だめだよ、ラウラ。一人じゃ危ないよ」

「二人とも勝手すぎるぞ。本当に今日は一体どうしたんだ」

 慌てるシャルと眉間に皺を寄せる箒も、ラウラの後を追って倉庫に入っていく。

 このバラけ具合は見ていて不安になる。俺も急ごう。

「一夏さん。少々お待ちになってください」

「なんだよ。急いでいるんだぞ」

 こんな時に呼び止めてくるセシリアをきつく睨み返す。

「箒さんのおっしゃる通りです。普段のご自分を見失ってませすわよ。まずは一度落ち着かれてはどうでしょう?」

 言われてはっとした。

 気分を切り替えるため、地上に降りて脚を着ける。自分の身体を意識しながら深く呼吸する。神社での稽古で柳韻さんから教わった方法だ。心を落ち着けるにはこれが効く。

「……すまん。助かった」

「いいえ、どういたしましてですわ。悪い予感の的中と、思わぬ事態に動揺しているのが見て解りましたから」

 セシリアも着地して、俺たちは歩いて倉庫の穴を潜った。

 倉庫の中は酷くに荒らされていた。正確には、床に大穴を開けるために荷物が吹き飛ばされていた。

 床の穴もISがなんなく通れる大きさだ。中を覗くと学園の地下整備用通路が見えた。見事なほど盛大に貫通されている。

 先行する三人は床穴から地下通路入っている。各種センサーで、この穴を開けた犯人がどちらに言ったのか探していた。

 こちらに顔を向けないラウラと、通路は安全だと手招きするシャルがいる。

 何かを見つけたのか、ラウラが無言のまま通路をホバリングで進み出す。シャルもラウラの後を追いかけていった。

「おい、一夏。二人に何をしたんだ。きりきりと白状しろ」

 空気の悪さに不機嫌になった箒が空裂の切っ先を俺に向ける。危ないからそういうのはやめろって。

「ラウラに何かしたんじゃなくて、俺が何もしないことを怒っているんだ。シャルの方は……、わからないな」

「お前のことだ。自分では覚えていないだけで、実際は何かしでかしているのではないか?」

 言うだけいうと箒も先の二人を追っていった。

 気軽に言ってくれるが解らないから混乱しているんだよ。

 動かない俺を追い越して、セシリアのブルー・ティアーズが先に縦穴を潜る。振り返って俺を見上げるセシリアが、薄く笑っていた。

「ラウラさんとシャルロットさんのお気持ちも解らないではないですわね」

「本当か? 教えてくれ」

 大穴に飛び込んだ俺を、セシリアの笑顔が向け得てくれる。

「しっかりしてくださいね。我が一組のクラス代表兼生徒会副会長様」

 着地して、そのまま膝を着いてうなだれる。……やっぱり帰り着くのはそこだよなー。

 再度確認できたのは、どうしようもない事態だってこと。今すぐにどうこうできる問題じゃないってことだ。

 白式は立ち上がるが、俺に心はどこか座り込んでいる気分だった。

「ラウラさんが早急過激派でシャルロットさんが早急穏健派ですから、わたくしは猶予穏健派になりますね」

「いきなりなにを言っているんだ。それなら猶予過激派なんて矛盾っぽい区分けには誰が当てはまるんだ? 箒か? 鈴か? それとも楯無さんか?」

「当然、織斑先生ですわ」

 ……納得するしかねぇっ。

 三人を追って、地下通路をセシリアと二人で移動する。

「つまりラウラとは大きさこそ違うが、シャルも怒っているということか」

「シャルロットさんはどちらかというと、ラウラさんの為というのが正しいかと。おっしゃられたでしょう『わたしたちは大丈夫』と。お任せしてよいと思いますよ」

「じゃあ、なんで俺を叩いたんだ」

「ですからラウラさんの為ですわ。その腫れた両頬がラウラさんの味方である証になるのです。ご自身の抗議も含まれているかもしれませんが、詳しくはご当人にご確認くださいませ」

 説明してもらえばなんとなく解るけどさ。あの二人は普段から仲がいいんだから、ここまでしなくてもいいじゃないか。

 

「家族のことは、譲れませんからね」

 

 セシリアが通路の先に目を向ける。

 だけど見ているのは資材搬入用の飾り気のない地下通路ではなく、別のどこかだ。

「わたくしも両親の事故について調べているのですが、取りかかろうとすると手が鈍ってしまいまして……。思うように進められないのです」

「セシリア。お前……」

「わたくしは猶予穏健派になりますから。一夏さんの問題については、納得できるまでお考えください」

 ブルー・ティアーズの手がこちらに伸ばされる。掌を上に向けているのは、握れということだろうか?

 セシリアの顔を見ると、まっすぐに俺を見つめていた。自信で溢れんばかりに輝く瞳が、とても印象的だった。

「エスコートを催促させるなんて、紳士失格ですわよ」

「わ、わりぃ」

「ふふふ。今回はお悩みのようでしたから、良しとしましょう」

 俺は笑うセシリアの手を取って、一歩前に出た。

 様々な人々に支えられている。言葉にすると簡単だけど、実感するのは難しい。常に相手のことをしっかりと見ているセシリアは本当にすごいな。俺も見習ってがんばらないと。

 セシリアと話していると通路の終端が見えてきた。床に足先が擦るよなホバリングも、これで終わりだ。

「そして最後のおしゃべりですが。この事件が本当にあの子の仕業で、篠ノ之博士の関係者であるのなら、一つ気になっていることがございますの」

「ゴーレムが出た時に疑いようがなくなったけど、まだ他になにがあるんだ?」

「臨海実習での博士の言葉、覚えていらっしゃいますか?」

 

 

 地下通路はIS学園の中心部まで続いている。

 この先にあるのは、学園の特殊設備を動かすための動力炉、一台のISだ。

 ISを利用した施設といえば、一番に上げられるのが競技場であるアリーナだ。アリーナにある観客席を守るバリアは、随時施設にISを一台設置してそこからエネルギー供給と制御を行っている。ISの所有数に余裕がある学園だからできる贅沢な利用方法だ。他の国なら勿体なくておいそれとはやらないだろう。

 それとは別に、アリーナ以外にもISが設置利用できる場所あり、なおかつ常設されシールドバリアやエネルギー供給をしている場所がある。今、俺たち向かっている学園中央の総務研究棟だ。

 生徒向けの設備は校舎棟に集中しているが、世界で唯一のIS訓練校だけあって生徒以外の研究者も少なくない。それに研究者の一部は教員の兼任もしている。

 そんな研究グループの管理下で一台のISが学園を運営管理するために設置運用されており、またその機体がコアネットワークにより学園内にある全てのISを監視している。と、案内パンフレットなどには記載されている。

 監視といっても訓練用のISが不当に利用されないかを見張っているだけで、時々鈴たちが部分展開する程度じゃ感知されない精度だ。むしろ専用機持ちの私的利用は、人の目で発覚される率が高い。

 なにしろ人が居ないと動かないISが動力だからな。常設とはいっても、本当は緊急用でしかない。

 緊急時且つアリーナにISが設置されていない場合、研究棟のISで代行発電をするわけだ。

 そんなことに貴重なコアを一個使っているわけだから、どれほどIS学園は特別なんだろうな。

 なによりも……、そんな豪勢な飾り物にクオはいったい何の用があるんだ。

 

 ISで移動できるとはいえ、上下左右を圧迫してくる通路を抜けられると少し安心していた。

 白式のインジケータに表示させている学園の案内図によれば、地下特別区画研究棟用IS常設ルームは、展開したISで動けるほど余裕がある。

 入れる物より部屋の方が大きいのは当たり前か。

 だけど部屋の入り口が見えた瞬間に、胸の奥から喉元までに不快なひきつりを感じた。

「一夏さん……」

 セシリアも俺と同じものを感じ取ったのか、繋いでいた手を離し主武装のスナイパーライフルを取り出してた。

 俺も≪雪片弐型≫を展開して握りしめる。

 白式とブルー・ティアーズが常設ルームに入った時、先にいた箒が叫んだ。

「何者だ。貴様ッ! 言葉を解せるのならば名乗れ!」

 箒とシャル、ラウラの三人も各々の武器を構えて、壁奥中央のIS接続装置に向けていた。

 天井から降ろされたシャッターで仕切られている接続装置の横には、一目で解る異常がある。

 

 俺たちのISよりも大きな人型の機械。灰色の巨人が立っていた。

 

「ゴーレムタイプの特別機、なのかな……?」

 腰溜めにアサルトライフルを構えるシャルがつぶやく。

 見たところ灰色の大型ISには、ゴーレムと同様にダミーフィギュアが据え付けられている。洋服のディスプレイにあるマネキンみたいなアレだ。ご丁寧にIS操縦者の真似事でヘッドパーツまで着けている。のっぺりとした顔にアイシールドがくっついているのはおかしな感じだ。人形の眼球を何から守るつもりなんだ。

 逆をいえば、それ以外は違うところだらけだ。

 まずは大きさ。広いはずの常設ルームですら手狭と言いたげな巨体。対比して腕脚も大型化していて、太さなんかこの中で一番細いはずのラウラの腰回りぐらいありそうだ。ダミーの人形も身体の半分が埋没している。

 両肩と背中、腰までが一体化しているから、ISのソファーに人が座っているように見える。

 装甲全体に均一性があり、どこかちぐはぐだったこれまでのゴーレムとは違う。人間が目的を持ってデザインしたことを語っていた。

 その太い指にはペンチみたいな工具が握られている。ただの道具ではないのか、駆動音を鳴らしていた。

 ……この音、どこかで聞いたことがあるな。

 灰色の巨人は無言のままシャッターに向けて腕を上げる。

 巨人が大型ペンチでシャッターを破るとか、そんなシュールな場面が展開する前に嫌な思い出が止めてくれた。

 あの音は蜘蛛の脚で聴かされたんだ!

剥離剤(リムーバー)だ! ISに触らせるな!」

 俺が叫ぶと同時に、先に居た三人が動いた。

 シャルがアサルトライフルで牽制して、左右からやや迂回気味な動きで箒とラウラが斬りかかる。

 銃撃を左右のどちらに避けても、続く近接攻撃を受けることになる。それさえも凌いだところで、逆側が援護に入るため一手ごとに追い込まれることになる。いつもなら上空という逃げ場があるのだが、室内での戦闘ではどうしても二次元的な動きに限定されてしまう。

 簡単な連携だが、理想的なタイミングだった。

 対処に迫られた巨人が出した答えは、シュヴァルツェア・レーゲンへの突進だった。リムーバーは格納することを諦めて手放している。両手をフリーにしたということは、ラウラに格闘戦で競り勝つつもりなのか。

 獲物がやってきたことにラウラが笑う。獰猛な首刈兎(ヴォーパルバニー)の笑い方だ。

 シャッター手前の床に銃痕が穿たれるタイミングで、黒と灰が激突した。

 先手はリーチに分のある灰巨人の拳だ。

 巨人視点で言えば、ラウラが攻防両対応に身体の前で両腕を交差させ突進してくるから、頭部や胴に有効打を当てるには先に腕を潰さなければならない。タイミングをはかりカウンター気味に放たれたパンチがプラズマ手刀を発振する腕とぶつかる。

 プラズマ手刀の基部から下にある前腕や肘がきしむがシュヴァルツェア・レーゲンは打ち下ろされる巨人の初手を受けきった。

 一つ目の不意打ちは、ここで起こった。

 シュヴァルツェア・レーゲンのプラズマ手刀が消えてしまった。意図した解除でないことは強ばるラウラの表情を見れば解る。

 原因は巨人の拳だ。灰色のパンチは帯電していて、接触した相手に電気ショックも併せて押しつけてくる。

 宇宙用装備であるISは当然高い耐電処置が施されている。しかし部位に直接高圧電流を流し込まれては話が違ってくる。各所の一時的な動作不良までは防げない。

「いいぞ。こうでなくてはな」

 不敵に笑い続けるラウラの返しは、レールガンの破棄だった。

 ただ格納するんじゃなくて、近接戦では無用の長物になるそれをアンロックユニットを振るって相手に向かって投げつけた。

 格闘の要である両手が封じられた状況なのに思い切りが良い。

 しかし硬く大きなレールガンの砲身が命中したからといって、巨人に大きなダメージが与えられることはない。

 実の狙いは、レールガンによる巨人の視界制限だ。ISのハイパーセンサーは360度の視野を確保するが、障害物の先を見通せるわけじゃない。

 ラウラは拳の受け流し動作で身体を捻り上体を寝かせ、腰背中側のアウトリガーをレールガンで隠しつつ相手に近づける。シャルロットの≪灰色の鱗殻≫(グレー・スケール)とは違い連発は出来ないが、対シールド用の強力な物理攻撃だ。

 固定杭が巨人に突き刺さると思われた時、二度目の不意打ちが来た。

 

 巨人の拳が真上からシュヴァルツェア・レーゲンを地面に打ち落とした。

 

「がはっ……!?」

「おのれ面妖な!」

 床に罅入れてバウンドするシュヴァルツェア・レーゲンの逆サイド、今度は箒が片腕の巨人に切りかかる。

 そう。巨人はシュヴァルツェア・レーゲンへの一撃目と逆の腕で届かないはずラウラを攻撃した。

 驚くべきことに、肘間接から切り離された片腕が宙に浮かんでいる。

 箒が格闘戦に入るのを見ながらセシリアに聞く。

「もしかして、あいつもBTなのか?」

「いいえ、それならシャルロットさんより後ろにいるわたくしたちを奇襲で狙えるはずです。チャンスを潰したのでなければ、おそらくは腕がアンロックユニットなのでしょう」

「あくまで近接武器で、ロケットパンチには出来ないんだな」

「あのグレイベアの腕がわたくしにまで届かないのなら、一つ考えがあります。一夏さんは近接戦闘にて相手の注意を引き付けてもらえますか」

「了解だ。頼むぞセシリア」

 そこだけ確認して俺も前に出る。

 ラウラのフォローはシャルに任せて、巨人には俺と箒のコンビで押し切ってやる。

 しかし紅椿との共闘は思った以上に不便で窮屈だった。

 銀の福音と戦った時は広い空を飛び回っていたから、箒とは剣術の間合いで留まっていなかった。この近距離で二刀舞いされると合わせるのが大変だ。電撃ナックルの他に、ぐるんぐるん廻る雨月と空裂を避けなければいけない。敵の本体が大型で閉所での動きが鈍く、箒の動きが解る俺だからついていける感じだ。これで巨人そのものまで高機動だったら手に負えなかったぞ。

「箒、もう少しおとなしく出来ないのか!?」

「そんな余裕はない! こいつは攻守ともに硬く重い。手加減などしたらやられる!」

 もとから手数で圧す篠ノ之流の二刀だ。守りが厚い相手には分が悪いところがある。それはIS紅椿の性能でカバーできることだが、この灰色ISも同等の能力を持つが故に相殺されている。

 箒はしきりに腕を振るい身を踊らせて、左右の刃で攻撃する。

 謎の大型ISはそれらをフロートナックルで受け流し、本体を狙う踏み込みには逆に体当たりを返してくる。迫る巨体の前に、箒も決定的な一歩を踏み出せないでいた。

 一方で俺は、浮く片腕を相手に細かい突きで押しとどめるのが精一杯だ。

 灰色のアンロックアームは攻撃手段だけではなく本体を守る盾としても機能している。

 ≪零落白夜≫なら一撃で浮遊腕を落とせるかもしれないが、エネルギーを大量に消費して腕一本だけを潰しても割が合わない。

 ≪雪羅≫のシールドモードで攻撃的受けを試してみるが、大型ISは≪零落白夜≫の特性を知っているかのように動く。≪雪羅≫に対しては電撃を使わず、白い光の盾を巧みに避ける。

 悔しいが、これだけ攻撃しておきながら灰色巨人を接続装置のシャッター前からすら動かせていない。

 どうにか本体か、ペンチリムーバーのどちらかをシャッター前から離したいのに……、こいつが半端なく強い。

 拮抗する力に焦りが生まれはじめる。

 しかし状況は手持ち格闘武器によるシールドエネルギーの削り合いになっている。いまだ有効打はないが、お互いの拳と刃を防ぐごとに少しずつシールドエネルギーは減少しているんだ。

 巨人の耐久限度は解らないが、これなら人数が多いこっちが断然有利だ。計算通り俺と箒で押し切った後、シャルかセシリアの射撃で落とせる。

 いけると踏んだと時、背中側で転倒から復帰したラウラが叫んだ。

「なにをもたもたしている。私がやる。軟弱物は引っ込んでいろ!」

「地下の閉所なんだから、重火器禁止だってば!」

 レールガンを手持ちで構えようとしているところを、シャルが押さえている。

 火力がある射撃武装が使えるなら、これほど苦戦はしてないって。人数いるんだし、包囲しての十字砲火で相手に何かをさせる前に倒せる。

 俺の気がほんの少し逸れたことすら、灰色は見逃さなかった。

 カシンッと、巨人の膝が鳴る。

 もしかしてと考えた時には、膝下から分離した灰色ISのニーキックを喰らっていた。もちろん電撃付き。一瞬、目の前が真っ白になった。

「一夏っ……!」

 攻撃を受けて体勢を崩した俺に、両手の刀が当たらないよう箒が動きを止める。

 馬鹿っ! 気にせず攻撃しろよ!

 腹に膝蹴りと電撃を受けたせいで思うように声が出ない。箒への叱責は、喉を使ったすかしたラッパ音に変わった。

 隙を見せた紅椿へ、今度こそ大型ISの体当たりが命中する。

「きゃあああぁぁぁ!」

 後ろに吹き飛ばされる箒。

 俺も巨人のコンビネーションパンチにより打ち上げ→ストレートのコンボ運送をされる。

「がはぁっ!」

 通路間近にいたセシリアの側まで吹き飛ばされてしまう。ちくしょう、シールドエネルギーをごっそりと持っていかれちまった。

「大丈夫ですか? 一夏さん」

「まだいける! 向こうだって無傷じゃないはずだ」

 手持ちにヒーターシールドとブレードを呼び出すシャルと息巻くラウラが、俺と箒の位置と入れ替る。

「射撃武装が無いのか。それとも常設のISが欲しいから壊さないように使わないだけかな?」

「どっちでも構わん。武装制限ならこちらも同じだ!」

 ラウラが遠い間合いから踏み込んで駒のように廻り、裏拳気味なモーションでプラズマ手刀を放つ。相手にはコンパクトに旋回した黒き雨から急にプラズマ手刀が延びたように見えるはずだ。

 牽制と強襲を合わせた攻撃を、灰色巨人は片腕を突きだして受ける。

「もらった! さっきの大道芸のようにはいかんぞ!」

 ざっくりとプラズマ手刀が腕に食い込むが、ラウラの狙いはあくまで本体だ。プラズマ手刀で相手の腕を横に押し払い、二段前蹴りを巨人の胴に打ち込む。

 低空浮遊するラウラのキックは、瞬時展開された新たな腕に防がれた。ごつごつした装甲板の塊が腕の形をしているような防御用のアーマーガントレットだ。そしてアーマーガントレットが現れると同時に、プラズマ手刀によってダメージを受けた腕も消えていた。

「またか!? 多芸が過ぎるぞ、貴様」

 ちなみに、アーマーガントレットを踏み台に後方宙返りで着地するラウラは、新型レールガン、プラズマ手刀、ワイヤーブレード、そしてAIC装備という最新の試作機乗りだ。武装二つで頑張っている人間だっているんだぞ。

「ゴーレムが『高速切替』(ラピッド・スイッチ)まで!?」

 ブレードで切りかかったシャルの方にも、巨人は腕を切り替えることで対応していた。片腕がゴーレムⅢのブレードアームとそっくりなタイプに変わっている。

 ゴーレムⅢは腕とブレードが一体化していたが、厄介なことに灰色巨人の腕は独立浮遊している。自在に動くブレードアームは体捌きから剣筋を読むことが難しい。

 シャルはシールドとブレードを左右で持ち替えたり、逆手握りなどして器用に応戦しているが、表情を見ると容易いことではないみで、長く打ち合えるとは思えない。

 真っ向から振り下ろされる巨人の剣戟を、シャルはヒーターシールドで防ぐ。

 その瞬間にブレードアームは元のスタンナックルに替わり楯越しに電撃を流し込んできた。相手の視界を奪っての攻撃。ラウラの動作をもう真似したのか……。

 だがシャルは先に楯と剣を手放していて、両手にハンドガンを展開。楯で視線を見切られないことを利用して素早い動作で腕を下向きに。二丁拳銃で巨人の足を打ち抜くが、拳銃の連射程度では火力が足りず装甲とバリアに弾かれる。

 それでも巨人は攻撃されることを嫌って、間接から外した足をスライドさせ射軸から逃がす。

 シャルは落下する自分のヒーターシールドが射線を塞ぐ前に、片腕だけ水平に戻す。ハンドガンに代わり手にしたソウドオフショットガンでの近距離射撃。

 巨人の両腕が弾丸よりも速くアーマーガントレットに切り替わり、散弾からボディをガードした。

 『高速切替』(ラピッド・スイッチ)同士の勝負に険しい顔をするシャルが、数歩下がった。

「さすがに条件が悪いね。何が飛び出すのか解らないのは」

「ゴーレム系統の機体ならば、荷電粒子砲の腕があるやもしれん。屋内で使わせるなよ」

 同時に巨人と殴り合っていたラウラも、パートナーとの連携を考え間合いを広げる。それでいて最初の攻撃で切り離したレールガンをちゃんかりと回収していた。

 相手がどれだけの武装を有しているのか見えない状態じゃ、動作を読み勝つなんて出来やしない。

 まずいな。場所が狭すぎて人数がいることの利点が殺されてしまっている。立ち回りや戦術を生かせない。パワーで勝る相手が有利だ。各個撃破という言葉が思い浮かんだ。

 全員のエネルギー総量で押し切れればいいが。もし仮にあの灰色が俺たちよりも膨大なエネルギーを持っているのだとしたら。もしくは紅椿のワンオフ・アビリティ≪絢爛舞踏≫のようなエネルギー回復手段が用意されていたら……。

 普段は無駄に広いと感じるアリーナが恋しいぜ。あそこならもっと自由に戦えるのに。

 俺は謎の大型ISを見る。

 灰色巨人は間合いを計りながら迫るシャルとラウラではなく、しきりに足下を気にしていた。大きなボディがふらふらと揺れる。自分の腕や脚を顔の高さまで持ち上げて確かめるほど、真剣に何かを探している。コミカルな動きだけで灰巨人が困っているのが解った。

 でも、いきなりどうしたんだ?

 答えはセシリアが握っていた。

「そこまでですわ! これをごらんなさい」

 ブルー・ティアーズが自分の横で重なって浮かぶ2機のBTビットから、大型ペンチのリムーバーを受け取り掲げる。

 そして俺に向かってウィンクを一つ。

 灰色の腕が自分に届かないと話した時から、こっそりとBTで狙っていたんだな。俺と箒が白刃交えてる間に、見事ビットで拾ったんだ。

 しかし物を掴む機能が無いBTでよく運べたな。2機のビットで箸のように摘むとか、どれだけ正確にBTビットを操ったんだろう。近頃のセシリアには驚かされるばかりだ。

 ともかく間を区切ることができた。

「クオ、説明して貰えるか」

 俺の言葉に灰色のISが動きを止めた。フローティングユニットの両腕脚も力なく垂れる。まるで叱られる子供みたいだった。

 ……やっぱり、おまえなんだな。確信と諦観に俺の肩も下がる。

「その人形は外せないのか? 顔を見て話そうぜ」

 俺は白式を格納する。別におまえに怒っているんじゃないって意思表示だ。

「貴様、この状況で武装を解除するとはなんのつもりだ!?」

「一夏はこれにパイロットがいるって知ってるの?」

 まなじりつり上げるラウラと手持ち武器をアサルトライフルに換えたシャルが、クオのISを警戒しながら後ずさりで俺の横に来てくれる。

「昨日から学園に迷い込んでいる仔リスと話したいだけだよ」

 なんだかんだで付き合ってくれるのは、すごくありがたい。

 箒もセシリアの隣につく。奪ったペンチを守るのに必要な布陣だが、当の箒は困惑していた。

「今日は予測ができないことばかりだ。あのISパイロットと一夏は知り合いなのか?」

「あなたの姪御さんだそうですわよ。箒叔母様」

「はぁっ?」

 セシリアの意地悪い笑いに、きょとーんとする箒。目が真ん丸でおかしな表情だ。こんな時じゃなけりゃ写真に残したいぐらい微笑ましいのに。

 一呼吸の間だけ時間が過ぎて、灰巨人の前面上部、女性の上半身を模した人形が量子変換され格納された。

 中から出てきたのは銀の髪をした小さな女の子。顔にはダミーフィギュアと同じアイシールドが着けられている。

 ダミーフィギュアは灰色ISの肩ラインより上に首が出ていたが、銀髪の少女は頭頂までISに埋もれていた。ボトムパーツなんて人形の腰まであったから、クオのサイズだとお腹まですっぽりと入り込んでいる。見たままに大型ソファーに埋もれる子供だ。

「えっと……」

「まずは、頭のそれをとってはじめての三人に挨拶だな。あと乗っているそいつも紹介してくれ」

 クオは小さく頷くと、ISから自分の腕を引き抜きヘッドパーツを外した。両目は閉じたまま、呆れたり驚いたりしている箒たちに顔を向ける。

「はじめまして。束さまの世話係をしています、クオ・ヴァディス・サンドリオンです……。このISはクオのパートナーでWP-C00……、簡単に言うとゴーレム・ゼロになります」

 人が乗っているゴーレムだからプロトタイプの零番目ってことかな。

「ラテン語とフランス語……?」

 なぜかシャルが小首を傾げる。俺には気になる箇所がゴーレムの名前じゃないとしかわからない。

「姉さんの、世話係……?」

「いわゆるハウスメイドですわね。折角ですからチェルシーに彼女用のメイド服を作らせましょう。きっと似合いますわ」

「メイドがなぜ姉さんの子供になるんだ!?」

 大絶賛混乱中の箒に軽く説明する。

「束さんが娘扱いしているんだってさ」

「よかったですわね。箒おばさん」

「セシリア、さっきから何が言いたいんだ!」

 箒も姪ができたぐらいでそんなに怒るなよ。

 そんな叔母を憧れの表情で見つめて、クオがつぶやく。

「はい。束さまの妹は箒さまだけですから……。クオは、娘だそうです」

「そ、それは……」

 不意に姉の情を語られ、今度ははにかみの困惑に陥る箒。

 それを無視して、不機嫌度合いを最高値にまで高めている人もいた。

「おい小娘。貴様なぜ()()()()()()()()

 ラウラがドスの効いた声を出す。口調や言葉は千冬姉の真似だろうけど、似つかない底冷えするほどの嫌悪が感じられた。

「考えられている通りです。アドヴァ……、シュヴァルツェア・レーゲン。クオは『知識の泉』を装備しています」

「レールガンで視界を奪ったのに攻撃を当てたからな。ISの位置をナノメートル単位で知ることができるなら、納得だ」

 ラウラが苦々しく表情を歪める。

 クオが単純に束さんの血縁じゃないのは解るけど、ラウラとクオはお互いに何か知っているようだ。

 そしてどうやらクオの両目は俺が思っているような単純な障害でもないんだな。おそらくクオの視覚を補っているのは、コアネットワークを使ったISの位置を正確に知る能力だ。

「クオはその力でなにをしようっていうんだ? 束さんのお使いでIS学園に来たんじゃないのか?」

「はい。お届け物をするようにと言われました」

 クオがヘッドパーツを被り直し、前面のランプがちかちかと点滅する。

 おもむろに低いモーター音を鳴らして常設IS用のシャッターが上がりはじめた。

 みんなが一斉に武器を構えるのけど、クオのISはそれ以上動かなかった。

 会話しながらの短時間で設置ルームのセキュリティをハッキングしたのでなければ、クオは最初からここの設備に対して操作権限を持っていたことになる。

 緊張が高まる場で、壁際のシャッターが巻き上げられていく。ISの固定台座から徐々に露わにされていき、納められているISの脚部が見えだした。

「まさか……?」

 いち早く気づいたラウラがつぶやいた。なぜか設置ISの足先を見ただけで機体を判別しておきながら、疑問符が付けられている。

 一体どんな機体なのか、正体は直ぐに知れた。

 全開になったシャッターの向こう側に、鮮やかな夕焼けと淡い春の花で彩られた一つのISが鎮座している。

 第一世代最強の代名詞、モンド・グロッソ総合優勝、ブリュンヒルデの鎧。織斑千冬の乗機。

 地下特別区画に安置されていたのは、

「暮桜だったんだ……」

 シャルのライフルが少しだけ揺れた。

 さすがに貴重なISを傷つけるのは躊躇するからな。まして鬼教師のものとなれば、怖くないはずがない。

 俺も暮桜がここにあることに驚きはするけど、理由も検討がつくから意外には思わない。

 学園に持ち主が勤務しているし、世界一位に輝いたISなんだから研究対象兼動力炉って扱いでも納得できる。

「それで届け物ってなんだよ。リムーバーを持ち出したってことは、暮桜のコアを盗もうとしたってことじゃないのか?」

「たしかに最終的な目的はその通りですが……。ここにあるのは外装だけです。暮桜のコアはクオでも見つけられていません」

 アイシールドに隠されているけど、クオの眉が波打つ困り顔になっているのが手に取るように解る。

 けれど一つことに答えて貰うといくつもの疑問が出てくるな。どこから整理すればいいんだ。こうなったら自棄だ。終了を提案してみよう。

「ひとまず目的の物がないのなら、これで終わりにしようぜ。クオも、その大きいのしまっちまえよ」

「それは無理な話しですわよ。一夏さん」

 セシリアが優しく否定してくる。

 確かに血の気の多い箒とラウラは戦う気満々だ。箒は束さんについて問い詰めたいみたいだし。ラウラはラウラで不機嫌さを隠さないでいる。

 しかしセシリアが話す内容は別のことだった。

「4月の代表戦も先月の襲撃も、ゴーレムは全て掃討されています。勝つことが目的なら、最初から発展型のゴーレムを複数機出せばよいでしょうに。わざわざタッグトーナメントでも数を合わせているのは、それ以外の目的があるからですわ。暮桜と併せて考えると、全ての事件において織斑先生が近くにいらっしゃったということが上げられます。ISの構成条件はコアと機体とパイロット。この三つが揃っている時を狙うということは、動く暮桜が標的なのですわね」

 セシリアの推察に、クオが慇懃に頭を垂れて礼をする。

「束さまの言いつけで、千冬さまを出陣させるトラブルを届けにまいりました」

 ここでも千冬姉が関わっていた。

 違う。IS関係で束さんと千冬姉が関与してないものはない。考えれば当たり前のことじゃないか。

「教官は外出中だ!」

 堪り兼ねる感じにラウラが吠える。

 俺は慌ててクオに向かって踏み出すラウラの前に出た。今日のラウラは千冬姉のことで苛立っているから、この話題はとても危険だ。いつ怒りに我を忘れてもおかしくない。

「ちょっと待てよ。コアが無い暮桜は動かないんだ。今は千冬姉もいない。戦う必要なんて無い!」

「ちがうよ。お兄ちゃん……」

 ダミードールを展開させながらクオが言った。

「もし暮桜が動かせない状態だったのなら。クオは、千冬さまを呼び出す事件を起こさなきゃいけない……」

「どうしてだ!?」

「だって、束さまの言いつけですから」

 人形の胸に収まるクオの声は、とても悲しそうだった。

「一夏、白式を装着しろ。くるぞ!」

 俺に背中に廻った箒が、紅椿の展開装甲で壁を作る。そのまま俺の腰を掴み拾い上げ、シャルとラウラのフロントラインから下げさせられた。

「いいのか箒。束さんが好き勝手に暴れ回っているんだぞ!」

「当然看過できるものではない! だからこそ、彼女はわたしたちの手で止めるんだ」

 箒も苦々しい表情だった。

「姉さんが試練を課すというのなら、私はその尽くを越えねばならん。それが姉さんに対する私なりのけじめだ」

 みんなに聞かれないよう、ささやくように告白される。俺も似たような覚悟を決めているから強く言い返せない。

 部屋の後ろから見渡すと、この場にいる俺以外の全員が戦う覚悟を決めていた。ちくしょう。もうクオを倒すしかないのか……。

「ひとつ確認事をよろしいでしょうか。シンデレラさん」

 スナイパーライフルの銃口を向けたまま、セシリアがクオに語りかける。

「篠ノ之博士とあなたの年齢差や外見を考慮しますと、実子ではないとおもいます」

 灰色のISは微動もせず聞いている。

 おい。今はそんなこと聞いている場合じゃないだろう。

 きわどい質問を止めさせようとした時、セシリアが目配せしてきた。何か考えがあるのか?

「あなたは、篠ノ之博士が極度の国粋主義者であることをご存じですか?」

 言葉が続けられてもフルスキンの大型ISは動かず、中にいるクオの反応は灰色の人形に押し込められて表に出ない。

 今度はシャルが一歩動く。

「キミの名前だけどさ。神様への祈りとシンデレラなんて言語も違うし、組み合わせとしておかしいよ……。もし灰被りがそのISを意味するなら、今のキミはまだ王子様と出会う前、継母や義姉たちにいじめられていることになる。つまりは篠ノ之博士や箒のことだ。もしかしたら僕たちとこうして戦うことへの暗喩かもしれない」

「だから鈴お姉ちゃんが……。でもだったら箒さまのお名前も……!」

 ゴーレム・ゼロからクオの声がする。ひどく怯えて途切れ途切れになっていて、悲鳴に近い叫びだった。

 って、どうしてクオが鈴の名前を出すんだ?

「父さんから聞いた名前の由来だが、束も箒も神道における禊ぎからの連想だそうだ。箒とはすなわち穢れを払い皆を清めるものであると聴かされている。故に私は自分の名に誇りを持っている」

 箒も、姪に向かい苦しそうに言葉を続ける。

「だが姉さんは……、神の存在を否定している。絶対的な超越者としての概念どころか、環境や事象への感謝すら受け入れていない。あの人はどんな形であれ神を信じない。神はどこにいると聞かれたら、姉さんは笑って神様なんてどこにもいないと言うだろう」

 ラウラが手持ちにしているレールガンを再度構え直す。

「クオ・ヴァディス。神を信じない者から、救いを問われるとはな。おまえは本当に篠ノ之博士から娘として扱われているのか?」

 みんなしてなにを言っているんだ。

「もしもこの件が虐待もしくは脅迫により強制されているのであれば、IS学園はあなたを保護する用意がありますわ」

「さすがにそれは言い過ぎだ!」

 俺の制止にセシリアが少しだけ目を伏せる。謝罪の意思表示かもしれないが、謝るなら俺じゃなくてクオだ。

 ゴーレム・ゼロを見ると、搭乗者の心理的不安定を表すかのように細かく揺れていた。

クオ・ヴァディス・サンドリオン(薄汚い召使いはどこだ?)と名乗ったのは彼女ですわよ。それに『はい』と答えたのも」

 

「わあああああぁぁぁっ~~~!!」

 

 子供の泣き声を上げて、ゴーレム・ゼロが最後の挑発をしたセシリアに突進する。

 突撃の線上から他のみんなが退避して、狙われたセシリアも後ろ向きに急加速した。そのままセシリアは通路に戻り、部屋から遠ざかる。

 勢い余って壁にぶつかりそうになったゴーレム・ゼロも、四肢を外すことで旋回半径を短くし、無理矢理な方向転換をしてブルー・ティアーズを追ってゆく。

 ラウラのシュヴァルツェア・レーゲンはレールガンを持ったまま通路に飛び込む。

「そういうことか。でも、やりすぎだ!」

 俺も紅椿の手から飛び降りると、白式を展開して後を追う。

 セシリアの言葉はクオを常設ルームから引き離す作戦だったんだ。けど意図が解っても、気分が良いものじゃない。

「箒、一夏。セシリアがクオちゃんの前で言わなかったことだけど、確認しておくよ」

 通路に進もうとする俺と箒を、シャルが呼び止めた。シャルは真剣で、珍しく何かに向かって苛立っているのが見えた。

「篠ノ之博士が嫌っているのは外国籍って範囲よりもっと狭くて、自分にごく近しい身内以外全てだってこと。夏に会った篠ノ之博士の言葉は、自分の邪魔をする相手がセシリアだったからそう言っただけで、本当はもっと根が深いことなんじゃないのかな?」

「ああ、そうだ……」

 箒がシャルの考えを肯定する。

 束さんの世界には自分と箒、千冬姉と俺の四人しかいないように思える。その狭い範囲に新しくクオが入ったことが、純粋に嬉しかったのに……。

「白式と紅椿は本体名称から武装まで日本語なのに、娘である彼女の名前は他言語の混合だ。博士自身があの名前を彼女に付けたのは、セシリアとのやりとりから解るよね。だから箒、ごめんね。僕は篠ノ之博士を許せないよ」

 

 悲しそうに笑うシャル。

 どことなく、クオが最後に見せた笑顔と似ている気がした。

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