Infinite Stratos First Complete Session   作:石狩晴海

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第四話:織機の工手たち

 場所はいつも練習場代わりにしている庭で、冬の日のことだ。

 小さな竹刀を素振りする子供三人に、指導しながらも一緒に素振りする私がいた。

 私が昔の私を見下ろしている。

 

 ああ、そういうことなんだ。

 流れるように状況を解してしまう。

 

 だからたぶん、母屋の縁側には……。

 この日も体調が優れないくせに練習を見ているあいつがいた。

 昔の私は素振りを終えると、昔のあいつに言う。

 わざわざ毛布を羽織りってでも見学するぐらいなら、大人しく休んでいろ。仲間外れは嫌ですよーだ。

 子供のひとりが寒い中毛布は暖かそうでずるいと言う。まあお前だろうな。

 病弱だからいいんですー。ずるいずるいずるい、それなら***もびょうきになる。

 いつもの悶着。その子は筋違いなわがままで地団駄を踏む。それをあいつがからかう。

 そんな二人を眺めていた私が諌める。言葉強く叱ることはせず、子供にも解るように丁寧に諭してゆく。

 

 これはきっとコアネットワークに沈んだあの人の記憶だ。

 なぜなら私は明晰夢と意識しており、自分の姿を第三者の視点から見ていることも理解出来ている。

 思い浮かんだ言葉は、白雪姫。

 ここから遙か遠い深淵に隔たれた茨の城で眠る人の視点だった。

 だけど、あの人はもういない。

 どうしてこうなってしまったのか。

 眠り姫は目覚めない。

 呪いを退ける覚醒の接吻を授けてくれる王子様がいないから。

 王子を連れてくる七人の小人がいないから。

 そも白雪姫を眠らせたのは魔女ではない。現実にあったのは毒のリンゴだけだ。

「ねえ、千冬ちゃん。この世界は楽しいかい?」

 楽しかったです。本当に。

 毎日が騒がしくて、忙しくて、それでいてどこまでも続けていける日常だったから。

 あなたが、居なくなるまでは。

 あの人が眠る彼方に向けて手を伸ばす。

 届かないことは解っている。足りないことは、何度も調査され検証されている。無理に届かせてはいけない禁忌だと証明されてしまうほどに。

 私たちが途方に暮れても、それでもあいつだけは諦めなかった。

 自分の身体が壊れても、心が砕けても、あの人を助けることだけを考えている。

 もう遅い。間に合わない。終わったことだと言っても、昔と同じように聞き入れなかった。

 例え世界の全てと戦っても、もう一度あの人と出会うためにあいつは存在している。

 

 だからこそ、囚われの眠り姫を目覚めさせはしない。

 それが表舞台に登れなかった王子に出来る、ただ一つの恩返しなのだから……。

 

 

 織斑千冬は閉じていた目を開き空を見る。枯れ木と石畳の参道を歩きながら見上げる空は、いくつかの雲は見かけられるが綺麗な秋晴れだった。

 一昨日の夜は、本当に懐かしい夢を見た。

 別れ際、弟に朝食の感想を伝えてしまうほど、郷愁が胸を埋め尽くしていた。

(はっきりとは思い出せない癖に、同じ味だと感じたがるとは……)

 味わったのは十五年以上も前なのに、どうして覚えているのか。

 たぶん、幸せだったからだな。

 向かう先には昔なじみの神社がある。子供の頃から通った様々な思い出がある場所だ。楽しかった頃の、幸せだった頃のたくさんのいろいろな記憶の舞台となっている場所。この道が過去に戻る道だったらと、叶わぬ願いを抱きながら進む。

 篠ノ之神社の社務所に向かって延びる参道には、枯れ葉が散見された。束と箒の叔母である管理人の雪子が竹箒で掃いているが、枯れ葉を集める側から新しい落ち葉が積もっている気がする。

 近づいて、こちらから挨拶する。

「おはよう。手伝うよ」

「はい、千冬ちゃん。おはようございます。お手伝いは大丈夫よ。数少ないお仕事なんだから、私にやらせてね」

「だけど一人で片づけられる量じゃないでしょ。まったく、人を雇えればいいんだけど」

「ふふふ。神社に人を入れるには色々なところにお話しないといけないから。これでも以前よりは警戒が薄くなったんだけどね」

「今年のお祭りは裏方がかなり減ってたから、そうだとは思ってた」

「去年から少しずつね。箒ちゃんも本当の名前で剣道大会に出られるようになったし、お祭りで巫女さんもできるようになって……」

「IS学園への入学が決まったからできたのよ。箒に関することで、何より警戒すべきなのは一般市街地へのテロ行為だから」

「昨日もね。箒ちゃんと一緒に神社の掃除やお料理をして楽しかったのよ。本当に昔に戻ったみたいで……」

「戻れますよ。いえ、取り返します。必ず」

 もう一度空を見上げる千冬を見て、雪子が口元を隠した。

 千冬が睨むと、笑う雪子は何度も身体を折って謝る。

「おかあさんの真似をしていない千冬ちゃんが珍しくって、可笑しくって……」

 千冬は笑われることを抗議しようとしたが、雪子の目元に滴の輝きを見つけて言葉を飲み込んだ。

 普段から生徒たちを『小娘』と扱き下ろしているが、なんのこともない。かつての剣術の師匠が自分たちをそう呼んでいたことの真似だ。生徒たちにそれほど乱暴な言葉を使うのは、自分自身に言い聞かせている部分もあるからだ。

 強くあろうと今は亡き師匠を真似て始めた言葉使いだが、自分はあの剛胆な婆様にどれだけ近づけたのだろうか?

 上辺だけ真似る自分より、血縁であるあいつの方がよっぽど強い気もする。

 鬼の様な師匠の訓練に、二人して何度泣いたことだろう。あの頃の連帯感は未だ私たちを繋いでもいる。それがまた心苦しさを生むのである。

 袖で涙を払った雪子が竹箒で掃除を再開する。

「組合から伝言よ。『再会を楽しみに』だって……」

「そうですか……」

「人払いも済んでいるし、どちらかを待ちましょう」

「はい。わかりました」

 千冬が頷いてからは、言葉無く女二人で佇む。

 秋の風に舞い散る紅と黄色の紅葉を静かに見つめる。

 雪子の言うとおり、三人目の人物はすぐにやってきた。

 機械の兎耳を付けたエプロンドレスの女性。この神社の息女にして、ISの開発者篠ノ之束だ。

「やっほー、ちーちゃーん」

 大きな声で挨拶しなら、手を振ってやってくる。

 束を見て、千冬は自分を切り替えた。

「お前にしては珍しい。予定していた時間よりずいぶんと早い到着だぞ」

「あれー? ここでちーちゃんと会ったのは偶然だよー」

「そうだな。お前は私がこの場所でアレを引き渡すと情報を流したから来ただけだろう」

「おやおや、なんのことか束さんにはわからないなー。それよりもハグしよー。愛し合おうよー、ちーちゃーん」

 突進する束を千冬は本気で蹴り飛ばした。見事なカウンターキックだった。

「私に触れて、何をするつもりだ」

「やだ。そんなことをあたしの口から言わせたいんだ。でもちーちゃんが相手ならドキドキムネムネ」

 恥じらい身をくねらせる束が気色悪いので、もう一度全力で蹴っておく。

 それでも束は傷一つ無く立ち上がり絡んでくる。

 死なない相手への殺意とは斯くも空しいものなのか。心を苛む激情は標的への攻撃を訴えるが、結果が実ることはない。

「それでねー。今日はちーちゃんに暮桜を返して貰いたいんだ。あはっ、言っちゃった~」

「返すも何も、あれは日本政府の所有物だ。現在はIS学園に貸し出されている。そもそも返却を要求するなら、最初から他人に渡すな」

「またまたぁ、そんなこと言って~。あの時のあたしたちにそんな余裕がなかったことは、白騎士に乗ったちーちゃんも解ってることじゃないか~」

 笑顔で踊る束を前にして、千冬は拳をきつく握り目を逸らす。

 悔しいのは振りではないが、それ利用し目の端で雪子が黙したまま下がっているのを確認する。

 今は束を下手に刺激するべきではない。不安材料はなるべく減らすに限る。

「それじゃあ、腕ずくで取り返すよー」

 束の足下から黒く太い機械の腕が出現する。

 創造主の影から飛び出した黒いISが千冬を狙い、手を伸ばす。

 千冬はつかみかかってくるゴーレムタイプの腕をかいくぐり、ショートジャンプで彼我の距離を離した。

 これが人間相手なら投げ飛ばして取り押さえるところだ。しかし飛翔できるISに投げ技は効果が薄いし、無人機を拘束したところで無意味だ。

「戯れが過ぎるぞ。今のは見なかったことにしてやるから、こいつを下げろ」

「だめダメ。いくら凄んだからって束さんは止められないのだー。それに夏の時もそうだったけどさ。なんでちーちゃんは暮桜を使わないのー?」

 小首を傾げる束に、千冬は別の問いを投げかける。

「馬鹿げた迎え火を炊き上げるのは、もう止めないか」

「あはは。ちーちゃんこそ何回同じことを言うつもりなの? それは大間違いだって言ってるじゃないか」

 二人は相手を見つめて止まった。無言で親友の瞳に映る自分を確かめ合う。

 割って入ったのは雪子の叫びだ。社務所まで下がっていた雪子が携帯電話機を手に千冬へ緊急事態を知らせる。

「学園にワールド・パージのコアユニットが現れて、暮桜を狙っているって!」

 反応は明確だった。

「うるさいよ」

 テンションをがらりと換えた束が、不機嫌をそのまま口にする。束の背後からもう一体のゴーレムが出現して、前の機体とあわせて二体で雪子に襲いかかる。

 千冬は一瞬躊躇した。自分に向けられた攻撃なら避けることができるが、他人をかばう動作はできない。

 以前ラウラの攻撃を受け止めた時は、暮桜が間近にあったからアシストを受けられた。今は利用できる条件から外れてしまっている。たとえここにIS用の武装があっても使うことはできない。

 しかし雪子を傷つけるわけにはいかない。出来る限りの全力で跳び、ゴーレムと雪子の間に入ろうとする。

 無茶といわれても、受け止めるしかない。

 だが冷酷なタイムキーパーは、戸惑った刹那を千冬にペナルティーとして課す。ゴーレムの拳を受けるのに、千冬の位置と距離からではわずかに足りない。

 今こそISが欲しいと思った。瞬時加速(イグニッション・ブースト)ならこんな距離どうということはない。≪零落白夜≫を発現させた≪雪片≫の大太刀ならゴーレムごとき一撃だ。

 だが千冬は、自分の意志で暮桜から降りた。去った人間が自分の都合だけで以前の力を欲するのは筋違いだ。我田引水も甚だしい。

 なぜ手放すのか。それを心に刻んでIS学園の教師になると決めたのに。

 千冬の前で、現実が理不尽の権化により蹂躙されようとしている。ゴーレムの向かう先に雪子がいる。

 せめて自力で避けてくれという願いに反し、雪子は諦観の表情で立っていた。

 ダメか……。

 何が足りなかったのか。何処に届かなかったのか。

 時間が短すぎた。ISに乗るだけで手一杯だった。

 世界が狭すぎた。一夏をISから完全に切り離すことができなかった。

 結論は一つ。自分の意志が弱かったからだ。

 時間が足りないというのなら、第一回モンド・グロッソで優勝した時に真実を明かせばよかったのだ。しかし大会での内容から、それだけの自信を得られなかった自分に負い目がある。

 一夏をISから離したければ、自分がISに関わっていてはいけない。だが自分以外に知っている人間がいない。代わりになれる人物が存在しない。一夏の家族になれる人間は、自分しかいなかった。

 いくつもの対する意識が千冬の中で破裂するが、伸ばした手は悔恨しか掴めない。

 やはり自分一人では無理か……。

 意識意欲が消沈してゆく。自分の動力源がなくなることをなによりも恐怖するが、間に合わない。束が罪を重ねることを止められないのは明白だ。

 目を閉じる雪子にゴーレムの拳が打ち付けられる瞬間、上空から降り注いだ閃光が無人機を地面に縫いつける。

「邪魔すんなよ、ぶーぶー。約束の時間まで、まだ早いんじゃないのー」

 束が口を尖らせて、転がるゴーレムを自分の近くまで下がらせた。

 ゴーレムたちを押し返したのは、シールドタイプのBTビットだ。

 BTビットの戻る先を追って千冬と雪子が社の屋根を仰ぎ見る。そこにはISを装着した少女が立っていた。顔の上半分を覆うアイシールドの下で、唇が不敵に曲がる。

「久しぶり。千冬ねえさん、雪子おばさん」

「家出娘が……」

「マドカちゃん……」

 安堵を誤魔化そうと強ばった表情をする千冬。雪子は両手で口元を押さえて、歓喜の顔をしている。

 

 秋の青空を背にして屋根の上に立つのは、BT二号機サイレント・ゼフィルス。

 亡国機業スコールチームのIS乗り。コードネーム:エム。

 織斑マドカが、そこにいた。

 

 

 屋根の上からゆっくりと降下してくるサイレント・ゼフィルスが、束から千冬と雪子をかばう位置を陣取った。

 千冬が妹の背中に問い質す。

「おい、上役はどうした?」

「昨日学園に不明機が出現したことを知って私だけを先行させた。アイツの指示だけに癪だが、意味はあったようだな」

「え~っと……。千冬ちゃんがおばあちゃんの真似だから、マドカちゃんはおじさんの真似?」

 雪子が眉間に指を当て唸る仕草をすると、少女の身体がビクンッと揺れた。

「図星か。その年で恥ずかしいやつだな」

「ね、ねえさんに言われたくはないわ!」

「私は昔からこうだ」

「大丈夫。格好いいわよ、マドカちゃん」

「だからここには来たくなかったんだ……」

 マドカの表情はアイシールドによって遮られているが、旧知の二人には羞恥が筒抜けだった。

「可愛くないのが出てきたわね。少しは箒ちゃんを見習って妹らしさを身につけなさいよ」

「妹だったら大人しく姉の手のひらで踊っていろと? そんな一方的な関係を家族という貴様の存在が信じられん」

 不機嫌な束に、マドカがナイフを握る腕を向けて言い放った。

 射出したBTビットを自身の周囲に滞空させ、自らのワンオフ・アビリティを解放する。

「早々に決着させてもらう。≪煉絶闇礁≫(れんぜつあんしょう)!!」

 浮かんでいるサイレント・ゼフィルスのBTビットが変形を開始する。BTビットの外郭が割れ、内側から鋭いエッジが押し出された。マドカが持つナイフに薄桃の光が宿ると、BTの刃にも同じ光が纏わりつく。その薄桃のベールは刃を何度も何度も覆い続けて、濃紫に近い闇となった。

「コアとの共鳴があれば、教典が無くともここまで再現できる。展開装甲や無段階移行とはよく言えたものだな。間に合わせの機体でも、貴様の紅椿を凌駕しているぞ!」

「折角束さんが親切にもVTの研究所つぶしてあげたのに、まだどっかで研究を続けてたんだ。あっきれた」

 束の指摘通り、マドカがBTビットを変形させたのはVTシステムによるものだ。

 VTシステムの開発搭載が禁止されている理由は、ISが競技として成立しなくなるからだ。出場者全て同一人物の動作をしていては、競う意味をなくしてしまう。裏の事情として篠ノ之束に狙われてしまうということもある。

 しかしマドカは全く別の使い方を見せた。射撃武装であるBTビットにエッジを生えさせ、近接戦闘も可能なものに作り替えたのだ。

 いや本来なら、VTシステムの姿としてこちらが正しい。ヴァルキリー・トレースという名称、そして主な利用法が他のIS操縦者の動きを追従するというものなので誤解されてしまっている。元来ヴァルキリーとはIS操縦者本人を指し、トレースすべきは操縦者の精神と思考である。生じる結果は、束が紅椿の特性として説明した展開装甲や無段階移行と同じものだ。

 マドカが誇るのもうなずける。だが、

「お前が偉そうにするな。組合経由で欧州三国にデータを流して作って貰っただけだろうが。回収したアイツの手柄だ」

「フランスには拒否されちゃったから手持ち武装は既存品ですし、ドイツも束ちゃんに邪魔されたから完成が遅れたし……」

経費と時間(コスト)を掛けすぎだ、大食らい娘が。完成図がありながら、いまだに未完成の張りぼてではないか」

「アビリティもナイフと同期させないとBTに伝達できないみたいだし、まだまだ隙が大きいわよね」

 年上二人のつっこみに、サイレント・ゼフィルスが怒りのエフェクトを放ち始める。余計な解説で弱点を暴くなと、背中が鬼の形相になっている。

 一方の束は大爆笑。身体を折り曲げ膝を叩く。

「あっはっはっはっ! 『早々に決着させてもらう(キリッ)』だってさー! 初手にしか使えないだけじゃないのさ」

「その笑顔のまま死ね!」

 操縦者の激情を乗せた六つの刃が、束に飛びかかる。

 横に控えていた手負いのゴーレムが主を守るべく前に出て、エッジビットをそのボディで受け止めた。

 一つ目のビットが無人機のバリアによって止められるが、続く二つ目がゴーレムの胴をやすやすと貫いた。

 残る片方のゴーレムもエッジビット2機の連携によって大穴を穿たれる。

 護衛を失った束に、エッジビット最後の一組みが襲いかかった。

 闇色の刃が空色ワンピースドレスを引き裂く直前に、量子展開された三体目のゴーレムが立ちはだかる。

 マドカはエッジビットがゴーレムに止められるのを避け全ビットを一度引き戻し、エッジビットの後続として進んでいた自分のナイフで追加のゴーレムを切りつける。

 ナイフは防御の構えをしたゴーレムの腕を簡単に切り落とした。代償に刃に張り付く闇のベールが一段薄くなる。

 返す刃でゴーレムの肩口にナイフを突き刺したマドカは、残しておいたシールドビットを至近距離で射出。半壊状態のゴーレムを脇に突き飛ばし、束を見据えた。

「消え去れ、悪魔!」

 空いた手に大型ライフル≪スターブレイカー≫を量子展開して突きつける。

 銃身を広げ最大出力での射撃を以て標的を吹き飛ばそうと、トリガーを引き絞る。

 わずかな溜めの時間が、仇になった。

「馬鹿なっ!」

 マドカの背後から、エッジビットに大ダメージを負わされたゴーレムが襲いかかる。

 胴体と腰を大きく抉られた状態だが、まだ稼動できたようだ。

 無人機なのだからさもありなんと言えるが、マドカの驚きと動揺は別の箇所から発せられている。

 2機のゴーレムは大型ライフルを構えるマドカに組み付き、その間に体勢を立て直した3機目のゴーレムがビームの砲口をマドカたちに向けた。

 組み付いたゴーレムがバリア阻害機能を持っていることを利用した自滅攻撃だ。2機掛かりでサイレント・ゼフィルスのバリアを無効化させる。命を奪うことを目的にした攻撃だった。

「……っ!!」

 マドカが何かを叫ぶ前に、ゴーレムのビームが3機のISを飲み込んだ。

 押さえていたゴーレムがバラバラに吹き飛び、マドカのサイレント・ゼフィルスも神社の砂利敷きに激しく転がされる。

「アビリティが乗った方の扱いは慎重なのに、最後の射撃はお粗末だったね。もしかしてそのちっちゃいのは半自動なのかな? 本体と一緒で未完成なだけ?」

 束は残ったゴーレムからナイフを引き抜くと、闇のベールを失ったそれをマドカに向けて投げ捨てる。

「ちーちゃんもご苦労様。ISのことならなんでも知っている束さんに向けて、わざと機能の解説をしたんだよね。そいつを助けるために」

 束とマドカの戦闘を見ていた千冬と雪子が、自らの無力に臍をかむ。

 わざわざ戦闘前にサイレント・ゼフィルスの未完成度合いを語ったのは、マドカを格下に見せて束の警戒心を下げるためだった。マドカは大したことがないと思わせることが狙いだ。当人が言うように、ISに関して世界でもっとも熟知した人間が束だ。彼女を相手に機能を隠し通すことなど無理なのだから、逆にこちらに落ち度があるとして目測を誤らせようとしたのだった。その逆ブラフも効果がなかった。

「ちーちゃんとお話しに来たんだから、全力でおしゃれするに決まってるじゃないかー。どんな障害が現れても、へっちゃらポイだよ」

 束が笑い、彼女の影から無傷のゴーレムが5機出現した。

 千冬はビームの直撃を受けて倒れた妹を見る。ゴーレムに阻害されシールドバリアも絶対防御もない状態で命中したのでは、生きてはいまい。

 それを成したかつての親友は、目の前で笑っている。これだけの凶行をして、何の感慨も浮かばないのだろうか。

 昔から馬が合わない二人ではあったが、殺し合うまでになるとは想像できなかった。

 束はもはや人間でないのかもしれない。

 何度か考えたことのある懸念だ。今ここにいる束を壊しても、彼女はまたひょっこりと現れかねない。希代の臆病者が絶大的な力を扱っているのだ。なにより彼女の専用機が持つ特性を鑑みれば、自身のバックアップぐらいは当然と見ていい。

 6機のゴーレムを前にして、千冬と雪子は立ち尽くすだけだ。

「やっぱりぃ~。これだけのピンチなのに出てこないってことは、暮桜を持っていないんだね。機体どころかコアさえも」

「ワールド・パージが完成したのなら、ISコアの位置なぞ楽に知れるだろう。そいつで探せ」

「う~ん。あっちはちーちゃんの真似っこを楽しんでいるから役に立たないんだよね。能力の相性はいいはずなのに、全然規定値に届かないの。拾ったものだからダメで当然なんだけど~、ちょっとがっかり」

 束の発言に怪訝な顔になった千冬が雪子に顔を向ける。雪子は頷いて一言だけ。

「アドヴァンスドの12号検体」

「……なるほど、これで繋がったな。私の真似というが、一度とてボーデヴィッヒに犯罪幇助や教唆をした覚えはないぞ!」

「でも、ちーちゃんは妹みたいだって言ってたよね。それなら一番最初の、あの黒と繋がせたみたいにしてもいいじゃない」

 束がサイレント・ゼフィルスを指した。

 たったそれだけで千冬の勢いが失われる。

 対して束は自慢げに胸を張って誇る。

「それに全てのISコアは私のものなんだから」

「奉られているものを神社の娘が盗むな」

「神社の子じゃなきゃ、盗ってもいいって聞こえるよ。違うなら返してね。ちーちゃんの大事な大事な暮桜を。別に私はあっついう゛ぇーぜでもいいんだよー」

 目を閉じて唇と尖らせる束に、千冬は構えを取り明確な敵意を向ける。

「白々しい。箒の紅椿が完成したから、同族の暮桜が必要なくなったと言えんのか」

「そんなこと無いよー」

「ああ、確かに。切り捨てるなら無人機や銀の福音と私を戦わせて、どちらが目的に沿った存在か計ってからだったな」

「そうだ。そうやって自分の力でもないのに天上の人間を気取っているから、醜いと言うんだ」

 セリフと共に投げられたナイフを、機敏に反応したゴーレムが僅かに弾く。狙われたのは束だが、目標からそれたナイフはドレスの袖を裂いだけに終わった。

「あれ? どうして生きてるの?」

 人形の様に表情を失った束が、ふらつきながらも立ち上がるマドカを見る。

 意識を取り戻したマドカが、捨てられていたナイフを拾って投げ返した。動作だけならそれだけのことだ。

 束の疑問は、ゴーレムのビームが直撃したのにマドカはなぜそんなことが出来たのかということだ。

「言っておくが、私は黒鍵との出会いを後悔したことは一度もない。私とねえさんは根本的に貴様と違うんだ」

 マドカの言葉に千冬が目を閉じた。妹の痛々しい姿から逃げるためではない。傷だらけの状態から発せられた告白を少しだけ噛みしめるためだ。彼女の言葉を胸に刻んで、すぐに両目を開け闘志を漲らせるマドカを見守る。

 ゴーレムのビームによってサイレント・ゼフィルスの装甲バイザーには大きく罅が走っていた。傷であるはずの亀裂が、隠されたマドカの表情を鮮明に連想させる。強固な意志を感じさせる鋭い視線。芯にあるのは姉への信頼だ。

「普段から攻撃されない位置に引きこもっているから、ナイフ程度の攻撃も避けられない。最初から何もかも教えられているから、考えることさえしない。ねえさんは倒れる私を見て、見抜いていたわ。だから私が動けるようになるまでの時間稼ぎをしてくれた。この信頼が家族だ! 孤独な貴様にねえさんの真似などできるものか!」

 叫ぶマドカの姿勢が傾ぐが、一度頭を振って意識をもどして再び前に出る。

 束が手負いのマドカを一瞥した。

「……≪零落白夜≫と同系でありながら別の結果を出す。撃破に二撃必要だったのは、シールドじゃなくてコアが管理する機能を対象にしているためね」

 ビームで灼かれる寸前、マドカは機体に戻っていたエッジビットを組み付くゴーレムたちに突き刺し、バリア阻害機能を無力化させた。

 接触したISの機能を一つ剥奪する。それがマドカが創り出す闇の効果だ。

 欠点として≪零落白夜≫と同じく接触した時に自身のシールドエネルギーの消費する他に、刀身に付けた闇の刃が薄れてゆく。それを証明するように、引き戻したエッジビットのうちゴーレムを撃破した側は闇の刃を無くしていた。そして暗黒を薄める事に、対象への機能障害も低減する。

 絶対的の効果を持ちながらも、連続使用は≪煉絶闇礁≫の消耗を早めてしまう。さらに消耗度合いすら一定ではないのだから用心が必要だ。安定しての稼動が期待できない現状では、使い処を見極めなければならない。速攻とビット連動機能が、不安定なアビリティを運用するための答えなのだろう。

 ゴーレムのビームが絶対防御の許容量を超えマドカを負傷させたのは、サイレント・ゼフィルスに戻された全てのエッジビットを刺しても、バリア阻害機能を完全に止めることはできなかったからだ。さらにワンオフ・アビリティの発動でシールドエネルギーを使い過ぎていたことも重なっていた。

 ゴーレムに組み付かれた時にマドカが一瞬困惑したのも、二撃を使って確実に倒したはずの無人機が動いたことに寄る。バリアを剥がし絶対防御を発動させずに打ち倒す連撃は、現在マドカが持ち得る最強の必殺技なのだから。

 マドカが意志を固め直す。この負傷は初めての不発に戸惑った代償だ。元凶の束を相手にしているのだから自分で言ったように様々な状況を想定するべきだったと自省する。

「ようやく天才様も気が付いたようだから、次の確実にしとめてやる」

「………………」

 能面で挑発を無視する束の推測に、マドカが不敵に笑って畳みかける。

「自分で戦ったことがないから、ISの数だけでしか戦力を計れない。力押しのお粗末な戦術しか手段がない。大仰な護衛を引き連れてくるのはねえさんの≪零落白夜≫を警戒していたからだが、同時にこれだけあれば何でも出来ると自惚れているんだろう。そうやって他の人間に対して無敵を驕りつつも、自分の手が及ばないISに恐怖を抱いている。結局貴様は、自分の尺度でしか外界を臨むことが出来ないんだ。だから正体を知らない唯一のワンオフ・アビリティ≪煉絶闇障≫にも警戒が薄い。何が愛だ。貴様はねえさんの親友なんかじゃない。昔は保護してくれるから甘え、今は自分を打倒し得るから媚び諂っているだけだ!」

「ホント、昔から口の減らない子ね……」

束姉(たばねえ)ほどじゃないわよ」

 お互いに種別の違う笑みを浮かべて、束とマドカが睨み合う。

 千冬は呆れながら真反対に気が合う二人を見る。

「見たところこの人形どもは全てコアを積んでいない。大元は束の専用ISで、機体として出ているのはその末端だ。アビリティでは連結解除を狙え。破壊するなら高威力の攻撃を用いろ」

「……了解よ。ねえさん」

 アドバイスを受けたマドカが笑みを続ける。

 マドカはサイレント・ゼフィルスにマウントしているエッジビットに≪煉絶闇障≫を発動させて射出する。

 後ろの雪子はそれを温かい目で見守り、妹の見栄張りに千冬は呆れる。最初の発動演出とは一体何だったのか。

 一方の束は淡々と敵対を続ける友人の態度に首を傾げた。

「ちーちゃん?」

「最初からこちらの目的が時間稼ぎだとわかるだろうが。篠ノ之束に戦略は無い。稚拙で力任せな謀略と戦術だけ。妹が言った通りじゃないか」

「ふふふ。それほどの駄々っ子を相手にお疲れさま。姉妹の再会を劇的に演出できなくて、ごめんなさいね」

 突然振ってきたセリフに全員が仰ぎ見た。

 蜘蛛と天女。奇妙な組み合わせが神社に降りてくる。

 八足昆虫の正体は米国の量産型ISアラクネを装着したコードネーム:オータムだ。

 同行しているのは亡国機業でマドカとオータムの実質的なリーダーにあたるコードネーム:スコール。

 そのスコールが天人の羽衣と見紛う美しいアンロックユニットを付けた黄金のISを展開させていた。ISが輝いている上に、豊満な体型を白いISスーツに押し込んでいるため、各所の陰影(メリハリ)が一際目立っている。それでいて卑猥さを感じさせないのは、黄金のISが放つ光が暖かさ含んでいるからか。

 あからさまに全方位を警戒しているオータムと、微笑むスコールという対照的な二人がマドカの側に着地する。

 装甲バイザーでわかりにくいが、少しだけマドカが二人を顧みる仕草をした。

「ずいぶんとお早い到着ね」

「コアネットジャマーの試験も兼ねた隠密飛行なんだから、それを理由にもう少し遅れてもよかったのかしら。そっちはサイレント・ゼフィルスの改修経過が順調でよかったわ。これで黒の完成が見えたわね」

 マドカの嫌みに超然としたスコールが答える。

 亡国機業のIS3機と対峙することになった束は、いつもの笑い顔のまま固まっていた。

「さて、急がし兎さん。そろそろこちらの指示に従ってくれてもいいんじゃないかしら? この三年間は自由に出来たでしょう」

 スコールが優しく語りかける。

「安心して。私たちの目的は十年前から変わっていないわ。いまから配役を替えることもしないから」

「それはこっちのセリフだ。この大年増」

 低く唸る罵倒が束から出た。

 明朗に振る舞っていた束が明らかな負の感情を発露している。それでいて身体は直立で、表情も変わらずに笑っている。

「私の邪魔をするな。これからも関わるつもりなら躊躇なく潰す」

「たった一人で全てを片づけるつもり? おかしなことを言うわね。勝手に一夏を巻き込んで、他者の信頼を裏切ったのは貴様の方だ! 小娘が!」

 今度はスコールの感情が爆発した。

 常に余裕の態度でいる彼女の激昂に、オータムとマドカは目を見開いて驚く。

 部下二人と違い、千冬と雪子は責め苦を耐え受けるかのように顔を伏せる。

「もとより、なぜ雪子の白雪を解体解析するはめになったと思っている。篠ノ之博士が亡くなってしまった後、白雪は貴重なオリジナルサンプルだったのに。それを手前勝手に動かして、あまつさえ千冬に重傷を負わせたのも、貴様の短慮が原因なんだぞ!だというのにだ。これほどまで失敗尽くしのくせに、性懲りもなく白雪の再生を試みる厚顔無恥。私が見過ごすとでも思ったのか!」

 激怒に炸裂する気迫は、衝撃波のごとく振る舞い神社を囲う木々がざわめき震える。

 オータムが怯え、マドカも呆然となった。『突然の豪雨』と呼んではいたが、行動だけではなく感情まで激しい起伏をもっていたとは知らなかった。なにより二人が覚えている限り、スコールがこれほど語気を荒げるのは初めてのことだ。

 叫ぶだけ叫ぶと、スコールは一回だけ大きく息を吐いた。雪子に向き直り軽く手を振る。

「はぁい、雪子ねえさん。顔を合わせるのは久しぶりね。束は年増なんていうけど、私だってまだまだよね」

「……そういう切り替えの激しさが若さからくるならね。あなたの場合は完全に性格じゃない」

 身をひねりボディラインを強調する黄金のISに、雪子は苦笑を返す。

 マドカも集まった人間を見渡しニヒルに笑う。

「まともな性格をしているのは私だけか……」

「あぁん、遺言はちゃんとの書類に残すものだよ。エムちゃぁん」

「重度の内向がまとも側に配されるものか。自分に酔いしれるものそろそろ期限切れにしておけ」

 不快を張り付けた顔でマドカを睨むオータムと、妹へは評価が厳しい千冬。

 会話のただ中に、突如ゴーレムたちが散開した。

 お喋りに興じていた亡国機業の3機も、素早く反応する。

 ゴーレムたちは標的をスコールに絞っていた。扇状に展開して火力を集中させる陣形を取っている。

 マドカとオータムは同時に飛び出し、それぞれ両端の1機に攻撃する。闇を纏ったサイレント・ゼフィルスのエッジビットと、アラクネの機械肢から発射されたレーザーがそれぞれに向かい合うゴーレムの行動を妨害した。

 スコールが残り4機のビームに狙われるが、天女の羽衣(アンロックユニット)が伸長しスコールの前面を覆う盾に変わった。一見薄絹のような羽衣だが、ゴーレムのビームを全て受けきり解れ一つない強靱さを見せつける。

 悠然と佇むスコールが手を払うと、盾となっていた羽衣が自分を撃ったゴーレムに向けて延びた。羽衣は瞬時にしてゴーレム四体を絡め捕り、縛り上げる。

 恐ろしいことに無人ISであるゴーレムが薄い布一つ振り払えずもがきあがく。

「忘れたのかしら? 元々バリア干渉能力は私のアビリティよ」

 スコールが力を込めて拳を握る。

 操縦者の手先に追従し、薄布が圧倒的なパワーを見せた。黄金の羽衣がISのシールドバリアを食い破ってゆく。

 無人のISたちは人間には曲げることの出来ない方向に腕脚を折りたたまれ、縮めることの出来ない部位を圧縮され、内部のパーツをボディの外にこぼしながら形を失う。

 ゴーレムを圧壊させた羽衣が、光を放ちながら優雅に宙を舞う。黄金の絹布を元の形に巻き取ったスコールが、無言の束を見つめた。

「お人形さんじゃ、どれだけ数を揃えても私たちの相手にはならないわよ」

 スコールの宣言と同時に、マドカとオータムも自分の相手を撃破する。

 1機はビットの偏向射撃と闇の刃が連携した絶妙な攻撃に沈み、1機は八足の強火力に押し切られ蜂の巣になった。

 二人の戦果を看取って、金色の天女が言葉を重ねる。

「この数ヶ月間、私たちがIS学園に干渉した理由は察してもらえたかしら?」

 言葉を返さない束だが、スコールはかまわず喋り続ける。

「白式のコアを奪取する作戦が成功していたらなら、また違ったかもしれないわね。あれが一番穏便な手段だったのに。やっぱりあの生徒会長さんには厳重に抗議しておく必要があるわ」

 スコールがさも困ったといった表情をするが、学園を守る立場にある更識楯無が自分たちの暗躍を見逃すはずがない。そのことを理解してのおどけの言葉だ。奪取作戦の実行役だったオータムがしゅんと縮こまるが、スコールは軽く肩を叩き慰める。

 佇む束をスコールが指さす。

「何が何でも力ずく。いつもあなたがやっている方法よ。千冬の顔を見るついでに暮桜の再フォーマットを企てていたのでしょうが、阻止させて貰うわよ。押し通るというのなら、貴方自身がかかってらっしゃい」

 最後に投げかけられた挑発に、今まで固まっていた束が動いた。

「あっははー。せっかく会えたのに無粋なのが色々沸いちゃったねー、ちーちゃん。仕方がないから今日はこれまでにするよー」

「完全に三下の捨てセリフじゃないか。得意の天才設定はどこにいった?」

 マドカの嫌みも無視して束がきびすを返す。一、二歩進んだ青いエプロンドレス姿は揺らいで消えた。あたかも最初からそこにいなかったように、存在感を霧散させていなくなった。

 篠ノ之神社に残されたゴーレムの残骸や戦闘によって散らされた砂利石だけが、確かに束がここにいたことを主張している。

 嵐が過ぎて、今度は穏やかながら冷たい秋風が境内を通り抜ける。

 静寂を壊したのはマドカだった。

 合計でゴーレム3機に対して未完成のワンオフ・アビリティを放ったのだ。代償にエネルギーが底を着き、浮遊動作やPICのパワーアシスト機能を低下させたサイレント・ゼフィルスが、怪我をしたマドカに重石となってのし掛かる。

 結果、ドサッと重い音と立ててマドカが崩れ落ちた。

「マドカッ!」

「マドカちゃん!」

 千冬と雪子が駆け寄ろうとするが、風に流れてきた黄金の繭が倒れた妹との間を隔てる。輝く繊維のベールがマドカの全身を覆い尽くしてゆく。

 繭に拳を打ち付けたくなる衝動を堪えて、千冬はスコールに詰め寄った。

「おい、これをどけろ」

「ストップよ二人とも。エムが私の管理下にあることを忘れないで。本来なら気安く部外者と接触させてはいけないの。今回は元凶が関わる緊急事態での特例措置よ。名前を取り戻せた箒ちゃんと違って、まだまだエムの存在はデリケートなんだから。わかっているわよね」

 スコールの主張に雪子は言い返さず留まったが、拳を握り締めたままの千冬は下がらない。

「いつから組合は実の姉妹が気にかけることすらも許さなくなった」

「当然あなたが白い騎士に成り代わってからよ。より正確に言えば世界中の姉妹全てではなく、織斑と篠ノ之の二組みだけに対してね。亡国機業(ファントム・タスク)だって全世界不特定多数を相手に喧嘩を売れるほど暇じゃないのよ」

 声音を低くしたスコールが、憤る千冬に警告を発する。

「しかし自分たちが特別なものを持っているからといって、(ことわり)(しがらみ)(えにし)全てから解放されると思うな。それともお前も篠ノ之束の様に振る舞いたいのか?」

「だからこそ、私があいつを……!」

「さっきからごちゃごちゃとうるせえぞ!」

 アラクネ装備のオータムがスコールと間に割って入った。

 千冬は敵意を向けてくるオータムにも言葉を投げる。

「巻紙から見れば他人事かもしれないが、同じクラウンの誼で妹を助けてやってくれ」

「はぁ? 何を言っているんだ、お前は?」

 オータムが示した理解不能という反応に、千冬が愕然とした。

「巻紙……? まさか……?」

「解ったかしら。これが外部から見た、そして隠されている篠ノ之束の所業よ。不用意にISを操縦するという行為が、これほど重大なリスクを含んでいるのに彼女は黙ったままでいる。とても許せるものではないわ」

「ロストコアは全てIS委員会が把握している。そんな事例があるはずない!」

「オータムはあなたと入れ替わりでドイツの担当に配されていた。そして今は私の管轄で、アラクネを使っている。あなたにはこれだけで伝わるでしょう」

 スコールの宣告に、今度こそ千冬が止められた。

 オータムが気味悪いものに向ける視線で千冬を見る。

「一体なんの話なんだ?」

「ISコアとの適性が高すぎる人間に課せられる問題の一つよ。推測と可能性だけの話だったけど、実例が出てきたから認めてたくないのよ。よくある話だわ」

 スコールは薄く笑いながらオータムの肩に落ちてきた紅葉(こうよう)を払った。

 悔しがる千冬に、雪子がそっと寄り添う。

 口をきつく結ぶ姪に代わり、雪子が話し出す。

「今更だけど囮の本題を手短に済ませましょう。暮桜の返却を篠ノ之神社は了承します。再設定は行わず強固な封印を施し、来るべき無限招来(インフィニット・ストラトス)まで厳重に保管するわ」

「クラウンとして承ったわ。これで一夏くんのフェイズシーンも大きく動くことになるわね。今学園にはワールド・パージのコアが乗り込んできているんでしょう。一夏くんのためにも、千冬は早く学園に戻りなさい」

 千冬に笑いかけたスコールが、サイレント・ゼフィルスへのエネルギーバイパスにしていた繭を羽衣の形に戻した。

「ほら、そろそろ帰るわよ。エムったらいつまでも寝てないで、さっさと起きなさい。エネルギーは十分に渡しているでしょ」

「人を、……ペットみたいに言うな」

 地面に拳を打ち付けてマドカがゆっくりと上体を起こす。

「叱って終われるペットのほうがずいぶんと楽なんだけどね。勝手に一夏くんと接触したペナルティはまだ終わってないのよ。帰ったらしばらくは実演習は無し、自習と宿題漬けですからね」

 黄金のISがオータムの手を引いて飛び上がる。引きずられるオータムは、珍しく弱々しい同僚に向けて舌を出した。スコールがマドカを気にかけることにいらだっているようだ。

 若干の怒りを糧にして、マドカはよろめきながらも二人の後に続こうとする。

 その背中に千冬が問い掛ける。

「おい、マドカ……。お前、一夏のことを誤解してないか?」

「安心して、ねえさん。私が絶対にあいつを殺して、ねえさんの妹に戻ってみせるから」

「………………」

「世界だって守ってみせるから」

「そうか……。無理だけは、するなよ」

 言葉を詰まらせた千冬には、無難なセリフしか出せなかった。

「私は取り戻す。もう一度胸を張って織斑(まどか)を名乗ってみせるわ!」

 数年ぶりの再会に、妹は最後の時まで背を向けて顔を隠していた。故に姉は妹の狂喜を理解しきれず、妹は姉の悲痛と落胆を知らずに再び別れてしまった。

 

「ねえさんが私を妹って呼んでくれるなら、それだけでいい……。これからも戦える!」

 偽りの喜びだけを残し、篠ノ之神社から寒風吹く秋の空へ。一匹の迷い蝶が飛んでいった。

 

***

 

 俺たちはIS学園の地下特別区画から地上へと飛び出した。

 ゴーレム・ゼロの誘導をしているセシリアとラウラは通路を引き返したが、俺と箒とシャルは搬入口の装甲シャッターを管理部に開けて貰い一気に外に出た。

 上昇中にセンサーを走らせてセシリアたちの位置情報を更新する。

 居た。今まさに倉庫屋根を吹き飛ばして粒子砲の柱が打ち上がったところだ。その根本にブルー・ティアーズとシュヴァルツェア・レーゲンの反応がある。

 大出力ビームが消えた直後、天上の穴から二人が飛び出してきた。

 セシリアとラウラの装備や飛び出した姿勢を鑑みると、ビームを撃ったのがクオになる。やはりゴーレム・ゼロにも射撃武装が装備されていたようだ。

 ラウラは抜け出る時に、身を捻って手持ちにしていたレールガンを力一杯穴に投げ落とした。さらにその反動を使い上昇方向を曲げて倉庫の穴にワイヤーブレードを打ち出す。ワイヤーは穴に入れるのではなく、縁に突き刺してブービートラップにする。

 ゴーレム・ゼロのアンロックアームが投げつけられたレールガンを打ち払い、巨大な本体が穴から飛び出す。

 そしてラウラの狙い通りワイヤーに引っ掛かった。

「なにっ、これ!?」

「地下でのBTもそうだったが、ISの位置は見えるが武装までには効果が及ばないようだな。≪知識の泉≫も使用者が素人では宝の持ち腐れだ」

 シュヴァルツェア・レーゲンは全推力で降下。倉庫の屋根に降り立ち、ワイヤーを押し上げるゴーレム・ゼロを押さえ込みに入る。腰のアウトリガーも降ろし完全に機体を固定する。

 クオがアンロックユニットの腕脚を振り回すが、ゴーレム・ゼロの領域連結制御範囲(レイヤード・スペース)よりもワイヤーの方が長い。浮遊する拳もシュヴァルツェア・レーゲンまでは届かない。

「……このていどぉっ!」

 クオはゴーレム・ゼロのパワーで強引に飛び立とうとする。さすがに力比べでは巨体を誇るゴーレム・ゼロを止める術はない。押さえるはずのシュヴァルツェア・レーゲンが自らのワイヤーに引きずられてゆく。

「ある程度足止め出来れば十分です。戴きますわ」

 横合いから複数のレーザーが格子状に走り、ゴーレム・ゼロのアンロックユニットを打ち抜いた。

 セシリアのブルー・ティアーズビットだ。倉庫から飛び出す時に射出して伏せていたのだろう。本体は上空からスナイパーライフルのスコープを覗いているが、その動作こそ長距離でBTビットを操作するための姿勢なのだ。

「これで終わりだ」

 ラウラがワイヤーを切り離した腕を突きつけ、腕脚を失ったゴーレム・ゼロのボディが不自然に固まった。

 AIC。シュヴァルツェア・レーゲンに搭載されている停止結界。単騎で取り込まれたら脱出困難な装備だ。特に今回のような一対多では決定的だ。後は包囲しての火力掃討で終わる。先手でAICを使わなかったのは、俺が≪零落白夜≫を控えた理由と同じだ。アンロックユニットの腕と脚をつかまされた場合、容易に離脱される可能性を考慮したのだろう。それを踏まえてセシリアのアシスト射撃も見事だったな。

「ゴーレムⅡ!」

 クオの返しも的確だ。ゴーレム・ゼロの周囲に複数のゴーレムたちが量子展開される。数で負けるのなら足せばいい。単純な計算だ。

「ISがISを展開だとっ!?」

 ゴーレム・ゼロを拘束しているために動けないラウラに向かって、展開されたゴーレムⅡが襲いかかる。

「やらせるか!」

 二段階瞬時加速(ダブルイグニッション)で最後の距離を削り落とした俺が、ラウラに迫るゴーレムⅡを迎撃する。≪雪羅≫のクローモードでゴーレムⅡの胴を掴み、荷電粒子砲の零距離射撃で明後日の方向に吹き飛ばす。

 上下二つに分かれたゴーレムⅡがくるくると回りながら地面に落ちた。

 なんだ? このゴーレム、弱すぎるぞ。

 俺は新たに出現したゴーレムⅡたちを睨みつけるが、視線が素通りどころかまるで目の前にいる気がしなかった。

「こいつら無人機どころかコアすら持ってないクオの操り人形だ。1機ごとのパワーは低い」

「お兄ちゃんまで邪魔しないで!」

 クオの泣きそうな悲鳴に、胸が裂かれる思いだ。

 だとしても。千冬姉を出張らせるなら俺を攻撃すればいい。前回モンド・グロッソの決勝戦みたいにな。

 

 だから、クオ。俺だけを狙え!

 

 俺は連続で突撃してくるゴーレムⅡたちを避けて上昇する。ラウラもAICによる拘束を諦め、倉庫から飛び立っていた。

 自由を取り戻したゴーレム・ゼロの平坦な肩上部がバクンッと開き、クオの頭ぐらいありそうな大きなレンズがポップアップした。透明な円の中心に向けて光の粒子が収斂する。

 直感で悟る。これがゴーレム・ゼロのビーム武装だ。左右二門が向く先は、俺とラウラだ。

「ラウラ、俺の後ろに着け!」

「……くっ」

 ラウラが歯噛みするところまでは聞こえたが、直後に大出力ビームによる大気を灼き裂く轟音と爆発的な閃光で俺の周りが埋め尽くされた。

 上下左右、文字通り全周囲から圧力まで感じそうな音と光が襲いかかってくる。ゴーレム・ゼロが放ったビームの中は、それほど強烈な空間だった。

 だが白式は無傷だ。突き出した左腕≪雪羅≫をシールドモードにしてビームを無効化させている。

 問題は≪雪羅≫のシールドも≪零落白夜≫だから攻撃を受けた分、白式のエネルギーを消費してしまう。でも効率が良ければこれほど強固な対エネルギー系防御はない。≪雪羅≫のシールドは一度張ってしまえば非実弾系統の攻撃を無力化出来る。確かに白式のエネルギーも減るが、相手にそれ以上のエネルギーを使わせられたのなら、これは十分に攻撃といえる。つまりこの攻撃的防御は、相手の消耗が大きな攻撃へのカウンターとして有効なわけだ。

 ラウラが俺の影に入ってビームを凌いでいることを祈りながら、雷鳴のような轟音と閃光の一瞬が過ぎるのを待つ。

 大出力ビームの放射が終わり復帰したハイパーセンサーで状況を確認する。

 まず自分の背後にラウラがいないことに戦慄し、墜落する黒い雨を見つけて愕然とした。髪を結わえていたゴムがビームで焼き切れたのか、ラウラは三つ編みされていた銀髪を広げて落下している。シュヴァルツェア・レーゲンの数カ所からも薄い煙が尾を引いていた。

 なんでだ!? 俺を楯にしていればダメージを受けるはずがないのに!

「ラウラは僕が拾う! 一夏は攻撃を続けて!」

「ぼさっとするな! 開所を脱したからには早々に仕留めるぞ!」

 後続のシャルと箒がそれぞれの宣言通りに飛んでゆく。

 一瞬だけ考えて、俺は≪雪片弐型≫を変形させながら箒の後に続いた。

 発動した≪零落白夜≫の白刃を掲げて叫ぶ。

「一撃で終わらせてやる! 泣いても知らないからな!」

 ゴーレムⅡたちがクオを守るように壁を作るが、先をゆく紅椿が二刀で打ち払う。

「いけ! 一夏!」

「うおおおぉぉぉっ!」

 箒が開けてくれた隙間に全速力で飛び込む。

 ゴーレム・ゼロは真っ向から突進してくる俺に肩のビームレンズを向けた。

 ここだっ!

 左足で見えない壁を蹴るように、バリアで瞬間的に圧縮した推進力を爆発させる。

 瞬時加速(イグニッション・ブースト)

 ただ正面に向かって突き進むだけではなく、大出力ビームの射軸からやや右上にずらしての機動をとった。

 俺の回避行動を見逃さず、ゴーレム・ゼロの巨体がわずかに空を仰ぎ見て、ビームレンズも仰角を上げて超高速飛翔する白式を追従する。

 次だっ!

 今度は腹と背中が軋むほどに身体を折り曲げて、右足に力を込める。ほぼ真下に向けて二段階瞬時加速(ダブルイグニッション)

 急激な加速と方向転換により全身がちぐはぐな方向に引き延ばされたり、押しつけられたりする。バラバラに引き裂かれそうな身体に力を込めて耐える。

 瞬時加速(イグニッション・ブースト)中に、別方向へも加速する荒技だ。二回目の加速には一発目の慣性が強く影響するから、狙った場所に滑り込むには極度の集中力と、二段階瞬時加速(ダブルイグニッション)への熟達した技量が必要になる。

 現に二段目の加速で上下の向きを逆転させた上に、ゴーレム・ゼロに接近する速度は劇的に増している。

 こいつは今初めてやった技じゃないんだ。この程度の衝撃なら慣れている。みんなとの模擬戦で散々失敗もしたんだ。ここで成功させてなくちゃ練習の意味がない。

 ハイパーセンサーの補助と強烈な集中力により無限に近いところまで引き延ばされた俺の知覚域が、ゴーレム・ゼロを見下ろす視点から見上げる右下の箇所までを、刹那より短い時間で進んだことを伝える。

 ゴーレム・ゼロも俺が下に潜り込んだことぐらいは見えているかもしれない。しかし直前の行動で上向きになっているため、一回目よりもさらに反応が鈍い。いくら正確にISの場所が解る能力を持っていても反応を上回る速度で移動すれば十分に振り切れる。

 ラストッ!

 ゴーレム・ゼロとすれ違い様に≪零落白夜≫を振るい、相手を切り裂いた確かな手応えを得る。

 同時に白式からの警告。残りエネルギーがほぼ0に近いことが視界内インジケーターににじみ出てくる。最大にまで加速した意識が完全に表示されるよりも先に読みとっている時に見られる現象だ。

 俺は息を吐き出し、全ての世界の速度が元に戻る。

 地下特別区での近接戦闘に、≪雪羅≫のシールド使用、今の二段階瞬時加速(ダブルイグニッション)でエネルギーを使い切ってしまった。でも一昨日の動作不良も再発していないし、ゴーレム・ゼロという強敵を相手に勝てたのだから十分な戦果だ。

 減速しながら振り返りエネルギーを無くしたクオを回収しようとしたが、俺はそこにあるものを一瞬理解できなかった。

「……この速度にもついてこれるのかよ」

 苦笑するしかない。ラウラの言葉じゃないがクオは多芸で強すぎる。

 ()()を切り裂かれたゴーレム・ゼロが、箒の相手をゴーレムⅡに任せて、俺を狙っていた。

 当然右脚は膝下から切り離されたフローティングユニットだ。クオは≪零落白夜≫への防御に、もう一度右脚を展開するという方法を使ったんだ。同じタイミングで他の四肢も復活している。

 数種類の武装腕を持っているゴーレム・ゼロだ。同じアンロックユニット化していた脚も予備部品を格納しているのだろう。それを楯にすることで身を守ったんだ。

 シールドバリアがまったくの無傷ということはないだろうが、≪零落白夜≫が直撃するよりは遙かに軽微のはずだ。

「ハンギングテリオス」

 クオのつぶやきに呼応して新しいゴーレム・ゼロの両腕が展開装甲した。肘周りが広がり飛翔用のスラスターが姿を見せる。そのまま腕をワンツーコンビネーションの動作で打ち出してきた。

 この場面でロケットパンチかよ!

 エネルギーを切らして動きが鈍くなった白式じゃ、コンビネーションで迫る二本の腕を避けられる気がしない。

 かろうじて気力で最初の右腕は避けたが、続く極太の指を広げる左腕に捕まってしまう。

 クオはゴーレム・ゼロの腰横にあるワイヤーガンを発射して、自分が飛ばした腕に接続。ワイヤーを巻き取り俺ごと腕を回収しはじめた。

 併せて地下常設ルームでセシリアと話したゴーレム・ゼロの腕がBTかどうかの推論だが、やはりBTでないという答えが出たな。わざわざ回収にワイヤーを使っているところからして確実だ。地下でロケットパンチを後衛に向けなかったのは、腕の切り替えとワイヤー回収でそれぞれ一手多くかかるからか。しかもロケットパンチしてしまうと、腕を無くすから接近戦との併用が難しいしな。現に今の攻撃でも右腕を回収出来ずに失っているわけだし。

 さて、どうする?

 エネルギーが少ないといっても、≪雪片弐型≫だけを残して白式を格納すれば一撃ぐらいは≪零落白夜≫を発動出来るかもしれない。

 箒たちも俺の状況を見て、ゴーレムⅡを蹴散らしながらこっちに向かっている。ワイヤーが巻き取り終わる瞬間が決断の時だ。

 最後の交差に対して緊張を高めていると、ひどくノイズ混じりの通信が聞こえた。

「くーちゃん聞こえる~。ちーちゃんはこっちに居たから学園の方は引き上げていいよ~。帰りは予定通りねー」

 これは束さんの声だ!

 でも、どうして束さんとクオの通信が俺にも届いたんだ?

 ゴーレム・ゼロ本体とワイヤー越しに繋がっているからか?

 今の通信で使われていた暗号コードを、束さんが作成した白式が持っていたのかもしれない。ゴーレム・ゼロ宛の通信が俺にも聞こえたとすると、それぐらいしか思いつかない。

 だとしても、この漏洩は束さんかクオ、どちらのミスなのか?

 もしかしたら意図的に流されているのかもしれないけど、こっちは考えてもきりがない。

 学園外で仕事しているはずの千冬姉が束さんと会っていたことも気になるが、ともかく戦いを終わらせる鍵が舞い込んできたんだ。

「聞こえたか、クオ! 千冬姉は学園に来ない。もう戦いは終わりだ!」

 必死に呼びかけるが、ゴーレム・ゼロは通信直後に動きを止めたまま微動だにしていない。ダミーフィギュアの奥にいるクオの表情も伺いしれない。

 突如ゴーレム・ゼロは俺を掴んでいるロケットパンチごとワイヤーを切り離すと、一直線に海側に向けて飛んでいった。

「くそっ。せめて何か言ってくれよ」

 俺はクオの制御を離れたロケットパンチから抜け出しに苦労していた。クオを追う以前にこれが重石になっていて動けないからだ。殴打用の調整だろうけど、これの指関節硬すぎだろ。なかなか自由になれない。

 ゴーレム・ゼロが撤退するのを見て、学園内の警戒にあたっていた数機のISが昇ってきた。

 クオは武装切替で両手を荷電粒子砲にして、広範囲拡散照射で追撃隊のを足を鈍らせる。そこにダメ押しのゴーレムⅡを差し向ける。これじゃあ追いつけない。

 なんとかロケットパンチを振りほどいた俺は、慣れない手付きで白式の通信記録を辿り、ついさっきの束さんが使った通信規約を引っ張り出した。苦手な電装操作はあやふやで探り出したコードも当て推量だから本当にこれであっているかわからないけど、クオに向かって全力で叫ぶ。

 

「俺が、お兄ちゃんが守ってやるから! 迷ったのなら、いつでもこっちに来い!」

 

 反応は、何もなかった。

 視界の中で小さくなるゴーレム・ゼロを見ながら、俺は無力感に唇を噛み締めた。

 

 

 落ちるよりはマシな程度の速度で、俺は第三アリーナに戻ってきた。

 負傷したラウラは先にシャルに支えられて降りている。

 シュバルツェア・レーゲンは既に量子格納されていて、上から見下ろしているとラウラを余計に小さく感じた。

 アリーナに降りたラウラは意外としっかりした足取りだった。寄ってきた山田先生と二言三言交わしてから、付き添われてアリーナを出ていった。

 他のみんなも専用機を納めて、クラスのみんなに合流してゆく。

 俺も自分のISを格納し、最後の2mぐらいをエネルギーを無くした白式無しで飛び降りる。

 そのままシャルを見つけて駆け寄る。

「ラウラの状態は?」

「シュバルツェア・レーゲンはダメージレベルが大きいからしばらくは起動できないけど、ラウラ自身は無事だよ。きちんと絶対防御が機能していたからね」

「そうか」

 大怪我をしたわけじゃなくてよかった。無事を知って、少しだけ安心する。ゴーレムタイプとの戦闘だったから、一つだけ心配していたんだ。

 今回の相手がクオだったから助かったのかもな。なぜといわれれば、クオはゴーレム・ゼロのバリア阻害機能を使っていない。

 あの灰色の大型ISがゴーレムタイプの上位機なら、同じ対IS装備を持っていてもおかしくはない。バリア阻害機能と電撃を同時に使った場合、操縦者への直接攻撃となり得る強力な装備だ。実際に帯電ニーキックを受けた俺には、それを類推するだけの情報がある。白式を倒すのなら、あの時が一番の好機だったはずだ。バリア阻害が機能していれば、続くアンロックアームの二連撃で行動不能にできただろう。

 でもクオの目的は、俺たちを倒すことじゃなくて千冬姉を引っ張り出すことだ。バリア阻害機能を使わなかったのは目的の為か、それともクオの気持ちからなのか解らないが、まだ話し合える余地があるんだと思いたい。

 ラウラに関しては、今更に俺の遮蔽に入らなかった理由に思い当たる。

 俺たちは千冬姉への態度で意を違えている。命を狙われているから動けと言うラウラに、強くなることを先にしている俺。そして俺は自分の身は自分で守ると宣言した。

 だからラウラは俺に庇われることを拒否したんだ。俺に守られていては自分の主張を貫けないから。

 でもなおさら、

「それで怪我をしちゃ意味ないだろうが……」

 頑固なラウラからして、ISへの損傷を受容するほどに譲れない一線だったってことか。

 千冬姉から言われていたのは、こういうことなんだな。ラウラを守りたかったら、俺が我慢しなければならない。

 やるせない思いに空を見上げると、鈴の甲龍がアリーナに落下してくるのが見えた。

「一夏ぁー!」

 なぜか怒り状態の鈴がパワーダイブを敢行している。

 ばっちりとこっちを睨んでいることから察する。狙いは俺だ。覚悟を決めよう。

 不動の俺に鈴も仏心を出してくれたようで、甲龍を格納して最後は生身で落下する。空中で鈴の身体が翻った。足先から上方になびく二本のツインテールまでが一直線になっていて、実に見応えがある空中姿勢だった。

 捻りを加えた落下伸身両足蹴り。(スパイラル・ドロップキック)

「おどぐろほぉぉっ!!」

 自分でも信じられれないぐらいおかしな悲鳴が出た。鈴の足裏が見事俺の胸部に命中して、ここまで溜めたいた運動エネルギーを遺憾なく伝達してきた。俺は心臓に工事用掘削機を打ち込まれた吸血鬼な気分で吹っ飛ばされる。

「なんなんですの!? いったい?」

「鈴、もう戦闘は終わったんだよ! 一夏を蹴っても意味無いよ」

「貴様、猿かと思っていたがムササビの類だったのか!」

 箒たちとクラスのみんなが何事かと声を上げる。

 無様に寝転がる俺とは違い、綺麗に10点着地を決めた凰選手はフィニッシュも覚めやらぬまま俺に走りより馬乗りになった。

「この緊急展開が昨日のあの子に対するものって、どういうことよ!? しかも連れて来たのがアンタだって言うじゃない! 説明しなさい!」

 八重歯をむき出しにした鈴が、俺の胸ぐら掴んでガックンガックン揺さぶってくる。

 地下特別区画への対応は俺たち一年一組の専用機持ちに任せたが、学園全体の防備強化は他の代表候補生たちにも要請された。当然二組の専用機持ちで中国の代表候補生である鈴にも話が通されたんだ。そして警備部からの情報で、相手が昨日の内に学園に侵入したゲストの可能性が高いことを知った。このタイミングで俺に特攻してきているのは、単純に情報開示のタイミングと秘匿性の問題だな。

 最初はわけも分からず警備と哨戒に駆り出された。その後、随時明かされる情報でクオのことを理解して怒っているんだろう。ということは、つまりだ。

「鈴もクオに会ったんだな」

「学園に通う身内にコンプレックスを感じて萎縮しているのかと思ったんだけど、もっと酷いじゃない! 所属不明機のパイロットですって!?」

「……クオが気になるのか?」

「当たり前よ! あの子は自分が何も出来ないって悩んでたのよ。とても落ち込んでいたんだから。あんな状態じゃ、少し立場が上ってだけで他人の言うこと聞いちゃう。実際に、自分が何をしているのかも解らないままこんなことになってるじゃない! 一夏、あんたどうして、」

 鈴の顔が歪む。表の感情が怒りから悲しみに切り替わる。

 

「クオを守らなかったのよ……」

 

 顔を伏せて頭振った鈴が、立ち上がって俺の上から横にどいた。

「ごめん。取り乱しすぎた。クオに何も出来なかったのはあたしも同じなのに……」

「いいさ。悪いのは俺だ。今回で自分の甘さ加減が身に沁みたよ。心配させて悪かったな」

 俺も立ち上がり鈴の頭に手を置く。

 鈴があっ、と言葉を漏らす。何かに気づいたような仕草だったが、恥ずかしそうに顔を背けるので手を離した。

「さて、散々な授業になっちまったけど時間もきてるし、片づけないとな。鈴も早退扱いになる前に自分のクラスに戻れよ。緊急配置の特例処置が終わっちまうぜ」

「解ってるわよ」

 さっきまで笑っていた鈴が今度は不満そうに頬を膨らませている。

「それじゃあ手分けして作業するわよー」

 鷹月さんの一声でアリーナに出されているピット用具の片づけが始まった。

「実に切り替えが早いですわよね。先ほどまで所属不明機の襲撃を受けていたのに、今や授業の片付けとわ」

「それが一夏の強さだ。しかし何も考えていないわけではない。そうだろ」

 俺の通常運転に呆れ気味のセシリアだが、視線は優しい。箒もまっすぐに見つめて背中を押してくれている。

 本心を言えば、相手が強大すぎて何から手を出していいのか解らないままだ。根本的には変わってない。それでもやれることはたくさんある。

「ひとまずこれが終わったら、次はラウラの見舞いだな」

「ラウラがどうして怒っているのか、もう忘れちゃったの?」

 シャルさんに盛大な溜息をこぼさせてしまった。

「いっけね。忘れてた」

 冷たい秋風を我慢しながら、俺は“わざとらしく”大きな声を出した。

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