Infinite Stratos First Complete Session 作:石狩晴海
灰色の少女クオ・ヴァディス・サンドリオンの暮桜強奪未遂。それは一夏たちの仲に大きな軋轢を残していった。
しかし、ぎこちないながらも代表候補生たちはそれぞれの目的に向かい動き出してゆく。
様々な想いと陰謀が巡る時、空の彼方から灰色の巨大物体が太平洋に降下。接触した米軍戦艦を行動不能して日本-IS学園を目指す。
政府とIS学園は代表候補生たちに防衛任務を要請するが、作戦開始直前IS管理委員会からの使者が現れる。そこにはなんと、あの織斑マドカの姿が……!
ついに一夏たちは、人類初のISだけによる大規模戦闘に身を投じることになる!!
大人気、ノンストップハイスピード学園ライフラブコメディメカアクション!
緊急怒濤の超展開で送る第九巻。
少女たちの涙が、悲嘆の決別(ワールド・パージ)を呼び寄せる……。
第一話:第三の黒 ドリッドシュバルツ
ラウラ・ボーデヴィッヒは固い椅子の上で身動ぎした。
意外に長い付き合いとなった安物のパイプ椅子は脚のほとんどに錆を浮かせており、天板にはぼろぼろ崩れるスポンジがレース化粧のように付いているだけだ。
おかげで彼と接する尻の肉が潰れて痣になってないか心配になる。さっさと別れたいのは山々だが、彼の背もたれに両腕が拘束されているので、縁切りが出来ないでいる。
周りを見れば、住人に似合いの小汚く狭い部屋。
……つまりはいつぞやに行われた尋問耐性訓練の続きだった。
今さっき意識したはずなのに、身体が受けている刺激は三日以上の経過を知らせてくる。なんともおかしな感覚だ。
しばらく部屋の隅で落ちている水音を相手して、事態の変化を待つ。
ギギギギギィィィ……。
ゆっくりと、思わせぶり早さで、きしみを上げてドアが開く。開け放たれた向こう側に、予想違わずあの名前も知らない尋問官が立っていた。
ラウラは悟られない程度に相手を観察する。
おかしな点が二つあった。
一つ。謎の尋問官が怪我をしていた。頬にはガーゼ、腕や肩に包帯を巻いているのを隠そうともしていない。身体も若干傾いており、脚も負傷しているようだ。
これは明らかな異状だ。訓練とは言え尋問側が弱みを見せるはずがない。シチュエーションエラーだ。
二つ目は彼女が怒っていることだ。眉間に皺、口元はひきつり、瞳には激情が燃えている。指先が落ち着き無く動き、つま先が不規則なリズムを刻む。
スタッフエラー。人選ミス。尋問耐性訓練に限らず、私情を持ち出すことを禁ずる軍においてあり得ないことだった。そういう配置をするなら、アクティブに対するストッパー兼尋問対象の逃げ場所を受け持つ
しかし彼女はひとりだ。
足音を聞かせる為か、脚の傷が堪えるのか。見て解るように膝を上げて一歩一歩ラウラに近づいてくる。
「まずは申し開きを聞こうか。なぜあのビーム砲撃を避けなかったのか。じっくりと聞かせてもらいたいな」
ビーム砲、なんのことだ……?
言葉も目つきも険しい尋問官に、ラウラは霞掛かった意識で相手の意図するところを探る。
「さっさと近場の遮蔽物に隠れていれば良かったんだ。迷ったあげく回避するタイミングも逃し被弾するなんて。情けないにも程がある!」
怒りを露わにする尋問官様は、この前行った特別警戒体制での戦闘結果を非難しているようだった。
近場の遮蔽物とは一夏の白式≪雪羅≫のことだ。あの状況でゴーレム・ゼロの大型粒子砲を的確に避けるのであれば、シールド状に展開された≪零落白夜≫の影に隠れるのが正解である。
それなのにラウラは一夏に庇われることを拒否した。さらにその判断を下すための躊躇が、大口径ビームを避けそこねた原因にもなっている。
尋問官がラウラが座る椅子を中心にして、ゆっくりと回り出す。
「そんなに情けない格好がお望みなら、大人しく惚れた男にすがりついて、助けてください、わたしはか弱い女の子ですと叫んでいなさいよ」
ラウラは背中側に廻った尋問官に体当たりするつもりで椅子を跳ね上げた。
挑発相手の動きを読んでいた尋問官は軽く避ける。
「今のは軍人としての気概かい? いやいや、惚れた相手を守りたいから、自分を守らせないために負傷するなんて、大間抜けな君にそんなものはないね。だからひとつ、気分が軽くなる情報を教えてあげる」
椅子横まで来た尋問官がラウラの耳元に囁きかける。
「君は織斑一夏が好きなんかじゃない。教官に惚れるなと言われて彼を意識しているだけよ。他人に好意を持つ自分に酔っている、まさに恋に恋する乙女ね。自分を見つけろ、君は女の子なんだと言われて、その気になっているだけ。手近な人間を巻き込んでいるだけに過ぎないの」
なにを言っているのか、わからない。
ラウラの意識は一瞬白色化するが、今度は怒りに染まる。
自分は一夏のことが心配だから、あまりにも無防備無計画な彼に怒ったのだ。決して教官に言われたから一夏を気にかけているのではない。
「よく聞いて、ラウラ・ボーデヴィッヒ。もう一度言うけど、君は織斑一夏が好きではないの。そうすることで対象の肉親である教官の注意を引きたいだけ。私はあなたの言葉を守っています、私はあなたの弟が大好きですだって」
違う、ちがう、チガウ!
IS学園に来て私は新しい視点を得た。この感情は私自身が見だして感じ得たものだ。確かに切っ掛けは教官だが、織斑千冬は記憶の、思い出の大切さを示し、自己の確立を促してくれたのだ。教官は私が一人の人間になることを望んでくれた。千冬に勧められて始めたスクラップアルバムには、織斑姉弟の写真が他の誰よりも多い。
それらが証明する。
ラウラ・ボーデヴィッヒは織斑千冬に憧れ、敬愛している。
ラウラ・ボーデヴィッヒは織斑一夏に共感し、好意を抱いている。
「ほら見なさい。世間知らずの君は他人の影響を受けやすいだけなの。軍隊で育てられたから軍人の振りをしているだけ。お飾りで佐官なんて据えられたからガンバちゃったのよね。そんなことしなくてい良いの。難しく考えないで本能のままに動くだけのでいいのよ。それともお人形さんは人間みたいに気に病む振りがしたいのかな?」
顔を間近に近づけてなおあざ笑い続ける尋問官に、ついにラウラは身を乗り出して物理的に噛みついた。
*
「ラウラー、朝だよー」
シャルロット・デュノアは微睡むルームメイトのベッドの端を揺らして覚醒を試みた。
「……ふぇがぁ?」
寝転がるアニマルパジャマのラウラ・ボーデヴィッヒは目覚めていることを知らせようとしたが、出てきたのは挨拶ではなかった。なぜなら口にはパジャマのネコミミが挟まれていた。アニマルフェイクのフードが首を半周してラウラに咬まれている。
シャルロットはゆさゆさとベッドを揺さぶり続ける。
「パジャマの耳よりおいしい朝ご飯を食べにいくよー」
奇妙なモーニングコールは、以前に寝ぼけ眼のラウラを起こそうとして逆に組み付かれた経験から生み出された方法だ。これで安全な距離から断続的な起床信号を文字通り発振することができる。
受信側もいつまでも揺らされ続けてはたまらないので、覚醒せざるをえない。ラウラがペッと布の塊を吐き出しベッドから出る。
「おはよ、ラウラ。まだシャワーを浴びるだけの時間は残っているけど、気持ち早めでね」
「了解した。……久しぶりに起こされてしまったな。助かった」
「うなされていたし、寝返りで絡まったパジャマには噛みつくし。怖い夢でも見ていたの?」
「よくは覚えていないが、気にくわない夢を見ていた気がする」
「夢なのに気にくわないって……」
「言うなればむかつくうざい奴が出てくる夢だ。せっかくISが復調した翌日にこれでは気が沈んでしまう」
ラウラは脱いだパジャマを丁寧に畳み、事前に用意していた朝用の準備道具諸々一式を持って、シャワールームに入っていった。
(全然落ち込んだようには見えないけどね)
特に最近はある事情により怒っている彼女をよく見かけるから、テンションが下がっている印象がない。
ともあれ自分も着替えと準備をしなくてはならない。意識してゆっくりと着替えながら、ルームメイトが残していったパジャマがきれいな長方形に畳まれているのを見る。カラスの行水が定番の相方がシャワーを終えるまでに着替え終わってしまうと、手持ち無沙汰になってしまう。
シャルロットがラウラの世話を焼くのは風習や生活概念などの一部だけだ。それもどちらかといえばスキンシップの意味合いが強い。相手が可愛らしい容姿をしているため行為自体が楽しく、ついやり過ぎてしまい辟易されることもある。マスコット扱いしていないかと本人から言及されるのも仕方ない。気安い相手にシャルロットの甘えたがりな部分が出てしまうのだろう。
一方で軍隊育ちのラウラは規律正しく生活し、所持品の整理整頓も行き届いているため、所謂だらしないということがない。逆に小物など無造作に一時置きするシャルロットのことを注意するほどだ。
そんなわけで、既にいつくか腐海部屋が発生している寮内においても、二人の部屋は上位に入る清潔さを保っている。
結成理由は偶発的だったが、実にバランスの取れた凸凹コンビであった。
シャルロットは制服の上着だけを残して、ブラッシングに移る。姿見前のストーに座り、丁寧に髪を撫で梳かす。
ちょうどラウラがシャワールームから出てきた。素裸で。
「こら、はしたない事はしないって約束でしょ」
「何を言っている。私はどこも恥ずかしくはないぞ」
「ちゃんとしようよって話だよ」
「きちんと身体は拭いている。問題ない。それよりも急ぐべきなのだろう」
「そうだけどさー……」
薄い胸を反らして自信満々のラウラに、シャルロットは渋面になるしかない。
ラウラは全身に湿り気を帯びてはいるが身体から水滴を滴らせることもなく、長い髪もきちんとタオルで包んでいた。
一夏に水着姿を見られることを恥ずかしがる一方で、同性とはいえ他人に全裸を晒しても恥じらわないラウラには、やはり生活習慣指導が必要だと思い見つめ直す。
タオルで巻き込み三角になっている頭頂から肌、そして足先の爪まで白く、風呂上がりの瑞々しさもあって一枚の絹布を連想させる。
それだけに太股に装着された専用ISの待機形態が目に付く。ドイツ製第三世代型試作機、そのシリーズネームを関する一号機
シャワーの前に所有者が言った通り、この数日ダメージ調整のために起動を控えていたシュヴァルツェア・レーゲンは無事に復旧していた。
ベッドに腰掛けて下着に足を通すラウラに、シャルロットはシュバルツェア・レーゲンを指差した。
「予測は出ていたけど、後遺症もなく無事に直ってよかったね」
「いっそ以前のようにコア以外が全損していたのなら、もっと素早く復旧できたのだ。それを本国の技術者どもは損傷に対するコントロールがどうの、全組換えはコアの稼働総時間を巻き戻してしまうからこうの。なにかと理由を付けては保守部品の補充を遅らせおって。専用機を使用できないスケジュールがこんなに続いたのは初めてなんだぞ。そこまでされたのだから、量子格納状態での再構成修復でエラーなぞ出されてたまるか」
最近不機嫌になる原因の一つをラウラが口にする。
ISの特徴として挙げられる機能に、機体と装備の量子化格納がある。
この機能を発展利用すれば機体をノータッチで修復させることもできる。修繕に必要な部品を量子格納すれば、後はIS自身が自分で修理してくれる。なんて夢のような機能だ。
それほど高度な自律性能を持つのなら整備担当が不要と思われるかもしれないが、事は簡単ではない。
大きな損傷を受けてしまった後の修復では、治り切る前に量子展開させると正規の構成で復元されずに、故障をより酷く拡大させてしまう恐れがある。再構成修復中は対象のISを良く観察して要求される部品を的確に補充する必要がある。また機体の構成や部品を変更した際の
おかしなことに、自国代表候補の機体が損傷したにもかかわらずドイツの技術側は意図的にラウラが保有できる保守部品に歯抜けを作り、全部品交換を出来ないようにしていた。
ラウラは転入直後の学内トーナメントで損傷大破したシュバルツェア・レーゲンを保守用予備部品を使って短時間に修復したことがある。機体を直す観点で言えば合理的と言える。しかし試作実験機をテストする側からすれば、ダメージもその後の回復経過も重要な調査対象だ。
だというのにラウラは勝手に保守部品を使いシュバルツェア・レーゲンを復帰させてしまった。それも丸々一機分を復元させる大量投入である。転入時に持ってきた予備分を全て使い切る大胆な運用だ。
これにより、どうも本国側とラウラの間に軋轢が生じてしまったらしく、仲介緩衝に所属部隊が挟まっているとはいえ小さな衝突が起こっていた。
(キャンノボール・ファストで使っていた高機動パッケージも、開発の進んでいる二号機のものだって言ってたし。裏側には触れられない状況なんだろうなあ……)
同型で代用が可能な兵装が、情報秘匿のできない学園外で先行開発されている。つまるところラウラが学園に入れられた理由が、織斑一夏とそれを取り込もうとする勢力への牽制に絞られることになる。
シャルロットはどこまで自分の背景を理解できているのか、いまいち読みとれない少女軍人を見る。
ラウラが制服のズボンを引き上げたのを見て、シャルはルームメイトを自分が座っていたストーに手招きした。
「髪を乾かすよ。手短にやっちゃうから少しだけ待ってねー」
「うむ。頼むぞ」
鷹揚に頷くラウラが、シャルロットの前に背中を向けて座り、シャツのボタンを止め始める。
まずは頭部に巻かれたタオルを取り払い、別の真新しい乾いたタオルで髪を優しく挟む。根本から毛先に向けて、ゆっくりともみほぐすように動かし最後まで残っている水気を吸い取らせる。次に肩にタオルを掛けて服を濡らさないようにしてから、ドライヤーとブラシに持ち替える。ドライヤーの熱風で髪を痛めないように、適度の距離を空けながら銀糸をとき梳かす。熱を受け止めるブラシを動かしながら、シャルロットは朝日で輝く銀色の髪をうらやましく思った。
前回の戦闘後、焦げた毛先を数センチほど切ることになってしまったのが、非情に残念だった。
「色が抜けている訳じゃないし、ラウラの髪は綺麗でいいなあ」
「無駄口を叩くなら、早く終わらせろ」
「はーい、わかりました。少佐殿」
シャルロットの軽い返事にラウラは眉を寄せつつも、彼女に髪の世話を任せた。
二人が寮の部屋を出て食堂に向かうまで、しばしの時間が必要だった。
*
シャルロットとラウラの二人が食堂に降りてくる頃には、他の生徒たちも朝食を取りに集まってきていた。
国際色豊かなIS学園、必然的に様々な言語の挨拶が行き交う。
「おはよー」
「ぐーもぐ」
「ふぁいさん」
「るっぶら」
「あこなぐー」
「どこの言葉なんだ、それは……?」
本当に挨拶なのか怪しいものに首を傾げるラウラを先へと促しながら、シャルロットは朝食を自分のトレイに拾ってゆく。
前に居るラウラが一瞬動きを止めた。いつものように一品多めに拾おうとして躊躇したようだ。珍しく決断出来ずに立ち尽くすラウラ。後ろに続く列を止めてしまうほど悩んでいる。
「それぐらいなら今までだって食べてたじゃないか。大丈夫でしょ。それとも体調が悪いの?」
「いや、問題ない。席を探すぞ」
結局トレイに乗せて足早に歩いてゆく。
一体なんだったんだろうと、シャルロットは彼女が朝食を多く取っていた理由を思い返す。
(そう言えば、らしくない口調で説明されたっけ)
これが最近ラウラが不機嫌な理由その二なのだが、変に意識過剰なところがかわいいんだよねーと心の中だけでにやついておく。表に出すとラウラは更に不機嫌になるからだ。
良い空き場所があったので、遠慮なく二人で占拠する。
シャルロットはさあ、朝ご飯だ。と食べようとしたが、また相方の機嫌が傾いていることに気がついた。
軽く食堂を見渡すと、渦中の人物も座席を探しているのが見える。
IS学園唯一の男子生徒。織斑一夏だ。
今日も周りの女生徒たちから伸ばされる無数の誘いをのらりくらりとおどけつつ躱しては、腰を下ろす場所を探している。女性から見れば山盛りといえる朝食を乗せたトレイを持っているから、目立つことのこの上ない。
そういえば、心なしか一夏の身長が伸びているかもしれないと思った。
出会ってから半年しか経っていないが、シャルロットの視点では少しだけ彼の上背が延びた気がする。ここの環境が成長を促進したのだろうか。格闘の要素を持つIS競技において、高身長というのは一つの利点だ。実際一夏よりも背の高い生徒は数えるほどしかいない。
……女子寮での生活が身体に合うというのも、どうかと思うが。
取り留めのない思考をするシャルロットを、一夏が見つけて歩み寄ってきた。
「二人ともおはよう」
「おはよう、一夏」
シャルロットは返事をするが、並んで座るラウラはいつの間にか朝食を食べ始めていた。一夏の挨拶にも食べているから口を開けないと言いたげに黙っている。
一応ラウラに目配せしてみるが、眼帯を楯に無視されてしまった。
「横が空いているなら座っていいかな?」
「お好きにどうぞ」
「それじゃ、お邪魔するぜ」
笑顔の裏で頭を抱えていたシャルロットは、一夏が躊躇無くラウラの横に座ったことに泣きたくなった。
「お、今日もラウラはよく食べるな」
「…………」
「よし、俺も負けないぜ」
「…………」
二人が大盛りの朝食を片づけ始めるのを前にして、緊張を弛められないシャルロット。
どうしてこうなるのだろうと、心の中だけで嘆息を吐き出す。一夏が後先考えない直進思考なのは知っている。自分が弱っている時には頼もしく感じたが、これほど愚直だと下向きの場合には痛々しいと思う。
(空気読んで欲しいけど、指摘するのも今更だしなー……)
体当たりしか手段を思いつかないんだろうけど、少しは余裕と知恵を持って事にあってもいいんじゃないかな。同級生たちが口にする同年の男子は子供っぽいという言葉に納得してしまうし、一夏の無策さに苛立つラウラの気持ちにも共感してしまう。思えばさっきの一夏を同席へ誘う手たちは、無茶無理無謀の彼を止めようとしてくれていたのかもしれない。
味をあまり感じない食事をしながら、様々な考えが浮かんでは消える。
先に食べ始めていて、一夏が横に座ってからは食べる速度が倍加したラウラがいち早く箸を置いた。
「食べるのが速いな。もう少しきちんと噛まないと栄養にならないぞ」
「…………」
「味わうことで何を食べたのかを知るのは、健康を保つのに重要なファクターなんだぜ」
「…………」
「茶でも飲んで待っていてくれよ。こっちはちゃんと噛んで」
「貴様と交わす言葉など持たん!」
執拗に絡んでくる一夏に対して、ついに堪忍袋の尾が切れたラウラはキシャーと牙を剥いた。大きな音を出して席を立つ。
「私は先に出るぞ! 途中でそいつの顔を見なくて済むように足止めをしておけ!」
語気荒いラウラがシャルロットに言い残して去ってゆく。
一時食堂中の注目を集めるが、一夏が居ることを見つけると自然とスルーされていった。騒ぎあるところに織斑一夏あり。完全に学内ナンバーワントラブルメーカー扱いである。
「今日もダメだったか」
「怒っているのをわかっていても接触してくるんだもん。こんなことを続けていたら、ラウラだって怒りの向け先を間違えちゃうかもよ」
「間違えるも何も、俺が原因だろ。なんとかしたいんだけどな。だからシャルも手伝ってくれよ」
「こうやって話しているけど、僕だって怒っているだからね」
「ああ、セシリアに説明してもらったから知ってる」
一夏の素っ気ない言いように、シャルロットは言葉を失う。
(うーん……。ちゃんと状況を把握しているのかなー)
二人の奇妙な喧嘩の原因は、織斑マドカと名乗る謎の少女の襲撃に端を発する。
拳銃を不法所持したマドカが一夏に向けて発砲した。明確な殺傷行為だ。背景不明の襲撃事件。世界唯一の男性IS操縦者を狙った凶行とも言える。
しかし問題はもっと大きく深く、個人的な要素も含んでいた。
織斑マドカは秘密組織『亡国機業』に属し、英国から第三世代試作ISブルー・ティアーズ二番機『サイレント・ゼフィルス』を強奪している。なによりも彼女は一夏の姉織斑千冬と面影を似通わせていた。シャルロットですら織斑マドカの画像から織斑千冬を連想するほどそっくりだった。
しかし身内によく似た人間に襲われたというのに、一夏が下した選択は普遍。これまで通りの生活をすることだった。
ラウラも一夏が嫌いだから敬遠しているわけではない。その逆で、彼の身を案じているからこそ適切な対処をしろと要求しているのである。
一夏に対する苛立ちはシャルロットも同じだ。ラウラとの違いは、おそらく核心を知る織斑千冬への感情による。
ラウラは千冬を救世主と崇め奉る勢いで心酔しているから、一夏に事が及ぶとなると二倍の反応をしてしまう。片方だけならまだしも、織斑姉弟の両方に関わることなら尚更だ。
一方で自国との折衝に当たってくれている千冬に恩義を感じるシャルロットだが、千冬にはある種の達観を見つけていた。一度は世界の頂点に立った人間に、自分が手出ししていいものか。
力のない自分をもどかしく感じるが、以前の境遇に比べれば間断無く身構える必要がない分気が楽だった。
そんな千冬に対して、現在一夏が行っていることを考えるとラウラの怒りも理解できてしまう。
ラウラと彼女の専用ISシュヴァルツェア・レーゲンが負傷・損壊したあの事件。篠ノ之束の娘を名乗るクオ・ヴァディス・サンドリオンの『暮桜』ISコア強奪未遂襲撃事件の後からだ。
シャルロットは一夏から織斑千冬に話しかけては、何もなかった様に誤魔化すのを何度も見ている。その度に一緒に現場を見かけたラウラのテンションが上がって下がる様子を知っている。
一組でも一夏の行動は話題になっていた。
クラス内で話しかけた時などは針先で肌をなぞられるのような緊張を強いられる。一夏の気弱な態度に加え、千冬へのアプローチに色恋事の関連が期待できそうにないので、お気楽なクラスメイトたちも苛立ちを隠せないでいた。
実に見事な生殺しに、さすがのシャルロットもラウラの不機嫌が感染しつつあった。
「どうにかしようって気持ちを否定するつもりはないけど、もう少し後先を考えないとね」
朝食を食べ終えた一夏が、お茶を手にしつつゆっくりと話し出す。
「IS関連の厄介事は、いつかきっと千冬姉と束さんが集約して持ってくる。状況を大きく変える何かが来るんだ。ゴーレムも亡国機業の襲撃もその前触れなんだろうしな。だから俺がやるべきことは、いずれやってくるそれに備えて強くなることだ。そう思ってた」
唐突な話題にシャルロットは困惑するが、一夏は平然と話し続ける。
「この前クオがやってきて、束さんの方から始まったこと知らされてさ。正直、俺は焦っているんだ」
一夏が笑う。いつもと同じ笑顔に見えるが、どこか乾いた感情が見て取れた。
「この間家を掃除した時に思ったんだ。今までは知らなかったから意識しなかったけど、二階にはずっと使われてない空き部屋が一つある。あそこが誰のものだったかって考えると、たぶん“アイツ”なんだろうなって」
「一夏……?」
シャルロットは驚きに朝食の手を止めた。自分から“彼女”のことを話したことはないはずだ。当然一夏もシャルロットがマドカの存在を認識しているのか不明瞭のはず。それなのに一夏は既知のこととして話した。
一夏は笑顔で肩をすくめる。
「ラウラに共感してるのは“知っている”からだろ。だからシャルに取り持ちを頼んでいるだしな」
「ごめん。そこまで考えきれなかった。僕も一夏のことを」
「馬鹿に出来ない、だろ」
「自分で言っちゃあ、格好付かないよ」
今度は二人で笑い合う。
朝食を再開したシャルロットが食べ終えるのを待ちながら、一夏が神妙な顔になる。
「なんて言うか。今までのことは俺たちが感知しないもっと深いところで繋がっているんだ。それでいて俺には全景を知る機会も、後も先も考えている暇もない。とにかくやるしかないんだって気を張ってさ。最近はずっとそんなこんなで頭がいっぱいだ」
その悩みが姉に声を掛けては引っ込めるヘタレ行動に繋がると言い訳されている。
「ねえ一夏。格好付けるどころか情けないことになってるよ」
「解ってるって。だからこうして話しているじゃないか。ラウラとシャルには酷い醜態を見せているんだし」
ジト目になりつつあるシャルロットから、一夏が若干照れながら視線を逸らす。
「束さんと事を構えた今、専用機持ちが前面に出る機会は断然多くなる。クオのゼロみたいなのが大量に出てくるかもしれないんだ。ラウラとギクシャクなんてしてられない。この前みたいに意固地で怪我されるのは勘弁だしな」
一夏の言う通り、自分たちはその場の対処療法に駆り出される立場だ。現場に個人的な衝突事を持ち込んで、混乱しては命に関わる。軍属のラウラもその辺りは弁えていると思いたいが、一夏には前回の言動が気に掛かるのだろう。
「ラウラのこと、心配なんだ」
「そうでなければ、噛みつかれること覚悟してまで話しかけないよ」
拗ねた様子で一夏が脇に目をそらす。
さすがのシャルロットもこれには苦笑するしかない。ラウラと一夏で互い違いに気にしている。人付き合いが不器用な二人ですれ違っていては、治るものも拗れるしかない。
とはいえ戦列を共にする立場から言わせてもらえば、もう少し気を回した手段を取ってほしかった。
そっぽを向く一夏に、シャルロットの胸に悪戯心がわき上がる。
「この話をラウラに伝えたら、喜んで仲直りできるかもね。『それは既成事実というやつだな』とか言って」
「やめてくれ。どってかっていうと、他人より自分を優先しろって怒られている状況なんだし。それこそもっと怒るだろうぜ」
ルームメイトの声真似までしたシャルロットは、憂鬱気味に閉口する一夏が少しかわいいと思った。
「ラウラに関しては、こっちが我慢しろって千冬姉は言ってたけど。今、必要なのは耐えることじゃなくて、突破する力なんだよな」
「できそう? 織斑先生を追い抜くのは難しいよ」
「三年で計画を立ててたのに全部ご破算だ。頭痛いぜ」
飲み干した湯飲みを置いて一夏が苦笑する。
「狡いことを言うなら、千冬姉に声を掛け続ければ何か反応あるのかとも考えたんだけど。この一週間みんなの機嫌を悪くさせるだけなら潮時だ。結局何も変わらないままだったな」
現状織斑千冬の存在感と圧力を打ち破るのは難しい。世界最強『ヴァルキリー』の名は伊達ではない。
それでも一夏が姉への不満を漏らさないのは……。
「本当に織斑先生を信頼しているんだね」
「千冬姉の弟をやめることは出来ないからな。だったらとことんまで付き合うだけだ」
「……ごちそうさま」
食事を終えて、ごちそうさまと日本式の合掌礼をするシャルロットだった。
*
食堂を出た一夏とシャルロットは、そのまま登校することにした。
同じ道を歩く顔見知りたちに挨拶しながら、一緒に歩く。
「ラウラの言う通りに足止めされちまったな」
「別にそんなつもりじゃ……」
「わかってるって。でも良かったよ。俺もシャルと色々話せて楽しかったし」
「もお、すぐそういうこと言うんだから……」
「何がだ?」
シャルロットはこの疑問顔をどこまで信じていいのか、ちょっと不安になる。
なにより困るのは、今の状況を嫌がっていない自分がいることだ。少し赤くなった顔を一夏に見えないように隠しながら、校舎までの短い時間で話せる話題がないものか、考えている。
(ラ、ラウラが一夏を引き留めろって言ったんだからね。僕も好きでやってるんじゃないよ!)
内心で言い訳を並べながら、横を歩く少年の存在を意識する。
シャルロットは自分が男の子と並んで歩いていることを不思議に感じた。一年前からは考えられない変わりようだ。
シャルロットは元々政府主催のジュニア向けIS訓練に参加していた。当時は普通科の学校に通いながらだったので、厳しく慌ただしい日々だった。ISパイロットカリキュラムへの参加は母からの強い希望と伝手で始まっている。おそらくは父や“彼”のことと無関係では無いのだろう。
だからこそデュノア家に引き取られてからの代表候補入りも、さしたる問題もなく承認されIS学園へ編入出来たのだ。
母の助けになる。期待に応える。その一心で訓練していた頃が遠い昔のようだ。
一夏の状況も少しずつだが変化している。入学から半年以上が経ち、それほどには騒がれなくなっている。
生徒会による一夏貸し出し活動も、ある程度のローテーションが出来上がりつつあり安定し始めている。学園内そこかしこで一夏を見掛けるようになった。
「これからの事を考えて、僕たちも色々変わっていかなきゃいけないね」
「想定していた猶予期間を打ち消されたけど、ゴールは変わらないからな。本気で一晩で強くなれる方法とか知りたいぜ」
「付け焼き刃って良い日本語だよね」
「メタルコーティングって言い換えると強そうだな!」
「やってみる? 自分の身体で物理的に」
「全力で辞退する。やっぱり不断の努力が一番だ」
笑顔のシャルロットと一夏だが、内面は逆方向を向いていた。
「とはいえ、練習時間を無意味に増やしても効果は薄いからな。次の休みにこの前から先延ばしになっているアレに当たってみるか」
「それってどれぐらいISに関わっているのかわからないんでしょ。こそこそとやらないで箒に聞いてみたらいいんじゃないかな」
「俺の予想が当たっているなら、箒は全部を忘れているか、致命的な事を隠しているのどっちかだ。入学してから白式に乗るまでは箒と練習してたんだけど、やったのは剣道だけだった。その間俺は一切ISに触っていないんだぜ」
「え……?」
自分がまだ転校する前の話に、シャルロットは驚いた。一組のクラス代表を選出するために一夏とセシリアが試合をしたことは聞いている。
しかしそれではまるで、一夏を白式以外の機体に乗せないよう箒が行動しているみたいだ。
「あの時は剣道なんて無意味って思っていたけど、身体の感覚を取り戻すのに役に立ったな。なにより篠ノ之流を思い出す呼び水になったんだから」
剣道の練習と銘打っていたが、一夏と箒だけで刀を重ねれば二人の基盤となっている篠ノ之流古武術が浮かび上がってくる。
ISに搭乗している時にしか扱えない裏奥義などというふざけた技を伝える流派である。それこそ裏を返せば、ISで使うことを前提にしている古武術というおかしな存在を一夏が想起する切っ掛けになったのだ。
「あいつのことだから、そんな器用な隠し事ができるわけないし。千冬姉の指示だとしても、態度に出ると思うんだ。だから忘れているっていうのが一番合っている」
自分と箒にあった記憶の齟齬は、六年前の事件より前の事だ。だから一夏は箒が欠落した時期をあの時と見ている。そしておそらく、十年前の自分も箒と同じ異変を受けたのだ。
ISと織斑一夏と篠ノ之箒を繋げる糸が、記憶の欠落から見えるなんて。一夏も気が付いた時にはとても信じられなかった。
シャルロットが消極的に一夏を見上げる。
「篠ノ之博士からの線もあるけど……」
「たぶんそれで正解だ。箒が記憶の一部を無くしているのを知った上で、俺のことを吹聴できる人は束さんだけだし。あの頃の箒が背景を理解しているなら、束さんからの接触を黙っているわけがない」
「たしか、まだお姉さんを疎んでいたんだよね」
「箒は去年の段階で『紅椿』のことを聞いていた。名前はともかく専用機を用意しているとか束さんから言われてた。でも受け取ったのは7月の誕生日になってからだ」
「その頃は、まだ姉妹の間でも距離を置いていたんだ……」
「アイツも授業で実習が始まるまで打鉄にすら触っていない。束さんのことを嫌ってながらも、ことISに関係することには信頼しているんだからな」
「……たしかに博士から一夏とISに関して警告とかされたら、大事を取って行動しちゃうかもね」
それが自分にも関係しているのかもしれないと感じ、学園のISとも距離を置くことになった。
箒の行動方針を考えると、一夏が白式を動かしても問題がなかったからISへの警戒を解いたとも見える。そして言が正しかった姉への信用も、徐々に上がってゆく。
「ってことで、箒に篠ノ之神社の天女伝承を聞いても、ISを関係付けるものは出てこないと思うわけだ」
「最初に聞いた時は、いったいどうしたんだと思ったよ」
一夏の考えは非常に子供っぽいものだった。
古くから伝えられる天女や天使、人魚といった女性型の魔物。それに加えて人が空を飛ぶ伝説や、剛力瞬足と称えられた武人たちがISの力を得たものだとしたら……。
一部の界隈であるにはあった笑い話だ。本当に一部の人たちが本気でそういう方向の研究をしていることもある。せいぜいバラエティ番組のネタになるのが関の山だが。
「そんなのはオカルトの領域だよ」
「何も出来ずにいるよりは、何かしていたいんだよ。地元を探せば資料があるはずだし」
しかもなぜか一夏はそういう方向の人たちと同じように乗り気だった。
「妙にやる気だしてるよね。なにか確信でもあるの?」
「楽しそうっていうのもあるけど。純粋に自分が使っている技の系譜を調べてみようってだけだよ。オカルト興味じゃないって」
「ホントかなー?」
どうも信用の反素粒子が一夏から放出されている気がしてならない。
しかしシャルロットの疑惑の視線を物ともしない一夏である。
「そういえば、シャルのウチの方はどうだ?」
「あいかわらずだよ。ISに関することは連絡が来るけど、会社とか代表候補の話にはまったく触れてこない。僕も箒に何か言える立場じゃないんだよね。一夏みたいにもっと自分の源流を調べてみなくっちゃ」
「おう。互いにがんばろうぜ」
シャルロットの肩を軽く叩く一夏。
自分が向かい合っている事態の大きさを理解しているのか疑わしいが、この明るさと打たれ強さが織斑一夏だ。
内向気味なシャルロットは素直に羨ましく思う。自分が助けられたこともあるが、こういう暖かな強さに惹かれているのかと、乙女心を意識してしまう。
「一夏はさ、何がやりたいとかあるの?」
「前はあったんだけど、今は再考中だ」
「それって、どらぐらい前なの? 小さかった頃の大人の職業に憧れたってだけじゃないよね」
「……IS学園への入学が決まる前までさ」
おどけた態度で一夏が笑う。これまでとは少し違う笑い方だった。
「あっ……」
シャルロットは自分のミスが気が付いた。
世界唯一の事例というだけで色眼鏡が掛けられてしまうが、この学園に通うことですら一夏からしてみれば周囲から強引に押しつけられたことなのだ。
シャルロットが謝ろうとする前に、一夏は話を続けた。
「ほら。うちは事情がアレだろ。だから奨学金制度と、返済免除項目がわかりやすいところに行きたかったかな。将来は学校の先生になるのかなって漠然と考えていた」
「一夏が、せん、せい……?」
なぜだろう。
もしもの話でしかないはずなのに、ありふれた単語の連結でしかないのに、莫大な不安しか感じない。
「制度を細かく見ていけば、少し変わってくるんだろうし。早くに働くことが目的だったから、教員課程の大学行くかは解らなかったけど。選択の一つではあったよな。だから4月に千冬姉が教師やっているところを見て、すっげえ驚いたよ。いろんな意味で」
「……うん。一夏がISを動かせることが解ってよかったと思うよ」
「そりゃシャルと出会うにはIS学園に入らなきゃいけなかったけどさ、きらきらした笑顔でどうしたんだ。何か良いことでもあったか? 朝飯が超旨かったのとか?」
「ちがうよ。世界の選択に少しだけ感謝をしたんだよ。運命ってあるものなんだね」
シャルロット・デュノアは心から神様に感謝を捧げた。
この流れでご飯の味を引き合いに出せる思考の柔軟性は賞賛するが、一夏がそれを教育者として生かせるのか果てしなく疑問なので、現在の世界の在り方をちょびっとだけ肯定することにしたのだった。
***
この数日はピリピリと似つかわしくない空気を帯びた一年一組だったが、元凶の一人が行動を控えたことで多少の宥和を得た。
それでも本日最後の時限がチャイムによって締められると、溜め息のような弛緩する空気が教室に発せられた。
しかし気を緩められたのは一瞬だった。
「そうだ、千冬姉」
一夏が何の気なく姉に話しかけた。
(もしやこの男は趙雲子龍並の肝機能を有しているのか!?)
教室空気が全て針になるほどの緊張感を孕む。
「これから洗濯で家に戻るからさ。この前出した冬物でサイズがあわなかったり、寮の収納に収まりきらなかった分をわけといてくれよ。持って帰って片付けるから」
完璧に空気を読まずにおかん系スキルを発揮する一夏。
眉をしかめた千冬が出席簿を弟の頭に振り下ろした。
「あいだっ!」
「ここで個人的な話をするな。やりたければ勝手にしろ」
足早に教室を去る千冬を見送ると、今度こそ嘆息が漏れる。
叩かれた頭を抱える一夏を尻目に、みんなが何事もなかったように三々五々と散ってゆく。
「ああ、待ってよ。ラウラ」
シャルロットは無言で教室を出て行くルームメイトを追った。ここのところ一夏-ラウラ間の問題から専用機持ちでの放課後特訓が行われていない。
シュバルツェア・レーゲンが量子格納修復中ということもあったが、完全にラウラが臍を曲げていたためだ。
ずんずんと足取りからも不機嫌がわかる歩き方で廊下を進むラウラ。
その小さな背中にシャルロットが続く。ラウラの脚がアリーナ群でも部室棟もない場所に向かっているのに気付いて、慌てて横に並ぶ。
「今日は整備室にいくんじゃないの? 直った機体の調整もまだ完全じゃないんだし。今度のバトルロイヤルまで時間がないんだから、早くやっておかないと」
「優先すべき別件がある。用事が澄めば茶道部に行くが、お前こそ部活に行かなくてもいいのか?」
「後で顔を出しておくよ。でも今はラウラの方が心配なの」
「嬉しい言葉だが、私は大丈夫だ」
歩く速度を落とさないままラウラは校舎棟を出て、管理棟の事務所前まで来た。シャルロットも小走りでついて行く。
「ボーデヴィッヒだ。受け取りにきた」
着くなり受付に一言。
「いつものね。来てるわよ。先にこっちを書いておいて」
対応に出た事務員が手慣れた様子で必要書類を差し出してから、奥に下がってゆく。
ここは外部から在籍する生徒宛に届けられる荷物などを一時預かる窓口でもある。
興味心をくすぐられたシャルロットがラウラが書き込む受領申請をのぞき見ると、本国の所属部隊からの手紙が来ているようだ。
……なにか、腑に落ちない。
事務員が今時珍しい封書の束を持ってくる。
「はい。これが今回の分。いつもより多めかしら?」
「確かに受け取った」
受領書類と交換で手にした物を、ラウラはじっと見つめた。
「どうしたの?」
突然動きを止めた相方を心配して、シャルロットが屈み顔をのぞき見る。
ラウラは一度左目の眼帯に触れてから、開いた片目で憂えてくれる仲間をしっかりと見据える。
「シャルロット、話がある。今晩、時間をくれ」
いつもまじめなラウラ。世間知らずな部分があり、時折真剣な顔で間の抜けた言動をすることもある。転校した頃は本気で戦いもした。戦いの中で鬼気迫るラウラを何度も見ている。
それでもシャルロットは、この時ほど意志を固め決意を秘めた彼女を初めて見た気がした。
*
そして、その日の夜。シャルロットとラウラの部屋では、ベッドの上で二匹の猫がじゃれ合っていた。
「最近グルーミングしてなかったからねー、えへへー」
「だからなんだというのだ」
パジャマ姿のシャルロットがべたべたとラウラを撫で触る。頬を寄せてすり寄り、抱きしめる。
風呂から上がり放課後の続きを話そうとしたラウラを、シャルロットがベッドに誘いハグしていた。
色白のラウラが湯に暖められ、ほんのりと朱を帯びているところを見てやってみたくなったのだ。
「うーん、ラウラはちっちゃくてかわいいし、やらわかくて気持ちいいー。お風呂上りだからいつもより暖かぁい」
「言っておくが、私の嫁は一夏だけだぞ。貴様の手込めにはならんからな」
「ひどいなー。でもラウラだったら一夏が相手でもがんばるよ」
「私が御免被る」
「ちぇー」
ちょっと前までは抱きつくと困惑してされるがままだったのに、ラウラは徐々に抵抗力を身に付けつつある。シャルロットには少し残念だった。
「いいから話を聞け。私たちの根元にも関わる重大な事項がいくつもあるんだ。茶化すのもここまでだ」
シャルロットを押しのけて、ラウラがパジャマのファスナーを下ろす。白い素肌が臍下まで露わになり、ラウラは辛うじて隠されている股下に腕を突っ込んだ。
「ちょっと、なにしてるの? っていうか、また下着付けてないじゃないか!」
「就寝時は外しておかないと寝苦しいし、型崩れするんだぞ」
「それは上だけの話で、一部の大きい人だけだよ。ラウラには関係のないことなんだら、きちんと履きなさい! 素肌着なんかしたらパジャマが汚れちゃうでしょ」
「なるほど。そちらのほうが重要だな。後で直しておく。それよりもだ」
シャルロットの抗議もどこ吹く風で、ラウラがアニマルパジャマからケーブルを取り出した。
突然のことに訝しむシャルロットだが、ラウラが差し出す物がシュバルツェア・レーゲンから伸びたユニバーサルケーブルのコネクタであることに気が付いた。
「これは?」
「部隊から届けられたデータは既にISに読み込ませてある」
パジャマのファスナーを胸下まで戻したラウラが、シャルロットの目の前でほれっと誘うように振る。ラファール・リヴァイヴ・カスタムに繋げろということだろう。
先週は
「本気、なんだね……」
「私は冗談が苦手だ。芸能には向かないと自分でも思っている」
「ラウラは今のままで十分だよ。少なくとも僕は楽しいし、もっと一緒に居たいって思ってる」
「今日は告白されてばかりだな。ならば今からは私が明かす番だ。……まずは認識を合わせる必要がある。最初からトバして行くぞ」
「お手柔らかに」
苦笑いのシャルロットは、ラウラから受け取ったケーブルをペンダントに繋いだ。自分の目にだけ見える
少しだけ出来た待ち時間に、シャルロットは小さな謎を問いかける。
「いつも一緒にいるのに、ラウラだけいつのまに外部と連絡を取ったの?」
「いつももなにも、今日はお前も一緒に居たではないか」
「もしかしてあの手紙が……?」
「そうだ」
ルームメイトの疑問をラウラが肯定する。
ISの
それほどの高性能だけに、各国の軍は自陣営内の利用にかんしても厳しい管理と制限を徹底している。
なぜなら
だとしても、これほどの高機能を簡単に切り捨てるのも惜しい。そこで容易かつ堅実な対応策が立てられた。軍用車両航空機の前例に洩れず、IS機体には運用ログレコーダーの搭載がなされている。それを
ラウラが本国の原隊と連絡を取るなら、当然この
EU次期IS統合配備計画『イグニッション・プラン』の参画者が、計画の存在自体に疑問を呈することをはばかるだけではない。ラウラは織斑マドカの存在に、EU各国と
ラウラがいくつかの封書をサイドテーブルから取り出して見せる。
暗号にアナログな手段を混ぜるのはよくあることだ。信頼ある人間だけが復号出来るというのは暗号をより強固にさせる。
「いったいどんな手紙なのか気になるけど、そんな重要情報を含んだ物を残してもいいの?」
「本命はすでに処理済みだ。ここに残っているのはフェイクとして郵便に投函するものになる。お前に見せても問題ない。寧ろ添削をしてくれ」
「添削……?」
不似合いな言葉と一緒に差し出された手紙の宛先を目にする。
『□●△編集部 ▼×■先生宛』
「……え? あれ?」
どこかで見たことのある名前だと記憶を掘り起こすと、寮の休憩室で誰かが持ち込んだ雑誌に思い至った。有名な少女漫画雑誌と漫画家の名前だ。
要するにこれはファンレターなのだ。
内容を理解したシャルロットの全身から力が抜けた。
ドイツから直接編集部に送るより、一度ラウラを介すれば国際通信分の送料を軍通信費の名目で帳面に付けることが出来る。思いっきり備品横領かつ施設私物化である。
(だいじょうぶなのかな~? ラウラの部隊……)
別の意味でルームメイトが心配になってきた。
「どうしたのだ。急に崩れ落ちたりして。体調がすぐれないのか?」
「僕は平気。慣れれば問題ないはずだから」
「慣熟訓練は重要だからな」
「そうじゃないんだけどな~……」
ゆっくりと立ち直るシャルロットの横では、ラウラが疑いの眼差しを向けていた。
「もしやこれを備品私物化と思っているのか」
「ラウラの暗号を誤魔化すっていうのは解るけど、便乗感は拭いきれないよ」
「ふ、甘いな」
(なぜにここでどや顔に……)
「名目は現役のIS部隊との交流で、対象は私が所属する茶道部。もちろん学園事務方に文通の許可は取り付けてある。立派な仕事の一環なので、何も問題無い」
シャルロットがぽてんとベッドに横倒しになった。
大丈夫じゃないのは学園側も同じだった。色々と緩い学園とはいえ、一国の秘密通信を素通りさせているのはまずくはないだろうか。茶道部員たちをラウラが騙した形になっているわけだし、心配になる。
「さらに部長たちが手紙の枚数をやりくりすることで、途中で数枚抜け落ちても誰も気づかない。具体的に言えば、翻訳困難として処理された手紙には、私がドイツ語で返事を書くことになっている」
がっつり共犯だった。アタマイタイ。
「らしくない説明台詞からして、この仕組みってラウラが考えたんじゃないよね。黒幕は誰?」
「部長は真の華道家だ。華には飾られる容姿だけはなく、誇るべき命がある。根を切りながらも華は活けられると表現される。その意味を見つけだすことが、華の道なのだ」
「確か二年生の先輩で、実家が華道やっている人だっけ……」
芸術家の側面を持つ故に、他人の影響を受けやすいラウラへの浸透度が高かったようだ。一度は茶道部を見学した方がいいかもしれない。今後はちょっと気を付けよう。
そうこうしている間に、データリンクが終わった。身を起こして座り直す。
渡された情報を開くと、ずらずらと独語で項目が並べられていた。その一番上、最初に目に入った単語にシャルロットは息を止めて硬直する。
よりによってこれなんだ……。
『第二の男性IS操縦者シャルル・デュノア』
「勝手に調べて悪かったとは言わんぞ。これについては他国も半信半疑だ」
「ひどいなー。僕はちゃんと女の子なのに」
「シャルロット、ここで誤魔化しは無しだ」
苦笑するシャルロットを、ラウラは押し止める。
「お前が性別を明かしたことが、まさかカモフラージュだとは誰も思っていない。工作としては完全に成功している。誇れよ」
「騙した相手を称えるって、軍人っていうより日本の武士道っぽいかも」
「誉めるなら突き止めたウチの部隊の諜報係にしてくれ。きっと喜ぶ」
「ラウラの原隊は色々と特殊そうだから、やめておくよ」
「そうか。残念だ」
若干身を引くシャルロットを気に留めずラウラが続ける。
「性別を偽ったお前を学園に送り込んなぞ、フランス政府とデュノア社への不信にしかならん。それなのに何を馬鹿なと思えば、一番に喧伝したいことだったのだな」
視界中の資料がラウラのイメージインターフェースで手繰られ、あるデータを映し出す。
顔写真のない文字だけの簡素な書面に、ある少年の個人情報が綴れていた。生年月日、血液型、身長、体重、国籍。そして名前の欄には……。
「現実に、お前とは別の人間として、シャルル・デュノアという男性IS操縦者が存在する。つまりはシャルロット、貴様の弟だ」
「あぁ、やっぱり僕より背が低いんだ……」
「まるで弟を初めて見るような言い方だな。お前はどこまで知っていた?」
「僕もね、シャルルがISを動かしているところを一度も見たことはないんだ。一夏のパイロット適性が発覚してから、半ばローラー作戦っぽく始まった男性向けの適性再検査があったでしょ。あれが始まってからすぐに父からの連絡があって、代表候補入りとIS学園への転入が決まったんだ。準備と手続きで忙しくて、シャルルどころじゃなかったよ。多分そのタイミングでシャルルがISを動かせることが解ったんだとは思うけどね」
「本当にIS適性のある男性なのか。お前には知らされていないのか」
「それどころか顔を会わせたこともないんだ。僕はシャルルの顔を写真でしか知らない。僕は彼に、名前を使ったことを謝らないといけないのに……」
正直、弟だと言われても実感がない。継母の息子には畏怖しか感じない。母にして苛烈にシャルロットをなじったのだ。シャルルが異母姉の自分をどうおもっているかなんて考えたくない。謝りたいと言ってはいるが、それですら償いで、下手に出ることで赦しを請おうとしているのだ。本心ではシャルルに怯えている。そんな気弱な態度では、
「どうあっても、僕はお姉ちゃんって柄じゃないよ」
「学園とフランスの言い分として、彼は一度この学園に入学し、お前と入れ替わりに国に戻ったことなっている。お前がこの学園に居られるように、整合性は取られている」
「最初から僕の事がバレてもフォローされたんだ。それじゃあ僕がしたことって、なんだったんだろうなぁ……」
シャルロットの視線が、映し出されている資料をすり抜け遠くを眺める。
どうにでもなれ。自爆覚悟の詐称暴露だったのだが、いつまで経っても何も起きない。夏休みの前に織斑先生が事を預かると言いだし、肩透かしを受けたことを遅蒔きに知るほどだ。今だってラウラが切り出さなければ、自分の立場すら解らなかった。
シャルロットはベッドの上で膝を抱えて丸くなった。
「僕は一夏のおっとり具合を攻められないね。シャルルが怖くて閉じ篭もっているんだから……」
「組織立った計画を一個人で止められるものか。それに作戦の成功を下手に気負うんじゃない。うまくいったことを悔やむより、幸運に感謝して次を見ろ」
ラウラがシャルロットの真正面から両肩を掴み、顔を上げさせる。潤みを帯びて僅かに歪む紫の瞳を、赤い隻眼がしっかりと見据える。
「政府や会社が何を考えているかよりも、お前が何をしたいのかの方が大事だ。目標を見誤るな。お前は今ここにいる。IS学園の生徒なんだ。少なくとも私はルームメイトがお前で良かったと思っている。それだけでは不安か?」
「ラウラ……。うん、ありがとう」
「まだまだ一項目なんだ。落ち込んでいる暇はない。続けていくぞ」
息を荒く吐いたラウラがシャルロットの横に座り直す。
シャルロットは身を寄せて、小さな相方の肩に頭を乗せた。
少しだけラウラが眉をしかめたが、身じろぎもせず話を続けてゆく。
「とはいえ、フランス政府の思惑はおおよそ掴める」
「他の男性操縦者を発見した国への牽制だね。結局、男性操縦者ってどれぐらい見つかったんだろ?」
「主要国で行われたのは、一夏を指標に15歳前後の男子を対象にした調査だが結果は外れとされている。しかしシャルルの扱い方を踏まえると、数名が出身国により身を隠されていると見ていいだろう」
「時折ゴシップ記事になる程度の話題だけど、関わりのある僕としては笑えない推測だなぁ」
「シャルル関連では、もう一つあるぞ。彼がフランスに戻った理由は“専用機の作製”だそうだ」
「ゑっ?」
驚き過ぎて変な声が出た。
飛び起きたシャルロットはラウラの胸元から延びるケーブルを追って、自分の胸に飾られるペンダントを見る。シャルロット・デュノアの専用IS。ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡの待機状態。つまりシャルル・デュノアのカスタム専用機はここにある。それなのに専用機を受け取るなんて、一体……。
「もしかして、それって」
「そうだ。デュノア社が第三世代ISの開発に成功したとの情報がある。なにか聞いているか?」
激しく首を振る。全くない。全然聞いてない。
「よかったな。在籍の理由に付け加えて、専用機保有の名分もばっちりだ」
「ああ、そうか。元からリヴァイブ・カスタムが僕用で、シャルルを新型第三世代でデビューさせるためだったのか。だから調査用でしかない白式の情報収集なんて変な命令が来てたんだ」
国の視点から見れば白式のデータにも利用価値があるものかもしれない。しかし次期主力ISの開発を目的にするデュノア社が、男性用機体を欲する理由が解らなかった。白式が篠ノ之束の製作だと解るのは夏以降のことで、転校当初は目的の不鮮明さに困惑したことを思い出す。
「白式周辺はさらに奇っ怪な状態になっているがな。お前は白式の情報をどれだけ国に流した」
「見た限りは報告したよ。っていうか、これは他の専用機に関しても同じだけど」
「代表候補生として学園に入っている以上は、当然の義務だからな」
IS学園に入学する生徒の内、何名かはどこかの国や組織から諜報役として送り込まれた人間だ。
学園はアラスカ条約に適用特別除外地域と定められている。ISに関する機密情報の坩堝なのだ。
情報収集に強引な手段を使ってはいらぬ衝突や危険にさらされるが、正式な手続きを踏んで入学する分にはなにも問題ない。
今年の入学前の予定では、英国代表候補生セシリア・オルコットの多面制圧兵装ブルー・ティアーズが標的になっていたはずだった。これに対して入学直後のセシリアがどうような様子だったかは仄聞する程度だが、予想に違わず酷く気を張っていたそうだ。
シャルロットたちが放課後に専用機同士で練習することも、これらに起因する。専用機持ち代表候補生同士での不可侵と相互保証が目的だ。練習で明かされる情報には規制を掛けない変わりに、他の生徒を経由しての漏洩を防ぐのが目的である。二学期からは箒の紅椿に第二形態にセカンド・シフトした白式≪雪羅≫も加わって、さらに機密度の高い練習になっていた。
これらには当然、専用機持ちが一夏を独占していると一般生徒たちから文句が出たが、一夏の解放を部活動のみに絞った生徒会長の計らいで、白式のデータを広められることなく収まっている。
「あれ、でもこれって……」
ここまでの流れでおかしな箇所がある。
シャルロットに必然性を越えたスパイ紛いの諜報命令が出されたのは転校直前だ。
白式の機体情報が欲しいのであれば、開発元の倉持研究所に問い合わせるだけで終わる。それなのにIS学園でわざわざ本体からデータを吸い上げようとしていた。シャルロットも最初は、開発に直接利用するより一夏を含めた白式の情報を使って他所と取引する為だと踏んでいた。しかしそれが本命であるシャルルの専用機開発に利用するためだとしたら、話は変わってくる。
男性専用ISが必要というのなら、それこそシャルルをテストパイロットにして試験を行えばいい。その上で第三世代の要件を満たした男性専用ISの作製を視野に入れるのならば、白式を標的にするのはおかしい。公式には一夏がどれだけISを動かせるのかを調査する試験機体なのだから。
一学期の時点で第三世代機の開発に白式のデータを直接参照する理由があるのなら、日本政府が用意した織斑一夏の専用機が調査用のISなどではなく、篠ノ之束博士製作の第三世代を超える特別機だと事前に知っていなければならない。
つまりフランス政府もしくはデュノア社は、倉持技研が白式を開発したのではないことを知って、いた……?
はっとしてシャルロットが思考の海から浮かび上がると、目の前でラウラがにやついていた。
「お前と白式の関係がこうして繋がるのは面白いな。実に面白い」
「なんで楽しそうなのさ。デュノア社のイグニッション・プラン参画遅延が、技術的な問題じゃない可能性も出てきちゃったんだよ。もしも男性用機体の開発をしていたからだとしたら……」
「さすがにそれ考えすぎだ。一夏やシャルルの発覚時期より前に男性用ISを開発してはいないだろう。扱う者が存在しない無用の長物に心血を注いでどうする。お前がバラした時の帰国理由に使える程度には同期しているはずだ」
「そうなると僕に白式へのスパイ行為をやらせたことは方便だったのかな?」
「さあな。そればかりは指示を出した人間に聞いてみないことには解らない。もしくはパンドラの箱を小突いてみるか?」
白く細い指先が、シャルロットの首から下がるISを指し示す。
「このラファール・リヴァイブに何か情報が隠されているっていうの? 少なくとも僕が見た範囲には怪しいところはなかったよ」
「対外的な交渉を成立させる為、シャルルでも扱えるように調整はしてあるはずだ。フランスの第三世代が白式を必要とするのかどうか、手掛かりぐらいはあるかもしれん。今ならこちらから仕掛けることが出来る」
ラウラの指が二人を繋ぐケーブルを摘む。
シャルロットが意図的にセキュリティを引き下げれば、シュヴァルツェア・レーゲンで直接接続のハッキングを仕掛けるという仕草だ。事前に通信ログを残さないように用意していたことも効いている。
「だがリスクは高い。パイロットの許可があったとしてもシステムの受動的カウンターはなくならないだろうし、それらが潜伏型のアラートだった場合、後日探りを入れたことが発覚する恐れもある。行うかどうかの判断はお前に任せる」
「危険の割合が高いからやめておこう。不確かなことが多いから、空振りするかもしれないし」
シャルロットの言葉に、ラウラも頷いてケーブルを放す。
垂れ下がる繋がりを見下ろして、シャルロットがつぶやいた。
「……僕は必要にされていたのかな」
これまでのやりとりから、政府とデュノア社はシャルロットに何一つ確かなものを持たせていない。仮初めの立場に代替えに残された専用機。本来の人物には新型が用意され、自分は彼の影に怯える小心者でしかない。なんだか急に惨めになってきた。
「影武者の条件を知っているか?」
唐突にラウラが切り出した。繋がりの解らない話ということは、また誰かの入り知恵だろう。
「知らないよ……」
「信頼だ。それも相互の繋がりが必要なのだ」
意気揚々としたり顔で語り出す。
「中東の国で大統領の息子に影武者を強制されたという男がいた。息子と男の容姿は瓜二つで、何年にも渡って諸外国を欺いた程だ。しかし強引な命令で執行された故に、後年男によって替え玉の件は暴露されてしまった。権力の切れ目が縁の切れ目だったのだ。一方で古代中国では、外見が似ても似付かない影武者の逸話がある。当然敵方には一目で看破され影武者は即刻処刑されてしまう。だが殺された影武者は一時でも主君の命を長らえさせたことを誇っていたという。お前はどちらになりたい。シャルロット」
「どっちもやだなぁ……。贅沢が言えるのなら、人間関係は後者の影武者さんで、最後は生き残っていたいよ」
「それなら、やるべき事は決まっている」
「どうみても蚊帳の外に放り出された状態なんだけど、僕に何か出来るの?」
「もちろん“おねえちゃん”だ!」
絶句した。
自信満々に上向き加減で胸張って鼻息荒く断言する独軍IS部隊隊長の少佐殿を場違いにカワイイと思う程に言葉を失った。
「姉、良い言葉だ。生まれながらにして全ての上位者、時には我が侭で傍若無人に、また時には妹弟の苦悩負傷罪科を優しく包み込み女神。姉より優れた弟など居ない! シャルロット、お前はその姉なのだ!」
テンション高いなー。織斑先生が一夏のお姉さんだからなのかな。でもこれは自虐っぽい部分もあるから、ちょっと違う気がする。
「もしかして茶道部って日本の漫画がたくさんあるの?」
「厚い薄いを問わず幅広くそろっているが、それがどうした」
「あ、うん。なんでもないよ」
やはりあの部活には一度お邪魔する必要があるらしい。
変な勢いに流されがちだが、ラウラが伝えたいことは解る。
「事の要にシャルルがいるんだから、直接話をつけようってことだよね」
「わかっているではないか。こちらでは所在を掴むまでに至らなかったが、お前ならば繋げられるのではないか?」
「僕はシャルルに苦手意識を持っているんだけど……」
シャルロットとシャルルの関係は異母姉弟になる。
本妻である継母はシャルロットへの敵愾心を隠しもしない。その理由はシャルロットの母親が彼女を裏切ったからだ。親友と信じていた人間が、自分の婚約者と密通し子供まで産んでいた。継母から見れば許されることではない。シャルロットを身籠もった母も友人は愛憎が激しいと知っていたから、何も言わずに距離を取ったのかもしれない。それが裏切りと受け取られると知っていても、当時でさえ和解できない状況だったのだろう。
時が過ぎ、巡り悪く継母の子供は男で、逃げた友人は娘を授かっていた。跡継ぎという意味では盤石のはずだったが、ISが公開されてからの十年で性差の価値観は逆転し、継母の立場は危ういものになった。
そしてデュノア社が経営不振に陥り雲行き怪しい折りに白羽の矢が立てられたのは、代表候補入りの資質十分なシャルロット。かつて裏切った友人の娘。シャルルの立ち位置を全て塗り替えられる存在。皮肉なことに、姉弟で名前が似ているのもかつて母親同士が戯れの雑談で交わした話題だった。
何もかもが幸福な時代を逆撫でるような仕打ちに本妻の神経は削られていった。そんな小娘に自分の運命をゆだねなければならないとは、継母も強くシャルロットの母を呪ったことだろう。自分の全てを母と娘に奪われるのではないかと疑念に駆られた継母は、出会い頭シャルロットに辛辣な挨拶を叩きつけることになった。
あの言葉は、本当にそう思ったから出たんだろう。僕は盗むつもりなんて、どこにも無いのに……。
シャルルに連絡を入れようものなら、あの継母が黙っているはずもない。そんな状態で本当に接触が果たせるものだろうか。
もし連絡が付いたとしても、自分と弟は名前を伝え聞く程度の仲でしかない。互いの人物像さえあやふやだ。いや、シャルルの方は母親の言動からネガティブな印象を持っているだろう。どれだけ手を尽くせば協力を取り付けられるのか、目標が果てしなく遠くに見える。
「無理だよ。何に気をつければいいのかすら解らないんだから、やりようがない」
「家族と話すのに、理由や動機などいらん。相手を知りたいから会話する。それだけでいいだろうが。国家代表候補や会社などはこの際関係無い。お前の家の問題なのだから」
「でも、さ……」
「そんなに切っ掛けが欲しいなら私がなってやる。渦中の小僧に引き合わせろ。お前の変わりに文句を付けてやる」
「どうしてラウラが!? それこそ関係ないじゃないか」
「目の前で同居人に落ち込まれても、うっとうしいだけだ。それを放置できる程、私は冷めておらんし非情でもない!」
熱の入る言葉にシャルロットは押され始めた。なにかラウラがヒートアップし始めている。
「無茶苦茶だよ。何をそんなに怒っているの?」
「今のお前は、教官を前にして逃げ腰になっている一夏にそっくりだ。見てられん。そんなヤツは二人もいらん」
ふんっと鼻を鳴らして、黒猫パジャマが視線を逸らした。
ああ……、そういうことか。
ラウラが怒るのも無理無い。自分だって一夏の煮え切らない態度に苛立ちを感じていたぐらいだ。だからラウラはシャルロットに行動しろと怒った。一夏の時と同じように。
自分と一夏に違いがあるとすれば、ラウラが例えたように相手への信頼が足りない。織斑姉弟と比べられるほどデュノアの家は暖かくない。
だからといって、何もしないのでは何も変わらない。今のままでは、ずっと負い目を感じたまま見えない誰かを怖がっているだけで終わってしまう。
『僕も箒に何か言える立場じゃないんだよね。一夏みたいにもっと自分の源流を調べてみなくっちゃ』
朝に一夏と交わしたあの言葉。会話の流れで出た世辞だったが、こうして向き合うことになると今更に心を強く潰してくる。
自分の番になってよく解るよ。一夏って本当に強いんだなぁ。心臓が潰されるようなプレッシャーを平然と受け止めて、前を向いている。
だったら、僕も見習わなくっちゃ!
良くも悪くも空気を読まない一夏の図太さを真似る。今は例え大火と知っていても、自分の立場を知るために踏み込むべきなんだ。
「なんだ、良い顔も出来るじゃないか」
シャルロットに向き直ったラウラもにやりと笑う。
「具体的な手段は思いつかないけど、気持ちだけでも上向きでいるよ。ラウラに怒られっぱなしなのはイヤだしね」
「手段ならあるぞ。人を探すのなら人伝が一番。所在を知る人間に聞けばいい」
「それって、もしかして……」
「父親のプライベートアドレスぐらい知っているだろう。どこにいるか聞け」
シャルロットの眼前に、冷めた人間ではないと言った側から冷徹な命令を下す軍人がいた。冷めた家族に向き合おうと決めたばかりの少女を、ロケットに括り付けるような所行である。
「えっ……、うん。そうだ。まだお話の途中だからね。明日にでも父さんに聞いてみるよ。あっちも仕事とか、日本との時差とかもあるし……」
「テキストメールなら多少の時差も関係無い。即時の返信を求めるわけじゃないから、その程度で十分だ。だが、行動はしろ」
「で、でも……」
「いいから、やれ。今、やれ。しないのか? しなければ、これからお前のことを“一夏の二号”と呼ぶぞ」
酷い屈辱で退路を塞いできた。どうしてこうも誤解されそうな表現を選ぶのが上手なのだろう。
ラウラは一夏の行動がよほど気に入らなかったようだ。シャルロットがぐずぐずと先延ばしにすることを親の敵のように監視している。仕方なくリヴァイヴのイメージキーボードを呼び出し、しぶしぶ作文を始める。
しかし一夏も変わった人間だ。シャルロットには鼓舞を、ラウラには反面教師を。どうしてこうも身近にいながらも多面的な影響を出せるのだろうか。
「長ったらしい挨拶や身上報告はいらんぞ。要件だけを手短に書け」
誤魔化しきれないレベルで厳しく見張られているので、仕方がなく言われるがままに自分らしくない文体のメールを送信した。
「よし、これで一つ片づいたな」
「僕には始まっちゃったって感じなんだどね……。不安が拭いきれないよ」
「安心しろ。お前だけを苦悩の闇に落とすつもりはない」
神妙な表情のラウラが視界に浮かぶ資料を手繰った。
『VTシステムのレーゲンシリーズ搭載に関して』
「また重い話題が……。でもこれって一応は決着しているはずでしょ」
シャルロットの言葉通り、事の顛末が資料の頭に纏められていた。
一学期に行われた臨時タッグトーナメントの一回戦で、ラウラのISシュヴァルツェア・レーゲンが暴走した。理由は禁止兵装のヴァルキリー・トレース・システムが搭載されていた為だ。
ドイツIS管理側は、試合中の発動は事故に過ぎないとしている。シュヴァルツェア・レーゲンは統合配備計画を目指した試作実験機で、テストの為に新旧の兵装を何度も付け外ししている。VTシステムもその一つで、条約で禁じられる前に検証していた名残だ。その後VTシステムの除装封印処置はしていたので問題は無い。なぜ封印された武装が動作したのかは、原因不明である。ISコアのブラックボックスが関与していると推察する。今後は発動原因を徹底調査し、これをアラスカ条約が定める通り3年後に開示する。
ようするにISが開発途上であることと学園総則を盾に、誤魔化して風化させるという方針だった。ドイツ側の言い分にも一応の筋が通るので、各国もそれほど騒ぎ立てていない。実際にVTシステムの禁止といっても、参加者全員が均一化してしまい競技になり得ないという理由が大きい。開発された当時はアビオニクスの信頼性を向上させる機能や訓練用素材として、とても注目されていたのだ。禁止されているシステムの最新情報が数年後に得られるのならと、周囲も黙認している節もある。
現実にはラウラが一晩でISを修復してしまったので徹底的な調査とやらが不可能になっている。現場、現状、慰留物が保存されていない事件を解決するには、探偵漫画並
管轄の部署にIS委員会の強制捜査が行われはしたが、ドイツ側の発表を覆すものは出ていない。
試合の件は、事故として締めくくられて終わっているはずだ。
「問題はレーゲンにVTシステムが隠されていたことではない。VTの研究所が所属不明のISに壊された。襲撃犯はおそらくゴーレム。もしかすると、あの灰色の少女かもしれん」
「なにそれ、一体どういうこと?」
「つまりドイツ側の主張もIS委員会の捜査も全てが方便でしかなく、真相は別にあるということだ」
あの試合の後、ラウラは千冬の口からシュヴァルツェア・レーゲンに搭載されたVTシステムの発動条件を聞いた。この時点で除装封印が嘘だと解っていたのだ。
そして極秘にされていた研究所の壊滅が、同日の間近に起こっている。当然秘密にしていた研究所が襲われたなどと話に登るはずもなく、ドイツは表向きの責任を扱う場所を仕立て、委員会もそこを調べることになる。一連のやり取りがどれだけ深く静かになされたのかラウラたちからは見えないが、ある程度の役職の人間が動かされたのは想像に難くない。シャルロットが語る通りに、それらの人間が役職の立場から事を終結させたのだろうからだ。
「襲撃してきたISが所属不明機と言われて怪しんだが、これが篠ノ之博士の差し金だとすると、筋道が見えてくる」
世界に存在するISのコアは、その所在も管理者も全て公開されている。そのISがどこの所属で誰が操縦しているのか、解らないはずがないのだ。ラウラが襲撃事件そのものを疑ったのは、誰も知らないISというものは存在しないからだ。しかしこの数ヶ月の学園生活で、認識を改めていた。あり得ないものを作り出す人間がいることを知ったのだから。
「あの博士の性格から理由を考えていくと、試合で一夏を危険にさらした仕返しと、織斑先生のデータを使ったことの二つがあげられるね」
「私もそのどちらかだと思う。念のため部下のISシュヴァルツェア・ツヴァイクも極秘で調査するように命じたところ、やはりVTシステムが隠されていた。しかし謎の襲撃犯はやってきていない。ゴーレムの目的はシステムそのものではないのだ」
「ラウラはさらっと怖いこと言うよね。レーゲン型が全部で何体組み上がっているのかは知らないけど、一斉に襲われなくてよかったよ」
安堵の息を吐くシャルロットと対照的にラウラは沈痛の顔になっていた。
「どうしたの?」
「シュヴァルツシリーズは、現在三号機までが製作され評価試験中となっている。その三機目がVTシステムに関する事項で最も心証悪いものなのだ」
ラウラが指が宙を軽くひっかくと、二人で見ている資料が次のページに変わった。
「現在シュバルツ三号機は最終調整の為、外部研究機関に貸し出されている。こいつがわからないんだ」
「外部貸し出しっていっても、デュノア社みたいな開発会社の系統でしょ。試験の本部隊からなら正式な手続きで調査できるんじゃない?」
「調べられないのではない。なかったのだ」
「もしかして三号機にはVTシステムが無かったことまでわかっているの? 僕が言うまでもなかったね。ラウラの部隊はすごく索敵や諜報に強いんだ」
感心に頷くシャルロットを、ラウラが情緒の無い上目遣いで見る。
「違う。貸与先の民間技術研究所に
淡々とラウラが言葉を並べてゆく。
「もちろん研究所に調整中の機体と称するISはあったそうだ。しかしそれはダミーで、保守部品の組み合わせた張りぼてだった。仕方なくこの件は継続で調べさせている。内容が三号機ISコアの捜索に変わってしまったがな」
シャルロットは現実感を失いそうな内容に頭から血の気が引きそうだった。いっそラウラに嘘だ冗談と続けて欲しいぐらいだ。
厳重に管理運営されているはずのISコアが所在不明になっている。全世界で500に満たない数の希少で貴重なものが失われている。
ISの国家代表は、例えそれが候補生留まりであっても敬われるほどの重役だ。自分のような若輩にさえ、多大な権限と特権が与えられる。当然その分課せられる責務は重い。人類にとって重要なISコアを、今後の発展の為に個人で管理できると認められているからこそ、専用機を持つ代表候補生でいられる。
その概念は国や企業が運営する時でも変わらない。ISコアを紛失したとなると、禁止兵装の利用ですら些末と伏される大問題だ。
「VTシステムどころじゃないよ。早く対応しないと足跡を見失っちゃうんじゃないか! こっそりと調べてないで委員会に報告して……」
予想外の大事におろおろするシャルロットを、ラウラが押し止める。
「私が受領するはずだった予備パーツが三号機の偽装に使われていた。どおりで輸送が滞るわけだ。VT研究施設の破壊後に緊急で搬送したのだな。それでいて
「れ、冷静だね。ドイツでの一大事件なのに……」
「まさか……。ハラワタが煮えくり返る思いだよ」
一夏への怒りとは別のベクトルで頭に血を昇らせるラウラも、まさか保守パーツの取り合いに三号機隠蔽が関わってくるとは思わなかった。
「出来るなら私も本国に戻って直接指揮を執りたい。管理上はまだ研究所にあるとされてる三号機を追いかけたい気分なのだ。しかし今動機もなく学園を離れれば相手側に悟られるだろう。後一ヶ月……、クリスマス前になればIS学園は長期休暇に入る。それまでは部下たちを信じるしかない」
「そうだよね。新型が謎の存在に奪取されたとすれば、大事になるから……」
シャルロットの顔が言葉の途中で固まった。熱くもないのに額に汗が浮かび、細いおとがいをつたり落ちる。
新型ISの紛失。それがついこの前起こっているのだ。ドイツ以外で。よりにもよってIS学園の催し物に乱入というド派手なことまでしている。
「えーとさ。イギリスのBT二号機って、どういう扱いになってったっけ……?」
意地の悪い笑みを浮かべたラウラが応える。
「シュヴァルツ三号機と同じだ」
「うわぁーーー! やっぱりぃーーー!! ラウラは盗んだ犯人までわかっているんじゃないかぁ!」
今度こそシャルロットは頭を抱えてベッドに倒れ込んだ。欧州IS事情がこうも裏側で繋がる事に、恐怖を感じずにはいられない。
「まあ待て早まるな。正確に状況を整理してゆこう。英国のサイレント・ゼフィルスもシュヴァルツ三号機と同様に、書類上は研究機関に貸し出されている。そしてゼフィルスの機体も研究所に現存する。だから学園に来たあれは、ゼフィルスではないという見解だ。あの時のセシリアも、自国の技術陣に真相を究明しろと怒り狂っていたな」
「あー、うん。そうだったね」
「シュヴァルツ三号機とサイレント・ゼフィルスの違いはコアの扱いだ。ゼフィルスのコアは貸し出し先での運用が確認されている」
「まるで僕とシャルルだね。なにもこんなところで似たような手段を使わなくっても……」
ベッドから起き上がりかけたシャルロットが、再び深刻な顔付きになった。眉間に皺を寄せて、深く考えている。
思考がまとまったのか、ラウラに無理矢理笑いかけて切り出す。
「……ねえ、今とても笑えない想像しちゃったんだけど聞いてもらえる?」
「内容が推測できるが、まあいい、言ってみろ」
「シャルルと僕の関係のように、織斑マドカにもシャルルに位置する人物がいて、その人がシュヴァルツ三号機に乗るっていう酷い連想……」
「否定する要素は見あたらんが妄想にすぎんな。マドカに対してのシャルルを想像すれば、一番に上げられるのは一夏なんだぞ」
「そうだよねぇ。でも試作新型を二体も盗む目的がわからないよ」
「少なくともBT二号機とシュヴァルツ三号機を盗んだのは亡国機業で間違いないだろう。コアのあるゼフィルスと、盗まれたシュヴァルツ三号機を関連付けるなら」
「学園に来たゼフィルスのコアは、ドイツ三号機の物ってことかな……」
「こうやって話していると、本気で帰国したくなってくるな」
気軽に動けない我が身を悔やみ、ラウラが歯噛みする。
「思わぬところから織斑マドカの尻尾が出てきたしね。イギリス、ドイツがこんな状態なのを、フランスとデュノア社はどれぐらい把握していたんだろ?」
「その辺りは一度父親を殴ってから聞き出せ。第三世代機の開発遅滞は、強奪を避けるためとも考えられる。まったく知らないということは無いだろう」
「頭と心臓とお腹が痛くなるぅ~」
「こうも第三世代機が盗まれるのは、最悪『イグニッション・プラン』自体が亡国機業の推進で始められたものかもしれんな。奴らにしてみれば成果物を回収しているだけで」
「追い打ちで怖いこと言わないでよ!」
「泣き言をいっている暇も無いぞ。我々の知らぬところで何かが動いているのは確かなのだ」
気合いを入れたラウラが立ち上がる。
相方を見上げたシャルロットは、資料の一部を目にした。
「ドイツ第三世代機三号機の名前は……、“雨”“枝”と来て、これかぁ」
その単語が、篠ノ之神社で束と対峙した亡国機業幹部のスコールや、サイレント・ゼフィルスのパイロット織斑マドカが口にした言葉だとは。シャルロットもラウラも、まだ知らない。