Infinite Stratos First Complete Session   作:石狩晴海

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第二話:カノチカラの兆韻

 日本国I県某所、都市部からやや離れたところにその施設はあった。

 倉持宇宙開発技術研究所。

 正門横に素っ気なく据えられた名碑を、更識簪は自家用リムジンの窓越しに見つめる。

 外来受付の守衛とこちらの運転手が入館の手続きする僅かな時間に、簪は自分がやるべき事を整理し直す。

 週明け最初の日に、朝から車を飛ばして本土の内地に来ていた。

 今日自分がこの場所に居るのは、手ずから調整し完成させた第三世代IS『打鉄弐式』の運用に関する事項を詰めるためだ。

 なぜ日本製第三世代機の開発を放棄した倉持技研に簪が訪れるかというと、打鉄弐式のフレームや重要な部品が倉持技研のライセンスに依存しているためだ。打鉄弐式の開発は元々彼らのプロジェクトなのだ。最終的に仕上げたのは簪だが、機体の全てを独自に調達することは出来なかった。打鉄弐式を正式に日本国家代表候補の専用機として使う為には、無縁ではいられない。

 あの磊落な姉でさえ、ロシア製の機体から技術だけを引き抜くことは出来ずに、自由国籍権を行使してまで学園の防衛にミストレアス・レディを置いているほどだ。ISも重機などと同じく設計はともかく個人で製造することは資材と環境がネックとなりまず不可能なのだ。例外は世界でただ一人だけ。

 簪は思う。本来ならそうしたIS技術に関する圧倒的な量のパテントを持つはずの倉持技研は、アラスカ条約により財産と地位を奪われた形になる。だから動向が消極的過ぎるのだろうか。

 入学直前に梯子を外された時は、倉持が白式開発に乗り気だったように感じたが。この前姉との密談で聞いたように、あれの開発に関しては外部からの圧力によるところが大きいにかもしれない。素直に考えれば、ISの男性操縦者発覚というのはそれほどの大事であるのだから。

(わたしの学園内開発に一切関与しなかったのも、力が無いだけ……、だといいな……)

 倉持技研は霞ヶ関が母体の半公社だ。日本の代表候補生更識簪が管理監督する打鉄弐式の試験運用に横槍を入れてくるようなことはないだろうが、ここで倉持技研に対して有利な立場を明確化させることは、本来の目的を遂行する上で必須と言える。

 そうだ。打鉄弐式の備品保守委託やライセンス締結は外面でしかない。所詮相手はアラスカ条約によって特許許可証に黙って判を押すことしかできないのだから、事務事なんて定例的に流せばいい。ライセンスや特許許可程度、その気になれば書面上だけで済ませられる。それこそ姉の付き人である布仏虚に一言頼めば、ものの数日で終わることだ。

 故にこうしてわざわざ足を運んだ理由は別にある。簪の本当の目的は、白式を中核にして倉持技研に隠されたIS開発経緯のミッシングリンクを解き明かすこと。発言力の低い技研は、そのための入り口に過ぎない。

「かんちゃんってば、こわい顔してるよ~。これから大事なお話があるんだからもっとリラックスしないと~」

 簪の横に座る布仏本音が顔も見ずに指摘する。そう言う無遠慮な相方は手持ちの端末でペコパコとカスタマイズしたタッチ音を鳴らしながら、何かを組み立てていた。強ばる簪とは対照的に、とても楽しそうな笑顔である。

 実のところ、今日は平日で授業は平常通りに行われている。簪は代表候補生の専用機持ちという立場があり、自機の運用に関する会議を外部機関と開くという名目で齣数を確保していた。

 しかし本音は簪の外出に勝手に付いてきただけの、完全無欠にサボリである。だが簪は本音の同席を自然に受け入れ、拒むことをしなかった。

 布仏の姉妹は更識家の付き人という触れ込みだが、根本はもっと深く本家の自分たちを補助するように育成された介添えだ。面倒くさがりな姉には堅実で事務型の虚が、内向的な自分には活動力のある本音が、それぞれ意図的に補助役として据えられている。

 今日の外出に更識家の車を使うことも、本音からの提言である。

『えーっ! あそこに行くなら車が一番楽ちんなんだから、送ってもらおうよ~』

 ジタバタ暴れて駄々を捏ねる付き人を宥めて、家に渡りを付け車を手配したのは簪の方だ。これではどちらが世話をする側なのかわからない。

 簪はそれでも良いと思っている。

 この前の“仲直り”から簪は、本音の言動を極力肯定してきた。打鉄弐式の開発中無碍にしてしまった詫びを込めての意味もあるが、二人の関係が正常には戻っただけでもある。

 積極性に乏しい簪にとって、自分に思いつかないことを考えて行動してくれる本音は、重要な外付け意志決定器官だった。本音は何もしないのではない。簪を促す役を全うしている。アクティビティの高い本音が今回の会議に随伴が必要だと感じたのなら、簪はその補助を受け入れる。互いに産まれた時に決められた役割を果たしているだけだ。

 鼻歌交じりでタイピングする本音を眺めていると、入館許可を得た運転手の女性が戻ってきた。

「駐車場に廻します」

「おねがい……」

 簪の希望に沿った実に短く素っ気ないやり取り。運転手は無言のまま手早く発車準備を整えて、リムジンを研究所内に乗り入れさせる。

 この無口な運転手は、布仏家のように一族ぐるみではないものの簪が産まれる前から仕えていてくれる古株だ。全寮制のIS学園に入るまでは通学や外出で簪の足役を務めていた。急な車の手配にも『いつでも準備出来ております』と応えてくれた信の置ける人物。彼女の運転で更識家のリムジンがゆっくりと進む。

「それじゃ、しゅっぱ~つ。おおぉぉぉ! さすが世界最有力の研究所! すごいねぇ。」

 作業の手を止めた本音が、窓に張り付き研究所内を食い入るように眺める。ウィンドウに押しつけられた頬が赤みのある丸になり、その横に吐息で白く曇った円が描かれる。敷地内を低速で移動して駐車場までの間に、建物の並びを確認する。出発前の打ち合わせ通りなのだが、それにしても本音が妙にハイテンションなのはどういうことか。

 本音は喜んでいるが、何一つ特徴的な物が置かれてはいない。建物も特別にデザイナーを招いた前衛的な外観をしているわけでもない。

 ヤモリ本音が張り付いている窓をぺちぺち叩く。

「尼崎さ~ん。ちょっとだけみぎぃ~」

「………………」

 運転手は無言のまま僅かに車体を揺らす。

「ぅおっけぇ~い。みえたよ~。やっぱり古い所と直した部分の境目が目立つね」

 クライアントの楽しげな返答に、ハンドルを握る尼崎も軽く頷く。

 目立つと言われても、修繕痕のある建物は奥にある一棟だけだ。それも意識して探さないと見つからない程度には繕われている。

 なぜ、そのような痕跡があるのか?

 原因は知れている。数年前のこと、この研究所は謎の存在に襲われた。建物の修繕痕はその時に出来たものだ。公には人的被害も無く、犯人も捕まっている。もちろんそれを素直に信じることは出来ない。多くの人間は篠ノ之束の関与を疑っている。

「白騎士の部品を狙った襲撃……。どうして解体後に機体の一部を……」

 つぶやく簪もIS発祥の地とも言える研究所を観察する。

 直に目視しているのは、最新の情報収集と万が一を想定して見地を取っておくためだ。事前に地図を調べてはいるが、詳細を知るには現物を見るしかない。ここはある意味敵陣なのだから、この程度の用心は然るべきだ。

 緩やかな速度で進んでいた車が、白線で仕切られた停車位置にゆっくりと納まった。

「ありがとう……」

「それじゃ帰りもよろしくねぇ」

 運転手に各々の言葉を残し、二人は会議場所のある第一研究棟に向かった。

 

 受付でアポイントメントを確認して、会議応接用の一室に通される。待ち受けで出された茶を音をたてて啜り、茶請けをもりもり食べる本音を窘めながら相手を待つ。

 程なくして、会議室のドアがノックされた。

 人見知り気味の簪は緊張しながら立ち上がったが、横の付き人が座ったままなことに驚いて急いで引き上げた。

「お待たせしました」

 入ってきたのはスーツを着た四十代の女性だ。柔らかな物腰で淡く微笑んでいる。外見だけではあまり研究者に見えない。

 女性が名刺を差し出し名乗る。

「宇宙技術開発部で部長をしている轡木雪子と言います。今日はお会いできて嬉しいわ」

「こ、こちらこそ……」

 一瞬相手の名字が引っかかったが、この人とは初対面だ。一年前、IS学園を統括する轡木の小父様から関係者を紹介された時に彼女の名前はなかった。偶然姓が同じなだけだろう。

 倉持技研の宇宙技術開発部といえば研究所の根幹となる部署で、白騎士を解体封印したIS開発の始祖だ。先日姉と話した白に対する話題の一つ、ここの所長を縛る(しがらみ)そのものでもある。部署の統括者なら実質的にここの最高責任者でもあるはずだ。わかっていたとはいえ、かなりの大物が出てきたことに簪は身構えた。

 雪子は丁寧にも簪と本音の二人別々に名刺を渡した。返す物を持たない簪が気まずさを覚えるのを余所に、本音はカラープリントされまくりのポップな名刺を取り出していた。

「人生ゆるくの、のほほんです」

「これはご丁寧に。いただくわ」

(そういうの用意しているんだったら、出発前に言って……!!)

 心の中で滂沱を流し、現実でも涙目になる簪。

 風変わりな主従に笑みをこぼした雪子が着席を促す。

「まずはなにより、打鉄弐式の完成おめでとう。よくがんばったわね」

「ありがとうございます……」

「データを開示するのならこちらでバックアップするわよ。もちろん学園にも話を通しておきます。私たちには更識さんが弐式の試験運用に集中できる環境作りを応援するわ」

「……そうしていただければ、助かります……」

 いきなりそこを攻めてくるなんて……。定例に感謝の返事を口にしてはいるが、内心は釈然としないものを感じていた。

 一番警戒すべき態度ではないが、雪子は下手に出ることで気弱な簪の出鼻を挫いてきた。

 最悪、四月の段階で一時中断された弐式の開発計画を簪が強引に奪ったと難癖つけてくるかもしれないと思っていたが、さすがに最高峰の頭脳が集う場所だ。そんな短絡的な手段は選ばない。

 しかし相手の方針が懐柔策では、打鉄弐式を前面に出し難くなる。

 空かさず横からフォローが入る。

「ちょっと待って。もっぴーの叔母さん。それってフレームに共有部のある白式への転用を禁止してのおはなし? かんちゃんがガンバった部分だけをおりむーに再利用するのは、ずっこくない?」

 首を傾げる本音を雪子が驚き顔で見る。

「あら、どこかで顔を会わせたかしら?」

「神社の夏祭りで見かけただけだよ。お家の用じゃ無かったから挨拶はしてないし。でもでも、あの時のもっぴー、かわいかったねー」

「そう。あなたが布仏のお嬢さんなのね。お名前が違うから解らなかったわ」

 にやける本音から、受け取った名刺に印刷された丸文字カラーフォント『のほほん』に目を移し“轡木”雪子が笑った。

 困惑しながら簪も手元の名刺を指して問う。

「失礼ですが、これは……?」

「そっちは旧姓よ。結婚前から続けている仕事だから、対外的なビジネスネームとして使わせてもらっているの。もちろん公的な書類にはちゃんと本名で書いているわ」

 強烈なショックが簪を襲う。

(この人が篠ノ之博士の関係者……!!)

 初代所長からして神社の縁者だったとは聞いていた。当然現在も内部に関係者が入り込んでいるとは思っていたが、かなりの大物が該当者だった。

「その驚き方は、私の素性を知らない様子ね」

「今日はパーツのライセンスやマニュアル管理に関する打ち合わせできましたから……」

「相手までは調べてないのね。深い事情なんてないから、あまり考えなくてもいいわよ」

「轡木学長とは……?」

「学長は私の叔母にあたる人よ。だから私は十蔵の小父様から命令を受ける立場なの。加えて言えば、ここの責任者と言っても本当は除け者扱いなだけよ」

 部長職が自虐で謙遜することに簪の警戒心が揺らぐ。

 事前に受けた姉からの情報提供には、雪子の存在は無かった。守りが堅いから十分に注意するようにと言われただけだ。学園の行く末に関わることだから、いつもお軽くいる姉でも簪をひっかけて遊んでいる余裕はないはず。篠ノ之姉妹の叔母がここにいることは、更識楯無にとっても想定外だと信じたい。

 たしかに雪子の言う通り、学園の防諜ひいては本国の防衛を目的にする轡木が、IS開発の発祥地である倉持技研に人員を出していながら何もしていないのはおかしい。轡木が動的であれば簪が弐式開発を引き取った時に雪子と顔を会わせているはずだ。あの時に紹介されていないことから、彼女が閑職に追いやられているということも嘘ではないのかもしれない。今日この場に来なければ、倉持技研とは書類をやり取りするだけで担当管理者の顔を見ることもなかったのだから。

「さっきの支援申し出だけど、変に勘ぐらないでね。更識さんたちは箒ちゃんと同じ歳だし、そんな子達に頼られると思ってついはりきりすぎちゃったの。久しぶりに役に立てることが出来るって考えると嬉しくて、ついね」

 雪子が苦笑する。

 その寂しげな笑顔を、簪は演技だと切り捨てられない。姉に追い縋ろう、誰かに認めて貰おうと必死になっていた少し前の自分を思い出してしまうから。

 姉の言葉によれば倉持技研はブリュンヒルデ寄りの勢力のはず。

 世界最強の織斑と、渦中の篠ノ之、そして暗部の一端轡木を繋げる線は一つ。

 宇宙作業用パワードスーツ、IS。

 そしてISと倉持技研の関わりは、あの白騎士以前からある。

 つまり立場上から考えると彼女こそが篠ノ之束とISの奥秘を守る最後の近衛、ブリュンヒルデの防壁だ。辺鄙な研究所に姉や学園側すら手を拱いていた謎は、勝って知ったる身内から出た離反者が相手だからと説明が付けられる。

 しかしそれらの推測がこちらの妄想でしかないとしたら……。本当は外部からの締め付けで仲間外れにされているだけだとしたら。

 私はどちらを信じればよいのだろう……。

 頭の中をマーブル模様に混ぜ込められる感覚。ソファーに座っているはずなのに、足元があやふやで自分は本当にここにいるのか不安になる恐怖が襲ってくる。

 心細さから震え出しそうな簪の手を、本音の余り袖が包んだ。

「こういう時はね、真ん中ストレートだよ。かんちゃん」

 思考に没頭する簪を支えるためにいる少女が、親友かつ主の為にまっすぐに行動する。

 唐突に袖の中から鉛筆とメモ帳を取り出した本音が、雪子に向き合う。

「三つ質問があるんだ。聞いてもいいかな?」

「私で答えられるものなら」

「そんじゃまずはさっきの質問を誤魔化さずにお願いね~」

 メモをカキカキしながらの言葉に、雪子の苦笑が楽しげなものに変わった。

「さすが布仏さん。しっかり者ね」

(……弐式を褒められた時より納得いかない……)

 普段の本音を知っている簪は釈然としない何かを感じた。テーブルに散乱する茶請け菓子の包装紙を見て、その評価はどうかと思う。

「わかったわ。一夏くんの白式と打鉄弐式は混合させない方針でいきましょう。とはいえ春からこれまで倉持技研は白式に一切関与していないのよ。警戒しなくても私たちには何も出来ないわ。欲を言えば更識さんの件をきっかけに白式への干渉をしたかったのだけどね」

「あの……。弐式の最終調整に白式を参照させてもらったから、今更の運用分別は非効率なだけ……」

「あらっ?」

「だってだって、あんな素人整備だったのに、かんちゃんのおこぼれで環境改善なんてずっこいじゃん。おりむーはもっと周りのみんなに感謝するべきなの!」

 完全な我が侭に同席者二名は困惑する。

「……布仏さんは、策士なのね」

「………………本音はいつも楽観的でズルい」

「えへへ~」

「……織斑くんには借りがあるんだし、弐式と白式は包括的にお願いしたいです……。これ、私の決定ね……」

「ラジャりました~」

 メモ帳を進めて鉛筆を走らせる本音。簪の意志を文字に書き込む。

「更識さんも大変ね」

「慣れてますから……、平気です」

 気苦労で通じ合う二人に、堂々と流れを無視した本音が質問を続ける。

「じゃあ、次はそこね。白式や打鉄弐式といった倉持製ISと、……白騎士の関係は?」

 

 多少は軽くなっていた会議室の空気が、完全に死んだ。

 

 白くなった部屋の中で、本音のメモを取る手と口だけが動く。

「弐式と白式のメインフレームが同型なのは、実際に触ったあたしたちには良くわかってる。でもこれって打鉄の再設計を御題目にしている弐式から見るとおかしなことだよね。だっておりむーの白式が弐式経由の再々設計なら、打鉄のバリエーション機なんて篠ノ之博士のオモチャにもならないはずなんだし。だから博士は白式の機体よりもパイロットや、もっと別の所に執着しているんじゃないかってね。後になって完全に博士お手製でちょー強い紅椿が出てきちゃったから、よけいにそう思えちゃう。ってことでROWG(ローグ)の視点から考えて、倉持製ISの二機は主流と派生が逆じゃないかって推測が成り立つの。これ、どうかな?」

 簪はあまりの急展開に絶句している。ストレートに裏の目的を話す本音はニコニコといつもの笑顔だ。

「……ごめんなさい。私では話せないわ」

 雪子は沈痛の面持ちで、言葉を選びながら返答する。

「言えることは"打鉄二体の順序が逆”という説にノーコメントを通すだけ。そしてこの研究所に限らず、IS開発にはある一つの指標があることを確認するだけよ」

 

 ローグプロジェクト、白騎士の再降臨計画(Revival Of White Guard project)。計画と銘打たれているが、実際は概念という方が正しい。

 白騎士の再現は十年経った現在でもIS開発の目的になっている。これは十年前の白騎士事件において、直接的に篠ノ之束が攻撃のやり玉に上がらなかった理由でもある。いくら篠ノ之束が天才でも一人で白騎士を作製出来るはずがないという現実的な話だ。

 現行のISたちは旧体系の兵器群を圧倒する力をもっているが、キルレシオを0:10にできるほど絶対の存在ではない。小型で強化された戦車、戦艦、航空機ではあるが人間が扱う兵器であり、絶対数が少ない為に国家間では抑止力にしかなり得ない。

 である上に、表向き軍事利用を禁止していながら戦闘用ISが開発され続けているのは、あの白い騎士を手に入れようという動きがあるからだ。

 ISを超える原初のIS。白騎士はいかにした産まれ、どうして戦ったのか。簪も技術屋の端くれとして、あの夕暮れの空を制した騎士に興味がないわけではない。

 また紅椿の登場で、ある意味篠ノ之博士の技術力が決定的になってしまった。確かに篠ノ之束は最高の天才だが、あの災厄の顕現である白騎士を作製出来ないと解ったのだ。なぜなら彼女が最高傑作と誇る紅椿は高性能だが、白騎士と同じ結果を出せるかといわれても疑問にすらならないからだ。

 ローグプロジェクトは紅椿の登場で終わらなかった。今でも深く静かにIS開発競争の奥底で続けられている。

 

 本音の言い分は単純だ。

 どうして篠ノ之博士は主流の打鉄弐式に興味を持たず、派生の白式を使ったのか。それは倉持技研が白騎士からのフィードバックを白式に使ったからではないか。主流を越えるほどの何かを注ぎ込んだからでは?

 驚くべきは雪子の返事だ。

 白騎士との関連性は事前に断った範疇とした。雪子の権限では答えられない。

 それだけで終われるはずなのに、彼女はおかしな言葉を付け足した。

 引っかかるのは本音が白式と打鉄弐式の二つを上げたのに、雪子は打鉄二機種を指して返答を控えたことだ。本音が問う順番逆転を緩やかに否定したことになる。

 加えて、ここで打鉄二機種が出てくる理由も解らない。最初は壱式を含めたのかと思ったが違う気がする。数年も隔てては順逆違えるはずもない。

 試しに言葉を機械的に扱ってみよう。

 先入観を無くして“打鉄二体”を、本音が言った“白式と打鉄弐式”に変えてみる。こうして前提を整えてから整理すると……。

 白式と打鉄弐式の開発順序は入れ替わっていない。白式が割り込みで入ったわけではない。最初から倉持技研にとっては、白式が主流の打鉄ということだ。

(当初は白式こそが打鉄弐式だった……? たしかに≪雪片弐型≫とワンオフ・アビリティが目に付くけど、運用方針として壱式に近いのは白の方だし……)

 辻褄は合う。

(なるほど……、見え、ちゃった…………)

 簪は閃いてしまった。

 つまり入学前の打鉄弐式開発中断は、打鉄弐式を篠ノ之博士に強奪されてしまった為の言い訳なのだ。嘘は白式の突発的な開発計画の方だ。

 姉との打ち合わせで、白式の開発は一夏の適性発覚から始まったものの直ぐに凍結されたと言われた。それを篠ノ之博士が拾い白式に改装したと。始まった直後に終わった計画に機体なんてあるはずもない。では篠ノ之博士は何を持って行ったのか。

 

 簪が4月に受け取るはずだった打鉄弐式だ。それを白式に改装したのだ。

 

 篠ノ之束に一号機を強奪された後、技研は打ち切りの体裁を整える為に二号機の作製を急ピッチで進めた。せめて形だけでも打鉄弐式がなければ話が通らない。

 しかし一号機に費やした資材やデータが丸々抜け落ちている状態での作業だ。開発できる期間も短い。なにより作業は全て秘密裏でなければならない。

 辛い作製作業が成し遂げられたかどうかは、簪が“未完成”の打鉄弐式を受け取った事で解る。

 

 学園内開発中は、白式のサポートを公式に謡いながらも何もしない技研に苛立ちを感じたことがある。自分が苦労しているのに、何をしているのかと黒い考えに飲まれそうになった。

 本当は、篠ノ之束という騒動に振り回され動けなかったのだ。

 だから雪子は何より先に簪が弐式を完成させたことを喜び褒めた。立場上謝罪することさえ出来ない。弐式強奪を公にしてしまうと、篠ノ之博士や白騎士に関する悪い何かが動いてしまうのだろう。そんな状況での精一杯の言葉だったのだ。

(この人は……、私たちの味方をしてくれているの……?)

 警戒心から穿って見ていたが、雪子は簪たちを子供と見下すこともなく、丁寧に付き合ってくれている。

 ISの闇の全てを明かすことは出来ないが、伝えられる情報を出来る限り出してくれている。簪を表だって支援できる理由に飛びつき、協力を申し出てくれたのだ。

 もしかしたらと考える。

 姉の指示とはいえ、織斑一夏が強引な手段で自分を助けてくれたことを思い出す。自己正当化できる理由があるなら、それを盾に突き進む所が彼と似ているかもしれない。

 本音がメモを書きながら、ふんふんと頷く。

「それじゃ最後。ゆっきーはどうしてここにいるの?」

 突然のあだ名にも雪子は軽く吹き出すだけだった。雪子は笑いながらも悲しさを隠せない表情をする。

 また、その顔だ……。

「私は……、私が白騎士を壊してしまったからよ」

 あの十年前の事件の直後、もしくは事件の締め括り。倉持技研が“偶然”敷地内に落ちてきた白騎士を確保し解体したことは知っている。パイロットは不明、周囲が隈無く探索されたがそれらしき人物は見つからなかった。

 役職や時系列を考えて、白騎士解体解析の指揮を雪子が執ったのだろうが、なにかが引っかかる。

 あの白騎士を、壊した……?

 解体を指すにしてはおかしな表現だ。やはり彼女は何かを伝えようとしている。

 簪は祈る気持ちを込めて小さく手を挙げた。

 雪子が首肯して簪を促す。

「質問ばかりですみません……。部長さんの本名を、お聞きしてもよろしいですか……?」

 

「織斑、雪子よ」

 

(どうして、こういうところが似ているのよ……)

 名乗る雪子の笑顔がIS学園に通う唯一の男子生徒と被って見えることに、簪は涙を零しそうになってしまった。

 

◇◆◇*◇◆◇

 

 更識簪が『全ての始まり』へと一歩近づいていている頃、倉持技術研究所から遙か南東の海洋で米軍所属のIS乗りナターシャ・ファイルスも、まだそれとも知らずに元凶の物体と遭遇していた。

 薄暗いCICに管制官(オペレーター)の報告が響く。

「目標、雲から出ます!」

 心待ちにしていた瞬間に、室長席に座すナターシャはヘッドセットに向かって叫んだ。

「フェザー2、聞こえる! 返事をしなさい、イーリ!!」

『……んだって!? ……えね……!』

 鼓膜が破れるのではというひどいノイズに顔をしかめるが、ひとまずの生存確認に安堵する。同時にこちら側でモニターしているイーリス・コーリングの専用ISファング・クエイクのステータスも更新し始めた。

「フェザー2の友軍識別を確認。指向性レーザーでの通信、確立します」

「依然対象側の電波妨害が継続中。ECCMの効果を確認出来ません」

「ゴーレム隊、およびグレーコフィン。なおも北西に向け移動を続けています。予想最終目標地点……、変更無し」

 自分を囲むオペレーターたちの報告を聞いて、ナターシャは即断した。

「フェザー2、一度戻りなさい。情報共有を優先させるわ」

『でもよー。こいつら明らかに学園を襲撃しているヤツラだぜ。一つぐらいはとっつかまえて』

「だからこそ強行偵察はここまでにするの。反撃のために引くのよ」

『……ラジャー。これより一時帰投する』

 イーリスがしぶしぶ応答する。

 ナターシャは同僚が先走らないことを祈りながら借り物の椅子に着心地悪く座り直した。

 パイロットは黙っているが、ファング・クエイクの状態は非常に悪かった。今のままもう一度敵陣に飛び込ませるわけには行かない。

 ファング・クエイクはそこかしこにダメージを受けている。一番硬いはずの腕部装甲は歪んでいて、念のためと持たせたライフルと小型シールドも失っている。レーダーが効かない上に、視界の悪い雲の中で10機以上の敵性ISに囲まれていたためだ。相手の主武装である粒子砲が雲中で使えなかったことに加え、堅牢で高機動型のファング・クエイクの設計思想が重なり、幸運にも耐えられただけだ。

 こんな公海域のど真ん中で小隊規模を超える相手と戦闘するとは、さすがのナターシャにも予想外だった。悔しさにほぞを噛む。こういう状況こそあの子の、銀の福音(シルバー・ゴスペル)の出番なのに。

 軍上部は謎の勢力(亡国機業)による『地図に無い基地(イレイズド)』の襲撃後、シルバー・ゴスペル開発計画を無期延期することを決めた。事実上の開発中止だ。現行のテスト機体は機密保持の為にモスポール処理を受け保管される。希少なISコアも所定の保全期間を開けた後、初期化され別の計画に利用される予定となった。

 ナターシャはなんとしても功績を上げシルバー・ゴスペルの有用性を示し計画を復帰させたかった。そのために今回の任務を最上の結果で迎え凱旋したかったのだが、上手くいかない現実に歯噛みする。

 一息ついてモニターに目を戻す。外部望遠カメラに映るソレは異様としか言えないものだった。

「自分で付けておいてなんだけど、灰色の棺って悪趣味な呼び名よね」

 一言で表すなら空飛ぶコンクリートの柱。灰色の巨大物体が雲海に浮かんでいた。そのサイズ、最長辺で5km前後の超巨大飛行物体だ。

 周囲には複数の無人IS、あの学園を襲撃したゴーレム型が何台も護衛に飛んでいる。この距離からだと灰色の巨大物体との対比で、ゴーレムが点のように見える。黒点が飛び回る様は、まるで腐肉に群がる蠅のようで気色悪かった。

 

 ことの始まりは昨夜未明、アマチュアの天文家たちが謎の飛行物体を発見したことから始まる。

--大きな隕石が地表に落下する進路を取っている--

 そんなことになれば大災害になる。天文関係のコミュニティーが短い時間だが騒然となった。

 アマチュアとはいえ専門的な知識を持つ彼らは、当然自己反証する。それほどの物体ならもっと事前に見つかっていなければおかしい。月軌道内に突然そんな大質量のものが出るはずない。

 だが該当の隕石を見つけたのは一人ではなかった。関連性が同好の志でしかない人間が、何人も見ていた。これは誰か一人の悪戯でも、大がかりな芝居でも無い。

 しかし騒動はあっけなく沈静化した。問題の隕石が大気圏に接触した直後に消えたのだ。それだけなら発見者たちが扇動屋として叱責されるが、困ったことに隕石の存在を示す証拠があることが問題になった。

 そしてコミュニティーには論争だけが残った。やはり発見者たちの芝居と言う者がいた。証拠も捏造の品だと決めつけた。恒例の軍部による暗躍を唱える人間も出た。今回は秘密兵器がステルステストに失敗したという話を作り出した。宇宙に夢見る子供が超光速で飛翔する隕石が通り過ぎたという説まで出した。

 この程度なら国が動くようなことではない。いつものデマゴギー。どうせそこらを飛んでいる航空機か人工衛星を、距離を見間違えて遙か遠くの物体と誤計測したのだろう。複数の証拠といっても、いくつかのものは明らかに愉快犯便乗犯の仕業と解るものだった。全てが真実か否かを確かめるには時間がかかるだろう。

 この報告を受けた北部基地は、予定されていた会議議題『今年のトナカイ航路について』を変更し緊急会議を召集。ナターシャたち自国IS部隊に海軍と協力して該当の物体を秘密裏に調査するように命じた。

 直ちに予測落下地点に向かい、状況を報告せよ。

 まるで厳戒態勢にでも入ったような雰囲気が上層部には流れていた。軍を跨ぐ命令なんて異常事態すぎる。それだけ国の存亡に関わる案件なのだろう。昔聞いたカリブ海の危機とはこのようなものかと錯覚する。

 さらに軍部はデフコンの変更を政府側に報告していないし、この作戦が遊びではないことを何度も言われた。背景に不審な点が多すぎる。

 それでもナターシャは軍人だ。自分をリーダーにファング・クエイクを艦上運用できる人員を急ぎ編成して、太平洋航行中の大型巡洋艦に合流したのはちょうど夜明けの頃だった。本土から西向きに移動したから、アマチュアの隕石発見から半日が経った頃になる。

 その後、先行で対象海域を調査していた巡洋艦から情報提供を受ける。巡洋艦クルーたちとの現場レベルの打ち合わせに時間が掛かったが、準備が整ったら早速に同僚のイーリスに専用機を展開させ飛ばさせた。

 巡洋艦には海中の調査に専念してもらい、自分たちはCICを間借りして上空を虱潰しにしてゆく。

 だがナターシャには予感があった。上層部がIS部隊を特別編成してまで海の上に出すということは、相手が空にいることを想定している。ならば先に見つけるのは自分たちだ。

 意気込んではいたが、きっかけは巡洋艦の海底ソナーだった。

 軽く打ったピンガーに対し、いきなり電波妨害が始まった。

 ファーストコンタクトは鮮烈だった。

 海原を突き破って巨大な灰色の塊が現れたのだ。空を突き刺す斜塔に一瞬艦にいる全員が圧倒された。

 しかしそれも一瞬のことで、訓練された軍人たちに操舵される巡洋艦は混乱を脱し、当初の目的を果たすべく動き始める。

 巨大物体はレーダーに映らず、考えられられない程の電子ステルス性能を見せつけていた。さらに浮かび上がった勢いを殺さず、海面からその巨体を飛び上がらせたのだ。

 ナターシャはとっさに棺桶と名付けたが、よく見れば先端はむしろクサビのように斜めだったことが後で解った。

 発見した作戦目標を追ってイーリスのファング・クェイクが突撃すると、棺桶はあのゴーレムを吐き出してきた。そして灰色の棺桶は大きさからは考えられないような上昇性能を見せて、自分が隠れられる雲に飛んでゆく。

 当然イーリスも棺桶を追撃。

 電波妨害と雲の中という密室を、ナターシャは見守るだけという状況になったのだった。

 

 ナターシャは艦内通信を開きブリッジに話を通す。

「CICより艦長へ、フェザー2着艦のため甲板の利用許可を求めます」

『艦長よりフェザー1へ。棺桶と死神どもの脅威が無くなり、作業員の安全が確保されなければ許可できない。甲板の展開はフェザー2の後退にガラクタどもが付いてこないことを確認してからだ』

 落ち着いた壮年男性の声が帰ってくる。

 簡単に通るものと思っていたので、言葉に詰まる。語尾も呆れのようなニュアンスを含んでいた。そんなことも解らないのかと、言われているようだ。艦全体を預かる身としては的確な対応だと解るだけに苛立ちが積もる コールもCICではなくナターシャを指しているあたり、自分たちを身体に入り込んだ異物の様に思っているようだ。

「では一時の離脱を願います。フェザー2も着艦出来る位置まで引かせます。僚機の帰還をもって初期目標の達成とします」

『艦の転進はすでにはじめている。そこに座る人間ならば、艦載機との距離に気を払いなさい』

「……! 甲板の使用許可が出せるようになったら、一報ください」

 屈辱に何かが出そうになるが堪えて通信を切った。

「コフィンが消極的な行動をしているは解っているでしょう。なにをいまさら」

 手で押さえた口の中だけで愚痴を済ませた。

 言われるまでもなくイーリスのファング・クエイクがどこにいるのかは常にモニターしている。ゴーレムが追いかけていないことも艦長との会話中に判別出来ている。

 顔をしかめていると、再び酷いノイズがイヤホンから発せられる。

 イーリスとの通信は回復したはずだ。これは一体なんだ?

『……げて! もう、も……』

 耳を澄ますと、ノイズの中に聞き覚えのない少女の声が混じっていた。

 疑問を解消する間もなく、次の驚愕がやってくる。

「グレーコフィンの一部装甲が変形、熱源上昇! 光学分析、大口径荷電粒子砲です! 目標は本艦!!」

 管制官の報告は悲鳴に近かった。

 ナターシャはブリッジへの通信を叫んだ。

「艦長、回避行動を!」

『上空から打ち下ろされるビーム兵器相手に無理を言うな。それよりも先にフェザー2へ帰投先変更を伝えなさい。我が国のISを失うわけにはいかんからな。それが洋上の迷子ともなれば末代までの笑い話だ』

 こんな時でも落ち着いた声が帰ってくる。

「何を言っているんですか?! 艦長の責務を果たしてください!」

『十年前にあんなものを見せられた身としては、予感していた結末だよ。空にいるのが白い死神から灰色の棺に変わったんだ。嫌でも察せるさ』

「棺を名付けた私に対する当てつけですか!?」

『むしろこの場に連れてきてくれたことを感謝しているぐらいだよ。さて、あの出力ではまず艦橋はダメになるだろうが、それでも艦内部を守れるように出来る限りはさせて貰う』

 どーん、どーんと大きな音が耳に響く。イヤホンからではなく船のすぐ近くで何かが爆発した音だ。棺からのビームではない。これはなんだ?

 管制官が直ぐに答えてくれた。

「本艦が発射した魚雷とミサイルが至近で爆発しています。艦が霧に包まれます!」

「海水を拡散防御膜変わりに……!」

『気休めにもならんが、後は相手の砲撃精度が低いことを祈るだけだ。さあフェザー1、君も君の責務を』

 自分の父親程の年齢となる艦長に、ナターシャはまた何も言い返せない。

 マイクを口元に寄せ、絞り出すように声を出す。

「イーリ、聞こえていた? 帰投先を知らせるから直ぐに進路変更しなさい」

『なんでさ。ようは船が攻撃を避けれればいいんだろ。待ってろ、今準備が終わるから』

「準備って? あなた今どこに?」

 今し方艦長に艦載機の位置を把握しろと言われたのに、自分はイーリスがどこにいるのかを見失っていた。

 そうじゃない。イーリスの行動が常識的におかしいのだ。解るはずがない。彼女のファング・クエイクは巡洋艦の横腹にとりついていた。

「まさか……、ISでこの船を?」

『それじゃ、動かすぞ。確実に揺れるから全員覚悟しな!』

「ビーム砲撃、きます!」

『どっせーーいっっ!!!』

 管制官の報告と、イーリスの気合いが重なる。

 今度は轟音だけではなく、船そのものが激しくシェイクされた。

 

 上空、雲間から顔を見せる灰色の巨塊から全てを焼き尽くす炎が延びる。

 狙いは海の上に浮いているだけの鈍い鋼鉄の船。本来は相対サイズが大きい為に遅く感じているだけなのだが、空を飛ぶ箱船より格段に足が遅いことに変わりはない。

 両者の間にある空気を焼いて、ビームが獲物に迫る。

 海上の船に炎の腕が掛かる寸前、ちょいっと、船がビームを跳んで避けた。

 

◇*◇

 

 まだ湿り気を残す髪にタオルを乗せたイーリスが会議室に入ってきた。

「フェザー2、イーリス・コーリング。ただいま帰投しました」

 先に座っているIS隊や艦橋組に向けて敬礼する。

 艦長は立ち上がって彼女を出迎えた。

「お疲れの所、呼び立ててすまない。なにより船員全員を代表して感謝を述べさせて貰おう。おかげで気恥ずかしい思いをしたがね」

「はっはっは。あたしも霧のおかげで助かったところもあるんだし、お互い様ですよ。みんな無事で良かった良かった」

「確かに人的被害は軽傷だけで済んだわ。強引な手段だったけど」

 握手する二人を横目にナターシャは溜め息を吐いた。

 

 空飛ぶ棺はビーム攻撃を外すと、巡洋艦を無視してどこかへと飛び去った。

 昨夜から今までの軌道を元に最終目的地は予測されているが、もう一度捕まえるのは困難だろう。なにせ相手はレーダーに映らない上に空も海中も進めるのだから。

 本来ならこの船も追跡活動を行うべきなのだが、棺からのビームを避けた影響で航行不能に陥っていた。

 巡洋艦は横合いからISに押し上げられた上に、続く着水の衝撃で船体が歪んでしまった。またビームも完全に避けられた訳ではなく、船外にある装備のいくつかが焼かれて壊されてしまった。特に観測機器の損傷は大きな痛手だ。この状態でスクリューを廻すのは自沈行為でしかない。

 またイーリスのファング・クエイクもゴーレム部隊との戦闘と、巡洋艦を緊急回避させた影響で、活動停止状態だった。自重の十数万倍近くもある船を動かすために、イーリスはあの一瞬で16連発も個別連続瞬時加速(リボルバー・イグニッション・ブースト)を行った。実行した本人さえ二度と出来ない奇跡の成功と言う。

 奇跡の代償にオーバーワークした脚部スラスタシリンダーが見事に破裂していた。爆裂したレッグパーツからイーリスの足を守るために絶対防御が発動したほどだ。それでも船員達の命と引き替えと考えれば激安だと、始末書確定のパイロットは笑った。

 付け加えて、ファング・クエイクは船外だったので多少なりともビームを浴びてしまった。これは艦長が造った霧のおかげで拡散して、シールドで防げるまでに威力が落ちていたので辛うじて凌げたが。結果リミッター無しでありなら、エネルギーが残量0。持ち込んだ機材で機体の修理はできても、ファング・クエイクのISコアにエネルギーが戻るまで動かせない。

 母艦が動けず、艦載機も飛ばせない。混成調査チームは完全に手詰まりになった。

 とはいえ今すぐに船が沈むことはないので、先に任務を片してしまおうと戻ったばかりのイーリスを喚んで棺の情報を纏めることになった。

 現在他の船員たちは通信状況の確認や設備点検で動いているので、この会議が作戦の最後になるだろう。会議の内容を本土に報告して、後は救助を待つだけだ。

 

 まずは艦長が切り出した。

「直感でもかまわない。イーリス君、あれをなんだと思う?」

「でっかいISですね。ISの技術で造られた船。理由はありますよ。殴った時の感覚がISのシールドバリアと一緒でしたから」

 イーリスの報告に会議室がざわつく。

「船と言ったのことにも、理由はあるかね?」

「あたしたちとこの船の関係が、あっちには両方ISなだけですよ。ゴーレムが出てきた時に、あたしたちに似ているなって思ったんです。空飛んだりビーム攻撃もできるんだから、こりゃもう言い訳効かないでしょ」

 

 ISの技術を他に転用する研究は、十年の歴史の中で成果が少ない。

 一番重要で問題の箇所、制御とエネルギーにISコアが必要だからだ。せいぜいナターシャがイレイズドで使ったフェザーハンドガンのような武器や、IS学園のアリーナ群のバリアシステムのようにISコアの補助が受けられる範囲での限定的な利用になる。

 開発者篠ノ之束がISコアの作製を止め失踪したのは三年前だが、それでさえISの確立が優先され技術転用は後回しにされてきた。

 ISの機能を有した乗り物というのは、夢の存在だ。

 たとえば事故を起こしても無事な自動車さえ造ることが出来る。空を安全に飛べる大容量輸送機は、世界を作り替えるに十分な力になる。

 どれもISコアの数が限定されていては望めない形だ。

 条約で軍事利用を規制していても、抑止力としての機能が優先され他に廻す余裕などありはしない。

 イーリスはそれらの前提を承知の上で、灰色の巨大物体がそのISの船だと感じていた。

 

 副官の一人がイーリスに質問する。

「ISを巨大化させて航空機や船舶を造っても、結局はパイロット以外の人員を必要とするため無意味とされてきた。既存の船舶と同一の構造になるのなら、わざわざISコアを使わない方がいいという判断だ。逆にクルーの全てを一人で代行できるだけのパイロットなど非現実的すぎる。それをどう考える」

「棺桶からゴーレムが出てきたでしょ。それが答えなんすよ」

「どういうことなの、イーリ」

「最初にゴーレムの報告を見た時、おかしいと思ったんだ。なにがおかしいのかまだ解らないけど、あの棺桶の為の人員っていうならちょっとは納得できるなって」

「あの棺は、判断力の低い人工知能が制御していると?」

「いやいや、ちゃんとパイロットというか艦長さんが管理してるでしょ。ちょっかい出したあたしたちを無視して日本に向かっているんだから、意志はあるはずだ」

「ではどうやってあれほどの巨体を動かしているんだ」

「コア・ネットワークとゴーレムたちを使えば、船の中は全部見えるわけだし、なんとかなるんじゃない。灰色の艦長がSランクの凄腕パイロットなのが最低条件だけどさ、人間に出来ない範囲じゃないはず。実験しようにもたくさんコアと『ヴァルキリー』の協力がいるから、うちの軍でも証拠は出せないけど。IS学園なら30機全部使えばできるかな?」

「あの船は『ヴァルキリー』の誰かが動かしていると?」

「それは解らないね。世界に五人もいるんだから、どっかの国や軍が六人目を隠していてもおかしくないんだし」

 イーリスの推論に、質問を出す者が居なくなった。

 ナターシャがイーリスの説を補足する。

「学園の保有数の中には各国の試作機も数えられているのだから、無理でしょうけどね。『ヴァルキリー』に関しても、行方知らずの放蕩者以外は所在が知れるのだから、解りきった答えしかでないわ」

 いつもの結論に達した会議室が沈痛に行き詰まる。

 篠ノ之束の暗躍。十年前から引きずる頭の痛い話だった。なにより恐ろしいのは、束が何を望んでいるのかまったく解らないことだ。だから次に何をしでかすのか解らない。IS関係者には、コアの製作者でありながら彼女が関わることを酷く嫌う者が多い。

 渋面になる艦橋組とは逆にイーリスだけは明るく笑った。

「おー……! ってことはあの中に篠ノ之博士がいるかもしれないんだ」

「自分で『ヴァルキリー』が乗り込んでいる可能性を示唆しておきながら……」

「だってさ。なんていうか、博士っぽくないんだよな、あの船。図体はでっかいけど、一目でわかる派手さがないというか」

「曖昧な話ね。感覚だけでは報告書にまとめられないわ。大気圏の突入から始まって、海中潜伏に海面突破。それに飛翔可能なIS母艦の機能、最後は大型ビーム砲まで見せびらかしておいて。これで地味なら、世界中から派手さが無くなるわ」

「だよなー」

「もう少しは考えて発言しなさい」

 表面上は呆れているが、ナターシャは同僚の直感を否定しきれない。気がかりなのは、コフィンから砲撃される直前に聞こえた少女の声だ。事前にこちらが攻撃されることを警告してきた。あれが棺からの通信なら、この件には篠ノ之博士の意志とは別の何かが関わっていることになる。

「考えるっていっても。あとは近づいた時に見えたこれがなんだろうってぐらいしか」

 イーリが手元のコンソールをいじり、壁のスクリーンに自機から撮影した画像を映す。

 雲の中で灰色の棺への最接近時に見えたものだ。高速移動中の撮影でさらに雲中で見づらいが、コンピュータ補正が加えられ徐々に鮮明になってゆく。灰色のキャンバスに文字が描かれていた。

 

 離界号 World・Purge

 

「ワールド・パージ? これが棺の名前かしら? 先にある記号はわからないけど……」

 ナターシャの言葉を艦長が繋ぐ。

「おそらく日本語の漢字だな。一文字目は離れるという意味だ。次は世界レベルの大きな範囲を表す。ここまでが英字に対応していて、最後は馬や車両などの乗り物に付けられる定例的な敬称だろう。本来はこのような繋ぎにならない文字だから、当て字だな」

「漢字は他の国でも使われていますが、日本語とする根拠は?」

「日本語には同音の言葉に“理解”があるからだ。理解を個人に知識や知恵が入ったり、他人と認識を共有することとするなら、同じ音で反意を示したことになる。これを考えた人間は詩人なのかもな」

「なるほど、一目で理解できるあなたと同じ程度にはロマンチストなんですね」

「これは恥ずかしいな。昔、娘にも同じことを言われたよ」

 艦長が年甲斐もなくはにかみ、会議室が笑いがこぼれた。

 

 和やかな雰囲気の中、ナターシャは一人冷徹に思考した。

 少なくとものあの灰色を造ったのは人間だ。遠い星からやってきた侵略エイリアンでも、魔法を使う怪しげな存在ではない。イーリスが言うように途方もない技術と努力と才覚が必要になるが、人間が出来る範囲に収まってはいる。

 こんな馬鹿げたことが出来る人物は世界でたった一人だけだが、腑に落ちない。

 だが自分に出来ることはここまでだ。あとは当事者たちに任せるしかない。

「色々とトラブルに恵まれているようだけど、あなたの弟くんは今回も大丈夫かしらね……」

 

 灰色の棺ワールド・パージが目指す先は、日本国の租界地IS学園と予測されていた。

 

◇◆◇*◇◆◇

 

 ドンッ、ドンッ、ドンッ!

 倉持宇宙開発技術研究所。第一棟の応接会議室にいる更識簪は、突然激しくドアがノックされたことに驚いた。

 研究員の一人が内側からの返事を待たずに入室してくる。顔には強い焦りが見て取れた。

「部長、失礼します!」

「お客様の前よ。火急なのは解るけど、少しは抑えて」

「それが……」

 研究員が上司である織斑雪子に耳打ちする。何を聞いたのか、雪子の表情が一瞬で険しくなった。

 穏やかだった面立ちから刹那の間に鋭い視線に変わった雪子を見て、簪は織斑千冬に似てると感じた。

「更識さんは、今日お車でしたね」

「えっ? あ、はい……」

「運転される方は?」

 急に振られた話題に簪は混乱する。話の前後が繋がらない。

 戸惑う簪を本音がフォローする。

「尼崎さんはおっきいのも大丈夫だよ」

 それなら大丈夫ね、と小さく頷いた雪子が席を立って言伝できた研究員に指示を返す。

「ハンガーを開けて積み込みをはじめなさい。更識の運転手さんにもハンガーまでのご足労をお願いして。それから私のデスクにある白式のマニュアルも一緒に包んでおいて。鍵は解るわね?」

「しかし、あれは……」

「いいから。(まどか)ちゃんたちには、あとで私から話すわ」

 研究員は一度躊躇したが、雪子の念押しに部屋から出ていった。

 今度は簪に向き直ると、立席を促してきた。

「申し訳ないけど、今日の打ち合わせはここまでよ。更識代表候補生に要請です。政府からIS学園に防衛条約の適応が申請されました。あなたは速やかに学園へ戻って現場の指揮下に入ってください」

「一体なにが……?」

「米軍が太平洋上で謎の船舶と接触。不審船は巡洋艦一隻を航行不能にして、日本に向かっているとの情報提供です。対象は大気圏降下、潜水航行、飛行など多機能を有する超大型IS」

 今度こそ完全に言葉を失った。

 地球圏を飛び回り、米軍の巡洋艦を破壊する巨大IS?

 思考停止する簪の腕を雪子が掴んで引き起こした。本音も後ろから押してくる。

「換えの効かないワールド・パージなのに、こんな使い方するのは束ちゃんらしくないわ。今回は私も、千冬ちゃんも、ユウコにだって予想外の事件なの。すり合わせしている時間もないから、お互いの目的がバッティングする。だから簪ちゃん」

 会議室を出て第一研究棟からも離れる。連れて行かれたのは、研究所隅にある倉庫だった。

 強引な所は織斑家全員の特徴だなーと半ば惚けていると、最後の爆弾が投げ込まれた。

「私はあなたに全てを賭けてみます。どう、布仏さん。ここにあるのはペアリング認証だけで装備できるわ。千冬ちゃんからの話だと、欲しがっていたものじゃないかしら」

「うんうん。これならすぐにせっしーをすーぱーせっしーにバージョンアップ出来るよ。ゆっきー、ありがとー」

 どうして今度はセシリア・オルコットが出てくるのか。

 不審な言葉に意識を回復させた簪の焦点が、倉庫の中身に合わさる。

「え……、な、なんで……?」

 トラックに積み込みされる青く長細いパーツ。ものすごく見覚えがある。

 本音が喜ぶのも無理もない。年末のバトルロイヤルを想定してブルーティアーズに施そうとした改造と合致するからだ。

「どうしてBTビットが……!?」

 イギリス製第三世代特殊兵装ブルー・ティアーズ・ビット。それも5や10ではない数が、作業員たちによって次々と大型トラックに積み込まれている。もっと頭が痛いことに今まで見た射撃型、ミサイル型、シールド型以外にもう一種類追加されていた。

「はい、これ。新規分のマニュアルね。簪ちゃんにはこっち、最初の目的である白式のよ」

 さらりと関連資料を渡してくる雪子の剛胆さに、簪はブリュンヒルデ(織斑千冬)の血縁を強く意識した。向かい合ってプレッシャーを感じない分、奥が深すぎて恐ろしい。

 日本の倉持技研がイギリスとの共同開発提携を結んだなんて話は欠片も聞かない。つまりこれらは密造されたものだ。

 確かにISの特許を無数に保有するここなら、許可を通す振りをして様々な情報を集めることが出来るだろう。しかしそれだけでは何かが足りない。動機が解らない。発覚すれば大不祥事で、下手をすれば戦争だ。大きすぎるリスクを負う理由がない。

 ただのコピーにしては、本音が見て完璧と言えるだけの精度を誇っていることも納得しがたい。つまり倉持は正確なBTの情報を元に作製しているのだ。それも新型のビットを開発するほどの技術を持っている。

 これが英国との共同開発でないのなら、セシリアの手には渡らないことになる。それでは一体誰が使うというのだろうか……。

「ああ……、そういうことなんだ……」

 簪は理解した。BTビットを扱える人間が、セシリア以外にもう一人だけいる。

 キヤノンボール・ファストに乱入してきた、あるはずのないBT二号機サイレント・ゼフィルス。ここにあるBTビットは、あの所属不明のISの為に製作されていたんだ。

 亡国機業のIS機体がどこで補給補充を受けているのかは布仏虚が調べていることだが、まさかこちらに正解があったとは。簪が倉持を担当すると決めたので、ここが虚の調査範囲外になってしまい見逃てしまったのだ。

 つい昨日、虚が進展しない調査を申し訳なさそうに経過報告してきた。その時は相手側の隠蔽能力に戦慄したが、慄く理由が変わってしまった。

「彼女たちとの関係が明るみに出ますよ……」

「ワールド・パージが私たちの影響が及ばない勢力に奪われるならやむなしよ」

 もう簪はつっこむことを止めることにした。曖昧な表現と初めて聞く単語が多すぎる。

 その巨大ISの襲来が余程の緊急事態ということなんだろうが、いくらなんでも思い切りすぎだ。

「閑職なんて、大嘘じゃないですか……」

「嘘じゃないわ。これらはほとんどユウコの手配だし、私が身を引かされたのも本当よ。だって……」

 また雪子が寂しげに笑った。

「本来は私が白雪の専属パイロットだったのだから。千冬ちゃんには無理をさせているわ」

 作業員たちが積み込みの終了を知らせてくる。

「部長、準備できました!」

「ありがとう。みんなには後でボーナスを出すわ。私のポケットからだから、そんなに大したものじゃないけどね」

「口止めっすか?」

「その通りよ」

 やり取りは剣呑だが、上司と部下は互いに笑い合っている。いっそ羨ましいほどの信頼関係だ。

「どうして、ここまで……?」

 学園襲撃を知ってからの雪子は、簪に守るべき秘密を躊躇なく明け渡している。状況から理由を図ることはできるが、原因が知りたかった。

「黙っていて、ごめんなさいね。私とあなたは今日初めて会うわけじゃないの。とはいっても簪ちゃんはまだ赤ちゃんだったから覚えていないでしょうけど」

 頷く。最初の挨拶から妙なフランクさは感じていた。

 昔見た赤ん坊が大きくなって訪ねてきた。しかも現状を打開する鍵まで持ってくる。打鉄弐式を基点にして白式にまで接触するチャンスとなれば喜びも倍増だろう。

 そんなうきうきおばさん気分で迎えられていたとは……。

「それに簪ちゃんがすごく頑張ったことも知っているから、ちゃんとご褒美をあげないとね」

「私に賭けるって仰ってましたけど、望む結果にならないことも……」

 承知の上で?

 問いかけに雪子が笑う。すごく遠く、簪が知ることが出来ないかつての時間に向けて微笑んだ。これまでで一番深く、悲しさを堪えている笑顔だった。

「私はね、昔とても悪いことをしてしまったの……。あなただけじゃないわ。千冬ちゃんも円ちゃんも、束ちゃんも箒ちゃんも、それに一夏くんだって。私の選択がみんなに辛い想いをさせてしまっている。取り返せないことは解っているんだけど、それでも予定されてしまった嫌なものを、少しでも嬉しいことに変えたい。その為に私が知る未来とは別の場所を目指す人にお願いするの。それが目的よ」

 一体どれほどの罪を犯したのか。全てを知ることは出来ないが、話がとても重たいことは解った。

 これほど謎な人にも、自分と似た部分もあるんだと感じる。

「織斑のおばさまは自虐が過ぎます。悪いことと解っているなら、それで十分ですよ……」

 横でわーきゃー叫びながら新型BTのマニュアルに喜んでいる幼馴染みを見る。ついでに実の姉のお気楽な笑顔を思い出して嘆息した。この二人はもう少し悪びれて欲しい。

 だからこそ逆に、本音や姉の明るさは簪にとって掛け替えのないものだ。更識と布仏が子供を一組にする理由には、そういう意図があるのだろう。

 自分には彼女たちがいるが、雪子はどうなのだろうか。

 簪が顔を上げると、雪子が驚いた表情で見返していた。

「なにか……?」

「いえ、そうよね。悪いと解っていれば、繰り返そうとはしないのよね。まさか自分が……」

 目元を隠す雪子。罪人が咎に泣いているようでいて、旅人が宿で安堵を得たようにも見える不思議な感じだった。

「尼崎さぁ~ん、こっちこっち~っ!」

 早足でやってくる運転手に本音が余り袖を旗のように振る。

「さあ、行きなさい。お家の車は責任を持って預かるわ。そのかわりトラックも安全運転でお願いね」

 雪子に促され、簪と本音はトラックの荷台に昇る。運転手がエンジンを拭かし発車準備をしている間に中を見渡す。

 貸し出されたトラックは、荷台にアルミ幌(ルーフ)やクレーンまで付いた大型のものだ。しかもISを扱うために特別改造されている。進行方向側に運転席と会話するための小窓と、IS整備用の機材が置かれていた。移動中も作業出来るよう照明もあった。

 大きな積載量も、今は大半をBTビットが締めている。

 本音はさっさとサブシートを広げると、ぺこぽこと手持ち端末をいじり出す。

「ふっふっふ~、これはさすがのせっしーも大仰天するぞー」

 そもそも驚く以外のリアクションが想像できない。何か都合の良い言い訳を考えておかないと……。

 簪も整備機材前の椅子に座り、渡された資料を読み始める。

 揺れ具合からトラックが発進したことが解った。

 行きはリムジン、帰りはトラックの荷台。布仏虚に知られたら問答無用で怒られそうな落差だ。

 研究所では驚きの連続で疲れていた簪は、マニュアルを読んで気力を回復させることにした。簪はこの手の技術書を読むのがとても大好きなのだ。良い気分転換になる。

 しかし淡い期待は見事に裏切られる。

 書類用の大型封筒から取り出すと、表紙に『電子媒体保存、複製、及び無断閲覧厳禁』の文字が手書きされていた。

 その癖に機密書類であることを示す警告は無く、よく見れば紙に薄い点線が入っていた。

「これって……」

 煙草などに使われる延焼用の火薬入り紙だ。一度火が付けば意図的に消さない限り燃え尽きる。

「読み終わったら片付けろってことなのかな……」

 白式の関連書類にどれほど気を使っていたのだろうか。恐ろしいほどの警戒だ。

 気を取り直してページをめくる。

 内容は自分が知る白式を書面化したものだった。現物を扱った簪には既知の情報が続く。

 機体構成、各部位の素材、アビオニクスバージョン、想定運用に規定運用。問題点の傾向と対策。IS学園から送られてくる情報を的確にまとめている。

 逆に不思議に思う。なぜこの程度のことをあの雪子が恐れていたのか。

 しかし次のページを見た時に考えが切り替わる。

 そこから用紙の種類が変わっていた。注意深く観察すれば、途中から少しだけ古く、罫線入りの原稿用紙になっている。文字も全て手書きで、表紙の警告を書いた人物が書いたもののようだ。

 前部分は後から付け足された処分用の燃料で、ここからが本番なのだ。

 我知らずに固唾を飲んで、簪は手を進めた。

 

『次期試作機に導入する白雪からの技能移行。アビリティ・ラーニングテスト』

 

 意味深な題名をめくると、再び白式の仕様が載っていた。

 違う。確かに白式のスペックが陳列しているが、機体名は『新型打鉄』だ。

 既知の部分を斜め読みで跳ばそうとして、簪の手が止まる。

 項を進めるつもりが同じページを読んでいた。一枚ページを戻して同一のページが続いていることを確認する。

 もしかして乱丁か?

 手書きの資料にそんなことあるはずがない。

 該当のページはISコアについて書かれている。一番の重要部分を間違えるのもおかしい。

 二つのページを見比べてみる。

 読む込むと、コアスペースを二個分も確保する構成であることが解った。その影響で後付装備(イコライザ)が犠牲にされ、武装が疎かにされている。

 そしてこの変則的な作りは、単一仕様の初期発現を目指して造られていた。イメージインターフェースを基盤にする第三世代武装を捨ててまで一体何をするのかと思えば、すでに第二段階に移行しているコアから単一仕様をコピーしようというのだ。

 これまでのようにセカンド・シフトしてワンオフ・アビリティを取得した機体から技術を解析するのではなく、そのまま移し替えてしまおうという切り口だ。

 確かに倉持技研が作製する新世代ISには、パイロットの相性に影響を受けない装備が搭載される予定だった。

 ≪マルチロックオン≫を運用する上で、現在簪が手動で補正している箇所も徐々に内蔵化してゆき、最終的にはFCSの中に収める予定だ。これにより誰でも≪マルチロックオン≫が使えるようになる。仕様書には最初からそう記されていたし、それこそが弐式のテストパイロットに簪が選ばれた理由だ。

 中国とアメリカの第三世代ISは比較的パイロット適性を必要としていないと言われているが、それでも残念ながら武装段階での相性問題は0ではない。凰鈴音が僅か一年数ヶ月で専属パイロットになれたのは、≪龍咆≫との武装相性が高かった為と思われる。セシリアのBTなどは言わずものがな。

 一機目の打鉄弐式-白式には≪零落白夜≫があり、特殊な第三世代武装は搭載されていない。

 このマニュアル通りだが、機体解説のページが終わったところで簪は気が付いてしまった。

 雪子から渡された資料には≪雪片弐型≫の情報が無い。

 ≪雪片弐型≫は、紅椿と同じく展開装甲を利用した第四世代要素で、篠ノ之束博士が追加した武装だ。倉持提供の情報に掲載されているはずも無いのだが、それなら白式が≪零落白夜≫を、織斑千冬の暮桜と同じアビリティを使えるのはおかしい。

 正しく言えば、≪零落白夜≫と≪雪片弐型≫が白式によって繋がるはずがない。

 この二つは完全に個別のものだ。偶然にも重なっただけなのだろうか。一夏という線から見ても、千冬と雪子、そして束の存在は繋がるのだから、彼のこれからに彼女たちが共通する未来を見ているのかもしれない。その過程で交わっただけなのかも……。

 簪は半分納得しながらも、割り切れない何かを感じる。

 訝しみながら残り僅かとなった資料をめくる。今度は新しく書き足されたページになった。ここからは資料とは言えない簡単なメモが時系列に並べられている。一行毎にインクや筆のタッチが変わっているのが一目でわかった。日記のように書き足されてきたのだろう。

 

 移設元の白雪が強奪された為、計画を断念せざるをえない。

 ラーニングドライブを封印して再設計。

 一夏のパイロット適性発覚。同時に打鉄弐式のテスト機体が強奪される。

 二度の襲撃により、轡木と橘は弐式の開発中止を決定する。

 千冬、白式に作り替えられた打鉄弐式を受け取る。

 初期化された白雪のISコアが打鉄弐式のプライマリにマウントされていることを確認。解除不能。

 ラーニングドライブを開封、暮桜のISコアをセカンダリにマウント。制御経路を一部変更。白雪と機体の間に暮桜を挟む。

 一夏、白式に搭乗、他ISと戦闘を行う。

 想定通り白式に≪零落白夜≫の発現を確認。

 今後も白雪の再覚醒を監視し、可能な限りの遅延を。

 

 ぽたり。

 簪は眼鏡に滴が落ちるのを見て、ようやく自分が汗を垂らしていることに気が付いた。

 白式が大食らいの原因がありありと書かれていた。簪が調べた通り、コアや武装が容量を喰い潰していることに間違いはないが、真相はもっと単純で酷い理由だった。

 織斑一夏の専用機はコアを二つ積んでいた。それも片方は姉の暮桜だ。

 眼前の水滴で視界が揺れるが、かまわず続きを読む進める。

 

 白式、セカンド・シフト。≪雪羅≫の再装備と、治癒能力の再発を確認。

 紅椿との共鳴は未確認。単独での機能回復と推測。

 チームEが剥離材(リムーバー)を確保、協力要請。

 リムーバーにより暮桜のコアが白式から切り離される。チームEのリムーバーでも、白雪の固定処置を突破できず。

 パイロットからの報告、その時はISコアを自力で奪還したとのこと。

 白雪が活動している可能性が極めて高い。

 紅椿との共鳴を許せば世界的な災害が発生する恐れあり。要警戒。

 

(詳細は『白雪解体調査報告書』を参照されたし……? なに、これ……?)

 『白雪』。

 これまで何度か出てきた言葉だが、最後の一文が簪にインスピレーションを与える。

 倉持で解体調査されたモノといえば思いつくのは一つだけで、彼の地は白騎士事件の前からISを研究開発していた。そして白騎士の名は事件後に外見から名付けられた俗称だ。

 つまりこの『白雪』というのが、

 

(白騎士の、正式名称……!!)

 

『本来は私が白雪の専属パイロットだったのだから』

 別れ際の雪子の言葉を思い出す。

 彼女が専属パイロットだったなんて笑い飛ばしたい冗談だ。一体何十年前の話になるんだと問い返したい。ISが開発される前から乗っていたのか?

 ……おそらく、その通りだ。

 白騎士-白雪は10年前に完成している。雪子の言葉が真実なら、それより以前から存在していたのだ。

 倉持技研は古くから気密作業服の研究をしている。それがISの前身だ。ISの前身とはつまり最初の機体白騎士を指す。

 

 白騎士を作ったのは倉持宇宙開発技術研究所だ。

 

『私が白騎士を壊してしまったから』

 十年前の真相は解らないが、雪子は事件の責を負って自ら愛機を解体……、破棄したのではと推測する。

「かんちゃん、顔色悪いよ。移動しながらの読み物で酔っちゃった?」

 相方がこちらを覗き見ていた。

「大丈夫……。本音が予想していた通り、私の打鉄弐式をよりも白式の方が白騎士に近いって書いてあっただけだから……」

「やっぱりぃー。あたしの山勘、大勝利ぃ」

 喜びに踊る本音と、恐怖に涙する簪。実に相対的なコンビネーションである。

 簪は情けない涙声でもかまわず愚痴る。言わずにいられない。

「織斑のおばさまも、こんな大荷物を持たせないでよ……!」

 これはどうやってもご褒美にならない。

 荷台を占める密造BTビットよりも、この紙束の方が何倍も恐ろしい。手に持つ資料が地獄への切符のように思えてしかたがなかった。

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