Infinite Stratos First Complete Session   作:石狩晴海

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第三話:VS ワールド・パージ(上)

 今、俺がいる教室は無言の緊迫感に包まれていた。

 授業中に緊急の呼び出しを受けた俺は、普段とは別の教室に移動していた。他に集められた各学年の代表候補生たちと一緒に居る。もちろん一組の専用機持ち四人も一緒だ。

 みんなが黙っているのは、これからの事に備えて精神を集中させているからだろう。

 なんとあの生徒会長型無軌道式暴走機関車の楯無さんまでもが大人しく座っている。

 この教室に入る前に、誘導してくれた先生が『あなたには拒否する権利があります』とか喋り始めた。それを了承してここに座っているからには、みんな覚悟しているんだ。

 それでも息苦しい空気は苦手だ。

 癖々していると、偶然俺の横に座った鈴が聞き取れないぐらいの小声で話しかけてくる。

「……ねえ一夏」

「なんだよ、こんな時に」

 俺も声を潜めて返す。

 なにかと思えば、小さく折り畳まれたノートの切れ端を渡してきた。

 訳が分からないが、とりあえず伝言らしいので開いてみる。

 

『ここでボケて』

 

「……っぶ!」

 鈴の策略にはまり吹き出した俺に、教室中の視線が集まる。しかも普段の一年一組と違って他学年の候補生達も居るから、よけいに居心地が悪い。

 こんな気分は入学初日以来だ……。

 横の鈴を盗み見ると、他の生徒たちと同じ様な目で俺を見ていた。

 おい。メモの字はどう見てもお前のだろ。他人の振りをするんじゃねえ。

 あの程度の刺激に耐えられないあんたが悪いのよ。

 無言の抗議も、無言で返された。

 どうしてやろうかと考えていると、扉を開けて千冬姉が教室に入ってくる。

 ただでさえ教室には張りつめた緊張感があったけど、千冬姉の登場で圧力に変わった。これは16トンって刻まれた錘が目で見えるレベルだな。

 千冬姉もいつになく険しい顔していて、鬼気迫るものを感じる。

「現時刻を持って貴様等への指揮権を私が一時的に預かる。反論の猶予は既に過ぎた。生き残りたければ死力を尽くせ。それでは作戦概要を説明する」

 最初からこれだ。今回の特別召集はよほど危険な任務らしい。俺がこの学園に入ってから書く機密保持の誓約書は、これで何枚目になるんだろな。

 千冬姉と一緒に入ってきた山田真耶先生が教卓を操作して、大型の壁掛けボードに概要を映し出す。

「今回は政府より依頼された防衛任務となります。作戦対象の撃退もしくは撃墜が目標です。……対象は所属不明の船舶で、衛星軌道外より落下してきた巨大IS、名称は離界号、ワールド・パージ。以後はWP1と呼称します」

 山田先生の説明で相手の画像やデータも表示される。

 巨大ISという言葉に、今まで黙っていた教室のみんなが少しだけざわついた。

 ボードに出ている情報にも全長5kmとか理解しがたい数字が並んでいる。この大きさで船?

 しかも地球の外からやってきたISだって?

 頭がおかしくなりそうな相手だな。

「形状と名称は、先に太平洋上でWP1と接触した米海軍の巡洋艦からの情報提供です。他には護衛随伴機に複数のゴーレムを格納し、大型荷電粒子砲を装備しています。目標の推定驚異度を鑑みて、専用機を所有するみなさんのみで迎撃部隊を編成することになりました。また搭載機の存在から、政府はこれまで学園へ襲撃を繰り返した何者かとの関係を疑っています。調査のために接触した米巡洋艦も攻撃されていますから厳重な警戒をしてください」

 山田先生の解説を、千冬姉が引き継ぐ。

「一応は日本領空に侵入された時点でこちらから警告を出すが、アメリカの調査団も近づいただけで攻撃されたと言っている。大人しく捕らえられることは期待するな。予想通りに相手が停船せずに進行を続けた場合、本土が敵の砲撃範囲内に入るより先に叩かねばならん」

 ワールド・パージの簡易モデルが日本近海の地図に置かれ、予想進路とタイムラインが付けられる。なんか夏によくある台風情報みたいだな。これで防衛ラインが視覚化されて、すごくわかりやすくなった。

「馬鹿みたいなデカ物が相手だ。なにが貯め込まれているか解ったものじゃない。故に作戦は一点突破でゆく」

 今度はIS学園側の陣形が表示された。

 一番上にある二つの名前を見て、やっぱりそうなるよなと納得する。

「ワールド・パージを停める手段に、白式の≪零落白夜≫と紅椿の≪絢爛舞踏≫を使う。まず二つのワンオフ・アビリティの連携で大型ISのエネルギーを奪い去る。他のメンバーはその間二機の護衛だ。≪零落白夜≫の行使で停止できなければ、強引に突入して内部から破壊する。先に≪零落白夜≫を使うのは、次善策への布石でもある。白式がバリアを破れずとも、いくらか弱くなっているはずだ。残りの機体で一斉攻撃を加えれば、停められる可能性もある。今回はこの二段構えだ。最大の懸念は、我々以外の勢力がワールド・パージを狙ってくる可能性だ。作戦中の横槍もありえる。十分に注意して行動しろ。なにしろ人類初のISだけによる大規模戦闘だ。気を引き締めていけ」

「それでは各人への作戦指示を所有ISに配布しますから、本部とのリンクを確認してください。事前ミーティングは以上です。次はISスーツに着替えた後、所定の場所に集合してください」

 山田先生の言葉が終わるやいやな、先輩たちが一斉に立ち上がった。指示書の確認もせずに教室を出ていく。

 それはセシリアたちも同様だった。だけどよく見れば、首や目が僅かに揺れている。全員専用機の視界内モニターで指示書を読みながら歩いているんだ。

 一瞬俺も真似してみようかと思ったけど、笑いのネタを提供するだけになりそうだったから止めておく。早く着替えて読む時間を作ろう。

 最後に教室を出ると、廊下の箒が待っていた。

「一夏。その……」

 はっきりとモノを言う箒が珍しく躊躇している。らしくもなく下を向いてリボンを頻りに触る。

 もしかして今回の作戦が不安なのか?

 合宿での作戦を思い出して、後込みしているのかもしれない。俺もあの時に似ていると思ったしな。

 ここは鎌を掛けてみるか。

「箒とのツートップは、紅椿のデビュー戦以来だな」

 ぴくんっと反応する箒。ほんとうに隠し事ができないやつだ。

 箒は昔のことを引きずるタイプなのは知っている。根っこから真面目だからな。考えが内側に向かってしまうのはしょうがない。

 よし。ここは俺が緊張をほぐやろうじゃないか。

「一つ良いことを教えてやろう。実はだな」

 固唾を飲み込んで聞き入る箒。

「この前学食のコロッケで即席バーガーを作ったら、予想以上に旨かったんだ。馬鹿なってな!」

 箒の視線が、さっきの教室よりも冷たいものになった。

 あれ? もしかして外した?

「外す外さないではない。お前は一体なんの話をしているんだ」

「作戦の重要部分を任されて緊張しているみたいだったから、小粋なネタでリラックスさせてやろうかと思ったんだよ」

「そうだな。今は一夏の呑気が心底羨ましい。本当に心強いよ……」

「最後の方、声を小さくするな。羨ましいからなんだって? 馬鹿にしてないよな」

「うるさい! 馬鹿な話をするヤツが馬鹿なのだ。お前こそ少しは緊張感を持て!」

「何事も堅すぎず緩すぎずが大事なんだぜ。俺が軽くて、箒が締める。良いバランスじゃないか。自分で言うのもあれだけど、俺たちはIS学園の最強コンビだろ」

 箒がぽかんとする。一瞬の間があり、ぼんっと顔を真っ赤に変えた。

「黙れ、うるさい! こんな時になにを言っているんだ! 恥を知れ!」

 目を閉じて腕を振り回すな。危ないだろ。褒めたのにどうして怒られなくちゃいけないだ。

「ふん。私はお前の方こそ重役を任され浮かれていないかと心配していたんだ」

「そうだったのか。ありがとうな。でも大丈夫だからさ、一緒に頑張ろうぜ」

 礼を言って俺は右手を差し出す。戦勝を誓う握手だ。

 箒はまだ赤みを残す顔でちら見してから、仕方がないといった仕草で俺の手を取った。両手で挟むように包む。手首に巻かれた鈴帯の紅椿がちりんと小さく鳴った。

「私は一夏と一緒に戦う。お前の背中は私が守る。だから今度こそ……」

 

( ハ ナ レ ナ イ デ  ヒ ト リ ニ シ ナ イ デ )

 

「っつ? あ、ああ……。今度こそきっちりと片を付けてやろうぜ」

「……大丈夫と言った直後なのに不安のある返しだな。まあいい。みんなはもう先に行っている。互いに急ぐとしよう」

「おう。それじゃな」

 箒と別れて男子更衣室に向かう。

 

 足早に廊下を歩く。無心になろうと、可能な限りの速さで歩く。

 頭の中を切り替えようとするけど、気持ちが記憶に引きずられてうまくいかない。箒との話の最後に見えた不思議な映像が気になってしかたなかった。

 あの時、泣いている箒が見えた。それも小学生ぐらいの幼い箒だ。

 現実で目の前に立っていたのは十六歳の箒だから、不安がる箒を見て昔を思い出しただけってことにしたかった。

 想起しているだけと言い切れないのは、姿と一緒に声も聞こえたからだ。そして白式を巻いている右腕に痛みが走った。

 白式からの痛みは最近出会ったある少女を彷彿とさせる。先日学園を襲った灰色の女の子クオ・ヴァディス・サンドリオン。俺が最初に白式から痛みを感じたのは、クオと出会った時だ。

 クオは束さんの娘を名乗っているから、箒とは叔母と姪の関係だ。けど、年齢を鑑みればクオが束さんの実子じゃないのはすぐに解る。この前まで箒だってクオの存在を知らなかったぐらいだ。どうにも繋がりが薄い。

「一体なんなのか、情報がバラバラでわっかんないよなぁ」

 それにあの声は一体……。

 箒の気持ちを繋いだような言葉だった。

 もしそうなら俺には箒がちゃんと見えていないことになる。さっきだって俺の楽観視を心配していると言ったけど、内心は最初に感じたとおり不安だったのかも知れない。それも作戦に関するということじゃなくて、もっと大きな背景からくる孤独感みたいなものが感じ取れた。

 俺はどうしたらいいんだろうか……。

 この前のほほんさんに叱られてから、白式の整備は出来る限り細やかにしている。それでも俺の未熟からクオと出会った時に起こった痛みの正体は解っていない。

 今の状態を簪に見て貰いたいけど、生憎と今日は自分の専用機打鉄弐式の事務手続きで外出している。なんだか間が悪いな。

 なにより白式、クオ、幻と三つの要素が揃った時、大きな麦藁帽子を被った白いワンピースの女の子が脳裏に浮かんだ。

 どこかの良いとこのお嬢さんみたいな彼女。いつか見かけたはずだけど、正確な日時が思い出せない。クオや昔の箒に少し似ていて、心の隅っこに引っかかる。出そうで出ない感じが、なんとも気持ちが悪かった。

 男子更衣室に到着して、俺は自分に宣言した。

「よし。後で考えよう」

 ここでぐだぐだと考えても何にもならない。

 今は日本のピンチを救うために作戦に集中しよう。箒やクオのことはそれからだ。

 俺は心に張り付く不安を振り払うように、制服をロッカーに脱ぎ捨てた。

 

◇◆◇*◇◆◇

 

 篠ノ之箒は織斑一夏と別れて、更衣室に向かう。

 一夏と話していたので他の候補生たちからずいぶん遅れてしまった。追いつく為にも急ぎ足で歩く。

 しかし歩調に焦りは無く、むしろ軽く浮ついている感じだ。頬は緩み、日頃は努めて引き締めている目元も下がり気味になっている。

 言った。言えたぞ。今度こそ一夏との誓いを守るんだ。昔からの約束を果たすんだ。

 更に一夏は箒を一番のパートナーとして認めていた。これが嬉しくないはずがない。

 

 家族と別れてからの三年間は、ずっと寂寥感を抱えていた。

 自分が篠ノ之束の妹であることを伏せ、誰にも本当のことが言えなかった。

 転校する先々でも正体を隠す後ろ暗さから、真面目な箒は親しく付き合える友人を得ることができなかった。

 昨年の剣道大会で際限なく力を振るったのは、全寮制のIS学園へ入学することが決まり、身辺警護の拘束が緩められた反動でもある。

 自由を取り戻したのだからと自分に言い訳した結果は、後悔だけだった。

 表彰式で自分がくだした決勝相手を見て、今後は全力を出すまいと思った。彼女は本当に悔しそうに泣いていた。嗚咽を堪え、きつく目を閉じ、それでも瞼から溢れる悔し涙が頬を流れこぼれていた。

 私は彼女たちほど剣道に打ち込んでいたわけではない。力を振るう場所が欲しかった、誰よりも強いことを証明したかっただけだ。

 奮起した理由は、この大会を束が見ていると知らされたからだ。

 私は落ち込んでなどいない。弱ってなどいない。

 実際に試合中は、これまでで一番よく体が動いた。思考が加速されたような集中力を得られた気がした。昔に一夏たちと練習した頃のように竹刀を振るえた。今思うとまるでISに乗っているかのように動けたんだ。

 力の源泉を思うと、深い考えもなくISなどというものを公開して行方を眩ませた姉を拒絶したかったの知れない。

 そんな不純な動機で竹刀を握る自分が、酷く矮小に見えて仕方がなかった。

 この時期の箒はほとんど喋らなかった。全国大会優勝者でありがなら箒の知名度が低いのは、事務的に発表された結果しかないからだ。インタビューなどは一切断り、一つも記事にされていない。

 IS学園に入ったとしても、これまで通りで過ごそう。

 箒は心の内側から少しずつ壊れかけていることを自覚できずに、深く沈み込もうとしていた。

 姉の束からもうすぐ良いことがあるよと謎のメッセージが来たが、いつもの冗談だと受け合わなかった。

 だが状況は織斑一夏のIS操縦発覚で変わる。

 ニュースで紹介されている幼馴染みが、IS学園に入学してくる。

 何もかも失った自分だが、暗闇の中に未来を照らす一筋の光が差し込んだ。

 もう一度一夏に会える。楽しかった時代に戻れるんだ。

 箒の意識が変わった。目的ができた。

 一夏と一緒にいる。一夏がいれば、きっと昔に戻れる。

 しかしIS学園は箒が思っていたよりも厳しい制度を持っていた。

 代表候補生たちの専用機所有だ。箒も束に追いつくため、認めてもらうためにISの勉強はしている。ISとの相性判定でA以上を示し、各国が威信を掛けて推す彼女たちの存在は知っていた。

 唯一の男性操縦者である一夏に、彼女たちが興味を示さないはずがない。

 案の定、クラス内の女子どころか、学園全体から一夏にモーションが掛けられる大事になった。

 全力を出さないなどと、甘い考えを捨てなければならない。寮の同室だからと浮かれてなどいられない。

 最初は幼馴染みだから自分は特別だ、大丈夫だと軽く見ていたが、初めてISを動かしてみて彼女たちの力の大きさを改めて知ることになる。

 そして寮の部屋割りも変えられ、試合においては第三世代機ならまだしも、箒は第二世代のラファール・リヴァイブを操るシャルロットに完敗してしまう。

 しかし落ち込んではいられない。

 代表候補生たちと戦うために装備を整える。ずっと前から束が用意していた箒の専用IS『紅椿』を受け取ることにする。

 目的は一つだ。最初から何一つぶれていない。

 以前のような楽しい生活に戻ること。家族みんなで幸せになること。その為に一夏と一緒にいる。

 今後もきっと束が自分勝手な興味本位で事件を起こすかも知れないが承知の上だ。姉が本当に何を望んでいるのか解らないが、きっと試練を全てやり遂げた暁には、互いを受け入れられるようになっているはずだ。

 

 箒が更衣室の前までくると、扉前で織斑千冬と凰鈴音が立っていた。

「丁度良かった。篠ノ之、お前も聞け」

「一体なんですか、織斑先生。あたしと箒に個別任務って?」

 鈴の言葉に、箒は疑問を抱く。

 千冬は自分と同じ様なタイプの人間だ。公私を混ぜることを厭うはず。こうやって個人単位の指示があったとしても、全体に聞こえる場所で話すだろう。

 懐疑から千冬の俯き加減をのぞき込むと、普段から厳しい顔付きが、より強く思い詰めていた。

 箒はそれが怖かった。千冬が考えている何かではなく、世界で一番強いはずの彼女が悩んでいる事実にだ。千冬でも苦悩するのであれば、自分がいくら強くなっても悩みから逃れられないのではないか。それが姉の篠ノ之束が出す試練に関わり深いのだとしたら、自分は果たして越えられるのだろうか。

 箒の煩悶を露知らず、千冬が話を切り出した。

「任務といえるほどじゃないが、おまえたちに少し頼みたいことがある。身内贔屓と思ってくれてもかまわんが、作戦のためでもあるのは保障する」

 鈴と箒は互いに見つめ合い首を傾げた。千冬の態度に違和感しか感じない。作戦に関わる内容なら、なおさら秘密裏に伝達する必要はないはず。

 そして告げられた言葉は、いつも通りの内容で、いつもと意味を違えていた。

 

◇◆◇*◇◆◇

 

 ISスーツに着替えた俺たちは、年末バトルロイヤルの為に用意していた数隻のクルーザーに分乗して出発した。

 キャビンの待機室で座っていると、ふと頭に浮かんでしまった。

「ISの能力的に、こういうのって必要なのか?」

「はぁっ!?」

 俺の素朴な疑問に、今回も横に座る鈴がこっちを見た。

 戦列と分乗の関係から、キャビンには俺と鈴だけだ。

 ISスーツの上から防寒ジャケットを羽織っている鈴は、俺を思いっきり見下す。これは可哀想なモノを見る目だ。

「な、なんだよ。世界中を飛び回れるISなんだから、船を使わなくても陸地まで戻れるだろ。出発地点までのエネルギー節約っていっても、そんなに大量に稼げないはずだぞ」

「はぁ~、これだから一夏は……」

「うお、すげぇ侮辱だ。だったら当然鈴先生はご存じなのですよね。海に出るISに母船が必要な理由が」

「作戦開始まで時間あるし。いいわ、おバカな一夏にドクター鈴が教えてあげましょう」

 博士号とか拭かし過ぎだが、面白そうなので即席講義を傾聴する。

「最初に結論を言うと、一夏の考えは逆なのよ」

「何が逆なんだ?」

「バトルロイヤルで船を使う理由は、ピットベースってだけじゃないのよ」

「……すまん。解らないから教えてくれ」

 降参した俺に、鈴は素直でよろしいと笑顔でのたまった。

「本当に必要なのは往路じゃなくて、復路ってこと。行きの燃料節約じゃなくて、安全に帰るための足なのよ。ISが飛ぶんだから遠足に行くわけじゃないでしょ。エネルギーを使って、ダメージ受けて、そんな状態で地表の基地まで帰れると保障できるのかしら」

「なるほど、納得した。ISでも不慮の事故に備えることは必要だ。いくら無敵と言われるISでも、色々と考えなきゃ行けない部分もあるんだな」

 特に俺の白式は未だ問題だらけだ。半年以上の付き合いで愛着も湧いているから、卒業と同時に取り上げとかされたくない。この前の反応不全もだけど、白式の能力は全てが解明されているわけじゃない。俺の身柄や所属だって学園の一時預かりで、IS管理委員会から箒も紅椿を含めて出頭命令が出ている、らしい……。

 みんなからの噂話程度だから本当かは知らない。千冬姉が黙れば俺には何の情報も降りてこないのだ。確かめようがない。

 俺の脱線を知らず、鈴の解説は続く。

「十年前に言われたISが現行兵器を凌駕するなんて、無知なルポライターが書いたくっさい煽り文句でしかないわ。ISは空想だけの産物じゃなくて現実に物体としてあるんだから、どうにかできるのが世界の常よ」

「昔の兵器でISを倒せるっていうのか。そんな無茶一体どうやるんだよ」

「この前の出動で地下区画の動力用ISが狙われたそうじゃない」

「いや、動けない相手を倒したところでなあ」

「強い敵を戦う以外でどうにかするのが兵法や戦略よ。公正な競技や試合も戦いの一面だけど、狭い定義ってことは理解しなさい。広い視野で見る戦闘っていうのはとてもシビアなの」

 半端ながら習った剣道で箒に負けまくった身には骨の髄まで染みる解説だ。相手が箒でも動かないなら楽に勝てるし、試合でないのなら後ろから忍び寄って打ち込みできるだろう。

 怪訝な顔をした鈴が身を乗り出してささやき口調になる。

「もっと噛み砕いて言えば、今度のバトルロイヤルで白式の対処法をやられたら、あんたどうするの? ってことよ」

「対処法ってなんだ?」

 また鈴が可哀想なモノを見る目になる。俺だって傷つくこともあるんだからな。さすがに止めてくれ。

「非好戦と遅滞戦闘、要するに出来る限り戦わない方針のこと。燃費の悪い機体にはこれが一番よ」

「それってズルくないか?」

「普通の試合ならともかく、逃げることが戦法として通じるのがバトルロイヤルでしょうが。それを言うなら第三世代試作機よりさらに上の特別機を持ったあんたと箒はズルくないの?」

 痛いところを突かれては黙るしかない。

「参加者たちの情報を事前に集めて対策立てて、さらに対応する相手の考えを予想して、共同戦線や不可侵協定が可能か交渉したり、勿論自分の訓練も忘れずにして、バトルロイヤルっていろいろ準備があるのよ。これは通常の戦闘も同じね」

 鈴の主張は、剣道の師範である柳韻さんからも聞いた覚えがある。

 戦いはそうと決めた時から始まっている。武器を携えて向かい合うのは終盤。

 練習は試合で勝つための準備。試合でどれだけ頑張れるかはどんな練習をしたかで決まる。

 ドクター鈴の個人講義は続く。

「そこで重要になるのが、ISに何が出来るかを見極めて適切なサポートを用意することよ。今回で言えば、千冬さんが乗っている船を司令機にした一団ね。帰り用の移動手段でもあるけど、司令塔として戦闘指揮はもちろん、私たちが作戦に集中できるよう後方と繋ぎを取ったりや、もしもの時の応急処置、救命手当もやるわ」

「そういうのって、非武装の船でやるには危ないんじゃないか? 説明には十分に距離を置くとかあったけど、移動速度じゃISに適わないんだから、狙われたらおしまいだぞ」

「だから昔の空母さながらに直近の護衛を残すのよ。直衛は副官兼任の山田先生だから安心して前を向けってことね」

「なんか配置がしっくりこないな。山田先生を前に出してゴーレム蹴散らしてもらった方が良いような。先輩たちと一緒ならかなり優位に戦えるだろ。護衛は別の人がやればいい」

 前回クオがIS学園に放ったゴーレムの内いくつかは山田先生が倒している。ちょっと前のタッグマッチでも新型ゴーレムに先輩たちが対応していた。このグループで前線を掃討してくれると、大物の相手がやりやすくなる。

「はーい。文句は作戦責任者の織斑先生に直接言いましょうねー」

 鈴の言うとおりなのでぐうの音も出ない。

 黙っていると、鈴がじろじろと睨みつけていた。

「本当、千冬さんには弱いわね」

「ほっとけ」

「まあ本来なら作戦に出るISのどれかを通信員にして、輸送する船は完全離脱するべきなんだろうけどね。ISの絶対数が少ないんだからしょうがないじゃない。無いなら無いでどうにかやりくりするのよ」

「機体数が少ないってのが、戦闘力以外で見てくるISの弱点なわけだ。司令船が狙われる理由にもなるし」

 そういうことね、とないむねを張るドヤ顔の鈴先生。

「逆にISが戦略的に既存兵器を凌駕している部分もあるわ。まさに今、私たちが恩恵を受けているダウンサイジングね」

「いま、か?」

「戦闘機や戦車以上の能力を兵士一人の大きさに納められるのよ。運搬に大がかりな手段を必要としないのは、圧倒的な特徴だわ。つまり列車に専用の運搬車両を牽引させたり、空輸にも大型のヘリやジャンボジェットを使わなくてもいい。ISを艦載機にする空母はサイズを従来の半分以下に出来るってこと。その間抜け顔は、これがどれだけすごいことなのか理解できてないでしょ」

 仰るとおり、まったくもって解らない。

 三度目の憐憫が向けられるかと思ったが、鈴はかるく息を吐いただけだった。

「とは言っても、戦闘機や戦車の配備数にISが追いついた未来の話だからね。コアの数が足りないんじゃ、既存の軍編成をいじる旨味もほとんど無いし、サポートをISで一元化させるためには、全兵士にISを装備させないといけないんだから、道のりとしちゃ夢のまた夢よ」

「確かにそこまでISが出回るようになれば、戦闘機や戦車の出番はないよな」

「何かしらの役割は振られて完全に消えるってことは無いでしょうけどね」

「そうなると、今からやり合う超ドカ弁当箱ってすごく貴重な存在なんじゃね」

「昔ながらの缶箱型なんて誰が解るのよ!」

 ネタを拾える鈴もすごく貴重な存在だ。小さく拍手して称えよう。

 鈴は一つ咳払いすると、解説を続ける。

「出発前に千冬さんが学園以外の組織が突っかかってくるかもって言ってたでしょ。WP1が戦闘能力を有するISの航空母艦なら、どこの国だって欲しがるわよ。有用性としちゃ紅椿に使われている第四世代技術よりも手堅いんだし。実際アメリカの調査隊も本当に調べるだけだったのか怪しい気がするわ」

 俺たちの構成として、司令船を守る役を山田先生に割り当てている。つまり戦闘中に後方部隊が狙われるとしても、そこにもISがあるかないかで部隊全体の総合力が変わるわけだ。俺たちだって玉砕覚悟なら山田先生を前に出して火力を上げられる。もちろんそんなことをすれば、後顧の憂いが背負いきれないほど大きくなってしまう。

 最初から輸送運搬、作戦指揮、各種補充や修理治療を行うことができる司令所としてのISがあれば、今まで鈴と話していたことの大半が覆えり補強される。

 今から俺が相手にするのは、そういうものなんだ。 

『待機中の各員に伝達。予定通りに作戦を開始する。ISパイロットは甲板にて各自の機体を展開せよ。以上』

 千冬姉の無遠慮な通信が個人講義の終了を知らせる。

 俺は堅い座席から立ち上がりキャビンの出口に向かう。

「だとしても、どれだけすごいものが相手だろうが、俺がやらなきゃいけないことは変わらないってわけだ」

「うむ、殊勝でよろしいぞ。一夏君」

 鈴は立ち上がりながら一回転して、格好良くジャケットを脱ぎ去る。

「ではでは、ちゃっちゃと謎の離界号事件とやらを解決して受講料を払いたまえよ」

「おう。いろいろ任せろ」

 

 この時はどうせ学食一回ぐらいならと軽く思っていた。

 鈴に講義の礼を返せるようになるのは、ずっと後になってからだった。

 

◇*◇

 

 複数のISが展開して海と空しかない世界へ飛び出してゆく。

 海原に浮かぶクルーザーは、千冬姉が乗る司令船の他に二隻だけを残して、進路を本土に向き直す。

 危険にさらす人員を極力は減らすためであり、救助ラインの多重化の為と説明された。

 先頭に立って前線指揮を執る取る楯無さんが全員に話しかけてきた。

「全員聞こえるね。指示通りに隊列を組んで進むわ。勝手に外れたら、個人的にお仕置きするわよ。どんどんやっちゃって」

 おおい。こんな時でもノリ軽いな。

 二年の先輩で専用機持ちのフォルテ・サファイアさんも乗っかってきた。

「かいちょー、その場の逆襲はありッスかー」

「私はいつ何時誰の挑戦でも受ける! ハカの覚悟があるヤツだけ掛かってこい!」

「いや楯無さん。殺しちゃだめだって。墓に入れるとか物騒な」

「……君は本当に16歳の男の子なのか、お姉さんは時々不安になるよ」

「だめだめッスよ、おりむー。そこは顔を赤らめてどもらないと」

「俺には二人が何を言っているのか解らないです。あとフォルテ先輩は、どこでそのあだ名を仕入れてきたんですか」

「あれ? 知らないの。放課後の生徒会室で書記ちゃんが販売してるッスよ」

 本当に仕入れられていたというオチ。のほほんさんもなにしてるんだ。

 他のメンバーも笑ったり、渋面になったり、視線を逸らしたりといろいろな反応をしているが、概ね良好のようだ。

 一人だけ今にも切りかからんとしているのはラウラだ。鬼のように顔を赤くして怒っている。さっきの生徒会長のギャグに思うところあるのだろうか?

 発進するクルーザーの位置から配慮された戦列で目標に向けて編隊飛行すると、あっという間に千早姉の船さえ見えなくなった。後から追いかけてきているはずだけど、少し不安になる。

 ライフルのスコープで遠距離の光学監視しているセシリアが報告してくる。

「目標、離界号を視認しましたわ。GPSで計測した座標から、領空侵入まで残り僅かです。織斑先生、聞こえますか?」

『拾えている。警告は各ISを中継してこちらが行う。全員進行を停めてワールド・パージの監視を続けろ』

 楯無さんも片手を上げて、停止を合図を出す。

 俺たちは飛翔から滞空に切り替えて、目標の予想進路に目を向ける。

『通常電波通信への妨害も始まった。以後はコア・ネットワークを基準にする。各自切り替えを確認しろ』

 千冬姉の指示に従ってイメージコンソールと前座試合をしながら、少しだけ青いだけの世界で浮遊する。

 遙か遠くの空に、俺の目にも見えるぐらい灰色の点が浮き出てきた。隠れていた雲からゆっくりと、灰色の楔が突き出される。遠目で見ているから遅く感じるだけで、本当はかなりの速度で移動しているはずだ。それを証明するように、見ている間に灰色の物体は大きくなっていく。教室で見たデータ通りならまだ手のひらに収まりそうなあれは、全長5kmの超巨大物体だ。比較物が無いから、距離感がおかしくなっているだけの話。

 スコープを使って観測員のまねごとをするセシリアが報告を続ける。

「WP1の周囲に護衛のゴーレムが確認できません。格納されたと思われますわ」

『わかりました。各員、ゴーレムの射出口などを発見した時にはすぐに報告してくださいね』

 司令船から山田先生が応じた。

 二段構えの作戦のうち、プランBではワールド・パージに侵入することになる。その時の為に侵入口を事前に確認しておこうということだ。

 米軍との接触でも、ワールド・パージがゴーレムを出したことまでしか解っていない。視認できない状況下で出されたからと提供された情報には書かれていた。

 そこから護衛の射出口が弱点になるのではと、司令側は考えているようだ。実際に護衛機の展開中は装甲を無視して内部を攻撃できるチャンスだからだ。

 あれ? でも、なにか引っかかるな。

 確か、このことを知っているのは……。

 俺は隊列後方にいるセシリアとシャルに個別秘匿回線(プライベート・チャネル)を繋いだ。

「ちょっと確かめたいんだが。ISの量子格納能力って展開できる範囲はどうなっているんだっけ。たとえばIS一機分ぐらいの幅を空けるにはどうすればいい?」

「一夏さん、この場で補習願いとはふてぶてしいですわね。と言いたいところですが、なるほど。懸念はクオさんですね」

「型式番号がクオちゃんの申告通りならってことかぁ。よく気が付いたね」

 さすが優等生の二人。俺の考えを一瞬で見抜いた。

 俺も出撃の前に箒と話してクオの事を思い出していなかったら考えつかなかっただろうな。

「現行の仕様で言えば、意味が無いから行っていないとなります。能力としては調整によって数mほどまで広げられますが、当然パイロットは出現座標の管理を厳しくせねばならず、負担が増えてしまいますわ」

「武装の使用許可は格納する側で管理できるけど、そんな離れた場所に武装を展開しても相手に潰されるリスクが増えるだけだからね。味方に渡すってことも普通はあまりしないから」

 武装の譲渡は緊急事態だけだ。俺もシャルとタッグを組んだ時ぐらいだしな。受け渡しなんて現場対応を前提にするより、まずは味方の格納領域や武装構成を見直すべきだって話になる。

 ひとまず技術的には可能のようだ。他ならぬ束さん製作のゴーレム・ゼロができるんだから当たり前か。

 となると、俺の予感はそのまま注意喚起になっちまう。

 地下特別区画で聞いたクオの自己紹介を思い出す。

『このISはクオのパートナーでWP-C00……、簡単に言うとゴーレム・ゼロになります』

「同じ灰色で略称と型番が似ているゴーレム使いのIS。クオとの関係を、っていうかあの巨大浮遊物も束さん系統だよな。どう考えても」

「外観からIS射出口のあたりはつけられますが、そこを使わずに無人機のゴーレムが量子展開されることを注意しましょう。予想外の角度から不意打ちされてはいけませんからね」

「この情報はみんなにも伝えないと。僕かセシリアが偶然気が付いたってことで司令船に切り出そうか?」

 シャルが話の出所を懸念して提案してくれる。俺が通常の無線通信ではなく、個別秘匿回線(プライベート・チャネル)を使ったのは、セシリアとシャル以外には聞かれたくなかったからだ。近づいて肉声で話そうにも、俺は突貫役なので当然最前線。セシリアたちは援護の為に隊列の後ろ寄りにいるから無理だ。

「頼む。シャルとセシリアなら地下特別区画にも居たし、クオの存在を隠しながら話せるだろうから」

「一夏さんでは必要ないところまで喋ってしまいそうですからね」

 セシリアが笑う。優しく笑う。でもその優しさが心に刺さる。心慮浅い己が不甲斐ないぜ。

 目標のWP1が領空域に接する直前でもある。手短に説明する必要もあるし、大人しく二人に任せよう。

 向き直ると、もう抱き抱えられないぐらいの大きさになった超大型ISが見えた。こっちの停船に応じず戦闘になれば、あれを俺が切り落とすわけだ。さすがに緊張してくる。

 俺は意識を一つに束ねて、緊張さえコンディションを最高潮にさせる要素に変えてゆく。

 集中をかき乱したのは、片翼の端に居た三年生ダリル先輩の全体シャウトだ。

「どうして誰もこの距離になるまで接近を感知できないんだよ! 司令船、所属不明機体が3つ、九時方向から高速接近中。もう目で見える所に来てやがる!」

 同時に学園側のIS全てに警報が鳴り、不明機のエンゲージを知らせる。ダリル先輩の専用機ヘル・ハウンドver2が通常の光学カメラで相手を見つけたから、戦時リンクを取っている学園側にようやくと知れ渡ったんだ。

「どういうこと? これだけの数がいて見えなかったっていうの。ISのネットワークステルス技術なんてどこの国にも無いはずよ!」

 俺と同じく前衛組の鈴が驚きを隠さずに叫ぶ。

 その三機は、目で見える場所まで見つからずに近づいてきたいたことになる。下手をすれば長距離武装で狙撃されているところだ。

「ここでアラスカ条約違反とはやってくれるわ。一体どこの誰ちゃんと聞きたいところだけど、当てはまるのは一つだけよね」

 楯無さんが冷たく微笑む。

 アラスカ条約、ISの運用に関して国際的に交わされた条文だ。

 その一つに全ISはコア・ネットワークにて所在を明らかにするとされている。

 軍事利用が禁止されながらも、各国が軍隊でISを研究活用しているのにはこれを盾にしている部分もある。

 各国に所属するISはどこにあるのか解るから、ISを使った武力侵攻やテロ行為を行うことはできない。軍の管理下であっても軍事利用ではないという建前だ。他にも、あくまで所有者は国であって軍はそれを借り受けて運用研究しているだけというのもある。

 ついでに言えば、コア・ネットワークへのステルス技術の開発も禁止されている。実際はISコアの根底に関わる機能だから、現在の技術じゃ抑制できないというのが実体だそうだけど。

 そこまでして張られた予防線を突破する相手が来た。

 ワールド・パージに向けられたいた緊張が分割され重さをます。只でさえ大物を相手にしているんだから、二面作戦なんて勘弁して欲しいぜ。

 不明機の接近を警戒して武装を取り出そうとするみんなを、司令船からの通信が制す。

『全員まだ動くな。おまえたちの目標はあくまで前にいる灰色の弁当箱だ。矛先を間違えるなよ。邪魔者はこちらが相手をする』

 これが出発前に千冬姉がミーティングで言っていた横槍か。楯無さんは誰が来たのか解っているみたいだった。

 ワールド・パージと違ってこっちは普通のISサイズだからカメラズームでもはっきりと姿が解るまで少しだけ時間がある。

『特に篠ノ之、凰。指示通りだ』

 千冬姉がため息を吐き出すように付け足した。

 俺とコンビネーションをとる箒も前線組だ。クルーザーの組み合わせは同じく前線に出るラウラと一緒だったが、もしかして割り振りした山田先生に気を使われたのかも知れない。なんか申し訳ないけど、箒と鈴にだけ個別で話すことが腑に落ちない。

 そうこうしている間に不明機からの識別信号が発信され、全員が今一度驚愕することになる。所属名に、信じられない名前が出た。

 Infinite Stratos administration committee。IS管理委員会。

 彼女たちは、さっき言ったアラスカ条約を監督する国際機関だと名乗った。

 学園側の代表候補生たちに、動揺が走った。このタイミングで委員会が何の用でやってくるんだ?

 三機の先頭で飛ぶISは、やけに目立つ金色をしていた。形も見たこともない機体だ。腕脚とヘッドパーツは普通だけど、背後のアンロックユニットが一枚の薄い布だった。支えもなく頭上で上弦を描いているから普通の布じゃないことがわかる。まるで天女の羽衣みたいだ。乗っている人もどこかで会ったことがある気がするけど、誰なのかいまいちはっきりしない。出会った時と化粧が違うのかもな。女の人はそれだけで印象変わるから。

 問題は、随伴の2機が判明したことだ。彼女たちを忘れるはずがない。

 黄金のISと一緒にいるのは、織斑マドカのサイレント・ゼフィルスと、オータムのアラクネ。今まで何度か学園を襲撃したきた亡国機業のISたちだ!

 俺はあいつらに向かって飛び出そうとするが、誰かに強く腕を捕まれて引き留められる。振り返ると鈴の甲龍がすぐ横に来ていた。しっかりと両腕で白式の≪雪羅≫を掴み放さない。

 どうして邪魔するんだ!

 きつく睨む俺に、鈴は臆することなく静かに首を振る。

 今度はラウラの怒号が飛ぶ。

「箒、放せ! 私はヤツラを倒さねばならんのだ!」

「おちつけラウラ。相手はIS委員会だ。敵ではない」

「そんな腑抜けた台詞が出るのは、おまえが何も知らないからだ。本当に篠ノ之博士の妹か!」

「なんだと! どういう意味だ!」

 シュヴァルツェア・レーゲンを押さえ込む紅椿。二つのパイロットが怒鳴り合う。

 さっき出た二人への指示を理解する。教室での言葉も、クルーザーへの搭乗振りも、伏線だったんだ。千冬姉は、この場面で彼女たちが現れる可能性を高く見積もっていた。俺とラウラの歯止め役に鈴と箒を当てていた!

 俺が司令船に通信を入れる前に、黄金の天女からの言葉は割って入った。

「私はアラスカ条約機構IS管理委員会、査問部に所属する監査官(オブザーバー)のユウコ・タチバナ・ミューゼルです。ワールド・パージの回収を行うため、IS学園への協力を要請します」

 突然の申し出に楯無さんが笑う。でも顔は厳しい表情のままだ。

「はっはっは。遵守する条約を無視しておいて、守らせる側の委員会を名乗るなんて笑えない冗談ね。それにWP1の回収を手伝えですって? だったら正規のルートで話を通せばいいじゃない。現場にねじ込むなんて手際悪過ぎよ」

 監査官とは読んで字の如く、条約がきちんと守られているか調べて報告して対処する人のことである。

 だとしても、管理委員会がISを所有しているとか、監査官がIS乗りだとかは聞いたことがない。こうしてISに乗って現場視察するのが普通なのか?

「査問部所属なら、噂のイリーガル部隊ってヤツかもね」

「知っているのか、鈴」

「アラスカ条約機構は通常単独で威力を保てない。主体が国際間組織で主権を持った国家じゃないからね。IS学園と同じで必要ならどっかから戦力を借りてこなくちゃいけない。条約は基本、抜け駆けや下手打ったヤツを吊し上げるためのお題目だし」

「身も蓋もねえな」

「でもこの十年間そんなことは起こらなかった。本当に平穏な十年だったのか、それとも……」

「裏の仕事人がいたのかって話になるんだな。でもこれ根本的におかしい。だってその場合査問部の特殊部隊が世界で一番強くなくちゃいけない。各国を平坦平和にする条約を守らせる部署が、どこよりも内容にそぐわないじゃないか」

「その通り。だから都市伝説程度の与太話なのよ。本来なら」

 鈴が黄金のISを見る。

 コア・ネットワークステルスで奇襲気味に現れた彼女たちが本当にIS委員会とは思いたくないけど、そっち方面の理論だけが合致してしまう。

 なにより裏の仕事人というのが気になった。もしこれが亡国機業を指すのならば、いろいろ納得出来てしまう。

 司令船からミューゼル監査官に応えが返される。

『ミューゼル監査官。こちら作戦責任者の織斑千冬です。現在IS学園は日本政府からの要請で防衛任務にあたっています。領空侵犯への警告後に対象が本国への侵攻を止めない場合は、主権と安全を保つためにこれを撃墜します。対象の回収ならばその後に行ってください』

「共同での活動することに政府の了承は得ています。未曾有の相手と構えるのに、戦力の増強は妥当な判断でしょう。通常の権限で上回るこちらが指揮権を主張することも、不義ではないはずです」

 監査官の言葉に全員が沈黙する。悪いことに説明される部分には言い返す要素が無い。

「なによりワールド・パージはISであることが判明しています。IS管理委員会は所属不明機を複数抱えるIS学園への訓告を続けてきました。ワールド・パージもまた、見えないリストに入れられる前に公的な立場から確保する必要があると判断しました。これは今まで襲撃事故から得られた未登録のISコアの存在を鑑みても、破格の対応であると思いますよ」

 ミューゼル監査官が微笑むけど、威圧感のあるものだった。

 ゴーレムにISコアがなかったのはクオが持ち出したタイプⅡだけだ。四月の一機目と、タッグトーナメントに襲ってきたヤツラにはコアが存在していた。IS学園は機体の破壊と一緒にコアも破損したと報告していたけど、その残骸は委員会に渡されていない。

 今なら解る。千冬姉は亡国機業が委員会に入り込んでいるから渡さなかったんだ。

 それに監査官の言い分に納得できない部分もある。

 まだ箒に組み付かれたままのラウラが叫ぶ。

「それはもしかして冗談で言っているのか? 貴様を含めたその三機のISは清廉潔白であると言えるのか!」

「はい」

 あっさりと監査官が言い切る。

「このサイレント・ゼフィルスは英国研究機関より管理の委託を受けています。アラクネには軍管理の履歴もあります。私のドース・マーベリーも委員会に申請されていますよ」

「どちら側にも影響力を持っているのはよく解った。自分の好きな時に都合が良い側の所属にできるのだな」

 自信をもって語られた言葉に、ラウラが噛みつく。

 今度はシャルが口を開いた。

「申請されているってどういうこと。監査官のISは一体どこの所属なの? 委員会は個別にISを持っていないはずだよ」

「ドース・マーベリーは、私の個人所有です」

 ずばずばと切り返してくる監査官に、全員戸惑うしかない。

 だってISの個人所有は今のところ一つしか例がないはずだ。

 それを委員会側が持ち出すからには。

「ですから篠ノ之箒さんの紅椿も、同様の登録をお願いします。何度か学園に要請しているのですが、返答がないのです。これを機に責任の所在を明確化しましょう。申請の為、本部への出頭を命じます」

 当然こうなる。

「“申請している”んじゃないでしょ。ついさっき大急ぎで“申請して来た”んでしょ。私たちの目の前に姿を出せるように」

 楯無さんが隊列を離れ、管理委員会三人組と向かい合う位置に移動する。

『更識、必要以上に動くな。配置に戻れ』

「もうWP1が領空に入ります。先生方は予定通りに警告を出してください。管理委員会を騙る輩は私が抑えます」

「騙してなんかいないわ。酷い言い掛かりね」

「生憎と立場上467機全てのISコアがどこに所属しているのか覚えているわ。その中に個人で持っているものなんて一つもない。個人所有も新しく追加されたコアも、箒ちゃんの紅椿だけのはず」

「うーん。できればそこは流して欲しかったのだけど」

「ええ、動かなければ言わないわよ。私も伝説の騎士の一人と戦ってみたいのだけれどね。今は取り込み中だから、お互いに宇宙鯨の捕獲観戦といきましょうよ。スコールさん」

 楯無さんと監査官が意味深なやりとりをする。

 俺は最後の呼び名で、やっと金色の人が誰なのか思い出した。

 箒と高級レストランで食事をしにいった時にスーツを様立ててくれたスコール・ミューゼルさんだ。本名がユウコ・タチバナで『夕立』(スコール)って、オヤジギャグかよ!

 あの時は優しくて気前の良い大人と感じたけど、本当に委員会の監査官なんだろうか。

 亡国機業の二人を連れているんだ。相当な地位にいるのは間違いないだろう。あのマドカとオータムがこれほどまでに大人しいのは、ミューゼルさんにそれだけの実力があるからだ。こっちは鈴や箒の物理的手段であるのに対し、向こうはヒエラルキーだけで抑えている。

 楯無さんが普段は見せない刺々しい態度でいるのも解る。だけど今まで見てきてミューゼルさんとマドカの言動が噛み合わない。亡国機業は俺を殺したいのか、それとも別の何かがあるのだろうか……。

 重苦しい雰囲気の中、ワールド・パージへの接触が始まろうとしていた、その時だ。

『……ちゃ、………………』

 いきなりのノイズが聞こえた。酷い音割れと雑音に顔がゆがむ。

「……こんな時にいったいどこからだ?」

 見渡すけど他の誰も反応していない。変な通信規格でやりとりしているらしくて、みんなには聞こえないみたいだった。

「何しているのよ。おかしなことするんじゃないわよ」

「そうじゃねえよ。これのせいだ」

 白式との接触回線で中継を受けた鈴も少し表情を曇らせたが、すぐにイメージインターフェースを開き調整を開始した。

「なによ、これ。どっかからの妨害通信?」

 甲龍の周囲に投射モニターが展開された。手も使わずにすごい速さでいろいろなパラメータが変更される。いろいろなゲージの波打つ様子が俺からでも見える。鈴の多才さが伺える一幕だ。

『……ちゃん! 聞こ……』

 雑音の奥に隠された音声が、少しずつ明瞭になってゆく。

「な、なんで……、WP1から通信が……」

 いち早く声を聞き分け相手を特定した鈴が呆然とした。俺を掴んでいた手を離してワールド・パージを見つめる。

「それに喋ってるのはクオじゃないのよ!?」

『……お兄ちゃん! お姉ちゃん! どいて! 逃げて! この子がぜんぜん止まらないの!』

 どれほど泣いていたのか、クオが酷く鼻が詰まった声で俺たちへの警告を叫び続けていた。そのくせに喉は枯れていて聞いているだけで痛々しい。

 ちくちょう! やっぱりかっ!!

 俺は二段階瞬時加速(ダブルイグニッション)で飛び出した。

 学園のみんなが何か言う前に、ワールド・パージを目指して緊急加速でする。

 前回白式はクオと束さんの通信を拾った。あの時のプロトコルが生きていたんだ。

「クオ、聞こえるか。俺だ!」

『お兄ちゃんっ! やっと、通じた……』

「今助けるぞ。待っていろ!」

『だめっ! 後ろ、よけてっ!』

 クオの警告に回避行動を取ると、俺の真横を一筋のビームが通過した。

「勧告にも従わず、司令所からの指示もなく動いたな。それでこそ貴様だ! 撃墜の大義名分は有り難くいただくぞ」

 後ろに大型ライフルを構えたサイレント・ゼフィルスが飛んできていた。

 俺は足を止めて振り返った。彼女に無防備な背中を晒すのはさすがに危ない。それに言い方が気になる。

「それでこそとか言ったな。……クオの声を、ワールド・パージからの通信が聞こえていたのか?」

「五月蠅すぎて、打ち落としたくて仕方がなかったわ。さっきから我慢するのに苦労していたのよ」

 俺と向かい合ったサイレント・ゼフィルスが顔の上半分を隠す仮面をワールド・パージを向けて笑う。

「ふざけるなよ、お前! 子供が泣いているのを見捨ててんじゃねえ」

「……家族の仲を引き裂いた貴様が言うな。それにあれは所詮人形だ」

「わけの分からないことを言って誤魔化すな」

 俺は≪雪片弐型≫を取り出して構えた。

 サイレント・ゼフィルスと睨み合うと、彼女の顔が割れているのが見えた。パイロットの顔じゃなくて被っているバイザーに大きな罅が走っている。他の部分はどこも壊れていないから、よけいに装甲バイザーの傷が目立った。

『織斑、指示を受けずに勝手に動くな! 監査官も随員を制してください。こちらに交戦の意図はありません』

「でも私たち側の要求が通らないことが確実化したわけだから、止める理由が無いのよ。ブリュンヒルデも今更学園側の指揮権をこちらに譲るわけにはいかないでしょう。困ったわねぇ」

 司令船と監査官の煮えきれないやりとりを聞いていた鈴が、突然大声を上げる。

「ああ、もう。面倒くさぁいっ!! 一夏ぁ! こうなったらもう全部バラすわよぉ!」

「ちょっとお待ちなさい、鈴さん」

「それを話したら、どんな流れになるかもわからないのに……」

「グルってたヤツらは黙りなさい! 全部一夏の所為でしょうが!」

 鈴は止めようとしたセシリアとシャルを一言で押し返す。

 責任を俺に押しつけられても困るが、全員の注目を集めた鈴がぶっちゃけはじめた。

「WP1の中に人が居るの! 彼女はこの前学園を襲撃した女の子よ。その上で助けを求めているわ。これがその通信コード。クオ、返事して!」

『え、あ……。はい、なんでしょう……』

 甲龍を中継して聞こえた小さな女の子の声に、場の雰囲気が変わった。緩くなるはずもなく、緊張感が異常に高まる。クオについて何かを隠している人間が大杉なんだよな。誰が何を知っているのかわかりゃしない。

「これで日本政府からの要請以外でも、IS学園が独自にWP1を確保する目的ができる。クオの拘束と保護よ! ついでに言うと、作戦に当たるのは租借地に於ける借用戦力なんだから、事務側の委員会が変な横槍入れないで!」

「それは国家代表候補生としてのお言葉?」

 黄金のISが値踏みするような質問を返す。視線を真っ向から受けた鈴がミューゼル監査官を睨んだ。

「わざと上等な権威を持ち出すんじゃないわよ。ただ作戦に従事する一員として当たり前のことでしょ! 調査が必要なら脅威と混乱が収まってからにしなさい。それとも何、あれが壊されちゃマズいことでもあるの?」

 ふぅー、と猫の威嚇声を発する鈴。

 ミューゼル監査官は困った顔で頬に手を添えた。

「マズいわねえ。なにしろ大地が割れ(ワールド・パージし)空と一つになっ(インフィニット・ストラトスし)ちゃうんだから。昔懐かしく二つになれば楽しかったのだけど」

「はぁ? なに言ってんのよ」

「こちらにも深い事情というのがあるの。それにしてもブリュンヒルデの下にこんな良い教え子が居るなんて、うらやましいわ」

 俺の前にいるサイレント・ゼフィルスが意地汚く笑った。

「言うことを聞かない生徒で悪かったな」

「今回ばかりは命令に従ってもらうわ。エム、篠ノ之束が作成に関与した二機を回収しなさい。ワールド・パージは私とオータムで抑えるわ」

 一瞬、俺はミューゼル監査官が何を言ったのか解らなかった。

 最初に反応したは楯無さんだ。ミストレアス・レディのアクアランスが黄金のISドース・マーベリーに突き立てられた。初っぱなから瞬時加速(イグニッション・ブースト)を使った本気の攻撃だ。水槍の切っ先が空気を切り裂き金色の装甲を穿つと思ったが、穂先は薄い繭のようなものに止められていた。

「その繭の正体は、やっぱりISだったのね」

「種明かしするまでもないでしょう。ナノマシンの浸食に対抗できる防御方法は限られているのだから」

 ランスを受けたのは、ドース・マーベリーのアンロックユニットである羽衣だ。それが伸張して前面を覆う物理的な盾になっている。あんな機能を持つISなんて聞いたこと無いぞ。

 楯無さんは持ち槍の蒼流旋を引き、今度は連続蹴りで繭の破壊を試みる。突きに強いなら横合いからの衝撃にはどう反応するのか確かめる。

 ドース・マーベリーが立ち位置を変えたことで、繭も追従して動く。文字通り盾として羽衣が使われている。

 一発目の蹴りが受け止められたことを知って、楯無さんが身体の回転軸を変える。相手にまとわりつくような動きから、羽衣の盾の範囲を追い越してスコールの肩口に後ろ突き蹴りっぽいものを出す。

 今度こそ命中すると見えたが、羽衣とは別の光が遮る。刹那の後にはスコールが手にした大振りの金属扇がミストレアス・レディの足先を止めていた。閉じた棍棒状態で腕を振り、楯無さんとの距離を離す。

 口をとがらせて楯無さんが文句を言う。

「人のキャラ付けを盗らないで貰える」

「そんなことを言われても困るわ。私が設計したわけではないのだし、むしろこちらが仕事の邪魔をするなと警告する立場なのよ」

 スコールは金属扇を広げて笑う口元を隠した。

 逆に楯無さんは珍しくやる気の真面目モードだ。

「あなたを放って好きにやらせると、本当にあの大きいのをどうにかしちゃうから安心できないの」

「一番簡単な解決方法じゃない。学園にも不利益はないはずよ。どうしてダメなのかしら?」

「あなた達の最終目標からアレの対処までがどんな風に関係するのか、5段階ぐらいにわけて説明して貰えるなら協力してもいいわよ」

「そんなことをすれば、IS学園から生徒会長さんが居なくなってしまうわ」

「ほら、やっぱり。信用できないじゃない」

 ランスを構えた楯無さんが、突撃攻撃を仕掛けた。

「更識楯無からIS学園代表候補生各員へ、生徒会長権限で防衛戦を許可するわ。この所属不明な横槍部隊から作戦目標と自分たちのISを守りなさい。こいつらは、敵よっ!」

 

「……はは、あははははははっ! きた! 待ち望んだこの時が、ついに来たぞ!」

 スコールの指示を受けたエムが高笑いを上げる。

 監査官の命令は、明確に俺たちと敵対するものだ。この状況で白式と紅椿が拘束されては、ワールド・パージを止める手段を失うことになる。プランBの突入作戦だってワールド・パージのシールド・エネルギーが消耗している前提なんだ。俺がやられちゃクオを助けられないじゃないか。

 笑い続けるエムと向かい合ったまま少し、ずつ後ろに下がろうとするが、サイレント・ゼフィルスは射出したBTビットで俺の背後を取ろうとした。

 仕方が無く落下しながら加速して包囲されきる前に場所を移す。苛立たしいことにワールド・パージから遠ざけられる方向しか空いていない。

 サイレント・ゼフィルスはBTビットでの包囲を狭めながら、俺の白式に向かって突進してきた。BTビットで相手の行動を誘導してからの狙い撃ちだ。よりにもよって大型ライフルによる狙撃じゃなくて、銃先にナイフを着剣してのチャージアタック。

 白式から見てBTビットでの攻撃で怖いのが、全方位から狙われることだ。これには≪雪羅≫のアンチエネルギーフィールドも手を焼く。≪雪羅≫のシールドは全身を覆えるサイズだけど、左腕を基点にしているから一方向にしか向けられない。だから細かく背後を狙うBTビットは苦手な相手だ。それらを踏まえてサイレント・ゼフィルスはBTビットを牽制に使い、銃剣(バヨネット)による近接物理攻撃をしかけてきた。こいつとんでもなく≪零落白夜≫を知り尽くした戦法を取りやがる。

 ならばあえて突っ込む。向こうから接近してくれるなら迎え撃つだけだ。俺は雪片を展開装甲させて白刃を輝かせる。初手必殺!

「当たれ! ≪零落白夜≫(れいらくびゃくや)!」

「停めろ! ≪煉絶闇礁≫(れんぜつあんしょう)!」

 白式が切り上げたブレードで、サイレント・ゼフィルスのナイフが切り飛ばされる。二機が激突する衝撃に着剣のアタッチメントが保たなかったんだ。

 それだけならいい。どちらも致命打を与えられなかっただけだ。

 問題は打ち合う瞬間にサイレント・ゼフィルスが叫び、雪片とぶつかったナイフがピンクから濃紫に変わる黒い何かに覆われたことだ。

 エムが笑う。

「まずは一つ!」

 武装を失ったはずのサイレント・ゼフィルスが勝ち誇る。

 俺は交差した軌道を立て直して、エムからの追撃を警戒する。

 旋回中に自分の状態を知り愕然とした。≪零落白夜≫が発動しない。右手に握る≪雪片弐型≫が展開装甲を閉じて動きもしないんだ。

「どうなっているんだ!? エネルギーバランスの不調なら直したはずだぞ!」

 選りにも選ってこんな時に!

 修理した簪のお墨付きだし、クオのゴーレム・ゼロとだって戦えたんだ。ISコアのエネルギー不足再発はあり得ない。他の要因を探り、もしかしてとマドカの言葉と今の状況を併せて考える。

「あの闇は、お前のワンオフ・アビリティなのか!」

「少しは勘が働くじゃないか。もっとも私の≪煉絶闇礁≫(れんぜつあんしょう)を受けたんだ。誰だって解る簡単な問題だな」

 エムが楽しそうに笑う。

 ぞっ、とした。

 目の前の巨大物体ワールド・パージを止めてクオを助けないといけないのに、肝心要の≪零落白夜≫が使えない。たった一回の打ち合いで、深い迷宮の奥底に閉じこめられたよな気分になる。

 心が沈む隙を狙い、サイレント・ゼフィルスのBTビットが白式を追い立てる。

 独立浮遊する上に偏向射撃ができるBTビットは第三世代武装の中で一番の射程範囲を持っている。こいつを避けるには撃たれる前から十分な余裕を保った距離をとらないと行けない。

 もちろん使い手もそれを見越した動きをする。

 セシリアは指揮者のようにBTビットを扱い、動きを封じた相手を手持ちのライフルで狙撃する。セカンド・シフトしたばかりの白式だと、最後のビームライフル狙撃さえ≪雪羅≫で防げばよかった。後はエネルギーと相談しながらじりじりと接近して押し込むだけだ。状況によっては、背中を狙ってくるBTビットさえ享受してセシリア本人に近づくのもありだった。

 エムは違う。自身もBTビットと一緒に激しく飛び回り、まるで分身しているかのような錯覚を生み出す。

 サイレント・ゼフィルスにはセシリアとの練習試合が参考にならない。BTの使い方が違うんだ。

 近づいてくるBTビットの射線上から外れても、構わず射撃された。偏向射撃により二本三本と後発ほど内側に曲がってくるビームが白式に迫る。

 ちくしょう、今回は逃げきれない。

 僅かな望みを掛けて≪雪羅≫のシールドを掲げようとするけど、なにも出ない。潰されたのは≪雪片弐型≫の展開機能だけじゃなくて、アビリティそのものなんだ。

 戦う前から、能力を封印してくるワンオフ・アビリティの存在を想像して対処するなんてできるわけがない。でも仕方がない部分はそこだけだ。BTを搭載した射撃戦向きのISに乗っていながら、エムがナイフを使った格闘を仕掛けてくる不可解さに、もう少し注意を払うべきだったんだ。

「やらせるかっ!」

 悔やむ俺とBTビットの間に赤いISが飛び込んできた。箒の紅椿だ。BTビットのビームを展開装甲したアンロックユニットで受け止める。

「大丈夫か、一夏」

「助かるけど、お前こそ攻撃を受けて平気なのか?」

「言っただろう。お前は私が守ると。なにより紅椿の性能なら、この程度傷にもならんさ」

 言って二刀を構える。装甲はどこも綺麗に輝き、とてもビーム攻撃を受けきったとは思えなかった。

「問答無用で攻撃してくるとは、会長が言うように管理委員会は詐称か。ならば今度は私が相手になるぞ」

 エムに対して勢い良く啖呵を切る箒だが、向き合う相手の反応は不思議なものだった。

「弱虫のくせに邪魔をするな。お前は大人しく部屋の隅で泣いていろ」

 言葉から感じられるのは、怒りや憤り、そして哀れみだ。

「まるで箒を昔から知っているような口振りじゃないか」

 ドズンッ! と腹に響く砲撃音が二回鳴る。サイレント・ゼフィルスを狙ってシュバルツェア・レーゲンのレールガンが火を噴いたんだ。

 本体を狙われたサイレント・ゼフィルスは、BTビットともども引き下がる。さすがに精密に狙われては二発ともは避けられない。一つはシールドビットを盾にして防ぐ。エネルギーアンブレラを開いたシールドビットが超音速のレールガンを受けて粉々になった。

 ビットを破壊したラウラも俺たちと合流する。抑え役の箒が飛び出したからな、ラウラも自由になったんだ。

 俺との間に入った箒とラウラを、エムが見下ろす。

「今のは交戦規定違反だぞ、アドヴァンスド」

「攻撃の釈明をするなら、先に武装を使ったのは貴様の方だ」

 睨み合う三人。

 俺はエムが着ける傷の入ったバイザーを見る。

「アビリティの封印は時間が経てば戻るのか?」

「素直に教えるとでも思ったか。馬鹿め」

 だよな。

 背中を見せたままの箒が言う。

「ワールド・パージにあの子が居るんだろう。お前は先に行け。≪零落白夜≫無しでは、こいつの相手は荷が重い」

「混乱に拍車が掛かってきたしな」

 ラウラの言葉通り、ワールド・パージの周辺にゴーレムタイプが無数に出てきた。まさに雲霞の如くと言った感じでゴーレムが量子展開されている。風に巻かれた砂塵を思わせる黒い霞が、こちらに向けてやってくる。

 鈴が通信で叫ぶ。

「ちょっとクオ。ゴーレム出すの止められないの!」

『……めんなさい。コントロールの確保もげ………………』

 儚げな言葉を最後に、ワールド・パージからの通信が途絶えた。

 

 楯無さんとスコールは激しく戦っている。

 ミストレアス・レディから距離を取った黄金のISが、転進して海面ぎりぎりまで高度を下げる。何をするかと言えば、羽衣の端を海水に差し込んだ。超高速で飛翔しているから、たったそれだけでも水面が割れた。さあぁっと海面に筋が入り、軽い小波が起こる。

「天女の入浴って、どうしてああも覗かれちゃうのかしらね?」

「見せたがりだからでしょ。とても共感できるわ」

 追いかける楯無さんの答えに、スコールが目を細めた。

「残念。正解は、力を増幅させるためよ」

 黄金のISが水切りをやめ上昇して、楯無さんと高度を入れ替える。

「爆破」

 呟き一つ。相手を見上げる楯無さんの足元、海面が爆発した。

「さすがにっ……!」

 相手の予備動作から予想していた楯無さんも、ナノマシンフローであるアクア・クリスタルを開放しての反作用爆破で凌ぐ。それでもシールドエネルギーを多少減らされた。逆に爆破の勢いを利用してドース・マーベリーとの間合いを詰める。

 負傷を押して繰り出したランスだが、広げられた金属扇に受け止められてしまう。

「今の攻撃、わざとね」

「解って貰えて嬉しいわ。もっとも、さすがに世代が古いから転移と維持が難しいのよ」

「ナノマシンの集合体か、もしくは生産プラントなんでしょう。その羽衣が!」

「そう。だから羽衣を奪われた天女は、泣く泣く盗んだ男の言うことを聞くしかないの」

 二人は槍と扇で打ち合いながら言葉を重ねる。

 あの楯無さんが攻め倦ねていることが信じられなかった。スコールがそれだけ強いというわけだ。

「スコール!」

 亡国機業の一人、アラクネを装備したオータムが楯無さんとスコールの戦いに入ろうとする。

 止めたのは黄金の天女だ。片手を突きだしてオータムの機を制する。その間にも、片腕で楯無さんの攻撃を抑えていた。

「あなたは先にワールド・パージに向かいなさい。私とエムも学園との折衝を付けてから後を追うわ」

「了解」

 上官の指示を受けて、アラクネが名残惜しそうにゴーレムの霧を纏うワールド・パージへと飛ぶ。

「ずいぶんと余裕じゃないですか。ユウコ、さんっ!」

 楯無さんは全身を使った強撃でランスを振り払う。

 さすがに避け損ねて、穂先が掠ったと羽衣の一部にびっと裂け目ができる。

 でもぎりぎりの回避は反撃のチャンスになる。スコールは金属扇を畳み突き打ちを放った。今度は楯無さんが避けられない。

 扇が楯無さんの身体に命中した時、その姿がばしゃりと水になって弾け飛ぶ。

「あら、やっぱり新型は使い勝手が良くてうらやましいわ。爆破防護で多めに散布して、打ち合っていた時から少しずつ被せていたのね。そのせいで単調な攻撃になってしまうのなら、もうちょっと使うタイミングを見計らわないといけないけど」

 楯無さんの身体は目で見えていたよりも半身ぐらい横にズレていた。スコールの解説通りナノマシンの水を使った空蝉の術だ。ここまでくるとなんだか忍者みたいだな。

 今一度、二人は武器を構えて向かい合う。

 羽衣の解れを気にしたスコールが、切られた箇所に手を添える。黄金の籠手が撫でさすると、羽衣が少しずつ直っていった。

「余裕なんてあるわけないじゃない。今回の件で一番切羽詰まっているのが私なのよ。そうでなければ、これほど強引な手段は取らないわ」

 スコールは眉間に皺を寄せ繭尻を下げるとても困った顔をしていた。

 

◇◆◇*◇◆◇

 

「織斑先生、凰鈴音と甲龍、戦闘に入ります!」

 ゴーレムの一団を睨む鈴の宣言に、司令船は何も答えない。

 それならそれで良いと決意を持って飛び出そうとしたが、セシリアとシャルロットが行く手を塞いだ。

「お待ちなさい、鈴さん」

「今度はなによ。会長の防衛宣言のあったし、IS委員会なんて名前に意味ないでしょ」

「そうじゃなくてね。WP1の装甲が変形し始めたから、何が出てくるか確かめるまで待った方がいいよ」

 シャルロットのいうとおり、灰色の巨大物体は正面の形を変えてゆく。

 現れたのは事前情報でも知らされていた大型荷電粒子砲だ。

「全員予測射軸から退避しろ。急げぇっーー!!」

 三年生のダリル・ケイシーが叫ぶ。生徒会長の更識楯無が単独で敵性指揮官と交戦しているため、序列2位の彼女が号令役になっている。

 ワールド・パージは超大型浮遊物体だが、本質はISであり機動性はかなり高い。そんなものに大出力ビームで薙払いをされてしまうと、まず避けられない。前もって十分な距離を取らなければ命中は必至。

 ワールド・パージの側面側に向かって、IS学園に所属する各国の代表候補生たちが一斉に飛び立った。

 前衛役だった鈴は、気になることをバックスの二人に問う。

「クルーザーの位置取りは?」

「大丈夫、と言えるかはわかりませんが距離はあるはずです」

「砲撃が来るよ。対閃光防御も……」

 シャルロットが言い切る前に、痛みさえ感じるほどの圧倒的な光が、青い世界を貫いた。

 

 古代から(いかずち)は神に例えられた。

 轟音を伴って空から降り、山に落ちれば木々を裂いて火事を起こし、海に落ちれば魚の死骸を打ち上げさせる。当然人が触れることなどできず、その出現は気まぐれで誰にも予想が付かない。神の力だった。

 灰色の巨塊が吐き出した光は、そんな個人が覚えているはずのない命に刻まれた記憶を呼び起こすに足る衝撃を持っていた。

 ISという高度に進歩した科学技術の結晶を装備する彼女たちですら、自分たちは未だ天の頂に届いていないのだと知らしめられたのだ。

 大口径の荷電粒子砲が青空を裂き、海原を穿った。

 地球上の自然界では存在し得ない暴力的な運動量が、海水とその含有物を粉々に砕く。灰よりも燃やし尽くし、塵よりも小さく細やかに、物質としての在り方を奪い去る。

 荷電粒子砲が打ち込まれた後も、変化は終わらない。

 雷撃が通り過ぎた後には、超高温かつ希薄な空間ができあがった。当然周辺にある物質が殺到する。海水だ。

 灼熱の空間に入る端から気化して体積を膨張させる。砲撃に消し飛ばされた空間を超えて膨れ上がり、それでも大量に流し込まれ続ける。行き場を失った水蒸気は最終的に爆発して打ち上がった。音量だけならはワールド・パージの砲撃よりも大きい。爆破音はそのまま衝撃波になり、広範囲に渡って空にあった雲を千切り、海面を小波で白く染めた。

 荷電粒子砲の海面着弾から、爆発まで一秒も掛かっていない。刹那の地獄だった。

 海水が更に吸い込まれ、超高圧縮された蒸気が柱となってそびえ立ち、大空での解放と共に傘を開く。

 吹き上げが雲を生み出す過程を肉眼で観察できる。

 キノコ雲。前時代的な恐怖の象徴だ。あんなものはISの脅威になりはしない。国家代表候補生ならば誰もがそう思っていた。

 だが国の威信を賭けた兵器でもない、謎の巨大物体が作り上げた恐怖のオブジェクトに、全員が言葉を失った。

 ビーム出力だけでこれほどの威力を出すことは、現行のISでも不可能だ。当然防御など無意味。影響を受けない距離まで離れていなければ、余波だけでシールドエネルギーを根刮ぎ奪われるだろう。

 離界号ワールド・パージはISを超えたISだ。

 エネルギーリミッターを解除して、量子格納領域を開放すれば単騎で世界と渡り合える。ISを評価する一文だ。

 その言葉は誰よりも、空に浮く灰色の絶望にこそふさわしかった。

 

 IS学園二年生フォルテ・サファイアが同郷のダリルにすり寄って指先でつつく。

「ねえねえ先輩。国からの報告よりも射程なっがいし威力もたっかい気がするんッスが……。もしかしてこれは前線症候群を発症しろってことッスか?」

「……あほ。WP1の砲撃は一発しか観測されていないんだぞ。追い返された調査チームに正確な測定なんて出来るか」

「それってWP1の荷電粒子砲はまだまだ出力が上がるかもしれないってことッスか。おっかねー」

 全員二人の言い合いを黙って聞いている。内容を誰も否定できないからだ。

「司令船、聞こえるか。三年のダリルだ」

『突風に土砂降りと、大きめの揺れが来たがこちらは問題ない。しかしこれは、環太平洋の国に津波警報を出さないといかんな……』

 千冬からの返答があり、ひとまずは安堵の息を吐き出す。

 なにより恐ろしいのは、今の砲撃が何かを狙って発射されたものではないことだ。WP1は完全に人間のコントロールから抜け落ちている。どこでどんなアクションを起こすのか誰にも解らない。

 これはもう災害だ。

 陸地に乗り上げるどころか、近づけさせるわけにも行かなくなった。更に威力を上げた大型荷電粒子砲を海に打ち込むだけで、湾岸地域に甚大な被害を出すことが出来る。それは津波だけでなく、様々な形を持って人々の生活を蝕むだろう。

 IS管理委員会を名乗った謎の監査官は、こうなることを事前に知っていたのか。だから呆れるほどの力押しで事を進めたがったのかもしれない。

「千冬さん! 戦わせてよ。あたしたちはその為にいるんでしょ!」

 もう一度、鈴が呼びかける。

 今動かなければISを纏って空を飛んでいる意味がない。何のための国家代表候補と専用機だ。クオを助けるだけじゃない。ワールド・パージは世界にとって危険な存在だ。どうにかして止めなければならない。

 出来る出来ないの話じゃない。あたしたちにしか出来ないから、やるんだ!

 短い沈黙の後に、指令が下された。

『……解った。これよりIS学園は目標ワールド・パージの停船を強行する。大型兵器を内蔵した本体だけでなく、ゴーレムタイプも破壊行為を行った経緯がある。これらを本土に到達させるわけには行かない。総員でこれを掃討しろ!』

「了解!」

 

◇◆◇*◇◆◇

 

 学園のISたちがワールド・パージに向かうのを横目に、ラウラがサイレント・ゼフィルスに宣戦布告する。

「貴様には素性を吐いてもらうぞ。今回はキャノンボール・ファスト時のような限定装備ではないし、二対一で勝てると思うな。大人しく落とされろ」

 俺は勘定に含まれないらしい。

 ずいぶんと饒舌になったエムが返す。

「投降勧告ではなく撃墜宣言とは、お偉い言い様だな」

「シュリュッセルの在処、知っているなら酌量の余地はあるぞ」

「……ああ、なるほど。これを見せれば何が貰えるって?」

 苦笑するエムが不意に腕を掲げた。アームパーツを部分格納して、もう一度展開する。

 それだけでは意味の無い動作だけど、再び装着された腕部はサイレント・ゼフィルスの物じゃなかった。

 黒い色をしていて、見たことのある形だった。特徴的なのは手首に見えるプラズマ手刀の発信装置。

「なっ……!」

 ラウラが絶句する。エムが見せているモノの意味が解らない俺と箒は蚊帳の外だ。

 エムが変更した腕を俺たちに向ける。

「無論飾りなどではない」

「避けろ!」

 ラウラの叫びに俺たちも飛び退く。その場をエムの腕から撃ち出された無数の光弾が通り過ぎた。

 あれはプラズマ手刀の応用だ。発信のオンオフと刀身形成用誘導循環のタイミングを調整してマシンガンのように使ったんだ。性質上有効射程が短いけど白兵戦の間合いから近距離までならあれだけでカバー出来る。かなり便利な使い方だ。

「完全にシュヴァルツェア・レーゲンの腕パーツじゃないか。それにラウラよりも使いこなしている。どういうことだ?」

「人が気にする箇所を的確に言い当てるな!」

 俺の疑問になぜかラウラが地団駄を踏む勢いで無茶苦茶怒った。

「名付けるなら差し詰めプラズマ手裏剣か」

 箒も紅椿の展開装甲で真似してみようかと腕を降るな。装備している雨月と空裂が上位互換の能力持っているだろ。

「生憎と既にその名で登録されている」

 敵方のお前まで何を言う。武装名の登録って、どこにだよ。

「ちょっと一夏。漫才する余裕があるならこっちを手伝いなさいよ!」

 ゴーレム群との戦闘に突入し始めたIS学園の代表候補生部隊から、こちらも切れ気味の鈴が文句を言う。

 酷い偏見だ。誰がこんな緊迫した場面で漫才なんかするか。

 落ち着きを取り戻したラウラが、もう一度エムに挑み掛かろうとする。

「やはりシュヴァルツェア・シュリュッセルは貴様らが盗んでいたのか。ドイツのISコアを返してもらうぞ」

「ふざけるな。最初から黒鍵は私のパートナーコアだ。損失補填の員数合わせに借してやったんだ。文句を言われる筋合いはない」

 背景が見えない話で二人がにらみ合う。

 箒は殺気立つ二人を刺激しないように簡単な手振りで、鈴達への合流を勧めてくる。

 これまでの流れから、エムとラウラの衝突は必然だ。

 せめて織斑マドカが何者であるか判明するまでは、彼女が学園の仲間を傷つけないように。学園の誰かが彼女を傷つけないように。取り返しの着かない事態に陥ることだけは避けたかった。

 自分の力の弱さが恨めしい。悔しい。力の限り歯を食いしばる。武器を握りしめる。

 ≪雪片弐型≫はまだ展開機能を取り戻せていない。≪零落白夜≫は使えない。これまで自分がどれほど≪零落白夜≫に頼っていたのか、助けられてきたのか、痛みとして実感する。

 ≪零落白夜≫なら切りつけた相手に絶対防御を強制発動させることが出来る。結果エネルギーを奪い、安全に動きを止めることができた。エムに勝って彼女から事態の背景を聞き出すこともできたはずなのに。

 情けない。俺はまだこんなにも小さくて弱い存在だったんだ。ラウラの怒りをかってまで自分を守ると宣言しておきながら、この有様だ。

 ラウラが最初に会った頃のような目つきで俺を一瞥した。

「雑魚は早く去れ。足手まといだ」

「正体不明の敵が初手に出した切り札だぞ。むしろ一夏が相手の情報を引き出してくれたと感謝しろ。これであの闇を受けてしまっては、一夏のことを笑えなくなるんだからな」

 箒がフォローしてくれるけど、ラウラは聞く耳持たずで黙ってしまった。

 俺たちを観察するエムが、したり顔をしていた。

「そうか……。そういうことか……」

 ゴーレムとエム。どちらが強いか比べれば断然後者だ。不調を抱えた機体で安易に勝てると言えやしない。

「すまない。ここは頼む……」

 後ろ髪どころが自分でも嫌になるほどの未練を引かれながら、戦場を移ろうとする。

「一夏っ!」

 突然、亡国機業のエージェント:エム-織斑マドカが俺の名前を叫んだ。逃がさないように攻撃されるのかと身構えたけど違った。

 エムは黒い腕で顔面の装甲バイザーを掴むと、俺に向けて投げる。

「死地への手向けだ。取っておけ」

 皮肉気に笑う彼女の素顔が露わになった。

 ここでか!?

 呆然とする俺に向かって飛んでくる傷入り装甲バイザー。

 箒は見覚えのある彼女の顔に驚き動けず、ラウラも俺と同じ理由で固まっていた。

 遮る者もなく投げつけられたそれが白式に当たる。カンッと装甲に軽く弾かれ、光を発して消えた。

「……は?」

 白式が雪片以外のパーツを量子格納した。

 エフェクトを見るならそうなる。だけど信じられない。これまで銃一つ持てなかったのに、どうしてあいつのものだけが収まるのか。

 試しにイメージしてみる。差したる支えもなく、あっさりと大きなひびの入ったバイザーが頭部に装着された。白式のヘッドギアとも干渉しないどころか、きれいに噛み合っていた。

 各種センサーやハイパーリンクとの同期も完璧で、本当に物理的には両目が覆われているのか疑問を抱くぐらいに良好な視野視界が広がる。今度は格納を思考命令すると問題なく量子領域に収まった。どうなっているんだ?

 驚きの連続で頭が回らない。

「元々は白雪のものだからな。量子格納出来るのは当たり前だ。それよりも白雪姫さまが貴様を好き過ぎる方が気色悪いぐらいだ」

 マドカの言葉に、いらっときた。

「いい加減に攪乱発言をやめて、こっちにも解る様に言え! 勝手にパーツ渡しておいて気持ち悪がってんじゃねえ」

「では言い変えよう。変態は死ね」

 的確で短い解説。ついでにキツい眼光で睨まれた。あの顔で言われると、千冬姉に怒られているみたいで反論しにくい。

 ついでに、なぜかマドカだけじゃなくて箒とラウラの視線までもが針になって刺さってきた。くそ、なんて強力で残酷な精神攻撃なんだ。二人とも謂われのない中傷に流されるな。おかしいとは思っていた的な顔は止めろ。

 マドカからの酷い餞別を受け取った俺は、移動の脚を速めた。別にこれは逃げているんじゃないぞ。

 箒とラウラを信じるんだ。きっとアイツをどうにかしてくれる。純粋な戦闘力は極めて高い二人だ。俺がいなくても勝てるさ。

 俺がある程度の距離を離れた所で、今度はマドカが撃墜予告を言い出した。

「箒、アドヴァンスド。貴様らは私が墜とす。ヤツに拭いきれない後悔を撃ち込むための生け贄だ」

 残酷に悪辣に、学園所属のISがデータリンクしていることを知っていての挑発だ。

 勝ち気な二人は、自分たちが添え物だ副次的だと言われて闘志を一段と強くした。

 

 楯無さんもマドカの顔を横目で確認する。

「誰あれ? 二人目の織斑先生とか対処に困るキャラ出されると、こっちも手段を選べなくなるじゃない。ユウコさんはそんなに死にたいの?」

 蒼流旋の三連突き。喋りながらも流れる動きに淀みは無い。

「白式と紅椿がある上に他にも学園側のISが数揃えて出てくるんだから、万が一に備えて相応の戦力を用意しただけよ。私だって勝ち目の無い賭けはしないわ」

 スコールのドース・マーベリーは、一つを避け、一つを羽衣で受け流し、一つを金属扇で打ち払う。

「そしてお察しの通り、彼女こそが第六の『ヴァルキリー』よ」

 

 マドカが大型ライフルを投げ捨てる。

 利用可能な武装を投棄する行為に、ラウラと箒も警戒を強めた。次はどんな手でくるんだ……。

「二対一と言ったな。ならこちらは二機分の力を使うだけだ。シュヴァルツェア・シュリュッセルが作られた本当の理由を見せてやる」

 言うや四肢を大きく広げ、アンロックユニットも連結領域(レイヤード)限界まで間を空ける。

 

「廻せ! 『黒鍵』(くろかぎ)ぃっ!!」

 

 叫びに応じて黒いISがマドカの周囲に現れる。あれがラウラが言っているシュヴァルツェア・シュリュッセルだろう。シュヴァルツェア・レーゲンに形状が似ているからわかる。ドイツの第三世代機だ。

 でもゴーレムとは違ってシュヴァルツェア・シュリュッセルは無人機じゃない。四肢を含めていくつかのパーツが浮いているだけだ。これに何の意味があるのかと思った時には答えが始まっていた。

 融合だ。

「VTシステム……、やはりシュヴァルツェア・シュリュッセルにも搭載されていたか」

 ラウラが自分の歯すら砕きかねない力で食いしばる。視線だけで人が殺せそうな殺気を放っていた。

 マドカが装着しているサイレント・ゼフィルスと呼び出されたシュヴァルツェア・シュリュッセルが重なり、溶け合う。

 その挙動は試合で見たシュヴァルツェア・レーゲンの暴走とは違う。まるでサイレント・ゼフィルスという白い絹を、黒い染料が染め上げているみたいで、不快感よりも整然とした変遷の美しさすらあった。

 そして二つのISがVTシステムの力で一つになる。

 一言でいうなら、大型レールガンの代わりにBTビットを装備したシュヴァルツェア・レーゲン。レールガンが外されている都合で背面のアウトリガーもBTビットの接続ポイントに変更されている。そして各所に入っているアクセントカラーが青と白になっていて、どことなく融合されたサイレント・ゼフィルスの存在を匂わせていた。

 マドカの顔にも白式雪羅と同じ顎から頬骨までを保護するギアパーツが追加され、頭にはシュヴァルツェア・レーゲンとデザインラインを同じくした一本角が立つ。

 

「これが私のIS、織斑(まどか)『黒鍵』(くろかぎ)だっ!!」

 

 黒い瞳、黒い髪、黒い鎧。白から黒へと反転した姿。

 漆黒の戦乙女・織斑円(ヴァルキリー・オルトリンデ)が、ついに公然と名乗りを上げた瞬間だった。

 

「織斑、だと……?」

 箒が目を見開いて棒立ちになった。それだけの衝撃が織斑円と黒鍵にはある。

 円は今まで見たことのない普通の女の子のような笑顔を作る。

「十年ぶりだね箒ちゃん。逃げ出したままひとりぼっちの方が楽だったのに、どうしてまたISに乗っちゃったの?」

 可愛らしい声音まで使って、完全に箒を馬鹿にしていた。

「どういうことですか、織斑先生ぇっ!!」

 箒は質問を躊躇しない。俺やラウラとは違い、円の存在に憂うものがないんだ。

 通信から鉛でも含まれているんじゃないかってぐらいの重たい溜息が聞こえた。

『円……。これ以上、場を混乱させるな。一度引け』

「いやよ。いくらねえさんでも聞けない話ね。なにより今の私はIS管理委員会査問部ミューゼル監査官のチームEに所属している。IS学園の作戦統括では命令できない存在だ」

 円が楽しそうに笑っている。

 それに対して俺とラウラは苦虫を噛むしかない。やっぱり千冬姉は円のことを知っていて、隠していたんだ……。

 

「普段は不平不満ばかりなのに、こういう時だけ……。まったく」

「保護者は辛いわね。でも同情はしないわよ」

 当の監査官が抱える頭にランスの打ち下ろしが重ねられる。

 金髪を水槍が切り捨てる直前、黄金の羽衣が蠢き相手の刃をからめ取った。

 楯無さんは即座に蒼流旋の前半分をナノマシンに分解して身体の自由を確保すると、蛇腹剣≪ラスティー・ネイル≫を右手に取り出して湾曲突きをする。刀身が相手の側面から背後へと曲がった。がら空きの背中に水蛇の牙が襲いかかる。

 スコールは後ろ手に金属扇を回し広げることで盾にした。はじき返された蛇腹剣が楯無さんの手に戻ってくる。

 黄金のISがおどけた息を吐く。

「今のはちょっと危なかったわね」

「おかげで少しずつ攻略の糸口が見えてきたわ」

 

 本来所属部隊長であるはずのラウラが、黒鍵へと名前を変えた元僚機を見据える。

「VTシステムを使って未完成のシュヴァルツェア・シュリュッセルにサイレント・ゼフィルスを喰わせて組み上げたのか。手段が強引すぎる。アイシールドとライフルを捨てたのは、本体以外のパーツがあると融合に支障が出るからだな」

「予定ではもっと緩やかに機械的同一させる計画だったが、ワールド・パージ暴走の超緊急事態だ。腹立たしい上役様も宇宙船相手の戦力確保に断腸の思いだったろうさぁ」

 ストレッチみたいな動きでコンディションを確かめる円。言葉からは上司であるスコールへの敬意が微塵も感じられない。今更に思うけど、こいつらどういう関係なんだ……?

 伸び伸びとした円の様子からここからが本番と言うことなんだろう。だけど融合の為にライフルを手放したのはこっちにとってチャンスだ。黒鍵の武器はBTビットとプラズマ手刀だけのはず。元のスペックを知っているラウラならワイヤーブレードとAICの有無も解るだろう。二対一かつシュヴァルツェア・レーゲンと紅椿のペアなら≪煉絶闇礁≫さえ注意すれば勝てる。

 ラウラがプラズマ手刀を出して円の黒鍵に突撃した。

「貴様が何者であろうと、倒すべき敵であることに変わりはない!」

「最初は人形からか……。いいだろう。叩き伏せてやる」

 円も応戦する構えを見せた。二つの黒いISが激突する。

 黒鍵は無理せず受け止めてカウンターを狙う姿勢だ。

 シュヴァルツェア・レーゲンが肩まで突き出す伸長ストレートパンチを出す。突進で距離感が測られ難いことを含めた一発だ。拳から更にプラズマ手刀が延びているから、なおのこと。

 円はブロックに腕を残しつつ身体を深めに沈める。紙一重で避けられないと悟り安全距離を取ったんだ。

 二人の腕が激しく打ち合わされた。

 攻撃を受けとめた円は、最小の動きで相手の懐に入り込もうとする。身体を伸ばしていた分ラウラの反応は遅い。返しのプラズマ手刀でドイツ代表候補生に反撃するが、プラズマ刃が当たる前に腕が止められた。何かが絡み付いている。

 シュヴァルツェア・レーゲンのワイヤーブレード。ラウラは突進前にあらかじめ防御用に引き腕側のワイヤーブレードを出していた。大振りのパンチはこれに相手を掛ける為の囮だ。

 罠に掛かった相手をラウラが膝蹴りで追撃する。ラウラの計略勝ちと思った交差を、黒鍵が予想外の俊敏性で避けきった。ワイヤーブレードも腕の一振りで抜け出し、間合いを仕切り直す。

 一息付く暇も無く紅椿が黒鍵を狙い撃つ。

「貴様は何者だ。何を知っている!」

 箒の誰何に合わせて大弓型武装≪穿千≫の拡散モードが放たれる。数え切れないほどのエネルギーニードルが黒鍵に向かって飛ぶ。

 円は慌てずに黒く変色したシールドビットを一つ外すとエネルギーアンブレラを開いた。たったそれだけの準備で穿千のエネルギーニードルが数少ない箇所を見極めて飛び込む。拡散している為エネルギーニードル一本ではシールドビットを貫けない。だとしても傘一開き分の僅かにしか広がっていない隙間を使い、円は難なく避けきって見せた。

 なんか円の反射速度が速すぎないか。それともこれが彼女本来のISである黒鍵の力なんだろうか。スコールの言った六人目のヴァルキリーという肩書きが俄然現実味を帯びる。

「昔懐かしい姉弟子から質問だ。答えてやろう。私は織斑千冬の妹、篠ノ之箒が投げ出した過去全てを知っている」

「わ、私は逃避などしない!」

「あはははは。そんな泣きそうな顔で言われてもな」

 狂笑する円。黒鍵への転身からこっち、すっかりテンションがオカシくなってやがる。

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