ダンジョンでハイエルフに出会うのは間違っているだろうか 作:98zin
妖しげな光を零す壁に囲われた洞窟内。響き渡るは鋭い剣戟の音。
「キィン!」
無造作に切り払われた剣先はゴブリンの血を宙にまき散らす
「もう余裕だね」
目の前に倒れ伏す血にまみれた数匹のゴブリンを眺める。
彼らは僕に傷一つつけることなく息絶えた。
現在は5階層にて1人で狩りをしているところ。ついこの前パーティを組んだ雫は今はいない。
波乱に満ち溢れた
その日はダンジョンに潜らない、というか神様にしこたま怒られたので潜れない、と雫に伝えようと鍛冶場を訪ねたところ
「しばらくパーティは組まない」
と告げられショックを受けた。「
どうして、と聞く前に戸を閉められ、開いていた口からはただ空気が漏れるだけ。
何か悪いことした?嫌なことした?と自問自答を繰り返したが何も思いつかず、昨日は壊れた風車の地下で1日を過ごした。
そして今日。お腹の痛みは完全に引き、いつまでもホームに引きこもっているわけにもいかずダンジョンに繰り出したのだ。
ただ1人ということもあり、この前までの全力特攻は控え、さらに5階層で様子を見るという安全探索を行っていた。
「ふぅ...」
早くも魔石でいっぱいになってきたバックバッグを一息に持ち上げ辺りを見渡す。
食人花との一戦、いや二戦で大幅にステイタスが上昇した。速度も手数も攻撃力も、群れを成していても食人花のそれには及ばないゴブリンたちに遅れをとることは万が一にもなかった。
1人、ということもあっていやに寂しく感じる。数日パーティを組んでいただけなのに雫が居ないと寂しいと感じてしまうのは心が幼いからだろうか。
少し強い言葉を使い男勝りな言動の雫を思い出す。常に逆境に立たされ、人と喋ることが滅多に無い彼女は今までどうしていたのだろうか。
森で1人で過ごしていた自分と境遇は違えどその姿を重ねてしまう。
1人は辛い。僕は知ってる。
「どうにか仲良くなれないかな...」
そんな思考を展開している間、ダンジョンがおとなしく待ってくれるはずもなく、通路の先からは新たなモンスターが3匹現れる。
ぬめぬめと光る皮膚を持ち、その正面には飛び出さんばかりの一つ目を持つカエルモンスター、フロッグ・シューター。
何度か交戦したことはあるが舌を使った遠距離攻撃がいやらしい。
「けど、いい練習台?かな?」
飛ばされる長い舌、それは食人花の触手のようではある。決して同じとは言えないけど。
3匹だし、同時攻撃されたら食人花みたいに避けにくいだろうし、こいつなら攻撃をくらっても大したダメージじゃない。
これからまた交戦するかもしれない食人花の対策をしておいても損は無いと思う。
「さぁ、こいよ!」
高らかに叫びカエルたちを挑発する。言葉の意味は分からなくても挑発されていることは分かるようで「ゲゴォォォ!!」と怒りの声を上げるフロッグ・シューター。
繰り出された長い舌は、普通のLv1には、速い速度で突き進んでくる。
ただ食人花に襲われた経験がある僕にとってそれはとてもゆっくりに見えた。
「フッ」
僕の反射神経はすでにフロッグ・シューターの攻撃を完全に見切っていて、体を軽くひねるだけで避けることが出来た。
そしてひねった体をそのまま捻じり足を一歩前に出す。地を強く蹴りだし僕はフロッグ・シューターの舌が本体に戻るより速く駆けた。
慌てた他の2匹のフロッグ・シューターは同時に舌攻撃を繰り出すが、それを剣を構え弾き飛ばす。
横に倒した剣の腹に弾かれた長い舌はダンジョンの壁に突撃しそこを少し抉り取った。
伸びきった舌が3本。これを斬らないでいることは僕に出来なかった。
「ハァッ!!」
体をもう一度大きくひねり、横に構えていた剣を振りかぶる。
慌てて舌を戻そうとするフロッグ・シューターたちだが、もう遅い!
ひねりの反動を活かしその場で勢いよく一回転する。
耳元で風がヒュゥと唸り、視界がブレる。
剣先が舌に触れた感覚はほぼなく、ただ宙を斬ったように思えるほどスムーズに刃を振りぬいた。
「「「ギョェェェェ!?」」」
3匹の絶叫がダンジョンにこだまする。舌先を失くしドス黒い血を蛇口の壊れたホースのように振りまく。
激しく痙攣する舌を横目に体勢を立て直した僕は3匹に向かって疾駆する。
まさかの出来事に体も舌も追いついていないフロッグ・シューターは成すすべなく目の前に迫りくる長剣を血走った目で凝視する。
容赦なく振り下ろしたその剣は一番右にいたフロッグ・シューターのその身を2つに分けた。
すぐ隣で仲間がやられたこと、舌を斬られたことに激怒する残りの2匹はようやく舌を口に含み「ギィェェェ!!」と汚く血を吐き散らしながら突撃してくる。
流石に2匹に押しつぶされてしまえば身動きも取れなくなりやられてしまうが、そんなことになるはずもなく。
「せぁ!!」
怒りで動きが単調になったフロッグ・シューターのお腹を目掛けて剣を真横に振り切る。
大きな動作で薙がれた剣は深々と2匹のフロッグ・シューターのお腹を斬り裂き吹き飛ばす。
こっちの動きも単調で隙だらけだけど、口の中の痛みと怒りで頭がいっぱいなフロッグ・シューターにそこをつく余裕なんかない。
大きく吹き飛ばしたフロッグ・シューターたちに休む暇を与えるわけもなく僕は追い打ちをかけた。
「ギィェ!!」
袈裟斬りでその身を分かたれたフロッグ・シューターは運よくか悪くか、紫紺の輝きを放つ身に宿した魔石ごと斬り裂かれ、即座に黒い霧へと変貌した
「あとは...」
横で腹をからも口からも血を流すフロッグ・シューターに狙いを定める。最後まで戦う意思はあるようでその血走った目からは怒りの感情を感じる。
「お前だけっ!!」
「ゲゴッ!!」
お互い同時に跳躍し空中で激突。剣を突き立てお腹をフロッグ・シューターのお腹を貫き僕は着地する。
剣はフロッグ・シューターのお腹に刺しっぱなしになっていて、それが致命傷となりフロッグ・シューターは空中で息絶え、地面に落ちた時にはその姿を霧散させていた。
カラン、と無機質に響く長剣の落下音。
2匹も魔石を直接破壊してしまったけど、バックバッグもいっぱいだったしちょうどいいや。
立ち上がって自分の体を確認し無傷でカエル3匹倒せたことに喜びを感じる。
「確かに、強くなってる...」
食人花に殺されかけただけのことはある。思わず苦笑してしまったが、食人花との戦闘経験は間違いなく僕の糧になっている。
最初の1匹の魔石を取り出しもう少ししか入らないバックバッグを背負いなおす。
「今日はここまでにしようかな」
お腹の怪我は完治したけど、これ以上深く潜ってまた違う怪我でもしたら神様に怒られてしまう。
お腹もちょうどすいてきたし今日はもう帰ろう。そう決めて僕は4階層へ上る階段へ足を運んだ。
僕はギルドで半日の戦果を換金した後、活気あふれる街中を道を歩いていた。両脇に立ち並ぶ商店は賑わいを見せる。
先日
ギルドやガネーシャ・ファミリアによって食人花についての調査は行われているが、難航していた。
二度も現れた新種に困惑しているのは、ギルドや各ファミリアだけでは無い。
身の危険を肌で感じた住民たちの苦情や抗議で、ギルドは調査に人を回すほどの余裕を持っていなかった。
僕は身を乗り出し勧められる商品を丁重に断りながら歩く。美味しそうな新しい味のジャガ丸くんだった。くぅ、お腹がなっちゃうよ。
「あの子って前も?」
黒い真っすぐな髪を揺らし路地へと向かうその少女。以前見つけた悲しそうな目をしていた少女は、どうしてか僕の脳裏にしっかりと残っていて、今路地に入っていこうとする少女と同一人物だとわかる。
何で覚えてるんだろう?
やけに記憶に残る少女を見ていると、不意に少女の目はこちらを一瞥した。
「!?」
足が止まる。周りの人は急に足を止めた僕を不思議な目で見ては進んでいくが、僕はその少女から目を離すことが出来なかった。
少し距離があるのにその細いスッキリとした顔はしっかりと確認できる。
冷たい鋭い目。
ドクン、と心臓が跳ねる。
呼吸が荒くなる。
まわりの人がスローモーションで流れていき、次第に線になっていく。
それほど僕の目は少女しか見えていない。少女も足を止めこちらを見据えている。
少女がゆっくりと口が開き何かを言いかけた時。
「あれ?アルファやないか?どないしたん、こんな道の真ん中で突っ立って」
耳に入ってきたのは独特な口調の声。2日前にロキ・ファミリアのホームで聞いて以来の声が僕の視線を少女からはがす。
「ホンマにどしたん?顔色悪いで」
すぐ隣に立っていたロキ様に声をかけられ僕はなんとか声を漏らした。
「あ、ロキ様...。何でも、無いです」
横を見れば少しだけ、ほんの少しだけ心配そうな顔でこちらを覗くロキ様と顔に青い稲妻の入れ墨をした
「そうか。ならええけど」
「おい、ロキ。こんなガキと知り合いなのか?」
ケッと汚物を見るような目で吐き捨てる。ガキて...確かにガキだけどさ。
最悪の第一印象を決めてきた
「まぁな、アルファは今回の調べもんに役立つかもしれへんで」
「なんか嫌な予感...」
さっきの心配そうな顔をすでにニタリ顔に張り替えて肩を組まれる。
身に走った悪寒を感じながらさっきの少女のほうを向けば、もうそこに人の姿はなかった。
ロキ様に身動きを封じられ、どこかに連れていかれている間、僕は頭の中で少女の冷たい目を思い返していた。
「ロキ様、いったいどこに向かってるんですか?」
現在3人は、メインストリートを外れ他の区域とは違う三階建て以上の宿屋が目立つ入り組んだ路地を進んでいる。
「んんー?ちょいと調べもんをしたいんやけどなー。例のヤツについて」
例のヤツ、とだけで何について話しているかは理解したアルファはもう1つ質問を重ねた。
「それと...この人は?」
「あー、そう言えば会ったことないもんな。ほれ、自己紹介してやり」
「あぁ?ガキに名乗る名前はねぇーよ」
露骨に嫌そうな顔を浮かべアルファを睨みつける。会ったことも無ければ名前も知らないのに、何故か睨みつけられる
「それになんでこんなやつ連れてきた?見たこともねぇ」
「まぁまぁ。そう言わずに。アルファはなぁ、今まで2回も触手に襲われてんのや。つまり触手に好かれてる!だから今日も当たるかもしれへんで」
ニコニコしながらそう言い切るロキだが、アルファとしてはもう食人花に襲われるのはゴメンだと
思っている。
「じゃあコイツがあのババァと一緒に新種と戦ったってヤツか?」
「せやで。」
ベートの言葉の中にあった、「ババァ」に鋭く反応したアルファ。それがリヴェリアの事を指しているのに気づき、ますます名も知らない
「街中はあらかた調べたし......残るはここかぁ」
楽しくはない会話を繰り広げている間にどうやら目標地点にたどり着いた3人。アルファはそこにあった分厚い木の扉に気づく。
ロキはその扉に手をかけ鍵がかかっていないことを確かめてゆっくりと扉を押す。ギィィと音をたててゆっくりと開く扉に少しだけワクワクするアルファ。
そんな様子を横目に鼻を鳴らし中に入っていくベート。
「......」
やっぱり気に喰わない。そう思いながらアルファはベートとロキの後ろについて中へ進んだ。
中には何もなく、ただ床に地下へ続く螺旋階段があるだけだった。
ベート、ロキ、アルファの順で階段を降りていく。
コツ、コツ、と音を地下の空間に響かせること数十秒。3人は薄暗い地下水道へ出た。
「ったく、やっぱりラウル辺りに押し付けておくんだったぜ...」
「まぁまぁ、後でご褒美をちゃーんと用意するわ」
そう言いながらロキは提げていた布袋から携行用の魔石灯を取り出し、明かりを灯す。
「うへぇ...」
魔石灯によって照らされた壁面には蜘蛛の巣が無数に張られていたり、蠢く虫が張り付いていたりと生理的嫌悪を呼び起こす。アルファ苦い顔を浮かべ、そっと壁から離れた。
「ティオナやティオネがフィリア祭当日に調べてはくれてるんやけど、モンスターたちだけ追ってたから、何か見落としとるもんがあるかもしれへんし」
「頭が足りねーあのアマゾネスどもだったら、見落とし放題だろうな」
ロキとベートは特に臆することなくどんどん奥へ進んでいく。置いて行かれないように慌てて後をついていくアルファ。
しばらく進むと、音を立て水が流れる広い主水路に出た。
石材で構築された管状の
「凄い...」
普段見ている建造物、家や商店と違い、水を流すための構造を目の当たりにして思わず感嘆の声を漏らすアルファ。
主流に向かって数多の細い水流が流れ入る。
「しかし入り乱れとるぎょうさんな道といい、この雰囲気といい...なんか軽くダンジョンっぽいなー」
「はっ、笑わせるんじゃねぇっての」
日々迷宮に潜るベートからすればこんなちっぽけな地下水道はダンジョンでも何でもない。
吐き捨てるようにそう言い、ただ前へと進むベート。脇道にそれる通路があったり、どこへ続くかもわからない階段があったりと、ロキが言うダンジョンほどではないが、迷路のようだった。
途中、海からさかのぼってきたのか魚のモンスター、『レイダーフィッシュ』が水流から不意に一行を襲うが、ベートが残りの2人が視認できない速さでそれを一蹴する。
見えなかった...と一級冒険者による格の違いを見せつけられ歯噛みするアルファ。ガキだと馬鹿にされても反論できないほどの力を持つことを理解させられ、アイズといい、リヴェリアといい、ロキ・ファミリアの
「おっ?」
「鉄の、門?」
「いかにも、って感じやな」
年月を感じさせる重厚な扉にアルファはホームの廃れ切った扉を重ねる。
ロキが手にもつ魔石灯を掲げれば、巨大な錠前が取り付けられており扉は錠されていることが確認できた。
しかし、その錠前には使用された形跡、人の手によって何度か開閉された跡が残っていた。
「臭うなぁ...」
怪しげに魔石灯の光を照らし返す錠前を見つめる。
クイッっとロキが試しに力づくで開こうするが
ものも言わず目配せでベートに頼み一歩引き、魔石灯で手元を照らす。
ベートは億劫そうに錠前を掴み取り、一瞬力をこめる。すると軋んだ錠前はあっという間に、バキッ、と小気味良い音を鳴らし地面へと落下した。
開けることが可能になった門扉を両手で開け放ちその奥へと進む。
「おいおい、水浸しじゃねえか」
進んだ先の短い階段は、通路と水路の区別なく浸水していた。
魔石灯で水面を照らし、浅瀬並みに水深が浅いことを確認したロキは、くるりと可愛い眷属に振り替える。
「ベート、おんぶして?」
「あぁ?」
「お靴を濡らしたくない!だから、おんぶ!」
「ざけんな!?大して深くもねぇんだから歩け!」
「嫌やー!?おんぶがいいおんぶがいいおんぶがいい、おんぶじゃなきゃ進めーん!」
駄々をこねる子どものようにわめき散らかすロキに、このクソ女、と全身の毛を震えさせる。
それを傍から見ていたアルファは「あ、ベートさんって言うんだ」と今さらながらに
嫌だ嫌だと喚き散らかすロキに、その獣耳を伏せていた彼は「うるせぇ!わかったっての!」と叫び返しその場に
それを見てさっきまで一歩も動かんと言わんばかりにふくれっ面を作っていたロキは一転、喜色満面になりベートの背中へと跳んだ。
「よし、いくんやベート!うちは乗り心地にはうるさいで!」
「それを本気でいってやがるなら、水没させるからな」
凄まじい不満を体から発しながらロキの重さを感じさせずに立ち上がる。一気に視線が高くなったロキは「うほーっ!」と興奮した様子で叫んだ。
「そうや、アルファも乗るか?」
「ざけんな、乗るかぁ!?」
ロキがくるっと首だけ回し、一連の流れを遠い目で見ていたアルファに聞くが、即座に下から拒否の声が上がる。
「あ、いえ。僕は自分で歩きます」
「ったりめーだ」
「そか、よーし!ぐいぐい進め~」
魔石灯を前方に突き出し、行く先を照らす。ベートはダルそうな顔を浮かべすね辺りまで隠す水の中を歩き出す。
じゃぶじゃぶと2つの水を鳴らす音が響くこと数分。
「フィリア祭の後、ギルドはここまで調べたんかなー」
「人の臭いは残ってるが、水のせいで薄れちまって上手く嗅ぎ分けれねぇ」
周囲を見渡すロキが不意にそんな言葉を漏らすとベートはすんと鼻を鳴らし応答する。
アルファも試しに鼻をすんすんと鳴らしてみるが感じるのは湿っぽい水の臭いだけ。
「アルファ、そう言えば自分フィリア祭の時どの辺におったんや?」
「へ?えとですね、僕はパーティメンバーの人と北東の工業区に居ました」
「工業区、、今度ファイたんのとこも調べさせてもらわなあかんな」
その時むむむ、と背中の上で考え込むロキに、ベートが「おい」と声をかけた。
その声にアルファとロキが行く先を見れば、そこには巨大な『穴』があった。
旧地下水道の壁はボロボロと
アルファは不自然な壁の破壊に疑問を浮かべる。
と、その時ベートの獣耳が、ぴくっ、と鋭く立ち上がった。
「ロキ、下りろ」
スッと返事を待たずにロキを水面に下ろし冒険者である彼は、その鋭く効く鼻と耳を使って周囲を探る。
何がなんだかわからないアルファが疑問を口にしようとした時、その答えは尋ねるまでもなく返ってきた。
『キェェェ!!』
縄張りに入ってきた部外者を威嚇するように耳障りな奇声が聞こえた。
今まで2回も襲われたことがあるアルファにはそれが何かはすぐに分かった。
「食人花...」
「凄いな、アルファ。当たりや」
ベートの背から下りたロキは穴の向こうにいる存在にアルファを連れてきて正解だったと思った。
「まさか、こんなところに居るなんて」
穴の向こうから立ち込める異臭に鼻を曲げベートはしかめっ面を作る。
「しっかり残ってんじゃねえか、クソアマゾネスども」
ティオナたちの調査不足に対する不満も相まって嫌悪感をあらわしたベートは臨戦態勢に入る。
ベートに続きロキとアルファは穴の奥へと進む。崩された幾層の壁を越えずいずいと奥へ進みアルファにでも感じられるほど異臭が強くなってきた時、大きな広間に出た。
地下空間の構造を支えるようにいくつもの柱が立ち並ぶ中、それは妖しく蠢いていた。
ロキが持つ魔石灯から発せられる淡い光がその表皮を照らす。
黄緑の触手のような部位をいくつも地面から生やしまるで本体を守るかのように円形に広がっている。
そしてその中央には一際太く、長い触手が生えていた。高さ10
花びらのように毒々しい花弁を開き、その中心には何百もの鋭利な牙が生えていて、その隙間からは赤い血が流れ落ちていた。
立ち込める異臭はその口から発せられるものだとベートは理解した。
中央の本体の下、地面には何匹ものネズミやヘビがいくつかの部位を欠損した状態で横たわっていた。
ポタ、ポタ、と牙の隙間から漏れ出る血は彼らのものか。
「こいつか、
見た目の色と言い、生理的嫌悪と言いこのモンスターが、59階層で発見した溶解液をブチ撒かす芋虫モンスターと似ていることを理解する。
「そうやな。しかし、コイツ...」
「デカい。今までの2回襲われた時とは比べ物にならないくらい...」
侵入者を確認しその首を持ち上げこちらを向くそれは圧倒的な大きさをほこっていた。
「はんっ、所詮雑魚だ。おいガキ、ロキを守っとけ」
2人の反応に目の前に居るモンスターが強化種であることを認識したベートだが、第一級冒険者の前でそんなものは無かったことのようになる。すでに臨戦態勢に入っているベートは、ようやく暴れられると口角を軽く吊り上げ、しかし油断なくその琥珀色の瞳をモンスターに向けた。
「キェェェ!!」
もう一度発せられた奇声と同時にベートは駆けだした。
「うぉおおらァァァ!!」
雄たけびと共に食人花を蹂躙するベート。彼の
「はや...」
「せやろー、うちもさっぱり見えん」
天井を支える柱を器用に使い、まるでピンボールのように駆けまわるベート。しかし本体に近づくにつれ地面から生える触手の密度は増し、なかなか致命打を与えるまでには至らなかった。
「うぜぇんだよ!」
砲声と共に蹴りだされた渾身の一撃はあと少しで本体に当たるというところで別の触手によって防がれる。さらにそのタイミングを見計らっていたかのように複数の触手が一斉にベートに襲い掛かる。
「チッ!」
流石に危険と判断したベートは蹴りつけた触手を足場にして大きく跳躍しロキたちの近くへ離脱する。
Lv5であるベートの渾身の一蹴をくらった触手は数秒痙攣していたがすぐに他の触手同様に蠢きだす。
「あぁ?全然効いてねぇ」
「ベートさん!こいつは打撃に強くて魔法に弱いです!あと火にも!」
「そういえばティオナたちの拳も弾いとったしな~」
「そういうのは先に言えってのっ!」
安全な位置から観察していたアルファが助言を飛ばし、ロキも思い出したように零す。
ベート自身も足に残る微かな痺れを感じ、アルファたちの言葉が虚偽でないことを理解する。
「ったく、こんなやつに使うのは癪だが...」
ベートが腰から取り出したのは赤く燃えるような色をしたナイフ、魔剣だ。
それを自身の足、
「あれは、魔力の流れ?」
魔剣を見たことも無ければ、存在も知らなかったアルファはその光景を見て不思議に思った。
リヴェリアと手を繋いで魔力を流しあった時は目に見えるほどの魔力は流れなかったが、今目の前で視認できるほどの魔力が移動している。
「ああ、自分『魔剣』みるの初めてか。あれはな、んー、簡単に言うと『魔法を剣に詰めちゃいました』ってヤツや。腕の立つ鍛冶師しか作れんからめっちゃ高いで、あれ。なーベート!それいくらしたん?」
「100万」
「うはーっ、金額100万の攻撃かー。景気いいなー」
アルファが気になったのは、魔剣も気になったが、あの足の装備の事だ。魔力が流れ込むあの装備はいったいどういう仕組みなのかと気になったがひとまず静かに戦いの行く末を見ることにした。
第一級冒険者の戦いを直に見ることなんて滅多にない。自身が今どれだけトップから離れているのか確認できるいい機会だ。できる限りの動きを見て吸収せねば、と気合を入れてベートを見つめた。
ちょうど魔剣を腰の鞘に戻し立ち上がったベート。右足はまるで点火されたかのように燃え上がり、ゴウゴウと燃焼音を周囲に響かせていた。
「蹴り飛ばしてやる」
獰猛な笑みを浮かべ走り出したベートは一直線に本体へと向かう。
当然守るように周囲の触手がベートへと殺到するが一蹴りで触手は弾き飛ばされ、燃え上がった。
「ギィィ!?」
悲鳴を上げる食人花に構うことなくベートは獲物を狩る狼の如く地を駆ける。迫りくる触手を全て蹴り上げ邪魔者を排除して進む圧倒的な姿にアルファは驚嘆した。
周囲の触手を殲滅し、本体との距離約10
一瞬で本体の目の前まで跳躍したベートに、触手が次々と焼き払われた食人花は攻撃する手段も防御する手段も失っていた。
ベートは空中で大きく体勢を変え必殺の一撃を構えた。足先で燃ゆる大炎塊を振り上げ、その光が食人花の醜い顔を照らす。
「死ねぇぇぇ!!」
隕石の如く振り下ろされた大炎塊は轟音と共に食人花の顔面へめり込む。最後の断末魔を上げる暇すらなく焼かれ、その身をジタバタとくねらせ必死に抵抗する。
が、ベートの足はもう止まらない。
下方に向かって振りぬかれた足は食人花の体を圧し潰し、その巨体を地面に叩きつけた。
足に燈っていた炎はそのまま食人花へと移り、その体を焼き尽くすまで燃え盛っていた。
熱さに耐え切れず、しばらく暴れまわり抵抗していた食人花だったが、周囲で燃えていた触手も含めしばらくしてその動きを完全に止めた。
広い空間に燃え盛る炎の音だけが響き渡る。
「うっひょー、お疲れ!魔石欲しかったけど、まぁええかー」
完全に事切れた食人花を見てロキは歓声を上げる。
「だからそういうのは先に言えっての...」
はしゃぐロキにダルそうなベートは頭を掻きながら戻ってくる。戦闘、とは言えない、蹂躙と呼ぶにふさわしい戦いっぷりに感動したアルファは、彼我の力の差を実感し自身の弱さに落胆する。
工場のところで戦った食人花よりも圧倒的に強い、今回の強化種を怪我もなく倒したベート、いやロキ・ファミリアは目指すべき目標になった。
アイズ、リヴェリア、ベート。3人の第一級冒険者に出会って自分の矮小さを実感する。このままじゃダンジョンの最下層なんて、夢のまた夢。
「強く、なるんだ」
アバウトな目標でも、口に出せば強くなれるような気がして、熱くなる背中に改めて誓った。
「なー、どうやった?うちのベート。速いやろ?強いやろ?」
「何してるか全くわからなかったです。僕、要りました?」
我が子を自慢するロキにアルファは苦笑しながら返した。
実際食人花の調査ならば今回、自分が居なくてもここにたどり着いてこういう結末になっていたとアルファは思う。
「いやー、自分がおらんかったら気色悪いのおらんかったかもしれへんし。まぁそう卑屈にならんとって」
バシバシと背中をたたいてくるロキに、まぁ貴重な戦闘見せてもらったしいいか、と1人納得した時だった
ロキとアルファの間の地面が罅割れた。
「ロキ様!」
即座にロキを抱きかかえ後方へ退避する。
その直後地面から勢いよく飛び出した、
「おいガキ!そのまま離れろ!」
事態に気づいたベートは命令を飛ばす。地面に埋もれていた触手は次々と姿を現し始め旧下水道へとつながる大穴も塞がれる。
「クソが、地面の下は鼻が効かねぇんだよ!」
次々と生える触手の数はさっきの食人花とは比にならないほど多い。
ロキはアルファに抱きかかえられながら状況を把握しようと試みる。
「ベート!もしかして自分仕留め損ねたんか!?」
「んなわけねぇだろ!いや、まてコイツ、脱皮しやがった!?」
ロキの言葉にありえねぇと叫び返したベートだったが近くにあるさっき倒した食人花の死体を確認する。
未だ燃え盛るそれはさっきまで黄緑だったのに対し今は半透明な色で、抜け殻が燃えているだけだった。
「...来る」
ロキを抱きかかえながら走っていたアルファは、次々と迫りくる触手を何とか躱しつつその中央の地面を見た。
半径10
轟音と共に地面から現れたのはさっきの食人花よりはるかに大きな個体だった。
全身は白濁色の粘液覆われていて魔石灯の光を妖しく反射している。
怒っているのか口からは白い煙を吐き出し、荒い息をしていた。
「ギィィェェアアアア!!」
耳を
現れた脅威にベートはその刺青が入った顔を歪ませる。
「てめぇ、俺に恥かかせやがったなぁ?」
仕留め損ねた獲物にベートは負けじと砲声。地面を蹴り砕き、暴れ狂う触手を縫って駆けた。
拙い文章ですいません