ダンジョンでハイエルフに出会うのは間違っているだろうか 作:98zin
ロキ様の部屋を後にした僕はリヴェリアさんに客間に通してもらった。
広い廊下を進みたどり着いたその部屋はとても綺麗に整っていて広かった。
趣向を凝らした暖炉が設置してあったり、やや大きめのテーブルが置いてあってその上には綺麗な花が生けてあった。
「流石にベッドは無いがこの布団で我慢してくれ」
床についている取っ手を引き上げれば床下から綺麗に畳まれた敷布団が出てきた。
手慣れた様子で布団を敷いてくれるリヴェリアさんを手伝おうとするけど、この腕じゃ何もできない。
がっちり固定された両腕をブランとたらしながら僕は寝床が出来上がるのを待った。
「よし」
パンパンと軽くホコリを払いながら立ち上がる。
「じゃあまた明日様子を見に来る。今日は...いや今日もすまなかった。改めて謝罪する」
「そんなことないです!むしろ僕が弱いから迷惑をかけたというか、何というか...」
勢いで否定したが、今謝罪をしてくれているリヴェリアさんの気持ちを否定したような気持になって尻すぼみになる言葉。
リヴェリアさんが目の前に居ると上手く話せない。
うにゃぁぁ、と情けない自分にまたまた腹が立つ。
「フッ、優しいんだな」
その言葉と小さな微笑みを湛えたリヴェリアさんに不覚にもドキッとしてしまう。
頬を赤らめ身悶える僕に、「どうした?腕が痛むのか?」と聞いてくるあたり、もう僕はこのまま死んじゃうのだろうかと思った。
「もう行くぞ」
部屋の魔石灯のスイッチへ手を伸ばし明かりを消す。すると部屋は暗くなり、開いているドアから零れる光が僕の足元まで伸びる。
「...おやすみ」
ズキューンッ!
ドアを閉めると同時に放たれた言葉は僕にトドメを刺した。
コツ、コツ、と人が少ないギルド内に1つの足音が響く。
ギルドはいつ冒険者に必要とされるか分からないので年中、24時間稼働しているが、流石に深夜帯はその職員の数を減らしている。
ダンジョンから帰ってくる、また潜ろうとする冒険者の影は全く見えないギルド内。
職員も滅多に来ない冒険者を待つために常にカウンターに居るわけではない。
奥にある事務室で、少ない深夜メンバーで他愛もない話をしていた。
そんな彼女彼らが1人の神物を見逃すのも無理はないだろう。
ガイアは神威を完全に抑え影のように、迷いなくとある場所へ向かう。
初めて
物々しい雰囲気が徐々に濃くなる通路。しばらく歩けば地下へ続く階段があった。迷いなく足を運び薄暗い階段を慎重に進む。
階段が終わり幾つもの燭台が照らす大広間に出る。
その中心にはギルドの創設神であり、古代より下界に君臨し続けるウラノスが玉座に鎮座していた。
燭台と玉座以外何もないそっけない空間。全てはウラノスがダンジョンに祈祷を捧げる為だけに創られた空間だ。
「やぁ、久しぶりね。ウラノス」
「......」
正面にたちフードの奥から2
一言だけでぶつかり合う神威によって燭台に灯されていた火が揺れる。
無言の返答は言外に何をしに来たと告げているようで。
「いや、少し忠告しようと思ってね。私が
「......」
外套のフード取り払い顔をあらわにするガイアは鋭いまなざしで老神を見つめた。
そしてガイアは両手を広げ上を、何もない空間を見上げた。
【来る厄災に備えよ。彼の地を揺るがす大厄災が
目を瞑り詠うように紡がれた言葉。ウラノスは厳しい顔でただ静かにそれを聞く。
ガイアは一つ息をついてウラノスの反応を見るが、何も返ってこないことに落胆する。
伸ばしていた手をダランと下げ少し文句を垂れた。
「ちょっとでもいいから何か反応を示してくれないかしら。少し恥ずかしいわ」
「......」
尚も沈黙を貫くウラノスに、まぁいいわとその深緑の髪を揺らし続けた。
「必ずよ。いい?あなたが下界のために尽くしているのは
「......」
「いつかは分からない。それが今日かもしれないし、明日かもしれない。何年経っても起きないかもしれない。ただこれだけは言える。確実に死人が出るわ」
「......」
「いつだったかしら?こっちで【暗黒期】って呼ばれた時代は。あれとは比べ物にならないわよ?」
「......」
「ちゃんと教えたからね?これで事が起きてから何かと言われても知らないからね?」
もう言いたいことは言ったと、踵を返しまた黒いフードを被り出口へ向かおうとするガイアにウラノスは声をかけようとする。
重々しく開かれた口は逡巡するように一度閉じかけられたが次いで、低い声が響いた。
「ガイア。お前はいったい何を
依然沈黙を守っていた堅物がここでようやく声を発した。
背に疑問を受け一瞬足を止めたガイアはゆっくりとウラノスのほうを振り向き、抑揚の無い声でこう呟いた。
「
リヴェリアが客間を出た後、アルファは深い眠りについていた。...わけもなく。
(寝れない寝れない寝れない寝れない寝れない)
ギンギンに冴えた目とズキズキ痛む腕に悩まされなかなか眠りにつけないで2時間は過ぎていた。
その理由はリヴェリアにあると言える。
まさかの「おやすみ」の破壊力にやられたアルファは気が動転し後ろ向きに倒れたのだ。
その時腕が半分体の下敷きになり、違う意味でも悶えていた。
なんとかリヴェリアが敷いてくれた布団ににじり寄り横になったが脳内では常に「おやすみ」がリフレインしている。
アルファ・イロアス、16歳。一般的に言えば思春期である彼が想い人の「おやすみ」に耐えられるはずもなかった。
さらに言えばさっきまで
布団がいつもよりフカフカで緊張してしまう。
部屋が広い!お腹すいた!
いろんな出来事がアルファの心を搔き乱す。
「ちょっとトイレ...」
本当にどうなっているのか、半月前からは全く想像できない自分の現状に困惑する体が尿意を催す。
しかし、ここで重大な事実にアルファは気づいた。
「ドア、開けれなくね...?」
なんとか足と体重移動で立ち上がることは出来たアルファだが、ドアの前にたどり着いたところで絶望した。
しかし、ここで諦めるわけにもいかない。急激に高まる尿意に焦りが生じる。
早くしなければ明日の朝、リヴェリアにヤバイ目で見られ、一生顔を合わせられなくなる。
「くっ...!」
何故かダンジョンにいる時よりも切羽詰まった表情でドアノブと格闘する。
上下型の取っ手ではなく、回す型のドアなので包帯でぐるぐる巻きにされている指だと上手くつかめない。
「開いた...!」
格闘すること数分、ドアノブを両腕で挟むことで何とか部屋からの脱出することに成功したアルファ。
深夜ということもあって小さな声で開錠の喜びを噛み締める。
そーっと扉を開け廊下に出て辺りを見渡す。
と、そこでもう1つ大切なことに気が付いた。
「トイレの場所、知らなくね...?」
壁を乗り越えたそばから新たな壁が現れ冷汗が流れ始める。
ひやりと頬を伝う汗が冷たい床に落ちる。
廊下は壁が胸の高さぐらいまでしかなく、そこから上は中庭が見えるように壁が無く風が通るようになっていた。
少し冷たい風が吹き抜け、アルファの肌を撫でる。
首を左右に振り、どちらに行こうか悩むが考えたところで、分からない。
「とりあえず探そう」
もうすでに限界に近いアルファは奇妙な動きをしながら廊下を進む。
ロキ・ファミリアの団員にこの姿を見られでもしたら、一瞬で不審者扱いされ悲鳴を上げられるだろう。
しかし、アルファの脳内は9割トイレの事で占められていてそんなことは少しも思いつかなかった。
ペタペタとアルファの足音だけが静まり返った黄昏の館に響く。
扉、扉、扉。アルファが出てきたような扉が通路に立ち並ぶ。全て客間、もしくは団員たちが寝泊まりする部屋なのだろう。
自分が出てきた場所を忘れないように通り過ぎた扉の数だけ、頭の中で足していくがもうすでに怪しい。
少し先に階段を見つけ上か、下、どちらに行こうか迷っている時だった。
「こんな時間に何処へ行くんだい?」
「!?」
不敵な笑みと共に階段から下りてきたのは、金髪の
ロキの部屋でアルファと会った時とは違い、貼り付けたような笑顔でアルファを見ている。
その声音と表情でアルファは今、自分自身がどういう状況にあるか、またロキ・ファミリアの団員からしたら自分はどういう人間かを理解した。
その実、完全に不審者だろう。フィンとはさっき会ったとはいえまだ初対面。
深夜に自分のホームをうろつく部外者はただ単に警戒対象にしかならないだろう。
ここでアルファは尿意とは違った冷や汗を流し始める。
「フ、フィンさん...!実はトイレに行きたくて...でも、場所が分からなくて...」
思わず上ずった声が出てしまい、明らかに不審者感を出してしまう自分に焦りを覚える。
その様子を片目を瞑り、真偽を確かめるようにじーっと見ていたフィンは少しだけ笑った。
「まぁ、その焦りようが演技だったら、君は物凄く演技派だね。着いてきて、ひとまず案内するよ」
そう言って身をひるがえし階段を下っていく。
許してもらえたのかどうなのか、しかし尿意が限界に近いアルファはフィンの言葉を信じてついて行くしかなかった。
赤と青で色分けされた2つの扉の青いほうから出てきたアルファは壁にもたれかかるフィンにお礼を言う。
「はぁー、助かりました...」
「間に合ってよかったよ。もし僕が鬼畜だったらその尿意が本物かどうか、君が失禁するまで待ってたけどね」
出てきて早々衝撃発言が飛び出し、想像するだけでまた尿意がぶり返す。
(フィンさんが鬼畜じゃなくて助かった...)
目の前で爽やかに笑う青年が少し怖くなった。
「君、眠いかい?少しだけ話を聞かせてくれないか?」
「眠くないです。大丈夫です」
「ここじゃあ声も響いてみんなの眠りの妨げになるから、中庭へ行こうか」
さっきと同じように前を歩くフィンの後ろをアルファがついて行く。近くにあったようですぐに少し冷たい外気が触れる中庭に出た。
月明かりが差し込む中央に着くと、早速とばかりに振り向いたフィンは口を開く。
「リヴェリアから少し聞いたよ。あの食人花と数回戦ったみたいだね。君はあれに好かれているのかな?」
「特になんかした覚えはないですけど。ただアレは魔力に反応するみたいで、実は僕危機的状況で魔法が勝手に発動するんです。多分そのせいかな?」
「ほう?そんな魔法をもってるんだね。珍しいね」
しかし、そこでアルファは、はたと気づく。自ら口にしたことで頭の整理がついた。
(
アルファの魔法は所持者が危機的状況に陥らなければ発動しない。アルファは今まで都度3回食人花と遭遇した時のことを思い返した。
まず、リヴェリアに追われてダイタロス通りに迷い込んだ時。あの時は確かに物凄く息切れはしていたが、危機的状況とは呼べない。
次に雫と工業区域を歩いていた時。あの時はそもそも雫の
そして昨日、地下水道を歩いていた時。あの時は何でもなかった。ただベートが進む後ろをひた歩いていただけ。
少なからずどのタイミングでも魔法を発動しているわけではなかった。
「どうしたんだい?」
「いえ、何でもないです...」
「そうか。答えたくなかったら構わないけど、君はLv1なんだよね?」
「はい」
冒険者の生命線であるランクについて尋ねるフィンにアルファは躊躇なく答えた。
その警戒心の無さに少し申し訳なさそうな顔をするフィンだが、それに気づかないアルファ。
そもそも冒険者としての歴が浅すぎるアルファは、冒険者として知られてはいけないことや、何が自分に不利益となるか、何が相手に有益かを知らない。しかし、一応は半分ほど警戒心を持っているフィンは何も言わずチャンスとばかりに続いて情報を聞き出そうとする。
「昨日君がロキに巻き込まれたように僕たちはその食人花について情報を集めたいんだけど、何か気づいたことは無いかな?」
「気づいたこと、ですか。僕いつもギリギリで戦ってたのであまり記憶が無いので大したこと情報は無いです。ごめんなさい」
役に立てず申し訳なさそうにうつむくアルファにフィンは、いやいやと否定する。
「食人花と戦ったことがあることに意味があるからね。そう落ち込まないでくれ。また何か思い出したりしたら言ってくれ」
じゃあ、今日はもう遅いし、とフィンが会話を終えようとした時。
「フィンさん、1つ僕からもいいですか?」
「なんだい?」
月明かりに照らされるアルファの顔は真剣そのものでフィンは少しだけ気を張った。
(オラリオ最強と名高いロキ・ファミリア...その団長と喋る機会なんて滅多に無い)
意を決してずっと胸に抱いていた疑問をぶつけた。
「ダンジョンの最下層には、何があるんですか?」
アルファのお祖母ちゃんの手紙にあった言葉、『ダンジョンの最下層へ』。
アルファ自身のオラリオに来た目的であるそれはあまりにもヒントが無さ過ぎた。少しでも早く、お祖母ちゃんが居なくなったこと、自分がどうして捨てられたのか、それを知りたいがための質問だった。
「...」
フィンは一瞬質問の意図を考える。ただ純粋な疑問なのか、何か裏があるのか。今だ内面は警戒を怠らず、普段から自身の言動に気を付けているフィンは少し迷ってからこう答えた。
「未知。それしかない」
「未知?」
「ああ、最下層は未だ誰も到達したことが無い
思わず聞き返してしまったアルファは、何度も読んだお祖母ちゃんの手紙の一文を思い出した。
『ダンジョンの最下層に何があるかは私の口からは言えません。』
まるで彼女は最下層へ辿り着き、何かを見たことがあるような言い回しだ。実際アルファはそう思っていた。
しかし、都市最強ファミリアの団長は何も知らない、誰も到達したことが無い場所だという。
アルファは質問をしたのに増える疑問に首を傾げた。
「よし、じゃあ部屋に戻ろうか。仮にも君は
母親気質の副団長を思い浮かべ苦笑するフィンは建物の中へ戻っていく。後ろを着いて歩くアルファの頬を、冷たい夜風がそっと撫でた。
翌朝、すっかり体調は回復し、腕の痛みもだいぶ引いたアルファの下へリヴェリアがやってきた。
「気分はどうだ」
「おかげさまですっかり回復しました。腕の痛みももうほとんどないです」
そう言いながら腕の包帯を自分で器用に外していく。
包帯の下にあった青い痣はほとんどなくなり薄っすら滲む程度になっていて、
「そうか。ならよかった」
取り終わった包帯を受け取ったリヴェリアは、昨日アルファが
「そういえば昨日使った魔法は自動発動だったのか?」
「いえ、任意で発動できました」
朝からリヴェリアの顔を見ることができ、ウキウキ気分のアルファは嬉しそうに話す。
差し込む朝の光が艶やかな翡翠の髪を照らす。朝にもかかわらずまったく隙の無いリヴェリアを見てアルファただひたすら癒されていた。
「もう任意で発動できたのか。その時魔力の調整をしたか?」
「あの時感じたものが魔力なら、絶対調整なんて出来てません。意識しながら使ったんですけど、体を動かしながらはもう何が何だか」
手足に加え、もう1つコントロールしなければいけない何かが加わった感覚を思い出し、まったくだったと言うアルファ。
そこへリヴェリアは驚くように声を上げた。
「いきなり平行詠唱を試みるとは、なかなか愚かだな。お前は」
「平行詠唱?」
「平行詠唱とは、戦闘と同時に魔法の詠唱を行うことだ。本来魔法とは精神を研ぎ澄まし、静かなる心をもって詠唱するものなのだが、戦闘でそんな悠長にしている暇はまあそう無い。そこで戦闘と並行し詠唱を行うことで隙を減らし、かつ狙いを相手に合わせることが出来る、熟練の魔導士が行う戦闘手段だ。精神を乱せば
「破裂...」
もし一歩間違えれば昨日のうちに四肢が爆散していたと思うとゾッとする。
そこへ続けてリヴェリア先生の熱心な指導が続いた。
「だからまず初心者は静止した状態で最高の魔法を放つように心がけるのだが、もしやアルファ、お前の魔法短文詠唱か?」
「あ、そうです。魔法名だけです」
「なるほど。つまり動きながらでも昨日お前が爆散しなかったのは扱う魔力の量が、そこまで多くなかったからか」
ふむふむと納得する今のリヴェリアは熱が入っていて、アルファが止めることは不可能だった。
「ではまず、威力よりも実戦で使うために魔力制御を優先して鍛錬せねば...」
アルファへの魔法修練はリヴェリアが償いとして自ら言いだしたこと。それがようやく本格的に始められそうになり次々と頭の中に
「ひとまず今日はやめておこう。いろいろやってもらいたいことはあるが、それはお前の体調が万全になってからだな」
時々聞こえてきた、倒れるまで...や吐くまで...というリヴェリアの口からは想像も出来ないような単語に怯えていたアルファだったが、今日からではないことに安堵する。
「今日はもうホームに帰ってゆっくり休め。神ガイアにも心配をかけてすまなかったと伝えてくれ。ロキには私が言っておく」
と最後に一応と渡された