ダンジョンでハイエルフに出会うのは間違っているだろうか   作:98zin

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捕獲

狂獣の雄たけびが響き渡る。

火炎が炸裂する。大地が爆ぜる。

(そら)が凍る。数多に迸る雷光は全てを裁いていく。

豪風が轟き、この世の終末を体現していた。

その中で佇む(たたずむ)4つの影。

目の前には強大な何かが立ちふさがっていた。

闇のような黒い霧が立ち込め4人を囲むが赤いマフラーを首に巻いた青年がすぐにそれを断ち切る。

翡翠の髪を揺らす魔導士が術を唱えれば、金色(こんじき)に輝く妖精が詠えば全ては光に包まれる。

しかし無尽蔵に増え続ける黒い霧は、彼らを追い詰めるように、嬲り(なぶり)殺すようにその色を深く、濃く染め上げていく。

深い闇が、彼らを包み込もうとした時。

「_________」

黒髪の青年が何かを叫び、世界は白に染まった。

 

 

 

 

 

 

 

ピチャ。

「......」

頬に当たる冷たい水滴で僕は目を覚ます。冷たい地面、ひんやりとした空気に、生を感じない空間に僕はいた。

まわりは暗くてここが何処かは分からない。ただ一定の間隔で落下する水滴の音だけが響く。

横たわっていた重たい体を起こそうと力を籠める。

「イッ...」

が、すぐに肋骨が悲鳴を上げ、力なくもう一度倒れた。冷たい地面に頬を擦り付け立ち上がる気力を削がれる。

ここは?雫は無事かな?

肋骨の痛みから自分がどうして意識を失っていたのかを思い出した。

自分の事を知っているかのような口ぶりの老年の男に襲われ気を失ったんだ。ひとまずゆっくりと腕に力を込めて折れている肋骨に刺激を与えないように上半身を持ち上げた。

ひとまず水滴が当たる位置から少し離れて暗闇に目を慣らそうとしばらく一点を見つめる。

ややぼんやりとゴツゴツとした壁が見えるだけで、首を回すけど他に何も見えそうにない。

視界の確保は諦めて現状を理解しようとするけど、自分が何処にいるか分からないので何ともしようがない。物理的にも、心情的にも八方塞がりとはまさにこのことだ。

「どこだろう?」

試しにイガイガする喉を鳴らし声を発するが、返ってくるのは水滴が地面に落ちる音だけ。

成す術もなく、このまましばらく時が過ぎようとした時、1つの案を思いついた。

妖精の加護(フェアリーピレイン)

手を前に突き出し、火のイメージを頭に浮かべながら魔法を放とうとした。

だけど、何も起きなかった。

「まだ24時間経ってない?」

明かりを灯そうと魔法を使ったけど、発動する気配はないので、雫と別れてから24時間が経過していないことだけが分かった。

だらりと腕をたらし一瞬落胆するがすぐに次の行動にうつる。

まず...体力回復か。

以前リヴェリアさんに貰った高等回復薬(ハイ・ポーション)を腰のポーチから取り出し勢いよく口に放り込む。

するとすぐに重かった体が軽くなり締め付けられて傷ついていた喉も痛みが引いていった。

リヴェリアさん、ありがとうございます。

心の中で微笑む彼女にお礼を言い、痛みの引いた肋骨を押さえながらゆっくりと立ち上がる。

骨が一瞬でくっついたりはしないが動ける程度には痛みは引いた。

手を前に出しながらゆっくりと探るように、壁にぶつからないように正面に向かって進む。

ひんやりとした空気を切り、進む僕は次の瞬間冷たい岩肌をとらえた。

人工物では無い感触に、ここはダンジョンの一部、もしくはそれ以外の地下洞窟か、とあたりをつけるが真偽のほどは分からない。

ひとまず壁を伝い、何か他に得られるものは無いかとゆっくり右に進んでいく。

するとほどなくして壁がなくなったと思ったら円柱のツルツルした棒が手の甲に当たった。

両手でそれを掴み上下も確認する。下は床まで伸びていて、もしやと思いさらに右へ手を伸ばせばそこにはもう一本円柱が生えていた。

「檻...か」

どうやら僕は典型的な檻に捕まっているようだ。

手錠や猿ぐつわもされてはいないが、僕は監禁されている。

棒をいくつも確認してさらに右へと進み、4(メドル)ほどで逆側の壁に辿り着いた。

一応壁には手をつきながらこれからどうしようかと黙考する。

試しに僕を閉じ込めている檻を両手で持ち力を込めてみたが、僕の力じゃビクともしない。

それに仮に檻から抜け出せたとしても、この暗闇じゃどこへ進めばいいかもわからない。

ひとまず僕を捕まえたあの老年の男を待つしかないみたいだ。

アレともう一度会うのは身が震えるけど、それ以外にこの状況が変化するとは思えない。

背に手を伸ばしてもそこには長剣はかかっていない。男が来たらなんとかして...

って、そのなんとかしてをまったく思いつけない。

ただ殺されるようなことは無い...気がする...

殺すなら僕を捕まえた時点で握りつぶしていれば済む話だし。もしそうなっていたらと思うとゾッとするけど。

「また、神様に心配かけてるなぁ」

今の自分の現状を振り返りつくづくそう思い、胸の中で心配そうな顔をする神様を思い浮かべては自嘲する。

僕はパンっと両の掌で顔を叩き、男がやってくる前に何か一つでも目新しい情報を得ようと気合を入れなおした時、目の前が真っ白になった。

「!?」

突然のことですぐには何が起こったのか分からなかったけど、徐々に目が慣れてきて明かりがついたということが分かった。

上を見上げると思いのほか近かった天井に魔石灯がいくつもついている。

それから伸びる線の先を目で追っていくとそれは檻の外まで続いていた。

檻の外に目を向ければ少し離れたところに凹凸が全くない大きな銀の扉が建っていた。

この部屋には扉と檻以外何もない。殺風景な空間をしきりにキョロキョロと見渡す。

ゴォン!

「!!」

扉のほうから大きな金属音が鳴り響き少しだけ扉がずれる。

電気がついたってことは誰か来るってことだ。すぐ気づくべきだった。

鉄柵から少し距離を取り出てくるであろう男に気を引き締めた時。

「何故ここに来たんだ」

少し低めの女の声が聞こえてきた。

扉の隙間からゆっくりと部屋に入ってきた黒いフードを被った人物から発せられた声だと気づき困惑する。

入ってくるのがてっきりあの男だと思っていたのに得体の知れない人物、というかあの男も得体が知れないけど、の登場に警戒を高める。

「何故ここに、オラリオに戻ってきたんだ」

「?」

質問の意味を理解できない。女はそのままこちらにゆっくりと近づいてきて檻の2(メドル)ほど前で足を止める。

フードのせいで顔は良く見えない。彼女のよくわからない言葉に僕が答えかねていたら彼女はもう一度声を上げた。

「命がけでお前を外へ逃がした彼の、彼女の気持ちはどうなるんだ」

「ちょ、え?どういうこと?君も僕のことを知ってるの!?彼と彼女って僕の両親の事!?」

彼女から発せられた、僕のことを知っているような発言に思わず食いつき鉄柵まで駆け寄って声を荒げる。

ビクともしない鉄柵を手のひらが白くなるまで強く握りしめる。

目の前の黒いフードの人物は微動だにせず、ただこちらの様子を観察するように佇んでいた。

「...何も、聞かされていないのか?」

「だからっ!何を!?」

僕は両親について全く知らない。僕を置いてどこかへ行ったことしか知らない。

全て僕の知らないところで、何かが動いているようで何も知らない自分に腹が立つし、それを責めるような彼女たちの言動にも思わず腹立ち声を荒げてしまう。

老年の男に捕らえられてきっと心は焦りや恐怖でいっぱいだったんだろう。

せき止められていた感情の濁流が少しだけ漏れ出たような気がした。

「...私に、どうしろと...」

「ねぇ!僕はいったい誰の子どもなの!何か知っているなら教えてよ!?」

ここが敵地、というか得体の知れない空間だということもすっかり忘れてなりふり構わず大声を上げる。

感情的になる僕とは裏腹に目の前の人物は途方に暮れたような雰囲気で肩を落としている。

その態度が余計に僕の心を荒立てて行き場のない怒りが胸の中で渦巻く。

僕がもう一度口を開きかけた時、不意に彼女の手がフードへとかかった。

ゆっくりと下ろされたフードからは、それと同じ色の真っ黒な長い髪があふれ出る。

現れた少女の顔はどこか見覚えのあるものだった。

細いスッキリとした顔立ちは記憶の中にあるいつかオラリオで見たものと一致して、ゆっくりと開かれたその瞳は深々と冷たい光を湛えていた。

「え...」

さっきまでの感情はどこへ行ったのか。鉄柵を掴んでいた力を緩めて目の前の黒髪の少女を見つめる。

何度かオラリオで見かけた少女だ。

やけに記憶に残る彼女の顔は間違えるはずがない。

「ひとまず、ここから出るのが先決のようね」

ハスキーな声色でそう言い、ごそごそと腰のポーチに手を突っ込んだと思えば何やら仰々しい黒い鍵を取り出した。

そして檻の真ん中あたり、さっきまで暗くて見えなかったけど、そこにある南京錠を手に取り慣れた手つきでそれを開錠した。

「え、出るって、僕捕まっていたんじゃないの?」

次々と襲い掛かる困惑に脳の処理が追いついて行かない。

「いいから、まずはここから逃げるのよ」

ちょいちょいと手招きをして僕を呼ぶ彼女に罠か何かと警戒するけど、彼女は両の手のひらを上に向けて肩をすくめ「何もしないよ」と合図で教えてくる。

一応は彼女を注視しながらゆっくりと鉄柵の間を通り抜けひとまず脱出。

ジロッと彼女を見るが素知らぬ顔で見返してくる彼女にオラリオで見た時のような動悸は起きない。

「ど、どうするの?」

良い人なのか悪い人なのか判断がつかないわけで、口調に困るわ対応に困るわで少しびくびくしながら少女を見やる。

「こっち」

と、僕の答えを待たずにパパっと走り始めた彼女の後ろを慌てて追いかけてる。

この部屋の入り口の銀の扉までたどり着くと少し開いたその隙間からスルッと抜けていくので僕も真似て間を通るけど、ギリギリ...

なんとか押し通り抜けた先はとてつもなく長い通路が続いていた。

「こっち」

声がするほうを見れば少女はもうすでに遠くにいて慌てて後を追いかける。

僕が付いてきたのを確認した彼女はフードを被りなおした後、音を立てないように静かに、それでいて速く走っていく。

体がまだ少し痛むけれど、置いて行かれるわけにはいかないから全力で走って追いつこうとするけど...

「は、速い...」

いくら自分が万全の体調ではないとはいえここまで追いつけないのはどうなんだろう。

彼女も冒険者なのか、それとも老年の男のように人ならざる者なのだろうか。

一瞬湧きかけた余計な思考を外に放り投げて目の前の小さな背中を追いかける。

この通路は少し薄暗くて、壁も地面も薄灰色の岩石で出来ている。気を抜くと足を取られて躓いてしまいそうになる、というかさっき少し躓いた。

ちょっと...速くない!?

縮まらない彼我の距離に焦りを感じ始めた時、不意に小さな背中は立ち止まり右側の壁へと近づいていく。

数秒後僕もそこへとたどり着き、右の壁を見ればそこには、さっき見た銀の扉がこちらに覆いかぶさるように建っていた。

「いい?ここからはモンスターが現れるけど自分で何とかしてね?」

「え、ちょっと、よくわかんないんですけど...」

「行くわよ!」

そう言って彼女が取り出したのは赤い水晶のような球だ。禍々しい色の珠を扉に掲げればたちまち扉は重厚な開閉音を鳴らし、ゆっくりと開いていく。

「わぁ...」

扉の先に現れたのは緑、一言で表すなら緑色の空間だった。まるでお祖母ちゃんと住んでいた森のような深緑の色合いの通路はこれまた果てしなく続いている。

今僕が立っている岩の通路なんかじゃなくて壁も、床も、天井も、全てが緑のぶよぶよとした材質で出来ていた。

赤い珠を懐にしまった彼女は腰から短剣を取り出し躊躇うことなくその緑の通路へ飛び出した。

慌てて僕も追いかけて走り出す。一歩その空間に足を踏み込めばその足の感触に驚いた。

「ぬわっ!?」

岩のような固いところがなく数(セルチ)足が下に沈み足を取られそうになるけど強引に体勢を立て直し二歩目を踏み込んでいく。

もうすでに遠くへ行っていしまった少女を全力で足を回し追いかける。

道中何か死体のようなものを見たような気がするけど、見なかったことにしてひたすら前を向いて進む。

しばらく無言で走り続けそろそろ慣れない足場に、足が悲鳴を上げかけようとした時だった。

「グァァ!!」

緑の壁から唐突に現れた獣の顔を持つモンスター、コボルトが生まれ落ちてきた。

急な出現に思わず反射的に背の剣がかかっていたはずの位置に手を伸ばすけど、そこに剣の柄は無い。

「あれ、なんか色が...」

コボルトに剣なしで勝てるかどうか脳内で目算していた時それの異変に気付く。

色が緑に染まっている。体全身ではないけど右半身、特に腕あたりが深い緑に染まっていて、心なしか肥大しているようにも見える。

強化種?こんなの見たことも聞いたこともない。

さらに言えば壁から生まれてきたってことは、ここはダンジョンなの?じゃあ何階層なのさ。

またしても疑問だらけの脳内はパンク寸前だ。

ひとまず目の前のコボルトを安全に処理しようと拳を強く握り固め、臨戦態勢に入った時、視界がブレた。

「いったぁ!?」

左頬に激しい衝撃を感じた時には僕の体は宙に浮いていた。そう、殴り飛ばされたのだ。

ぶよぶよの床に体を打ち付け少し跳ねる。ぶよぶよな床のおかげで体に痛みはほとんど感じないけど口の中は血の味がする。

頬が切れた。プッと口の中の血を吐き出し目の前の変異種、と呼べばいいのだろうか、僕を殴り飛ばしたコボルトを睨んだ。

「ブルルゥゥ...」

威嚇するように唸るコボルトは手にもつ棍棒をブンブンと振り回し次の一手を繰り出そうとこちらの隙を伺っていた。

これ、ヤバイ。コレ、コボルトだからってなめてかかったら死ぬやつだ。

じんじんとする頬の痛みを思考から跳ね除けひたすらコボルトの足に集中する。

こっちに攻撃しようとするとき、必ず足に力が入る。そのタイミングを絶対に見逃さないで反撃するんだ。

僕とコボルトの間に張り詰めた空気が流れ、ついにコボルトが痺れを切らし、叫びながら地を蹴りだした時。

コボルトの体は緑の液体をまき散らしながら爆散した。

「なっ!?」

右半身が跡形もなく砕け散り辛うじて左下半身だけが原型をとどめているけど、他はもう目に見える大きさでは存在していない。

「あー、この子は耐えられなかったみたいね」

いつの間にか傍にやってきていたフードを被った少女は破裂したコボルトについてそう言った。

「いつの間に...」

「君があまりにも遅いから、化け物どもに喰われてないか確認しに来たんじゃないか。案の定こんな奴に一撃もらってるし」

やれやれとため息をつくように首を振る少女にムッとするけど否定できないのでとりあえず黙っておく。

「これはなんなのさ。ここはダンジョンなの?」

「ここはモンスターの巣窟であり、彼らの墓場でもある」

少女がそう言った直後、砕け残ったコボルトの下半身が徐々に緑の床に沈んでいく。

ズブズブと音を立て、まるで喰われるようにゆっくりと埋まっていくそれはすぐに僕たちの視界から消え去ってしまった。

「え...え?」

ありえない光景にゴシゴシと自分の目をこすり再度確認するけど、やっぱりそこにはもう何も残っていない。

もういろんなことが起きすぎて、頭の中が疑問でいっぱいになりまったく正常に機能しなくなった脳にさらなる不可解な言葉が飛び込んできた。

「ここはとあるモンスターの腹の中。うかうかしてると君も食べられちゃうから気を付けてね?」

モンスターの腹の中...?

完全に思考停止した僕の脳は今日何度目かの困惑をもう受け止めてはくれなかった。

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