ダンジョンでハイエルフに出会うのは間違っているだろうか 作:98zin
私はこの村の生まれではなかった。その小さな村はオラリオとラキアの間に位置していて、両国の戦火がたまに聞こえるような場所だった。
村の名前は...どうでもいいか。
まだ言葉もまともに話せないほど幼かった私は良心的な鍛冶師の男に拾われた。
幼かった私を拾い上げたその鍛冶師は独り身だった。
村から少し離れたところへ薪を拾いに行く途中に私を見つけたらしい。
赤子のくせに死んだように息を殺して、泣きもしない私を見てその男は驚いた。
さらに驚くことにその赤子の肌は、髪は透き通るような純白を湛えていた。
男が住む村は極東の生まれしか居なく、黒い髪で黄色い肌を持つ者しか見たことが無かったからそれはそれは驚いたそうだ。
「これ、ホントに人間か?」
第一声がこんな言葉になるくらいには。
この
それゆえにそんな声が漏れた。自分たちとは違うものを見れば誰だってそんな反応になるのかもしれない。
ただ、私が彼に拾われたのはこの人生で一番の幸運だったといえるかもしれない。
その男の名は
髪はボサボサで髭も伸びきっていてお世辞にも、と言うか全く清潔とは言えない容姿をしていた。
村の鍛冶師であり、村に向かってくるモンスターや行商人、旅人を監視する役の一人だった。
天津が担当していたのは東。その日も雲一つない空を昇る太陽を目を細めながら追いかけた後、いつものように薪を拾いに出かけたらしい。
しかし、私を見つけたことで大いに動揺した天津はすでに集め終えていた薪を投げ捨てて、私を背にかけてある竹籠に押し込み急いで家に走り帰ったらしい。
今思うと村の端にある天津の家は明らかに仲間外れにされた場所にポツンと建っていた。
一から自分で作ったのか大きな炉を家の中心に置き、
一つも鞘に納められていないそれらは凄く、危ない。
私を家に連れ帰った天津は土埃にまみれた私の汚れを払い落とすべく巻かれていた一枚の布を剥いだ時、それまた驚いたらしい。
「
目線を下にやればあると思っていたものが無い。大きな布に巻かれていた体は汚れ一つなくそれまた真っ白く、向こう側まで見えそうな透明な肌に天津は腰を抜かしそうになった。
慌てて布をもう一度巻きなおそうとするが、別に誰が見ているわけでもないしましてや相手は声も発せない幼子。
邪な感情など抱くはずもなく、巻きなおしかけた布を丁寧に取っていきその大きな両手で私を抱き上げた。
槌を握りすぎて硬くなった両の掌の感触にくすぐったくなったのか私はそこで初めて声を上げた。
「キャキャ!」
天津は高い声で笑う私を見て、手のひらに触れる柔らかい肌を感じて、涙を零した。
「...?」
天津自身どうして泣いているのか分からなかった。慌てて顔を横に振り涙を振り落とした天津は不意に私をこう呼んだ。
「雫。名前は俺が決めちゃっていいよな?」
後に聞いた話だが、私の名前はそうやって決まったらしい。泣いたから、雫が零れたから雫だと。
何て安易な名前なんだとは思ったが、少し恥ずかしそうに話していた天津を見て私は嬉しかったのを覚えている。
それから何も知らない天津の育児生活が始まった。
微かに記憶に残る自身の母の記憶を引っ張り出し、私を育ててくれた。
村の鍛冶師とは言ったが、それは少々誤解を招く表現だったかもしれない。
この村には天津以外にも2人鍛冶師がいるが彼らが鋳造するものは基本日用品の類だ。
それに比べ天津が創るものは刀のみ。それも全て抜身で。
天津はあまり口が達者ではない。天津が刀しか作らない意図は村人は全く理解が出来ず、天津が異端だとして監視役を与えるという名目で天津を村の端へ追いやったのだ。
鍛冶をしている時によく家が吹き飛ぶのは確かにどうかしているとは思うが。
話を戻すが、天津はたった一人で私を育て上げたのだ。まわりの者の力を借りずに。
私が女子であることを気にしてか天津は丁寧な口調を私に教えたり、身の振るまい方を教えてくれた。
天津にとっても私という存在はその生活に大きな影響を与えていた。
ひたすら刀を打ち続けるだけの日々。彼が煤に汚れていない日は無かった。
そんな中でも私をあやす時は丁寧に手を綺麗にしてから私を高々と持ち上げてくれた。
顔の髭も髪もすっかり短くして、出来るだけ清潔になれるようにと自分で刈り落としたらしい。
それから私が1人で歩いたり走れるようになったころ、おそらく私が6才の時、初めて天津以外の人と触れ合った。
まぁ、それは最悪の一言に尽きるが。
今まで天津の下でとてつもなく優しく育てられたきた私にとって、人の悪意は純粋な痛みとして心に刺さった。
事の発端は私が家を飛び出したことから始まる。
別に天津との生活に不満があったとかそういうことではなかった。
純粋に外の世界に興味を持ったのだ。
その日はいつものように庭で薪を割る天津を横で腰を下ろして眺めていた。
カコーン、カコーン。
心地よい音とリズムで薪が二つに分かれる。
季節は冬。私の肌のように白い雪がちらつく朝だった。
カコーン、カコーン。
天津の手は寒さで赤く染まっている。
白い息をフゥーと吹き出し新しい薪を切り株の上に置いた天津はまた斧を振り上げていた。
私はその光景を横目に積もり始める雪を同じく赤くなった手でスッと拾い上げ、手の温度で溶け消えていく様を見て1人無邪気に笑っていた。
「雫、ちょっと薪を向こうに置いてくるから」
「うん」
天津は雪1つではしゃぐ私を見下ろし、山のように積みあがった薪を雪で濡れて使い物にならなくなる前に家の裏にある物置へとしまいに行った。
私は年に数回あるかないかの降雪に心を浮足立たせ、まだ誰の手も触れられていない雪を追い求め庭の隅へとずいずい進んでいった。
天津が作った不格好な木の柵の上、薄く白を纏った柵を指先でなぞり雪を滑り落としていく。
「いたっ」
そんなことをすればもちろん、ささくれていた木が指に突き刺さる危険があるはずだ。
しかし当時の私はそんなことを考えつくわけもなく。
人差し指の先からポツと赤い玉が滲みだしじんわりと痛む。
「いたぁい」
寒さゆえか、指先の鋭くなった感覚に何とも言えない痛さが幼き日の私を襲う。
庭の端で手を押さえて立ちつくす私はすぐに天津の下へと戻ろうと体を回そうとした時。
「こっちだよ~!」
「まってぇ~」
遠くからではあるが私と天津以外の声が私の耳に飛び込んできた。
それまで私は天津以外の人に会ったことが無かった。特に私も他の人に会いたいとかは思っていなかった。
天津との2人での生活が私にとって当たり前だったからだ。
しかしその時の私はやけにその声の主が気になってしまった。今まで他人に会いたいと思わなかったのは、他の存在をあまり感じなかったからだろう。
それに天津の家は村からは遠く離れていて、私が覚えている限りでは天津の家に誰かが来たことは一回しかなかった。その時は天津は私をベッドに寝かしつけて即座に訪問者を追い返していたような気がする。
少し量が増えてきた降雪に視界を遮られながらも私は声の主を探した。
手の痛みなんか忘れて柵を潜り抜け、声が聞こえたほうへ走り出す。
走れば息はきれ、口から白い空気が漏れ出ていく。
ただ幼い私はその声の主が、自分と天津以外の存在が、ただただ気になっていた。
「みつけたっ」
まだ少し遠いが楽しそうに走り回る4つの影がそこにはあった。
初めて他人を見ることで未知への興奮は留まることを知らない。
走り回るその影は徐々にこちらに近づいてくる。向こうはまだ幼い私に気づいていない。
私は声をかけようと口を開きかけるが、何て声をかけたらいいか分からず、乱れていた息を整えるために呼吸を繰り返すのみ。
とその時、彼らの1人が私の存在に気づき声を上げた。
「うわっ!?だれかいるよ!」
「なに?うわっ、しろいひと!」
4人はピタッと動きを止め私を物珍しそうにジロジロと見つめる。
私は興奮と焦りで声が出せずただただポツンと雪の中に佇んでいた。
「あいつ、かおもかみもまっしろだ!」
子どもの好奇心は誰にも予想できない。
それは彼らの純粋な気持ちでも、それゆえに誰かを傷つけることはある。
「なんでかみもしろいんだ?」
しかしこの時はまだ言の刃にはなりえていない。
疑念、不信、興味。
子どもたちの心でうずめくのはそんな感情だ。
「あ、あの」
ようやく何とか勇気を振りしぼって出した言葉。しかしその続きを聞いてくれるものはいなかった。
「うわっ!しゃべった!」
「あのこ、だれなの?」
ギャーギャーと盛り上がる彼らは自分たちの言いたいことをひたすら言い合い、私の言葉を聞いてはくれない。
大きな声を出したこともない私は必死に自分の言葉を伝えようとするが、彼らの耳には入らない。
「おーい、見つけたぞ。こんなところに来ちゃダメだろう。こっちは...」
彼らの父親たちだろうか、2人の大人が彼らを抱き上げた時少し離れたところに居る私と目が合った。
「おい、あんな子見たことあるか?」
「いや、この村にあんなこいないぞ」
2人は顔をしかめて子を抱き上げる。雪の中でただ立ちつくすだけの私を見て明らかな不信感を募らせる。
「それに、なんか白くねぇか?」
私の髪を見てポツリと呟く彼らはいっそう顔をしかめる。
「なんだ、気持ちわりぃ」
その言葉は子どもたちの耳にも届く。
「きもいのか?あいつきもいのか?」
「あぁ、あれは人の子じゃないな」
知らない、自分たちと違う。未知、奇怪。それは人を恐れさせるには十分だ。
「あんな髪の色の奴見たことも聞いたこともねぇ。おい、村長に報告するか?」
「え、なんだ、あいつきもいのか、ばけものか」
ハァ、ハァ、
走ってもないのに息が上がる。
子どもながらに私はその意味も、言葉に込められた痛みも理解した。
「おい、お前よそ者だろ!この村から出てけ!」
黒髪の彼らは今まで白髪の少女なんて見たこともないらしい。それに肌も驚くほど白く、雪で見えなくなりそうなほどだ。
「いや、捕まえたほうがいいんじゃねぇか?」
「うーん、触れたくもねぇけど、今回みたいに子どもたちが接触するかもしれねぇしな...一理ある」
ハァ、ハァ、
「おい、あいつきもいって」
「そうだよな、なんかしろいし!」
「ゆきのときにでてきたし、ゆきおんなだ!」
ハァ、ハァ、
視界が狭窄する。
「おい、やるか?」
「ああ」
彼らの父親は子どもをそっと地面に下ろし、ゆっくりとこちらに近づいてきた。
向こうが私を未知だと思うのは勝手だが、私にとっては彼らも未知だ。
天津以外の男が私を捕らえようと険しい顔でやってくる。
後ろでは子どもたちが声を荒げ、楽しそうにそれでいて残酷に私を罵る。
ここで私が彼らと対話できるほど大人か、口が達者だったら事態は変わっていたのかもしれない。
しかし、6才の少女が何かを言えるほどの語彙も、状況判断能力も、あるわけがなく。
「あ、あ...」
大きな手を広げて私を捕らえようとする大人に恐怖しか感じることが出来なかった。
その時コツ、と足元に小さな石が転がってきた。
見ればやんちゃな子どもたちは目の前に立つゆきおんなを退治すべく石を投げたらしい。
まわりの子もそれを面白そうに手伝い大きな石を投げる。
「ひっ」
ゴトンと少し先に届いた音にビクッと肩を跳ね、私はその場から逃げ出した。
「あ、待てっ!」
じりじり詰め寄ってきていた大人も、私が走り出したことによって慌てて走って追いかけてくる。
子どもたちも楽しそうに砂利やら小石やら、土やらを握りしめ走っては追いかけてきた。
私は生きた心地がしなかった。
子どもたちから投げられる雪混じりの小石は私の首や足に当たり綺麗だった白を土で塗りつぶしていった。
雪が降っているせいで多少濡れ始めた服が重い。
何度か頭にも小石が当たり幼い私は足を踏み外しそうになった。それでも後ろからやってくる恐怖に捕まるよりかはと、必死に足を回す。
今まで走ったことなんて数回あったかないかだ。
それでも彼らの父親から逃げきれたのは雪が降っていたおかげかもしれない。
泥や血で汚れていても、それ以上に私の髪は、体は白かった。
降りしきる雪の中、彼らの視界に私はうつりにくかったみたいだ。
天津の家が建つ方は故意か何かは知らないが、草木の手入れはなされていない。ただその時はそのおかげで木の影や、草むらが私を隠してくれたおかげで大人たちから逃げきることが出来た。
後ろから追いかけてくる足音が聞こえなくなったのと少しして、私は泣いた。
「ひぃ、ひっぐ。ひっぐ」
あたりは先ほどとは比べものにならないくらい雪が降り始め、私を雪で覆い隠そうとする。まるで私の存在を消すように。
足や腕に出来た切り傷からは赤い血が流れ、すっかり積もり始めた雪の上へポタポタと赤い斑点を作っていく。
痛い、痛い、痛い。
気温が下がり、もともと外に出るような恰好をしていなかった私の体は凍えそうになるが脳はそれを感知しない。
ただ、痛かった。体が、心が。
感じたこともない悪意が私を襲った。
体の芯から未知に対する恐怖を思い知った。
「ひぇっぐ、うぅ」
手足の指先の感覚はとうに消え失せ声を出せなくなってきた私は家に帰る道を見失っていた。
どうしよう。やだ。こわい。たすけて。
子どもながらにあの時は相当の恐怖を感じていたと思う。
このまま凍え死ぬのかと遠のきかける意識の中で私はいつもの声が聞こえた。
「おーい!!雫ー!どこにいるんだ!?」
すぐ近くから天津の声が聞こえてきた。ただ雪が降りしきるこの視界では彼が私を見つけることは不可能だと思った。
私の貧弱な足ももうすでに動かなくなっていて、声も出せない。
まつ毛に雪が積もり、体全身を雪が覆い隠す。
こんなに近くにいて、それでも届かない天津の声に私はもう諦めかけていたのかもしれない。
凍える体を自分で抱きしめ、目を瞑り耳に飛び込んでくる天津の声を最期に私は意識を手放しそうになった時。
「見つけたっ!!」
あたたかく、硬くて大きいあの手に激しく揺さぶられながら抱きしめられた。
私を捕まえようとしていたあの怖い手ではなく、太陽のようにあたたかいその手のひらに体を包まれ全身を抱きしめられる。
「無事...じゃ、ないな。どこ行ってたのか聞くのも、怒るのも、家に帰ってからだな」
「ひぃっぐ、ごぉめんなさぁい..ひっぐ。あまつぅ...」
その時私から流れる血を見て天津は顔を歪めていたのに私は気づけなかった。
それから泣きじゃくる私を天津は軽々と抱きかかえ、自分が着ていた大きな猪の毛皮のコートを被せ、冷え切った私の体を温めるように、万が一にでも誰にも見られないようにして帰路についた。
その日から私は一切外に出なくなった。
あの日以外で誰かに会ったことは無いが、それでも外に出るのは怖かった。
天津曰く、私は他の人と少しだけ違うらしい。
「軽い『あるびの』かもな」
とかなんとか言っていたが私には理解できなかった。
ただ私は天津があの子どもたちのように私を嫌わないかどうかが不安で仕方なかった。
しかし天津はそんな素振りをみせることは一切なく、それどころかあの日以来普段日中ほとんど行っていた刀の鋳造も半分以下になり、私との時間、ふれあいが多くなった気さえする。
それは私にとってすごく嬉しくて、毎日天津の腕の中で眠りについたのを覚えている。
それから半年、私は少しずつ鍛冶、と言うか刀に興味を持つようになった。
流石に私が勝手に動き回るようになってから家の中にあった抜身の刀は棚にしまわれていたり、物置の奥底で眠っていたりする。
ただ部屋に飾られている数本を毎日のように眺める私はある日汗だくで土を振り下ろす天津に申し出た。
「あまつ、わたしもかたなをつくってみたい」
そう言うと天津は叩いていた槌を止め驚いた表情で私の顔を見た。
それはそうだろう。7才くらいの女の子が刀を打ちたいと嘆願するのは一般的に見ればおかしな話だ。
ただこの家では、私にとっては鍛冶は当たり前だった。
赤ん坊のころから振るわれる槌の音を聞き育った私が刀を打ちたいと言わないはずがなかった。
しばし黙考した天津はややあって1つ提案を持ち出した。
「少なくともあと3年、3年経てば雫に槌を握らせてあげよう。それまでは駄目だ。危ないからな」
「ぶぅー」
頬を膨らまし抗議する私をわっはっはと笑い飛ばし、くしゃくしゃと頭を撫でてくれる。
相変わらずゴツゴツな手のひらだけど、私にはとてもあたたかいものだった。
それから3年間私は天津の隣に張り付いて刀を鋳造する工程をただひたすら眺め続けた。
確かに危ないと言っていた理由が分かった気がした。
今まで天津が鍛冶をしていて鉄が吹き飛んだことなんてなかったのに、そのころからよく吹き飛ぶようになった。
熱くなった鉄をひたすら叩き続け、薄く硬く延ばししていくその工程はもう何千何万、何十万くりかえしたのだろうか。
私が10才になった時には私の頭にはもうすでに刀を鋳造する手順が染みついていた。
後は実際に行うだけ。
初めて持たせてもらった私の顔ほどある槌はずっしりと重かったのを覚えている。
初めて創った刀はそれはそれは不格好で、ガタガタの刃は何も切れそうに無い。それに工程の途中で爆発もしなかった。
失敗作、そう思った私が落胆して肩を落とすと天津はこう言った。
「くくっ、爆発何てしないにこしたことないだろ?それにたとえ形が失敗したとしても、それは雫が魂を込めて作った一本だ。決して失敗作なんかじゃない。刀も魂も叩けば叩くほど、磨けば磨くほど、硬さを、輝きを増していくもんだ。だからそれを折らないように必死に極め続ければ自ずと納得がいく刀が出来上がるはずさ」
それからは時はすぐに流れていった。
前までは天津だけが、それも半日だけしか刀を打つ音を鳴らしていなかったが、それからは雫と天津が毎日、一日中槌を振るっていた。
日に日に私が打つ刀も爆発するようになり、どうしてこうなるの?正解なの?と聞けば天津は決まって笑いながらこう言った。
「ああ、正解だ。何で爆発するか分かるか?力が有り余ってるんだよ。刀のな。俺たち鍛冶師はその力を最大限活かせるように、力を制御できるように器をつくっているんだ。ただその力の使い方だけは決して間違えるな。ん?この力は誰に向けるものだって?向けるものじゃない、この力は守るために使うんだ。え?誰を守るって?それを聞くのは野暮ってものさ」
そう言うとその大きな右手で私の頭をくしゃっと撫でていつも安心させてくれる。
天津という大きな存在が守るべきものとして心の中にあった。決して私は彼を守れるほど強いわけでもないし、彼も私なんかに守られるほど弱いことは無いのだけど。
そんな爆発音が日夜轟けば、いくら離れていたって村の人たちには嫌でも聞こえてしまう。
そんな文句を言いに村人がやってきた時、相変わらず私は他人が怖くて顔を出すことが出来なかった。
天津はそんな私の気持ちを理解していて、いつもすぐに追っ払ってくれていた。
天津が言うに私を拾う前から爆発はしていたとのこと。私を拾って育てている時は、爆音で私を起こしたり怖がらせてしまうから気にしてすっごい丁寧に槌で打っていたらしい。
なんか申し訳ない気持ちになったが、すっごい丁寧に打てば爆発しないことを聞いてなんか不思議な気持ちになった。
「丁寧に打てば爆発しないの?」
「あー、そうだけど、それじゃ納得のいく刀は出来ないかな」
「じゃあ、私のせいでしばらく打ちたいもの、打てなかったんだね...」
「そんなことないって!!あの、あ、あれだ!これまでは俺の心を打ってたのさ!雫を育てることで!」
「....ふふっ。意味わかんない」
それからというもの私は天津と交代で鉄を打つこともあれば、一緒に刀を創ってどこがいけないところだったとか、どこがよかったとかお互いに意見を出し合って、まるで叩いて伸ばす、刀のようにめきめきと成長していった。
私は全力で天津と同じことが出来るようになるために努力を重ねた。だけど、天津の領域はいくら努力しても届かないところにあるかもしれない、そう思った。
刀を創る工程で何が違うか分からない、だけど天津が創った刀はいつも生きているようだった。知れば知るほど、努力すればするほど、天津が遠いとこに居るような気がした。
だけど私は嬉しかった。そんな人の下でこうやって暮らしている、刀に触れられる。大好きな天津と過ごす時間が永遠に続けばいいのにと心の底から願っていた。
やがて物置は刀で溢れかえり、これ以上創ってしまうと刀を置く場所が無くなってしまうぐらいまで刀が増えてきた頃。
それは突然やってきた。
天津は鍛冶師ではあるが、一応村の一員として監視役という職務を持っている。
ただ今まで村に害を与えるような者、モンスターは年に数えるほどしか現れたことが無く、現れたとしても全て天津が即座に対処してきた。
そしてその日も、朝一から家の少し離れたところにある見張り台から双眼鏡を覗く天津の目に信じられない物がうつっていた。
今にも雨が降り出しそうな暗い曇天の下、見張り台から見えるいつも薪やキノコを採りに行っていた森が燃え盛っていたのだった。
山火事、そう言ってしまえば終わりだがそうでは無いと断言できるものが森の上空を飛び回っていたのだ。
「隻竜...」
漆黒の翼を悠々と広げ口から放たれる火炎は大厄災をもたらす。
その姿を視認した天津の動きは速かった。
ベッドで寝ている私を叩き起こすとすぐに家を出る支度をしろと言い放ち次の瞬間には家を飛び出していった。
寝ぼけ眼で何が何だか分からなかった私はひとまず着替えるべく部屋の隅にかけてあったいつものさらしと黒い着流しを身に着け鍛冶場へと向かう。
そうこうしている間に息を切らしながら帰ってきた天津にお帰りと声をかければ何でまだ用意が出来ていないんだと怒鳴られる。
「そんなに慌ててどうしたの?」
「村の奴らにも避難しろって言ったが俺に耳を貸す気もねぇ。クソっ!雫!西に向かって走れ!いいな!?」
「だから一体どうしたのって。凄い汗だくだよ?」
とその時だった。
『ギャァァァァァオオオオォォ!!!』
耳を劈くような咆哮に思わず耳を塞いだ。
同じく耳を塞いでいた天津はチッと舌打ちをして窓から外を見上げる。
「この村も見つかっちまったか!?やるしかねぇのか...」
焦りに声を震わし、汗を流し続ける天津に不安を覚えそっとその手を引き寄せる。
「怖いよ...」
ギュっと天津の手を握りしめ見上げれば見たこともない苦痛で困った表情を浮かべる天津の顔があった。
私の手を握り返し、切羽詰まった中でも必死に私を安心させようとぎこちない笑顔を浮かべようとしていた。
「大丈夫さ。何も、心配は...」
ドオォン!
これでもかというほど大きな音と共に地面が揺れる。
そしてまたもや轟く咆哮は確実に近づいてきている。
「心配、だな」
天津はこくんと頷く私を胸に抱き寄せ優しく頭を撫でる。そんな状況でも私は優しい大きな天津の手を目を閉じて心地よく感じていた。
「雫、いいか。今から言うことをよーく聞くんだぞ?」
不意に止まった頭を撫でる動作にまた不安を感じた私は顔を上げて天津の顔を見た。
そこには意を決したような表情を浮かべ、諦念にもにた感情を感じた。
それでも気丈に振る舞う天津をしっかりと抱きしめ私は続く言葉を待った。
「今から俺は死ぬ。下手すりゃ雫も死ぬ。だから俺はそうならないように全力を尽くすが、どうなるか全くわからない。外にいるバカみたいに吠えてるやつを全力でここから引きはがすから。それから、ここからが一番重要だ。俺が居なくなって後、好きに生きろ!雫のその白い髪と白い肌を見て気持ち悪がる奴がいると思うが、そんなことは無い!雫しかもっていない綺麗な髪だ。そんな奴らははくそくらえだ!俺が呪い殺してやるから、怖がらなくていい。自分を強く持て。この村に居たくなくなったらどこかへ行けばいい。雫の自由だ。それから刀をもっと極めたかったらオラリオっていう都市に行くんだ。あそこは俺の刀よりもっと凄い武器を創るやつがいるから」
「...天津のより凄い刀なんか無い」
天津が言った言葉、死ぬって言葉は嘘じゃないと思った。
冗談で言うわけないし、確かに外に何かこの世のものでは無いような存在を感じた。
「もっと言いたいことはあるけど、これ以上話してたら何もしないうちに焼き殺されそうだ」
ゆっくりと手を放し私から体を離していく天津に離れたくないともう一度抱き着くと天津はやれやれと零した。
「あー、俺も離れたくないよ。このまま2人で死ぬのも悪くないけど、雫のこれからのほうが大事だ」
「嫌だ!天津と一緒に居たい!」
ギュっとつかんで離さない私をもう一度そっと撫でた天津は最後にギュッと私を抱きしめて今度こそ離れてしまう。
「雫、愛してる」
不意に肩を引き寄せられまたも抱きしめられるのかと思ったのもつかの間、私は額に熱を感じた。
それからの天津の動きは到底私の目で追えるものでは無かった。
額から顔を離した後、微笑みを浮かべた天津は一瞬で私の目の前から消え去った。
カチャと音がするほうを見ればもうそこに天津の姿はなく、さらに壁にかけてあった4本の抜身の刀も無くなっていた。
それからもう天津の姿を見ることは無かった。
それが1つ翼を振ればたちまち大嵐を呼び、それが咆えれば大地は悲鳴を上げる。
その圧倒的な巨躯をもって天津の前に立ちふさがるのは「隻眼の竜」と呼ばれる大厄災だった。
かつて最強と言われたゼウス、ヘラの二大ファミリアの力をもってしても討伐することが出来なかった最凶の竜。
「なんでまた今さらこんなとこに来るかなぁ」
天津はポロリと愚痴を漏らし仇敵を睨みつける。
絶対的強者である隻竜に臆することもなく4本の刀を宙に浮かせ相対する天津。
隻竜は怯えることも逃げることもしない目の前のちっぽけな存在にフッと一息に火炎弾をその口から発射した。
何のこともなく消え去るだろうと思っていた隻竜はすぐにその場を立ち去り少し先に見える一集落に狙いを定めた時。
「どこ見てんだよ」
ゴォッと自身が放ったはずの火炎弾が倍以上の大きさになって目前まで迫っていた。
隻竜は避けようと体を捻るがその行動はもう遅くその右翼を自身の火炎によって包まれる。
「ゴァァ!!」
とはいっても隻竜は火傷1つも負うこともなく直ぐに体勢を立て直し地面に居る小さな存在に目を向けた。
と、その瞬間パキンと天津の周りに浮かんでいた刀が1つ、音を立てて崩れ去った。
「一本一発か、クソったれ」
ドス黒い灼熱の火炎を周囲にまき散らしながら咆える隻竜は目の前の小さな存在を改めて破壊対象と定め、その場へと飛来する。
「すいません、俺には守らなくちゃいけないものが出来たみたいで。先にいきます」
その言葉は誰に向けたものなのか。少なくとも目の前の厄災にではない。
天津は眦を決して宙に浮かぶ刀を一本その大きな右手でとらえ自身の体の真正面に構えた。
「ちょっとくらいは手加減してくれよ?」
その言葉と同時に隻竜が舞う宙へと自らの体を投げ飛ばし、構えていたその鋭利な刀を閃かせる。
常人では目で追いかけることも出来ないその速度に隻竜さえも一瞬、彼を見失った。
しかし、攻撃するには必ず相手の近くに現れなければならない。
天津は隻竜の眼前で叫んだ。
「迸れっ!!【白雷】!!」
弾けた閃光と共に数多の白銀の電雷が空を切り裂き隻竜へと飛来する。
さらに天津の手の中にある刀は、主の願いに応えるべくその刀身を自壊させるほどに振動し限界を超えた一撃を主へ届けた。
柄を握りしめる天津の右手は既に暴れ狂う稲妻によって焼き尽くされ、まるで皮膚が割れたかのように罅を刻んでいる。
「あああああああああああああ!!!!!」
「ゴァァァァアア!!!」
迸る雷と荒れ狂う炎熱は両者をまるで喰い殺すかのように渦を巻き空を覆いつくした。
それからもう天津の姿を見ることは無かった。
あの日、天津が居なくなって少しした後、空気を引き裂かんばかりの轟音が鳴り響き私は気を失った。
目を覚まし外へ出ると、そこには雲一つない眩しい空があった。それは私にはあまりにも眩しくて手で顔を覆った。
それからというもの、村の連中にはホントに呆れさせられた。
私たちの家に村の偉いやつらが押しかけてきて「何が起こった!?お前は誰だ!?あの気が触れた鍛冶屋は!?」と口汚く喚いていた。
私はすっかり傷心していたが天津との思い出が詰まったこの家を誰にも荒らされたくなくて刀を振るった。
誰がこの村を守ったのだと。今まで村の者から仲間外れにされていて、どうして天津が死ななくてはならなかったのだと。
もちろん私が振るった弱々しい刀は誰に当たるわけもない。
しかし、彼らにはそれで十分恐怖だったのだろう。1人がすっかり腰を抜かし、他の奴らは私の事を、まぁこの容姿を見て「化け物だ」、「鍛冶屋はコイツに殺されたのだ」と喚き散らし、家から飛び出していった。
約数十秒で帰っていったあいつらの事をもう気にすることなくヒタと床に座り込んだ。
とめどなく流れる涙はいったいどうしてだろうか。
理由なんてはっきりしているのに、それを意識したくなくて私は天津が創った刀をただひたすら握りしめていた。
そしてその日の夜、私の家は焼かれた。
今考えれば日中にやつらが来た後、すぐに逃げるべきだったのだろう。
奴らからしたら、人を殺した化け物がいる家なんて、何の価値もない。大量の松明が家に投げ込まれ、木造だったこの家はすぐに悲鳴を上げ始める。
天津とよく2人で寝ていた寝室も、2人で立った洗い場も、2人で汗水流して鉄を打ち続けた鍛冶場でさえも、全て赤い火の海に沈んでいく。
この時私はどれだけ「このまま死のう」と思ったことだろうか。
「燃えろー!!」
「化け物め!」
「われらの村に入ってくるな!」
今まで私が何処にいたのか知りもしないくせに、村に入ってくるな?笑えるよ。
何もかもがどうでもよくなって、まともに呼吸が出来なくなって、このまま目を閉じようとした時私は天津の言葉を思い出した。
『好きに生きろ』
すっと心にしみ込んだその言葉は私を奮い立たせるには十分だった。
「白い悪魔め!!」
『そんな奴らはくそくらえだ!』
熱すぎる空気にむせかえる中私は全力でその場を駆け出した。
燃える家の裏口を突き破り、誰もいない家の後方からその場を立ち去った。
後ろではまるでそれが正義かのように罵詈雑言を吠えたてる村人がまだ松明を投げ続けていた。
天津との思い出が詰まった家が音を立てて崩れていく。
それでも私は決して後ろを振り向かず、ただ前を向いて走り続けた。
走って走って走り続けた。
『もっと刀を極めたかったらオラリオっていう都市に行くんだ』
刀を極めるということは、天津を忘れないということ。
天津が生きて私を育てたということを、私は絶対に忘れたくない。
私が守りたいものは、私。
私を守り続けてくれた天津を、守りたい。
それから一夜明け何も手に持たない私は朦朧とした意識の中で草木が一本も生えていない広大な荒れ地を見つけた。
何もない茶色の景色の中に微かに煌めく銀色の輝きを目にした。
慌ててそこへ駆けよればその輝きは大きさを増していき、一本の刀となって荒れ果てた大地に静かに立っていた。
近づけばそれは眩しい太陽を反射してまるで、その光で進むべき道を示しているように輝いていた。
私は静かに手を刀の柄に添え、まったくの抵抗を感じずに地面から抜きとる。
その銀色に輝く刀身の先に映った私の顔は酷く疲れ果てていた。
「......」
徐に裏返して見るとそこには自分じゃない誰かの顔があった。
「?」
誰の顔だろう。どこかで見たことあるような?
私の髪のように白くなくて、ずっと闇のように黒い。
その顔立ちは幼くて、それでいてたまに大人びた事を言う...
そこでその顔はフッと掻き消えてしまった。
「......」
何か大事なことを忘れているようで、また大事な人を失ってしまうようで心が酷く落ち着かない。
今のは、いったい誰だったんだろう。
誰にも関わりたくなくて、つっけんどんな態度だったとしても、何ともないように、私を1人の人間として見てくれていたのは、誰だったんだろう。
暗かった心の中を照らすんじゃなくて同じように暗いままでも、そのままの私を受け入れてくれたのは。
「アルファッ!!!」
目を覚ますと私は何もない空間に手を伸ばしていた。
酷く息が切れていて、汗も尋常じゃなくかいている。
まわりは薄暗くて淡い魔石灯の光だけが天井を照らしている。
「起きたみたいね」
ビクッと肩を震わし横へ視線をやればそこには心配そうな顔で私の事をのぞき込んでいた主神がいた。
「アルファは...?」
「...」
主神はふるふると首を横に振りアルファが地上に居ないことを理解する。
まだ頭が夢の中から完全に醒めきってはいないがすぐにでもアルファの下へ行きたくて私が寝ているベッドの横に立てかけてあった刀を手に取り体を起こす。
窓の外に見えるオラリオの空はもうすでに暗くなっていて、アルファが連れ去られてから数時間以上経っているはずだ。
一刻もはやくアルファを探さないと。
どうやらまだ完全に回復はしていないようで体はふらつきベッドから下りるのも一苦労。
「彼を助けに行くの?」
「ああ、天津がそうしろって言ってるような気がした」
「そう...」
主神には私の過去を全部話した。初めて彼女に会った時、私と似た何かを感じたから。
それにこの刀の本当の主の名前を知っていたのが大きい。
どうやら天津はオラリオの冒険者だったらしい。それも最前線でその身を躍らせていたそうだ。
ギュッと刀を握りしめ私は想いを馳せる。
主神からしたら私のこの行動は不思議だろう。
いつも組むパーティメンバーに対してあたりが強く、協力なんてすることが無かったのに。
ましてや、行方不明の冒険者を傷が完治していないのに助けに行くなんて思いもよらなかっただろう。
それでも止めないのは、きっと私の気持ちを察してくれているから。
オラリオに来た時も主神には助けられた。
「行ってくる」
そう言って私はアルファを助けに行くためにふらつく足を制し、部屋の外へと向かった。
天津
<■■■・ファミリア>
Lv ¿?
16年前に二大派閥が壊滅した後、オラリオから姿を消した。
類稀なる才能を持ってあのヘファイストスさえも唸らせる魔剣を作成したという。