ダンジョンでハイエルフに出会うのは間違っているだろうか   作:98zin

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緑壁の中で

ひた走ること数分。

未だに名前も教えてもらっていない彼女の後を追いかけ続ける。

道中で何度か体の一部が緑に変色、肥大したモンスターに出会ったけど前を走る彼女は一太刀のうちにそれらを斬り捨てていく。

そして体を分かたれた彼らは例外なく緑の床へズブズブと沈んでいってしまった。

ここはいったい...

さっきから同じ疑問が頭の中をぐるぐると回り続けている。

僕を襲った男も、前を走る彼女も僕の事、僕の両親の事を知っている様子だった。

いろいろ問い詰めたい気持ちはあるけどひとまずこの緑壁の通路を突破しなければならない。

「......」

目の前のこの子も、あの男のように体が触手になったりするのだろうか?

あの男とこの子は仲間じゃないのか。

ダメだ、走ることに集中しないとまた置いて行かれる。

きっとこれでも彼女は走るスピードを僕に合わせてくれているんだ。

無駄なことは考えずにここを抜けられるようにひたすら走れ。

視界の端を流れる緑壁を横目に僕は目の前の黒いフードの彼女を追った。

 

 

 

「止まって」

 

 

 

不意に彼女がそう言ってその場に立ち止まった。

「へぇ、へぁ、、なに?」

ほぼ全力で走っていた僕はじんじん痛む胸を押さえながら久しぶりの停止にここぞとばかりに深呼吸をして止まった意図を尋ねた。

「あなた、戦える?」

「はぁ、へぁ、、武器は無いけど、、少しくらいなら、、」

「そう、頑張って、私1人じゃ守れないかもしれないから」

何を言っているんだ?

酸欠気味の脳を働かせてあたりを見渡す。

ずっと変わらない緑の壁に緑の床、後ろは何もないし、前は少し通路か曲がってるから先がよく見えない。

戦う相手が見つからない。

ようやく整ってきた息を大きく吐き出しモンスターも何もいないことを彼女に告げようとした時、地面が揺れた。

「なにっ、これっ!?」

大きく蠕動する緑の床は僕たちの目の前に集まっていく。

よく見ると僕たちの床だけじゃなくて左右の壁からも、奥の床からも、まるで意思をもって肉壁が動いているように目の前に集まっていく。

徐々にそれは大きさを増し、通路の半分ほどの大きさまでに肥大していく。

「死ぬ気で戦わないと、死ぬわよ」

彼女は腰からスッと短剣を取り出し胸の前へと構えた。

圧倒される僕の前でどんどん大きくなっていくその緑の塊はやがて形を変えていった。

ブチィッ!

その塊から黒い節足がまるで殻のような緑肉を突き破る。

ブチブチッ!

4つもある関節を縦横無尽に振りまわし、自分についている緑肉を剥ぎ取っていく。

その中からさらに、合わせて10本の黒い節足が這い出てきた。

「これって、、」

徐々に形を成していくソレは大きな二つの牙を携え、耳障りな産声を上げた。

キラーアント。しかしそれの大きさは8階層で見たやつの数十倍はある。

足はその大きな体を支えるために10本もあるし、胴も1つ多い。

そしてその腹は緑の肉でさらに肥大していた。

今まで見たどんなモンスターよりも大きく、圧倒的な威圧感を誇っていた。

「やば、、」

『キシャァァァァァァ!!』

甲高い鳴き声と共にソレはついに動き出した。

まだ少しだけ張り付いていた緑肉を振りほどきありえない速度でこちらに突っ込んできた。

「無理でしょぉ!!」

すぐさま体を反転させた僕は一瞬でその場からの離脱を試みた。

おかしい、でかい、なにあれ、見たこともないよ。

飛び跳ねる心臓を押さえつけ必死にさっき来た道を逆走する。

「フッ!」

しかし黒いフードの少女は臆することなくその短剣を携え真っ向から巨大キラーアントへ突っ込んでいった。

閃いたその右手は一瞬でその巨大キラーアントの足を1本刈り取る。

ぶしゃっと飛び出た液体はこの通路のように深緑に染まっていた。

傷をつけられ怒った巨大キラーアントは僕なんかに目もくれず股下を潜り抜けていく少女へ狙いを定めた。

『ギャアァアァ!!』

鎌のように鋭く曲がったその節足が巨大キラーアントの股下を潜る少女の背中を捉えようとした時、すんでのところで少女は身を翻し間一髪で避ける。

まるで後ろに目がついているかのような動きに目を取られていた僕は思わず足を止めてしまった。

「ハァッ!」

さらに振り向きざま、彼女は後ろ脚を短剣で傷をつけてからその場を離脱した。

と、そこで前を向いた巨大キラーアントと目が合った。

「あ、どうもー、、、」

『キシャアアアアアアア!!』

「ですよねぇー!!」

獲物を見つけたと言わんばかりに真っすぐ猛進してくる巨大キラーアントは恐怖でしかない。

しかしこのままいけば向こうのほうが敏捷が速いので追いつかれるのも時間の問題。

なんとかして打開しないと、、、

武器も魔法も持っていない僕があいつと戦う方法。

あ!そうだ!

一か八かやってみる価値はある作戦を思いついた僕は走ることをやめて巨大キラーアントを正面から見据えた。

僕が観念したと思ったのかより一層勢いを増して突進してくる巨大キラーアントに怖気づくけど、グッとこらえそのタイミングをはかる。

僕を串刺しにしようと巨大キラーアントが大きく前足を振り上げた瞬間、僕は巨大キラーアントに向かって走った。

『キシャァァ!!』

勢いよく振り下ろされた鎌のような前足は僕の背中の真後ろの緑床へ突き刺さった。

獲物を捉え損ねた巨大キラーアントはもう一度攻撃しようと、その突き刺した前足を抜こうとする。

「今!」

振り向きざまにその前足の伸びきった間接に向かって後ろ回し蹴りを炸裂させる。

遠心力と僕の力の能力値が掛け合わさり空を切って踵がその関節へと吸い込まれる。

伸びきった間接はその衝撃を吸収することは叶わず、もろに喰らった。

バキィッ!!

硬質な殻が砕けるような音と共に巨大キラーアントの前足は2つに分かたれた。

飛び散る巨大キラーアントの緑の血を浴び名がら僕はすぐに腹の下へと向かった。

怒る巨大キラーアントはその先の失くなった前足を振り下ろし僕を襲おうとするけど、届かない。

さきが短くなった分攻撃範囲は狭くなり、さっきみたいに腹の下までは届かないみたいだ。

「ハァッ!計算通りっ!」

冷や汗をダラダラと流しながら巨大キラーアントの後方へと駆け抜ける僕は胸の前で短剣を構えていた少女の隣へ避難する。

「よくあんな無茶なマネできるわね」

「僕だってしたくないよ。けど、君が死ぬ気でやらなきゃ死ぬって言ったじゃないか!?」

「そうね」

冷めた言葉を返してくる彼女にムッとするが今は命が無事にあるだけでいい。

『ギィィギャァァ!!』

前足を1本、体を支える足を1本失くした巨大キラーアントは怒り狂いこちらを振り向こうとした時。

『ギィ?』

ガッガッと突っかかる体に戸惑っていた。

「もしかして、、」

「、、ええ、もしかするかもしれないわ」

なんとか運よく巨大キラーアントの攻撃から逃れることができ、次はどうやって回避、攻撃しようかと悩んでいた僕らに一筋の光が差し込む。

「「通れない」」

『ギッ』

目の前の巨大キラーアントは巨大すぎるが故にこの肉壁の通路で旋回することが出来ないのだ。

その証拠にさっきから旋回しようとするたびに大きくなりすぎた緑の腹が壁にぶつかりそこから先に進むことが出来ていない。

「これはチャンスね。一回あなたを放って逃げようかと思ったけれど、その必要はないみたいね」

「逃げようとしないでよ...」

すると短刀を構えた彼女は徐に駆け出し巨大キラーアントの後ろ脚へ近づく。

「ハァッ!」

短く気合の入った掛け声とともに閃いた一撃は抵抗なくその後ろ脚を切り裂いた。

『ッギィィ!!』

今しかない。逃げるか、命をかけて足一本と交換するより、今巨大キラーアントが動けないこの瞬間がチャンスだ。

「逃げよう!」

その短剣の刃から緑の血を振り払いこちらへいったん退いてきた少女の手を取り僕は叫んだ。

手の先から驚いた様子が感じ取れたけど気にしてる余裕はない。

いつ他のモンスターが湧き出てくるか分からないこの状況で戦うのは得策じゃないはず。

「ちょっ!?」

不意に僕に手を引かれて短剣を取り落としそうになった彼女を尻目に全力で走った。

『ギィィ!!』

計3本の脚を落とされ軽くバランスを失っている巨大キラーアントはなおもこちらを向こうとするけど、その巨体が邪魔して上手くいかない。

「このまま、逃げきれっ!」

と淡い希望を抱いた時だった。

『ギィィァア!!』

甲高い叫び声が通路中を響きまわった。

「なんだこれ!?」

思わず両の手を耳にあて、走っていた足を止めた。

横で少女も耳を塞ぎ顔しかめている。

 

威圧(プレッシャー)

 

完全に怒りが沸点に達した巨大キラーアントはその口から粘度のある緑黄色の液体をまき散らしながら叫び散らかした。

床、壁から緑肉が巨大キラーアントの脚元へ集まっていく。

地面と接しているいくつもの脚から緑肉が這いあがっていく。まるで生き物のように。

「ぐぅぅ...」

動けない。ただこのまま叫びが収まってしまえばどうせアイツは追ってこれないはず。

っていうか僕、行き先知らないからなんとか彼女に先導してもらわないと!

『ギィアアァァァ!!』

バァンッ!!

より一層大きな叫び声と共に響いたのは破裂音。音源は巨大キラーアントの緑で膨れ上がった腹だった。

大量の緑の血液と共に破裂した体表の中から出てきたのは人だった。

「え?」

鳴り響く奇声の中で現れた緑の肌の女性。

その下半身は巨大キラーアントの体につながっていて人間でないことは確かだ。

巨大キラーアントの顔面とは反対の位置に出現した巨大な上半身だけの女はゆっくりと瞳を閉じた顔をあげる。

『アリア...』

巨大キラーアントの声の中でもはっきりと聞こえたその声。

アリア。聞いたこともない。

緑の女はそう呟いた後、ゆっくりとその瞳を開いた。

『アルファ...!』

「な、なんで僕の名前を!?」

『キィィェェァァァ!!』

奇声と奇声の二重奏。耳にかかる負担がさらに増え僕たちはより一層強く耳を塞ぐ。

「まずい...精霊が...」

微かに少女の声が聞こえた。精霊。

何だそれ!あんなのが精霊!?

とにかくヤバいことだけは分かる。マジで、ホントに。

『【地ヨ、唸レーー』

「詠唱!?」

2体の奇声が収まり静かになった空間に突如と響いた歌。モンスターが魔法なんて聞いたことが無い。

あ、あれ精霊だったら魔法使っても不思議じゃない?もう、分かんない。

訳の分からないことが続きすぎた昨日今日。もう脳が完全に追いつけなくなり、現状死を実感した体は動くことを放棄してしまった。

 

「【凍てつく大地、凍てつく天空(そら)、凍てつく大海(うみ)ーー」

 

そこで聞こえてきた鈴のように優しい音色。

黒いローブを外し鞘に納めた短剣を前に突き出し詠うのは僕を檻から出してくれた彼女だった。

っていうか、この詠唱。聞いたことが...

 

『来タレ来タレ来タレ大地ノ殻ヲ黒鉄(クロガネ)宝閃(ヒカリ)ヲ』

「万物を凍らせよ、生きとし生けるものを凍らせよ。全ては主のために」

 

緑の女の前に魔法陣が展開され圧倒的な量の魔力が空間を支配しているのが分かる。

こんなに濃い濃度の魔力を感じたのは初めてだ。リヴェリアさんの魔法より、絶対ヤバい。

だけど横で発せられる魔力。これは、まるでお祖母ちゃんの...?

どっちが速く魔法を完成させるのか。何もできない自分が恥ずかしい、弱いままでいた自分が悔しい。

 

絶対氷河(バイ・トーナス)】!!」

 

先に魔法が完成したのは少女のほうだった。

突き出した両手の先からいくつもの光の筋が現れる。それがなぞる空間は瞬く間に温度が下がり、何もかもが凍っていく。

『星ノ鉄槌ヲ開闢(カイビャク)ノ契約ヲ...!』

それは精霊が支配する魔法でさえも凍らした。目の前のあらゆる何もかもから熱を奪い振動を停止させる。

さらにその上から追い打ちをかけるように分厚く薄水の氷が全てを覆いつくした。

「すご...」

圧倒的な魔法の範囲と、その詠唱スピード、威力に目を奪われた僕はそれしか声に出せなかった。

一気に気温が下がり、さっきまで流れていた冷や汗も文字通り冷たい汗に変わり体から体温を奪っていく。

「早くここから離れないと」

寒すぎるこの空間に身震いし、とにかく助けてくれた少女にお礼を伝えようと目線を横にする。

しかしそこには彼女の影も形もなかった。

「へ?あれ、どこ行ったの!?」

白い息とともに声を荒げ突如として姿を消した少女を探す。

またしても冷や汗が背中を伝い、さらに僕の体温を奪う。

「し、した...」

「え?」

「した、だってば...」

微かに彼女の声が聞こえたような気がして、その声に従い下を向けばそこには体の表面ほとんどに霜を降ろした彼女が震えながら地面に横たわっていた。

「だ、大丈夫!?」

「なわけないでしょ、たすけてよ」

「た、たすけてって...」

地面までも凍り氷の向こう側に緑の肉が見える床に横たわる少女。肌は青白く染まりまるで氷像のようになってしまっている。

助けてって言われてもどうしたらいいか分からない。震えてるから暖めたらいいのか?

目を虚ろにして今にも逝きそうな彼女の手を握ればその冷たさに思わず手を引っ込めてしまう。

これ、本当に凍死しちゃう。自分の魔法に耐え切られない?

手から伝わる冷たさを我慢し彼女の体をゆっくりと起こす。

彼女の息はもうほとんど白くない。彼女の体温が気温に近づいてしまっているからだ。

まずいまずいまずい。

檻から出してもらって、ここで命を助けてもらって、それでこの子を死なせたら罪悪感でどうにかなっちゃいそうだ。

なんとか体を擦り熱を与えようと試みるけど、焼け石に水、と言うか氷にマッチ?って何言ってるんだ僕は。

寒さで頭がおかしくなっている。おかしくなりたいのはこの子のほうだろうに。

「このままじゃ...」

魔法が使えれば。元素(エレメント)、火が出せるのに。

彼女の顔に手を当てれば冷え切って、カチカチの氷のようになってしまっている。

ダメもとでも、やってみるしか...

「【妖精の加護(フェアリー・ピレイン)】」

小声で漏らした魔法、縋る思いで手を空に差し出す。

冷え切った空間に残留する僅かな魔力が僕の掌に集まるのが分かる。

量が少ないからこそ感知できる。これを僕の想像力で、元素に、彼女を温める炎に。

 

ボゥ

 

微かな着火音と共に現れたオレンジの明かり。小さい、とても小さいけど、僕の掌の上には暖かな炎が宿っていた。

「これで...」

手をゆっくりと少女の体に近づける。服が燃えてしまわないように、それでも最大効率で暖める。

徐々に体の霜が溶けていき肌の色味も明るいものに変わってきた。

「...暖かい」

虚ろだった目もいつの間にか輝きを取り戻し、少女はそう呟いた。

「ほっ、よかった~。このまま凍っちゃうんじゃないかって心配したよ」

「そうね、普通なら凍っていたわね」

僕の膝の上でゆっくりと懐かしそうな顔で零す少女。少女少女ってそろそろ名前教えてほしいな。

「ねぇ、名前教えてよ」

不意に僕がそう呟き腕の中でようやく震えが止まった少女は少し悩んでから僕の掌で燃えている炎を見つめた。

「名前、ねぇ...」

「僕はアルファ・イロアス。先に名乗るべきだったね」

名前を教えたくないのか口ごもる少女に僕は慌てて自分の名前を名乗る。

「ふふっ、別にそういう訳じゃないんだけど。私の名前はスクラ、ただのスクラよ」

「スクラ、今日は助けてくれてありがとう。ようやくちゃんとお礼が言えるよ。ありがとう、スクラ」

「どーいたしまして」

ようやく名前を知ることが出来たスクラに微笑みを落とし暫くそのまま暖め合っていた。

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