そして進まなさ
日付は2月の13日。
俗に言うバレンタインデーの前夜である。
そんな日に浦原商店十五号店では甘ったるい匂いが漂っていた。
バレンタイン、それは『女性が男性にチョコを贈る日』だったり、その逆に『男性が女性にチョコを贈る日』でもあったりする。
し一護にとっては『まぁ、そんな日がある』程度の認識だったのだが……
「え、黒崎さんはチョコレートを用意していないんスか!? こちらの世界ではお世話になった人にチョコレートを贈る風習があるんでスよ!?」
と、久しぶりにこちらにやってきた浦原喜助が信じられないものを見る様な瞳をしながら言ってきたのだ。しかし、所詮は浦原喜助の言うことである。信じられる要素があまりなかった。
そこでたまたま駄菓子を選びに来ていた風間隊の三人に聞いてみたところ
「……………………そうだぞ」
「知らなかったんですか黒崎先輩」
「えーと、あー、はい」
歌川の反応が怪しかったものの風間さんが肯定したのだ。嘘という線はなくなったか…!
その後、既製品で済ませようとしたものの追加でやってきた迅や烏丸に手作りにしろだの何だかんだ言われて気が付いたら色々と材料を買い揃えてしまっていた。
アイツらは作らないのか?などと思いつつも動画を見ながらせっせとチョコレートの生産にあたる一護であった。
そしてまた別の場所では明日に備え四苦八苦している乙女達もまた、思いを馳せながら明日を迎えることとなる。
「ハッピーバレンタイン!」
「別にハッピーじゃねぇが」
起床し、特に用事もないので朝からボーダーに向かうかと思っていた頃。
正面の戸を開けて乗り込んできたのは加古望。彼女は大きな紙袋を片手に店へとやってきた。
「はい、黒崎くん。 これは私からのチョコ」
大きな紙袋からラッピングされた小箱を取り出すと満面の笑みでこちらに渡してくる。
昨日デパートでチラリと観てきたから分かるが大抵、小さいヤツ程高いのだ。
「どーも…ほらよ」
「……あら? 黒崎くんもくれるの?」
「加古さんには、色々と世話になってるからな去年から」
「別にいいのに。 それにしてもまさか黒崎くんがくれるとは思わなかったわね……」
「ァん? こっちでは世話になってるから人にチョコレートを渡す風習だって浦原さんとか風間さんから聞いたぞ」
「……へぇ、風間さんから。 なるほどね」
一瞬、邪悪な笑みを浮かべたように見えたがすぐに何時もの笑顔に戻って端末から誰かに連絡を取っている。
「あんた大学は?」
「これからなのよ。 行く道すがら黒崎くんのお店があったから寄ったの。 私は夕方にボーダーに行く予定だからランク戦お願いね」
ふりふり、手を振りながら出ていった加古さんの嵐のような勢いに朝から疲れながらも荷物をまとめ自転車に積んで出発しようとした所でまた来客、日浦と熊谷のペアだ。
「おはようございます黒崎さん」
「おはようございます、黒崎さん! これ、バレンタインのチョコですっ」
「あぁ、二人ともどうもな。 ほら、チョコだ」
「え、なんで黒崎さんが…?」
「ぁ? いや、普段お前らの隊長に世話になってるから…?」
おずおずと手を差し出し受け取る熊谷と日浦に首を傾げながらもこれから学校だと言うので手を振って見送る。
ど平日の朝っぱらからボーダーに行って居るのはどうせ暇な大学生組なのであいつらに先に渡しておくか…
あー…と項垂れながら自転車を漕ぎながらボーダーへと辿り着くと沢村さんと忍田本部長が居たのでチョコレートを渡しておくと沢村さんに涙目で睨まれた。何故だろうか。
隊室に辿り着くも平日の朝の為、井上は学校に行っているので荷物だけ置き、足早に他の連中が居そうな場所へ手当り次第に回っていく。
「お、黒崎! ほいバレンタインチョコだ」
「おぉ、藤丸か。 どーも。ほれ、返しだ」
「ホワイトデーにゃ早いだろ。てかなんで持ってきてるんだよ黒崎」
投げ渡されるように手元へ飛んできた小箱を受け取ると同じように渡し返す。
弓場隊のオペレーター藤丸ののだ。
「ァ? 風間さん達が感謝してる人にチョコをやる日だって言ってたからだが?」
「……騙されてるだろ、どー考えても」
「……マジで?」
「本気と書いてマジだな」
朝の熊谷とか加古さんの反応はソレか……くそ。
騙すならもっと上手くやってくれよ……! 騙されたんだが……。
まぁ、それはさておき、迅達の所にも行きたいのだが生憎と迅は玉狛支部だし、烏丸達は今日は防衛任務で居ない。
迅は夜には来ると言っていたし、烏丸達も夜には戻ってくるのだろう。とりあえずはチョコを配っているとしようか。
それから昼過ぎになり、ようやく風間さんと太刀川さんを見つけたのでチョコレートを渡すと、風間さんは微妙な顔をしていたものの受け取ってくれた。(そもそも騙した本人である)
太刀川さんは太刀川さんで美味い美味いと頬張ってたが餅の方が嬉しいと宣っていた。
いや、貰っといてその反応はないだろと心の中でツッコミを入れながらその場を去るとちょうど学校が終わったのか空閑と三雲がいたのでチョコレートを手渡しておくか。 せっかく作ったのに配らないのも癪だ。
「ありがとうございます。これはぼくたちからです」
「どもども。これはありがたく頂戴しますぞ」
意外にも三雲達からチョコを貰った。なんでも小南の手伝いで出来た副産物なようで形とかはこう……不器用なものになっていた。
これで作った分はあと半分程。
嵐山の所に渡して二宮さん、三輪の所へ持っていけばお終いだ。と、思っていたら声を掛けられた。
「あ、あの! 黒崎さん……!」
服を見るからにC級隊員だ。しかも四人。 が、俺は名前も知らねーし関わった記憶も正直ない。
「私たち、あの日助けて貰ったC級なんですっ」
「どうしてもお礼がしたくて……!」
あの日、というと……あぁ、木虎と三雲がラービットから護っていたC級か。
「そうだったか。 あー、俺に何か用か?」
「えっと、これ私からのチョコです…! それとこっちはその、お礼を言いたかったけれど中々先輩と都合が付かなかったC級のメンバー達で一緒に作ったチョコでして……」
声をかけてきた2人がそれぞれ箱を渡してくる。 それに加えてC級のヤツらが合同で作ったというチョコまで貰った。
最低限のチョコしか作ってきてないから渡すものが無ぇな。
「有難く食わせてもらう。あいにく手持ちがねぇんだ。今度、駄菓子屋に来いよ。 好きなだけ買っていけただにしてやるから」
「え!? い、いえ受け取ってもらっただけで満足です!」
「わ、私たちはこれで!」
そそくさと走っていってしまったC級二人。
急になにかに脅えたような雰囲気だったが……
「随分とおモテになるのね黒崎さん?」
「なんで敬称付きで呼ぶんだ葉子」
「歳下にデレデレしている
「してねーんだが……まぁいい。そっちから出向いてくれるとは丁度いい」
「はぁ? 別に私はアンタにチョコなんて──」
「ほらよ。手が汚れにくいものにしたから染井達と食え」
「──はぇ?」
香取隊にだけは少しだけ手間をかけたケーキっぽいものを用意した。チョコレートだと生チョコでもない限り染井の手袋が汚れそうだし。
箱を受け取った葉子はよろよろと、正気を失ったように廊下を踵を返していく。 どうせ、自分がこういう面でも俺に劣ってるとショック受けたんだろうが。
つか、ど平日だってのに葉子はなんでボーダーに来てるんだよ。学校ちゃんと行ってるんだろうか。
とりあえずあらかた配り終わると隊室へと向かう。 井上はまだ学校だが……今のところニートのような二人がいることだしな。
「んぁ? 一護どうしたんや」
「ようやく来たわね! なんでこんな奴と二人っきりにするのよ」
「こんな奴なんて言わんで。ちょいと傷つく」
ダラダラとした二人を見下ろしながらココアをいれてやり腰を据えると彼は笑った。
「決まったんか。 俺らの出番」
「本丸を引きずり出す為とはいえ…戦いごっこなんてやる必要あるのかしら。 勝手にドンパチしてればいいのに」
「この方が確率が高ぇってんだから文句言わないでくれ。 五日後だ。 五日後の柿崎隊、香取隊、玉狛第二戦で二人には出てもらう」
「了解了解。 いやぁ、一護もやれるんちゃう? 隊長」
「止せよ……お前が言うと洒落にならねぇ」