響 大人っぽい子供
暁 れでぃ
??? ただひとつの吸引力の変わらない??
夕焼けというものは実に美しい。
言葉のとおり空が焼けるかのような淡いピンクとも赤ともオレンジとも黄色ともいえる色に染まる。
そしてその美しさと引き換えに。
海で戦う者たちにとっての恐怖が訪れる。
居酒屋『鳳翔』2隻目 エビフライ 『Carrion eater』
控えめに言ってもこの居酒屋の外見は特別素晴らしいものではない。
そして、小さな店でありながら連日多くの客が訪れるのである。
その理由は、酒ばかりは他の店で飲むのと何ら変わりのない金額ではあるが、食事が非常に安く済むこと。そしてその厨房で腕を振るう艦娘たちの料理が美味しいこと。トドメというべきか艦娘たちの姿が皆麗しいものであることが理由として挙げられることだろう。
「こんばんは」
ふと、また一人の男が入ってきた。
まだ『こんばんは』という言葉を使うには早い時刻であるような気もするが、どうせ夕刻から深夜までしか開業していないから来る人来る人みんなが『こんばんは』と言うのだ。中には宮原のようにおすすめを聞いてくるような奴もいるが。
「あら、滝沢大佐・・・」
今日はおひとりですか?と一瞬訊こうとしていた鳳翔だが、どうも店の外に何人かいるようであった。
「鳳翔さん、俺を含めて四人です、そして俺以外は艦娘。大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫ですよ」
今鳳翔以外は全員出かけてしまっているが4人ぐらいなら困ることもないだろう。と考えたのだが、はいってきた艦娘を見てから前言を撤回したくなった。
特Ⅲ型駆逐艦一番艦暁。特Ⅲ型駆逐艦二番艦響。
この二人はさほど問題ではなかったのだが、最後の一人がよりにもよって・・・。と言いたくなる人物であった。
なぜよりにもよって自分以外が出かけてしまっているのか。
出かけている面々に恨み言のひとつでも言いたくなる。
特に今一番文句を言いたい相手は鈴谷と飛龍であったかもしれない。なんでこんなタイミングでバイクでひとっ走り行ってくると出て行ったのか。あと五分ほど出かけるのを遅くしてもよかったのではないか・・・。
「お母さん、こんばんは」
「赤城さん・・・、私はまだ母親になった覚えはありませんよ?」
航空母艦赤城であった。
彼女の艦型については色々ともめることであろうからここで表記をすることはひとまず避けておこう。
「いやぁ、助かりましたよ。今日は食堂の間宮さんも休暇をとっていらっしゃったので」
本当に助かった助かったと人の悪い笑みを浮かべる滝沢に柄にもなく『この野郎』と心の中で一言文句を言っておく。
この居酒屋、つまるところの居酒屋『鳳翔』であるが、公設の居酒屋という謎の様相であるが、実際は一般人も利用できるように開かれた海軍食堂というのが正しいのだ。数年前にあった事件のおかげで上相手に口がきけるようになった古賀が鳳翔のかねてからのお店を持ちたいという希望を叶えようとした結果がこの形である。
とまあ海軍食堂であるために、海軍関係者に『帰れ』とは言えないのである。
だから先の問答も最初から良いですよ、という選択肢しかなかったのだが・・・。
「・・・それで、注文はどうしましょうか」
「じゃあ私は」
「赤城さんは後です」
「そんな!?」
まだ文句を言いたげな赤城を一睨みし、黙らせる。
これの相手をしていれば他の準備ができないのだ。
「じゃあ俺は」
「滝沢大佐もしばらく黙っていてください」
「え・・・」
それこそ赤城の食事が終わるまでオーダーをとらないでいようかなんていう最大級の嫌がらせも考えながら先にかわいらしい駆逐艦二人へと目を向ける。
「お二人はどうしますか?」
「日替わり和膳
「はい、じゃあ響ちゃんは日替わり和膳レディース」
「あ、暁も同じでいいわ!」
おや、普段とは違う注文だと思って暁の顔を見る。
彼女らしくないというか。普段の彼女であれば、いわゆるチン物、冷凍食品でよくありがちな揚げ物やハンバーグなどを要求するのだが。
今日は気分が違ったのだろうか。
「あー・・・、鳳翔さん。出すのは後でいいから俺も日替わり和膳でお願いしていいかな?」
同じものであれば一括で作った方が圧倒的に楽だ。
仕方がないと思いながらうなずいて了承したという意志を彼に伝えておく。
「あのぉ、鳳翔さん」
「はいはい、赤城さんもですね」
違うものを注文されるよりはよっぽどよかったかと諦めて作業にうつる。
今日の和膳はご飯とみそ汁。
肉じゃがと漬物。そしてメインディッシュはエビフライだ。
今から作らなくてはならないのはエビフライだけ。
肉じゃがは時間がかかるから作り置きであるし、たとえ赤城が大量に食べたとしても問題ないぐらいはある。なんというか、比較的楽なものを赤城が選んでくれて助かったとでもいうところか。
以前より養殖もできているのでノウハウもあったためか、海外で養殖されていたブラックタイガーよりも安く仕入れることが出来たりする。
というのは表向き。
実際のところこのエビと言う種類は雑食性であり、何でも食べる。
魚介類の死肉や、小魚、藻・・・。
上げていけばキリがないかもしれない。
これら雑食性の生き物は深海棲艦が出現してから水揚げ量が増えている。
理由がなんであるかを鳳翔や、古賀、滝沢らはよくわかっているのだが、それは決していい理由ではない。
多くの艦船が海に沈んでいき、少なくはない艦娘が来る日も来る日も沈んでいく。
一日平均5人と言われているが、実際のところはどうなのやら。
毎年2000人余りの艦娘が進水しているが、艦娘の全体数が減ったとも、多く増えたという話も鳳翔は今のところ訊いたことがないから、一日平均5人というのもあながち間違いではないのだろうと思う。
とまあ、それはともかくとして。
人も艦娘も海で死ねばどうなるか。
その答えは実に簡単である。
海に沈む。
母なる海に帰ると言えば聞こえはいいが、実際は体が引きちぎられて内臓がとびでたり、爆発で飛び散ったりと実に悲惨なものだ。そしてその、海に沈んだ死肉をエビが食べる。
奴らにとっての餌が増えたのだ。
それは当然奴らの数も増えることだろう。
「今日の日替わりはご飯にお味噌汁、沢庵、そして肉じゃがとエビフライですよ」
「エビフライ!やったー」
無邪気に喜ぶ暁、声には出さない物のハラショーと目が語り、こっそりとガッツポーズをしている響。それとは対照的に滝沢の表情は少々暗い。事情を知るものが故の苦しみと言うものか。
そんな彼らに一瞥もくれることはなく鳳翔は作業を続ける。
頭、脚、殻とエビフライにするには邪魔なものを次々ともいでいく。
そしてちょんちょんちょんと浅く腹に包丁で切れ目を入れると、今度は両端を引っ張って見せる。単に強くやってはエビの身が千切れてしまうだろうし、弱すぎてはこれをする意味がない。二、三匹まとめて引っ張って素早く正確にすませている鳳翔の技量と言うか経験と言うか、これには感服するしかないだろう。
そして最後に牛乳や卵やらを混ぜた例のアレ
バッター液
に通してパン粉をつけると、完全に熱くなった油の中へと落していく。
揚げ物で大事なのはここだ。
龍田も龍田揚げを作るときに油の音を聞いて判別するが、ここは鳳翔も同じである。
そして同時に衣の色が変化していく様子を、別の作業をしながらでも視界から外さない。
おいしそうな黄金色になるかならないか。
やりすぎるかどうか。揚げ物が最良の状態になるか。
全てはこの瞬間にかかっているといってもいい。
弾けるような音を聞いて鳳翔は動き出す。
盛りつけていたキャベツなど後回しだ。
黄金色になるほんの一瞬前のような色、これでよしと鳳翔は一気にエビフライを掬っていく。
そして掬い上げたエビフライをキッチンペーパーに置いて少しだけ油を落としてやり、今度は盛り付けの終わっていたキャベツの上にエビフライを飾っていく。
飾られたエビフライは黄金色であった。
「はい、暁ちゃん、響ちゃん。お待たせしました」
カウンター席に座る二人の前に出てきたのは芸術品のようであった。
漫画やアニメでありそうな和膳だが、その中で出てくるものよりも、自分たちでつくるよりもよっぽど美味しそうな見た目をしている。
まだ夕刻であり、外も明るい。
早めの夕食にしても早すぎであって、正直なことを言うとおなかも減っていなかった。
ただ、これを見せられると・・・・。
ぐるぐるぐると腹の虫が鳴き始めて早く食べようと訴えかけてきた、響に。
「もう、響ったら。おなかなんて鳴らしちゃってそんなんじゃレディになれn『ぎゅるぎゅるぎゅる』・・・」
「で、暁姉。
彼女の顔は恥ずかしさで染まった。
「れ、れ、レディに・・・・」
「ああ、すまなかったね。私はレディになることに興味はないんだ。だけど暁姉は立派なレディだから安心して」
ところでどうやら顔が赤いけれど大丈夫かい?といつの間にか手にしたウォッカを片手に響は冷ややかな目をむける。
これは夕焼けのせいよ!などと暁が叫ぶが、その嘘をつくには鳳翔の店は大きな窓もないから無理があった。そもそも夕焼けではありえないほど真っ赤でトマトじゃないか・・・などと響に呆れられる始末である。
サクッふわっ。
他の表現方法はない。
響はたった今口にしたエビフライをそう評する。
そもそものエビからして随分と質がいいのだ。
頭をもいでなおその大きさは20cmを超えていて、肉もゴクアツだった。
濃厚な味の身を包む油を吸いすぎていない衣。
質の良い食材に鳳翔の技術。
これなら赤城でなくてもいくらでも食べられる。
そんなことを考えながらレディースセット
一人前
を頼んだことを後悔していた。どうせ司令官
滝沢少佐
の驕りなのだから遠慮も自重もせずに軍人盛りでも頼んでおくのだったと。艦娘になってからもなる以前のように食事量の事を気にしてしまったりするが、この体は変化を認めない。だからいくら食べても問題ないのだ。
「おいしい・・・」
「ふふっ、ありがとうございます」
彼女は自分が言葉をこぼしたことも。
鳳翔がそれに微笑んだことも気づいてはいなかった。
ただ、今、彼女に見えているのは鳳翔の揚げたエビフライ。聞こえているのは自分がそれをかみしめる音だけである。エビは肉のように旨味が肉汁となってあふれ出てくるなんてことはないが、やんわりと響の口の中で旨味が広がっていく。噛めば噛むほど、次から次へと。
濃厚な味わいが広がっていく。
食べているだけでエネルギーが補充されていくような、まるで魂に、自分の心に栄養が補給されていくような不思議な感覚を味わう。
ふと、ここで一つの事に気づかされる。
衣の味がほとんどしないのだ。
いや、適度な支え、足しとしては衣の味がしているのだが、決してその主張は強くない。
揚げる時間が最良であったからか、長すぎなかったからか。
それは違う。
衣が厚すぎないのだ。
と言うより、正しく表現するならば薄めだというべきだ。左手は添えるだけ、ではなく、衣は添えるだけ。それが、エビ本来の濃厚な味を打ち消すことなくしてこのエビフライを作り出しているのだ。
身が溶けるように無くなっていく。食べる速度は遅くならない。
パクリ、いよいよ尻尾を残して一匹目を食べ終えてしまった。
自分で作ったときは食べようだなんて思いもしないものの、この絶品を少しでもかけらでも残してしまうことがとても惜しく感じられた。意を決して一口。
カラッと揚げられたエビフライの尾は絶品であった。
口の中で砕け、崩れていく。パリパリサクサクとおかしなような音とともに。
殻の中に残された僅かな身とエビの殻が見事にマッチしている。
クリーミーな身と、刺激的な尾びれ。
言葉にすれば対極的とも思えるそれが響の口内で融合した。
箸が止まらない。
もう一尾を口へと運び、同じことを繰り返す。
そしてもう一度。
さらにもう一度。
しかし残念かな。レディースセット
一人前
にはエビフライは三尾しかはじめから盛られていない。こんなことなら姉をからかうためのレディースセットなど頼むんじゃなかった。と苛立っても後の祭りだった。
ふと右を見ればエビフライを食べながら幸せそうにどこか別世界へと旅立っている姉がいた。
さらに残されたエビフライの数は2。
行ける!そう確信した響はすっと箸を伸ばして暁の膳からエビフライを奪う。
早業である。
そしてパクリ。また口の中に幸せが広がっていく。
「はらしょー・・・」
そう言わずにはいられなかった。
「相変わらず見事なものですね」
右には大食艦、左にはどこかへ旅立った少女、そのまた左には姉のエビフライを奪うクール娘。
そんな彼女らの提督兼保護者は鳳翔に素直な賞賛を送る。
エビフライもそうだが、肉じゃがにせよ、漬物にせよ、はずれがない。
味がしっかりとしみこんだ肉じゃがはエビフライが無くてもきっと食事を満足できるものへとしてくれているし、漬物もこれは個人の好みによる差が大きいだろうから誰でも好む、とは言えないが彼からするとちょうどいい味わいの沢庵だった。
「ところで滝沢大佐」
「なんですか鳳翔さん」
「お代のほう、大丈夫ですか?」
「降ろしてきてありますから大丈夫です」
「なら構いませんけど・・・」
いくら安いといってもたくさん食べれば当然高くなる。
赤城の食べる量は尋常ではなく、既に十人前はかっ喰らおうと言うところだった。それに加えて、居酒屋『鳳翔』とはいえども安くならない品物が一つ。酒である。さっきからこっそりと飲んではお代わりを要求するということを繰り返している響がいる。
滝沢が気が付いていないということもあり得ないのだが少しばかり心配になり、止めようかとも思った。
響のためにではなく、滝沢の懐のために。
「俺からもいいですか?」
「ええ、構いませんよ?」
どうせまだ赤城が食べるだろうと揚げる手を止めることはなく、耳を傾ける。
「他の皆さんは?」
「提督なら甲府ですよ、講演会とやらのお手伝いに呼ばれたそうです。飛龍ちゃんと鈴谷ちゃんは渋谷まで、時雨ちゃんと夕立ちゃんは雷ちゃんをつれて諏訪大社に観光に行っています」
味噌汁を啜る。
これもまたなかなか・・・。
それぞれの行先を聴きながら今日のは合わせ味噌かなんてことを考えるのだが
「龍田さんはどうしました?」
どうにも一番怖い人が挙げられなかったことに気が付いた。
「演習をやっていますよ」
「ああ、お疲れ様です」
いくら高練度であるとは言え、単艦である。
龍田が勝利を得ることはそうそうないだろうが、龍田にもまれることになる練度の低い相手からすれば勝利に加えていい経験を得ることが出来る。きっとそれは喜ばれることだろう、練度の高い艦娘の動きを目にすることもまた低練度の艦娘にとっていい体験だ。
そしてまた味噌汁を啜る。
やはりいい味だ。
いつだか、どうしてこうも美味しくなるのか不思議に思って聞いたのだが、別段特別変わったことをしているわけではなかった。普通にだしをとり、具を茹で上げ、味噌を溶かす。
しいてあげるとすれば、だしが煮干しだけではなく、昆布やかつおぶしをも使っているという点だろうか。
だがそんなもの些細なことでしかないはずだ。
それにちょっとこってみたい、と考えた時に自分でもしたことがある。その時はあまり美味しいとは思わなかった。
改めて尋ねれば、おそらく何を用いて何をしたかと言うよりも経験の差でしょうと返された。
確かに自炊の経験は人並みにあるが、鳳翔の毎日何十何百もの人に食事を出すなんてほどの経験値はないだろう。だがそれでもどこか納得いかない。
彼女がこの店を開けた時には仲間内で話題になった。艦娘が食事屋を、という一種の驚きの意味での噂もあったが、それだけでなくその料理が美味であるという噂もあった。開ける前にそれだけの経験をしていたはずもない。だから、きっと経験だけでは無い何かがあるのだろう。
じーっと鳳翔の手元を見つめる。
同じことを機械的に繰り返している鳳翔。
ただただひたすらエビフライを揚げていく。だが、同じことを繰り返すだけの機械的にも見えたその作業には少しずつ変化があった。
キッチンペーパーの上に置く時間がだんだんと長くなっていっているのだ。
赤城の食べる量は尋常ではない。
そして、いくら食べているのが赤城といえども、見ている側が多すぎると、見ているだけで胃もたれがする言いたくなるほどの揚げ物である。
「ああ、なるほど・・・」
鳳翔のそれは善意であり、一種の矜持なのかもしれない。
食べている人が美味しく思えるように作る。
そろそろ赤城であっても脂っこく感じていてもおかしくない。
鳳翔は油の量を減らしていくことで、赤城が油に嫌気を感じないようにしているのだろう。
「なにがですか?」
「いや、なんでもないですよ」
ああ、これには勝てないな。
そう思わずにはいられなかった。