居酒屋『鳳翔』   作:成瀬草庵

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鳳翔さんはでません。
なおかつ、とっても嫌な話です。
本当は怖い艦これ的なノリです。
次からは明るい話になります。




龍田 天龍型のかわいい方。なお理不尽な様子

伊8 多分普通の子

U-511 多分真面目

伊168 多分仕事人

伊58 多分まとめ役

鈴谷 やればできる子。ヤればデキる子ではない。

足柄 飢えた狼。 最近の悩みは異名が一人歩きして自分の素が出せないこと。


「明日は晴れるかしら」

「♪~♪~♪~」

海原の上で一人、明るくアップテンポな曲を唄っていた。海が自分のためのステージだとでも言わんばかりにのびのびと。

そして、彼女の歌声は海面下にも届いていた。

「随分と、ご機嫌みたいでち」

「そうね....。あの人がご機嫌だなんてちょっと怖いけど」

「けどそのお陰でこっちには気づいてないみたいでち」

演習、艦娘同士が戦い、実戦的な訓練を練度を高めるために行うのだが、この演習区域では龍田単艦と潜水艦娘たちによる演習が行われていた。

『ゆー、配置につきました』

『こっちも大丈夫ですよー!』

「りょーかいでち、イムヤ、準備はいいでちか?」

「もちろん...。何時でもいいわよ」

気付かれる前に挟み込んでからの奇襲。片弦から火力を集中させても良かったが、彼女を相手にした場合、一度に全員がヤられる可能性も0ではない。

「いくでち!」

「一番から四番、ってー!」

『ふぉいあ!』

魚雷が勢いよく走り出した。

 

 

 

 

「いや、どういう理屈でち!?」

「あら~?だって優しく横から力を加えてあげるだけよ?」

こうやってこうやって、こうして、こう。

そう言いながら龍田は手に持った槍を動かして見せる。確かに滑らかで機敏でありながら、優しそうな力加減が見てとれる。

そうはいっても...

「魚雷の向きとか、変えられるもんじゃないはずだけどなぁ....」

イムヤが思わずといった様子で愚痴を溢す。

なにより、今日の演習は自分達が勝って当たり前だったものなのだ。

いくら練度が高いとは言っても、龍田は旧式の軽巡洋艦をモデルにした艦娘。多数の潜水艦を相手に真っ向から戦って勝てる艦ではない。

もしものことも考えて提督と協力して策も練ったというのに、全て打ち破られた。

「あーもう、龍田さんは理不尽すぎるでち...」

「はっちゃんもそう思います」

「うーん、そんなことないと思うのだけれどね~」

次こそは勝つ。

そんなことを考えながら、イムヤは記録ボードに演習結果を書き込んだ。

『古賀艦隊』龍田損害軽微

『安寿艦隊』伊58大破

伊168中破

伊8大破

U511小破

 

 

 

「たっだいまー!」

ひょいと店内を覗いてみると、明かりは着いているのだが誰もいない。

「あー......これは....失敗しちゃったかなぁ」

晩御飯ねだるつもりだったんだけどなぁ、などと続けて呟き、えっこらせ、と袖を上げる。

誰も居ない状況はあまりよくない。

というよりとてもよくない、いつお客さんが来るか分からないのだから。

えーっと、なんだろこれ。作りかけじゃん、ってことは誰か下準備の最中に出てったってこと?うっわー、もう本当に最悪だし。作りかけだとそこからしか派生させられないじゃん。日替わり--日替わり定食のこと--のつもりだったんだとは思うけど、本当にやりにくいし。

.....うーん、多分、ハンバーグ...?肉のミンチっぽいし。

「こんばんはー」

そんな風に鈴谷が悩んでいるところに客がやってくる。勘弁してよ、とでと毒を吐きたいところだが、残念ながら今の彼女は居酒屋『鳳翔』の店員の一人であり、板前である。

営業スマイルを陰らせることは許されない。

「いらっしゃいませー....って、足柄じゃん、ばんはー」

「もう、いくら私だからってなによそれ」

「親しみを込めた挨拶でございます狼さん」

「怒るわよ」

「ごめんごめん、それで今日はなに食べるの?」

「そうねー....」

足柄はそう言うとあっちを見たりこっちを見たりとする。彼女がここ、居酒屋『鳳翔』に来るのは決まってなにかよくないことがあったときだ。そして、適当に何か食べるとあとはひたすら飲み続ける。

Barとかで飲めば良いのに、と思って言えば、こっちの方がなんとなく気が休まる、と言ってそういう時にはBarに行かない。

「今日の日替わりなにかしら?」

「さあ?」

「なんで知らないのよ....」

「だって誰かが作りかけで行っちゃったんだもんしょーがないじゃん?」

これで何か分かれって無茶無茶と顔をしかめて、ミンチを見せる。

焼くなりなんなりして食べてみなければなんなのか不明。だが原材料が不明であるため鈴谷も食べたくはない。食べれるものである、ということは理解していても、さすがに忌避感というものはある。

「じゃあ、なんでもいいわ。ツマミになって、腹の足しになるもの作ってちょうだい」

「りょーかい、鈴谷にお任せっ!」

面倒くさがりやで、怠け癖に放浪癖がある鈴谷だが、やる気になった彼女の本気はすごい。戦場に立てば一騎当千の斬り込み隊長、支援の域を超えた百発百中の狙撃手となり、もうひとつの戦場台所では鳳翔をも唸らせる料理人へと早変わりする。

空いている鍋にてきとうな量の水を入れ、とりあえずで沸かす。冷蔵庫から取り出したのは木綿豆腐、一丁程度では平然と食べきるであろう餓えた狼足柄相手に出し惜しみをする必要はないので三丁ほど。

これぐらいなければ足りないだろうが、これより多ければ豆腐を食べる方がメインになってしまう。

足柄に対する鈴谷なりの思い遣りである。

そして鈴谷はガサゴソと棚をあさり、目が細かく薄く長い布を引き出す。本来の使用用途とは違う方法で使おうとしているが、結局道具とは上手く使った者勝ちだ。

鈴谷は一旦その布を沸騰したお湯に通して、消毒。

先ほど冷蔵庫から取り出した木綿豆腐を布にくるませ、布の両端を持ち....

「うりゃぁぁぁぁあ!」

「うわっ」

振り回した。

「ちょっ、なにしてんのよ!?」

「水抜き!」

「はぁ!?」

ぶおんぶおんと音をたてて回るそれからは確かにものすごい勢いで水滴が飛んでいる。後々しっかりと掃除をしなければ汚れの原因となることは明白だが、鈴谷にしてみれば後のことなど知ったことではない。

今は豆腐に含まれている水分が邪魔であるからそれを飛ばすだけだ。

結果、遠心力に任せた強引な脱水によって、木綿豆腐はきっちりと絞られていた。見事なものか、身崩れはなしである。

あとは大した作業はない。

鈴谷は水抜した豆腐を手早く三つに切り分けて、片栗粉をまぶし、鍋に油を張って投下する。

そう、鈴谷が作っていたのは揚げ豆腐だった。

シャァァァとでも表せば通じるのだろうか、油がいい音をたて始めた頃合いで豆腐を掬い上げる。薄い黄金色に染まった揚げ豆腐にめんつゆを垂らしてやれば

「はい、おまちどうさま!」

「ありがと」

一品完成である。

「それで?なにがあったの?」

いつの間にかカウンター席--足柄の隣--に座り込み、ウォッカを煽る鈴谷がいた。

揚げ豆腐にパクつきながら焼酎を流し込む足柄に優雅さも気品もあったものではないが、見た目高校生の鈴谷が左手で顔を、右手でグラスを揺らす姿は実に艶かしい。

「別に、なんでもないわよ」

「嘘ばっかり」

ぐいっ

流れてくる液体が喉を熱くする。味などまったくわかっていない。だが呑まなきゃやっていられないのだ。

「....嘘じゃないわよ」

「ふーん」

気にくわない。こういったとき、子供っぽい見た目のくせして自分よりも大人な鈴谷に腹がたつ。何もかも.....いや、身体は不明だが、少なくと も、性格も、行動も、動作も、色気も、考え方も、自分よりも圧倒的に鈴谷の方が大人らしいのだ。

無理矢理聞き出してまで悩みを解決しようとする偽善者ぶることはなく、切っ掛けだけ作っておいて勝手にこっちが話すのを待つ。

足柄が居酒屋『鳳翔』(この場所)に呑みに来るのはだいたい良くないことがあったときだけだ。逆に良いことがあったときにも来ることがあるが、そういうときの足柄はテンションが始めから高い。呑んでもいないのに、呑んでいるのかと尋ねたくなるぐらいには。

「ところで、どうよ?鈴谷の揚げ豆腐は」

「いつも通り、普通よ」

「ちぇっ、その内足柄から『美味しかった』って言わせてやるし」

「はいはい、頑張んなさい」

嘘だ。大嘘だ。

揚げ豆腐は美味しかった。あんなに簡単な料理で、鈴谷からすれば全然手間ですらないであろう料理だが、とても美味しかった。酒のつまみにはもったいない。それこそ単品で注文したいぐらいには。

今回だけじゃない。前に出してくれたものも美味しかった。その前も、そのまた前も......。でも、素直に美味しかったと言ってやるのは癪だった。

だから、訊かれたら答える言葉は決めてある。

『いつも通り、普通よ』と。いつも通り美味しい、いつもと変わらず美味しい、美味しいことが普通である、そんな思いを秘めながらの言葉は、いつも変わらず足柄こらぶっきらぼうに放たれる。受け取り方によっては、相当キツいであろう言葉だが、鈴谷はきっと足柄の本当に

の言葉を受け取っていた。

だからこそ、次も足柄を喜ばせようと腕を振るう。

足柄も、実際には自分の心が読まれているのであろうことを理解しているからこそ、こうやってぶっきらぼうに言い続けられる。

そして、そんな鈴谷にだからこそ、当たれる。

「死んだわ」

「どうして」

寿命が尽きたの(期限切れ)よ」

「あぁ...それは...」

「そ、初期型のアレ。やってらんないわ」

ぐいっ、と足柄は喉を温める。

古賀艦隊(うち)はそれとは無縁だからねぇ」

からんからんと鈴谷は指先で氷をまわす。

「うらやましいわ」

「そう言われても」

自分たちでどうにかできる問題じゃなかった。

いや、自分達だけで深海の敵を倒せていればよかったのかもしれないが...。もしも自分たちだけであったならば、数の不利から日本は既に陥落していただろう。

彼女らは必要であったのだ。

「やってらんないね」

「やってらんないわ」

ハハッ、と乾いた笑い声が2つ。

「10年程度だったっけ?」

「そ、長くて15年程度、短くても8年は確実らしいわ」

10年だと私の艦娘生よりは長いなぁ、と鈴谷は呟く。

そして、彼女が艦娘になったころには初期型と呼ばれるそれらは作られなくなり、メンテナンスによって長生き...普通に生きることができる新型が作られるようになっていた。

「嫌なもんよ、段々できないことが増えていって、妙な臭いがしだして、いつの間にか動かなくなってる」

「それは普通の人も同じ」

「まあそうね。けど---」

---けど、私たちとは違うわ...

「...」

鈴谷は何も返さない。

足柄が言葉にしなかった言葉も分かっている。

けれども返さない。いや、返せない。どう返せばいいのか、どう返していいのかわからなかった。

艦娘(私たち)って、理不尽だと思わない?」

人の大きさで軍艦の主砲と同じ威力の攻撃、防御能力を持ち、艦娘となった者は身体の老化が止まる。成長も若干ではあるが止まる。 そして退役すれば普通の人間へと戻る。即日退役、とでもいったようなものでなければ給金もしっかり出て、退役後の税金も安くなる。生活に困窮することはそもそも物資がない、とでもならない限りはないだろう。

だが、必ずしも誰もが艦娘に成れる訳ではなかった。

どういうわけだか、艦娘に成れる人と成れない人がおり、成れる人の方が圧倒的に少なかった。

成れる人(適正持ち)は希少だったのだ。

「そうだね...」

「そして私たち(適正持ち)が居るからあの子達(クローン)が作られた」

「...」

鈴谷も、初めて会ったときは面食らった。相手(鈴谷のクローン)も同じように驚いていたが、鈴谷ほどではなかった。

そして、なにより鈴谷が一番驚いたのは、クローンは自分がクローンであると、気付いていないということだった。そのせいで、もしや自分の方がクローンではないかと思い古賀や鳳翔を問い詰めたりもした。

鈴谷は後で知ったことであったが、普通の人間から艦娘になっても必ずしも記憶が残っている訳ではなく、自分が本物であるか複製体であるかはだいたいの場合わからない。

「私たちのせいじゃないのは分かってるわ。ましてや貴女が着任したときには初期型の生産は終わっていた」

「...」

揚げ豆腐がいつの間にか冷えていた。話しているうちに冷えたのだろうか、やけに冷たく感じた。

「やってらんないのよ。あの子達が死ぬところを見ると、自分と同じ顔のが死んだ時を思い出すの」

「そして自分が死ぬところを考える....」

「そういうこと」

ぐいっ、と酒を煽っても、喉が熱くならない。

それどころか冷たくなる。

「あと数年すれば多分初期型はみんな死ぬわ」

だから後数年で、鎮守府内で衰えて死んでいく艦娘を見ることはなくなる。

「けれど、今は初期型最終生産から8年。最終生産が一番多く作ったタイミングでもあるから、これから沢山死ぬわね」

「嫌だねぇ」

「嫌よ」

なんと言えども変わらない決定事項だった。

これほど無慈悲な宣告があるものだろうか...。

クローンであっても、見た目も、中身も、自分たちとなんにも変わらない。普通に喋り、喜び、悲しみ、怒り、愛し、泣く。だから区別などできやしない。居酒屋『鳳翔』に足を運んでくれている客の中にもきっと初期型はいるのだろう。

「ごめんね、鈴谷」

「なにが」

「重い話をしちゃって」

「べっつにー」

気にしないよー、と一言言って酒を煽る。

「けど、いいの?特に何も私答えてないけど」

「別に答えを求めていた訳じゃないわよ。ただ喋りたかっただけ」

ぐいっ、と酒を煽ると、今度は少し温かく感じた。

「ねえ鈴谷」

「なに?」

「明日は晴れるかしら」

「残念。予報だと快晴だよ」

「そう、じゃあ明日弔ってあげないとね」

あの子、青空が好きだったから。


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